★ 盗撮にご用心 ★
<オープニング>

 アレイスタ暦5086年、世界は復活した魔王リゼンにより、滅亡の危機を迎えようとしていた。
 しかし、そこにリゼンを倒すべく立ち上がった勇者がいた。
 その名はジザベル。
 ジザベルはリゼンと一度戦い、そして敗れた。
 その後、聖なる山デマゴーグを上り、ジザベルは聖剣デライラを手に入れる。マリーウェザー姫の助けを借りて、魔界の扉を開くと、単身、リゼンのいる魔界へと降りていった。
 魔界の玉座の前にて、ジザベルはそこに君臨しているリゼンと対峙する。

 ジザベルは聖剣デライラを構える。陽光をデライラは反射し、真っ白い輝きを放つ。魔を払う、聖なる輝きだ。
 しかし、目の前の魔王は、それに臆したりはしない。
「お馬鹿さんね……。剣ごときをパワーアップしたからって、まさかこの魔王リゼンさまを今度こそ倒せる、と思っているの?」
 おほほほほ、とリゼンは高笑いをする。
 年齢は14歳前後で、金髪の髪をショートポニーテールにしている。目は猫のようなつり目で、瞳の色は碧。肌の色は白。所々肌の露出しているボンテージ風の黒くてタイトな皮のワンピースに、長い黒手袋、黒いミュールという服装だった。一見、妖しいほどに妖艶な、美少女だったが、これが魔王リゼンの真の姿であった。しかし、その見た目にだまされてはいけない。見た目は美少女でも、リゼンは何億周期もの長い時を生きた魔王で、世界を滅ぼす力さえ持っているのだ。
 当然、ジザベルはそんなリゼンの姿には、惑わされなかった。聖剣を大上段に振り被り、ジザベルはリゼンに斬り掛かる。
「滅びよ! 魔王!!」
「そんな半端な力、跳ね返してあげるわ!」
 リゼンは片手で聖剣を受け止めようとする。
 聖なる白い光がスパークする。辺り一面を、真っ白に覆い尽くす。
 そして……
「あ、あら?? ジザベルは何処に行ったのかしら?」
 リゼンはいつの間にか、知らない場所にいた。リゼンの姿を探したが、どこにもいない。その代わり、周囲では奇妙な格好をした人間たちが、リゼンを不思議そうに見ている。
 そう……魔王リゼンは銀幕市に飛ばされたのた。

 昔、ライトノベルに、『ジザベル・サーガ』と呼ばれるシリーズがあった。人気が高くて、深夜アニメとして放送された後、映画化までされた。その映画に出てくる敵の魔王がリゼンであった。
 銀幕市で実体化した後の、リゼンの生活ぶりは悲惨だった。お金もなく、所持品はいかがわしい薄い衣一枚……かと言って普通に働くにはリゼンみたいな年齢の少女は雇ってもらえず、また魔王のプライドが邪魔をして職探しに性を出す気になれない。かくしてリゼンは路上生活者となった。
「何であたしが……こんな目に……」
 リゼンは、夕ご飯を食べるため繁華街のゴミ箱をあさろうと、よろよろと路地裏を歩く。そこには先客がいた。柄の悪そうな若者が、何人かたむろしていた。リゼンはその横を通り過ぎる。
 と、そのとき……カシャ……。何か小さな物音が脚の下から聞こえた。
「うん?」
 リゼンは下を見下ろす。そこにはこの世界の、機械という魔法のアイテムがあった。機械の種類は、確か……カメラというものだったはず。そこで、リゼンははっと気づいた。もしかして……スカートの中を撮られた……?
 リゼンはカーッと赤くなり、若者に掴みかかる。
「何するのよ!!」
「おいおい、いきなりなんだよ? お嬢ちゃん、俺に惚れたかい?」
「誰があんたなんかに!! この魔王リゼン、腐っても町のチンピラごときには惚れないわよ!」
「チンピラだって!? このアマ、付け上がりやがって!」
 掴まれた若者は声を荒げる。その若者を最年長の若者が宥める。
「まぁまぁ……」
「でもよぉ……」
「乱暴にするのはよしとけ。それより、この場でヤッちまって、それを撮った方が色々使えるぜ」
 掴まれた若者はリゼンの手を振り払うと、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。
「それもそうだな。よく見れば美人だし、このままパンチラ写真だけで済ます手もないか」
「そうそう。歳も若いし、気持ちいいことを教えれば、向こうからしてくれ、とせがんでくるぜ」
 他の若者たちもそう言いながら、薄ら笑いを浮かべて、リゼンを取り囲んだ。何をしようとしているのかは今一分からないが、どうやら魔王リゼンを舐めているようだ。
 若者たちはリゼンの胸に手を伸ばす。
 リゼンは胸を突き出したまま、身動きしない。若者の笑みはさらに深くなり、手は今にもリゼンの胸に触れそうになった。しかしリゼンの体の表面から、バチッと静電気みたいな黒い光が発せられ、それを受けた若者たちは鋭い痛みを感じたらしく慌てて手を引っ込めた。
「な、なんだ、なんだ、この女??」
「落ちぶれてもこの魔王、お前らごとき、敵ではないわ!」
 リゼンは両手を突き出す。そこから黒い雷光が発せられ、若者たちを次々に襲った。
「ぎゃぁぁ!?」
 光を一撃浴びる度に、若者たちは悶絶、倒れていく。
 ……30秒とかからずに若者たちは、全員地面に這い蹲り、呻いていた。
 リゼンはカメラを奪って、確認する。そこにはばっちり、リゼンの黒いレースの下着が映っていた。それを見て、リゼンは顔を赤くしながらも、カメラをそのまま懐に仕舞い込む。
 倒れていた若者の一人がぼやく。
「あーあ……折角、いい金になるかと思ったのによ……」
 リゼンはピクッと全身を振るわせた。次の瞬間、その男の胸倉を引き起こし、耳元でがなりたてる。
「金になるって、本当!?」
 リゼンの剣幕に驚きながらも、若者は答える。
「あ……ああ……そういう写真、マニアに売れば、高く売れるんだぜ?」
「これだわ!! これこそ……魔王たるあたしのするにふさわしい仕事だわ……」
 リゼンはクックック……と不気味に笑う。周囲の若者たちはリゼンの様子に身の危険を感じつつ、でももう痛い思いはしたくなかったので、怯えながら見ているしかなかった。

