★ 【小さな神の手】デリバリー・ドラゴン ★
<オープニング>

 約束の時期はとうに過ぎていた。
 無事に保護されたドラゴンは、市長宅でリオネと仲良く遊んでいる。
 結局、あれから親ドラゴンからの連絡は来ていない。もう一週間になる。このままではいつドラゴンの子供がまた暴れ出すか分かったものではない。
 親からの連絡がなければ、住処の場所も分からず、おそらくその中にあるであろうダンジョンやトラップについても回避できない。
 考えられることは一つだった。

 親ドラゴンはすでに死んでいる。

 だが、それを口にできるものは対策課の中にはいなかった。
 それは子ドラゴンの生死にも直結しかねないからだ。
 そんなときだった、リオネがこんなことを言い出したのは。
「ねえねえ、リデルのお父さんを捜してあげてよ」
 リデル、それこそ彼女が子ドラゴンにつけた名前だった。
 本当は彼女自身が捜しに行きたい。でも、それはできない。
 彼女の中に、一つの言葉がよぎっていた。

★ ★ ★

「あなたは泣くのよ。泣いて泣いて反省するのよ、オネイロス様にあやまるのよ。ひどいことになった街を見て、苦しまなくちゃならないの」

 ともだちは言った。
 言葉通りに、リオネは泣いたし苦しんだ、と思う。
 それですべてが贖えたわけではないことは、彼女がまだ銀幕市に暮らしていることが何よりの証拠。

「おまえの魔法に踊らされ、傷つき、死んでいる者は山ほどいる。おまえが思っているよりもはるかに多いと思え」

 誰かがそう告げたように、彼女の罪は本当に重いものなのだろう。
 先日の、あの恐ろしく、哀しい出来事も、それゆえに起こってしまったことなのだ。まさしく悪夢のような一件だった。いまだ、市民たちのなかには、深い哀しみと、負った傷の痛みから逃れられないものがいる。

 だがそれでも、季節はうつろう――。

「今度は……ほんとうに、みんなのためになることをしたい。魔法をつかうのじゃなくて、このまちで、泣いているひとが笑ってくれるようなこと。リオネがやらなくちゃいけないこと。……また間違ってるかもしれないけど、今はそうしたいと思うの。ねえ、ミダス、どう思う?」
「神子の御意のままにされるがよろしかろう」
 生ける彫像の答は、思いのほかそっけないものだったが、止めはしなかった。
 ならばやはりそれは、為すべきことなのだと……リオネは考えたのである。
 銀幕市には、彼女がやってきて二度目の春が巡ってこようとしていた。

 ★ ★ ★

 リオネは自分の魔法によって親と子が離れ離れになるような悲劇を見ていられなかった。
 ましてやその先に、彼らの生死がかけられているなんて。
 目の前のたった一つの出来事でも良い。救ってあげることができれば、と思ったのだ。
 そんなリオネの願いが通じたのか、杵間山の中腹に見覚えのない洞窟があるとの情報が寄せられてきた。
 リオネのお願いと、ドラゴンへの恐怖、二つの観点から対策が決定された。
 洞窟を調査し、もしそこに親ドラゴンがいればリデルを返す。
 もし、親ドラゴンの死が確定されれば、リデルをフィルムに戻すこと。
 今は大人しくても、一度暴れ出せば大損害が発生し、死者も出るかもしれない。それは容認できないことだった。
 かくして、対策課は捜索の参加者を募ることとなったのだった。

種別名シナリオ 管理番号508
クリエイター村上 悟(wcmt1544)
クリエイターコメント 村上悟です。
 再びファンタジーの王道、ダンジョン探索へようこそ。
 前回の「ロスト・ドラゴン」の続編となります。
 前回で捕獲した子供のドラゴンを無事、親元に帰してあげてください。
 ただし、親と連絡が取れないということで、何らかの障害が発生していると思われます。
 具体的には、妨害者がいるわけです。
 そこで、皆さんにやってもらいたいことは、以下のことです。

○妨害者をどうするか。
1.倒す 2.倒さないで回避する

○ダンジョンをどのように進んでいくか。
 これについてはトラップや回避方法、迷ったり何らかの災害が起きたり、自由にダンジョンを楽しんでください。

 なお、子供のドラゴンは、今回暴れるようなことはありません。ですが、プレイングに盛り込まれても結構です。


 最終的に、親ドラゴンの所にたどり着いた時、どうなるかは参加者の皆さんの選択次第となります。
 哀しい結末が待っているのか、それともハッピーエンドで終わるか。
 私も楽しみです。

 さて、最後に、前回掲載の元映画「ラスト・ドラゴン」の描写を再掲しておきます。
 重要なヒントが描かれていますので、再読していただけると助かります。
 それでは、たくさんの参加と楽しいプレイングをお待ちしています。

