★ それでは、某日の銀幕市の状況です ★
クリエイター桐原 千尋(wcnu9722)
管理番号645-6715 オファー日2009-02-18(水) 18:42
オファーPC クレイジー・ティーチャー(cynp6783) ムービースター 男 27歳 殺人鬼理科教師
ゲストPC1 フレイド・ギーナ(curu4386) ムービースター 男 51歳 殺人鬼を殺した男
<ノベル>

―間もなく成田空港へ到着いたします。シートベルトを腰の低い位置でしっかりと締め、テーブルやシートのリクライニングを元の位置に―
 キャビンアテンダントの声が響くと、長い時間飛行機に乗っていた乗客達は身体を伸ばしたり靴を履き直したりしている。方々からカチッカチッとシートベルトを付ける音がする中、一人の男が深い眠りの中にいる友人をゆさゆさと揺さぶっているが一向に起きる気配がない。
 友人の顔を覗き込むと、短く綺麗に揃えられた茶色の髪がさらりとゆれる。少々乱暴に揺さぶっても起きない友人を見つめる灰色の瞳が閉じ溜息をつくと、男はぶつぶつと英語で文句らしい言葉をつぶやきながら隣席のシートベルトを引っ張り出した。
 「まったくもう、日本だ! ってはしゃぎすぎて疲れて眠るとかどれだけ子供なんだい? 私はちゃんと起こしたからね。……この調子で銀幕市についたらどうなるんだろう」
 カチリと音を立ててシートベルトが締められる。男がもう一度友人の顔を覗き込み前髪を揺らすが、金色の髪の下にあるはずの青眼は閉じられた瞼で隠されたままだ。友人の膝上に置かれたままの雑誌を鞄に仕舞い、男は自分のシートベルトをしっかりと付け直した。 
 間を置かずポォンポォンとシートベルト着用サインが瞬いた。
 


 銀幕市内書店前
 個人経営の書店は店が小さく店内が狭いからか、店先に週刊誌や無料情報誌を並べているものだ。大型書店になると品揃えは良いが本がビニールや紐で包まれて中身を確認出来なかったり「立ち読みはお控え下さい」と態度で示されたりする。中身を確認できないことも重要だが、大型書店ともなれば多くの客がいる。現在バイト情報誌を熱心に立ち読みしている男、フレイド・ギーナにとってはその「多くの客」の中に彼が怖れる対象、クリーチャー系のムービースターが存在する事が問題だった。
 元々数学教師だったせいか、彼は一般的にオカルトと呼ばれるものが苦手だ。言語を話す動物やあのバッキーですらホラー生命体だと思っているのだから、おそらく、銀幕市内にいるスターの半数は彼にとって鬼門だろう。
『……はぁぁ、どれもこれもスターはダメ、年齢制限に待遇悪い、やってらんねぇな』
 読んでいた雑誌を閉じ、盛大に溜息をついて持っていた雑誌を放り投げるように置く。フレイドが次の雑誌へと手を伸ばすが、その手が雑誌に触れることは無かった。
『Dan!!!』
 自分を呼ぶはずがないその声は死を実感させられた瞬間を思い出させる、絶対的な恐怖。自分の名前を呼ばれたわけではない。だが、その声はフレイドの全身を強張らせた。近くに居るのなら速攻で隠れなくてはならない。相手が自分を見ているのなら、全速力で逃げなくてはならない。
 早鐘のような鼓動が全身を振るわせる中、フレイドはゆっくりと顔を動かし声の主を見る。
「ダン!!! よかったぁぁぁぁ! やっと会えたー! いきなり走り出すし私は日本語話せないし地図読めないしどうしようかと思ったよ!」
 知らない男だ。ホッとしたような、嬉しそうな顔で話しかけてくる男に見覚えがないどころか、この銀幕市で自分に英語で話しかけてくるヤツなど居ない。
――だが、この声は、間違いなく――
 フレイドが強張った顔で立ちつくしていると、観光客らしく銀幕市のガイドブックや地図を広げた男はぺらぺらとしゃべり続ける。茶色の髪と灰色の瞳、二十代後半だと思われる顔立ちは、フレイドに彼を思い出させるのに充分だ。
――その顔で俺を見るな――
「ほら、早く行こうよ。私じゃ日本語で書かれている地図読めないんだから。それに観光したいって言ったのダンだよ? あと監督に見せるのに写真をとって、あと学校だっけ? そこにも行かないとだし……」
 彼がフレイドの腕を掴むが、その手は直ぐに振り払われた。そんな事をされると思っていなかったのだろう、男はきょとんとした顔でフレイドを見ると
「どうしたのダン? さっきのポップコーン食べ過ぎて具合でも悪くなった?」
 流暢な英語で心配そうに聞いてくる。
――その声で俺に話しかけるな――
『誰か、と、間違えていないか』
 喉の奥から絞り出したフレイドの声は震えていた。
「意地悪して日本語で話さないでよダン」
「俺はフレイド、フレイド・ギーナだ。ダンなんて名前じゃない」
 相手の顔を見ることなく、フレイドが踵を返して立ち去ろうとすると腕を捕まれた。
「しつこいな! 俺はダンじゃない! フレイドだ!」
 反射的に振り返ったフレイドはそう言い終わると同時に口をぽっかりと開けて呆けた。フレイドの腕をしっかりと掴む男の顔が先程より嬉しそうにしていたのだ。
「本当に、フレイド? ムービースターのフレイド・ギーナなんだね!? クレイジー・ティーチャーの!」
 きらきらと輝くような笑顔でそう言われ、戸惑いながらもフレイドが頷くと男はフレイドの手をしっかりと握る。
「こんなにすぐ会えて嬉しいな! あぁ、ごめん。私はカーティス。君の宿敵クレイジー・ティーチャーの役をやった俳優だよ」
 出会えば生命の奪い合いをする男とそっくりな顔と声で、そう言った。



