★ 戦え、十二志士エトギアン!! ★
クリエイター紅花オイル(wasw1541)
管理番号422-7523 オファー日2009-05-02(土) 23:16
オファーPC 赤城 竜(ceuv3870) ムービーファン 男 50歳 スーツアクター
ゲストPC1 リカ・ヴォリンスカヤ(cxhs4886) ムービースター 女 26歳 元・殺し屋
ゲストPC2 片山 瑠意(cfzb9537) ムービーファン 男 26歳 歌手/俳優
ゲストPC3 アレグラ(cfep2696) ムービースター 女 6歳 地球侵略軍幹部
ゲストPC4 流鏑馬 明日(cdyx1046) ムービーファン 女 19歳 刑事
ゲストPC5 山西 賢児(cxsy7901) エキストラ 男 22歳 市役所職員
<ノベル>

――トゥルルルルル…トゥルルルルル…トゥルルルルル……ガチャッ。

『おう、賢児か。オレだ、オレオレ! 前言ってたアレな。そう、撮影所の見学。監督に話したら許可下りたから、どうだ明日。がはははは、マジだマジマジ。そうデカい声で叫ぶなって、夜だろ近所迷惑……なんだ、まだ対策課にいるのか。残業中に悪かったなぁ、え? ファイル床にぶちまけて登録日順に並べてる? なぁーにやってんだ、お前ぇー、はははははっ。場所分かるか? そう前言ってたそこだ。明日はな、リュウガナイトのブラックファングも呼んどいたから……って、だーから叫ぶな! 後ろで植村のヤツも怒ってんだろーが。がははははっ。おう、明日10時に撮影所でな。遅れんなよ? じゃあな!』

――ガチャン。ツーツーツーツー……。


 ■ □ ■

 その時、目覚めた山西 賢児 (ヤマニシ ケンジ)が一番初めに行ったのは、己の頬を抓る事だった。
「あいたぁっ!」
 夢だと思ったのだ。しかし無情にも痛覚はこれが現実だと伝えてくる。
 びょう、びょう、とひっきりなしに聞こえてくる風の音。
 そして両手をついた床の底からは、軋む金属音が低い悲鳴を上げ、山西とうずくまる子供達を囲う鉄の箱を震わせている。
 そう、そこには、子供達が居た。
 明るい空色のスモッグにひまわり色の帽子。可愛い幼稚園児達である。
「ひっく…ひっく…ひぃー……」
「怖いよぉ…帰りたいよぉ……」
「お母さーん……」
 子供達は、皆一様に身を寄せ合い、体を震わせ泣いている。
「……う、嘘だろォっ?」
 額から伝わる汗の玉も拭わずに、山西は呟いた。
 落ち着けと自分に言い聞かせながら、ゆっくりと思い出してみる。
 遂、先程までの出来事――……。

 銀コミが縁で知り合った赤城 竜 (アカギ リュウ)は現役のスーツアクターで、山西の特撮好きを知るや、気さくに話しかけてきてくれるようになった山西の大好きな憧れの人だ。
 その赤城が撮影所見学の誘いの電話をくれたのが昨日の事。
 対策課の仕事も放り投げ喜びいさんで駆けつければ、何とそこには発売と同時に予約のフルコンプリートをかます位山西がハマッている『竜王戦隊リュウガナイト』の黒牙ルイことブラックファング役の片山 瑠意 (カタヤマ ルイ)が居た。
 憧れの人達に囲まれ、大好きな特撮の撮影現場まで見学出来て、ああ本当に銀幕市の職員になれてよかったーと幸せを噛み締めていた山西だったが、彼を一瞬にして不幸のどん底に突き落としたのは撮影所に吹きぬけた一陣のロシアの風だった。
 リカ・ヴォリンスカヤの登場である。
 瑠意が気をきかせ日頃お世話になっている現場のスタッフに差し入れを、と手配したのはケーキ屋『チェリー・ロード』のチェリーパイだった。その配達に来ていたリカは山西を見つけるなり、自作のケーキの試食を強要してきたのだ。
 昨年のクリスマスのプレゼント交換で、ある意味最高の引きの良さと後に職場の先輩達には薄く笑われたが、山西はリカ特製『クリスマス・プティング』を引き当てた。
 周囲は面白がって誰も教えてくれなかったし、就職と同時に昨年春、銀幕市に越してきたばかりの山西は、ソレを食べるまで知らなかったのだ。リカのケーキの腕前を。
 クリスマスから昏倒したまま新年を迎えてしまうかと思った程強烈な味、そして思い出。
 出来れば、というか、もう二度と、彼女のケーキは食べたくない!
 しかし元殺し屋のロシア美女は、好意と善意と有無を言わさぬ迫力で、彼女曰く最高の自信作をスプーンにひとすくい、グイッと力強く押し付けてきた。
 口元までスプーンを突きつけられ、あわや危機一髪の山西を救ってくれたのは、撮影所に駆け込んできた流鏑馬 明日 (ヤブサメ メイヒ)とアレグラの2人だった。
『対策課から連絡がありました、この撮影所にムービーハザードが発生します!』
 明日の説明に、撮影所内は一気にざわめいた。
『皆ヒマんする!』
 恐らくは、避難を呼びかけたのであろうアレグラの叫びに、すわメタボになれとの呪いの言葉か、と一同がぽかんとした、その時。
『――――ッ!!??』
 リオネの予知夢の通り、眩い光と共に撮影所は一瞬にしてムービーハザードに取り込まれたのだった。

 ちょうどハザードに取り込まれる数秒前、けたたましく鳴ったハイパー戦隊のメール着信音に携帯電話を取り出していた山西は、突然目の前に広がったその光景に、パンダのマスコット付きの愛機をゴトリと床に取り落とした。
 チカチカと点滅する携帯電話の小さなディスプレイに、対策課の先輩職員より送信されてきた今回のハザードの元となった映画タイトルが刻まれる。

