★ トらわれたのは ★
<オープニング>

 銀幕市にある一件のおもちゃ屋が閉店する。
 先日から閉店セールをしているそのおもちゃ屋は元々老夫婦がやっていたのだが、今レジに立っているのはその息子だった。夢の魔法が掛かってすぐ店主が、そしてその妻も先日、旅立ったのだという。
 跡を継ぐ気が無かった息子は銀幕市に住んでいない。後処理の為に今は数年ぶりの実家に戻ったのだが、多少の哀愁はあるものの、やはり跡を継ぐ気にはならなかったのだ。
「普通に営業してた時もこれくらいお客さんがいたら、こうはならなかったのかもしれないんだけどねぇ」
 この店も今は店内にいつもよりは人がいるのだが、通常営業の時は閑散としていた。昔と違い中古品やリサイクル品が出回りおもちゃ専門の大型店ができ、ネットでも買い物が出来る。商品の入れ替えも激しくなり流行を追えず、かといって大きく値引きもできず、ポイントも貯まらないこの店からは自然と人が離れていった。
 稀に来る客は懐かしさを求めた大人か、駄菓子を買いに来る学生だった。最近の学生達は殆どコンビニで用事が済んでしまう為、どちらも極々稀だ。
 

 店の前を通りかかった斉藤美夜子もそんな客の一人だった。
 ふと思い出しては何となく寄りたくなり、ふらっと寄ってはレジにいる老婆と他愛もない会話をし、駄菓子を二つ三つ買って帰っていく。その日もなんとなく、寄ってみたら閉店となっていて驚いたのだ。
 そして、顔見知りだった跡取り息子に簡単に事情を聞いた所だった。実際は跡を継がないのだが、今は彼が店主になる
「寂しくなりますね。若葉さんも、もう会えないのかしらねぇ?」
 そう言って、レジの横でじっとしているハーブのバッキーに声を掛ける。店主の母親が一人でこの店をやっていたときも、バッキー「若葉」はずっとここに陣取っていた。若葉がいるとお客が増えるのよ、と幸せそうに笑った彼女がしわくちゃの手で頭を撫でると、若葉はどこか嬉しそうだったのを覚えている。

 ――よかったら引き取ってくれないか――

 いきなり、店主は笑ってそう言い出した。
「いえね、今住んでるところペット禁止なんで困ってたんですよ。連れて行くわけにもいかないし、捨てる訳にもいかないし、その、保健所の世話になるのも、ねぇ?その方が、世話してたお袋も、どっかから連れてきた親父もきっと喜ぶと思うんですよね」
 途中、言葉を挟もうとした斉藤は、息を飲んだ。
 彼は今、何と言ったか。

 ――世話してたお袋も――

 そうだ。それは見ていた。だから、てっきり……彼女がムービーファンなんだと、誰もが…………きっと市役所だって

 ――どっかから連れてきた親父も――


 斉藤はやんわりと断ると同時に、貰い手は探しておくのでこのまま誰にも譲らないでくれと頼むと店を後にした。できるだけ動揺を悟られないようにしたつもりだが、店主に怪しまれたかどうかは、後で良い。
 店を出て直ぐ、彼女は市役所に連絡を入れようと、周囲を見渡した。
 銀幕市民ではない店主は、バッキーがムービーファンと離れた後どうなるのか知らないのだ。もしかしたら、彼女も知らなかったのかも知れない。いや、知っていても旦那が連れてきたバッキーだ。もう一人の子供として可愛がっていたのかもしれない。
 彼女はいつから一人で店をやっていた?正確な事は知らないが、かなりの日数の筈だ。なら、あのバッキーは、もう、いつ変わってもおかしくないのではないだろうか
 いや、そんな事よりも、それよりも。
「あぁ、こんな事なら早くPHSでも携帯でも買っておけば良かったわ。どうして公衆電話がこんなに無くなっているの」  
 
 公衆電話を探しながらも市役所に向かうが、到着する方が先だった。

 バッキーが バッキーでなくなる時は そう遠くない

種別名シナリオ 管理番号292
クリエイター桐原 千尋(wcnu9722)
クリエイターコメントこんにちは、桐原です。

今回は、バッキーのお話です。バッキーがどうなってしまうのか、は雑誌社のキャビネットの資料ファイル にある「銀幕市の住人たち」に書かれておりますので、そちらを参照して頂きたく思います。

プレイングにはどのように関わるのか、の最初の部分、
市役所で依頼を受けるのか、偶然おもちゃ屋さんで買い物そしてるのか、近くを通りかかっただけなのか、はお書きいただけるとありがたいです。

尚、プレイング〆切は変わりませんが、制作日数を通常より3日ほど多めに頂いております。


それでは、皆様のご参加お待ちしております。

参加者
秋山 真之(cmny8909) ムービーファン 男 15歳 高校生
シュヴァルツ・ワールシュタット(ccmp9164) ムービースター その他 18歳 学生(もどき)
ベアトリクス・ルヴェンガルド(cevb4027) ムービースター 女 8歳 女帝
新倉 アオイ(crux5721) ムービーファン 女 16歳 学生
シャルーン(catd7169) ムービースター 女 17歳 機械拳士
<ノベル>