 銀幕私立綺羅星学園、そこはムービースターも通える夢の学園。今日も校内はエキストラとファン、そしてスターが教師や生徒となって混ざり合い学園生活を営んでいる。ほぼ毎日なにかしらの事件事故がある学園でもあるが、特に目立った乱れもなく毎日は平凡に過ぎている。
 ぼごん、と小さな爆発音が聞こえ窓から黒い煙が立ち上っても、あぁ、また先生か、と誰もが笑って流してしまう程だ。これでも、平凡であり平穏な学園だ。
『アッハッハッハッハ! まーたヤっちゃったヨー! 何間違えたんだろウ?』 
 割れたガラスが残る歪んだ窓枠を金槌で殴り外し、ただの穴となった場所からひょっこりと出てくるのは毎度お馴染みCTことクレイジー・ティーチャー。彼はうーん、と悩みながら殴り外した窓枠を紙くずでも扱うようにくしゃくしゃと丸めると、常備してある箒とちり取りでガラスの破片を集め掃除をする。クレイジー・ティーチャーも掃除をするのか、と不思議に思う人もいるかもしれないが、理由は単純明解。愛する生徒に怪我をさせないためである。
 じゃらじゃらと音を立てて破片を集めていると、クレイジー・ティーチャーを呼ぶ声がした。
『ハーイ? ボクを呼ぶのは誰かナー?』
 普通学園内で自分を呼ぶのは愛する生徒か同じ職員だけだ。クレイジー・ティーチャーが笑顔で振り返ると
『やぁ! 会いたかったよクレイジー・ティーチャー!! 本当に教師をしてるんだね! 感激だ!』
 そこには彼がこの世で一番憎み、殺したい男が居た。クレイジー・ティーチャーの顔に影ができ、真っ赤な瞳が光ったが、直ぐに消え去った。目の前の男が馬鹿みたいにはしゃいでいるからだ。
『イヤ、元々馬鹿みたいナ男だけどサ? 何コレ?』
 きゃっきゃとはしゃぐ男が何か話しているが、それを聞かずにクレイジー・ティーチャーも呟く。何かがおかしい事には気が付いていたが、殺したい男の事情などどうでもいい。見たくもなければ聞きたくない。
『ンー。ウン。とりあえず殺っとけばイッカ。そうすればスッキリするもんネ!』
 クレイジー・ティーチャーが首から提げている金槌を握ると、後からカンッと音がした。目の前の男に振り下ろす筈だった金槌はヒュンと風を切り、後方から来た何かを校舎の壁へと吹っ飛ばす。砕けた壁の中心には空き缶がめり込んみ、クレイジー・ティーチャーが静かに笑うと瓦礫がぱらぱらと落ちた。
『なんで二人もいるのカナ? ドッチも殺すからいいけどサァ。ところで……なにしてんだよテメェ』
 真っ赤な瞳をギラギラと光らせ空き缶を投げた人物を睨み付ける。彼の背後にいる男とそっくりの男が、そこにいる。茶髪の男を羽交い締めにし、ナイフが首元に当てられいた。
『うるせぇよ殺人鬼、俺だってお前に会いたくないしこんなとこ来たくもなかったけど、なんでか来ちまったんだからしょうがねぇだろコノヤロウ!あぁ!今すぐ帰りてぇ!』
 本物のフレイド・ギーナが虚勢と本音の混ざった言葉を言うと、羽交い締めにされている茶髪の男が
「ねぇ、何話してるの? 私日本語解らないから英語で喋ってってお願いしたじゃない、フレイド」
 どこかのんびりとした口調でそう言うと、アレ?とクレイジー・ティーチャが首を傾げる。
「お前ちょっとだまってろ!!」 
 と、フレイドが慌てて口を挟むが観光気分丸出しの男がさらに邪魔をした。
「なんだカーティス、何時の間に本物のフレイド・ギーナと会ったんだよ! すげぇ本物だよ俺だよそっくりじゃん!」
「お前がダンか! お前も黙れ喋るなさっさと逃げるんだ!! 俺の為に!」
『ネー、なんなの? コレ』
 自分とそっくりな男と嫌いな男が二人揃った状況にクレイジー・ティーチャーが不満そうにぼやくが、先程までの敵意は無くなっていた。