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以下「ラスト・ドラゴン」
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 画面には最後のドラゴン三頭と冒険者が対峙する場面が映し出されていた。
 赤い一頭は翼をたたみ、小さなドラゴンを覆い隠している。さらにその二頭の前に、巨大なグリーンドラゴンが牙をむいて立ちはだかった。
「愚かな、この世界がお前たちだけのものだというのか」
 ドラゴンの言葉に冒険者が応える。
「それは分からない。俺たちに悪も正義もないのだろう。そして、この世界は誰の所有物でもない。ただ、俺たちが平和に生きるために、お前たちの死が必要なのだ」
 冒険者が光る玉をかざす。それは一筋の光明をドラゴンに向けて走らせていった。
「ならば我らも戦おう。自らの生命のために」
 光がドラゴンを撃つ。それに負けじと翼を羽ばたかせるが、体が動かない。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!」
 グリーンドラゴンの咆吼が火山を爆発させる。冒険者が剣を抜いた。その首をめがけ、大きく振りかぶる。
 そこへ……つがいであり母親である赤い竜が首を伸ばした。牙は彼のはらわたを食い破る。
「ぐぅぅ」
 しかし、同時に冒険者の剣も、赤き竜の首を断ち切っていた。ゴロリと二つの死体が転がる。
 グリーンドラゴンは光の枷に閉じこめられたまま、声も出すことができなかった。
 ただ、一頭の幼きドラゴンが、切り裂くような声を、上げ続けていた。

参加者
ランドルフ・トラウト(cnyy5505) ムービースター 男 33歳 食人鬼
キュキュ(cdrv9108) ムービースター 女 17歳 メイド
龍樹(cndv9585) ムービースター 男 24歳 森の番人【龍樹】
アーネスト・クロイツァー(carn7391) ムービースター 男 18歳 魔術師
<ノベル>

