★ 必要不必要 ★
クリエイター霜月玲守(wsba2220)
管理番号105-3561 オファー日2008-06-18(水) 23:41
オファーPC 玄兎(czah3219) ムービースター 男 16歳 断罪者
ゲストPC1 晦(chzu4569) ムービースター 男 27歳 稲荷神
<ノベル>

 気がつけば、静かな住宅街に玄兎(クロト)はいた。辺りをゆるりと見回し、果たして自分が居たのはここだったであろうか、と小さな疑問を浮かべる。
「あはは、マジだって」
 玄兎の背後から、男の声がした。
(人)
 玄兎の目つきが変わる。場所が違うかもしれないなんて事は、どうだっていい事だ。大事なのは、自分が為すべきことをする、というそれだけ。
(人が、来る)
 にい、と玄兎は笑う。些細な事に気を囚われる必要は無い。人が玄兎の前に現れる。それでいいではないか。今までだってそうだったのだし、これからもそうすればいい。
 そう思うと、今居る場所は元の場所と余り変わらないのではないか、と感じ始めるから不思議だ。静かな住宅街は、なるほど、無機質な漆黒の街といえなくもない。
「それってヤバイんじゃないのぉ?」
「そんなことねーって。だって、俺、今までパクられたことねーもん!」
 やだぁ、といいながら、女が男の肩をばしっと叩く。叩かれた男は「マジだって」と言いながら、楽しそうに笑う。
 玄兎は男女を一瞥し、軽い足取りで二人の前に立った。誰も居ないだろうと思っていた住宅街で、突然現れた玄兎に二人は一瞬びくりと体を震わせる。だが、すぐに男の方が「ああん?」と言いながら玄兎にすごんできた。
「何だよ、てめぇ」
「きゃはははは、やめなよぉ」
 やめろという割に、女に男を制する気配は無い。やめろというのは口だけで、その実あおっているのだ。
 男は女の意図を良く理解しており、何度も玄兎にすごむ。だが、玄兎はぴくりとも動かない。口元に笑みを携えたまま、じっと二人を見ていた。
「くそ、気持ち悪ぃんだよ!」
 男はぐっと拳を握り締め、玄兎に殴りかかろうとする。その瞬間、玄兎は口を開く。
「五年前、不登校にさせちゃったんだねぇー」
 びくり、と男の拳が止まる。
「自殺未遂までさせちゃってんじゃーん! 自分の名前を出されないかって、びっくびくだったんだよねぇー」
 くつくつくつ、と玄兎が笑う。
「な、なんだよ、てめぇ」
「ちょっと、何、こいつ」
 男はゆるゆると拳をおろす。玄兎は笑いながら女の方を見、あひゃひゃひゃひゃ、と笑う。
「10万はぼったくりじゃーん! 一回ヤッただけで、10万ってさぁー」
 女の顔が真赤に染まる。男はゆっくりと振り返り、女を見ながら「お前」と絶句する。
「ち、違う! あたし、そんな事」
「彼氏の友達と、いっぱいいっぱい仲良くしてたんだねぇー。よりどりみどりってやつじゃーん」
「お前、本当に?」
 男がわなわなと震える。女は「ふざけんな!」と叫ぶ。
 玄兎は「いいじゃん、いいじゃん」と男に向かって言う。
「クロちゃんにはお見通しだぜぇー? 彼女の友達、あらかた食っちまったんだよねぇー。そのために、たくさんたっくさん、万引きしちゃったんだしぃー」
 玄兎はそう言って、けたけたと笑う。男と女は呆然と玄兎を見つめ、次第にじりじりと後ろに下がっていく。
「ちょっと……ヤバイよ、こいつ」
 青ざめた顔で、女が言う。
「アッタマおかしいんじゃねぇか?」
 震えながら、男が言う。
「逃げよう。こいつ、絶対おかしいよ」
 女が必死に呼びかける。
「ちっ、くそ!」
 男が吐き捨てるように言う。
 そのやり取りを聞き、玄兎は「あれぇー?」と言いながら、にたり、と笑う。
「拒絶、するのかなぁー?」
 気付けば、玄兎の手には釘バットが握られていた。いたるところから出ている釘たちが、何とも痛々しい。
 男女は「ひっ」と小さく声を上げ、じりじりと後ろに下がり始める。それと同時に、玄兎もじりじりと二人に近づく。
「いやぁ!」
「くそっ!」
 男女は二人そろって走り出した。玄兎は「あひゃひゃひゃひゃ!」と笑い声を上げ、ぶんぶんと釘バットを振り回す。振り回すたびに、風を切る音が当たりに響く。
「逃げるんだぁ、逃げるんだぁ? ひゃははははは、逃げるんだぁ!」
 ぶんぶんと釘バットを振り回すたびに、玄兎の笑い声はより一層大きくなる。そのたびに、二人は悲鳴を上げながら逃げ惑う。
「ほらほら、ちゃぁんと逃げなきゃぁー。こっわーいクロうさちゃんに、捕まっちゃうんだぜぇ?」