 デフォルメされた動物や花がプリントされたノートやペン、筆箱にもちょっとした小物を入れるのにも使える大小様々なポーチに沢山のシールやプラスチックビーズがついた髪留め。フルーツやお菓子の形をした消しゴムは香りがついているものもある。
 おもちゃ屋一階の少し奥にあるファンシーグッズ売り場で目を輝かせて品定めをしている赤毛の少女はベアトリクス・ルヴェンガルドだ。
 今日も下宿先の住人に買ってもらったという花柄のワンピースにクリスマスが近いせいか、真っ白なフェイクファーで縁取られた赤いフード付きのケープをはおり、真っ白な手袋は袖から伸びる白い紐にぶら下がっていた。手袋も子供用なのだろう、親指を覗く全ての指を覆うミトンだ。
 ベアトリクスは目の前に並べられている可愛いものを次々と手にとっては緑色の瞳に輝きが増し、頬を赤く染めていたが、はっと何かを思い出したように手に取った品物を名残惜しそうに元の場所に戻した。
「いらっしゃいお嬢さん。買いたい物がたくさんあるのかな? おじさんがお小遣いの中で選んであげようか?」
 急に店主が声をかけたせいか、ビクッと身体が大きく跳ねるほど驚いたベアトリクスは自分の隣で屈んでいる店主を見た。店主はベアトリクスが店に入って来たときから見ていたのだ。赤い髪の少女というのも珍しいと思ったのだが、彼女は駄菓子に眼を奪われては品物を手に取っては元の場所に戻し、次にぬいぐるみを、アニメの変身グッズや怪物のフィギュアを、と何度も繰り返していたからだ。外人なのだろうと思い微笑ましく見ていた店主は声をかけるタイミングを計っていたのだ。
「き、今日はプレゼントを買いに来たのだ、だから、余が欲しい物は後からにするのだ。ふむ、そちに余の手助けをさせてやろう。何か、年上の男性が喜ぶ物はないか?」
 自分に言い聞かせるように言うベアトリクスの口調に店主はこういうアニメでも流行ってるのかな、と勘違いをした。子供はなんでもマネしたがるから、という思いこみがまた店主を銀幕市から遠ざける。
「そうだねぇ、男の子なら二階の方が良いと思うよ」
「二階、とな。うむ、行ってみることにするか……ビィの買い物は後にする! の! 先におにいちゃんの買い物なの!」
 小さな両手をぎゅっと握って自分の決意を言うと、ベアトリクスは階段を駆け足で昇っていった。
 その間も若葉はじっとしていた。


 急遽対策課から出されたバッキー捕獲依頼を受けたのは四人の高校生だった。
 秋山真之は一人暮らしの為、バイト変わりに依頼を探しに来た所でこの依頼を見つけ、直ぐに窓口に走った。彼は今どこか寂しそうな面持ちで俯き、相棒のサニーディバッキー、そらを両手で抱えるようにしてディレクターズカッターの充電をしている。いつもなら逃げ回るそらも今はじっとしているのは、もしかしたらいつもと違う感じに気が付いているからかもしれない。
 大きなヘッドフォンを首に下げ、今もチューインガムを噛んだままソファに埋まっている新倉アオイは、少し不機嫌そうに足を組み直した。秋山と同じくムービーファンの彼女はボイルドエッグバッキーを横に置いてスチルショットの説明書に目を通していた。彼女のバッキー、キーはソファの感触が楽しいのか、一歩とへこむのを見る。
 さっきから何度も目を通しているが内容が頭にはいっていかないのは、彼女が同年代の人とどう会話をしていいか解らない為なのだが、話しを聞いているのかとか、ぎりぎりまで短くした制服のスカートで足を組むなと言う人はここにはいなかった。
「じゃぁ、あたし先に行くわね……必ず後から合流するから、宜しく」
 そう言って最初に席を立ったのはセーラー服に身を包んだシャルーン。制服を着ている彼女がムービースターだと解るのは、紫の髪と彼女自身から聞こえる電動音。スカートの下から覗く両足から電動音が少し大きく聞こえると足下がローラースケートのように変形し、彼女は市役所を後にした。
 両手も含め義手義足の彼女は銀幕市に来てから金属の補充が必要となり自ら金属器専門店を開設した。普段の生活でもだが、依頼を受けるとどうしても金属が消耗され、彼女の手足は小さくなってしまう。今回の依頼でも確実に、それも大量に消耗される事になりそうだと思った彼女は、依頼を共に受ける三人と話し合い、一度店に戻ることにさせてもらったのだ。
「行っちゃったね。店の人がOKだしたらそれで終わっちゃうのに、わざわざ戻らなくても良いと思うんだけどねー?」
 四人目の学生、シュヴァルツ・ワールシュタットは楽しそうにそう言うが、秋山も新倉も返事を返してくれなかった。新倉は自分に言われていると気が付かなかったのだが、秋山はシュヴァルツの言葉に素直に返事をすることができなかったのだ。
 シュヴァルツの言う<店の人がOKを出したら>というのは、彼がバッキーを食べてしまう、という事だからだ。相談をするより先に、「別モノになりそうなバッキーなら、オレが食べても問題無いよね♪」と言い出したシュヴァルツを、三人が呆然として見つめたのは言うまでもない。
 秋山はその行為を止めたかったが、上手く言葉が選べず、そしてその方が危険が少なくなる一番の良策という事が話し合いでわかってしまい、<店の人がOKを出したら>というぎりぎりのラインで納得した。いや、するしかなかった。 
 秋山は最初ハングリーモンスターになっていない状態で見つける事が出来ればバッキーを引き取る事を提案したが、対策課が了承しなかった。なんとかしたかったのか、秋山がじゃぁ、でも、と色々な提案をするが、ソレを止めたのは新倉だった。
「ちょっとあんた、マジで言ってんの?いつ変化するかわからないバッキーを預かるって?無理にきまってんじゃん。24時間監視すんの?学校にも連れて行く気?学校で変化したらどうすんのさ。寝てる間に変化されたらあんた一番最初に被害者になってご近所さんまで一緒に、ってなるよ。ちょっと落ち着きなさいよ。対策課の人も困ってるじゃない」
 話をした事はなかったが、同じ学校の同学年である新倉にそう言われてやっと、秋山は冷静になれた。あ、と言葉を漏らすと、申し訳なさそうに誤った秋山を見て、新倉が少し眉を寄せたのに、彼は気が付けなかった。
 そうして、彼等四人はどうするか、どうしたいのかを話しあった。
 ゆっくりとだが、やっと、話し合えた。
 

