★ 【銀幕童話劇場】桃太郎 ★
<オープニング>

 村上悟とその娘、文音は公園にいた。
「パパ、今日も読んで」
 おねだりされると、村上はバッグから小さめの絵本を取り出す。
 桃太郎だった。
「本当にお前は桃太郎が好きだなぁ」
 苦笑しつつも読み始める。
「昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがいました」
 その時である。
 絵本が光り出し、村上の能力が発動した。
「またか」
 村上悟の能力とは、絵本の実体化である。ただし、実体化した作品に周囲の人間が巻き込まれ、その作品は暴走する。
 泣き出した娘をあやしながらも、村上は今回も無事に元の世界に戻れれば、と思うのだった。


種別名シナリオ 管理番号618
クリエイター村上 悟(wcmt1544)
クリエイターコメント 村上悟です。
 第六回目のシナリオは桃太郎です。
 例によって村上の能力が暴発しまして、桃太郎の世界に四人の人間が捕らわれることになりました。

 今回は先着順に桃太郎・犬・猿・キジになります。
 空が飛べない方でもキジを演じていただきます(笑)

 物語は桃太郎がおじいさん達の家を出発し、鬼達を退治するまでです。
 その中でどのような行動を取られるかをプレイングにご記入ください。
 楽しいプレイングをお待ちしています。

参加者
玄兎(czah3219) ムービースター 男 16歳 断罪者
ルークレイル・ブラック(cvxf4223) ムービースター 男 28歳 ギャリック海賊団
新倉 アオイ(crux5721) ムービーファン 女 16歳 学生
ガルム・カラム(chty4392) ムービースター 男 6歳 ムーンチャイルド
<ノベル>

「ここは、どこなんだ」
 ルークレイルは辺りを見回す。真っ暗だが、人物の周りだけがぼんやりと浮かび上がっている。
「すまないな」
 彼の目の前に誰かが立っていた。
「お前は、誰だ? ここに連れてきたのもお前か?」
「私は村上悟。銀幕ジャーナルのライターだ。実はムービースターでな。能力が暴走した結果こうなった。君たちは桃太郎の物語に取り込まれ、それぞれの役を演じることになったんだ。すまない、そこの三人も」
 見れば隣に三人の人物がいた。一人は奇妙な格好の男、一人は女子高生、一人は子供だった。
「オレちゃんアリの観察しなきゃいけねーんだけどぉー」
 ウサギ耳の帽子をかぶった男、玄兎がうざったそうに村上を睨(ね)め回す。村上が頭を掻いて困った素振りを見せた。
 ルークレイルは玄兎を見て一言呟いた。
「変な格好の男だな」
 ウサギ耳の帽子をかぶり、ウサギの人形を模したバッグを持っている。だが、玄兎は言葉を返した。
「あんただってちょー変なカッコだけどぉ?」
 言われて初めて気が付いた。自分の頭に耳がついている。
「何だこれは!」
 引っ張っても取れない。どうやら直接頭から生えているようだ。そして、先程から鼻がむずむずすると思ったら鼻先が濡れている。
「これは……犬の耳と鼻……」
 ペタペタとあちこちを触り、ショックを受けている。どことなく某携帯電話会社のコマーシャルを思い出させる。
「もー何なのよいったい! チョー急いでるんだけど」
 女子高生が叫びだした。
「バイトあるんだけど、バイト。能力の暴走だか何だか知らないけど巻き込まないでよね、もー!」
 そう言って隣を見、ルークレイルがいる事が分かってパッと顔を明るくする。
「あれー、ルークさんじゃない? 一緒に捕まってんの? マジありえない」
 あはははは、とルークレイルの格好を笑う。するとルークが言葉を返した。
「そう言うお前も猿の耳と尻尾がついてるぞ」
 声は冷静で目付きも鋭い。仕返しのつもりらしい。触ってみると耳はカチューシャだが尻尾は直接お尻から生えている。スカートの隙間から尻尾が覗いていた。
「へ? ちょ、マジでありえない! なんであたしが猿なわけ? これからバイト行かなきゃいけないってのに、ホントじょーだんじゃない!」
 何度もバイトのことを気にする。それを見て玄兎がキャキャキャ、と奇声を発する。
