★ 【鳥籠の追想】運命の帰着、あるいは誓い ★
クリエイター高槻ひかる(wsnu6359)
管理番号156-7432 オファー日2009-04-18(土) 22:48
オファーPC 刀冴(cscd9567) ムービースター 男 35歳 将軍、剣士
ゲストPC1 十狼(cemp1875) ムービースター 男 30歳 刀冴の守役、戦闘狂
<ノベル>

 そこは、銀色の鳥籠。
 そこは、鳥籠を模した温室。
 咲き誇る花もなく、辺りは闇に包まれ、銀のテーブルと銀のイスが置かれているだけの場所。
 けれどそこには、一羽の小鳥が囚われているという。
 歌も忘れ、飛ぶことも忘れ、眠り続けるその小鳥にまつわるひとつの噂。
 それは――



 目眩がするほどに遠い場所で渦を巻く空。
 前後左右を隔てて囲む剥き出しの岩壁。
 大地の裂け目のその下に広がるのは、ごくわずかな陽光と風と水によってはぐくまれた《隔離された緑の園》だった。
 ヒトが足を踏み入れることはできない、渓谷の園。
 刀冴はそんな緑に身を横たえていた。
 体中が軋んだ悲鳴を上げる中、そっと静かに目を閉じれば、まぶたに焼き付いた光景がまざまざとよみがえる。

 遥か彼方、天空より押し寄せてくるのは黒雲のごとき魔族たち。
 抜けるような青空は今や厚い雲が渦巻く不吉な模様へと変わり、緑豊かな自然と美しい建築物はすでに薙ぎ倒され、瓦礫と化し、それら風景を埋め尽くすように点という点が交わり、壮大にして凄絶な『戦い』の画を描きだす。
 それは、ひとつの国を守るための戦争だった。
 それは、ひとつの大国を襲った、侵略の戦争だった。
 刀冴はそこにいた。
 誰よりも先陣を切って、誰よりも声高に叫び、誰よりも仲間を想い、獰猛な笑みを浮かべながら、国を守るために刀冴は深紅に冴える刃を渾身の力と技でもって振るう。
 怒号も喚声も悲鳴も。
 爆発音も金属音も破壊音も。
 血も、涙も、記憶も。
 すべては点に集約され、点であるが故に拡散と収束を繰り返す。
 遥か彼方に住まう神ならば、この戦いを一幅の絵画と見るかもしれない。
 だが、ここには命があり、人の営みがあり、想いがあり、人生があり、一度は滅びかけながらも祖国の復興のために費やした数多の人々の重ねてきた願いがある。
 刀冴は剣を振るった。
 護るべきモノのために。
 三百年――そう、三百年だ。
 人の世に生まれながら、天人の血を引く己が運命ゆえに、ただの人であるならば到底費やすことのできない年月の中で自ら存在する意味と意義とを見出し、望むまま、望まれるまま、《星翔国》の守護者であろうとし続けた。
 そんな自分の傍らには常に、一人の男の存在があった。
 生きることも死ぬことも決して容易くはなかった刀冴の傍に、刀冴の存在以外には生きることにも死ぬことにも執着を見せないまま『彼』は寄り添い続けてくれた。
 それがどれほど温かく力強かったか――

 ごふっ。

 思わず吐き出した血の塊が、瑞々しい草木を染める。
 わずかな身じろぎで、体中の骨が軋んだ悲鳴を上げた。
 腹に当てた手を鮮赤に染めて、心臓が動くたびに勢いを増し、とめどなく流れる血はひどく熱い。
 左肩から右の脇腹にかけて抉られた三本の傷は、翼竜に似た魔獣による裂傷だった。
 腕が、胴が、首が、千切れ落ちていないのが奇跡だと思える。
 体の芯は冷たく凍えていくのに、体の中からあふれるモノが冷えた手を温めた。
 刀冴はそっと目を開ける。
 空はまだ淀んでいるけれど、魔獣も魔神の影もない光景にかすかな希望の光が感じられた。
 この国の大地は焼け、魔族が吐き出す瘴気に穢れ、聞こえていたはずの小鳥たちの歌も今はどこからも聞こえないけれど、これから先に続く未来があるのだと、そう予感させた。
 きっと小鳥たちは帰ってくるだろう。
 再び緑が芽吹き、川が流れ、この国を愛する者たちの手によってもう一度再建される頃にはきっと、無数の小鳥たちの歌声が旋律となってあたりを満たすだろう。
 そのどこかに自分という存在もまた融け込んでいたらいいと思う。
 今ここで果てた命が、祖国の大地で循環する様を夢想する。
 それはとても心地よく、いとおしいことのように感じられた。
 己の死期を悟るというのは、こんなにもヒトの心を静かに、そして厳かにするものなのか。