 あひゃひゃひゃひゃ、と玄兎は笑う。風を切る音から、釘バットは随分重いものだと窺い知られるのだが、玄兎は重さをものともせずに軽がると振り回している。当たれば、痛いでは済まされないだろう。
「ひい。助けてくれ! こっちに、来るんじゃねぇ!」
「やめてよ、どっかいってよ!」
「あーっひゃっひゃっひゃっひゃっ! オレちゃんを拒絶するんだぁ? 怒らせちゃったなぁ?」
 男女は逃げ惑う。一撃でも当たれば、ただでは済まない。それが分かっているから、逃げる。
「こっち来るな!」
「あっちに行ってよ!」
「ひゃっひゃっひゃっひゃ! 拒絶するんじゃねーってば。クロちゃん、マジでご立腹になっちゃうぞぉー!」
 大声で笑いながら、玄兎はぶんぶんと釘バットを振り回す。既に、男女共々悲鳴をあげながら逃げ惑う事しかしない。
 玄兎を、全身で拒絶しながら。
「助けてっ……来ないで、助けて!」
「お、おい、助けてくれ!」
 玄兎は、足を止める。いつの間にか、人が居る。新たな人だ。男女は青ざめた顔で、その人に助けを求めている。自らが助かる為に、必死になって。
「おい、どうしたんや?」
「変な奴に追われているんだ!」
「超ヤバイ奴なの!」
 二人が訴え続けると、彼は「わかった」と答え、ゆるりと玄兎の前に立ちふさがる。
「何事かは分からんけど、ちょっとやりすぎやないか?」
 彼はそう、玄兎にやんわりと言う。にっと笑う顔は人懐っこく、髪と目の赤が印象的だ。風にひらりと揺れる着物も赤く、彼に良く似合っていた。
「あっひゃっひゃ! そんな事、あんたに言う資格なんてないじゃーん」
 玄兎は笑いながらそう言い、どん、と釘バットを地面に突き刺す。じっと彼を見、にへら、と笑う。
「あんたさぁ、興味本位で戦場に行ったよねぇー?」
 びくり、と彼は体を震わせる。玄兎はにたにたと笑いながら、言葉を続ける。
「危ない目にあったんだよねぇ? でも、助けてもらったんだよねぇー」
 彼は動かない。じっと玄兎を見つめたまま、ぴくりとも。
 その隙にと、男女がそろそろと逃げる。既に玄兎のターゲットが青年に移った事を直感的に悟り、今ならば逃げ出せると判断したのだ。
「刀、貸しちゃったんだぁー。あっひゃっひゃ! 軽い気持ちで、貸しちゃったんじゃーん!」
 玄兎は「あっひゃっひゃっひゃ!」と笑う。
「人間に扱える筈無いのにぃー! 軽い気持ちで、お礼だとか言って、父からこっそりと持って行っちゃったんじゃーん!」
 青年は動かない。
(何か、変じゃん?)
 ふと、玄兎の頭を過ぎる。今、自分は対峙する相手の罪を暴いている。それが、断罪者である自分の役割だから。相手を見るだけで、その人の負っている罪が見える。だから、曝け出す。罪を暴いてやると、相手は大概目をそらす。逃げようとする。もうやめて欲しいと訴える。
 それなのに。
(まだ、言ってないからかぁ)
 玄兎は、まだ対峙している青年の罪をはっきりと言っていない事に気付き、勝手に納得する。言ってやれば、いいのだ。いつものように、真正面から暴いてやればいい。
 罪から真正面に向き合える者なんて、いないのだから。
「その刀ちゃんってば、凄い力だったんじゃーん! 力に溺れさせちゃってさぁー!」
「……そう、やな」
 初めて、青年が口を開いた。
 玄兎は思う。こいつも同じだ、と。
 そう思うと、妙にテンションが上がる。地面に突き立ててある釘バットにも、自然と手が向かう。
 どうせ、また自分を「拒絶」するのだ。
「そいつ、いっぱいいっぱい奪っちゃったんじゃーん! あっひゃっひゃっひゃ! 罪のない人の命、いっぱいいっぱいさぁー!」
「そうや。あいつは、刀の力に溺れてしもうた」
「そいつが悪いっていいたいわけぇー?」
 このパターンか、と玄兎は思う。
 よくいるパターンの一つだ。自分の罪を、人の罪と勘違いする。自分は悪くない、相手が悪いのだと罪をなすりつけるのだ。
 やはり必要かと、釘バットを握り締める。だが、それを持ち上げる前に青年が先に口を開いた。
「いらん事してしもうた。それはわかっとる。後悔してもしきれん、わしの罪や」
 玄兎は、あっひゃっひゃ、と笑っていたのを不意にやめた。
 釘バットに伸ばしていた手も、引っ込めた。
 いつもとは違う、相手の反応に戸惑う。彼は、人のせいにするのではなく、確かに自分の罪だと言い切ったのだ。