 その洞窟は、不思議な雰囲気を持っていた。
 一歩中に入ると外界から遮断されたかのように音がぴたりと止む。
 そう、普通ならゴウゴウと鳴り響くはずの、風音が止んでいたのだ。
 アーネストの風の精霊が、この奥の探査に失敗したのはまさにこれが原因だった。どうやらここでは魔法に関連する力……精霊も含んで力を制限されているらしかった。
「ここで、間違いないんですね」
 ランドルフが背負ったバックパックの中にいるリデルに問う。魔法薬によって小さくなっているドラゴンは、顔だけをひょこんと出し、頷いた。
「どうやらここがリデルくんのお家に間違いなさそうですね」
 キュキュが神妙に言葉を運ぶ。いつもと違い、フード付きのマントで体を隠していた。
 嫌な予感がしたのだ。対策課で見た映画「ラスト・ドラゴン」、もしあれに登場していた冒険者アレンが実体化していたら……自分も狙われるに違いない。
 何らかの気配は、龍樹も感じていた。ここは外とは違う。何らかの力が働いているような気がした。それは元来龍である彼でこそ感じ取れる類のものであった。
「とにかく、暗いな。アーネストさん、何とかならないのかな」
「今、灯りを点けよう」
 アーネストが龍樹に応えて光の精を呼び出す。本来なら全域を照らす大きさも可能だが、ここでは十五センチくらいの光の玉しか出てこない。
「どうやら、精霊の力が抑えられているようだな。今はこれが精一杯だ」
 光は彼らの周囲三メートル程度を明るくし、四〜六メートル先がようやく見える位だった。
「あの……風の精霊……使えないんですか?」
 キュキュがアーネストに問う。今日はフードで隠されているため、顔を覆う必要はない。それでも表情は赤らんでいるが。
「先程から探索に向かわせているが、どうやらこの中は全体がアンチマジックフィールドになっているらしい。基本的なことはさせてくれるが、肝心なことはさせてくれない」
 少々の焦りが、アーネストを普段より雄弁にさせてくれる。
「こりゃ、よほど力のあるドラゴンがいるか、さもなきゃ妨害者がいるぜ」
 彼の影からカルトが顔を出してきた。使い魔のドラゴンである彼は、龍樹と同じく場の雰囲気を感じ取ったのだ。
 一行はランドルフを先頭にアーネスト、キュキュ、龍樹の順番に進んでいく。体力、力共に弱いキュキュを怪力の二人が挟み、アーネストが補助をするという形だった。
 ランドルフは洞窟に入る前から覚醒状態となっていた。戦士の衣装を身にまとい、いかなる状況にも対応できるように心がけている。
 洞窟は岩肌がむき出しになっていた。天井は暗くて見えないところを見ると相当に高いようだ。
 迷路というわけではなさそうだが、横道がいくつかあり、それなりの長さ続いている。言うなれば川の流れを思わせた。主流があり、支流がある。
 一行は一度車座に座り、道を確認する。
「一番奥に行くにはこの大きな道をまっすぐに辿れば良いんですね」
「うん、お父さんはたぶん、そこにいるよ」
 リデルがまた、バックパックから顔を出す。
「坊主、お兄さんたちがお父さんの所まで連れてってやるからな」
 龍樹が幼きドラゴンの頭を撫でる。仲間意識を感じたのか、リデルは心地よさそうに目を細めた。
「先程、妨害者という話しがでましたよね。私の足を囮として伸ばしましょうか?」
 決意の表情でキュキュが言った。足下から触手が何本がうねうねと伸びてくる。
「それも助かりますが、危険です」
「足一本くらい!」
 意気込むキュキュの頭を、ランドルフが撫でた。
「良いんですよ。危険なことは私に任せてください。匂いには敏感ですから、もし妨害者がいれば、私には分かります」
「そうですかぁ」
 少し残念そうにキュキュが視線を落とした。何か役に立ちたい、と願うのは、ドラゴンの捕獲にも参加したからだ。最後まで見届けたかった。
 そして、それはアーネストも同じ思いだった。カルトがうるさかったせいもあるが……彼自身もドラゴンの行く末に興味を持っていた。
「妨害者がいれば、トラップがある可能性もあるな。慎重に進まなければ。奥までどのくらいあるんだ」
 アーネストがリデルに聞く。だが、彼は首をかしげるばかりだった。はっきりと把握はしていないのだろう。
「そうか……精霊に探査させられれば良いのだが」
 彼は大地の精を呼び出してみる。だが、それすらもここではうまく行かないようだった。
 使えるのは光と火、風の精が回避行動に役立つ程度だ。
「妨害者のせいで魔法が使えないのなら、妨害者を倒せば元に戻るのかもな」
 龍樹の意見にアーネストが頷いた。
「どちらにしろ、前に進むしかないだろう」
 龍樹が立ち上がる。
 再び先程の陣形になり、一本一本、横道を確認しながら進んでいくことになった。
 横道は長いものもあれば短いものもあり、なかなか捗らない。
「では、二手に分かれよう」
 大きな二つの横道が見える。そこで一行は二手に分かれて探索することになった。
 ランドルフとキュキュ、アーネストと龍樹が組になる。
 ランドルフの組はアーネストと別れたため、真っ暗な中を進んでいかなければならなかった。
「ここは私の出番ですね。お任せ下さい」
 そう言って触手を伸ばしだした。今度はランドルフも危険だと止めはしなかった。
「お願いします」
 キュキュの触手は、幾重にも分かれて洞窟の先を探索していった。それに合わせて二人は前に進んでいく。
「どうですか?」
 ランドルフの問いに、キュキュは無言で答えた。分からないのだ。どこまで行っても先に行き当たらないような気がする。
「この道、すごく長いです。どこまで行けば……あ」
 言葉が止まり、触手が勢いよく戻ってくる。キュキュは焦りながらもランドルフの手を引いた。
「ど、どうしたんですか」
 バランスを崩しながらもキュキュについていく。うねうねと触手で滑るように走る彼女が、珍しく大声で叫んだ。
「大きな岩が、転がってきます〜」
 よく見れば、触手の一本が切れ、すでに再生に入っていた。耳を澄ませば、遠くから壁を削るようなガリガリとした音が段々と速くなっていく。
「でも、このままじゃ本線にも影響が出ますよ。私に任せてください」
 キュキュの手を解き、足下を確かめる。
「キュキュさんはリデルくんを連れて本線まで戻っていてください」
 足を岩に埋めるようにして踏ん張った。暗くても、すぐそこに大岩が転がってくるのが分かる。そして、バックパックをキュキュに渡した。
 キュキュはランドルフの言葉に従い、急いで道を戻っていった。本線へ出て、すぐに後ろを振り返る。ぎゅっと抱きしめられ、リデルが少し、声を上げた。
 ガゴ、という音が響く。ギリギリと歯ぎしりのような音も。
「が、頑張ってください!」
 キュキュの精一杯の声が響く。
 ランドルフは、両手を一杯に広げて岩を受け止めた。だが勢いはなかなか止まらず、押されてしまう。二メートルの巨体をもってしても、ランドルフの怪力をもってしても簡単には止まらない。
「くっ、う、うおおおおぉぉぉぉ」
 叫び声を上げて力を振り絞った。筋肉は膨張し、足下の岩肌が削れていく。ガリガリガリガリガリガリ…………入口に近い場所まで引きずられ、そして、ようやく岩は止まった。
「ふう、念のために支えをしておきましょう」
 ランドルフは自分の足が削った地面の残骸を丸い岩にかまし、支えとする。キュキュはその姿を見てたくましいと感じた。
「素敵ですわ、ランドルフ様」
 胸に手を当てて目を輝かせる。足下では触手が必要以上にうねっていた。