『十二志士エトギアン』

 銀幕市で日常的に発生するムービーハザードの中でも、今回のこれは特殊な部類。

――中に取り込まれた者は、その映画の登場人物になりきって、映画のストーリーをやり遂げないとムービーハザードは消滅しない。

 そんな厄介なハザードに取り込まれてしまった、対策課の新人職員。
 今回のハザード内では主人公側である『エトギアン・ドラゴンレッド』のヒーロー役を与えられた山西は、
「……うわっ」
 夢にまで見た憧れの正義の味方となった今、
「うわああぁぁぁっ!!??」
 喜ぶどころか、かわりに悲鳴を上げた。

 目の前に広がるのは、180度スーパービューの見晴らしのいい街の景色。
 遥か下方に小さく見えるのは、恐らくデパートの屋上の遊園地。
 そして今、山西がどこに居るかといえば……。

「だ、誰か助けてええぇぇぇ〜〜〜っっ!!!」

 正義のヒーローの、情けない悲鳴が頭上から街全体に響き渡る。
 山西と園児達が閉じ込められている幼稚園バスは今、デパート屋上で揺れる丸いアドバルーンの、その上にあった。


 ■ □ ■


 紙袋いっぱいに詰められたリンゴとオレンジを抱えながら、瑠意は軽い足取りで住宅街を歩いていた。
 どこか見覚えのある、しかし銀幕市とは違う街並み。
(ああ、撮影でよく使われるあのセットの……)
 声には出さず、頭の中で状況を冷静に分析しながら、瑠意は均整の取れたしなやかな肢体を躍動的に動かし目的の店へと向かう。
 魔法が掛かったあの日から、神より授けられたバッキーのまゆらと共にムービーファンとしてずっとこの街に暮らし、何度となく依頼をこなしてきた瑠意には、今自分が何を成すべきか分かっていた。
 それは、役者としての本能でもある。
 ハザードの影響か、瑠意は己に与えられた役割を既に理解していた。
(前は悪役だったけど、今回は正義の味方かー)
 面白い、と小さく瑠意はほくそ笑む。
 同じ業界に属する先輩の赤城から知り合いに会ってくれないか、という頼みを受け、ちょうどその日オフだった瑠意は撮影所にやってきていた。
 そこで巻き込まれたこのハザードだ。
 どうせなら楽しもう、と熱血漢な正義の味方『エトギアン・タイガーブルー』の仮面を被りながら瑠意は、坂の上の小さな店を目指す。
 この映画の主人公達が秘密基地として使用している、表向きは普通のカフェであるのレンガ造りその店。
 カランカランと耳に心地良い、軽やかな鐘の音と共にその扉を潜り、
「いらしゃい、した!」
 突如目の前に飛び込んできた光景に、瑠意は仮面を被りきれず思わず噴出した。
「アハハハハッ! アレグラちゃん何、そのお髭。どうしたの?」
「アレグラ違う!今は、マスター!!」
「ああ、うん。ゴメンゴメン。マスターね。はい、頼まれていたフルーツ買ってきました。ここ置いておくね……くくく……」
 瑠意が笑いを抑えきれないのも無理はない。
 主人公達を何かと影で支えてくれる、この喫茶店のマスター役として彼を迎えてくれたのは、なんと外見6歳児の愛らしい幼女 アレグラだったのだ。
 服装は何時もの燕尾服に、さらにその上からギャルソンエプロンを巻き、トレードマークであるガスマスクは今は外し頭部の後ろにある。
 そして、マスターらしさの演出なのだろう。彼女の口元には、立派な白い付け髭が生やされていた。
 ふと気になってカウンターの中瑠意がそっと覗き込めば、この店の店主であるアレグラは瑠意にコーヒーを出す為、到底カウンターには届かぬ小さな体を積み重ねたミカン箱の上に乗せ、更に必死に背伸びをしながらプルプル体を震わせ、コーヒーサーバーと格闘している。
 あまりの愛らしい懸命な姿に、再び笑いの欲求が込み上げてくる。
「むう。笑う、駄目! アレグラ怒る! めっ!」
 全く怖くないむしろ可愛いだけのアレグラの睨みに、瑠意は役者魂をフル動員し覆った手のひらの下、その口の中で無理矢理手笑いを抑え込んだ。
「手伝うね」
 さり気無くカウンターの中に入りアレグラをフォローしながら、そういえば、と瑠意は一緒にハザードに巻き込まれた人達の事を思い出す。
 自分を呼んだ赤城と一緒にいた山西。アレグラと共にハザードの発生を知らせに飛んできてくれた明日。そして、瑠意が差し入れの配達をお願いした、リカ。
 一人一人の顔を思い浮かべ、今回のこの映画のストーリーに必要な登場人物に当てはめてみる。
 この先話の展開上、実際会ってみなければもちろん分からないけれど。
 最後に頭に浮かんだ自称パティシエの役どころは、何となく瑠意には想像出来た。まったく根拠のない、単なる予感だが。
「十中八九、向こう側だよね」
「どした?」
 瑠意の小さな呟きに、一緒にカウンターに立つアレグラはきょとんと不思議そうに顔を上げる。
 何度見ても、口元のモッフリ髭は可笑しくも可愛らしい。
「あ? ううん。なんでもないよ。えっと……ハイ、出来た。プリン・ア・ラ・モード、豪華フルーツ乗せ! リンゴはウサギにしてみましたー」
「ああ! なんで瑠意勝手した! アレグラ、マスター! 瑠意、お客!!」
 剥き出しのつるんとしたおでこの眉辺りを歪ませ、小さな喫茶店のマスターは拳を上げた。
 アレグラなりに一所懸命役をこなそうと必死なのだ。
「でも、食べるでしょう?」
「…………うー」
 しかし目の前の美味しそうな誘惑には抗えない。
「……おのれ地球人今に目に物みせてくれる」
 ぷうっと頬を膨らませえらく物騒な科白を呟きながら、アレグラは瑠意手製のプリンを次の瞬間には嬉しそうに頬張った。
 アレグラはプリンを、瑠意はコーヒーを。
 ハザードの中とは思えない、まったりとした緩やかな時が流れる店内。
 その空気を打ち破ったのは、突如頭上に響き渡った事件を告げる赤城の声だった。
『事件発生! 事件発生!! 幼稚園バスがダーティキャットに浚われた!!』
 エトギアン出動サインの緊急ランプがサイレンと共に店内を赤く染めた。