「若――っ!」

 天を震わせ、空を裂き、血を吐くほどに強く呼びかける、それはずっと自分の傍にあった声だ。
「……十狼……来た、か……」
 なのに彼の声を聞き、彼の存在を見定めて、つい笑みの形にほころんでしまった。
 自分を見つけるなら彼しかいないと、どこかで確信していたせいかもしれない。
「若! ようやく見つ――」
 岸壁に囲まれた狭い天空に一瞬映り込んだ黒い巨大な影、それを視認したと思った次の瞬間には、悲愴と呼ぶにふさわしい表情が視界を占めた。
 言葉は途切れ、続けるべき先を見失った顔だ。
「……よく、来たな」
 喉がひりつき、呼吸を繰り返すたびに骨の刺さった肺からも血があふれ、自分の血液で溺れるような錯覚に陥る。
 それでも、刀冴は微笑みかけた。
「……悪い。俺はどうやらここまでみたいだ」
「何を、何を申されますか……っ」
 十狼の言葉がまた詰まる。
 だが、彼は刀冴を地面から抱き上げることはしない。縋ることもしない。激情に突き動かされ、揺さぶることもしないのは、今動かせばどうなるのかを十分に理解しているためだろう。
「いや……、いや、やはり納得しかねる! この程度の傷で若がどうにかなってしまうなど、この十狼、到底納得できるものではありませぬ」
 十狼の瞳が揺れている。
 哀しみよりもなお深く、魂を抉られた喪失の痛みに怯え、震えるモノの顔がそこにある。
 あるいはそこには憤怒も色を添えているのだろうか。
「城に戻り、至急手当てを! いや、それで間に合わぬとあれば、この十狼、天人の力を持って理を違えて若の傷を」
 十狼の瞳が揺れている。
 漆黒の闇を内に抱き、潰える命を前にして、正気と狂気の狭間で、ゆらゆらと危ういバランスで揺れ続けている。
 口にする言葉ひとつひとつ、それは魂の慟哭に他ならない。
「なあ、十狼……」
 しかし刀冴は静かにやわからく微笑み、手を伸ばし、そっと自分の守役の頬を、白皙の美貌の右半分を埋める炎の刺青を撫でて、そこから先に続くだろうセリフを遮った。
「俺は、ここまでで……、……ここで終わるってことでいいんだ」
「若がよくとも、この十狼が承諾いたしかねる……っ」
「仕方ないだろ? これだけの傷だ。こうして、お前を迎えられたのすら、奇跡ってもんだ」
「……若……」
「……そんなことより、な? 頼みがあるんだ。お前にしか託せねぇ、俺の願いだ」
「若?」
「……頼む……この世界を……人間という種族を……俺はお前に守ってもらいたいんだ……十狼」
 抱きしめてやれないことを申し訳なく思いながら、微笑みかける。
「なにゆえ生きろなどと、ただひとつの存在意義である刀冴さまを失って、それでもなお生き続けろと、なにゆえこの十狼に申されるのか……っ」
 刀冴がすべてだ。
 刀冴のいる世界だから生きてきた。
 刀冴の傍にいるために、刀冴の背を守るために、刀冴の幸福を見守るために、ただそれだけのために、自分は存在し続けてきたのだと、彼は全身で訴える。
「このまま刀冴様が治療を拒み、死を覚悟するというのならば、この十狼、後を追う覚悟! それを止めることはたとえ刀冴様といえどもできぬことです!」
 知っている。
 そんなことは、分かりすぎるくらいに分かっている。
 だからこそ。
 だからこそ、願うのだ。
「頼む……瘴気で穢れた大地を、血にまみれて傷ついたこの国を、苦しみと混沌の内に幸福を願う人々を……守って、くれ……」
「……それは……っ」
 声を出すこと、言葉をつづること、それが次第に困難になっていく。
 自分の身体という身体、そこかしこから、何かが抜け落ちる感覚が徐々に広がっていた。
 握った砂が指の間からこぼれるように、手のひらにすくった水が指の間からこぼれるように、失われていく。
 深いまどろみの中に落ち込んでいくような、静かな感覚に沈んでいく。
「……お前には、ほんとに、守られてきたんだよな」
 祖国が侵略され、両親を失い、孤独のうちに天人の血をひくものとして天界に引き取られてから、どれだけ、刀冴は十狼の愛を受けてきただろう。
「……お前にはほんとに、愛されてきたよな」
 人の血を厭う天人たちに存在を全否定されたときにも、生死の境をさまようほどの怪我を負って孤独の中にいた時も、彼の存在は自分の支えとなった。
 だからこそ、失いたくない。失わせたくないと思う。
「最期の頼みだ……なあ、十狼……お前に、護ってもらいたいんだ」
 星翔国国王――友人にして大切な主君のために、彼が目指した本当の幸いのために、刀冴はもう一度『人間の国』で『人間として』生きることを選んだが、十狼が与えてくれたものを忘れたわけではない。
 人であろうとし続けたけれど、それゆえに中途半端なままでい続けてしまったけれど、でも、それも終わりだ。
 護るために戦い、護り切って散る。
 大切なものに後を託し、逝ける。
 これほどに武人として幸福な終わり方があるだろうか。
 頼む。
 頼むから、と。
 刀冴は繰り返す。
「……頼む、十狼……俺は、俺がもう一度お前と出会うための場所を、魂が還る場所を、お前に守ってもらいてぇんだ……」
 必ずまた戻ってくるから。
 十狼の頬をなでる自分の手から、ふ…っと力が抜けた。
「――っ」
 その手をすくいあげ、握りしめ、もう一度頬に押し当てる十狼の掌の温度は、自分が流す血の温度よりもずっと熱い。
「……若……刀冴様……坊ちゃま……我が君……我が、魂……」
 十狼は泣いているのだろうか。
 顔がよく見えない。
「……まこと、この十狼、出会ったあの日よりずっと若の我儘に振り回されてばかり……」
 この手を握る力が増した。
 声が震えている。
 十狼が震えている。
 泣かせてしまったかもしれない。
 しかし。
「……待っておりますから」
 十狼の瞳から揺らぎは消えた。
 正気と狂気の狭間で、憤怒と絶望に責め苛まれていた揺らぎが消えた。
「必ずやこの十狼のもとに還ってきてくれると、その奇跡を信じ、お待ち申し上げておりますから」
 誓いの言葉が遠くから聞こえる。
 まるで神の託す言葉のように厳かで、なのに同時に、まるで幼子が泣き叫ぶように哀切に満ちた声で、誓いの言葉は綴られ、捧げられ。
「刀冴さまの願い、見事成就させて御覧に入れよう」
 風が、渓谷の間を抜けていく。
 草花たちがほのかな香りを花びらとともに撒く。
 厚い雲の間からほんのわずか洩れる陽光が、血まみれの武人たちの間に、ひと時のぬくもりを注いで。
 刀冴の意識は深い深い深すぎるほどに深い眠りの淵へと滑り落ちて行く。