 銀幕市ミッドタウンあるカフェ『スキャンダル』は相変わらず沢山の人で賑わっていた。
「まったくもう……最近多いですね……」
 そこの看板娘、常木梨奈はやれやれと息を吐き出して、そうぼやいて見せる。
 たまたまそれを聞きつけた客が、梨奈の方を見る。いったい、どうしたの、と疑問をぶつけてみる。
「それがですね? 最近、若い娘を狙った盗撮が多くて困ってるんですよ……」
 それを聞いて、客は驚いた。
 と、盗撮!? そ、そんなの、絶対許せないッ!!
「でしょ、でしょ? どうやらこの銀幕市に、大規模な盗撮の売買組織があるらしいのですよ。彼らは、“魔王教団”を名乗り、若い子の写真や映像を盗撮したり、下着を盗んだりしては、オークションを開き会員に売りさばくそうです。うちの店の娘の変な写真も、多く出回ってるんですよッ!」
 梨奈はプンプン怒る。当たり前だ、そんなことされて、怒らない者など、いない。
 その客は、詳しい情報を知らないか、梨奈に勢いよく尋ねた。
 梨奈は小首を傾げ、考える。ぽつぽつと口を開く。
「そうですねぇ……そこのオークションの開かれる建物は、どこかの地下らしいです。会員になるは紹介状が必要だそうです。会員は男の子ばかりですから、女の子はまずと入れないですけどね、怪しまれて……」
 それは確かにその通りだ。
「招待状を手に入ようとするより、盗撮している人を捕まえて吐かせた方が、情報も知っているかもしれないですし、早いと思いますよ」
 ありがとう。とお礼を言って、早速その組織の調査に向うことにした。
 
 組織を作って三ヶ月、リゼンはウハウハだった。小さな組織を苦労末、ようやくここまで大きな組織に育てたのだ。
「次のターゲットはこれね」
 リゼンは参考にした書物を手下に見せる。それはちょっと大きな書店なら、今やどこでも置いてある、男の子同士が愛し合う本だ。
「えっ……これですか? こんなの需要ありますか?」
「男の子を好きな男の子も多いわ。女の子の写真だけでなく、次のオークションでは同時に男の子の写真も売り出しましょう」
 リゼンの言葉に手下は心底嫌そうな顔をする。
「はぁ……一ついっていいですか?」
「あによ?」
「それはお嬢の趣味じゃないですか?」
 リゼンは手下を怒鳴りつけた。
 下っ端は辛いぜ、とぼやきながらも、手下は銀幕市各地にいる盗撮を請け負っている工作員に、リゼンからの司令を伝えた。

種別名シナリオ 管理番号500
クリエイター相羽まお(wwrn5995)
クリエイターコメント 今回のシナリオは二部構成を予定しています。前半は、盗撮組織のアジトを探るパート、後半はオークションに参加しリゼンをとっちめるパートです。
 場所を探るには、盗撮している人を捕まえるのが手っ取り早いでしょう。でも、最初から何かの間違いでオークションのチケットを手に入れたというのもありです。
 オークションには沢山の人が参加していて、これらの参加者も身を守るために皆さんに襲い掛かってくるかもしれません。リゼンの手下の若者……戦闘員にも気を付けましょう。警察が駆けつけたら、直ぐに秘密の通路を使って全員逃げてしまいます。
 オークションではあなたの写真も売られているかもしれません。それで怒って無策に突っ込んでもいいですし、冷静にじっくり策を練って捕らえるのもありです。

 リゼンの能力は以下の通りです。

 ・《魔王の盾》:身体から闇の雷光を発し、あらゆる敵の攻撃を跳ね返し、電撃によるダメージと闇による精神ダメージを与える。
 ・《魔王の槍》:指先などから闇の雷光を発し、遠くにいる相手や、広範囲の相手に電撃によるダメージと闇による精神ダメージを与える。

 かなり強いですけど、そこはまだ精神的に未熟なので、動揺すると力が発揮できなくなる、という弱点があります。そこをついてもいいですし、正面から戦ってもいいでしょう。
 手下は、大学生前後の若者20人から構成され、ナイフやチェーンやスタンガンなどで武装しています。手下の大部分は女好きと見て間違いないです。中には男好きの人もいるかもしれませんけど……。

 シナリオへの導入は、カフェ『スキャンダル』で話を聞いて解決に乗り出したり、事件に偶然巻き込まれとかでもOKです。

参加者
リカ・ヴォリンスカヤ(cxhs4886) ムービースター 女 26歳 元・殺し屋
ニーチェ(chtd1263) ムービースター 女 22歳 うさ耳獣人
ジョシュア・フォルシウス(cymp2796) エキストラ 男 25歳 俳優
ガーウィン(cfhs3844) ムービースター 男 39歳 何でも屋
柝乃守 泉(czdn1426) ムービースター 女 20歳 異界の迷い人
<ノベル>