 所変わって、そこは謎の薄暗い異次元空間の狭間。
「何でわたしが悪役なのよ……ッ!」
 リカが振るった鞭と共に巻き起こった風は、後ろに控えていた全身黒タイツの戦闘員達を道連れに激しく壁に叩きつけられた。
 水着にしか見えない露出度の高いビキニタイプのプロテクターに裏地は真紅の黒マントを羽織り、抜群のプロポーションを惜しげもなく晒すリカは今、瑠意の想像通り世界征服を目論む悪の組織『ダーティキャット』の女幹部『キラーシャム』である。
「そもそもわたしは配達の途中だったのに、何でこんなハザードに巻き込まれなければいけないの!? わたしのケーキを心待ちにしているお客さんがいるってのにッ!!」
 吐き捨てるリカの後半の叫びはあまりにも口汚い言葉のオンパレードで、平伏す戦闘員達は震え上がるばかりだ。
「リカ……」
 ため息をつきながらリカに歩み寄ったのは、明日である。
 同じく女幹部の『ヘルペルシャ』となってしまった銀幕署一のクールビューティは、マント下のコスチュームが恥ずかしくて堪らないのか、前が必要以上に開かぬようずっと手で押さえている。
 リカ程の露出でないにしろ、ロングのチャイナドレスの幹部服は、大きく開いた胸元と太ももの際どい所まで入ったスリットが、無駄に明日の肌を露出させる作りとなっている。
 ああ、こんな事ならもう少し慎重に行動すべきだった、と明日は己の姿に眩暈を覚えながら頭を振る。
 対策課から応援要請を受け、リオネが予知したムービーハザードの内容と発生予定のその場所を聞くなり、明日は署を飛び出した。
 真っ先に頭に浮かんだのは、明日がコンビを組む同僚刑事と昵懇の仲である赤城の事だった。
 年上の同僚を通して、明日自身普段から何かと世話になっている赤城。
 同僚が他の事件で不在の今、赤城の危機に駆けつけるのは自分の役目だろうと、アレグラと共に飛び込んだ撮影所。
 避難誘導を開始する間もなく、次の瞬間眩い光に包まれて、しまったと思った時にはもう遅かった。
 以前にも、こうして何度かハザードに取り込まれたから覚えがある。
 だから明日には、今自分が何を成すべきかよく分かっていた。
 分かってはいたが、電話で対策課より伝え聞いたその映画の内容を思い返すにつれ、明日の眩暈は増すばかりだ。
 しかし、格好が恥ずかしいから、役どころが恥ずかしいからと、このままここで膝を抱えている訳にもいかない。
 明日は自ら己を奮い立たせる。
「とりあえず、今はここから出る事を考えましょう? さっきも説明した通り、このハザードは映画のストーリー通りに演じきらなければ消滅しないの。だから……」
 何とかして話を進めなければと、明日と同じようにこのハザードに巻き込まれてしまった友人の説得を試みるも、
「だからわたしに悪役をやれって!? わたしは、もう、殺しからは足を洗ったのよ! 今は善良な一市民、いえむしろ銀幕市を守る正義の味方側じゃない! どこから見てもヒロインだってのに、ファッキンッ! 冗ッ談じゃないわ……ッ!!」
 明日の言葉には耳も貸さず、炎のように燃え盛る見事な赤毛を振り乱し、リカは吼えた。
 その様は、貫禄も迫力も十分、悪の組織の女幹部以外の何者でもなかったのだが、当の本人は当てはめられた役どころが大層気に入らないらしい。
 恐ろしい程のハマり具合に、しかし似合っているとも言えず、先ほどから何度となく繰り返されるこのやり取りに、明日はただため息をつくしかない。
 ストーリー上、この後『ダーティキャット』は『エトギアン』と対決すべく、デパートの屋上を占拠しなければならなかった。
 「キュイー」しか言葉を発せない戦闘員達の手により、既に悪事は準備万端、子供達を幼稚園バスごとデパートに拉致している。
 後は幹部である自分達自らその場に赴き、ひと暴れしなくてはならないのだが……。
「今回のケーキは自信作だってのに!」
 肝心の明日の相方が先ほどからずっとこの調子なのだ。
 ストーリーは一向に進む気配を見せなかった。
「夏にピッタリのアイスケーキ、ちょうど今が冷え頃食べ頃なのよ。これ以上放置したら折角の大作が溶けちゃうわ……」
 空気などまったく読まず、悪の組織のアジトにはまるで相応しくない鮮やかな水色のクーラーボックスからリカが徐に取り出したのは、チョコレートとカスタードが幾重にも折り重なったデコレーションも美しいミルフィーユアイスケーキだった。
 突然の凶器の登場に、明日は口の中小さく悲鳴を飲み込んだ。
 もちろん瑠意が配達を依頼したのは、『チェリーロード』の看板メニューである人気のチェリーパイのみである。
 しかし夏っぽいケーキがあってもいいわよね、その方がお客さんも絶対喜んでくれるし、と独断でリカは店長のジョージの目を盗み、配達ボックスの中彼女お手製の試作品をこっそり忍ばせてきていた。
 一見リカの作る製菓の技は完璧で、その見た目だけでいえば非の打ち所無い美味しそうなケーキである。
 しかし、その味はといえば、まだ明日自身食べたことはなかったが、イベント毎に繰り広げられる阿鼻叫喚の騒ぎから想像だけは過分に出来た。
 恐らくこの先一生口にすまい、と固く心に決めていたのに。
 しかし、どうやら映画の神様はドSだったようだ。
「……そういえば。明日、あなたわたしのケーキ一度も食べた事なかったわね」
「え」
 振り向いたリカは、キラキラと瞳を潤ませ「今まで気付かずにゴメンナサイ」と女友達に申し訳なさいっぱいにはにかむ、少女の顔だ。
「そうね、それがいいわ」
「え、何が」
 勝手にリカの中で進む話に、明日は顔色を無くしたまま一歩後ずさる。
「ホラ、このままじゃ折角のケーキも台無しになってしまうから」
「や、でも、それ、お客さんの……」
「ええ、でも緊急事態だし。間に合いそうにもないしね」
「そんナ、ダッテ、タダデゴ馳走ニナル訳ニハ……」
「ううん、遠慮しないで。わたし達、友達じゃない。ホラ」
「や、ちょ、待っ……!」
 それは、もしかしなくても、銀幕市に魔法が掛かってこれまでで一番の、明日の身に迫る最大級のピンチであったかもしれない。
 もう、形振りかまっちゃいられない。
 その言葉の通り、刑事として己の身を守る為備わったその生存本能が、その時ビックバンの如く彼女の中で爆発し、かつて無いこのような強硬手段を明日に取らせたのは、その迫りくる危機の強大さ故だったからであろう。
「…あ…ああ……危ない、リカーーーッ!!!」
「え!?」
 ワザとらしい叫びと共に、明日は力いっぱいリカを突き飛ばした。
 そして次の瞬間、目にも止まらぬ速さで、明日はリカの自信作であるケーキの中にヘルペルシャの発明兵器を無理矢理突っ込んだ。
 それは、この後ストーリーの展開上、デパートの屋上に設置する筈だった時限爆弾だった。
「きゃあっ!?」
――ドオォンッ!
 一瞬の間の後、木っ端微塵にはじけ飛ぶリカの殺人ケーキ。
 全身にどこかピリ辛い目に沁みるクリームを浴び、のた打ち回る戦闘員達。
 危機一髪、自分の身を守ってくれたマントをバサッと派手に投げ捨てると、己の暴挙を誤魔化す為、無表情のまま明日は棒読みで叫んだ。
「ヲノレーエトギアンー。リカノ大事ナケェキニ爆弾ヲ仕掛ルトワァ、卑怯ナ真似ヲー」
「…………ファックッ!! こんの(WR的検閲により削除)野郎ッ! わたしのケーキになんて事を! クソッ、(WR的検閲により削除)って(WR的検閲により削除)って(WR的検閲により削除)ってやるッ!! 明日、行くわよ!!」
「……ええ、行きましょう」
 爆弾ケーキの破片にやられ半分以下に減っていた戦闘員達は、この時リカの修羅の如き凄まじい鬼の形相に、生き残った半分も恐怖のあまり失神し、更にその数を減らしてしまった程であった。
 こうして、多大なる犠牲を払い、物語は何とか動き出したのだった。