 観光も兼ねてカフェスキャンダルに移動した四人は一つのテーブルに座っていた。改めて名乗った二人の観光客、CTを演じた俳優カーティスとフレイドを演じたダンは並んで座り、向かいにクレイジー・ティーチャーとフレイド・ギーナが物凄い間を開けて心底嫌そうに並んで座っている。二人の仲の悪さを知っているカフェの客達はざわついていた。天変地異でも起きるのかと恐怖しながらも遠巻きに様子を伺っている。
 銀幕市観光に訪れたカーティスとダンはお互いにはぐれてしまい、カーティスがダンと間違えてフレイドと出会った事、フレイドがダンの行きそうな所の心当たりを尋ねるとCTに会いに行く!と聞くや否や血相変えてソイツ殺されンぞ!と叫びカーティスの手を引いて綺羅星学園へと向かった事、そして到着したときにはクレイジー・ティーチャーがダンを殺そうとしていたので、フレイドがカーティスを生徒のように見せかけ人質とした事を話し続けた。
 楽しそうに話すダンと一刻も早く帰りたいフレイドの前にはコーヒー、甘い物が好きなカーティスの前にはケーキセットが置かれ、クレイジー・ティーチャーは7つ目の大盛りパフェを平らげたところで立ち上がった。
「ウン、じゃぁもうボクいいネ? いいヨネ? というわけでテメェはシネ。今すぐシネ。さぁシネ」
「というわけでじゃねぇだろ! どういう流れだよ!」
「うるさいナァ、だいたいボクは全然マッタクこれっぽっちも関係ないんだヨネ? なのに学校も一緒に追い出されちゃうしサ! 今日は試したい実験もあったのニ!! というか見るだけでもヤなのに隣りに座ってるとかモウすっごいイヤ。だからシネ」
「俺だって関係ねぇよ! ここに居るのも嫌だよ! つーかお前が学校追い出されたのは爆発させたからだろうが! だいたい向かい合わせで座って顔見るくらいなら隣りに座るって言ったのお前だろ!」
 今まで血が流れなかったのが不思議だったカフェスキャンダルではとうとう大乱闘が始まるかと思われた。店員の中には受話器を片手にいつでも対策課に電話できるよう待機している者がいたくらいだ。
 だが、
「待って待って止めてよせっかく会えたんだから!」
「おおおおスゲエまじスゲエなにこれ本物じゃんマジモンのクレイジー・ティーチャーなんですけどおー!! すげぇなリアル殺人鬼! かっけぇ!」
 と、半泣きで止めてと懇願するクレイジー・ティーチャーそっくりさんと興奮気味にワクワクしてるフレイド・ギーナそっくりさんを見て本人達はどうでも良くなった。というか本気で直ぐさま帰りたかった。そうできないのは、カフェスキャンダルに移動すると決めたとき、観光案内をすると済し崩しに決まってしまったのだ。


 鏡に映った自分が、目に涙を溜めて自分と愛する生徒を殺した男を殺すなと懇願する。


 もう一人の自分が、自分を殺そうとする殺人鬼をスーパーマンでも見るような羨望の眼差しで見ている。

 
 このなんとも説明しがたい奇妙で気持ち悪い心情がわかるだろうか。それは絶対に有り得ない事であり、そうありたくない自分を、一番嫌いな自分を見せつけられるようなものだ。それを見るのは自分だけでなく、殺したいと思っている男と銀幕市民に見られ、まず間違いなくジャーナルに載り、知り合い全員にも知れ渡る。下手をすれば「自分自身」として。
 何をどうしても最悪な地獄になるのであれば、手段は一つ。自分が一緒に居て別人だとはっきりさせることだ。殺したいほど憎い男と一緒なのは避けたいが、お互いに退けないのもある。
 しかし、原因はそれだけではない。クレイジー・ティーチャーもフレイドも一つだけどうしようもない事があった。何故かカーティスと会話をすると最終的に丸め込まれ、最後には二人とも「あぁもうわかったから!」と半ギレで了承してしまうのだ。何故か、など考える余裕は今はない。現に日本語がわからないカーティスの前で日本語で会話すると「自分だけ解らないなんて寂しいじゃないか!」という涙ながらの脅迫、もといお願いより英語でのみ会話するようにと決められ、それに従っている状態だ。
「お! あの娘ケッコー僕の好み〜、声掛けてみよっかな?」 
「おっま、待てダン! 俺とそっくりな外見でナンパなんてするな!」
 さっさと席を立ち行ってしまうダンをフレイドが追いかけ、フレイドの怒鳴り声が店内に響く。
「あ、あんまりはしゃぎすぎないで、ネ。若い子って凄いなあ」
「若いとかドウどか問題じゃないデショ?」 
 ナンパは止めたのか、店先からダンのあれスゲェこれスゲェと騒いでる声とフレイドが悲鳴のような叫び声で止めている中、クレイジー・ティーチャーが8つ目のパフェを頬張ると二人の声がぴたりと途切れた。
 え、と短く言葉を漏らしたカーティスがガタンと机を動かして立つと、クレイジー・ティーチャーはひょいっとパフェの器を持ち上げた。
「え、えぇ? ちょ、ちょっとCT! あれなに!?」
「ンゴンガンーー? 車だネェ」
 激しく前後に揺さぶられたクレイジー・ティーチャーは無理矢理首を店先に向けられ、見たままを答えた。窓ガラスまで真っ黒い車が一台、店先でダンとフレイドを車の中に押し込めているところだった。
 カーティスが慌てて店先に飛び出すが、ぎゅるぎゅるとタイヤを回した車はあっという間に遠くへ行ってしまう。
「ど、どうしようCT! あれ誘拐だよね!?」
 パフェの器を片手にクレイジー・ティーチャーは
「ソウジャナーイ?」
 と本当にどうでもよさそうに答えた。どうしようどうしようと店先をウロウロしたカーティスは席に戻り、片手に伝票を持ち片手でクレイジー・ティーチャーを引っ張るとレジで会計を始めた。
「とにかく、早く助けに行かないと!」
「エー? ボク行かないヨー?」
「助けに行きましょうよ! ダンとフレイドが攫われたんですよ!?」
 パフェを食べ尽くしたクレイジー・ティーチャーはレジ横に空の器を置くと
「なんでボクが行かなきゃ行けないのさ。それニ今の人間でショ? ボク手出しできないシー? このまま死ねばいいのニ」
 常連であるスイーツイーターが8つくらいのパフェで終わるわけがないと知っているカフェスキャンダルの店員は当たり前のように新しいパフェを運び、クレイジー・ティーチャーも普通に受け取ったが、カーティスに腕を引っ張られてパフェを片手に店の外まで連れ出された。
「ちょっとキミ、ボクはまだパフェを……」
「お願いだよCT! 私だけじゃ助けられないんだ! 私がやるから! CTは二人を連れだしてくれるだけでいいから! お願いだよお願いなんだよおおお」
 店を出ると同時にカーティスはクレイジー・ティーチャーに掴みかかった。ぼろぼろと涙を流し大きな声で懇願する姿はクレイジー・ティーチャーですらぎょっとするほど酷い姿だった。
「ちょ、ちょっとちょット! ああもうボクと同じ顔で泣き叫ばないでヨ!! 恥ずかしいナァもう!! 判った判ったやればイイんでしょ! やるヨ! やるかラ!!」 
「いなんだよおおおってええっ良いの本当!? うわああありがとうCTって思ってたよりも良い人だった! よかった!!」
 ぱぁっと花が咲いたように笑い、全身で喜ぶカーティスを見てクレイジー・ティーチャーは盛大に溜息をついた。その拍子でクレイジー・ティーチャーは一枚の紙を踏んづけている事に気が付き、片手に持ったパフェを一口、口に運んだ。