 ちゅぴり。
 ちゅぴり、り、りりりりり……


 闇の中へと落ち込んだはずの意識の中で耳を打つ、それはかすかな小鳥のさえずりだ。ガラスのように澄んだ、透明な歌。透明すぎて儚い、遠い日の記憶のような旋律が何もない空間を満たして――

 刀冴はガラスの温室で目覚めを迎えた。
 かすかな眩暈を覚えながら、もたれていた椅子の背から体を引き剥がす。
 薔薇の意匠を凝らした銀色のアンティークチェアが、ぎしりと小さく軋んだ。
「小鳥の歌を聞いてみてぇって思っただけなんだけどな」
 そのまま勢いをつけ、反動でイスから立ち上がる。
 銀のテーブル、銀のイス、銀の格子に嵌めこまれたガラス。ガラスの向こうは闇だけが広がっている。
 植物のない温室に足を運んでみようと思ったのは何も、《鳥籠》が見せるという終わりの夢を知りたいがためじゃなかった。
 歩きだせばそのたびに、かつんかつん……と金属質な音が反響しあいながら刀冴の立てる音を乱反射させていく。
 他には何もない。なにもないから、思考は再び、先ほど見た《夢》の中へと舞い戻る。
「……結局、あいつを哀しませることになるんだな」
 十狼。
 魂のすべてをかけて自分に愛情を注ぐもの。
 永劫の誓いをその身に立てるもの。
 この銀幕市という《夢の街》で確かに大切な存在を得はしたが、それでも彼の執着と熱情の炎が衰えることはなかった。
 自分がどんな終わりを迎えるのか、刀冴は知らないし、あえて調べようともしてこなかった。
 望めば、いくらでもできる。
 《映画》が迎えるラストシーン、《映画》という世界の中で構築され、定めとして用意されている《終わり》の瞬間を、自ら知ることはたやすい。
 だが、それがどんな意味を持つというのか。
「まあ、今さら自分の生き方ってのを改められるわけでもねぇし」
 この鳥籠の中で見た《夢》の内容は、十狼には秘密にしようとは思うけれど、それで何が変わるわけでもない。
「だいたい、自分の結末を知った所で、己の信念を貫く以外に選ぶ道なんかねえし、選べねえよな」
 口元に浮かぶのは、不敵なまでに確固たる意志を持った笑みだった。