「何よこのイタいウサギは。ほんっとうざいわね」
 言い返すが玄兎は一向に気にしない様子だ。
「これ、オレちゃんのぽりしーだもんねぇ」と逆に誇らしげですらある。
 騒いでいる三人を他所に、村上は最後の一人に声をかけた。
「君は……ガルム君だったね。また、巻き込んでしまったね。ごめん」
 ガルムはまた、図書館帰りに巻き込まれてしまった。前回は「さんびきのこぶた」の世界に取り込まれ、オオカミ役として大騒動を繰り広げたのだった。
「ううん、この前は……とっても楽しかったよ。ありがとう……また呼んでくれて」
「いや、呼んだわけじゃないんだけどね」
「あの……その子は?」
 ガルムが村上の後ろに隠れている子供を指す。
「娘の文音だよ。仲良くしてやってね」
 村上が頭に手を置くと文音が小さな声で「こんにち……は」と挨拶をする。それを見てガルムはにこりと微笑んだ。
「まあ何だ……今回は大変そうなメンバーだけど、キジの役、頑張ってな」
 村上が残りの三人を見て溜息をついた。今回、ガルムのお尻にはキジの尻尾が生え、腕には羽の飾りがついている。ガルムはパタパタと羽ばたかせた。嬉しそうだ。
「でも……ボク、桃太郎って知らないよ」
「そうか、ちょうど説明しようと思っていたところだ」
 そう言って手を叩く。そうやって注意を向けると言い争いをしていた三人が村上に視線を集めた。
「いいかい、無事に帰りたかったらちゃんと聞いてくれ。もう一度言うが、君たちは『桃太郎』の物語に取り込まれた。そして、その役どころを演じてもらいながら、物語を終わりまで導いてもらわないといけない」
「オレちゃんめんどくせぇ」
「黙って聞いてろ」
 村上が一喝する。それでも玄兎はブツブツと文句を言っていた。基本的にやる気がなさそうだ。
「一応言っておくが、失敗したら戻れなくなって物語に永遠に閉じこめられるからな」
「ちょ、それ困るって。マジで言ってんの?」
 アオイが驚いて問いかける。村上は真面目な顔で頷き、「だから」と続けた。
「聞いてもらわないといけないんだ。えっと、ウサギの君」
「オレちゃん玄兎だっぴょん」
 ニヤリと玄兎が笑う。嫌らしい笑い方だった。アオイが体を震わせ、ルークレイルが眼鏡のブリッジを上げる。
「君が桃太郎だ。いわゆる主人公って奴だ」
「ええっ! なんでこいつが主人公なのよ。ちょーわかんない」
 アオイが反論する。
「これは能力が勝手に決めたことだからどうにもならんのだよ。言いたいことはよく分かるが」
 村上がそう話すと、ガルムが言った。
「お兄ちゃんが……主人公だなんて、楽しそうだね」
 にこりと笑う。その言葉に玄兎の耳がぴくりと反応した。
「で、次の君……ルークと言ったか……犬の役をやってもらう。まあすでに尻尾も生えてるし、断りようがないな」
「不本意ではあるが、元の世界に帰るためだ、やってやらんこともない」
「ふふふ、ではワン、と言ってもらおう。それがこの世界の掟だ」
 村上がルークレイルに迫る。彼は額にわずか汗をしながら冷静を保ち、微笑を称える。
「そ、それくらいのこと……ワン」
 言って、頬が紅潮する。村上は満足そうだ。
「そうしてもらわんとな。桃太郎は、家を出てから最初に犬に出会う。次には猿だ。えーと、アオイ君」
 と、アオイが憮然とした顔で腕組みをする。口は常に動き続けており、チューイングガムをかんでいるようだった。
「あたしはウキーなんて言わないからね」
 すると、肩に乗ったバッキーが、キーキーと騒ぎ立てていた。その子の名前はキー、白とパステルイエローの体色をしている。
「ええい、あんたはキーキーうるさいのよ! そんなんだったらあんたが猿やれば良いでしょ」
 言われて、キーが黙った。
「まあまあ。ウキーなんて言わなくても十分キーキー言ってるよ」
 村上が嫌みったらしく言う。
「そして、最後に桃太郎はキジに出会う」
「キジ?」
 ガルムが首をかしげる。
「ああ、キジは鳥の仲間だよ」
「飛べないよ?」
「飛べなくても構わないよ。君は君のキジを演じてくれればいい。ちなみに鳴き声はケーンケン、だ」