★★★

 一方で、アーネストと龍樹は光の玉に照らされながら進んでいく。向こう側の二人にも精霊を貸したかったのだが、この中ではアーネストを離れると光の力は弱くなる一方だった。
「どうやら地面に埋まっているような罠はなさそうだな。それにこの先は行き止まりだと言っているぞ」
 龍樹は地面に生えている苔に話しを聞いていた。
「そうか、どうする?」
「それでも一応探索はしておいた方が良いだろうな」
 二人の意見は一致していた。龍樹は、ドラゴンの親の封印が強くなったのではないかと考えていた。アーネストもその意見に賛成だった。そして、それならば冒険者アレンが実体化していてもおかしくはない。
「だが、その場合は……」
 アーネストが口ごもる。
「親父さんが殺されててもおかしくはないって事か」
 龍樹がその先を告げた。二人に沈黙が訪れる。それは考えられる最悪のストーリーだった。龍樹は龍族の一員としてもリデルには親元に帰って欲しかった。
 そして、母親を捜しに出たというエピソードを聞いてから、親近感も持っている。
「俺も待ってる、大事な人を。辛いかもしれないが今は待て」
 彼の独り言に、アーネストは干渉しなかった。それが礼儀だと知っているからだ。
 二人は無言で歩いた。横道の奥に向かって。光は洞窟の先を照らすが、十分ではない。ただ気になるのは、横道のあちこちに穴が穿たれていることだった。
「なんか焦げ臭くないか」
 カルトが再びアーネストの影から出てきた。それに即座に反応する。
「罠か」
 アーネストが言った瞬間、穴から火の玉が飛び出してくる。
「うおっ、火はまずい」
 龍樹が大げさに避ける。樹人である彼にとって、火は大敵だった。頭の上を飛んでいった火の玉が、髪の代わりに生えている葉を焦がしていく。
 アーネストは防火効果のあるマントで龍樹をかばいながら風の精に火の進路を変えるように命令する。
「とにかく入口に戻るぞ」
 頭を下げながら、這うようにして入口に戻っていく。
「ふう、まいったな」
 龍樹が頭の葉を気にしながら言った。アーネストはまだ穴の中を窺っていた。
「明らかに自然のものではないな」
「そのようだな、苔たちも知らない間に設置されていたのか……」
 龍樹が訝しげに横道を見る。苔なら地面だけでなく壁面の罠も知っていておかしくないはず。
「もしかしたら、元からある罠なのかもしれないぞ」
 龍樹はその可能性を語った。
「苔たちに知られないで罠を設置するなんて不可能に近い。苔たちはあえて話さなかった可能性の方が高い。どうやら俺たちは歓迎されていないようだな」
 ドラゴンを倒しに来た侵入者、と見られたのかもしれない。どうもこの場所に入ってから各人の能力がまともに働かない。
「ムービースターの力を歪める場だということか」
 アーネストが独白する。
「急いだ方が良いな。ドラゴンの親がこの奥にいるってのは分かってるんだ。まず一気にそちらに向かう方が先かもしれないな」
 龍樹が先を急ごうとする。いちいち罠にかかっていてはたまらない。
「だが、脇道に罠というのも変な話しだ。まずはそれを解明してからの方が良くないか」
 アーネストはそう主張する。
 話しは平行線を辿ったが、まずはランドルフとキュキュに合流しようということに決まった。
 キュキュとランドルフは、脇道の隣で座って話しをしていた。
「やっぱりどれも妨害者のせいなんでしょうか?」
「そうとは限らないんです。元からドラゴンたちが侵入者用に作った罠だという可能性もある。私はそちらの方が高い気がするんです」
 ランドルフが言うには、あれだけの巨大な岩を設置するには一人や二人ではできない。映画を見る限りではこの洞窟に関係した人間が実体化したとしてもそう多くはないはずだった。
「それに、映画にも罠は出てきていましたからね」
 根拠の大半はそこにあった。深い洞察から来たものではない、ということだ。
「それなら、妨害者はいないってことですよね」
 キュキュはほっとしたように胸を撫で下ろす。
「でも、いないとも限らないんですよ」
 ランドルフは罠に関しては言及したが、それが直接妨害者の否定には繋がらない。
「そうですね……」
