★ 花風酔々抄 ★
クリエイター亜古崎迅也(wzhv9544)
管理番号447-2394 オファー日2008-03-24(月) 16:02
オファーPC 清本 橋三(cspb8275) ムービースター 男 40歳 用心棒
<ノベル>

 春だ。めでてえなあ。
 見上げれば、空を覆わんと見事な桜の群れが咲き乱れ、はらはらと花弁の雪が降ってくる。隙間より覗く天上は薄青く、清々しくもしとやかな空だ。
 地上は料理と酒と花の香と、歓びの匂いに満ちていた。
 春だ。花見といこうじゃあないか。
 桜の木が立ち並ぶその広場は、近くの小坂や通りも巻き込んで、それは賑やかな花見会場と化していた。桜の花はぽわんとふくよかに開き、白無垢を着た嫁の頬紅の色によく似て、初々しくも艶やかに咲き誇っている。今まさに見頃であろう。
 酔っ払いの上気した頬を、花びら混じりの心地良い風が撫でていく。こりゃあ、いいねぇ。何処かの髭おやじが溜め息を溢した。
 おいや、あれはなんだ。
 食い物の屋台や、露店が軒を連ねる通りの一角に、わいやわいやと人だかりが出来ている。腹ごしらえをしようと屋台通りを歩いてきた者も、何だあれはと足を止めていく。

「えいっ」
「ぐはぁ……ッ!」
 群衆が取り囲む中、少年は手にした木刀で、一人の侍を斬り伏せた。木刀の振りはまるで素人だったし、切っ先は侍の腹に掠りもしなかったが……侍はさも龍の如き一閃を喰らったかのように唸り声を上げ、どうと見事に倒れ伏した。周囲の見物客からおお、と感嘆の声と拍手が上がる。
「おじさん、楽しかった!ありがとう」
 少年はにんまり笑顔を浮かべながら、立ち上がる侍に駆け寄る。
 ざんばら長い黒髪に、黒い着物をたすき掛けした侍は、小銭を差し出す少年を見返した。
「何、おまえさんの腕もなかなかだったぞ」
 侍の名を、清本橋三と言う。
 屋台露店通りの隅にて群衆と向かい合う清本、彼の足元には簡素な看板が立てられており、書かれた文字は、

『斬られ屋 一回百円わんこいん也 木刀は直接体に当てるべからず』

 時分は春の昼。
 春爛漫、宴会日和な午後の陽気だ。滑稽な余興のひとつも在って良いじゃないか。的屋……いや、大道芸だろうか。
 ままごとちゃんばら、もとい『斬られ屋』は意外にも大盛況で、次々とお客が列を成していく。時代劇の人みたいよ。あれ、どっかで見たような。任侠映画を
観たことがある者は、修羅場の数を思わせる渋く精悍な顔の侍を見て、既視感に首を傾げた。
「ぐはぁ……ッ!む、無念…」
 客と対峙し、ざんと斬られる清本。散り降る花弁に誘われ、きりきり舞の斬られ芸は、いよいよ観客を劇場へ引き込んでいった。