 微笑む村上に釣られて、後ろに隠れていた文音も笑った。
「さて」
 そう村上が言うと、注目が集まる。
「四人は出会い、鬼ヶ島へ向かい、鬼達を退治する。そして鬼達から財宝を受け取って、凱旋するんだ」
「何っ?」
 ルークレイルが叫ぶ。財宝、に反応したようだ。
「鬼達には財宝があるのか。そうか……良し、いい話じゃないか。ひとつ協力してやろう」
 急に態度が変わる。今なら喜んでワンと言いそうな雰囲気だ。
「そ、それはどうも……」
 村上も急変したルークレイルを見てたじろいでいる。
「……そ、そういうことで、物語は始まる」
 開始を告げると、舞台がいったん暗転し、人物が消えていく。
 そして、舞台がまた明るくなる頃には、そこは一軒の家になっていた。
「昔々、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
 おばあさんが川で洗濯をしていると、どんぶらこどんぶらこと大きな桃が流れてきました。おばあさんがその桃を家へ持って帰ると、おじいさんは食べてしまおう、と言いました。
 おじいさんが包丁で桃を真っ二つにしようとすると、桃が二つに割れ、中から元気な男の子が出てきました。
 おじいさんとおばあさんは、その男の子に桃太郎、と名付け、育てることにしました」
 ナレーションが進むと、家の中に村上がおじいさんの姿で現れる。おばあさん役は文音が請け負っているようだ。
「で、桃太郎、話しってのは何だ?」
 村上じいさんが玄兎桃太郎に話しかける。
「オレちゃんアリの観察しなきゃいけねーんだけどぉ、もう帰って良い?」
 村上の額に汗が出る。
「いや、鬼退治に行くって言ってもらわないといけないんだが」
「オレちゃんちょーめんどくせぇ」
 話が進まない。そこで村上が鬼退治の楽しさを説く。
「鬼退治は楽しいぞ。たっくさんいるからな。アリよりも色んな動きを見せてくれるぞ」
「アリちゃん六本足だもんねぇ」
 訳の分からない理由を出して渋る。
「鬼は財宝を持ってるぞ」
 ルークレイルが興味を持った部分を強調してみる。
「それって美味いのぉ?」
 意味が分かってない。
「鬼はな、鬼は……えーい、良いから行って来い!」
 村上が玄兎を足蹴にする。大人しく踏まれながら玄兎はまだブツブツと文句を言っていた。
「はいはーい、こんにちはぁ」
 そこに誰かが入ってくる。アオイだ。
「良いから行きましょ。ね、ちょー展開早くない?」
 どうやらさっさと話を進めるためにやって来たようだ。アオイは家の中に上がり込むと、文音が持っていたキビ団子に目をつける。
「あ、これね、キビ団子。あたし初めてなんだぁ。んぐんぐ、あ、案外イケるじゃん」
 次から次に食べていく。文音はいきなり乗り込まれて怯えてしまい、村上の後ろに逃げていった。
「おいおい、猿の出番はまだだぞ」
 村上が言うと、アオイは事も無げに言い返した。
「だってこのイタいウサギが来るまで待ってるのタルいんだもん」
 猿の出番は二番目、確かにそれまでじっと待っていなければならない。
 その頃、ルークレイルは財宝への期待でそこらをうろつき、ガルムは教えてもらった桃太郎の歌を歌って待っていた。
「そうは言ってもだな。順番をちゃんと待たないと現世に帰れないぞ」
 村上が脅かす。その一言でぎゃあぎゃあ言っていたアオイが黙った。
「……分かったわよ。大人しく待ってれば良いんでしょ。チョーめんどい」
 すごすごと部屋を出て行く。
「さ、さて。邪魔が入ったがキビ団子もできたことだ。否が応でも行ってもらうぞ。そうしないとアリの観察も続けられないしな」
 その一言が玄兎を動かした。
「マジ? それじゃクロちゃんやるぅ」
 そそくさと家を出て行く。
「おっと、オレちゃん忘れ物だい」
 何をするのかと思えば、うさ鞄から鉢巻きとはっぴを取り出す。ちゃんと襟には桃の絵が描いてあった。
「さあ気分出てきたぜぇ」
「い、行ってらっしゃい〜」
 見送った後、村上が呟いた。
「つ、疲れる……」
 そんな彼を娘が気遣った。
「チチ、大丈夫?」
