★ 真夜中の出会い ★
クリエイター桐原 千尋(wcnu9722)
管理番号645-5476 オファー日2008-11-25(火) 22:03
オファーPC ユーディアライト・コンフリー(cbbs3302) ムービースター 女 11歳 ネクロマンサー
ゲストPC1 ロベルト・ムーンヴァ・ホワイト(cazr5880) ムービースター 男 22歳 穴へ堕とす者
<ノベル>


 銀幕市において洋館というのはさして珍しい物ではない。そこそこ名の知れた俳優が住むのを好み、映画の撮影に使われることも多いため借家として建てられる事が多かったのだ。建てられた洋館は纏まって建っているのでその周辺はまるで一つの街を創り出したようでもある。
 比較的古い建物である一軒の洋館に風変わりな住人が住んでいる。
 一人は館の主であるユーディアライト・コンフリー。一見すると少年に見間違うような短い黒髪と紫の瞳をもった少女だ。標準より細めの身体をローブで包み、手には身長よりも高い髑髏のついた杖を持っている。
 もう一人は彼女をご主人様と呼ぶ男ロベルト・ムーンヴァ・ホワイト。色白の肌を強調するような赤チェックのスーツに身を包み、真っ白な髪から伸びる兎耳が彼の身長をより高く見せる。
 毎朝ロベルトは郵便受けから朝刊を取ると赤い瞳を紙面に落とす。事件事故、対策課の依頼と行方不明者状況。今日も銀幕市特有の記事が一面に踊っていた。本来なら朝刊はご主人様が読み終わってから読む物だ。だが、以前ユーディに新聞を持っていったところ
「読まない」
 と冷たくあしらわれてしまったのだ。その時の主人の態度や一言を思い出す度、ロベルトの心は喜びに震え上がる。もう一度持っていったらどんな態度を取るだろう、どんな言葉をあの小さな唇で紡いでくれるのだろう。それとも、前のように何も言わず杖で殴りつけてくるだろうか。振り返り目を細めて館を見上げたロベルトは主人の客人を思いだした。
 昨夜主人が連れてきた少女、ユア。迷子になっていたらしく、夜も遅いので明日、つまり今日家まで送る約束をして主人が泊めたのだが、客人に失礼があっては主人の面子にかかわる。正直なところロベルトはミスでもして主人に罵られたいのだが、やりすぎて彼女が出ていくのは困る。
 そんな事を考え、新聞片手に姿勢良く立っていたロベルトの頭上に水が掛けられた。ぽたぽたと前髪から落ちる雫の向こう、目の前の館を見上げると窓から身体を乗り出し花瓶を逆さまに持っているユーディがいた。
「遅い。お腹空いた」
 それだけ告げると主人は空の花瓶から手を離しロベルトの頭上に落とすと窓の向こうへ消えてしまう。音を立てて割れた花瓶のカケラはロベルトの顔やうなじに小さな傷をつくった。ひりひりと小さな痛みを訴える首筋に手を這わせ、赤い血と花弁のついた指を見る。
 二人分の朝食の準備に急ぐロベルトはユーディに出会えた事を心から感謝した。あの日出会えて本当に良かった。彼女こそ、理想のご主人様。
 従僕であるロベルトの主人への思いは真っ直ぐだ。確かに真っ直ぐな一本の線なのだが、その線は虫眼鏡で見ると曲がりくねっている。彼の事を知っている人は間違いなくこういう。

「幼女は変態兎に近寄るな」



   
 洋館の中はちぐはぐだ。新築のように綺麗な場所と何年も放置された跡のように酷く痛んでいる場所が点在している。元々人が住めるような状態ではなかったこの館を借りたロベルトは毎日掃除や修理をしている。
 現在一番綺麗な部屋を使用しているのはもちろんユーディだ。部屋にあつらえたようなアンティーク家具の中、紅茶の良い香りが漂っていた。テーブルを挟みユーディと向かい合って座る少女は、昨夜ユーディが連れ帰ったユア。腰まで届きそうな真っ直ぐの黒髪と、どこかの学生服を着ている。
 昨夜の記憶が曖昧なユアは疲れていたとはいえ、夜遅くに友人の家に転がり込んでしまった。それも、自分より七つも年下の友人の家に。帰らなくてはと思う反面、居心地の良いこの屋敷と彼女の傍にもう少しいたかったユアは、ずっと気になっていた事を聞いてみる事にした。
「ねぇ、ユーディ聞いても良い?」
「何?」
「ユーディとロベルトさん、どこで出会ったの?」
「道端。何かずっと見てたんだよね、気持ち悪いから逃げたのに追ってくるからぶん殴ったんだよ。杖で」
「ぶ、ぶん殴った、の?」
「うん」
「ねぇ、ユーディ、よかったらその話しもっと聞かせて?」
「いいよ」
 友人の些細な願い事にユーディは笑顔で応じた。