「おいちゃん、おいちゃん。なにしてるの」
 客からわんこいんを受け取る清本に、群衆の先頭に居た幼女が目を真ん丸くして首を傾げる。
「斬られ屋だ。おまえさんにはちと早いかも分からんな」
 割と穏やかな目で、清本は幼女の頭をぽんと叩いた。
 と、その時だ。
「あ〜、可笑しな店があんぜ」
「どれ……何だありゃぁ?」
 げらげらと下卑た笑い声が聞こえ、集まっていた見物客は何事かと振り返った。清本もついと視線を送る。
 鍵っ鼻のちょんまげ、四角い顔の坊主頭、狐目のぼさぼさ男、如何にも柄の悪そうな着物三人衆が、蟹股でずかずかと歩いてきた。
「『斬られ屋』だとぉ?」
 並んでいる客など見えていないかのように堂々と割り込んでくる。帯刀している姿を見れば、彼らが時代劇より現れた侍だか浪人なのだと容易に想像がついた。三人衆は、片手に持った酒瓶を呷りつつ、清本をじろじろとねめつけるように眺めてきた。どいつも赤ら顔で目が据わっている。近くに居た客は、避難するように静かに離れていった。
「んだあ、侍、あんたが斬られるってか?面白ぇ」
 坊主頭が清本に酒臭い息を吐きかける。列の先頭に立っていた客を見つけるや否や、ぐいと木刀を奪い――間髪入れず、清本にずばりと一撃を加えた。
「うぐ……」
 溝落に衝撃が走り、清本が顔をしかめる。ひぃ、と観客の小さな悲鳴が聞こえた。
「けはは、こりゃあ良いぜ」
 鍵っ鼻がぶひゃあぶひゃあと酒を吐き溢しながら大笑いする。
「だ、大丈夫ですか……」
 周囲に居た客が、恐る恐る清本に声を掛けた。清本は淡々とした表情で、「大事ない」とだけ答える。
「おい、邪魔だ退け!」
 坊主頭が大声を張り上げ、客はびくりと身を強張らせて後ずさった。
「やり返さないのかぁ?ほらよ!」
 坊主頭が大仰に木刀を振り翳し、清本の肩からごすりと斬り込んだ。木刀故、斬撃にはならないが、摩擦や骨への打撃は穏やかではない。
「ぐぐ……」
「おい、俺にもやらせろ」
 狐目がぐいと前に出て、木刀を掴み、清本の腹に鋭い突きをくらわせる。
「ぐぅ……っ」
 腸への圧迫感。倒れる事無く立っていた清本も、これには腰をくの字に曲げた。どうだ見事な一撃、と言わんばかりに、狐目が満足気に清本を見下した。
「へ、腰抜け侍め。やり返してみろよ、けはは!」
 三人衆は下品な笑い声を溢しながら、散々に清本を打ちのめし始めた。
「……や、やめろよ!」
 声を上げたのは、少年だった。
「木刀は、人に当てちゃいけないんだぞ!」
 先程並んでいた少年だ。周囲の客が息を飲んで見守る中、少年は勇気を振り絞って三人衆に立ちはだかる。
「はたいちゃ、いけないんだよ!」
 端に居た幼女も、行っては駄目と止める母親の手を振り払い、清本の前に立った。小さな両手を精一杯広げている。
「おまえさんら…危ないぞ」
 清本が目を細め、小さな頭二つを見下ろした。
「んだぁ餓鬼が!邪魔だってのが聞こえねぇのか?」
 鍵っ鼻が地面の砂を蹴り上げる。砂がばさりとかかり、子供らは顔を覆って小さく悲鳴を上げた。
「おい、いい加減にせんか」
 清本が眉を寄せ、三人衆を制止した。
「んだとぉ……?」
「聞こえんのか。いい加減にせんかと言っている」
 もう黙っているつもりは無い。清本は真っ直ぐ三人衆を見据えた。表情にあまり変化は無かったが、声色には僅かな怒気が含まれていた。
「腰抜け侍が……」
 坊主頭の鼻頭がひくりと微痙攣する。
「腰抜けはどちらだ。群れにならんと何も出来んのか貴様らは」
「…だとぉ、舐めやがって!」
 坊主頭の額に一気に青筋が浮かぶ。威嚇するように怒鳴り――腰に佩いた刀を引き抜いた。鋭い弧の刃、紛れもない真剣だった。
「きゃああああ!」
 絹を裂いたような女の叫び声が響き渡る。群衆の間に戦慄が走った。坊主頭に続き、他二人も獲物を引き抜いた。泥酔共にもはや良し悪しを分別する頭は無い。
「だりやぁぁあ!」
「死ねやぁああぁ!」
 三人衆が清本に斬りかかる――
 逃げろ、やられるぞ――!
 群衆の誰もが思った。

「抜くと言うことは……斬られる覚悟があると言うことだな」
 無表情に近い顔で淡々と呟く清本。その手は腰に、無造作に自らの刀に触れている。
 春色の陽光を浴びて三つの刃と……遅れて一つの刃がきらりと光った。

 ザザッ――
 風の神が黒髪を躍らせる。桜の花がぶふぅと風に浚われる。
 三人衆と、清本の一歩が交差した。

 どどっ。
 したたかな鈍い音。勝負は殺那で決着がついた。
 どすどすと倒れ伏したのは、着物三人衆だった。

「俺を斬りたくば……主役になって出直してくるといい」
 清本の白刃が春の空を映し出していた。彼が抜いた瞬間を、誰がその目に捉えただろうか。
 ちん、と刀を鞘に納める。背後に転がる三人衆の体には、傷のひとつも無かった。それもそうだ、清本の太刀は全て、峰打ちだったのだから。
 群衆は目を丸くして呆気に取られていた。目を伏せていた者も、恐る恐る前を見て、やがて驚いた顔をする。誰がやった、あのお侍が?まさか一人で?
「………ふむ」
 ざわめいている群衆に気付いた清本は、たすきをしゅると解いて懐へ仕舞うと、何処かへ向かって歩き出した。もう店仕舞いだ。折角の花見を濁してしまったか、と思いつつ、ざわつく群衆を尻目にさっさとその場を後にする。
「おいちゃん、またね!」
「また、斬られ屋さんやってね!」
 子供らが両手を大きく振って清本を見送った。特に振り返りもせず去っていく清本の背中が、何と穏やかだったことか。

 ほぅほけきょ。一足遅い、春告げ鳥の鳴き声が聞こえた。
 はらはら花が舞い散り、暖かい風が吹いた。辺り一面は、満開の春色だったそうな。

クリエイターコメントお待たせしました、遅くなって申し訳ありません……(汗)
時代劇風なお話を書くのは初めてでして、少々ドキドキしております。コミカルな謡い口調をイメージして書いてみました。
この度のオファー、誠に有難う御座いました。お気に召して頂けたら幸いです。
公開日時2008-04-04(金) 21:20
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