 二階に移動したベアトリクスは見慣れないおもちゃにまた眼を輝かせていた。一階と違いモデルガンやゲームソフト、電池やコントローラーで動く車やバイク等の無機質な機械的な物が多い。
「不気味な人形が多いのだな、これは何に使うのであろう?」
 リアルな昆虫のゴム人形をおっかなびっくり見ていると奥のテーブルでカードゲームをしていた少年達がベアトリクスに気が付き、何やら相談し始めた。囁き会い、面白そうに笑った彼等はベアトリクスを驚かそうと彼女が見ていた昆虫のゴム人形を一つ、放り投げた。 
「ひっ、な、なな、何事であるか!?い、生きておるのか?」
 彼女がじっと人形を見続けるが動くはずもなく、動かないとわかって安心したベアトリクスはまたおもちゃを見始める。
 以外と平気な反応を見せたベアトリクスが少年には面白くなかったのか。今度は昆虫ではなく蛙や蜥蜴の人形を投げてみることにし、そーっとベアトリクスが見ている棚の後に廻って人形を放り投げる。
 それが、いけなかった。
 蜥蜴には昆虫と同じくびっくりしただけだったベアトリクスが、蛙を眼にした途端大声で泣き出してしまったのだ。
「か……かかか…………いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!かえるいやぁぁぁぁぁ!!!」
 大きく大きく泣き喚くベアトリクスの声は店中に響き渡り、商品を飾っているケースにぴしぴしとヒビが入り始める。
「み、耳が! 耳が痛いぃぃ!! 壊れるよぉ!!」
「ごめんってば、ほら、もう何もないから! 泣きやんで!」
 少年達は耳を塞ぎながら慌てて蛙をベアトリクスから隠し、彼女を宥めると、ベアトリクスはぼろぼろと涙を流しながら辺りを見渡す。蛙の姿が見えないのがわかると、少し落ち着いたベアトリクスが頬と眼を真っ赤に腫らして未だぐずついてるのに少し年上の少年達が謝りながら下で買ったお菓子をあげた。
「ぐず、はぐ……このお菓子、美味しいねぇ」
 にっこりと笑ったベアトリクスに少年達はやっと安心し、彼女の笑顔に照れながら一緒にお菓子を食べる事を提案する。ベアトリクスがお菓子を一つ一つ選び、口に運んでいる間に悪さをした子供は泣きながらもベアトリクスから見えないところに蛙を隠した。可愛い女の子にちょといぢわるしたかっただけの少年達には可哀想だったかもしれない。
「ごめんね、もう脅かさないから」
「二階に女の子が来るなんて珍しいね、どうしたの?」
「ん……もぐもぐ……、うん。あのね、ビィね、プレゼント買いに来たの。おにいちゃんの」
 おにいちゃんの、と言ったベアトリクスに少年達はこんな妹いいなぁ、とほんわかした気持ちになり、一緒にプレゼントを選んであげる事になった。同時に、本当に美味しそうに笑顔で食べるベアトリクスの為に駄菓子を買いに一階に下りていった少年も、いた。
 店主にさっきの泣き声は?と聞かれた少年は、女の子を泣かせちゃったんだ、と説明したが、店主は苦笑しながら軽く注意をし会計をするだけだった。
 ずっと動かなかった若葉が、天井を見上げていた。