 改めて、フードを目深にかぶる。キュキュは少し、ランドルフに寄り添った。それだけで顔が熱くなる。
「大丈夫だったか」
 そこに龍樹が声をかけてきた。アーネストも一緒だ。
「そうでもないですよ。大変だったんです。大岩が転がってきて」
 キュキュが事の顛末を話す。
「そうか、こっちも大変だったんだ。壁の穴から炎が飛び出してきて」
 龍樹も負けじと自分たちに起こった災害を語った。そして、出した結論はこうだった。
「つまり、この場には魔法を制限する効果がある。俺たちムービースターはリオネの魔法によって生まれた存在だから、能力が限定されたり歪んだりしているんだろう」
 アーネストが解説する。
「そして、このトラップはドラゴンたちが侵入者のために作っておいたもの、ということで間違いなさそうですね」
 ということは、リデルの言う通り、本線をまっすぐに進んだ方が良さそうだ。
 だが、話しはそう上手くはいかなかった。
 程なく進んだところで、土砂が道をふさいでいたのだ。
 六メートルの天井まで埋まっていて、上ることもできない。どうやら爆発物か何かで周囲を崩してあるようだ。
「龍樹さん、やれますか」
 ランドルフが龍樹を誘う。率先して土砂に向かって拳を穿った。
 だが、土砂は崩れてもすぐに後からふさがっていく。
「相当に厚いな。ランドルフさん、一緒にやろう」
 二人が隣に並ぶ。しっかりと足を地に着け、呼吸を整える。
 ゆっくりと、大きく息を揃える。
 拳が握られる。
『ふんっ』
 一気に呼気が爆発し、拳が繰り出される。
 龍樹とランドルフの一撃は、土砂の中央に炸裂した。
 ボゴンッ、と大きな穴が空くが、また上から崩れてくる。しかし、その代わりに天井近くに隙間ができた。
「もう少しですね」
 キュキュが期待を寄せて言う。その視線はランドルフを見ていた。盛り上がる筋肉は一撃の余韻で湯気を発するように温まっている。
「あそこからなら、リデルを渡せないだろうか」
 アーネストが提案した。
 すぐにカルトが飛び上がり、隙間を確認する。
「俺やリデルなら何とか行けそうだぜ」
 作業を一時中断し、どちらが良いのかを相談する。
「もし向こうに渡って、妨害者がいればリデルくんの命はありません」
 ランドルフの言葉に皆が頷く。
「しかし、妨害者の可能性は一度否定されたんだろう?」
 龍樹が反問する。だが、確信ではなかった。
「事実、この土砂崩れは人為的だ。おそらくドラゴンの仕業ではないだろう」
 アーネストは土砂に触れて言う。土の精は微かに声を発している。
「龍樹、あんたなら声が聞けるんじゃないか」
 土砂には苔類も混じっていた。言われて、龍樹は耳を傾ける。
 皆がそれを見守った。
「なるほど……どうやらアーネストさんの考えが正解のようだ」
 苔は語った。一人の男が何らかの方法で天井を打ち壊したこと、彼はまだその辺りに潜んでいること。
「しかもまだこの辺にいるらしい」
 龍樹が振り返ったその先に、一人の男が立っていた。
 鎧に身を包み、切っ先の鋭い大刀を手にした赤髪の男だった。
「あんた、誰だ」
 その声に、アーネスト、キュキュ、ランドルフが振り返る。
「あ、アレンさん……」
 キュキュが声を上げた。映画と同じ装備で佇むのは、ドラゴン殺しの冒険者アレンであった。
 彼は物言わずこちらへ駆け出し、大刀を肩にかける。一番近いのはキュキュだった。
 いち早く気付いたアーネストが彼女の前に立ちはだかり、二振りのサーベルを十字に構える。
 アレンの斬撃は大上段からまっすぐに振り下ろす愚直なものだったが、その分、威力は絶大だった。
「ぐううぅぅぅ」
 アーネストの腕が下がる。鉄板かと見間違えるくらいに分厚く長大な剣はその自重だけでも岩を破壊しそうだ。
 何とか耐えきったアーネストの脇から、龍樹が駆けだした。がら空きになったアレンの脇腹に一撃を加える。
「ぐほっ」
 腹を二つに折ったアレンが膝をついた。大刀から解放されたアーネストが炎を掌の上に出現させる。
「動くな、動けば撃つ」
 アーネストの檄が飛ぶ。アレンは彼らを睨み付けたまま唸った。
「とりあえず縛っておきますね」
 キュキュが触手を伸ばしてアレンの両腕を縛った。魔物だとバレることを心配している場合ではなかった。
「くそっ、貴様ら何者だ」