「いらっしゃいませ」
 店に入ると、可愛らしいウェイトレスが迎えてくれる。ウェイトレスさん目当てでここに来る客も多い。勿論、普通に美味しい食事を食べに来るお客さんもそれなりにいた。
 ここは、銀幕市ミッドタウンにある、カフェ『スキャンダル』である。
 リカ・ヴォリンスカヤがこの店を訪れたのは敵情視察という意味合いが強かった。カフェ『スキャンダル』で新発売された柏餅型のチーズのムースが、凄い美味しい、と評判なのだ。リカは『チェリー・ロード』のパティシエとして、その味を確かめるべく、早速それを食べにきた。
「あら? リカ様じゃないですか?」
 リカに気付いたウェイトレスの常木梨奈が話しかけてきた。リカは梨奈の方を向いて、メニューの写真を指差す。
「あ、梨奈? ちょうどよかったわ。この、クリームチーズのぶどう葉仕立てというのが欲しいわ」
「あ、それですね。有名なイタリア料理店のクリスマスに出したデザートらしいです。その店のパティシエの方からレシピを教えてもらって、うちで作ってみたんです。もう……凄い評判でびっくりしてるんですよ」
「へえー、レシピ、わたしにも教えてもらえるかしら?」
「いいですけど、まず、実物を食べてみてくださいな」
「ええ、持ってきて」
「はーい」
 梨奈はそう返事すると、ぱたぱたと軽やかに店の奥へ注文を伝えに行った。
 リカは何気なく店内に視線を走らせる。店のあちこちをウェイトレスが行き来している。動く度に白いエプロンや短いミニのスカートが、ひらりひらりと揺れている。本当に可愛い制服だ。
 ――わたしもあんな可愛い制服、着てみたいわ。
 リカが今、着ているのは大人っぽいセクシーな感じの服だった。でも、リカは落ち着いた見た目とは違い、歳若い少女のように可愛い服や物が大好きだった。『チェリー・ロード』でも可愛い制服を着たりしていた。本人は気づいていないことに、壊滅的に似合わなかったが……。
 リカは、注文まだかな、と思い、店内に梨奈の姿を探した。梨奈は、店の入り口の近くにいた客の、注文を取っていた。忙しそうね、と思いつつ、リカは暇だったので、何気なくその様子を観察する。すると、梨奈が注文を取っている客の隣の席にいた若いおにーさんが、梨奈のスカートの下に手を入れたのに気づいた。何か手に持っている。
 ――あれは……カメラ!? まさか……盗撮!?
 リカはガタッと立ち上がった。リカも乙女だ。当然、普通にそういうことには潔癖で、痴漢とかしている人は許せない。しかも普通の乙女にはない、過激なまでの行動力を持っていた。
 リカはまっすぐその盗撮野郎のところへ駆け寄る。物凄い勢いで近寄ってくるリカを見て、盗撮野郎は慌てる。そして荷物をもって逃げようとする。
「逃がさないわっ!!」
 リカから放たれたナイフが立て続けに数本、盗撮野郎の横の壁に突き刺さる。盗撮野郎は腰が抜けたみたいに、その場にへなへなと座り込んだ。その盗賊野郎の胸元を、リカは激しく揺さぶった。
「さあ! カメラ……出しなさい!!」
「あ、あ、あ、あーうー」
「それとも……二度と悪さしないように……切り落として欲しい?」
 リカはナイフを盗賊野郎の下半身へ近づける。
 それに恐れをなしたのか、盗撮野郎は慌ててカメラをリカへ差し出してくる。そのカメラを受け取ると、リカは梨奈の方に目を向ける。梨奈は、その突然の騒ぎに呆然としていた。リカはカメラを梨奈に渡した。
「はい。これ見てみて?」
 梨奈はカメラを受け取ると、ようやく正気に戻り、カメラとリカを何度も見比べた。
「一体、どうしたんですか? これは?」
「いいから、そこに写ってるもの、確認してみて?」
「は、はぁ……」
 梨奈はカメラを操作し、カメラに収められていた映像を見る。みるみる梨奈の頬が赤くなる。
「な、なんですか、こ、これは!?」
「写ってるわね、ピンクのさくら柄が」
「もう!!」
 梨奈は誰にも見れないように、わたわたとカメラを胸に抱えて隠し、それからリカに背中を向けて、こっそりカメラの画像を確認しはじめた。早くから社会に出ているため、梨奈も実際の年齢より大人びいている。でも、まだまだ純粋なところもある。自分のこんな姿を撮られて、嫌な思いでいっぱいだろう。恥かしいし、こんな写真撮った相手が許せないだろう。リカも乙女だから分かるが、こういうときは恥かしさのあまり、本気で泣きたくなるし、本気で相手を抹殺したくなる。
 ――わたしたちの気持ちを考えずに、こんなことするなんて、本当に許せないわ!
 リカは凄みのある笑みを浮かべてみせた。そして盗撮野郎に蹴りを一発与えると、蹴られたところをおさえ床に蹲った盗撮野郎を見下ろす。
「さて、どうしてやろうかしら?」
 リカの視線を浴びて、盗撮野郎はブルブルと震えてみせる。
「ど、どうか……警察だけは勘弁してくれ……」
「はぁん? 警察? 甘いわね……?」
 リカは盗撮野郎の目の前にナイフを突き出した。
「盗撮なんてする屑は今すぐ抹殺よ」
 リカは100%本気の殺意を滲ませて言う。
「ひぃ……」
 盗撮野郎は心底怯えたような声を出す。
 勿論、そんなことぐらいで、リカは盗撮野郎を許すつもりなど、微塵もない。リカは盗撮野郎の胸倉を掴むと、引き寄せる。
「あんたみたいなのがいるからわたしたち、か弱い乙女が泣きを見るのよ」
「……い、いや、あんたはか弱くないだろう……。それにあんたの写真は萌えじゃないから売れないぞ……」
「何ィィ!?」
 盗撮野郎の台詞を聞いて、リカは頭にカーッと血が上り、首をさらに締め付けた。盗撮野郎は苦しそうにもがく。
「ゆ、許してくれ……」
「いやよ」
「お、俺は……命令されたんだ……」
 盗撮野郎は哀願するように言った。
「命令?」
 リカはその話に少し興味をもって、手を話した。盗撮野郎はその場にうずくまって、ケホケホと咳をする。そして、これで助かるかもと思ったのか、必死にペラペラと喋った。
「ああ、リゼンという魔王を名乗る少女にな……。そいつがこの店の看板娘の常木梨奈のパンチラ写真を撮ってこい、と命じたんだ」
「リゼン? 少女? 何で、そんな子が梨奈の盗撮写真を欲しがるのよ?」
「売るんだろう。そいつ、盗撮写真とかを売ったりする組織を作っているんだ」
 それを聞いて、梨奈は「あっ!」と声を上げる。何か心当たりがあるみたいだ。リカは梨奈の方へ顔を向けた。
「何? 梨奈、知ってるの?」
「それ、多分、“魔王教団”の連中です」
「“魔王教団”? 何、それ?」
「はい、そういう盗撮の組織が、この銀幕にあるそうです。その……女の子のえっち……な写真を撮って、それを売りさばいているんだそうです……」
 梨奈はえっちという単語を少し躊躇うように恥かしそうに口にしながら、それでもしっかり説明する。
 よく分からないけど、つまりリゼンという女がリーダーで、女の子たちの気持ちを踏みにじる写真を売買していることはわかった。
 ――同じ女なのに……そいつ、許せないわ!
 リカは盗撮野郎を静かに見下ろす。
「そいつはどこにいるの?」
 あまりに怒りすぎて、返って冷静になっている自分がいた。言わないと殺されると理解し、盗撮野郎は必死に声を出す。
「ミ、ミ、ミ……ミッドタウンの聖林通りを外れたところにあるビルの……地下に……。そこで今夜、オークションがあるそうだ!」
「そう……」
「お、俺、もういいよな!? 喋ったから、許してくれるよな!?」
「許す訳ないじゃない! 少しはわたし達の気持ちを思い知りなさい!!」
 リカは盗撮野郎の服を全部脱がすと、体中の毛をナイフで剃ってから、油性マジックペンで「私は痴漢です」と腹とお尻にでかでかと書いて、店から放り出した。それから化粧室にいって、汚くなった手を丹念に洗う。梨奈はリカについてきて、その様子を怯えたように見ている。それから恐る恐る梨奈は尋ねた。
「それで……リカ様、これからどうするつもりですか?」
「決まってるわ。その盗撮組織をぶっ潰して、リゼンとやらに、お仕置きしてあげるわ」
 リカはニッと獰猛な笑みを浮かべみせた。

