★ 邂逅 ★
クリエイター木原雨月(wdcr8267)
管理番号314-2705 オファー日2008-04-16(水) 22:46
オファーPC 南雲 新(ctdf7451) ムービーファン 男 20歳 大学生
ゲストPC1 昇太郎(cate7178) ムービースター 男 29歳 修羅
<ノベル>

 青空の綺麗な日だ。
 こんな日は、無性に泣きたくなる。
 理由なんか無い。
 ただ、なんとなく目と鼻の奥がつんとする。
 首を振って一つ角を曲がった。
 途端。
 ゴムとアスファルトが悲鳴を上げた。
 迫る鉄塊はやけにスローモーションで見えた。
 ああ自分はこんなところで死ぬのだろうかと、下らないことを思った。
 けれど強い力に引かれて、視界が暗くなって。
 眼に光が戻ると、大きな背中が目の前に広がっていた。
 見覚えのある、背中だった。
 腕を伸ばしたけど、届かなくて。
 自分は強かに尻を打ち付けただけで。
 死んだのは、懐かしいと感じた背中だった。

 高く高く、金の鳥が鳴いた。
 曳き潰れておかしな方向へ曲がった腕や足が、瞬く間に健全な身体を取り戻していく。そうして車を振り返ると、曳いた男が喉の奥で悲鳴をあげた。
「スピードの出し過ぎには気ぃつけんといかんじゃろ。俺やったからええけど、普通の人間やったら死んでるけぇ」
 言うと、男は口をぽかんと開けた。何かと思って眉根を寄せると、勢いよく頷き、慌てて車に乗り込み、急いでゆっくり走り去っていった。
 それに小さく息をついて、ひっくり返してしまった少年を振り返った。咄嗟だったとはいえ、少し決まりが悪い。自分では自分を見る事は出来ないが、死んだ筈の人間がピンピンしているのだ、先ほどの男のように気味悪く思われても仕方がない。まあ、それも慣れた事だが。それでも少年を振り返ったのは、動こうとする意思を感じ取れなかったからだ。改めて見やっても怪我をした様子はなく、昇太郎はほっとした。パーカーのフードでラベンダーのバッキー目を回している。バッキーには悪かったなと思いながら、それでこの少年がムービーファンだとわかった。
「驚かせてすまんかったなぁ、大丈夫か?」
 呆然と見上げてくる少年に微笑みかけた。すると少年は急激に怒りを露にして、昇太郎の頬を殴りつけた。ガードをする余裕も回避する余裕も無く、まともに食らって昇太郎は尻もちをついた。何がなんだかわからなくてぽかんと見やっていると、少年は更に激高して襟首を掴みまた殴り掛かって来る。
「今までどこほっつき歩いてたんや、このド阿呆!」
 訳が分からずにいると、今度は突き飛ばされて塀に背中を打ち付けた。
「俺がっ……俺が今までどんな思いでおったか、わかるかよ……っ!」
 襟首を掴まれて、昇太郎は動けずにただその伏せられた頭を見ていた。灰掛かった黒髪が綺麗だな、とぼんやり思いながら、少年が叫ぶのを聞いていた。
 まるで、泣いているように聞こえたから。
「なんで突然、俺の前から居なくなったんや!」
 襟首を捕まえる手が、まるで縋っているように見えたから。
「答えぇ、兄貴……っ!!」
 昇太郎はどうすればよいのかわからなくて、しばらくその頭を見下ろしていた。
 人違いをしているのは、わかる。昇太郎には、兄弟はいない。いや、遠い昔にはいたのかもしれないが、長い長い年月を生きて来て、もう記憶は朧だ。
 答えを待って震える手が、けれど顔を見る事もできないこの少年が、なんとなく自分に重なって見えて、気が付いたら少年の頭を撫でていた。少年の肩が揺れる。何か言葉をかけてやりたかったが、その言葉も見つからなくて、ただただ少年の頭を撫でていた。