 ★ ★ ★


 道端にゴスッと鈍い音が響く。
「お前なんか、生きているヤツなんか嫌い。あっちへ行って!」
 酷く汚れたボロボロのローブを身に纏った小柄な子供、ユーディは目の前に立ちつくす男、ロベルトを見上げそう叫んだ。杖で殴られたロベルトが殴られたことを気にもとめず、無表情のままユーディを見続けているとまた髑髏に視界を塞がれた。二度、三度、四度振り下ろされた杖の先端、髑髏の装飾がついた部分で力一杯殴られたロベルトは口内を切ったのか、口端から流れ落ちる血を指先で拭うと顔色一つ変えずその赤を見た。何度殴ろうとも顔色一つ変えず、声も上げずじっと指先を見るロベルトを恐ろしく感じたユーディは数歩後ずさりすると全力で駆けだした。
 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。背筋を流れる悪寒がどんどん大きくなる。ユーディがロベルトから逃げようと必死で走っていると、がくんと身体が浮いた。

 足下に               あるはずの  


       さっきまであった                道が  


                 無い

 宙に浮いた足はそのまま空を切り、頭から突っ込みくるくると回転し続けた。足場も何もない場所で身体を安定させようともがくユーディの耳元で風はごうごうと鳴いている。なんとかバランスが取れたユーディの身体は仰向けの状態だった。風に押されて背中に張り付くローブはばさばさと揺れる中、丸く切り取られた空が小さくなっていくのを見て自分が落ちていると気が付いた。ぽっかりと空いた丸い穴に、見覚えのある景色が飛んでいく。良い思い出のない村の景色、自分が捨てられた墓地、たくさんの家族。色んな思い出が自分の後から空へと吸い込まれていく。背中から来る景色はどこから現れているのか、ユーディはバランスを崩さないようちらりと後を見てみると、闇の底に向かって見たことのない物がユーディより早く落ちていた。自分と同じように落ちていく物が何なのかもわからないまま、ユーディは闇へと落ちていく。
 全ての思い出が遠く小さな光になった空に吸い込まれたのか。落ちている自分と闇と小さな光だけになった時、この世に存在する全ての赤をぶちまけたような景色がユーディの横を通り過ぎていった。
 「――! ――――――!!」
 ユーディの叫び声は、落ちていく身体が引き裂く風の音に掻き消され続けていた。それでも彼女は叫ぶ。点になった空に短い手を精一杯伸ばしながら、吸い込まれて消えてしまいそうな赤い景色に向かって叫び続けた。
「――――!!! 燃やさないでっ!!!!」
 自分の叫び声に驚いたユーディは呆然とした。しんと静まり五月蝿い風の音は止んでいる中大きく肩で息をし、ゆっくりと視線を手に向けて見る。ぎゅっと杖を握る小さな手は強く握りすぎたせいで指先が赤くなり、そろそろと掌を開いけば赤くなった指の腹や掌がじんじんと熱くなってくる。
「落ちて、無い」
 ぽつりと呟いたユーディは目を瞑り静かに深呼吸をする。多少落ち着きを取り戻したユーディは自分の洋服が水色のエプロンドレスへと替わっている事に気が付いた。辺りを見渡すが先程まで来ていたローブはどこにもなく、見たことのない景色が広がるばかりだ。
 周りは森だった。ぐにゃりと歪んだ樹が斜めに、それも空中から生えている。剥き出しの根は空に向かって伸びており、誘われるように見上げると空は紫色をしていた。
「此処、何処?」
 ユーディの言葉に応える人は誰もいなかった。


 ★ ★ ★


「それ、どこだったの?」
「知らない」
「そう……そこでロベルトに助けて貰ったの?」
「ううん。ロベは後ろ姿しか見てないよ。なんとなく「追いかけなくちゃ」って思ったからずっと追いかけたの」
「じゃぁ、ユーディはずっと一人でその不思議な世界を?」
「うん。すごい変なところだった」 