 

 
 
 薄暗く埃っぽい場所に、ぐるぐると縄で簀巻きにされたフレイドとダンは居た。錆び付いたコンテナに囲まれた場所からどこかの倉庫なのだろう。フレイド達と人一人通れるくらいに開けられた入り口の丁度中間あたりで黒いスーツに黒い帽子、サングラスというとてもわかりやすい格好をした誘拐犯達が怒鳴りあっている。
『なんで二人なんだよ!』
『知るか! 俺達にどっちが本物かとかわかるわけねぇだろ!』
『どうすんだよ二人も連れてきて!』
『もう連れて来たんだからウダウダ言うな! なんとかするしかねぇだろ』
 そんなやりとりを聞き、ダンは
「ウッハーすげえマジで映画の中みてーだ! 銀幕市ってスゲェな相棒!」
 とワクテカしているが、フレイドはといえば縦線が見えるほど精神的に落ち込んでいた。
「誰が相棒だよ誰が。いやもうほんと、なんだコレ。アイツに関わるとほんっとろくな事にならねぇ。死んでくれねぇかな。俺の知らないどこか遠くで」
「物凄くむかつくケドそれに関しては同感だネ。死ねよ。今すぐ」
 たった今までフレイドとダンしか居なかった場所にクレイジー・ティーチャーが現れていた。驚きと、直ぐ傍にいるクレイジー・ティーチャーに恐怖したフレイドが叫び声をあげそうになると、クレイジー・ティーチャーは片手に持っていた空になったパフェの器をフレイドの口につっこんだ。ここまでパフェを食べながら来たらしい。
「おぉー、さすがCT。いつの間にか背後にいるってのは本当なんだな」
「もうネ、ボクだってこんなトコ来たくないしこんなヤツ助けたく無いしそっくりなテメェもどうでも良いんだヨネ。まったくサァ〜、いい迷惑だよネェー」
 ぶつくさと文句を言いながらクレイジー・ティーチャーが二人の縄を解くと、フレイドはまず口に突っ込まれたパフェの器をポンッと良い音を立てて抜いた。
「な、ななな、なんでテメェがここに居るんだよ」
「ダーカーラー、何度も言わせないでくれル? 馬鹿なノ? 死ぬノ?」
 大声で反論しそうになったフレイドはひゅっと息を吸い込む。誘拐犯達の様子を伺い、気付かれてないのを確認すると、小声で叫ぶ。
「そうじゃなくて! 向こうにテメェがいるのになんでここにも居るんだって聞いてんだヨ! 何時の間に増えたんだよ! 俺の平穏かえ……せ…………。お前、白衣と金槌どうした」
 フレイドが言うように、入り口にはクレイジー・ティーチャーが立っている。だが目の前にもクレイジー・ティーチャーが居るのだ。パニックを起こしかけたフレイドが途中できがついたように、フレイド達の傍にいるクレイジー・ティーチャーはいつも着ている返り血の付いた白衣と、首からぶら下げている血がこびりついてどす黒い金槌が無かった。
「まったくサァ、良い根性してるヨネ? このボクから白衣と金槌奪い取るなんてサァ。アーアーアー、ほんっと気分悪い。だから死ね」
「ついでのように言うのヤメロ! お前が死ね!」
 お互いに死ね死ねと言い合っているクレイジー・ティーチャーとフレイドを余所に、少しだけ顔を出したダンはへぇ、と感嘆の声を漏らした。
「じゃぁ向こうがカーティスか」
「カーティス? っておいおいアイツ大丈夫かよ」
 そんなんシラネ、と呟いたCTと心配するフレイドを見たダンは楽しそうに笑う。
「しっかし、よくメイクしたなぁ。良いできだぜ、あれ」
「メイク? なにそれ、ボクそんなのできないヨ?」
「え? じゃぁあの白い髪と緑の肌どうしたんだ?」
「ペンキ」
 フレイドとダンが同時にぺ、と呟くと入り口にたつもう一人のクレイジー・ティーチャーを振り返った。遠目に見ているからか、それとも白衣が本物だからか。入り口に立っているクレイジー・ティーチャーはどう見ても本物だった。
 だが、近付けば偽物だとわかるからか彼は入り口から微動だにしないまま、少し背中を丸めて突っ立っているだけだ。誘拐犯はといえば、カーティス扮するクレイジー・ティーチャーに人質がいるだの抵抗するなだのとお決まりの台詞をつらつらと並べ豪快に笑っている。
「丁度良い、今のウチにとっとと逃げるか……って ぉぉぉぉぁぁぁぁぁ! なんだこの人魂ぁぁぁぁ! こっちくんな! よせ! 燃える!」
 コンテナの影を利用して倉庫の外に逃げ出そうとしたフレイドをクレイジー・ティーチャーの愛する生徒、人魂が取り囲むように集まっていた。
「アァ、ダメだよマイク、レイチェル、そんなのに近寄っちゃダメだってば」
「そんなのとはなんだそんっ! だからッッッ! よるなってぇぇぇぇ」
 オカルト系が苦手なフレイドにとってオバケの類は気絶しそうなほど近寄りたくない存在だ。いっそ気絶して楽になりたい所だがここで気絶すると死に直結する。
 じりじりと人魂から距離を取るフレイドと近寄っちゃいけませんと人魂と会話するクレイジー・ティーチャーを交互に見ていたダンはぽん、と手を叩いた。 
「マイクとレイチェルって、たしか校庭で遊ぶシーンをとったな、えーと」
「違う。校庭で遊んだのはジョージとキャシーだ。マイクは数学が苦手で補習を逃げ出そうとして俺と追いかけっこしてたやつ、レイチェルは運動ができるんだが本を読む方が好きでよく職員室に忍び込んでた子だ」
「おぉ、そうだそうだ。よく覚えてたなぁ、相棒」
「だから誰が相棒だ。ったく教師が生徒の事覚えてなくてどうすんだよ。ただでさえ少ねぇ生徒数なのに」
 なんでもないようにフレイドはそう言うが、会話の途中に一瞬だけ手が躊躇うような動きをした。クレイジー・ティーチャーの唇も僅かに動いていたのだが、今のフレイドの発言からずっと固く結ばれている。おしゃべりが好きなクレイジー・ティーチャーが、だ。
 幾つかの人魂の炎がボウッと大きく輝くとフレイドの周りをふよふよと廻りだした。フレイドが小さな悲鳴をギャーギャーとあげる中、ダンは無表情なCTの顔を暫し見た後思わせぶりにため息をついた。
「さ、て。いつまでもこのままじゃそろそろバレるな。フレイド、CT、せっかくだからちゃんと見ておけよ? 天才ってヤツを」
 天才という言葉に眉をひそめる二人にダンはウィンクすると、両手の人差し指と親指で四角形を作りその中にカーティスを納める。ゆらり、とカーティスの身体が僅かに揺れた。
「信じらんねーかもしんないけど、お前を、クレイジー・ティーチャーを演じたのは紛れもなくアイツなんだぜ?」
 数秒後、風に揺られて白衣の裾が浮き上がったところでダンの唇が動く。