「うん、チチは大丈夫だよ……たぶん」
 額には冷や汗が光っていた。

 ★★★

 玄兎は家を出てからさっそくキビ団子を食べ始めた。
「粉くせえし粉っぽい」
 ぺぺ、と吐き出す。文句を言いながらも次を口に入れる。いつのまにか、キビ団子は最後の一つになっていた。
「ぺいっ」
 放り投げるとその辺の鳩が食べていく。
 玄兎は歩いた。たるそうに。のっそり歩いていくとその内に川が見え、橋が架かっているのが分かった。木でできた小さな橋だ。
 その畔で、ルークレイルが一人考え込んでいた。
「なんでぇ、いけすかねぇオヤジかぁ」
 玄兎が彼を指して言う。ルークレイルはそれが聞こえなかったのか、眼鏡のブリッジを上げて玄兎を見る。
「なんだ、いかれた黒ウサギか」
 しっかりと聞こえていたようだ。
 立ち上がったルークレイルは玄兎に一歩一歩近付いていく。
「いいか、俺がいるからには真面目にやってもらう。こんなふざけた状況でもだ」
 目の前に玄兎がいる。手を伸ばせば届く距離に、二人はいる。
「まずはキビ団子とやらをもらおうか」
 鋭い目で見据え、手を伸ばす。
 玄兎はごそごそとうさ鞄を探り、何かを取り出す。
「これあげんよぉ」
 差し出したのは団子ではなく……。
「ガムじゃないか!」
 ルークレイルが突っ込む。
「しかもマグロ味か!」
 二度目。だが彼は受け取った。
「くっ、キビ団子はないんだな?」
「オレちゃん喰っちゃった」
「喰うな!」
 三度目だ。期せずしてボケとツッコミが成り立っている。
「ったく。こんなもの……」
 マグロ味のガムを口に入れる。
「…………」
 噛む、噛む。じゅわ〜とマグロの味が口腔内に広がる。むしろ甘いと感じる。
「……美味いじゃないか……くそっ」
 悔しかった。不味いことに文句を言うために食べたのに、美味かったのだ。怒りのやり場がない。
「オレちゃんのお気に入りだぴょん」
 ルークレイルの額に青筋が浮かぶ。言い方が気に入らなかったようだ。
「変態かお前は!」
 さらにルークレイルが突っ込む。玄兎の方は一向に構う気配がない。
 とにもかくにも、二人は連れだって橋を渡った。川の流れを背にして歩いていくと次第に木々が濃くなっていく。森に入っていくのだ。
 森の中では、アオイが待っていた。彼女は木陰に入ってオレンジジュースを飲んでいた。制服にサル耳、尻尾の姿は一部マニアに受けそうな趣がある。バッキーのキーは枝によじ登ってオレンジジュースのおこぼれをもらっている。
「ったく、ちょーうざい」
 アオイは不機嫌だった。ギャリック海賊団の海賊喫茶に勤めている彼女は、バイトに完全遅刻して機嫌が悪かったのだ。
「言い訳はルークさんにしてもらうとして。後はこのありえない状況からどうやって脱出するかよね」
 彼女がこれからのことについて思案していると、向こうから何やら音がする。
「ナニナニ? ちょ、化けもんとかじゃないでしょうね」
 がさがさ、と草むらをかき分けて出てきたのは玄兎とルークレイルだった。
「あ、イカれウサギ」
「なんだ、うるさい姉ちゃんかぁ」
 玄兎が言い返す。そして早々とチューイングガムを差し出す。
「何よこれ」
「キビ団子」
「嘘つきなさいよ嘘! どう見てもガムじゃないのよ。こいつマジありえないんだけど。ねえルークさん、何とかしてよ」
「諦めろ。こいつの矯正は不可能だ。それより何味なんだ?」
 何となく慣れ始めているルークレイルに首をかしげながら、アオイは包装の文字を見る。
「……納豆味……」
 ルークレイルも言葉を濁す。玄兎だけがキャキャキャと笑っていた。
「ルークさん、これ、食べなきゃいけないの? マジで?」
 顔を背けながらルークレイルが頷く。
 アオイが包みを開ける。つーんと納豆の香りがそこかしこにただよう。
「くっさ、くっさいわよこれ」
 玄兎を見る。彼はじーっと何かの動物を観察するようにアオイを見ている。
「ほ、他の味は?」
「アグロ味ならあんよ」
「……マグロ……?」
 頭の中でマグロと納豆が両天秤に掛けられる。マグロ味は生臭そうだった。それは納豆も同じだが、味としてはどちらがマシだろう?