「わしが軽い気持ちで刀を渡さんかったら、あんな事にはならんかった。いやと言うほど、わかっとる。今更どうしようもないっちゅー事も、わかっとる」
「何、あんた……分かってるって……分かってるわけ、ないじゃーん?」
 心なしか、玄兎の言葉に力が無い。
 今まで対峙した事のない状況に、戸惑いを隠せない。
「わかっとらんのかもしれへんな。せやけど、わしは分からんといけんのや。忘れるなんてできへんし、自分が犯した罪やっちゅー事も自覚せなあかん。わしが、たくさんの人の命を奪ってしもたんと同じやし、あいつに人殺しの罪を負わせたんやから」
 がらん、と静かな住宅地に音が鳴り響く。釘バットが地面に転がった音だ。重苦しい音は、ごろんごろんと釘バットが転がり続ける限り続く。
「あんたの所為で、たっくさん、死んだんじゃーん?」
「せや。わしは何らかの償いを、必ずせんとあかん。贖罪の方法を、なんとしても見つけなあかんのや」
「あんたの所為で、人の運命が狂ったんじゃーん?」
「せや。わしは、それを決して忘れてはあかん。二度と同じ過ちを、犯さん為にもな」
 がくり、と玄兎はその場に崩れる。
 見たことも無い、あったことも無い存在が目の前に居る。
 罪を暴いてやるたび、皆逃げた。逃げて、こっちに来るなと言い放った。やめてくれ、どっかにいってくれ、と。拒否なんてさせる気がないから、追いかけた。ぶんぶんと釘バットを振り回して、追いかけてやった。
 それなのに、どうだ。今目の前にいる青年には、それをする必要は無い。ぶんぶんと脅す為の釘バットどころか、追いかける必要も無い。
 彼は自分の罪を自覚している。自分がしたことを受け入れ、償いを求めている。あれだけ玄兎が責めてやるのに、いつまでも歪んだ答えは返ってこない。
 返ってくるのは、まっすぐな答えだけ。
 鮮やかな、彼の身にまとう赤の如く、綺麗な答え。
「おい、大丈夫か?」
 崩れ落ちた玄兎に、青年は手を差し伸べる。差し伸べた手をじっと見つめ、玄兎は青年に尋ねる。
「あんたは、オレのこと『いらない』って、言わねーの?」
 今までの者達のように。
 逃げていく、そう、先程の男女のように。
 青年は訝しげな顔をし「何でや?」と逆に尋ね返す。
「何で、そないなこと言わなあかんねん。この世にいらん奴なんか、おるわけないやろ?」
「オレの事、いるの?」
「あったり前や。変なやっちゃ」
 くくく、と青年は笑った。玄兎も、それにつられて小さく笑った。いつものテンションが上がったときのいやみったらしい笑い方ではなく、本来玄兎の持つ笑顔で。
 玄兎は、差し伸ばされている青年の手を掴んで、立ち上がった。立ち上がると、青年はにかっと笑った。
「そうそう、わしは晦(ツゴモリ)って言うんや」
「オレは、玄兎……」
「お、ならクロやな」
 勝手に決められたあだ名に、玄兎は吹き出す。こんなに、あったかな存在にあったことなんてなかったから。罪を暴くばかりの自分に対し、優しく真っ直ぐに向き合ってもらったことなんて、無かったから。
「勝手だなぁー、つごっち」
「お。勝手に決めよったな、クロ」
 くつくつと晦が笑う。クロと呼ばれるのが気持ちよくて、何度も何度も玄兎は「つごっち」と呼び続けた。その度に晦は「なんや、クロ」と答えてくれた。
(太陽、みたいじゃん)
「ん? なんや、クロ」
「なんでもないぴょん、つごっち」
 あたたかな気持ちが嬉しくて、玄兎はにっこりと笑った。名前を呼ばれるたびに、必要な存在だといわれているようで、くすぐったく思うのだった。


<不必要は必要ではなく・了>

クリエイターコメント お待たせしました、こんにちは。霜月玲守です。
 この度はプラノベオファーを有難うございます。しかもプラノベ発注自体初めてだとか。初陣にご指名いただきまして、大変光栄です。

 お二人の出会いという、大事な場面を執筆する事ができて凄く嬉しいです。掛け合いの部分を、一番力を入れて書かせていただきました。
 発注文を拝見したときから「晦さんはなんてかっこいい人なんだ」と、胸がじんとしていました。その感動を詰め込んでみました。
 少しでも気に入ってくださると嬉しいです。
 ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。
 それでは、またお会いできるその時迄。
公開日時2008-07-03(木) 19:50
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