 ウーウーウーッ。
 鳴り響くサイレンに、喫茶店『Twelve Support』のマスター アレグラは、すぐさまみかん箱の上から飛び降りると、ガラス張りの窓全てのブラインドを下ろし、最後に店の扉のプレートを「OPEN」から「CLOSE」切り替えた。
 振り向き様、瑠意に向け親指を立てるも、ちょっとだけ付け髭が斜めに取れかかっているのはご愛嬌だ。
 瑠意もまた、笑顔でサムズアップを返し、何故かカウンターの一番端に据え置かれた掃除用具のロッカーに飛び込んだ。
 再びみかん箱の上に飛び乗ったアレグラは、カウンターの裏にあるカラフルな12色の文字盤のダイヤルを『寅』に回し合わせ、ロッカーの中拳を握り締め両腕をクロスした体勢で待ち構える瑠意に向け叫ぶ。
「エトギアン・タイガーブルー・ゴー!!」
 アレグラが文字盤の中央の黄色いボタンを押したと同時に、瑠意の体は吸い込まれるようにロッカーの下へ消えていった。
 そこが『十二志士 エトギアン』の基地本部への秘密の入り口となっているのだ。
 これを知るのはエトギアン本人達と、基地本部のメンバー。そしてこの喫茶店のマスターであるアレグラだけである。
 アレグラは瑠意を送り出すと、すぐに部屋の隅の天井近くに設置されたテレビに電源を入れた。
「意地悪する、よくない!!」
 映し出された映像に、アレグラは腕を組み口元を歪めた。
 今時分厚いブラウン管の画面には、デパートの屋上の更にその上空、夏のクリアランスセールを告げるアドバルーンに乗せられた、幼稚園バスが揺らめいていた。


 喫茶店の地下に設けられたエトギアンの基地本部に駆けつけた瑠意は、メインコンピュータ室の巨大モニターの前で腕を組む司令官の姿に両目を見張った。
 白を基調とし、肩から袖の先、腰から裾まで金の三本ラインが入った軍服に身を包むのは赤城である。
 何時ものジャージ姿とは打って変わり、スラリと伸びた長身に齢50を越えても衰えを見せない強靭な肉体は、隊を率いる長官の気迫に溢れている。
 瑠意の到着に振り返り笑みを見せるその立ち姿は、どっしりと構えた貫禄の中、余裕すら窺わせ、やはりこの人も役者なんだな、と瑠意を高揚させた。
「よお、瑠意」
「遅くなりました司令」
「ああ、ブルー」
 視線だけで会話を交わし、打ち合わせもなく役に入り込む。その呼吸は見事なものだった。
「またダーティキャットが現れた。奴等、今回は幼稚園バスを浚いやがった。直ちに出動してくれ」
「了解!」
 床を打ち鳴らし足を揃えながら敬礼した瑠意は、ふと沸いた疑問に「そういえば」と首を傾げた。
「対策課の山西君は? 彼がレッドでしょう?」
 戦隊モノのヒーローは大抵5人1組。瑠意自身このハザードの元になった映画の事はよく知らないが、主人公側がブルーの自分1人と言うことはないだろう。
 恐らくは山西がレッドだろうとあたりをつけ、そう尋ねてみれば、それまで引き締まった司令官の顔をしていた赤城も、ガクリと首を落とし一転、いつもの豪快なおっちゃんの苦笑いで深くため息をついた。
「うぉーい、賢児よぉー……。お前ぇがそこからカッコ良く子供達を抱えて降りなきゃ、話進まねぇんだけどなぁ?」
『無理ですうぅぅ、絶対そんなの出来ませんーーーーーっ!!!』
 突然巨大モニターに映し出されたのは、涙と鼻水全開の山西のアップだった。
「うわっ」
 思わず仰け反りながら、瑠意は自分が腕に付けていた、やけに大ぶりでデザインの古いそのデジタル時計がヒーローの通信機アイテムだと気付く。
 園児達と一緒になってぐずぐずと鼻をすする山西は、未だ幼稚園バスの中だ。
 本来ならば、ここで主人公のレッド役の山西が、園児を背負いアドバルーンのロープを降りるというハラハラ迫力の大アクションシーンを演じなければいけなかったのだが、如何せんどう頑張っても彼はただの市役所職員、普通のエキストラである。
『わあっ、ししし下で爆発が! ひいいぃぃ、揺れるううぅぅぅ、早く助けてくださーーーーいっ!!!』
「しょうがねぇな」
 頭をわしゃわしゃとかき乱し、もうひとつ大きく息をつくと、赤城は無線を切り替え喫茶店のアレグラに応援を呼びかけた。
「すまねえ、アレグラの嬢ちゃん。頼めるか」
『了解、した!』
「え? でも爆発って……?」
 山西を救出すべく、司令官自ら現場に向かい大股で歩き出す赤城の後ろに瑠意が続く。
「ダーティキャットは女の2人組、だそうだ」
「あー……」
 それだけで全てを悟り、瑠意は肩をすくめた。
「これは、手強そうだ」