 アレンが苦しい息の中、毒づいた。
「魔物に魔法使い、怪物が二人……ドラゴンの仲間か」
 彼は隙を窺っていたらしい。実体化して間もないためか、銀幕市にかかった魔法のことを理解できていないようだ。
「私たちはムービースターです。映画の中から出てきた存在なんですよ。そして、アレンさんもそうです」
「なぜ俺の名前を知っている」
「だから言ったでしょう。あなたも含めて、私たちは魔法によって映画から出てきたんですよ」
 ランドルフは説明した。リオネの魔法のこと、自分たちの存在のことを。
「だから、ドラゴンと縄張り争いする必要なんて無いんだよ」
 龍樹が諭す。
「銀幕市はお互い譲り合えば共存できる場所です。仲良くしましょうよ」
 キュキュが一杯の笑顔を見せた。
「例えそれが本当だとしても、聞くわけにはいかないな」
 アレンは強情に目を逸らす。
「ドラゴンを倒す。それが俺に課せられた使命であり存在意義だ。新しい生など、信じられるわけがない」
 矛盾をはらみながら、しかし彼は自分を貫こうとした。
「どうしてそんなに頑強に拒む。新しい生き方があればそれが幸せだろうに」
 アーネストが何とか説得しようと試みると、アレンは言った。
「それが冒険者というものだ」
 その一言は、逆にアーネストたちを納得させた。どこに生まれ変わろうが、彼自身を変えることなどできないのだ。
「しかたありません。それなら少し大人しくしてもらいましょう。私たちにはリデルくんをお父さんの所に連れて行くという使命があるんですから」
 ランドルフは土砂の中から比較的大きな岩を、アレンの周囲に巡らしていった。それはやがて石垣となり、冒険者の姿を埋め尽くす。
「キュキュさん、手を戻してください」
 ランドルフの言葉で、キュキュは触手を通常の長さに戻した。それと同時に、アレンを埋める石垣は閉じられる。
「息は隙間からできますから、心配しないでくださいね」
 ランドルフの言葉に、アレンは返事をしなかった。
「さて、この土砂を取り除かないとな」
 なおもランドルフと龍樹が拳を撃った。
 二人が崩した土砂の山は、キュキュが触手を何本も伸ばして脇にどけていった。アーネストも土の精や風の精の力を使って土砂を運んでいく。
「けっこう重労働ですね」
 キュキュの言葉にアーネストが笑う。
「仕方ない。この先に親がいるというのなら、なんと言うこともないな」
 言葉ではそう言いながらも、心は同じだった。
 土砂の山は、彼らの打撃が繰り返される度に低くなっていった。手の痛みは、キュキュの回復魔法で癒されていった。
「これくらいで良いだろう。何とか通れそうだ」
 龍樹が手を休める。ランドルフがそれに頷いた。
「少し休憩しましょう。それからでも遅くありませんよ」
 キュキュがとうとう弱音を吐く。
「そうだな、アレンに聞きたいこともある」
 アーネストがそれを嫌がらずに賛成した。
 四人は車座に座った。
「まあ腹ごなしといこう」
 龍樹は体にミカンやリンゴを生やし、それを皆に配る。
「不思議な力ですね」
 ランドルフ感心しながら、バックパックからリデルを出してやる。
「さあ、リデルくんもお腹がすいたでしょう」
 そう言ってミカンを分けると、喜んで口にした。
 それを隙間から見ていたのだろう、アレンが岩の石垣を叩く。
「くそっ、そのドラゴンをよこせ」
 だが、誰も相手にしない。ランドルフとキュキュは気の毒そうに見ていたが、その願いを聞くわけにはいかなかった。
「ドラゴンについて聞くことがある。この子の親であるグリーンドラゴンは無事なんだろうな」
 アーネストの問いに、アレンは沈黙した。答えがどちらであろうと応えないつもりなのだろう。
「まあ良い。もう少しすれば分かるのだから」
 そう言い捨てた時、リデルが口を開いた。
「分かるよ。お父さんの匂いがするもの。さっきまではしなかったのに」
 鼻をひくひくと動かしている。ランドルフもつられて匂いを嗅ぐ。確かに、生体の匂いがする。それはどこかリデルに似ているような気がした。
「本当ですね、良かった」
「そうとなれば、早く行きましょう」
「そうだな」
 キュキュの喝采に龍樹が同意した。四人と一匹は冒険者アレンを残し、再び歩き出す。