 ★ ★ ★


 赤いチェックのスーツに白い兎耳、ここに来る直前に会った男だと気が付いたユーディは茂みに隠れようとしたが、身体が動かない。逃げたい。生きている人間には関わり合いたくないと思うのに何故か、どうしようもなくあの男を追わなくてはという想いが沸き上がってくる。少しずつ小さくなる背中が木の陰に隠れた瞬間、ユーディは走り出していた。
 行きたくない。恐い。だけど、なぜか「追いかけないと」いけない。
 ユーディはロベルトが見えなくなった場所まで辿り着くと、息を切らし急いで辺りを見渡す。するとどうだろう、何故かロベルトの背中はまた遠くにある。直ぐさま地面を蹴りユーディはロベルトの後を追いかけた。赤い雑草を踏むとみゅぎっと変な音がする。形は全く違うが青い草を踏んでもぱきぇと変な音がしたがユーディは気にしない。
 何としても追いつかなければ、とユーディは真っ直ぐに悪路を駆け抜ける。エプロンドレスの裾が破れようと、剥き出しの腕や頬が切れようと走り続けた。
 走って、走って、走り続けているのにロベルトの背中はいつまでも同じ場所にあるように大きさが変わらない。身長差や歩幅の差があろうと、相手はゆっくり歩いていて自分はこんなにも全力で走っているのに全然差が縮まらないのだ。
「…………はっ…………ぜっ…………ひゅぅ……」
 息をするのも苦しくなってきたユーディは倒れるように膝を付いた。少しでも多く息を吸おうと乾ききった喉が音を鳴らす。その時、小さく咳き込んだユーディの頭上から声がした。
「おやおや、大丈夫かいお嬢ちゃん。ムリしちゃだめだよ」
 まだ荒い息のユーディが声のした方を見上げると、一本の木があった。一つだけ大きな花を付けた木は風もないのにざわざわと揺れる。よく見ると花弁に目と鼻と耳、そして口が付いていた。斜めに曲がったパーツが乱雑に、まるで福笑いをしたよにバラバラについている。
「ひっ……!!」
 ありえない生き物に声をかけられたユーディは膝を地面に擦りつけながら慌てて逃げ出した。気が付くとどこもかしこも変な植物ばかりだ。色が奇抜な花からは声が聞こえ、普通に土に置かれた花は花弁の変わりに根っこが伸びている。どこから来ているのかわからない蔦は幾つもの口が鋭い牙を除かせ、水玉模様の果実は模様の一つ一つが目玉でユーディの姿を追いかけ動く。
 転がるように森を抜けたユーディは柔らかい物にぶつかった。ふわふわと柔らかい毛が身体を包むが、たった今見た植物の事を思えば安心できない。おそるおそる離れ、毛玉の正体を見届けたユーディは恐怖に顔を強張らせて固まった。
 毛玉を四分割するように上下左右から枝のような物が伸びている。その一つを辿っていくと、骨と皮だけの貧相な身体に繋がっていた。がりがりの身体は骨の形がはっきりと見え、犬か猫のようだったが首からはヘビのような身体が伸びている。鱗のついた首を目で追い、顔だけが徐々に左へと向けられる。ユーディの顔が丁度真横にくると大きな顔がどんと現れた。 ユーディのぶつかった毛玉は尻尾だったらしい。顔と毛玉だけが異様に大きく体は四本足だが首は鱗の付いたヘビのような、生き物。
「あ……あぁ…………あ…………!!!」
 言葉にならない声をあげ、ユーディは目を瞑ったまま持っていた杖を大きな顔めがけて振り回した。
「あっちいけっ! あっちいけっっっ!! お前なんか! どっかいっちゃえ!!」
 ぶんぶんと振り回した杖がすっぽりと手から抜け飛んでいく。唯一の武器を手放してしまったユーディが眼を開けると、そこには何もいなかった。からからと音を立て少し離れた所で転がる杖を見て、ユーディはその場にへたりこむ。ぷるぷると震える手を見ると汗ばんだ手に毛がついている。見間違いでもなんでもなくあの変な生き物はいた。なら、このままこうしているわけにはいかない。またあんな生き物や植物に会うのはもうごめんだ。
 ふらふらと立ち上がったユーディは放り投げた杖の向こうに建物のような影とロベルトの背中を見つけた。いままでよりもずっと大きく見えるその背中に誘われ、ユーディは杖を拾うと、それに寄り掛かるように歩き出した。