 ちゅぴ、り、りりりり……

 もう一度、どこか遠くで小鳥のさえずりを聞いた気がした。
 それはまるでこの言葉に賛同してくれているかのようで、ひどく優しく、あたたかな様にも思えて――


「……なんだ?」
 杵間山のふもとの古民家、その縁側で刀冴は二度目の目覚めを迎える。
 つい数瞬前まで自分は『鳥籠』の中にいたはずだ。
 どこを歩き、どこを通って辿り着いたのかも思い出せないような、あの銀色と闇に囲まれた鳥籠の中で、小鳥と何かを交わした。
 なのに、今、剣を携えていた自分は作務衣に身を包み、目の前には見慣れた景色が広がっていた。
 あの不思議な空間は跡形もなく消えている。
 体を起こしたその指先に、こつりと当たったものがある。
「……卵……?」
 思わず手を伸ばしてつまみ上げたソレは、卵を模した、小さな小さな透明度の高い石だった。
 薄氷色の、冷ややかな、けれど何かの覚悟を閉じ込めているかのような、硬質で孤高の輝きを放つモノ。命は宿していないけれど、何かを秘めて閃くモノ。
「これは、土産ってことか?」
 思わず小さく笑って刀冴はその石を懐に収める。
 と、まるでタイミングを計ったかのように、十狼が籐編みの大きな籠を背負って山から戻ってきた。
「十狼、ただ今戻りました。……若、どうされた?」
 春の山菜や果実であふれた籠を肩からおろして、何か微妙な変化を感じ取ってか、いぶかしげに問いかけてくる。
「ん? いや、なんでもねぇ」
「ならばよいのですが。ずいぶんと深く寝入られていた様子。もう少しこのまま眠られるというのなら」
「いや、何、必要ねぇさ。それより客人を招く準備だ。そろそろあいつらが来る気がする」
 ニッと笑って、刀冴は十狼のセリフを遮った。
「今度パン作りとジャム作りを教えてやるって約束してたからな。こんなに天気がいいんだ。今日あたり、あっちこちで行きあってさ、うちまで来るんじゃねえかな」
「御意」
 刀冴の言葉に笑みで応え、十狼は籠を抱え直すと、その足で厨房へ向かっていった。
 彼の背を視線で追いかけ、それから刀冴はふと空を振り仰ぐ。
 銀幕市、幼い神子の魔法が掛かった街、守りたいと思うモノであふれたこの街で見る《夢》は、すべてを包み込む優しさを秘めている。
 痛みがあり、苦しみがあり、憎しみがあり、絶望があったとしても、それでもこの街は、いとおしい。
「守りたいって思っちまったら、行動するだけだ。そうだろ?」
 この世界のどこかで眠っているのだろう『小鳥』に向けて、刀冴は顔を上げ、豪胆で潔い笑みと言葉を投げかけた。
 答えるモノはない。
 けれどそれでもどこか満足げに頷いて、自分もまた、間もなく訪れるだろう大切な友人たちをもてなす準備に取り掛かる。

 刀冴の読みは当たった。
 それから一時間もせずに、天人の住まう古民家は賑やかで楽しげな笑い声と美味しいパンのにおい、それからちょっとスパイスのきいたハプニングであふれたのだから。
 そして。
 古民家の軒先では小鳥たちが、風をまとった木々の葉擦れに合わせ、彼らの幸せな騒ぎに混ざるように幸福の歌を奏でていた。



END

クリエイターコメント《鳥籠》の中にて語られるよっつ目の《夢》をお届けいたしました。
『映画内での別れのシーンを』ということで、壮大な流れの中のひとつを取り出すように《夢》の描写をさせていただきました。
愛おしいという気持ち、護りたいという願い、失わないという決意、そして真っ直ぐな想いを映し出すことができていればと願っております。
そして、《鳥籠の中での夢》は共有せずとも、この街での《夢》には不可欠と思い、ラストはあのような形とさせていただきました。
少しでもイメージに近いものとなっておりますように、楽しんでいただけますように、と祈るばかりです。

小鳥が眠るこの鳥籠へとお立ち寄りくださり、ありがとうございました。
公開日時2009-05-02(土) 23:00
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