                ―― Action ――



 ズン、と地震でも起きたような感覚だった。どんな素人でも恐怖が、危険だとわかっているのに身体が動かない程の、コロサレルと脳裏に浮かぶ殺気。
 フレイドとクレイジー・ティーチャーが見ているのはただの映画俳優だ。だが二人は、ムービースターである二人ですらぴりぴりと痺れるような殺意を肌で感じている。

 
――天才は居るよ。努力するしないも大切だけど、それ以上に良くも悪くも“他人になる”ことができる奴は居るのさ。役を自分の物にするんじゃない。自分を役にするんだ。それまで生きてきた人生も経歴も過去も何もかもを捨てて、忘れて、台本の上にしか存在しない赤の他人になっちゃうってワケ。なりきるんじゃなくて、なるんだよ。この違いはデカイ天才ってのはいるもんだぜ――


 誘拐犯達が右往左往する。武器を構えるが震えて撃てずただただ逃げ惑い悲鳴をあげている中、ダンは静かに、だがはっきりと二人に聞こえるようにそう言った。
 数人がカーティスに殴りかかる。だが本物の、ムービースターのクレイジー・ティーチャーのようによろめいても倒れそうになっても、笑みを浮かべ立っている。真っ赤な口元を歪め、金槌を振り上げ、降ろす。当てる必要はない。ただ、攻撃する意思があるとだけ相手にわかればそれで良い。金槌がコンクリートを叩く音が響けば、襲われていない者も恐怖が増していく。
 カーティスが立っている入り口とは別の扉に向かう誘拐犯が居たが、入り口まであと数歩という所で地面に座り込んだ。扉の前に逃げたはずのクレイジー・ティーチャーとフレイド・ギーナが立っていた。
「ボクはキミを殺せないケド、逆に言えば殺さなけりゃイイんだよネ?」
 白衣も金槌もないと気が付ける余裕など誘拐犯に無い。短く声を漏らし、忙しなく手足を動かして後ずさるだけだ。
 本物じゃない。アイツはただの俳優だ。クレイジー・ティーチャーを演じているだけだと、そうわかっていても、フレイドは怖れていた。殺気だけは本物だった。ふっとフレイドの思考がはっきりしたのは、カーティスに向かって大きな武器を振り下ろそうとしている影が見えたからだ。カーティスの背後に向かうその影に気が付いたのはフレイドだけだった。ダンもクレイジー・ティーチャーもカーティスの方を見ていない。カーティスが振り向くと頭上に大きなハンマーのような物が掲げられ、その影がカーティスを包む。
 クレイジー・ティーチャーは目の前の敵を殺さないよう仕留める事に夢中だった。間違って殺してしまえばたちまちヴィランズになってしまう。そうなるとクレイジー・ティーチャーは、また、愛する生徒を失う事になる。如何にして殺さずかつ楽しく仕留めるか、鼻歌交じりで獲物に歩み寄ったクレイジー・ティーチャーの赤い瞳が大きく見開いた。
 灰色の倉庫内だった風景が真っ赤に染まっていた。錆びたコンテナの変わりに木机が並ぶ、赤く染まった教室。埃臭さの変わりに鼻の奥にねっとりとした血生臭い臭いが充満すると同時に、一発の銃声が鳴り響いた。
 ガラガラと安っぽい音を立てて崩れ落ちる瓦礫の向こうでは、一筋の白い硝煙が立ちこめる拳銃をもったフレイド・ギ−ナが、生徒と同僚を殺した頃の姿で立っていた。
 