 植物と生き物が変だっただけに建物もまともではなかった。「へ」や「く」の字そっくりに建っている家や、茸のように下から上に大きくなっていく家、サボテンのような形をしている家に、バネのように動いている家。どうやって出入りするのか、そもそも住んでいる人などいなさそうな家が並ぶ。走ることを諦めたユーディは大きく奇妙な建物の間を彷徨った。ぽてぽてと歩いているとすぐ先の角で僅かに身体をこちらに向けたロベルトが立っていた。もう走る気力もないユーディがゆっくり近づいてくるのを待つロベルトは様子を伺っているようにも見えるが、ユーディにロベルトの顔は見えない。ユーディが手を伸ばせば届きそうな距離まで近づくとロベルトはするりと角を曲がってしまう。

 追いかけなくちゃ。追いかけなくちゃ。追いかけて、追いついて、捕まえなきゃ。
 
 走り出したユーディが角を曲がると同時に手を伸ばすと、その手にはしっかりとロベルトの手を捕まえていた。


 ★ ★ ★

 
「ロベを捕まえたらこの屋敷に居たの」
 ユーディは話し終わったとでも言いたそうに紅茶を口に含んだ。話を聞いていたユアはしばらく呆気にとられたが、
「え、じ、じゃぁ初めて会ったその日から一緒に住んでるの?」
 とテーブルに身体を乗り出してユーディに問いただす。ユーディはあっさりとうん、と頷いた。
「最初は意味わからないしイヤだったんだよね。ロベは変なヤツだし。でもロベの食事は美味しいし、寝る場所もあるからここに住むことにしたんだよ」
「そう、なの。……あ、もしかしてその不思議な場所、ロケーションエリアかしら」
「ろけー、しょん?」
「ロケーションエリア。ユーディやロベルトみたいなムービースターが使えるんですって。ユーディがその場所に居たのって30分くらいじゃなかった?」
 ユアの言葉を聞いてユーディは少し考えたが
「わかんない。時計持ってないし」
 と首を横に振る。そっか、と呟いたユアは何か思いついたような顔をした。左手首に着けている腕時計を外したユアは席を立ち、ユーディの傍にしゃがみ込むと今外した腕時計をユーディの手首に着けた。
「これ、ユーディにあげるわ。私の腕時計、お気に入りだから大事にしてね」
「……いいの?」
「うん! 私とユーディの友達の証、かな」
 ユアが照れくさそうに笑うと、ユーディは手首に着けられたピンク色の腕時計をまじまじと見る。そっと指先で触れ、少しだけ嬉しそうに笑った。
 ユーディとロベルトの出会いはどこか異常で歪んだ出会いだ。微妙なバランスでお互いに必要な物を補い合うその姿はちょっとした刺激で崩れ去りそうな感じをさせるが、それでも二人はこうして一緒に住んでいる。話を聞いたユアは急に家族に会いたくなった。
「帰るの? ここで一緒に住めばいいのに」
「うん……。でも家族が心配してるだろうし……一度帰るわ」
「帰らない方が良いよ」
 テーブルの向こうでユーディはじっとユアを見つめて言う。
「大丈夫、私とユーディはもう友達でしょ。また何時でも会えるわ」
 帰る事が寂しいかもう会えなくなると思ったのかな、と勘違いをしたユアは笑顔でユーディにそう言う。ユアを見つめていたユーディはぴょんと椅子から飛び降りると 
「…………。一緒に行く」
 とユアの手を握る。ユアがその手をしっかりと握り返すと二人は館を出ていった。



 
 

 
 屋内から悲鳴が聞こえる。言葉として聞き取ることの出来ない声はただただ轟き、閑静な住宅街に響き渡っていく。その声を聞きつけた人達が次々と集まる中、その騒動に動揺するそぶりもなく道路を挟み静かに立ちつくすユーディアライト・コンフリーの瞳は集まる人々も家も見えているが、見ていなかった。
 彼女の小さな唇が僅かに動いた。
「……だから生きてる人間は大嫌いなの」
 ユーディの手にはガラス蓋の割れた動かない時計が握られていた。

 夕刻
 ロベルト・ムーンヴァ・ホワイトの手にある夕刊にこう書かれていた。


 ――――行方不明の少女 遺体で帰宅――――

クリエイターコメントこんにちは桐原です。
遅くなってしまい申し訳有りませんでした。

お二人の出会いを、そして銀幕市で初めての友達との出会いを書かせていただきました。
怪しげで奇妙な雰囲気とのことでしたので、想像出来る限りの変なモノを増殖してみましたが、いかがでしょうか。少しでもお二人の関係が表現できていれば、そして楽しんで頂ければ嬉しいです。


書かせていただきありがとうございました。
またの機会がありましたら、宜しくお願いします。
公開日時2008-12-26(金) 18:00
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