 ベイエリアにある銀幕ベイサイドホテルの一室を借りて、映画俳優のジョシュア・ラファエル・フォルシウスは生活していた。
 朝、ジョシュアは冷たいシャワーを浴びて目を覚ます。その白い身体にバスローブをまとい、髪をタオルで拭いながら、リビングへと戻っていく。
 ソファに腰を下ろし、テーブルの上のリモコンを手に取り、テレビのスイッチを入れる。テレビは直ぐに適当な番組を映し出す。丁度今は番組はCMの時間らしく、キャラメル少年のCMが流れていた。それを聞き流しながら、ジョシュアはドライヤーを取って、髪を乾かし始めた。
 突然携帯電話が鳴り出した。ジョシュアはドライヤーを置いて、携帯電話に出る。相手はジョシュアの良く知っている人物からだった。
「おや、こんな時間から電話なんて、誰かと思えば、貴方からですか。一体何の用です、シャノン……?」
 シャノンは何やら苛立っているみたいだった。電話越しに僅かに言葉を交わしただけで、ジョシュアは直ぐにそれが分かった。
 ジョシュアはきな臭い予感を感じて、片手で携帯を耳に当てながら、片手で銃の点検を始めた。銃を手際よく分解し、パーツを1つ1つチェックする。そして器用に片手で掃除する。それが終わると、また組み立てる。その作業様子はまさにマジック(手品)だった。
 銃を片手で構えて、テレビへと照準を向ける。ざっと見た感じ、特に狂いはない。ジョシュアは満足して、銃をテーブルの上に置く。
 ジョシュアは足を組み、意識を電話に戻す。その優美な仕草は、ここに人がいたらドキッと感じていただろう。
 シャノンの説明は、もう終わりに近づいていた。ジョシュアは話をまとめることにする。
「分かりました。つまり、その“魔王教団”という組織を調査すればいいんですね?」
 シャノンは返事する。その返事はジョシュアの満足のいくものだった。
「それでは調べてみましょう。少々時間を下さい」
 そして電話を切る。ジョシュアは立ち上がり、バスローブをするり、と滑り落とす。そして躊躇いもなく全裸になってから、予め用意していた着替えの置いてある場所へといった。そこで下着を身に付ける。さらにその上にシャツを着て、ズボンに脚を通す。それからまたソファの前に戻り、銃とホルスターを取ると、身体に身につけた。
「これで準備完了ですね。まったく……幾ら自分の写真があるからかもしれないとは言え……本当に人使いが荒いんですから」
 ジョシュアは鏡の前に立ち、全身をくまなくチェックする。特におかしなところはない。鏡はいつも通りにジョシュアの美しい完璧な姿を映している。
 ジョシュアは上着を着て銃を隠すと、扉を開けて部屋の外に出た。