「うわー……」
 かくして、到着したデパートの屋上。
 ミニ遊園地のそこは、逃げ惑う親子にそれを追う黒タイツの戦闘員、吹き飛ばされ半壊した遊具施設、そしてイベントステージの屋根の上怒りを顕に鞭を振るう敵の女幹部と、それは阿鼻叫喚の騒ぎだった。
「なんか、リカさんすっごい怒ってない?」
 演技なのか、役に入り込んでいるだけなのか、恐ろしいまでの形相でその鬼気迫る様子に慄きながらも、瑠意は得意の拳法ベースの体術で周囲の雑魚戦闘員を蹴散らしていく。
「よっしゃ、頼むぞアレグラの嬢ちゃん!」
「はい、した!」
 赤城の声を合図に、アレグラは大きく両手を広げると手のひらにぽっかりと開いたその口から、屋上にある物を手当たり次第に吸収し始めた。
 ポップコーン、ソフトクリーム、ホットドック、果ては風船やワゴン、ベンチまで。
 ありとあらゆる物を吸い込んだ後、アレグラは一気に上空のアドバルーンに向け両足を伸ばし上昇した。
「うおおおおおお!」
 アドバルーンのロープを支えながら、赤城が歓声の雄たけびを上げる。
 地球侵略を企てるレークイム帝国の元一般戦闘員であったアレグラは、人体改造の結果四肢を伸縮できる驚異の能力を手に入れた。
 かつては地球侵略軍の幹部だったアレグラも、今ではいち銀幕市民であり、今は幼稚園児と山西を救う為、正義の味方側として戦っている。
 程なくして、両手も出来る限り伸ばし園児達全員を抱きかかえたアレグラが、上空から足を縮ませ降りてきた。
 情けないヒーローの山西はと言えば、アレグラの背にまるで絡みつくように抱きつき震えている。
「ようし、よく頑張った! もう大丈夫だぞ、皆!!」
 憔悴しきった子供達を笑顔で出迎え、一人一人大きなその手で頭を撫でてやると、次いで赤城は地面にへたり込んだ山西に駆け寄り、彼の頭をわし掴むとぐるんぐるんと左右に揺らした。
「わわわ! 赤城さん、止めてください〜っ」
「コラ、山西。早く立ちやがれ。お前はヒーローなんだろう? おい」
「え?」
 赤城の視線の先を追い、そして山西は両目を見張る。
 コインを入れれば5分間、音楽と共に前進後退する四速歩行のパンダの上に、ヘルペルシャこと明日が腕を組み逆光の中佇んでいた。
「エトギアン、我が王国の繁栄の為、(リカの怒りを鎮める為、)その身犠牲になってもらうぞ。覚悟!!」
 リカとは異なる意味で追い詰められた明日の鬼気迫る様子に、山西はごくりと喉を鳴らした。
「山西、変身だ!」
「あ、はいっ!」
 赤城司令官の声に押され、慌てて立ち上がった山西は右手に嵌めていた通信機の一部を切り離し、それをベルトにセットする。
「えっと……、チェーンジ☆ドラゴン!!」
 掛け声と共に、12色の光が山西を包み込んだ。
 背後でクルクル回るのは白と黒の太極のシンボルマーク。その周囲には十二支の動物達が回転と同じ方向へ駆けていく。
 その中で、ひと際大きな輝きを放ったのは、炎の竜だ。
 天に向け咆哮した後ドラゴンが口から放った炎は、やがて山西の全身を覆い、次の瞬間彼はエトギアン・ドラゴンレッドへと変身していた。
「おおお、すっげぇ!!」
 憧れのヒーローに変身を果たし、興奮気味に声を上げる山西だったが、
「おおー……?」
「うーん……」
「うお?」
 何故か周囲の反応はイマイチだった。
「え、何ですか? 俺カッコ良くないですか!?」
「んー……。まっ、いいんじゃねえか? よし、賢児いいから戦え!」
「な、なんですかそれーっ!」
 赤城が適当に流すのも無理はない。
 山西が着込んだヒーロースーツであるが、顔のフルフェイスのメット部分にバッチリ『辰』の字が刻まれているのである。
 山西の変身を遠く横目で見ていた瑠意も、あまりにもそのデザインセンスの悪さに戦闘員にハイキックをかましながら、「アレはないだろ」と突っ込みを入れた程だ。
「いくぞ!」
 七支刀ならぬ十二支ブレードをノリノリで構え、山西は明日と対峙した。