★★★

 土砂の辺りから先は、さらに天井が高くなっていた。どこからか光が漏れているのか、もはや光の精の力が無くても明るい。
 その謎は程なく解けた。さらに洞窟が広くなるにつれて、マグマの川が出現したのだ。
「映画のラストシーンに似ていますね」
 キュキュが思い出したように言う。熱いのだろう、フードは脱いでしまっている。
「親父さんの封印、解けると良いな」
 龍樹がリデルの入っているバックパックをポンと叩く。中でごそごそとリデルが動いた。
「そう言えば、どうやったら良いんでしょう」
 ランドルフが誰に、ともなしに問いかけた。
「おそらく、映画にも出ていた光の玉が必要なのだろうな。アレンが持っていたかどうか。どちらにしろ一度ドラゴンを見てみないことには判別はできないだろう」
 その姿はやがて見えてきた。
 マグマの川が吹きだまりになっている洞窟の一番奥、そこに光に包まれたドラゴンが眠るようにして頭を垂れている。
「お父さん!」
 バックパックから顔を出したリデルが声を上げた。だが、ドラゴンは返事をしようとしない。
「封印が強いんでしょうか」
 キュキュの問いに、今度は誰も答えることはできなかった。
 全長二十メートル以上だろうか。巨大な翼を折り畳み、首を曲げて懐に入れている。眠っているようにも見えた。
 あまりに巨大すぎて、誰も近付こうとはしなかった。その中で、アーネストの使い魔カルトが姿を現す。
「ご主人、戻っても良いか」
 投げやりにも聞こえる口調で主人にそう問う。アーネストが頷くと、彼は真の姿を現した。
 バッキーサイズの体が白く光り、徐々にその輪が大きくなっていく。大きさは、グリーンドラゴンと同じくらいだろうか。ふわりと広げた翼が洞窟内に風を巻き起こした。
「我の声に応えよ」
 本来の姿を取り戻した白竜カルトは、荘厳な面持ちでドラゴンに語りかける。
「気高き神の眷属が封印などに惑わされるでない」
 首を寄せて語りかける。それと同時にカルトを包む光の輪がグリーンドラゴンに移っていく。
「そうか」
 それを見て、龍樹が自身のロケーションエリアを展開する。辺りが急に暗くなり、薄緑の霞が立ち籠める。
「これは……」
 ランドルフが霞を吸い込むと、今までに負った傷が癒えていく。心地良い空気が周囲を包んでいた。
 それと同時に龍樹の体も変化していく。体のあちこちを覆っている葉が増え、頭の長く大きな葉がより伸びていく。カルトのそれとは異なるが、明らかに巨大な龍の姿だった。
 龍樹もまた、カルトと同じように首をグリーンドラゴンの下へ寄せていく。彼らの周囲に漂う緑の霞が、ドラゴンの体を覆っていった。
 ドラゴンは光と霞みに包まれて、微かに首を動かした。
「お父さん!」
 リデルの声が響く。彼は急いでバックパックから出てきて、ランドルフに元に戻すように願う。
「分かりました。預かってきたこの薬を」
 ランドルフが縮小薬の解毒剤を飲ませる。すると、彼の体が徐々に膨らむようにして大きくなっていった。
 元通り、体長三メートルほどのドラゴンになったリデルは、父親の所に歩み寄っていった。
 この場に、四頭の龍が会していた。ランドルフとキュキュは圧倒されるばかりだ。
「すごい光景ですね。ランドルフさん」
「ええ、この場に立ち会えて嬉しく思いますよ」
 ランドルフとキュキュは、片時も目を離そうとはしなかった。やがてドラゴンはゆっくりと首を起こし、辺りを嘗めるように見回す。
「私は……」
 眼をぐるりと回し、龍たちを見る。
「そなたたちは……おお、我が子よ」
 リデルを見つけると、ドラゴンは嬉しそうに目を細めた。リデルは父親に寄り添い、「この人たちが助けてくれたんだ。それにもっとたくさんの人たちが僕に親切にしてくれたんだよ」と訴える。
「そうか……相済まなかった。息子を連れてきていただいて感謝する。見れば同族のようだが……そちらは人間……か?」
 ランドルフとキュキュを見て首をかしげる。片方は覚醒し、牙を生やしているし、もう片方は触手をくねらせている。
「まあ良い。人間よりは信頼できるやもしれん」
 ドラゴンは細かいことにこだわらなかった。
 ドラゴンが無事に封印から解き放たれたのを見て、カルトと龍樹が元に戻る。それを見てまたドラゴンが驚くのだが、話しはその他にもあったようだ。
「ここに来る途中、人間と会わなかったか。私たちを滅ぼそうとする、あの悪魔たちに」
 龍樹がドラゴンの言葉で事情を説明した。来る途中に冒険者アレンに会ったこと、そして倒さず、岩の中に封じてきたこと。
 それを聞くとドラゴンは長い首を左右に振る。
「愚かな。仮にも我らと渡り合ったあれが、その程度で大人しくなるわけがない」
 その言葉を受け取るようにして、声が聞こえた。
「その通りだ」
 声の方を振り向くと同時に光が迸る。それはランドルフに当たり、破裂した。
「ぐわっ」
 悲鳴が木霊した。ランドルフの肩が赤く腫れ上がっている。
「衝撃波……」