「早く早く高成さま!」
「おい、まてよ、灰……ってば!」
 一組のカップルがニーチェの前を通り過ぎていく。とても可愛らしいカップルだ。ニーチェは身体をくるんとそちらに向けて、指を銜えながら、そのカップルを眺める。
「いいなぁ……」
 今、ニーチェがいるのは、銀幕市ミッドタウンにある繁華街であった。沢山の人が通りを歩いている。
 学生も結構多い。さっきのカップルはこの辺りで見かけない学校の制服を着ていたから、銀幕市ではない遠くの街から来たのだろう。本当に美男美女でお似合いだった。
 ニーチェにもかって愛していた人がいた。だからこそ、その幸せそうなカップルが羨ましかった。
 しかも今、ニーチェがしていることと言ったら、恋愛とはまったく関係ない、職探しであった。ニーチェは職がなくて困っていたのだ。しかし、それはニーチェだから、結構能天気に考えていた。
 ――そのうち仕事は見つかるだろうから、焦らない焦らない♪。
 でも、焦らなくても、やっぱり就職活動はしないといけない。だから今も、仕事を探して、この辺りの店に貼ってある求人広告を見に来ていた。
「何かお仕事、ないかしらぁん?」
 あちらの店ではウェイトレスを募集している。こちらの店では店員を探している。しかし、パッと見て、ニーチェの興味をそそる募集はない。
 どうせなら、楽しい仕事がいいわよね〜。可愛い服が着れて、美味しいものがいっぱい食べれて、給料は高くて、休みは沢山で……。
 そんなことを考えていたとき、足の間から、微かにカシャという音が聞こえた。
 ――うーん? 何かしら?
 ニーチェは顔を下に向ける。そこにはカメラがある。
 ニーチェの背後から、声がする。
「いけねッス! 見つかったッス!?」
 声の方を見ると、2人組の男の子たちと目があった。若くてちょっと軽薄そうな2人組だ。2人組はクルリと踵を返すと、そのまま走り去ろうとした。
 おそらくカメラでニーチェの下着を取ったのだろう。所謂盗撮というやつだ。
「待ってよん」
 咄嗟にニーチェは、カメラを持った男の子の腕に、豊満な胸を押し付ける感じにぎゅっとしがみついた。男の子は必死で腕を振りほどこうと暴れる。
「放せッス! 放せッス!」
「撮りたいなら言ってくれれば、い・い・の・にっ」
 ニーチェは男の子の顔を見て、にこっと微笑む。男の子は暴れるのをやめて、まじまじとニーチェを見つめる。
「……はぁ……ッス?」
「別にいいのよぉ〜? 何なら、もっと撮るぅ?」
 ニーチェはにこにこしながら、スカートを持ち上げて、下着を露出してみせる。男の子たちは下着よりむしろ、ニーチェの顔をまじまじと見つめた。
 それからニーチェに腕を掴まれているカメラを持ってる子は、相棒の男の子の方へ顔を向けてこそこそ尋ねる。
「えーっと……どうするッス?」
「なんだか分からないが、この女、やばいぜ……逃げよう」
 相棒の子は、関わりたくない、という態度を露骨に示していた。
 その2人の会話を聞きながら、ニーチェはカメラの子の腕を放すと、ひょいと2人の顔の間に自分の顔を突き出す。わっ、と男たちは驚いて飛びのく。
「な、な、なんだよ!?」
「えっとぉ……写真、いらないのぉ?」
 それを聞いて、男の子たちはニーチェから少し離れた場所、ひそひそと相談する。
「どうするッス……?」
「まあ、撮らせてもらえるなら、撮らせてもらうか? ノルマ、きついしなぁ……」
 男の子たちの会話はニーチェに聞こえていたが、ニーチェはあんまり気にしない。
 男の子たちは同時にニーチェを見た。ニーチェは唇に指を当てつつ、「んっ?」と無邪気に男の子たちを見返す。カメラの子は顔を赤くしてうつむき、相棒の子はニタッと悪巧みするように笑った。反応はそれぞれ別だったが、どうやら男の子たちは気を変えて、ニーチェノ写真を撮ることに決めたみたいである。
 でも、ニーチェはちょっとさっき聞いた話の中に気になったことがあったので、聞いてみることにした。
「あの……ノルマって、なあに?」
「あー、俺たち、“魔王教団”という組織に所属しているんッスよ。それで、可愛い女の子や格好いい男の子の無防備な仕草を盗撮しては、売っているんッス」
「ばかっ、何、素直に喋ってるんだよ!!」
 相棒が慌てて、喋っているカメラの男の子に背後から抱きついて、口を塞ぐ。
 ――へえー、可愛い女の子や格好いい男の子の……盗撮写真かぁ……。
 それはニーチェも凄く興味があった。
「みたーい、みたーい。その写真、見せて!! いいでしょ、いいでしょ!!」
 ニーチェは媚びて、カメラの子にしなだれかかる。カメラの子は困った顔をしながら、それでもニーチェに聞いた。
「見たいといわれても……何でッス?」
「だって、アタシ、男の子も女の子も大好きなんだもの〜ぉ」
 カメラくんは困った視線を相棒に向ける。しかし相棒は助け舟をまだ出す気はないみたいである。カメラくんは困った末に、ニーチェへ気弱に言う。
「でもなあ、そのオークション、招待客は男ばかりッス」
「でも、見たい、見たいのよ〜!!」
 ニーチェはさらにだだをこねる。そこへ相棒がニーチェに声をかけてきた。
「オークションに参加するには、招待状が必要だぜ。ただでという訳にはいかないな」
 相棒くんは悪巧みするような笑みを浮かべてみせる。ニーチェはきょとんとその相棒の顔を見上げた。
「でも、アタシ、お金持ってないわよん?」
「お金なんていいんだ。さっきも言っただろ、ノルマが厳しい、って。ちょいと写真撮らせてくれないかな?」
「いいわよ〜」
 別に写真くらい、ニーチェにとって全然たいしたことはない。ニーチェは服を脱ぐため、キャミソールに手をかけると、そのまま持ち上げた。黒いレースのブラが露わになる。でも、ニーチェは気にせず、もぞもぞと服を脱ごうとする。
 それを慌てて、相棒くんが止めた。
「まてよ、まてよ、こんなところで脱ぐなよ」
「ここじゃ、駄目なのぉ?」
 ニーチェは手を止めて、きょとんと相棒くんを見返す。相棒くんは動じずに答える。
「……撮影は邪魔が入ると面倒だから、もっと人のいない場所でしようぜ?」
「はぁい♪」
 ニーチェは納得し、キャミソールを着直す。
 相棒くんは歩き出した。
 ニーチェは隣のカメラくんの腕にぎゅっと抱きつく。カメラくんは顔を赤くして、間近にあるニーチェの顔から、心持ち自分の顔を逸らす。でも、今度は強引に振り払おう、とはしなかった。
 そのまま3人は路地裏へと入った。周囲には誰もいなかった。相棒くんはカメラくんへ財布を放り投げる。
「これで……客が喜びそうな下着や服を買ってこい」
「えーっ、お、お、俺がッスかっ!? そんな恥かしいこと、できないッスっよ!!」
「ばかっ、同じ服や下着を撮っても、そんな売れないだろ。早く行ってこい!!」
 渋々、カメラくんは財布を持っていこうとする。
 それを見て、ニーチェは少し寂しくなった。カメラくんのこと、反応が可愛いから、少し気に入ってたのだ。
「いっちゃうのぉ〜?」
 寂しい想いを声ににじませて、ニーチェは言う。
 それを見て、相棒くんはカリカリと頭を掻く。
「仕方ねえな。じゃあ……俺が……」
 カメラくんの手から財布を取り上げると、相棒くんはそのまま路地を出よう、とした。
 そこに……1人の人影が立ち塞がる。逆光でよく姿は見えないが、長身のスラッとしていながらも鍛えられた体躯をした人影だった。
「こんなところに女性を連れてきて……無理矢理撮影会、ですか……あなたたち、“魔王教団”の一員ですね?」
 相棒くんは目を細め、自分の懐に手を入れる。
「だったら、何だというんだ……てめぇ……誰だ?」
「通りすがりのものですけど……この状況はさすがにほっておけませんのでね……」
「うるせえ!! 無理矢理じゃねぇ!! 勘違い野郎はひっこめッ!!」
 懐からスタンガンを取り出すと、逆光の人影へ向かってスタンガンを突き出した。しかし人影はあっさりその攻撃をかわすと、相棒くんのスタンガンを持った腕を取って捻り上げる。
「いててぇ……いててっ!?」
 相棒くんは悲鳴を上げる。人影が動いたことにより、人影の姿が露わとなる。カメラくんが人影を見て、叫んだ。
「げげッス!? シャノン!?」
 相棒くんはサーッと顔を青くする。
「シャ、シャ、シャノンだとっ!?」
 シャノンと呼ばれて、その人はちょっと驚いた顔をした。
 しかし、カメラくんと相棒くんはそれに気づいていないみたいだった。男の人の手が緩むと、相棒くんはよろめきながら、ニーチェのいる方に戻ってくる。そしてニーチェとシャノンの間の位置に立ち、地面に手をついて土下座した。
「ど、どうか、許してくださいッス!!」
「あのシャノンさんには……勝てないです!! どうかお許しを!!」
 ますます男の人はちょっと考え込む仕草をすると、この状況を楽しんでいるような笑みを浮かべる。
 ニーチェはきょとんと、土下座した2人と男の人とを見比べた。
「えっとぉ……お知り合い……?」
 その問いに、カメラくんは首を振る。
「以前グレてたとき、町を歩いていたシャノンさんに仲間と一緒に絡んだら……それはそれは恐ろしい目にあったんだ。それですっかり更正して、今はこういうバイトをしてるッス」
「ふぅん……」
 ニーチェはまじまじとシャノンを見つめる。そんな凶暴そうにはとても見えない。顔立ち整っていて、品があって、女性的とも言えた。
 ニーチェはつかつかとシャノンに近寄ると、シャノンの身体のあちこちをペタペタ障る。
 シャノンは不思議そうに、そんなニーチェを見下ろす。
「あの……何をしているのですか……?」
「ふうん……見た目とは違って、筋肉はちゃんとしているのねぇ……。意外と着やせするタイプみたいね〜」
 シャノンはニーチェから視線を外して、2人組を見た。
「それで……あなたたち、“魔王教団”のこと知っているなら、教えていただけませんか?」
「は、はぃ!」
 2人組はコクコク頷く。それでニーチェも思い出した。
「あっ、招待状!! 写真撮ったらくれると約束したの」
「招待状……?」
 シャノンは疑問の表情をする。かくかくしかじか、とニーチェは説明する。それで事情を理解し、シャノンは2人組にお願いした。
「その、招待状……私にもいただけますか?」
「はいっ!!」
 相棒くんは身に着けていたベルトポーチから、招待状を2通取り出し、ニーチェとシャノンに渡す。シャノンはさらに2人組に言う。
「もうこんなことから、本当に身を引くんですよ?」
「でも、俺たち、写真撮ってるだけッス。誰も迷惑しないッス」
「写真を撮られた女性はそれで嫌な思いをしてるんですよ。貴方達も、家族や友人や知らない人に全裸の写真バラまかれたらいやでしょ?」
 2人組は顔を見合わせる。それのどこが嫌なのか、ニーチェにはさっぱり理解できなかった。裸ぐらい見られても、どってことないのに……。でも、2人組は納得した表情をした。
 2人組は更正を約束して、その場を去っていった。その様子をニーチェはきょとんと不思議そうに見送る。それから、シャノンの存在を思い出し、ぺこんと頭を下げる。
「ありがとう、シャノン♪」
「いいえ、わたしの本当の名前はジョシュア・ラファエル・フォルシウスと言います」
「あら? シャノンというのは……偽名?」
「いえ、そうじゃないです。私のそっくりさんの名前と言いますか……」
 ジョシュアは曖昧にごまかすような笑みを浮かべる。それ以上は何も言わず、くるりと踵を返した。
「それでは私はいきます。これからは気を付けてくださいね」
「はぁい♪」
 ニーチェはにっこりと笑った。そして去っていくジョシュアの後姿を見送った。