 対策課からおもちゃ屋へ向かっていた秋山と新倉、そしてシュヴァルツはシャルーンと共に話し合った事を確認しながら歩いていた。
「まずは、お店の人に説明ですが、僕が話して良かったですか?新倉さん」
「アオイでいーよ。あたしも真之って呼ぶし、説明も任せるわ、あたしそういうの向いてないからさ」
「うん。じゃぁ、お店の人に説明してバッキーのままだったら捕獲……」
「んで、OKもらえたらオレが喰う♪ できればバッキーのままだと良いなぁ。そうじゃなくなってても構わないけど」
 あくまでも食べる事を重視するシュヴァルツを新倉は呆れたように見て小さく溜息をついた。
「あんた……マジありえないんだけどその思考回路……もしハングリーモンスターになってたら、シュヴァルツさんに足止めしてもらってあたしと真之は人が逃げるのを手伝ってから奥の倉庫に追い詰める、んだっけ?」 
「上手く倉庫に追い詰めるか外に出すか…シャルーンさんも言ってましたが、人気のない所に誘い出すのが最優先ですね」 
 そういう事を気にし無さそうなシュヴァルツを秋山がちらりと見るが、彼は気を付けるって、と笑顔で言うだけだった。
 確認する事が終わってしまうと、三人は無言になってしまい、静かに歩き続けた。それぞれが違うことを考え、気にしているのだが、誰もそれを口に出すことはなく、気が付けばおもちゃ屋が見えていた。
「うっわぁ……マジふっるい店。骨董もんじゃない? これ。超貴重」
「そうだね。中でちょっと暴れたら崩れちゃうんじゃない?」
 三人は店を外から見て裏の倉庫を確認した。角地に建っているおもちゃ屋は店舗と倉庫は外装でハッキリと区別されており、倉庫もそれなりの大きさだ。荷物を搬入するシャッターは開けられ、お店の名前が書かれた軽トラックが頭を出している。プラスチックチェーンで遮られ、店舗横にはお客さん用の駐車場もあるが、今は一台も止まっていない。隣のビルとの距離は一車線の道路分。後辺りを見渡したが通行人もあまりいない。
 中に入ると時間帯のせいか制服を着た小中学生や私服の子供の姿が多かった。問題のバッキーがまだバッキーの姿のまま、レジ横にいるのを見た秋山はホッとした顔をする。彼が店主へ説明をしている間、シュヴァルツと新倉は暫く店の中を見渡していた。
「マジなつかしー、まだあるんだこういうの。店も店なら売りもんもレアじゃん」
 新倉は駄菓子と一緒に置いてある指で擦ると煙が出る玩具やシンバルや太鼓を持った動物の人形が電池で動き、泣き声と楽器を鳴らすしぐさをしているのをどこか感心したように眺めていた。
「食べられるの? それ」
「いや、生きてないし。食べ物じゃないし。機械のおもちゃと化学反応だから、多分食べても美味しくないとおもうよ」
「なんだ。じゃぁオレはあのバッキーでも……」
「あんたマジで食べることしか考えてないの? つーか、さっきからあのオヤジぜんっぜん話し聞いてないじゃん。真之が必死で話してんのにさ。マジむかつく」
 新倉の言うように秋山が必死で銀幕市について話しをしても店主は笑って流すだけだ。どうしたら信じて貰えるのか、バッキーを預からせて貰えるのかだんだんわからなくなってきた秋山は困惑した顔で戸惑うばかりだった。
 話しは全然進まず新倉もイライラしているのが目に見えてきた時、シュヴァルツの口元が歪み、彼の肩に蜘蛛に似た大きな虫が留まると、影がバッキーへと延びていく。
 遅かれ早かれ食べてしまうのだ。ならとっとと自分が食べてしまってもいいだろう。秋山は文句を言うかもしれないが、店主も信じていないのだからしかたないとか、こうしたら店主が信じるとか、適当に理由をつければいい。何より、こんなチャンスは滅多にない。誰にも気付かれないで食べることが出来る彼の影は、床を通り、垂直の棚も這い上がってバッキーの下に辿り着いた。
「…………!!!!! うああぁぁぁ!!ああ!ぁぁあああ!!!!」
 急に叫びだしたシュヴァルツに誰もが驚いた。話し込んでいた店主と秋山も、傍にいた新倉も、駄菓子やおもちゃを見ていた客も、誰もが目を丸くしシュヴァルツを見る。それでも悲痛の叫びは止まらず、シュヴァルツは自分自身を抱きしめ俯く。秋山と新倉の足下を急速に黒い影が移動してシュヴァルツの足下に収まった。
「シュヴァルツさん! まさか……食べようとしたんですか!!??」
 短く、荒い吐息と苦しそうな声を吐くシュヴァルツが顔を上げると、銀色の瞳が冷たくぎらついていた。
 ゾッ と寒気が走った新倉は一歩、二歩と後ずさりしてシュヴァルツから離れ、秋山もまた、退かなかったが手が自然と後を確認して棚を掴んでいた。彼がムービースターだとわかった客の一人がその雰囲気に異常を察して逃げると、他の客も様子を伺いながら逃げていく。子供達が悲鳴をあげなかったのは恐怖で声が出なかったのだろう。
 やっかいだったのは、何一つ理解していない店主だった。彼はただ、ぽかんとシュヴァルツを見ているだけで動きもしない。
「……貴様、我に喰われる身でありながら我を喰らうか…我に痛みを与えるか……!面白い!」
 低く、大きな声ではないのにはっきりと聞こえる力強い声。秋山は素早く棚を飛び越えて店主を抱えるように飛び退いた。ほぼ同時にシュヴァルツの身体から糸が真っ直ぐ放たれると、天井を見上げた格好のバッキーが、座っている棚と共に無数の糸に貫かれ、玩具や棚を突き抜け天井や壁に突き刺さる。
「ちょ……!いきなりおっぱじめるとか!ありえない!マジありえない!!あぁもう!真之!!あたし二階見てくるから一階よろしく!!ちょっとシュヴァルツさん!手加減してよ!?足下からすっぱりとかヤだからね!?」
 新倉が二階に駆け上がるのを見た秋山は、店主とまだ残っている客に近い出口から逃げるよう叫んだ。今のシュヴァルツには自分の声は届かないとわかっているのだ。
「な、何だよこれ!ちょっとキミ君!困るよ商品壊されちゃ!いや、棚とかもだけど」
「お願いですから逃げてください!さっき僕が言ったことは全部本当の事ですから!このままじゃ危険なんです!」
「でも店壊されるとか困るんだよ!これ保証してくれるんだろうな!?保険降りるのか!?」
「後で相談でもなんでも乗りますから!早く……!!」
 秋山が喚く店主を押し倒し、そろって床に倒れると彼等がいた場所を通り、シュヴァルツの糸が四本、壁に刺さっていた。その場所は、二人の心臓と頭があった場所だった。
「邪魔だ」
 見向きもせずそれだけ言うと、シュヴァルツは貫かれたバッキーの周りにあるものも切り裂き始めた。宙に浮いたまま細切れになっていく棚や商品の下に、シュヴァルツの影とは違う影が広がっていく。無数の小さな塊が集まってできる巨大な影は、虫の大群だった。集まった虫の殆どがシロアリやヒラタキクイムイシ等の木を食べる虫、コイガやヒメカツオブシムシ等の繊維を食べる幼虫と、人間の生活洋品に含まれる何かを食べる虫だ。ソレらはすべてシュヴァルツが細切れにした物に集り、無くなれば次に、とぞわぞわと蠢いている。
 彼は今、不機嫌だ。とてつもなく不機嫌だ。
 彼の影はなんでも吸収する。何を飲もうと食べようと、例えそれに猛毒や死に至る物が含まれていたとしても、何の影響も受けない。
 その影が、捕食する対象に、喰われたのだ。彼が滅多に感じない痛みと共に、彼の本体でもある影を喰らったのだ。
 今のシュヴァルツはもう完全に、周囲を、人を、被害を気にしたり、しない。
 秋山はそっとディレクターズカッターを握った。