 あらかた雑魚敵を一人でやっつけ、それでも大して息も乱さずふうと一呼吸で復活を果たした瑠意は、長い長い逡巡の後、しぶしぶタイガーブルーに変身した。
 当然、フルフェイスのメットに刻まれている文字は『寅』の意匠。
「自分ではこのカッコ悪さが見られないってのが、せめてもの救い、なのかなぁ……? おっと」
 腰を手に当て憂いげにため息をつく瑠意は、背後から飛んできたナイフをひらりと交わすと眉を寄せた。
「ちょっ、リカさーん? ここは向かい合って、互いに派手なアクションかまして戦う見せ場なシーンじゃないの?」
 攻撃が仕掛けられた方角、メリーゴーランドに向け瑠意が声を張り上げるも返事はない。
 再び目の端がなびく赤い髪を捉えたかと思えば、次の瞬間には鋭いナイフの刃先が瑠意を襲ってきた。
「……なんか、マジ攻撃じゃない?」
 ゾクリと湧き上がる感情に、瑠意は小さく笑みを零した。
 リカは元はロシアの特殊部隊、スペツナズ出身の殺し屋である。
 その戦闘スタイルは目にも留まらぬ早業で、物陰から投げナイフで確実に敵を仕留める、中、遠距離攻撃が主である。
 もちろん既に殺しの世界から足を洗い、普通の可愛い女の子(自称)として毎日暮らしているリカは、銀幕市に実体化して以降、極力人を殺める行為は自ら避けてきた。
 現在瑠意に対して行われている攻撃も、一撃で仕留めうる急所は避け、手足を狙う攻撃に留めている。
 それでも、リカは一流の投擲ナイフのスペシャリストだ。
 狙いを外す事など滅多にない筈なのだが……。
「流石に、やるわね瑠意」
 日頃公然と囁かれるムービースター疑惑の噂は伊達ではない。
「結構燃えるね、この展開」
 連続で襲いくるナイフの連投も、素早い動きと高い瞬発力を誇る鍛えられた肢体で、瑠意は危なげなく交わしていく。
 瑠意は瑠意で、この時高揚する気持ちを抑えられないでいた。
 これはムービーハザードで、戦闘シーンを演じなければならないと分かっていても、強い者と対峙するこの状態が脳内のアドレナリンを放出させ、武者震いに震える肉体は嬉しいと高らかに声を上げている。
 一瞬脳裏に浮かぶ同じくスター疑惑の友人の顔。
「やっぱ同類って事、なのかな」
 戦闘狂、そんな風に言われるのは心外だけど、でも瑠意はリカと戦う今が楽しくて仕方がない。
 口元に笑みすら浮かべながら、背面からのナイフの攻撃に、瑠意は鉄柱を勢いよく蹴り上げ派手に宙で一回転し流れるような美しいフォームで交わした。
「おのれ、エトギアン。ちょこまかと……!」
 艶やかな紅い唇の下、奥歯を噛み締めながらリカは瑠意を睨み付けた。
(お、ちょっとはそれっぽくなってきたかな?)
 特撮らしい対決シーンの展開に、瑠意が心の中安堵したのも束の間。
「そもそもどうして悪役なのよ! わたしの方が絶対ヒロインに相応しいじゃない。ねえ、瑠意もそう思うでしょ!?」
「えー?」
 あっという間に話は一番初めに戻ってしまった。
「そんな事言われても……。ホラこれはハザードな訳だし。ね? 今はそんな事言っている場合じゃ……」
 何度となく明日がリカに繰り返した説得を、瑠意もまた行おうと歩みを進めた時、
「え、アレは……」
 メリーゴーランドの屋根の上、わらわらと集まり何やら下のリカに向けクーラーボックスの中身を落とそうとしている黒タイツの戦闘員達に、瑠意は咄嗟に駆け出した。
「危ないッ!!」
「えっ!?」
 それはリカに酷い目に合わされた部下達の反乱だったのだろう。
 既に半分以上溶けかけたリカのアイスケーキの残りを、戦闘員達はリカの頭上に降らせようとしていたのだ。
 理屈じゃなく、瑠意の中で弾けた予感。
『アレは、ヤバイ』
 瑠意は己の直感に従い敵である筈のリカに抱きつくと、頭上から降り注ぐホールケーキの爆弾を交わした。
「きゃあ!」
 リカが瑠意の腕の中、可愛らしい声を上げる。
 敵のピンチに我が身の危険を顧みず、咄嗟に庇うヒーロー。
 敵と味方の束の間の友情、もしくはラブロマンス。
 ヒーロー物の王道の展開に、2人の姿は美男美女の取り合わせでそれは絵になった。
 ただし今はコスプレ全開ビキニの幹部服に、ダサかっこ悪いヒーロースーツ。互いの服とシチュエーションさえ違えば、であるが。
 安堵する間もなく、最後に降ってきたひと際大きい二段重ねの特大ケーキに、
「しまった……! とりゃあぁッ!!」
 その時瑠意は、咄嗟に足技を繰り出した。
「あ」
 思いの外、クリティカルヒットでひゅーっと遠くアドバルーンの方へ飛んでいくポイズン・クッキング。
「や、ばい……」
「え、何よ。どうしたって言うの?」
 戦闘員達を締め上げながら、リカは不思議そうに声を上げた。
 だって高がケーキだ、アレは。明日達がいる方に飛んでいったからといって、なんら被害があるわけでもない。精々当たれば少し服が汚れてしまうくらいだろう。
 しかし、そう思っているのはこの場でリカただ一人だけである。
 一瞬の後、響き渡る山西の悲鳴。
「しまった!!」
「え、どうして? 何が起きたの!?」
 青い顔で瑠意は駆け出した。その後を訳も分からずリカが追う。
 事態は、思わぬ展開に転がり始めていた。