 ダウンタウンの南地区、ガーウィンの事務所として使っている路地からあまり遠くない場所に、『銀幕クアハウス』がある。このクアハウスに柝乃守泉は入浴しに来ていた。
 偶に狭いお風呂ではなく広いお風呂に入りたい気分になる気分がある。そうしたとき、ここのクアハウスへ来ることにしていた。近所の住宅街にあるわりには、ここのクアハウスはかなり広い。お風呂も、天然風呂、名水風呂、気泡風呂、桶風呂、電気風呂、サウナなど、色々種類があった。そして値段も安い。
 今日は珍しくここに昼間からきていた。たまたま今日は昼に特に用事が入らなかったのだ。昼間だと入浴料が安い上に、客もあんまりいない。のんびりお風呂に入ることが出来た。
 着替えとタオルの入った袋を持って、泉は『銀幕クアハウス』へと入っていく。受付で入浴料を払うと、早速服を脱いで、色々なお風呂を堪能した。
 ――ふうぅぅ……気持ちよかったです。
 泉はお風呂場で大きく伸びをすると、お風呂を出る。微かにピンク色になった肌をタオルで一生懸命隠しつつ、ゆっくりと出口へと向かう。そして脱衣所へと続く扉を開ける。そのとき、気づいた。
 ――あれ? 一体どうしたんでしょう……?
 脱衣所にある植木の前に、人だかりが出来ていた。けばけばしい服を着たおばさんたちが何か、真剣な声で話をしている。
 そのおばさんの中の1人と泉は目があった、
「ねえねえ、大変なのよ、大変なのよ」
 そのおばさんは泉を手招きする。泉はどうしようか、おずおずしたものの、呼ばれたので、一応、行ってみることにした。
「何があったのですか……?」
「大変なのよ、これを見てよ!」
 おばさんは別のおばさんが持っているビデオカメラを泉に渡す。泉はそれをちょこと覗いてみる。そこには……お風呂に入るために一枚ずつ服を脱いでいく泉の姿が映し出されていた。
「な、な、な……なんですか、これはッ!?」
 泉は驚きのあまりすっとんきょな声を上げる。そして同じ女性同士とはいえ、皆に映像に取られた着替えるところをまじまじと見られていたのかと思うと、恥かしくなってきた。本当はビデオを奪って直ぐ壊したかったが、さすがにそんな大胆な行動は泉には取れず、ただただ恥かしさを必死に押さえていた。
 同情するような声でおばさんの1人が言う。
「どうも、ずっと前から、カメラ、ここに仕掛けられていたらしいわ。他の人の着替えるシーンも撮られてたし……」
「ずっと前って……どれくらい前ですか……?」
「さあ……気づかなかったけど……もしかしたら、本当に何週間も何ヶ月も前から仕掛けられていたのかもしれないわね……」
 そんな……と泉は呆然としてしまう。このお風呂を利用するとき、泉はいつも同じロッカーを利用していた。もしかして……今までも着替える様子、全て取られていたのだろうか……?
 泉の頭にカーッと血が上る。恥かしさのあまりに死んじゃいたい。ううん、時間を全て戻したい。全てなかったことにしたい。それくらい泉はショックであった。
 ポロ……ポロ……と泉の目から涙が流れてきた。ショックの次に涌いてきた感情は悔しさであった。そしてこんな卑劣な行為をした犯人を許せない気持ちでいっぱいであった。
 慌てて周囲のおばさんたちが必死に泉を慰めてくれる。泉は泣いたおかげで少し悲しみが和らぎ、そして周囲のおばさんたちを心配させていることに気づいた。
「ごめんなさい……もう大丈夫です」
 泉は懸命に笑みを浮かべてみせる。その様子におばさんたちはほっと安心した顔をする。でも、泉も悲しみに近いもやもやは以前、胸の中にわだかまっていた。
 おばさんたちに連れられて、泉たちは店のスタッフに事情を話しに行く。店のスタッフは犯人に心当たりがあったらしく、直ぐに犯人を捕まえた。犯人は素行の悪い店の店員であった。
 ビデオはかなり前から仕掛けられていたらしく、もう映像は盗撮組織に流してしまったらしい。
 その盗撮組織の名が“魔王教団”というらしかった。