   
 新倉が二階に辿り着くと数人の少年が一人の少女を囲んでいた。皆片手に食べかけのお菓子を持ち、下の階から聞こえた耳慣れない音に怯えていた。小さくとも流石は銀幕市民という所か、何かが起きたらしいと思った少年達は少女を護っていたらしい。
「急いで外に逃げるの!ほらほら!早く!急ぎすぎて階段から落ちないようにね!」
 新倉に促されて少年達は一人、また一人と階段を降りていくが、少女だけが恐くて立ち上がれずにいた。新倉が少女の手を握り立ち上がらせると、少女はぎゅっと手を握った。
「大丈夫だって、ほら。一緒に降りよ!」
「こ、恐いわけではないのだぞ、よ、余はルヴェンガルド帝国187代皇帝ベアトリクスである。こわくなんか、ない……」
「わかったから早く!ここマジで危ないんだから!」
 二階にいた客が一カ所に集まっていたのは幸いだった。最後の少女ベアトリクスと共に新倉が階段を降りると一階も人気が無かったが、酷い有様になっている。たった数分しか離れていなかったのに、バッキーがいた辺りだけぽっかりと穴が開いたように何もなくなっている。そこを中心に周りの棚という棚や玩具が壊れて散乱しているのが何かのグラフの用に見えた。
「な、なんぞこの、ぐちゃぐちゃな部屋は……下宿の部屋より汚い……」
「……マジで、ありえないんですけど……? どうなってんのこれ……」
 新倉がシュヴァルツに何かを言おうとしたが、その先にある変な物のせいで頭が真っ白になり、新倉とベアトリクスは繋いでいたお互いの手に力が入った。
 緑色の、バッキーのような形をしているのが浮いている。人形の中身を半分ほど取り出したように歪な形にへこみ、垂れている耳や手足が、それがバッキーだったのだと気付かせた。その後に、濁った緑色の太い管のようなものが下に伸びている。
 下に、床に近くなる程太さがましていくその管は、床から三十センチくらいのあたりで横に広がっている。何かの生き物のように、どことなくオタマジャクシに似ているソレは一定の間隔で膨らんでは萎む。人が呼吸しているようで、心臓が動いているようでもある。
「あれ……あれが、ハングリーモンスター?マジヤバイマジヤバイ、つか、グロすぎだってシャレになんないって」
「あわわわわわわわ、なんなななんなん、び、ビィは、恐くなんて、な……ななな」 
 恐い物から目が背けられず、普段なら見ない細かい所まで見てしまうのは何故なのか。ドクンドクンと音すら聞こえそうな動きのせいでその表面に血管のような筋があるのも、明かりを反射する光の動きで濡れているのもわかる。その直ぐ傍でも、まるで一つの生き物のように群がる虫の大群が、その身体に接触したとたん、触れた部分が大きく開いて塊を丸ごと取り込んだ。
 新倉とベアトリクスは身体から力が抜け、階段にへなへなと座り込んでしまう。後に二人がいるのも気にしていないシュヴァルツは、堅く鋭利な糸でハングリーモンスターと化したバッキーの周りに攻撃を仕掛けるが、どんなに近くに糸を落としてもハングリーモンスターは微動だにしなかった。
 接触しなければ動かないのなら、と今度はハングリーモンスターを囲うように鋭利な糸を幾つも床に刺し連ねた。檻に囲われた動物園の見せ物のようになっても動かないハングリーモンスターは、ただそこで呼吸しているだけだ。
 今なら、と秋山は店主を倉庫の方に行くように促し、ゆっくりとハングリーモンスターに歩み寄る。近寄ろうとしても動かないハングリーモンスターの様子を伺いながら、同時にシュヴァルツも気にしなくてはいけない事が、秋山の心拍数を徐々にあげていく。先程まで残っていた<若葉>の名残は、濁った緑色に侵蝕されて尻尾のようになっている。秋山はディレクターズカッターのスイッチを入れた。
 相手は動かない。なら座り業で構えて真っ直ぐにディレクターズカッターを振り下ろせば終わるんだ。もう、バッキーには戻れないんだ。バッキーじゃないんだ。大丈夫、ディレクターズカッターは棚に当たってもすり抜ける。
 半歩足を前に出して屈もうとした時、床に布が落ちていた。ハングリーモンスターの下から、シュヴァルツの糸が刺さって縫い止められている布。足場を確保するために秋山がその布を掴むと、ハングリーモンスターが動きだした。
「え?」
 ごぼごぼとぐぶぐぶと聞こえるのはハングリーモンスターの声か、シュヴァルツの糸に身体が切られるまま、秋山に向かって跳ねてきた。
 動かないと思っていた相手が急に動き出し、秋山は慌てて武器を構え飛び退く。べちゃりと床に落ちるハングリーモンスターは沸騰した湯のように身体をぼこぼこと変形させ、這いずりながら秋山を追いかける。シュヴァルツが上から糸で刺し貫いても、一瞬とまるだけで動き続けるハングリーモンスターは斬られた場所から手足が生えてきた。その姿は成長途中のオタマジャクシに似ているが、斬られた場所から増え続ける手足が何本も何本も増えていく。
「き、キモイキモイキモイ!!ちょ、早くなんとか!してって!」
 新倉の声に応えるように秋山は必死で応戦する。倒れそうな棚を使って逃げ、相手が傍に来たら棚を倒し距離をとって構えなおすが、変則的な動きに眼を離さずにいるのが精一杯だ。避けるか掠る事しかできない。シュヴァルツもいろんな角度から糸で攻撃するが、彼の攻撃が当たると手足が増えてしまう。ただ、手足が増えるぶん身体自体は縮んでいるようではあるし、ディレクターズカッターに斬られたところは無くなったままだ。
 べたりと壁にくっついたハングリーモンスターの動きが止まった。息を切らし、構えなおした秋山の眼に入ったのは、先程彼が掴んだ布。シュヴァルツの糸に吊り下げられ、ひらひらと揺れている布を顔のないハングリーモンスターがじっと見ている気がした。そう感じたのはシュヴァルツもなのか、にぃと口元を歪め楽しそうにすると、布を細切れに切り裂いた。
 ぱらぱらと紙吹雪のように落ちる布
 点滅するディレクターズカッター
 ぼこぼこと音を立てる破裂しそうなハングリーモンスター。秋山を追いかけていたハングリーモンスターが、今度はシュヴァルツに向かって飛びつき、店は瞬きをする事にその姿を変えていく。急がないと店もディレクターズカッターも持たない。
 倉庫からこれ以上店を壊すなと店主が叫んだ。その声が気に障ったのか、シュヴァルツの糸が店主に巻き付いてどこかに放り投げてしまった。
「な、なんと!そち!そなたあのものの知り合いであろう!止めぬか!」
「はいぃ!?あたしがシュヴァルツさん止めるなんてできっこない!ムリムリ!ムリムチャムボウ!!」
「えぇい!そこなシュヴァルツとやら!止めよ!これ以上店を壊してはならんのだ!」
 シュヴァルツは止まらない
 ハングリーモンスターも止まらない
 秋山は間合いに入ってきたハングリーモンスターを攻撃するのが精一杯
 壊れる 壊れる 壊れる
 新倉と繋いでいた手を離し、ベアトリクスが駆けだした
「ちょっと!危ない…………!!」
 辺りが一瞬にして 変わった