「すんません、俺……人違いで、思いっきり殴ったりして」
「ええよ、気にせんで」
 深々と頭を下げると、屈託なく笑ってその人は言った。殴った痕は今はもう消えており、それがムービースターなのだということを強く認識させた。
 それにしても、自分の醜態を思うと顔から火が出そうだ。よく見ればオッドアイだし、髪の一房が銀色で恰好も和服と、兄とは全然違う風貌だ。けれど、やはり背格好は兄によく似ている。一部の色が違う事以外、顔も、言葉遣いも、兄のそれそのままだと言って過言ではない。
「あ」
 ふと前の背中が立ち止まって、思わず立ち止まる。
「ここの団子、美味いんよ。食わんか?」
 オッドアイの瞳が笑って一軒の小屋を指した。こぢんまりとした佇まいの入り口には、ごく控えめに「団子」と幟が掲げてある。
 頷いたかどうかは定かではないが、気付いたら男二人並んで団子を食んでいた。
「そうじゃ。名前を聞いとらんかったな、俺は」
「昇太郎、ですやろ。知ってます。……映画、詳しくはないですけど知ってます」
「そうけ」
 昇太郎は笑った。傍らの金の鳥だけが、気遣わし気に寄り添っている。
「俺は、新。南雲新、言います。……あの」
「なんじゃ?」
 真直ぐに見つめられて、新は思わず視線を反らした。
「……あの、気ぃ悪くせんと聞いて欲しいんですけど、修羅って呼んでもええですか」
 きょとんとする昇太郎に、新は唇を噛む。
「どうしても……昇太郎さん、兄貴に見えてしまって。実は、名前も一緒やって……」
「ああ、そんなことけぇ。ええよ。それに俺、修羅っちゅう呼び名も気に入っとるしの」
 そう言って笑う修羅の顔に、微かな翳りを感じて。
 新は俯いた。