「うまい棒にも納豆味あるんだし」
 ブツブツとアオイが呟く。
 ルークレイルはマグロ味は美味しかったぞ、と言いたかったが、何となくプライドに関わりそうだったので止めた。
「良いわ、食べてやろうじゃないの」
 ゴクリと唾を飲み込む。
「キー」
 キーが心配そうに見守る。
 アオイがガムを口に入れた。二度、三度と噛んでいく。甘くはない。だが、不思議と不味くもないのだ。
「あ、ありえなくもないかも」
 驚いた顔で玄兎を見る。
「ふっふーん、奴隷二号のできあがり」
 家来を何かと勘違いしているようだ。玄兎は馴れ馴れしくアオイに近付くと尻尾を引っ張った。
「いたた、なにすんのよ」
「サル、案内せい」
「あんたは織田信長か!」
 アオイが突っ込んだ。
 こうしてボケ一人とツッコミ二人の旅が始まるのだった。

★★★

 三人はとうとう海までたどり着いた。そこには砂浜で遊ぶガルムの姿があった。ずいぶんと待ったのだろう。砂の城はとても大きなものになっていた。
 それを見た玄兎がけたたましく叫ぶ。
「うきょーーーー! オレちゃん海初めてぇ!」
 すぐにガルムの隣に行って砂の城を造り始める。どうやらガルムを好敵手と見たようだ。
「オレちゃんあんたよりでっかいの作るもんね」
 それを聞いてガルムも対抗心を燃やす。
「ボクだってお兄ちゃんには負けないよ」
 ルークレイルとアオイが呟く。
『精神年齢が一緒だ』
 遠い目で眺めている。
 二人のお城作りは延々と続く。ガルムの城はすでに作りかけだったので先行している。それを追いかけるように玄兎が城を造り続ける。彼にしては珍しく一言も発しない。だが、ガルムとの間には無言の会話が流れていた。ガルムのキジ尻尾が動くのを見て、アオイは可愛いと思っていた。
「あたし手伝ってこようかなぁ」
 それをルークレイルが止める。
「いや、これはすでに俺たちが介入できる勝負じゃない」
 二人の城は巨大で、ガルムは自分の身長ほどもあった。玄兎も追いつき、やや追い越そうとしている。
「やるな」
「おにいちゃんこそ」
 そこには熱い空気さえ流れていた。誰も入り込めない空間、マニアな空間が漂っていたのだ。
 しかし、決着の時は来た。ガルムの身長が足りなかったのだ。ふとした拍子にバランスを崩し、城が崩れてしまう。
「ああ」
 残念そうにガルムが俯いた。
「おい」
 その肩に、玄兎が手を置く。
「あんたやるな」
 そして握手を求める。それに、ガルムが応じた。
 しっかりと交わされる手と手、ガルムはとっても嬉しそうだった。
「ふ、男の勝負とはいつ見ても心地良いものだな」
 海賊であるルークレイルはその姿に感動すら覚えた。
「あほらし」
 アオイはそこら辺のことは理解できないようだ。溜息をついて砂浜へと降りていく。
「さあ、玄兎、キビ団子……じゃなくてガムを渡すんだ」
 ルークレイルの言葉に気付いて、玄兎はうさ鞄を探り出す。
 取り出したのは、白いパッケージのガムだった。
「今度は塩味とかじゃないでしょうね、かわいそうに」
 アオイが覗き込むと、白桃味と書いてある。
「まともなのあるじゃん!」
「最初から出せよ」
 アオイとルークレイルが突っ込んだ。玄兎は何事もないかのようにそれをガルムに渡す。
「これ一個しかないもんね」
 ライバルと認めた男に渡すつもりだったのか……おそらくそんなことはないだろうが。
 玄兎は海に向かって叫んだ。
「おに〜、まってろぴょ〜ん」
 そう、ここに桃太郎、犬、猿、キジの四人が揃ったのだった。
「ふっ、それでは船に乗り込むか」
 ルークレイルが言うと、折良くその辺りに手漕ぎボートが打ち捨ててあった。玄兎とガルムは手に手を取り合ってそこまで歩いていく。しかし玄兎は人に合わせるということを知らないため、つい急ぎ足になってしまう。ガルムはそれに一生懸命についていこうとする。
「あっ」
 すると歩幅が合わずに転んでしまった。
「大丈夫?」
 アオイが駆け寄って抱き起こす。
「ありがとう」
 ガルムは笑って礼を言った。