 突き抜けるように高い天井は透かし彫り細工で美しく、全てが大理石で白く輝く。床も壁も柱にも繊細な細工が施され、小さな噴水や花が生けられている。どこまでも真っ直ぐに伸びる先には数段上に豪奢な椅子とカーテン。
「民を護るは我が使命、民の願いを聞き入れるが我が生業」
 純白のドレスは身体のラインをはっきりと出し、ローズピンクのフリルが施され、膝から広がるマーメイドラインの裾は床に近づくに連れて深紅に染まる。鳥を模した飾り付きの杖を手に、揃いの帽子とマントは皇帝の証
「余はベアトリクス・ルヴェンガルド。ルヴェンガルド帝国187代皇帝ベアトリクスである。闘えぬ民よ退け。これ以上ここを壊す事は余が許さぬ」
「……ロケーション、エリア……これが……あの子、ムービースターだったんだ」
 座ったまま身を乗り出した新倉が呟くと、ベアトリクスが幾つもの精霊を呼び出しハングリーモンスターに当てる。今度はベアトリクスを標的にしたのか、ハングリーモンスターが向きを変えてベアトリクスに向かっていこうとするが、動きが遅かった。一遍に広くなった場所は壁が遠退き、飛び跳ねて移動していたハングリーモンスターは歩くことが苦手らしい。
 形勢逆転、ベアトリクスの猛攻に前に進めないハングリーモンスターをシュヴァルツの糸が巻き付動けなくした。
「今なら……!!」
 秋山が走り出し、ベアトリクスの精霊が動きを止める。ディレクターズカッターで斬りつけた。
「!!そ……んな……」
 ――こんな時に ディレクターズカッターの充電が 切れる なん て――
 半分も斬れなかった。逆に斬られたシュヴァルツの糸の裂け目から抜け出したハングリーモンスターが秋山を殴り飛ばし、残りの糸もぶちぶちとはがしていく。新倉の足下に秋山が持っていたディレクターズカッターが転がってきた。
「真之!!」
 飛ばされた秋山を救ったのは、電動音を響かせてきたシャルーンだった。壁にぶつかりそうだった秋山を抱き留め、スケートで回転し反動を消すとそのまま新倉の所まで移動し、秋山を座らせた。
「遅れてごめんなさい。大丈夫?」
「はい……ありがとうございます」
「どこが大丈夫なのさ!ふらふらで立てないじゃん!!」
 大丈夫、と苦笑する秋山は立ち上がろうとするが、足が笑っていて立てなかった。モロに入った攻撃で骨が折れてないか心配だが、先に全てを終わらせたいらしい。シャルーンは三脚をセットし、新倉のスチルショットを設置する。
「これがお願いされていたトライポッド、三脚ね。照準はココでみて。私もあの二人の援護するから、チャンスがあったら迷わず撃って」
「うん、ありがとう」
 新倉は銃の撃ち方を知らない。対策課で相談した時にシャルーンに相談し、もし必要だったら貸してくれると言ってくれたのだ。実際に、シャルーンが合流してすぐ必要な状態だとは考えてもいなかったが。
 新倉にとって映画は大好きで大切な物だが、彼女はムービースターには特に興味がない。そんな彼女がこの依頼を受けたのは、彼女にとってムービースターが特別な存在ではなく、普通に隣人だからだ。だからこの依頼を受けた。
 ヤバイモンスターはヤッつける。それだけだった。
「…だってのに手ぇ震えるとか……カッコワルイじゃないの。震えんな震えんな震えんな」  
 照準の先でハングリーモンスターを糸が切り裂く銃弾が貫く精霊が燃やす。未だ足が縫い止められている状態のハングリーモンスターはその場から動かないから狙いやすいのに、なのに引き金を引けない。
「動きを止めるわ!協力して!」
 シャルーンが両手を大きな大砲に変え、撃ち込む。その威力を上げるように、追うように続けてベアトリクスの精霊が追い打ちをかける。縫い止められた足を遺して、ハングリーモンスターが大きく後に吹き飛び壁に打ち付けられるとシュヴァルツの糸がそれを縫い止めるように糸を突き刺す。
 昆虫の標本のようになったハングリーモンスターをさらにシャルーンの手が大砲を金属の板に変え、拘束具のように捕らえた。