 しばらく互いに何も言わず歩いていると、ギアがフードから顔を出した。
「なんや、珍しいな。どうした」
 普段やる気無くフードで寝てばかりのこの薄紫のバッキーが、肩まで這い上がって来た。落ち着かせるように頭を撫でてやると、昇太郎が口を開いた。
「……おかしいな、景色が変わらん」
 食い終わった団子の串を手の中でもてあそびながら、昇太郎は細身の西洋剣を抜くと、その地に突き刺した。鉄とぶつかり合う独特の甲高い音が響いた。
「実態はあるんじゃな。なんじゃろ、ムービーハザードには変わりないと思うんじゃが」
「修羅さんて結構アグレッシブなんや……」
 新の言に、昇太郎は首を傾げる。新は首を振って足を踏み出した。
 途端、ぞぶりと黒が這い上がった。咄嗟に足を引き抜くと、影から黒がぞぶぞぶと溢れ出して来た。
「なんや、これっ?!」
「走れ!」
 昇太郎の声に、新は駆け出す。踏み出した先から黒いものが這い上がって来て、走り続けるしか無かった。しかしその黒から逃げ出す事はできず、あっという間に辺りは漆黒に包まれた。
 走っても走っても闇が続く。そこでようやく二人は足を止めた。昇太郎は頬を掻く。
「えーと、俺が刺したせいじゃろうか」
 あまりにあっけらかんとして言うので、新は怒る気力も無くしゃがみ込んだ。どうしたもんかのぉ、とのんびりとした声まで聞こえてきて、新は頭を抱えてしまった。
 ……どうにも、調子が狂う。
「新、いつまでしゃがみ込んでるんじゃ」
 ぴくりと新の肩が震えた。
 同じ、声。
「おい?」
 新は首を振る。首を振って、立ち上がった。
 ……同じ声でも、これは兄じゃない。同じ顔でも、兄じゃない。どんなに似ていても、似ているだけで“同じじゃない”。
 新は一つ呼吸を置いて、昇太郎に向き直った。
「どうします、なんも見えん真っ暗闇ですけど」
 言って、新は全身から汗を吹き出した。息がうまく吸えない。膝が震えて、少しでも気を抜いたらそのまま倒れて二度と立てなくなりそうだった。
 ──なんだ。
 なんだ、これは。
 耳の奥で潮騒の音がする。自分の呼吸だけが、やけに響いた。
 暗闇はねっとりとした生暖かさで迫っている。
 囲まれた。
 そう思った次の瞬間に、新はその場から飛び退っていた。闇の中で転がって、震える手で鞘にかけ、鋭く息を吐くと同時に愛刀『威虎』を抜き払った。確かな感触が、手に残る。
 この暗闇、目は開いていても開いていなくても関係がない。
 目で見ようとするな。感じろ。敵は。
 新は歯を噛み締め、唇を引き結んだ。
 前にひとつ。『威虎』を抜き上げ、右足を出して真っ向に斬る。
 後ろにひとつ。左足を軸にして向かい合い、真っ向に斬る。
 斬ったそれの後ろから、突っ込んでくるものがひとつ。左足を出して横一文字に斬る。
 左にひとつ。柄に手を掛けると同時に左を向き、左足と右膝を軸に反時計回りに転身し、逆袈裟に斬る。
 右にひとつ。柄に手を掛けると同時に右を向き、右足と左膝を軸に時計回りに転身し、逆袈裟に斬る。
 四方にひとつずつ。正面のものに踏み込んで袈裟に斬る。右足を軸にして後方のものを袈裟に斬る。右のものを右足を踏み込んで脇下を撫で斬る。迫るものに向き、右足を踏み出し真向より斬る。
 新の動きは洗練された、流麗な動きだった。無駄な動きは一切無く、鋭い閃きは空気をも斬り裂いた。
 ふいに一つの気配が揺らいで、新は目を開けた。
「修羅!」
 新は叫んだ。叫んだ先で、昇太郎が今にも闇に食い潰されようとしているように見えた。
 駆け出した。
 駆けて駆けて、ねっとりと纏わりつくそれを斬り払った。
「修羅っ!」
 斬り払って斬り払って、気付いた。昇太郎は、ただ闇が食いつくさんとしているのを甘んじて受けている事に。愕然とした。ただ夢中で闇を掻き分けた。
 引き裂かれた衣の下に、白い腕が見えた。白いのは包帯だった。包帯が巻かれた腕だ。その包帯が、音も無く溶かされていく。その下に、見覚えのある火傷の痕を見つけた。
 新は目を見開き、叫んだ。腹の底から、猛り狂った。
 背中の疵が、疼いた。
「何しとる、阿呆!?」
 昇太郎から闇を引き剥がして、やる気無く突っ立っている昇太郎に突っ込んでくる闇から庇って、阿呆と言われた。
 新はなんだか腹が立った。
「どっちが阿呆や、このボケ!!」
 ねちっこく音も無く迫り来る闇に、新は『臥龍』を抜き払った。昇太郎から、戸惑いの気配を感じる。
 ああ、ああ、どうして。
「……──っ死なせたくねぇんだよっ!!」
 彼が兄でないことは解っている。
 不死身なのも解っている。
 それでも、頭では解っていても。
「もう二度と、俺の前で死なせねぇ!!」
 いつの間にか頬や腕には傷が出来ている。音も無く迫る闇は、音も無く体を引き裂き、溶かしていく。
「俺は死なん、ほっとけばええじゃろうが! お前、傷ができれば痛いじゃろうっ!」
「痛ぇよ、阿呆! 何言ってるんや、あんたはっ! 死なんとか言ったって、あんただって痛ぇんだろ!? 何食われとんのや!!」
「俺がなんもせぇへん間に、新は逃げられるじゃろうが! 聞こえんかったんか!」
「阿呆ぉ言わんといてぇやっ!!」
 小さく黙る気配がする。新は刀を振るいながら、新は唇を噛んだ。
「怖ぇですよ。今のこの状況、ホンマ言うと、物凄く怖え」
 それは、本心。
 刀を振るうから、解る。
 斬られれば痛い。
 痛いことは怖い。
 まるで幸運の女神から見放されたような悪運の強さには、自信がある。
 このムービーハザードに巻き込まれたのだって、悪運の女神に微笑まれたのだと思う。
 痛いことが続けば、いつか死ぬ。
 死ぬのだ。
 それは、すごくすごく、怖い。
「せやったら、なんで早ぉ逃げんのじゃっ!」
「今怖い思いをしているより!」
 叫んだ。
 思い出すのは、まだ兄がいた頃のこと。
 自宅が火事に遭った。新は炎が恐ろしくて、逃げることも出来なかった。
 背中に火の粉が降り注ぎ、柱が焼けて新の上に崩れた。
 もう駄目だ。
 そう思った時、兄が、来てくれたのだった。
 兄はスタントマンをしていて、火事が遭った当時、念願の俳優として映画を撮ろうかという時だった。だから、そんな中でも助けに来てくれたことがとても嬉しく、同時にいくらスタントマンとして経験があったからって炎の中に飛び込むとはなんて無茶苦茶な兄だろうと、思ったものだ。
 そしてその時、兄は左手に火傷を負った。
 丁度、修羅の腕にある痕と同じ場所に。
 ……そう。
 兄は、俳優だった。標準語が喋られないという事がネックとなってしまっていたせいでスタントマンをしていたが、俳優志望だったのだ。そしてそんな兄が、唯一演じられたもの。
 それが、「鳥と修羅」シリーズと言われる映画の、「修羅」役である。
 口調はそのままで良かったし、スタントマンをやっていた経験も生かされた。名前が決まっていなかった修羅に、それの映画監督が面白半分で兄と同じ「昇太郎」と名付けたのだと、笑いまじりに聞いた事がある。
 昇太郎は、兄に似ているのではない。
 昇太郎は、兄が演じていた役なのだ。
 兄が演じていた“昇太郎”が、目の前にいる。
 それに、どうして背を向けられる?
「……今怖いのより、怖いからってあんた見捨てて逃げてまう方がよっぽど嫌で、恥ずかしいんや」
 忘れられない。
 「修羅」を演じ終った直後、失踪した兄が。
 青空の綺麗な日だった。
 その青が、やけに目に染みた。
 自分を助ける為に炎に飛び込み、その火傷の為に目の前からいなくなったのかと思うと。
 逃げろと言われたって、逃げるわけにはいかなかった。
 兄を捜す為に、この銀幕市までやって来た。
 手は震えるし、歯を食いしばっていないと本当に背を向けて走りだしてしまいそうだけれど。
 そんなのは、嫌だった。
 絶対に、それだけは許せなかった。
 あの時の兄と、重なって見える昇太郎が、嫌だった。
 今ここで逃げてしまったら。
 また自分の目の前から、いなくなってしまうのではないかと恐ろしくて。
 兄の為だけに打たれた、この世に一本しかない筈の『臥龍』を残して。
 そう。
 昇太郎の腰で、ボロボロになっている刀と、寸分違わぬそれを。
「俺は、あんたを死なせない。……絶対に」
 刀を横に払った。
 闇が音も無く消えて行く。
 後ろで、小さく息を吐く音がした。次いで、高く鳥の鳴く声が響いた。
「しょうもない奴じゃな」
 呆れた声と一緒に。
 笑った、気配がした。
 鍔鳴りがする。ひょおうと風の音がして、一振りの剣が抜かれた。その軌跡を追って、もう一振りの刀が闇を裂く。目の覚めるような白刃が煌めく。ねっとりした闇を、確たる意思が斬り裂いてゆく。
 まるで舞をまっているかのように、昇太郎の身体は美しく繊細に、力強く思うがままに闇の中で踊った。黒髪の中で一筋の銀糸が煌めき、額から背中に流れる細い赤紫が共に躍る。
 有り得ない筈の二振りの『臥龍』が、共に闇を斬り裂いてゆく。