 フレイドのロケーションエリアは10分程しか展開されない。フレイドが撃った一発の銃声の後、四人は呆然とフレイドが撃ち抜いた物を見下ろしていた。元の倉庫に戻っても暫く立ちつくし、足下の瓦礫を何度も何度も確かめるように見る。
 フレイドが撃ち抜いたのは大きなマネキンだった。頭に赤いヘルメットを付け、ハンマーのように見えた影は看板で「ドッキリ大成功」と目に痛い蛍光カラーで書かれている。
「ドッキリって、どういうコト? ちょっとそこのキミ! 説明してヨ!」
 クレイジー・ティーチャーに凄まれコンテナの影で震える誘拐犯達がサングラスや帽子を取ると、彼等の顔を見たカーティスとダンが声を揃えて驚いた。そこにいたのは全員二人がよく知る撮影スタッフだったのだ。
 スタッフの一人が恐る恐るカメラを回すと、倉庫の壁に映像が映し出された。ダサいアロハシャツとデカイ丸い分厚いの三拍子そろったサングラスにサイズが小さいのか、パッツパツのキャップを被ったオッサンが、HAI!と楽しそうに手を振っている。
「誰だ? このテカテカした脂っぽいオッサン」
「シャツもキャップもビチビチじゃないカ なんで片手にバーガー持ってるノ?」
「「か、監督」」
「「かんとくぅ〜?」」
 カーティスとダンがまた声を揃えてそういうと、今度はクレイジー・ティーチャーとフレイドまで声を揃えて言った。俳優二人と違ったのは、声が揃った後で物凄く嫌そうな顔をした事だろうか。倉庫の壁に映している為画像は良くないが、音声ははっきりと聞こえる。
「やぁカーティスにダン、銀幕市は楽しいかな!? 日本はとても素晴らしいサイコタウンだっていうからさぞ楽しいだろうよ! 俺が行けないのに二人だけ楽しもうってのは、ずるいんじゃないかい? そうだろう? アッハッハッハ」
「ネェ、こいつ殺してイイ? いいヨネ?」
「まぁ半分以下の冗談はおいといてだ」 
「半分以上本気じゃねぇか、このメタボ。弾けて死ね」
「クレイジー・ティーチャーは学園に行けば会える可能性があるがフレイド・ギーナはなかなか捕まらないと聞くからね、こうやってちょっとしたお遊びをさせてもらったよ。どうだった俺のドッキリ大作戦! 日本じゃこういうのが流行ってるんだろう!? 楽しんで貰おうと頑張ったよ! スケジュール遅らせて!」
「「いや、それダメだから監督」」
「それでは、引き続き銀幕市で楽しんで帰ってきてくれ! お土産はケーキが旨いと評判のら……」  
 ごずっと音がして映像が止まる。クレイジー・ティーチャーがカメラを殴ったらしい。コンクリートには破片が散乱し、カメラだった鉄くずの傍ではクルーの一人が怯えて座り込んでいた。



 誘拐事件は実に馬鹿馬鹿しい理由で始まり、終わった。
 カーティスは元通りクレイジー・ティーチャーだったイメージのカケラもなく「これが日本式の謝り方なんだよね!」と言いながら何度も頭を下げお礼を言い続けている。
「もういいってバァ」
「いえだってほら、巻き込んじゃってごめんなさいすみません、でも手伝ってくれて有難う御座いました!」
 コレをなんども繰り返され、クレイジー・ティーチャーは白衣と金槌を返して貰う事も忘れてうんざりしていた。そして、クレイジー・ティーチャーもまた同じ言葉を返す。
「だからサー。同じ顔と声でそういうのヤメテよネ? ボクのイメージ壊れちゃうジャナイ」
「……そうだね。私と君はもう、別人だ」
 幾度目か数えるのも馬鹿らしいこの会話で、カーティスはやっと違う行動をとった。やっと終わるのかと思ったクレイジー・ティーチャーが呆れたようにカーティスを見ると、彼はどこか寂しそうに微笑んでいた。何故か自分が悪いことをしたような気分になったクレイジー・ティーチャーは帰るに帰られなくなり、居心地が悪そうにきょろきょろする。
「私はクレイジー・ティーチャーになる。新作があればまた新しいクレイジー・ティーチャーに、今回は一作目だから君にあったらすっと「思い出せそう」だと思ったんだけど、君はもう、私のクレイジー・ティーチャーではないんだね」
「変な事言わないでくれル? ボクはボク、クレイジー・ティーチャーはボク」
「あぁ、そうだ。銀幕市で生活するクレイジー・ティーチャーは君だけ。私にはなれないんだろうな。あぁ、なんだろう、娘が嫁にいくのってこんな気分になるのかなぁぁぁぁ。ヤダなぁぁぁまだまだお嫁になんかいかせないんだ〜〜。もうお風呂も一緒に入ってくれないし」
「ナニわけのわからない事言って泣き出してるのサ!? やめてって言ってるデショ!?」
 水道の蛇口をゆっくりと開いたようにカーティスの涙はぼろぼろと増えていく。 