 自ら宣戦布告を行い、山西の前に立ちはだかった明日と言えば、
(どうしよう……)
 正直途方に暮れていた。
「とーう、やぁー! ははは、怖気づいたか? ホラ、どうしたかかってこいー! あははははっ!」
 子供のように嬉しそうに剣を振るう山西。
 しかし隙だらけ、なのだ。
 おそらく明日が一度でも、得意のカポエラ風の蹴りを繰り出せば、一発で伸してしまうだろう。
 それほど山西は弱さ全開の隙だらけだった。
 でもそれではマズイのだ。
 ヒーローがそんなにあっさり負けてしまう訳にはいかないだろう。
 そうなってしまえば、このムービーハザードも解消されず、明日達はずっとこのままだ。
 それは、断じてマズイ!
(本当に、どうしたら……)
 チラリと助けを求めるように赤城の方に視線を走らせる。
 いつの間にかアレグラを肩に乗せ、すっかり見物モードに突入していた赤城の顔も、山西のへっぴり腰に苦笑しきりだ。
 おう頑張れー、と無責任に飛ばされる応援は、明らかに山西を通り越し明日に向けられている。
(ああ、もう! 成るように成れ!)
 仕方なく、明日は無理矢理話を進める事にした。
 この先のストーリー展開は、こうだ。
 ドラゴンレッド相手に善戦するも、僅かに力が及ばないヘルペルシャ。負けそうになった時、彼女はお得意の発明兵器の怪光線ライトで下っ端戦闘員を巨大化させ、エトギアンをピンチに追い込み、捨て台詞を残して去って行くのである。
 先ずはドラゴンレッドの剣に敗れなければ……と、怪光線ライトをヒップバッグから取り出しながら、叫び声だけでいつまでも縮まらない山西との間合いを詰めるべく、明日が一歩踏み出した、その時。
「あ、何か揉んでくるぞ!」
「がはは、アレグラの嬢ちゃん、それを言うなら飛んでくるだ……って、うおお! 何だアレ!?」
 アレグラと赤城の声に振り返り、上空から飛んでくるソレに、明日は声にならない悲鳴を上げた。
「アレは……!」
 どう見てもケーキである。見間違いでなければ、アレは先ほど明日が無理矢理爆弾で吹き飛ばした、リカ作の殺人ケーキ!
 咄嗟に、明日は頭を抱えしゃがみ込んだ。
 その時手にしていた怪光線ライトのスイッチを、どうやら明日は間違って押してしまったらしい。
「うわああぁぁぁっ!?」
 明日の頭上を越え、巨大化ライトを浴びたことによりみるみる膨張を始めた殺人ケーキは、まっすぐ山西目掛けて突っ込んだ。
「危ない、やまにー!!」
 寸での所でアレグラが、両手を伸ばしケーキの下敷きになりかけた山西を救い出す。
 派手な音でデパートの屋上で潰れたケーキは、その巨大化を止める事無くどんどん大きくなり続けている。
「うわぁ、ヤッバ!!」
 駆けつけた瑠意が目の前の恐ろしい光景に悲鳴を上げた。
「ああ、わたしのケーキが……。でも大丈夫、普通の美味しいケーキよ。流石に食べきれないかも知れないけど」
 現状をよく分かっていないリカの発言に、突然のケーキの襲撃に見舞われた山西達は、衝撃の事実に震え上がった。
 案の定、ケーキはリカが作った物だったのだ。
 言われてみれば、確かに。今も目の前で巨大化を続けるケーキからは、なにやら目にしみる毒ガスならぬ激辛臭気が発せられている。
 白手袋の下口と鼻を多い、赤城は後ずさった。
 アレグラは未だ自分に抱きつき震える山西の頭を「いい子いい子」と撫でてやりながらも、既に自前のガスマスク着用済みだ。
 フルフェイスのヒーローマスクの下、顔を歪めながら瑠意は明日と目で会話する。
(どうする、このままではデパート屋上がケーキで埋め尽くされ、俺達も全員押しつぶされてしまう……!)
(だからと言ってここで逃げ出しては、このデパートがケーキの重みで押しつぶされてしまうわ……。それだけは何としても避けないと!)
(分かった!)
 覚悟を決めた2人、しかしだからと言って何か妙案がある訳ではなかった。
 こうしている内にも、目の前でどんどんケーキは膨らむばかり。
 既に黒タイツの戦闘員達は「キュイーキュイー」と悲鳴を上げ、蜘蛛の子散らす様に全員逃げ出してしまっている。
 ケーキの巨大化を阻止し、デパート倒壊の危機を食い止めるのは、この場にいる6人しかいない。
(でも、どうやって……?)
「明日の嬢ちゃん! その光線を俺にオレに当てろ!!」
「え?」
 その時叫んだの赤城だった。
 どこから持ってきたのか、風船を配るクマの着ぐるみを着込み、明日に向け叫んだ後、赤城はすっぽりと頭部にもクマの頭を被る。
「いいから、早く!!」
「……あ、ハイ!!」
 一瞬にして、赤城の考えている事を悟った明日は、彼の横に駆けつけると、巨大化怪光線ライトを赤城に向け正射した。
「うおおおおおおっ!!!」
 みるみる内にクマの着ぐるみと共に巨大化を始める赤城。
 すぐさま彼は、膨張を続けるケーキに向かうと、ガバリとソレに腕を回し担ぎ上げた。
「皆、ここ来るぞー!!」
 デパートの壁に垂らされる巨大なセールの広告幕を伸ばした手と怪力で引き上げると、アレグラはそれを屋根代わりに頭上にかざし声を上げた。
 ボタボタと上から落ちてくるクリームを何とか避けながら、リカ、瑠意、明日、そして山西は、アレグラの元へと避難する。
 巨大化を続けていたケーキと赤城の格闘は、今まさにクライマックスを迎えようとしていた。
「うおりゃああああっ!!」
 デパートの屋上に立つクマの巨人。
 着ぐるみを防護服代わりにクリームから己の身を守りながら、何とか毒ガスケーキを持ち上げ頭上に掲げた赤城は、
「行くぞ、おりゃぁ!!!」
 力の限り空に向け、巨大ケーキを投げ飛ばした。
「ドラゴンレッド、タイガーブルー、今だ!!」
「ふえ?」
「ハイ!!」
 訳の分かっていない山西を引きずり、瑠意はアレグラの避難テントの下から飛び出すと、ケーキのクリームに汚染されていない床にしゃがみ込み手を付いた。
「開門!!」
 瑠意の上げた声に、床に浮かび上がる太極のマーク。
 やがてソレは12色の光を放ちながら、門の向こうの異次元空間よりエトギアンの必殺兵器を召喚する。
 現れたのはエトギアン・ランチャー。
 やはりどうにも古臭いデサインの巨大ロケット発射銃を肩に担ぐと、瑠意は山西に向け合図した。
「今だ、レッド!」
「……え、あっ。はいっ!!」
 狙うは、赤城が体を張って空に投げ飛ばしてくれた毒ガスケーキ。
 慎重にソレに向け標準を合わせ、
「発射!!!」
 山西は引き金を引いた。
 無駄に煌く光線と、今時聞かないキュイイィィンという安っぽい効果音と共に、大空に向け一直線に発射されたエトギアン・クラッシュは、