「あー、眩しい」
「ずっと暗闇ん中におったからのぉ」
 昇太郎の足もとに、からりとフィルムが転がっていた。新のフードの中では、ギアがころりと丸くなって眠っている。
 あの後。
 闇の中で、一点の光が見えた。光は、出口だったのか、それとももっと別のものだったのか。今となっては定かではないが、しかしそれが“原因”だと、二人は直感した。直感すると同時に、新はギアを投げていた。ギアとしては迷惑な話だったろうが、満腹になってけろりとフィルムを吐き出すと、重役出勤でもしたかのようにフードまでよじ上り、ふう、とため息までついたような気配がして、そのまま眠り込んでしまった。
「なあ、新。団子、食わんか」
「まだ食うんか、あんた」
 呆れたように新が眉を上げてみせると、昇太郎は笑った。
「今度はゆっくり、座って茶ぁしばかんか」
「何が悲しくて、男二人で茶ぁしばかないけんのや」
 青空が綺麗な日だ。
 こんな日は、無性に泣きたくなる。
 理由なんか無い。
 ただ、なんとなく温かく感じるのは。
 兄と追った背中ではなく。
 友と呼べそうな者が、そこにいるからだろうか。

クリエイターコメントたいっへん、たいっっへんお待たせして申し訳ありませんでした。
このお二方の関係を描けたことをとても幸運に思うと同時に、木原に任せてくださったことを深く深く感謝いたします。
お待たせしてしまった分、お気に召していただけたのなら幸いです。

口調や設定など、何かお気付きの点がございましたらば、なんなりとお申し付けくださいませ。
此度は本当にありがとうございました!
公開日時2008-05-10(土) 15:30
感想メールはこちらから