 昼下がりのダウンタウンを、泉はしょんぼりと歩いていた。どうしても元気が出なかった。裸の画像撮られたかもしれないのだ。いや、多分、撮られている。それを考えると、本当に気持ちがどんどん暗くなっていく。
 本当は15分くらいの道のりを、その3倍くらいかけて歩いた。
 何でも屋の事務所にしているガレージの前についたときも、泉はまだ気が重かった。それでも泉は扉を開けて、ガレージの中に入る。
「ただいま戻りました……」
 その声にガーウィンは読みかけ本をテーブルの上に置いて、泉に目を向けた。
「ん? どうした? 何かあったのか……?」
 泉は話そうかどうしようか迷う。ガーウィンは男の人だ。男の人に今日のことを口にするのは、潔癖な泉としては少し躊躇われた。泉がそんな風に口ごもっていると、ガーウィンはちょっと不思議そうな顔をする。
「何だ? 何か変だぜ? 本当にどうしたんだ?」
 ガーウィンは席を立つと、ゆっくり泉の傍に近寄ってきて、顔を心配そうに覗き込んでくる。
 ――そうです……何、恥かしがっていたんでしょう、私……。ガーウィンさんなら、きっと真剣に話を聞いてくれます。
 泉は『銀幕クアハウス』での出来事を話すことにした。ガーウィンは「ふむふむ」とか、「うんうん」とか、時折相槌を打ちながらも、真面目に話を聞いてくれる。そして泉が話し終わると、ガーウィンは何やら思案を始めた。その様子を泉は怪訝に思ったが、それだけ真剣に考えてくれているのかなと思い、一応ガーウィンの意見を待つことにした。
 しばらくして、ガーウィンは泉から離れると、ガレージに放置してるある箱の1つを開けて、そこから可愛いヘアゴムを取り出した。それで頭の両サイドを結び、短いツインテールにする。それから大胆に服を脱いでトランクス1枚の裸になると、箱の中に入っていたセーラー服を取り出した。
 ――ガ、ガ、ガーウィンさんッ!?
 泉は口をパクパクさせて、その様子を見守る。ガーウィンは逞しい身体にミニスカセーラー服を纏うと、泉にポーズを取ってみせた。
「どうだ、似合うか――ううん、似合うかしら?」
「な、な、なにしてるんですかッ!?」
 ようやく泉は声を出す。本気で、本気で……ガーウィンが何を考えているのか、このときばかりは泉も理解できなかった。突然、目覚めてしまったのだろうか?
 しかしガーウィンは、そんな泉の様子はまったく気にせず、「ワタシは女の子♪」と歌いながら、マイペースに脛毛だらけの脚にソックスを履いていた。本当にどうしたのだろう……訳が分からない。
「どうしてそんな服、持ってるんですか…そのセーラー…」
 泉は恐る恐るツッコム。そのときにはガーウィンは着替え終わっていた。
「んっ? どうしてって……勿論お金出して買ったからだぞ」
 そう言いながら、再び箱をガサゴソ漁り始める。勿論屈んでいるので、スカートの中が丸見えだ。見ようによっては無防備で妖しい――とは、やっぱり言えない。
 泉は目を逸らしながら、なおもガーウィンにツッコんだ。
「買ったって……何の目的でッ!?」
「んーっ……それは……秘密だ」
 ガーウィンは飄々と泉の質問をかわすと、目当てのものを見つけたのか、泉にこちらに来るように手招きした。びくびくしながら泉が近寄ると、ガーウィンは箱から一組の服を取り出して、それを手で広げてみせる。それはパープルピンクのホルターネックタイプのショート丈キャミと、ブラックのローライズタイプのサイドにスリットの入ったマイクロミニスカートだった。
「今度はそれを着るんですか……?」
「そうだけど……?」
「でも、それ……ガーウィンさん、着れるんですか……?」
 見た感じ、ガーウィンが着るには、サイズが少し小さいような気がする。するとガーウィンはきょとんとしながら言った。
「違うぞ。着るのは泉だ」
「えーっ、えー!?」
 まじまじ、と泉は目の前の服を眺めた。着る前から分かるが、布地の面積が異様に少ない。こんな大胆な服、今まで着たことなど、当然泉にはなかった。
「い、い、いやですッ!! 何でこんな服、着ないといけないのですかッ!」
「着ないと、盗撮してもらえないだろ?」
「盗撮なんか、されたくないですッ!!」
 泉はブンブン首を振る。ガーウィンはちょっと真面目な顔になる。
「犯人が寄ってこないと、その“魔王教団”とやらをぶっ潰せないだろ?」
「えっ……ガーウィンさ……ん?」
 驚いて、泉は服からガーウィンに視線を向けた。ガーウィンは泉の直ぐ前まで近寄ると、泉の目元に指をあて、そっと何かを拭う仕草をした。
「泉を泣かせた奴は……許せねぇ……。それだけの報い、受けてもらうぜ」
 気付いていたのだ。泉が戻ってくるまでの道で泣いていたのに、ガーウィンは気付いていたのだ。
「ガーウィンさん……」
 泉はジーンと感動してしまった。嬉しかった。ガーウィンがここまで泉の気持ちになって考えてくれたことに、本当に感動していた。ガーウィンは優しいし、泉のことを大切にしてくれているのは分かっていたけど、でも、泉はガーウィンが朴念仁だから泉の気持ちなど分かってはくれないと勝手に誤解していた。本当に本当に泉が嫌な想いをしたことを、ガーウィンはちゃんと分かっていてくれたのだ。
 そこにガーウィンの声が下りてくる。
「ということで……泉はこれを着るように」
 ――訂正。やっぱりガーウィンさんは朴念仁ですッ!!
 泉は思い切り、ガーウィンを突き飛ばした。

