★ 人の想い、その強さと複雑さ ★
クリエイター西(wfrd4929)
管理番号172-7689 オファー日2009-05-30(土) 00:56
オファーPC 香玖耶・アリシエート(cndp1220) ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
<ノベル>

 エルーカにとって、時の流れは常に一定である。人間は年を経れば、体感時間が短くなるし、過ぎ去った年月を振り返っては、老いを自覚する。
 だがエルーカにはそれがない。彼ら、彼女らの自己研鑽に終わりはなく、真理の追究には果てがない。したがって、過去の愚かな自分も、現在の未熟な己も、等しく記憶の中にあるものだ。
 忘却しては、真理から遠ざかる。エルーカは普段意識をせずとも、確実に以前の出来事を覚えているのだ。それが良い物であれ、悪い物であれ、関係なく。

――ユンフェイ老師。私は、不肖の弟子です。人と触れ合うのが怖くて、今もこうして、人里から離れて暮らしています。

 たとえ成長を実感できるまでに、強くなれたとしても。カグヤは、自分の未熟さから目をそらすことができなかった。
 エルーカとしては、それでよい。知覚と分析なくしては、どのような事象であれ、完全な理解は望めぬのだから。

――己の未熟さを、理解しているからなのですが。……そのために、何かとても、大きな事を見逃しているような……そんな気がして、なりません。

 だが、カグヤとて、今のままでよいとは思っていない。未熟なまま放置することの危険性、探求者として明確な弱点を放置したくない、という使命感。そういったものが、彼女の中で徐々に大きくなっていった。
 さりとて、具体的にどうすればよいのかと考えると、直接的な手段しか浮かばないのが、現状である。……それを避けたいばかりに、人里から離れているというのに。
 なにしろ、孤児としての底辺の生活、エルーカとなってからののぼせた生活、精霊の傀儡となってからの魔としての生活という極端な暮らしぶりのせいで、人とまともに接する方法がよく分かっていないのだ。途方にくれるのも、致し方ないであろう。
 とりあえず、エルーカとしての使命だけは、真面目にこなしている。専ら自然界に存在する精霊のみだが、それでも契約は続けていた。セラフやレギオンといった、力も性格も強烈な連中には及びもつかないが、まずまずの成果といえる。
 この日も、新たな自然界の精霊を目指して、山奥に入り込んだカグヤであったが――そこで水龍が、意外な言葉を呟いた。

『そういえば、この辺りで老師の弟子とやりあったのでしたか。随分昔のことのように思いますが、今でもその時のことは、たまに思い返すことがありますよ』

 老師の弟子。確か、彼は二人の弟子が居ると、言っていた。そして彼らの命を奪わず、封印するだけに留めたとも。
「会って、みたいな」
 カグヤは、同じ教えを受けた者として、興味を持った。もしかしたら、有益な話ができるかもしれない。
 久々に人にも会える。生身の人間と接することに餓えていた事情もあり、彼女は水龍に封印の場所を詳しく聞き、そこに向かうことにした。
『お勧めは、しませんよ? ……癖の強い連中ですし、老師を失った事を知れば、激昂して襲ってくるかもしれない。本当に、よろしいので?』
「いいの。だとしても、私にはその義務があるのだから。……老師がいなくなった以上、私が動かなければ、彼らはずっと封印されたままになる。そのままだと、更正も何もないでしょう?
 あの人がやり残したことは、出来るだけ私が叶えてあげたいから」
『危険だと思いますが』
「でも、やらなきゃ。近くまで来たのも、何かの縁だと思うし……それに老師を知る人と、話しをしてみたいの」
『一応、止めましたよ私は。……まあ、よろしいでしょう。私は、エルーカに従うのみです』
 贖罪の気持ちもある。だから、水龍がやんわりと諭すのも聞かず、カグヤは指定の場所に向かった。
 結果がどうあれ、自分にしかできないことだと思う。ならば、老師に代わって行うのが、仮にも弟子であった者の責任であろうから。



 その場へと出向けば、あとは封印を解除するだけ。これさえ、今のカグヤにとっては楽な物であった。
 二人の弟子が眠っているであろう、山頂の大岩の元へとたどり着く。それから彼女は水龍の導きにしたがって、術を紡いだ。
「目覚めよ!」
 術を構築し、一喝。これで、確かに目覚めたはずだと、カグヤが確信した瞬間――その場の大岩が砕け、中から二人の人物が現われた。

「ヒャッハー! ようやく出られたぜぇ。息が詰まりそうだったよな、雹孤(バオグー)」
「おお、浄焔(ジンイェン)。我が師も、甘い。殺さずに封ずるだけでは、いずれ目覚めように」