 フレイドはよくあんなに涙が出るもんだ、とまた泣き出したカーティスとその周りに漂う人魂を眺めていた。フレイドの隣りでは同じように眺めているダンが興奮気味に銀幕市のすごさを語っている。ダンの言う「銀幕市のスゴさ」とはロケーションエリアの事と、こんな事件紛いの事があっても警察が飛び込んでこなかった事だ。映画の撮影か何かだと思ってるのかな!とダンは言うが、真相は解らない。対策課に連絡が行かなかったのか「ドッキリ大作戦」をすると前もって連絡してあったのか、それともクレイジー・ティーチャーがいるからいんじゃね?と心配しなかったのか。何れにせよ大事にならなかったのは誰にとっても幸運だ。下手な事件になれば俳優である二人はもちろん、フレイドも仕事に就けなくなる。
 今にも踊り出しそうなダンに呆れながら、フレイドはぼんやりと視界で動く青白い人魂を眺めると、まじめな声でダンに問いかけた。
「なぁ、なんで俺は……CTと生徒を殺したんだ?」
 CTと言う前の、一瞬の間。それは何を意味するのか。フレイドは軽く頭を降ると今問いかけたい事を優先して考えるようにした。シリーズにおいて監督も明かすことなく、ずっと謎のままにされてきていた疑問。いつまでも無言のダンに目をやるが、ダンは背を向けていた。
 正式な設定じゃなくても良い。あの監督を見た後では設定が存在するのか、ちゃんと考えられているのかも怪しいが、誰かに聞いてみたかったのだ。
「後悔も罪悪感も無い。……だからこそ気になるんだ。ダン……お前は……あの一瞬、どんな感情を抱いていた?」
 倉庫内に響く全く同じ男の声。それが、フレイドの疑問を余計に膨れさせる。


                   ―― Why ―― 


 振り返ったダンは真面目な表情と声で
「知りたいか?」
 と短く聞いてくるのはもう一人のフレイド・ギーナだった。厳密に言えばダンに泣き黒子は無いし、実際にフレイド・ギーナを演じたのはダンではなく他の俳優だ。だが、今のダンは佇まいやその雰囲気がフレイドそのものだ。今までの銀幕市の見る物全てに目を輝かせ、スーパーマンやヒーローにはしゃぎ声援を送っていた大きなお友達ではない。
 急に別人のようになったダンにフレイドが狼狽えると、ダンは
「教えない!」
 と満面の笑みで言う。ニッコリ破顔した顔はもう今までのクレイジー・ティーチャーにキャッキャとはしゃいでいたダンだった。フレイドは何かを言おうとして口を動かしたが、言葉が見つからないままでいるとダンはケラケラと笑い
「お前は少なくとも今ここに、銀幕市に居るんだ。お前自身で理由を探せばいい。どーーーしてもわからなかったら、そのうち公開されるだろう一作目リメイクから理由か、ヒントを見つけるといい。お前だけの理由をな」
 すれ違いざまフレイドの肩をぽんと叩き、ダンはクレイジー・ティーチャーとカーティスの元に小走りで行ってしまう。
「そうだー! 相棒! 劇場まで足運べよー! ビビリなお前じゃ見てるだけで死ぬかも知んねーけど!」
 ダンが大声でそう言うとクレイジー・ティーチャーが
「それは絶対見て欲しいネ! 何のことか知らないケド!」
 と付け足した。フレイドは溜息混じりに苦笑すると、小さくまぁ良いか、と呟いた。
 銀幕市に実体化した後からずっと疑問には思っていた。少なくともフレイドには殺さねばならない理由が思いつかなかったからだ。何故かと思いこうして自分を演じたという俳優にであったから聞いてみたが、実際答えを教えられたらどうなったのかも、わからない。答えを言おうとするダンを止めたかもしれないし、聞いて違うと思ったかも知れない。
 全ては仮定。フレイド・ギーナという存在を確率する方程式には、最初から答えなど無かったのかも知れない。たとえ答えがあったとしても変数ならば、その値は常に変化する。答えを知りたいと同時に、その答えを知る事が怖いのも事実だ。
 フレイドはクレイジー・ティーチャー達を見てもう一度呟いた。
「……まぁ、良いか」
 




 誘拐事件もといドッキリ大作戦があった次の日、クレイジー・ティーチャーとフレイド・ギーナの地獄は始まった。カーティスとダンの二人はその日から本格的な銀幕市観光を始める。監督とやらのお遊びなど可愛らしいものに思えるほど、クレイジー・ティーチャーとフレイド・ギーナは精神的に疲れ果てた。
 特にあのスイーツイーターに
「もうダメ。イヤ。カエレ。お願いだから帰ッテ」
 と泣き言を言わせるほどだ。只でさえカフェスキャンダルでクレイジー・ティーチャーとフレイド・ギーナが一緒にお茶をしていたという事実がある。最初は彼等を、特にクレイジー・ティーチャーを知る人は誰もが「それは無い」と言い切っている。だがその話しを皮切りに「二人が協力して友人の観光案内をしている」「ここのところ毎日一緒にいる」「ほぼ一日中一緒に居る」「二人がホテルで中良さそうに食事をしていた」「二人が同じホテルに泊まっている」「二人がホテルの同じ部屋で泊まっている」等々
 耳を削ぎ落としたくなるような話題がずらずらと流れている。殆どはカーティスとダンの事だ、と言いたいところだが、実際クレイジー・ティーチャーとフレイド・ギーナは二人に毎日振り回されているので、本当に一緒にいる。二人が泊まっているホテルにも行った。
 だが、勿論、噂は真実ではない。半分真実、半分間違い。原因は、四人が英語で会話していた為だった。誰かとすれ違った程度で何を話していたかはっきりと解る人はいないだろう。中途半端に英語が聞き取れる人がこんな内容じゃないか、と言った言葉が伝言ゲームとなって広まり、あとはご覧の通りだ。
 噂が流れている事にはクレイジー・ティーチャーもフレイド・ギーナも気が付いていたが、ここまで酷い内容だとは、まだ知らない。彼等が知った後どうなるのかも、誰も解らない。
  