 ――今だ!!――
 距離は足りてた。なのに。
「なん……てタイミング!悪すぎる!!!」
 新倉が撃ったスチルショットは、おもちゃ屋の壁に遮られて変なところで爆発した。ベアトリクスのロケーションエリアが、消えてしまったのだ。新倉がいたのは店の中、ハングリーモンスターに追撃をしていたシャルーン、シュヴァルツは、倉庫にまで移動していた。
「まだ、まだ余はいけるのだ……!まだ……余は、護るの……だ」
 ずっと精霊を召喚し続けたせいか、少女に戻ってしまったベアトリクスは倒れそうになる。中途半端なスチルショットは幸いにして効果はあった。ハングリーモンスターは右腕しか動かないのか、そこだけむちゃくちゃに動かしている。シャルーンがその右腕を何度も金属板で捕らえようとしているが、彼女も下半身を固められたらしく移動できないせいで何度も繰り返している。
 何よりも、シャルーンの金属には限りがある。接近できないハングリーモンスター相手に銃と大砲で闘い続け、もう彼女の義手義足は随分と小さい。
 常に遠くから糸を使っていたシュヴァルツもまた、右手と右足を膝下から固められたのか、動かないまま攻撃を続けている。彼は、ずっと糸を出し続けているのだ。ここの戦いの始まりから、ずっと。
「そら……そら……お願いだから、ディレクターズカッターを充電させて……」
 秋山の願いも虚しく、彼のバッキーは傍にいない。いつもふらっといなくなってしまうそらはこんな時でもいなくなってしまった。一度使ったスチルショットはオーバーヒートし、しばらく使えない。秋山の呟きを聞いた新倉はキーに付けていたスチルショットの吸盤をひっぺがすと、ディレクターズカッターの吸盤をつけ、充電を始めた。
「やっぱり、僕じゃないのかな……」
 ディレクターズカッターで彼女に斬りに行かせるのは危険だ。ずっと見ていたが、あのハングリーモンスターはシュヴァルツさんの糸もシャルーンさんの大砲もあまり効いていない気がした。だけど……
 痛む身体を動かし、秋山はベアトリクスの傍にいき彼女を支えた。ベアトリクスが秋山を見ると、彼はにっこりと笑う。
「大丈夫、だよ。ありがとう」
 その言葉を聞いたベアトリクスは、ほっとした顔をして意識を手放してしまった。秋山は気を失ったベアトリクスを床にそっと寝かせると、腰に差したままの打刀を鞘ごとシャルーンに向けて滑らせた。
「シャルーンさん! 電気の放出を!! スタンガンとかの!!」 
 秋山の打刀を受け取ったシャルーンは、片腕をスタンガンに変化させ鞘から抜き出した刃を直接掴むと、シュヴァルツの糸が彼女を捕らた。動けないシャルーンをシュヴァルツの糸が運び、ハングリーモンスターに秋山の打刀が深く突き刺さる。シャルーンがスタンガンにした腕を取り外してからスイッチを入れると、ハングリーモンスターが何度も痙攣を起こしはじめた。
 びくん、と跳ねると黒い塵が舞い上がる。少しずつ、少しずつ小さくなっていくハングリーモンスターの変わりに、焚き火の燃え滓のような黒い塵の山ができた。
「電気が効くなんてね……よくわかったわね」
「この子の、おかげです」
 秋山は気絶したベアトリクスを抱え、倉庫に移動した。塵の山となったハングリーモンスターを見ておきたかったのだ。シュヴァルツもシャルーンも動けるようになり、身体の感覚を確かめていた。終わった、と誰もが思った。
 ふらりと最後に倉庫にきた新倉に向かって、塵の山から小さなハングリーモンスターが突進していった。
 まだ生きていた!!
「……っ!」
 気が付いたシャルーンが撃とうにも、新倉に当たりそうで撃てない。シュヴァルツが追いかけるように糸を突き刺すが小さくなったハングリーモンスターが早すぎて床に連なるだけだ。
「アオイ!!」
 秋山が叫ぶ。新倉のつま先にシュヴァルツの糸が刺さると、パキンと音がしてハングリーモンスターと一緒に消えていく。
 呆然と立ちつくす新倉の手には、ディレクターズカッターが光っていた