 ジンイェンと呼ばれた一人は、大柄で筋肉質の男。燃えるように赤い髪と、釣り目の三白眼が印象的である。
 バオグーと呼ばれたもう一人は、長髪の細身の男。こちらは対照的に、落ち着いた雰囲気を感じる。
「……まあ、おかげでこうして生を謳歌できるのだから、感謝くらいはしても――うん?」
「あー? 誰だ、あんた?」
 二人が、カグヤの存在に気付く。自己紹介しようと彼女は思ったのだが、彼らはこちらの話など聞くつもりはなかったらしく――。
「おお、貴女が我らの眠りを解いてくれた、エルーカ殿か。いやはやご苦労なことと思うが、残念ながら恩には仇で返すのが主義でな」
「よしわかった、敵だな。エルーカだな? 貴様の精霊をォ――よこせェ――ッ!」
「え? ……いや、あの。……どうして?」
 こちらは名乗りすら許されず、一方的に闘争を仕掛けられた。こうなっては、もはや力と力で語り合うほか、術はない……と思われたが。
『落ち着きなさい、お二人とも。私の事は、覚えていますか?』
 水龍が現われ、彼らに問いかける。
 これが、二人にはひどく衝撃的であったらしい。すぐに攻撃の手を止めて、一旦は話し合いの態勢を取った。
「……覚えているとも。ほかならぬ、わが師の精霊であるからな。で? どうしてそこの小娘についているのだ? ユンフェイ老師はどうした」
『さて、どうしたものか。素直に答えてよいものですかね? 主殿』
 主殿、と水龍はいった。それはつまり、答えたも同然だった。
「ああ? 貴様の主は老師だろうが。何言ってんだ」
「……とりあえず、貴方がそちらについているということは、やはりそこなエルーカは、我らの敵ということで間違いないようだ。やるぞ、ジンイェン」
「おう。何年ぶりかは忘れたが、いっちょ久しぶりに連携してやるか!」
 ジンイェンは何も気付いていない、あるいは気づきたくない様子であったが、バオグーはある程度察したらしい。敵意を持って、彼らはカグヤを見ていた。いかなる説得も、今は無意味だろう。

――荒んでる。しかたないのかも、しれないけど。……やっぱり、人は苦手だ。

 カグヤもまた、覚悟を決めて立ち向かった。老師が封じた相手ならば、間違っても負けるわけには行かない。
 そうでなければ、申し訳がない。水龍もまた、彼女に力を貸した。こちらも、一度は負かした相手に、不覚をとるつもりはなく。状況は二体一でも、気迫では勝っている。
 エルーカ同士の戦闘にあって、精神力の差は戦闘力の差につながりやすい。また契約した精霊の数でも、カグヤは彼らと比べて比較にならない。
 結果は、見えている。ただそれを理解しているのは、カグヤと水龍だけであった。




 初見での戦いは、カグヤの圧勝に終わった。
 ジンイェンは契約していたであろう、炎の精霊を用い、バオグーは氷の精霊を操ってきたのだが、水龍と比べて格は一段落ちる。
 老師と戦った際は、それを連携で補っていたであろうし、実際見事ではあったのだが――起きたばかりで本調子ではなかったのか。あるいは、カグヤが自身でも意外なほど、驚異的な成長を遂げていたのが理由なのか。彼女は二人を圧倒する。
「くそったれ……」
「ひどい、有様だな、ジンイェン」
「ほざけよ。お前だって、手も足も出なかっただろうが」
 程なく制圧された彼らは、ここでようやく大人しくなった。叩きのめさねば話も聞いてもらえぬとは、老師もさぞ苦労したことだろうとカグヤは思う。

――とにかく、話さなきゃ。老師の、最後を。

 カグヤは倒れる二人に語りかけた。
「ようやく、まともに話ができますね。……はじめまして、カグヤと申します。よろしく」
「よろしくされるほど、縁が深いとは思われぬが」
「……気づいているでしょうに。私は、老師を知っています。短い間でしたが、彼の教授を受け、そしてここに居ます。あなた方のことも、そのときに聞きました」
 二人にとって、カグヤは後輩に当たるわけだ。
「聞きたくない事を、聞かされているような気がする。それ以上は、話さなくても良いぞ?」
「あー。俺も同感だ。やるんなら、はやくやってくれ。じーさんみたいな情けは、もうかけないでくれ」
 されどジンイェンも、バオグーも、それを容易に認めたがらない。話の続きさえ求めないのは、カグヤが何を語ろうとしているか、無意識に理解しているからか。
 しかしカグヤは、たとえ嫌がられても、話すしかなかった。そうしなくては、この場にきた意味がない、と思っていた。