 そんな一幕を演じながら、一行は船の所まで歩み寄った。打ち捨てられているだけあってボロボロだ。しかし欠けている部分はなく、これで海に出ることは問題ないようだった。
 ルークレイルが船を点検している間、ガルムとアオイは話しをしていた。
「お姉ちゃん……鬼ってなあに?」
「鬼? 知らないの」
「うん、知らない」
 ガルムは心底から疑問を発していた。アオイはそんなガルムを可愛く思い、少しからかってやろうと思った。
「鬼ってのはね、あたしの倍くらい身長があるちょーでっかい奴でね」
「え?」
「牙がこーんなに生えてて顔は真っ赤なんだ。手には棍棒を持っててそれを抱えて……」
「え〜?」
 もはやガルムは半泣きだった。それを見てやりすぎだと思ったのか、アオイはガルムの頭に手を置く。
「ま、まあちょっと言い過ぎかも……でも、ちょー強いことは間違いないからね、あんたも気合い入れてかかりな」
 半泣きながら、ガルムが頷く。
「よし泣くな。さっさと鬼退治行くよ」
 ちょうど船の点検が終わったところのようで、ルークレイルが大声を上げていた。
「ウサギ! さっさと来い、行くぞ」
 玄兎は砂浜を走り回っていた。いつの間に取り出したのか、木の棍棒に釘がたくさん刺さっている釘バットを振り回していた。
「あいつが桃太郎ってちょー不安」
「ボクは楽しそうだと思うな」
 そのガルムの返答を聞いて、「この子もちょっとずれてるのかな」と思う。
「さ、行こ」
 アオイがガルムの手を引いた。全員が船に乗り込む。
「良いか、航海士であり海賊でもある俺に任せるんだ。上陸したら財宝目がけて進むぞ」
「鬼退治じゃなくて?」
「無駄なことはしないに限る」
 ルークレイルの目標はあくまで財宝のようだ。
 海は凪で、沖に数キロの鬼ヶ島までは平穏に進めそうだった。二本の角を生やしたような山が中央にそびえ立つその島は、口を開けて四人を待っているようだった。
 船は進む。玄兎は初めての船に興奮していた。
「うきょー、船ってちょー楽しい」
 ブンブンと釘バットを振り回す。
「ちょ、危ないって」
「やめろ、バランスが崩れる」
「お兄ちゃん恐いよ」
 三人の言葉など聞こえない玄兎はそのままバットを振り続ける。
 ガゴッ。
 次の瞬間にはその音は響いていた。
「あ、何か当たった」
「当たったじゃないわよ、穴空いてんじゃないよ」
「うお、何か塞ぐものを早く」
「お兄ちゃん恐いよ」
 ガルムは泣きっぱなしだ。悪いと思ったのか玄兎はうさ鞄を探り出す。
「あ、画用紙があった」
 すぐにそれを穴にあてがう。画用紙はすぐに濡れて破れてしまう。
「やぶれたっちょ」
 ニカッと笑う。
『破れたじゃないっ』
 ガルムまで一緒になって突っ込んでしまう。
「いいから何か木片か何か無いか」
 ルークレイルが海賊の本領を発揮して陣頭指揮を執る。しかし誰も木片など持っていない。それに代わるものも無かった。
「仕方ない、このまま急ぐぞ」
 幸い鬼ヶ島までの距離が近かったため、全員がかりでオールを漕ぎ、事なきを得た。
「オレちゃんちょー疲れた」
 張本人がふざけたことを言うが、誰も突っ込む元気がない。
 たどり着いたのは砂浜だった。鬼の姿は近くになく、どうやらアジトは別の場所にあるようだった。
「犬さん、鬼のアジトを探してくれないの
?」
 倒れ込んだままでアオイが問う。ルークレイルは少し考えて鼻をひくつかせる。犬の鼻は飾りではなく実際に機能するのだ。
「任せろ」
 ルークレイルはまるで道が分かるかのように歩いていく。アオイ、ガルム、そして玄兎がその後についていった。
 ルークレイルは道無き道を進み、山を登り、川を渡った。
「ねえルークさん、ここで合ってるの?」
「お兄さん、ボク、疲れたよ」
 玄兎は黙ったままだ。どうやら少し怒っているらしい。
 それからまた少し歩いたところで、ルークレイルが言った。
「ここを抜けたところがアジトだ」
 誰も疑問を挟みはしなかった。
 林を抜ける。
 目の前に開いた光景は……崖だった。
「うわっ」
「落ちるっ」