 ハングリーモンスターの後に 残る物は何もない。



 翌日

 依頼の怪我で病院に行った秋山は、学校に行く時間がないまま当日になってしまった映画の試写会をどうしようかと悩んでいた。一人で行くのもいいが、どうせなら誰かと行きたい。そう思いスキャンダルに立ち寄ってみるとアオイをみつけた。
「あー。やっほー真之。……?」
 不思議そうに自分をみるアオイに病院に行って事を伝えると、心配されてしまった。僕としては映画雑誌と一緒にガンマニアという本があるのがびっくりしたんだけど。
「大丈夫なわけ?骨とか。……ま、真之そう言うならいいけどさ。あ、これ?スチルショット外したじゃない?アレすんごい悔しくてさぁ〜。三脚いっつもあるわけじゃないし。慣れておこうかなって思ったんだけど、たっかいのね!信じらんないくらいたっかいの!何回映画見られるのさ!どんだけCD買えるのさ!って金額でさーもー。……映画行きたいのに見たいのはまだ公開先出し……ヒマでタルイ」
 丁度良いと思い、アオイを映画に誘ってみると、何か予定があったのか、沢山ストラップのついた携帯を見てから行くと言ってくれた。アオイが会計を済ませてる間に表で待ってることにして、外に出ると綺麗な青空だった。
「あぁ……綺麗な青空だな……。そら、君は大丈夫だよね?」
 そらは、出会ったときと変わらない眼で僕を見ていた
 もっと強くなろう。肉体的にも精神的のも。
 そらの為に

 

 新倉アオイは映画雑誌をめくりながらスキャンダルでお茶をしていた。学校帰りに映画を見るか、ここでお茶をしながら雑誌を見るのが彼女の楽しみだ。いつもと違ったのは、映画雑誌と一緒にガンマニアという雑誌もあったことか。
「こんにちは」
 雑誌の上に影ができ、ふと顔をあげると真之がいた。私服の彼にあれ?と首を傾げると
「病院いったんだ。大丈夫だよ、大したことなかったし」
 照れくさそうに言う。大丈夫なのか、と聞いても笑って頷くだけだった真之がポケットからハガキを取り出した。
「時間あるなら、映画見に行かない?試写会当たったんだけど、学校休んじゃって誰も誘ってないんだ」
 いくいく!と即決しそうになり、彼女はちょっと戸惑った。同年代と、とくに男子は敵!な彼女にとって迷うが生じたのだ。
 ――真之は自分が知ってる男子とは違う気がするし、何よりもタダ。タダで映画。しかもまだ未公開の映画が誰よりも早く見られる試写会に行かない手はない。
 行く、と言うと真之はホッとしたように笑った。
「うん、じゃぁ表で待ってるね」
 手早く会計を済ませ外にでると、真之は空を見上げていた


 二人は揃って前に進み出した


 二日後
 シャルーンは金属買い取りの仕事を受け、向かった先がつい先日対策課の依頼で来たおもちゃ屋だった事に苦笑した。
 既に解体が始まり、半壊しているおもちゃ屋の中に人が居た。
「やぁ、どうしたの?」
「仕事よ」
 ふーん、と言うとシュヴァルツ・ワールシュタットはそのままおもちゃ屋があった場所を眺めていた。シャルーンが金属を回収し終わっても、彼はまだ動こうとしなかった。
「どうしたの。バッキー食べられなかったのがそんなに不満?」
「それもあるんだけどね〜? なんというか、本能、だったのかなーって」
 本能?と聞き返すと、シュヴァルツはやっとシャルーンを見た。
「うん。変質して直ぐはまだ記憶があったのかな? 最後の行動は店に戻ろうとしたのかな? 飼い主が死んだら、バッキーも悲しいって思うのかな? って。そうだとしたら変質できるのは幸せだよね。自分が自分じゃなくなれば、辛いなんて思わないで済むんだから」
 シュヴァルツの言葉に、シャルーンはさぁ、としか答えられなかった。バッキーが覚えているのかどうかも、変質できることが幸せなのかどうかも、わからなかったからだ。

 じゃぁ、と言い合った二人は帰るべき場所に向かって歩き出した
 また、とはいわなかった


 三日後
 ベアトリクスは歌を歌いながら歩いていた。上機嫌で歩く彼女の手にはやっと買えた誕生日プレゼント。可愛くラッピングされた赤いリボンが歩くたびにゆらゆらと揺れているが、どうみても女の子向けだ。
「これなら間違いなく喜ぶであろう。いや、余が選んだのだ。喜ぶに決まっておるな!うふふふ、パパ様も褒めてくれるかな。ビィの頭を撫でてくれるかな」
 帰り道を急ぐ彼女はおもちゃ屋があった場所を通りかかるが、すでに何もない空き地。彼女は気が付かないまま幸せそうに通り過ぎてしまった。
 


「あれ、ここ空き地になってる・・・って、前何があったっけ?」
 そう、誰かが言っていた

クリエイターコメントこんにちは、桐原です。
少し遅れてしまい申し訳有りませんでした。

参加してくださいました5名様、ありがとうございました。
無事依頼は達成され、お店も持ち主の要望どおりきちんとなりました。

ちなみに怒らせようとした店主はロケエリで跪き、全てが終わってからは考えることを止めてしまいました。
頑張ってくれた皆さんや、説得してくれようとした事、色々考えたらもうどうでもよくなったようです。

沢山捏造してしまいましたが、何か問題がありましたらご連絡頂けるとありがたいです。

お読み下さりありがとうございました。
また次のシナリオでお会いできる事を願って(礼)
公開日時2007-12-08(土) 21:40
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