 出会い、戦い、負けたあとに諭され、教えを受ける。
 師として甘えた、親のようにすがった、尊敬できる大人だった。
 だからこそ契約した精霊はこれを疎い、欺き、カグヤを利用し、排除した。
 ……過程と感情を交えて、カグヤは語る。そして老師の最後にまで話が及ぶと、放心したように気が抜けたかと思ったのも束の間。
「おいおいおい。なんだよ、そいつは。……老師が、死んだだと?」
「しかも、貴様のような童に情を寄せて? ――笑える冗談だ。ふざけた事を抜かした代償は、払ってもらうぞ?」
 愕然とした態度を豹変させ、彼らは痛む体に鞭を打って、無理矢理に闘争心を呼び起こす。黙って聞いていたのが嘘のように、激しく憎悪にゆがめた表情で、ジンイェンとバオグーは彼女に向き合った。
「あいつはなぁ。貴様みたいな奴に、殺されていいタマじゃないんだよ」
「我らが殺す、殺すのは我らでなくてはならなかったのだ。勝手に人の獲物を奪いおって……」
 互いに精霊を呼び出し、使役する。さきほどの敗北を感じさせぬほど、滑らかな動作だった。一度負けたことで、本調子になったのか。
 あるいは激情によって、実力を底上げしているのか。どちらにせよ、ただで済ます気はないらしい。

――理解したくない、戸惑い。現実として受け入れねばならぬという、悲嘆。

 カグヤは、彼らの感情を、ほぼ正確に把握した。ただ、これを歪んだ愛情と解するには、流石に経験が足りなかったのだが。
「来なさい。力の差を知ってなお、立ち向かう勇気があるのなら」
 しかし、彼女は二人のすべての想いを、受け止めるつもりでいた。老師の代わりになるとは、そういうことなのだと、理解していたから。
「ユンフェイ老師は、たとえ敵がいかに強大であっても、立ち向かう術はあると教えてくれた」
「じーさんは、いつだって俺たちの前にいた。乗り越えたかった。あの人に勝てたら、俺たちは満たされると思ってた」
 ジンイェン、バオグー。彼らがどのような人生を歩み、老師と共に過ごしたか。それをカグヤは知らないし、きっと知ってよいことでもないのだろう。
「俺も、こいつも、他に生きる理由、目標を見出せなかった。――そいつを、勝手に奪いやがって……責任を、取りやがれ!」
「老師に代わって、我らに殺されろ。お前を踏み台に、我らは更なる高みに上る! 二人で、この世を支配するのだ!」
 仇として、カグヤに挑みかかる彼ら。そこには深い悲しみと怒り。圧倒的な力の差を知りながらも挑む彼らの中に、カグヤは胸が痛くなるような『想い』を見た。
「水龍」
『はい』
「殺したら、駄目」
『わきまえております。老師も、それを望むでしょう』
 彼らのそれが、どんな感情なのかはわからないけれど、決して不快ではなかったことは確かだった。


 一矢を報いた。そういって、良いだろう。
 カグヤは、襟を炎で焦がし、髪の一部が凍っていた。……本当に小さな一矢ではあるが、カグヤに対抗できたという事実に変わりはない。
『気絶させました。再び封印することも、可能だと思いますが?』
「――いい。そのまま、寝かせてあげて」
『きっと、貴女を追ってきますよ?』
「だからこそ、よ。……同門の兄弟子たちと、今度こそまともに話し合ってみたいし、それに」
 カグヤは、今回のことで、人の想いに興味を持った。不可解だけれど、胸が痛くなるような……彼らが自分に向けた、その想いを知りたいと思う。
「私は、知りたい。彼らと、彼らの感情を。それがわかるまで、何度でも戦ってあげる」
『物好き、といえば老師もそうでしたが。……結構。貴女の方針に、従います。必要とあらば、いつでも呼び出してください。では』
 水龍が消えると、カグヤは二人を放置して、山を下りた。
 あまりに特殊すぎる事例だが、人と会って、話したことで、意欲が湧いてきている。以後は、人の世と交わることも、真剣に考えていた。

――百聞は、一見にしかず。試みてみるのも、いいかもしれない。

 行動に出るのは、まだ先になるだろう。交わるにしても、おおっぴらにではなく、こっそりと忍ぶように、慎重に行うことになるだろう。
 だがそれだけでも、大きな前進となるはずだった。彼女はそう信じていた。
 また、いずれあの二人と出会った時。その時は、もっと胸を張って、対峙しよう。そしてできるなら、今度こそまともに語り合おう。
 カグヤは決意を胸に、人里の近くへと住まいを移した。結果はどうあれ、再び過ちは犯さない。その想いだけは、いつでも強く、心にあった――。

クリエイターコメント このたびは、リクエストを頂き、まことにありがとうございます。
 そして、完成が遅れてしまったことをここにお詫びいたします。予定通りに納品できず……申し訳ございません。
 他にも、問題がございましたら、お気軽にご相談ください。対応させていただきます。

 最後に、皆さんからもう一度だけリクエストを受けられるよう、画策中です。
 よろしければ、月末辺りの夜に、チェックしてみてください。では、これで失礼致します。
公開日時2009-06-21(日) 19:00
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