――ドオオォォォンッ

「やったぁ!!」
「よしッ」
 見事ケーキを打ち砕いたのだった。

 こうして何とかストーリーを過分に捻じ曲げながらも、悪の手から街の平和を守ったエトギアン。
「……あ」
 次の瞬間には、彼らは元のスタジオ内に居た。
「戻った?」
 その日、特撮撮影所を襲ったムービーハザードは、無事解消されたのだった。



「結構面白かったよな。なぁ?」
「ええー、もう俺あんな怖い目こりごりですよぉ」
「結構ノリノリだったじゃない、山西君。本当はヒーローになれて嬉しかったんじゃない?」
「え? へへ、えへへへへー。少しは、ですけど」
「ああ、酷い目にあったわ。もう、悪役はコリゴリよ!」
「なんでぇ、リカよ。お前ぇ似合っていたぞ?」
「ちょ、赤城さん……!」
「冗ッ談じゃないわッ! 似合ってるとか、そーゆー問題じゃないの! もう、折角のケーキも全部台無しになっちゃったし……」
「がはは、そうか。悪りぃ悪りぃ」
「アレグラ、お腹空いたぞー」
「そうね、ずっと動きっぱなしだったものね。あたしもヘトヘトだわ」
「よっしゃ。じゃあハザードの解消を祝って、皆で打ち上げと行くか!」
「いいですね、行きましょう!」
「オレの行きつけの屋台…は、この人数じゃ入らねぇ、か……。よし、じゃあオレの知り合いの店にでも行くか。カレー屋だ」
「アレグラ、カレー大好き!」
「わぁーい、俺もカレー好きです!」
「じゃあ、わたし厨房をお借りして何かデザートでも……」
「ウン、イイヨ。リカサン、今日ノ騒動デ疲レテイルダロウ?」
「今日クライ、ユックリ休ミマショウ、リカ。アナタダケ働カセルノハ忍ビナイワ」
「え、そう? そんな疲れてもいないんだけど……って、ヤダ。瑠意も明日も、そんなに頭横に振ってたら首ちぎれちゃうわよ?」
「うっしゃ、打ち上げに出発だーっ!!」
「打ち上げー!」
「出発―!!」

 銀幕市の夕焼けの空の下、楽しげな賑やかな声が響き渡った。


 ■ □ ■

 さて。
 ハザード発生から解消まで、怒涛の勢いで話が展開してしまった為、巻き込まれた彼らもイマイチ理解せぬまま自分に与えられた役を演じる羽目になってしまったが、今回撮影所に発生したムービーハザードの元となったのは、『十二志士エトギアン』という映画である。
 その名の通り干支をモチーフとした正義のヒーローが、世界征服を目論む悪の組織『ダーティキャット』と戦う子供向けの特撮物であり、映画自体は今から二十年以上も前に上映された作品だった。
 テレビシリーズから劇場の通常の流れは踏まず、イキナリ映画化、アニメ化、コミカライズ、ノベライズと各メディアでの一斉同時展開という、当時としては大変珍しい、『エトギアン』はとある新興特撮会社が打ち出した、画期的な企画シリーズであった。
 企画発表当時、5人1組の戦隊スタイルが常であったこのジャンルで、12人とそれまでのヒーロー物の常識を打ち破った正義の味方の大集団に、ファンの期待と話題は一気に集中したが、先頭きって封切られたメインの映画本編の時点で、蓋を開けてみれば結局ヒーローは2人しか揃わず、内容も在り来たりな使い古された捻りのないストーリー、その後続けて発売されたコミックスも小説も同人誌に毛が生えたレベルのお粗末な物で、『十二志士エトギアン』プロジェクトはあっという間に廃れ終焉を迎えた。
 アニメも打ち切り、コミックスも小説も1巻止まり。
 このプロジェクトのメインであった、年に1度夏休みに合わせて上映予定であった全12部作というあまりにも無謀な映画シリーズも、結局その後続編が作られたのも1作まで。
 バブルという名の仮初めの富と繁栄に酔いしれた人々が打ち上げた壮大なドリームプロジェクトは、昏迷の時代の幕開けと共に、中文字通り泡となって弾けて消えた。
 伝説のキング・オブ・駄作の名のみ残して。
 唯一この映画の当たりといえば、際どいコスチュームが話題となった悪の女幹部『キラーシャム』のキャラクターだけであり、方向性を見失ったままとりあえず作られたその続編のメインは、当然彼女に焦点が当てられた。
 1作目以上にヒーロー達を食ってしまい、主人公と化した悪の華は、その暴れっぷりもパワーアップ、戦隊モノというよりも怪獣映画と銘打った方がしっくりくるのではないかという凄まじい出来映えとなった。

 そんな2作目『十二志士エトギアン☆斬 キラーシャムの逆襲』がムービーハザードとして、打ち上げに湧く赤城行きつけの店で発生するのは――

「だからなんでこのわたしが悪役なのよ、ヒロインじゃないのよーーーッ!!??」
「ぎゃああぁぁ、リカさんやめてそのケーキ下ろして持ち上げないでこっちに投げないでええぇぇぇーーーーーーっ!!!!」

 この後すぐの事だった。


 ■ □ ■

『十二志士エトギアン』

† キャスト †

エトギアン・ドラゴンレッド … 山西 賢児
エトギアン・タイガーブルー … 片山 瑠意

司令官 … 赤城 竜
喫茶店『Twelve Support』マスター… アレグラ

ヘルペルシャ … 流鏑馬 明日
キラーシャム …リカ・ヴォリンスカヤ


クリエイターコメント大変お待たせしてしまった事、お詫び申し上げます。
やりたい事を悔いのないよう、全て詰め込んでみました。
楽しかった、本当に書かせて頂いて楽しかったです。
そしてゲストに山西まで呼んでいただき、ありがとうございました!
少しでも、皆様に楽しんで頂ければ幸いです。
オファーありがとうございました!
公開日時2009-07-16(木) 18:10
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