 
 何日経ったのかも解らなくなった頃、フレイドはにっこにこの笑顔で二人と歩いていた。三人が向かっているのはタクシー乗り場だ。今日で二人が帰国する。その最後の観光案内件見送りが終わればフレイドは自由だ。クレイジー・ティーチャーがわざわざ見送りに来るとは思えない。つまり、今日から確実に、もう二度とクレイジー・ティーチャーと会うことは無い。それはフレイドにとって何よりも嬉しい事だった。
 クレイジー・ティーチャーは見送りに来ないはずだった。何故かタクシー乗り場でばったりと会わなければ。
「やっぱり来てくれたんだねCT!! 嬉しいなぁ。今度は監督も連れて来るからね!」
「イヤイヤイヤイヤ。なんでキミ達まだ居るの? どうしてここにいるノ?? おかしくナイ?」
「嬉しいなぁ〜CTが見送りに来てくれるなんて。生徒のみんなもありがとうね〜」
「だから違うかラ! なんでボクが見送りなんて面倒臭いコトしなきゃなんないのサ!?」
 カーティスとクレイジー・ティーチャーが相変わらず咬み合わない会話をしているその少し後でフレイドは項垂れていた。もう会わなくて良いと思った瞬間にコレだ。
「はいはいはい!」
 力無く立ちつくしていたフレイドの腕をダンが引っ張り、カーティスとクレイジー・ティーチャーの間に入ったダンがすっと指をさしてこう言った。
「あのタクシーに乗って帰るんだぜ」
 
 
 ピピッ   



                    カシャッ
 




 

 カーティスとダンを乗せたタクシーはとっくに出発している。クレイジー・ティーチャーは二人がタクシーに乗った時にはもう居なかった。もうそこにいる必要もないのに、フレイドは暫くタクシー乗り場に居た。魂が抜けたように、あんぐりと空を見上げたままで。
「……馬鹿じゃねぇの。俺」
 フレイドは大きな大きな溜息を吐いてしゃがみ込んだ。
 



  
「……カーティス、寝たか?」
 薄暗い機内の中はごうごうとエンジン音が響いている。殆どの人が眠りにつき、稀に誰かのイヤホンから漏れる音がざりざりと聞こえるくらいだ。
 ほんのりと灯っている機内灯を見つめ、独り言のようにダンは続ける。
「向こうに着いたら、教会に祈りに行こうと思うんだ。お前も付き合えよ」
 隣りで動く気配がしたが、ダンは動かない。起きていなくても良かったのだろう。ダンはなんとなく、声に出して言っておきたかったのだ。
「銀幕市に行って、良かったと思う。俺はフレイドを演じた。俺達は映画の中で、必要なシーンだけを撮影した。それだけだったんだ」
 ゆっくりと息を吐き、ダンは銀幕観光を思い出すように眼を閉じる。
「クレイジー・ティーチャーとフレイド・ギーナは、生きていた。俺達が本の数秒だけ演じたシーンが、彼等の記憶にある人生の一部だった。……俺は神様に感謝しようとおもう」
 胸元のロザリオに手を添えそっと唇を落とし
「銀幕市の夢の神様にも、な」
 ダンがそう言うと、膝の上に一冊の雑誌が置かれる。何の雑誌かは見なくてもわかっていた。カーティスと二人で、銀幕市に行く前からずっと見ていた。今度はどう演じようか、またNGだすなよ、と懐かしい話をしていた流れでなんとなく決まった銀幕市観光。
 よれよれの表紙に並ぶ見出しの中、そう大きくない文字で書かれていたきっかけ。


   ―― 20年の歳月を経て 惨劇の幕が開く ――
 あのホラー映画「Crazy Teacher」一作目がリメイクで復活!!
  

 少し雑誌を動かしただけでそのページが自然と開かれる。

  ―― リメイク版「Crazy Teacher」映画と同じ年月を経ても俳優変更無し ――
 クレイジー・ティーチャー役にはカーティス・T・ブレイロック(Curtis・T・Blaylock)フレイド・ギーナ役にはダン・フィッツジェラルド(Dan・Fitzgerald)が続投!


 映画のあらすじ等が書かれる記事の間には監督と並び二人が映った写真がカラーで掲載されている。その下には銀幕市で取った写真が挟まれていた。
 複数の青白い人魂に囲まれ、二人のクレイジー・ティーチャーと二人のフレイド・ギーナが映った一枚の写真が。




 その後、クレイジー・ティーチャーとフレイド・ギーナの関係に変化があったのかどうかは、未だ確認できていない。


クリエイターコメントこんばんは、桐原です。

この度は宿敵とかいて友と呼ばせてくれないお二人のオファーをありがとうございました。
大変お待たせいたしまして、申し訳有りませんでしたが、全力で書かせていただきました。

少しでもお気に召していただけると、幸いです。

捏造歓迎の四文字に甘えさせていただき、ものすごく捏造しましたので、何か問題が御座いましたらご連絡下さいますよう、お願いいたします。

改めまして、この度はオファーありがとうございました。
公開日時2009-03-24(火) 19:30
感想メールはこちらから