 アーネストがそれを見て呟く。光は次々と放たれ、龍樹の足、キュキュの触手を焼いていく。アーネストだけが、かろうじて光の精の加護でその力を逸らすことができた。
 アレンの手には光の玉が乗せられていた。映画でドラゴンを封印したあの玉だ。
「封印のためだけじゃなかったのか」
 龍樹が足を再生させながら言った。キュキュも自分の触手を生やしながら、ランドルフに回復魔法をかける。
「ドラゴンに荷担する奴らは生かしておけない」
 アレンが近付いてくる。こちらの方が多勢とはいえ、決して有利な戦いにはなりそうになかった。
「そうだ、グリーンドラゴン」
 その時、アーネストが龍を振り返る。
「なんだ」
「この洞窟のアンチマジックフィールドを解除してくれないか」
「そうか、そうすれば全開で魔法が使える」
 龍樹がドラゴンの言葉でもう一度頼む。グリーンドラゴンは「心得た」と一言話すと、場の歪みを正した。
 洞窟に入った時から感じていた違和感が消える。
「何が魔法だ」
 アレンが片手に光玉、片手に大刀を持ち駆け込んでくる。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉ」
 ランドルフが吠え、筋肉を目一杯に膨張させる。龍樹も負けじと気合いを入れ、その後ろからキュキュが攻撃倍加、斬属性無効の魔法をかけた。
「いくら話しても駄目な人間というものはいるものだ」
 アーネストが精霊魔法を詠唱する。周囲のマグマが飛び交い、彼に渦巻くように取り付く。
 アレンの光撃を、アーネストがマグマで遮った。その傍らからランドルフが拳を奮う。
 大刀が振り下ろされた。
 斬属性無効の魔法がかけられた彼にはそれは通常の鉄による打撃に感じられる。
 だがそれでも威力は凄まじく、体が後ろに吹き飛ばされる。
 その後方上空から龍樹が跳んできた。
 頑強な蹴りはアレンの顔面を狙っている。
 それを彼はわずかに剣の柄を持ち上げるだけで避けた。
 その塞がった右手の方向からアーネストの精霊魔法が飛ぶ。
 マグマの塊が脇腹目がけて唸る。
 それをアレンは光玉の一撃で抑えてのけた。
 その一瞬の隙、その隙間にキュキュの触手が入り込んでくる。
「ランドルフさん、今です」
 触手は両手を絡め、さらにもう一本が光玉を覆った。それはすぐに焼き切られてしまうが、そこにできた空間にランドルフが躍り込む。
「ふんっ」
 渾身の一撃がアレンを襲う。
「うぐっ」
 両手で押し出された彼は激しく壁にぶつけられ、身動きができないでいる。
「龍樹さん」
 ランドルフの肩を借りて、龍樹が跳んだ。
 今度の狙いはアレンではない。その頭上にある岩石だった。
「おりゃあ」
 高々と蹴り上げられた足が、壁を砕く。
 岩がアレンに降り注ぎ、さらに体を固めた。
「できれば解り合いたかった」
 アーネストが呟いた。
 もう一度、マグマがアレンに向かって吹き飛ぶ。
 今度こそ、狂いもなくアレンに激突する。
「ぐわあああああ」
 断末魔の叫びに、キュキュが耳を覆う。
 燻った火が消えた後、そこには一本のフィルムが落ちていた。
 それをランドルフが拾った。
「これで……良かったんでしょうか」
 ランドルフはまだ悩んでいた。解り合う道があったのではないかと、そう考えるのだ。
 だが、いくら考えても答えは出なかった。どちらかを選ぶしかなかったのだ。ドラゴンか、アレンか。そして彼らはリデルを救うためにやってきた。
「ようはそういうことだ。深く考えない方が良い」
 龍樹がランドルフの肩を叩く。まだ納得できないでいる彼に、キュキュが言った。
「良かったじゃないですか。リデルくんはお父さんに会えたんですし」
「……そうですね」
 それだけが唯一の救いだった。
 龍の親子は、お互いを確かめるように体を寄せ合っている。
 その姿は、彼らの行動が正しかったという確信の一つを、与えてくれていた。
「映画とは違うラストも、また良いものだ」
 アーネストの言葉に、皆が笑った。

クリエイターコメントいかがでしたでしょうか。
ドラゴン一匹お届けします。デリバリー・ドラゴン一巻の終わりです。
そしてこれで二部作の全てが終わりました。

妨害者については皆さんできるだけ倒したくないと書かれていました。
本来の予定では、その場合はドラゴンの方が滅ぶはずだったんです。
ですが、仕方ない場合は倒すと書かれた方もおられましたので、このようなラストとさせていただきました。

リオネの魔法が導いた一つの悲劇と、映画とは違う幸せなラストシーン、一つの答えが導けましたかどうかは皆様にご判断をお任せします。


なお、キャラクターにそぐわない表現がありましたら訂正いたしますのでお申し付け下さい。

それでは、次のシナリオでお会いしましょう。
公開日時2008-04-25(金) 20:20
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