「うぴょ〜」
 危ないところで踏みとどまる。ルークレイルは一歩踏み込んでしまっていた。
「うわ〜〜!」
 その手をアオイが引っ張る。
「ルークさん!」
 アオイの背中をガルムがつかむ。だが、今ひとつ力が足りない。
「イカれウサギ、あんたも手伝いなさいよ」
「オレちゃん今、アリの観察で忙しい」
 先程から黙っていたのは、どうやらアリの観察をしていたからのようだ。一心不乱にアリを凝視し、どこに行くのかを見守っている。
「お兄さん、お願いします!」
 ガルムが叫んだ。
「ちょっ、しょーがねーなぁ」
 玄兎がルークの手をつかみ、引っ張る。
「うぉっ」
 その途端、彼はもの凄い力で引き上げられ、宙に舞った。
 ドサッ、と倒れたルークレイルにアオイとガルムが駆け寄った。
「ったく、どこに連れてってんのよ」
「お兄さん、方向音痴なんだね」
 ガルムにまで言われる始末だ。
「オレ様にご挨拶は?」
 その目の前に玄兎がニンマリとした顔で現れる。
「……た、助かった……」
「ありがとうございました、は?」
 ルークレイルの額に汗が浮かぶ。
「あ、ありがとうございました」
 歯を食いしばり、青筋が出る。玄兎は嬉しそうだ。
「ソレでよいのだよ、奴隷一号。ほれ、ワンと鳴け」
 その言葉でルークレイルが切れた。
「貴様ー!」
 追いかけ、追いかけられる。ルークレイルは必死だが、玄兎は楽しそうだ。
「ほれほれ、つかまえてごら〜ん」
 崖を舞台にグルグルと回っている。
「……お兄さん達、楽しそう」
 ガルムまで入れてもらいたそうな顔をしている。一人、アオイだけが「付き合いきれない」と草むらに寝ころんでしまった。
 やがて、ガルムが疲れて座り込み、ルークレイルがへたばる。一人、玄兎だけが元気に走り回っていた。
「はあはあ……ば、化けものめ」
「オレちゃん元気〜!」
 頃合いと見てアオイがルークレイルに話しかける。
「ルークさん、本当にアジト分からないの
? 財宝だったら分かるんじゃない」
 バイト先のお兄さんとして良く知っているアオイならではの質問だった。
「なるほど、俺としたことが財宝のことを忘れていた」
 その時、ルークレイルの第六感が閃いた。
「こっちだ」
 冷静さを取り戻し、率先して動き出す。
「あれ? もう行くんでちゅか?」
 玄兎はまだ追いかけっこをしたがっていた。
 ガルムはアオイに手を引かれると、楽しそうに歩いていく。
 ルークレイルは森から出て一つの洞窟にたどり着く。
「この中から財宝の匂いがする」
「さすが犬ね」
 アオイが尻尾を動かす。ルークレイルの尻尾は嬉しそうに振られていた。
 洞窟の中に四人が入る。一番最後は玄兎だった。
 ルークレイルは真っ直ぐに進む。
 目の前が開けてくる。
 洞窟の先は、巨大な空洞になっていた。
 そこに……。
「うわっ」
「ひゃあ」
「えっ……!」
「うぴょー!」
 無数の鬼達が宴会をしていた。
 赤鬼、青鬼、黄鬼、緑鬼……一番奥に一番大きな赤鬼が座っていた。
「あれは」
 ルークレイルが声を出す。それをアオイが押さえた。
「しっ」
 赤鬼が座っていたのは、財宝の上だった。
「問題はどうやってあそこまで行くかだ」
 ルークレイルが相談しようとすると、後ろから玄兎が飛び出す。
「うきょ〜! 楽しそう!」
 ジャンプして鬼達の中に飛び込む。釘バットをどこからか取り出して振り回す。
「くそっ、見つかった! 行くぞ」
 ルークレイルが飛び出す。
「もぉ! ちょーうざいんだからぁっ」
 アオイがその後を追った。
「まって……お姉ちゃん……」
 ガルムがアオイの後ろに隠れながら走っていく。
 釘バットは次々と鬼達に当たり、その威力は一発で気絶させてしまうほどだった。
 ルークレイルは体術を使って鬼の棍棒を捌きながら投げナイフで仕留めていった。
 アオイは逃げ回りつつもパンチやキックを繰り出し、なんとか鬼を防いでいた。その背中にいるガルムは退治しないといけないと一生懸命ではあるのだが、何しろこの状態では何もできない。
 その内に玄兎は倒した鬼の顔に落書きを始めた。
「こら、何やってる」
 ルークレイルが咎めるが、止める様子はない。一心不乱に書きまくる玄兎にアオイが叫ぶ。
「あんた戦力なんだからちゃんとしなさいよぉ!」
 声は右から左へ流れていく。
「お姉ちゃん危ない!」
 ガルムの声でアオイが振り向く。
 そこにはすでに棍棒を振りかぶった青鬼がいた。
「キー!」
 アオイの一声で、肩に乗ったキーが大きく口を開ける。鬼は丸呑みされ、あっという間に消化されてしまった。
「よしよし、良くやったよ。キー」
 珍しくアオイがキーの頭を撫でる。
 その隙に、別の赤鬼がガルムに腕を振り上げた。
 ガルムが吹き飛ぶ。
 左の頬が赤く腫れ上がる。
「…………やったね」
 その瞬間、彼の口調が変わった。
 掌から黒い液体が流れ出し、それが二つ、三つと分かれていく。
「烏……」
 声に合わせて、液体が姿を変える。数え切れないくらいの烏が、一斉にけたたましい声を上げる。
「クエエェェェ」
 鳥たちは鬼に襲いかかる。ガルムはその後ろからゆっくりと歩いている。まるでモーゼの十戒のように鬼達が割れていく。
 ガルムは一直線に大将鬼へと向かっていった。
「でかした、ガルム」
 ルークレイルがその後を追う。アオイはガルムの豹変をおかしく思いつつも、その側に寄る。
「大丈夫、あんた」
 アオイが問う。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。あの赤鬼を倒せば良いんだよね」
 鬼達はほとんど殲滅されていた。残されたものももはや戦う気力を無くしている。
「まーるかいてちょん」
 玄兎だけがマイペースで鬼に落書きしている。
 烏たちが一斉に赤鬼に襲いかかった。彼は声すら出す暇がないほど一瞬の内に喰らい尽くされる。
「ぎゃー!」
 後には財宝だけが残った。
「良し、財宝をもらって帰ろう」
 と、ルークレイルが手を出しかけたその時だった。
 舞台が暗転し、アオイたち四人だけが浮かび上がる。
「ほりょ?」
 落書きをしていた玄兎が、鬼が消えて困惑している。
 そこに、村上が現れた。
「ご苦労様だったね」
「何なんだこれは!」
 ルークレイルが食ってかかる。
「あのな……」
 村上が溜息をつく。
「物語の財宝を持って帰れるわけがないだろう?」
「騙したな」
「騙しちゃいない。約束は守るよ。現実世界に戻るというな」
 なおもルークレイルは突っかかってきていたが、村上は無視した。
「ガルム、ご苦労様。君のおかげで早く片がついたよ」
「えへへ……そんなことないよ」
 ガルムは元の性格に戻っていた。
「結局、ひっかき回されただけじゃん」
 アオイが不満を口にするが、プレミアフィルムを一つゲットでき、やや満足そうではあった。
「すまなかったな、巻き込んで。悪気があったわけじゃなかったんだ」
「分かってるって。こっちも結構楽しんだからいいよ」
 アオイはそう言った。ルークレイルは不満そうだが、もはや諦めはついたようだった。
「仕方がないな、珍しい体験をさせてもらっただけでもよしとしよう」
 もうその体に尻尾と鼻はついていなかった。
 玄兎だけは早くもアリの観察に戻っていた。
「アリちゃんちょーおもしれー」
 そんな彼を見て、誰もが苦笑を禁じ得ないのだった。

クリエイターコメント村上悟です。
桃太郎、いかがでしたでしょうか。
個性の強い方々ばかりでしたので、こちらも楽しんで書かせていただきました。
結果、ハチャメチャな桃太郎になってしまいましたが、楽しんでいただければ幸いです。
童話シリーズはまだまだ続きますので、これからもよろしくお願いします。


なお、本編内に間違った表現や変更箇所があればいつでも申しつけください。すぐにリテイクいたします。


それでは、つぎのシナリオで会いましょう。
公開日時2008-07-08(火) 18:10
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