 泉は今着ている服を脱いで、下着姿になった。直ぐ扉の外にはガーウィンがいて、もしガーウィンがその気になれば、泉の下着姿を見られてしまう。そんなことはない、と思いつつも、やっぱり早く着替えよう、と焦ってしまう。
 そんな泉の気持ちも分からず、ガレージの外のガーウィンが扉越しにのんびりと泉へ声をかけてきた。
「まだか〜?」
「ま、まだですッ!」
 泉は一生懸命、服を着た。こんな露出の激しい服でも、下着姿よりは数億倍――ううん、数兆倍ましだ。必死の努力の甲斐があって、数分後にはなんとか着替えを終えた。
「もういいかぁ〜?」
「は、はい、どうぞッ!!」
 泉は入っていい、とガーウィンに返事する。ガレージの扉を開けて、ガーウィンは入ってくる。泉は恥かしそうに胸の前で指を組みながら、ガーウィンに尋ねてみた。
「ど、ど、どうですかッ?」
「んっ……んーっ、あーっ……いいんじゃねぇか?」
 ガーウィンはチラリと泉を見ると、どうでも良さそうな気のない調子で言った。
 ――もう……!
 泉はプーッと頬を膨らます。こっちは凄く恥かしい想いしたのに、本当にガーウィンにはどうでも良さそうなので、泉はムカッと来た。でも……凄いギリギリの格好と思っていたけど……もしかして、そんなに凄くないのかも……? それを泉は鏡の前で確認してみたかったけど、ガーウィンという異性の前で鏡を覗いて服装を正しているところを見せるのも恥かしかったので、それは我慢した。
 ――あとで化粧室で確かめてみないと……。
 密かに泉は思う。それから泉はガーウィンの方へ視線を向けて、ガーウィンのヘアスタイルが微妙に変なのに気付いた。泉はガーウィンの腕を持つと、引っ張って席へ座らせる。
「もう、ちょっと大人しくしててくださいね」
「お、おおっ……?」
 泉はガーウィンの結んだ髪を直した。うん、これで大丈夫。服装的には変ではない――って、そんなことはない。やっぱりそうとう変かも、変態かも。
 しかし、ガーウィンは結んだ髪がすっかりお気に入りみたいである。鏡で必死に自分の全身を確認している。
「おっ……可愛い……俺って凄い美少女だったんだな」
 これはチャンスだと思い、泉はガーウィンの隣にさり気なく立って、こっそり自分の服装をチェックした。思っていたよりは、似合っていた。歩くとき気を付けないと下着が見えてしまうだろうけど……それさえ気を付けたら、健康的で可愛いかもしれない。ほっと一安心した。
 そんな風に自分の姿に見とれていると、今度はガーウィンが泉の手を引っ張ってくる。
「行くぜ! 待ってろ、“魔王教団”!」
 泉とガーウィンは銀幕市の繁華街であるミッドタウンへと向かった。

 ミッドタウンには沢山の人がいた。そしてその大半の人は、ガーウィンと泉を見ると、一瞬見てはいけないものを見てしまったような、ぎょっとした顔をする。最初はガーウィンに目が行き、それから今度は泉の方をまじまじと見てくる。多分、頭がおかしい2人組、と見られているのだろう。よく恥かしくて死んだ方が、という比喩を使うことがあるが、これは本当に一種の精神的拷問とも言えた。
 ――ひーん……早くもう帰りたいです……。
 泉はガーウィンの言うなりになったことを後悔していた。
 しかし、ガーウィンは泉の態度に気付かず、暢気にスキップしつつ歌を歌っている。
「ワタシは女の子♪。ワタシは女の子♪。エロカワイイ女の子なの♪」
 パシャ……。
 泉の直ぐ脇から、カメラのシャッターを切る音がいた。そちらを見ると、女子高生が物珍しそうに携帯を構えて、泉たちを写している。その女子高生は泉と目が合うと「すみませーん」と明るい声で言って詫びて、それから近くの友達らしい女の子たちを連れて、泉の周りに集まってきた。
「写真、撮らせてくださーい」
「えっ……えっ……?」
 泉はびっくりしてしまう。もしかして……映画の撮影か何かと間違われたのだろうか?
 泉が何か言う前に、ガーウィンは嬉しそうに返事する。
「おう、いいぜ……いいわよ、綺麗に取ってね★」
 みるみる人が集まってきた。学生から子供から大人まで、泉たちを取り囲んで撮影会になった。どんどん人は増えるばかりだ。泉はおろおろ……おろおろするばかりである。
 最初は大人しかった撮影者も段々大胆になってきた。どんどん、どんどん、撮影している人は泉に接近してくる。そして泉の前で立膝をついて、ローアングルからカメラを激写する。
 ――ちょ、ちょっと……その角度からだとパンツ、見えちゃいますッ!?
 泉はスカートを押さえて、必死にガードする。しかし、その恥じらいのポーズがマニア心を刺激したのか、どんどん相手の行為はエスカレートしていく。カメラを泉のスカートの下に差し込んで、下着を取ろうとするものまでいる。そのカメラを泉は必死に振り払った。
 ――ガーウィンさぁぁぁん……
 泉は半泣きになって、ガーウィンに助けを求める。しかしガーウィンは自分がカメラで取られているのに夢中だった。
 ――もう帰りたいです……。
 もう必死の思いでガーウィンのミニスカートの裾を掴む。それでようやくガーウィンは泉の方を見てくれた。
「どうした!? 泉!?」
「もう……ガーウィンさんのばかっ……」
 そこでようやくガーウィンは泉を取り巻く状況を察して、周囲の人を追い払ってくれた。
「はいはい、もうおしまい★」
 泉はほっと一安心する。でも、もう本当に帰りたい……。
 でも、さっきから脚を見られてると意識して脚に力を入れていたため、脚がパンパンにはっていた。帰りたいんだけど、このまま歩くのも辛いし、一旦どこかで休みたいかも。
 そういうと、ガーウィンはひょい、と泉を抱き抱えた。
「うひゃぁ!? ガ、ガーウィンさん!?」
 泉は思わず手足をじたばたさせて暴れる。冷静にガーウィンは指摘する。
「そんなに暴れると……パンツ見えるぞ」
「ひゃぁぁ!?」
 泉はスカートが捲くれないように手で押さえると、暴れるのを止めた。ガーウィンの顔を見上げる。こんなに近くに異性の顔があるなんて、初めての経験だ。自分でも頬が赤いことが分かる。
 ガーウィンはそんな泉を見下ろして、にっこり笑う。
「ま、待ってろ、直ぐ着くからな」
「ど、どこに……?」
「ゆっくり休めるところだ」
 その意味ありげな口調に泉はドキドキする。別にガーウィンに恋しているとか、そんな気持ちは全然なかったが、泉も女の子だから、こんな慣れない状況になると、例え家族同然のガーウィンだとしても、やっぱり意識してしまうのであった。
 花屋『アトリエひなた』やブティック『ラブコットン』などを通り過ぎ、近くのファーストフード店に到着した。
 そこでガーウィンはようやく泉を下ろしてくれる。ガーウィンは泉の顔を覗き込んで、笑った。
「ほら、ここなら少し、のんびりできるだろ? 少し休憩して、一旦帰ろう」
「で、でも……囮はどうするのですか……?」
 本当は凄く嫌だけど、ガーウィンの仕事の役には立ちたかった。それに一度引き受けたことを途中で投げ出すのは嫌だった。
「いいぜ、それは。どうせ狙われるのは俺だから、よく考えれば、泉まで連れてくる必要なかったからな。泉は一旦事務所に戻って、のんびり朗報を待ってくれ」
 ――無理です、無理です、絶対ガーウィンさんが狙われることは無理です。
 ぼそっと泉は言う。良く聞き取れなかったみたいで、ガーウィンは「んっ?」と不思議そうな顔をする。
「いいえ、何でもないです」
 でも、本当のことを言うと、ガーウィンが傷つくので、泉は言わないことにした。
 ガーウィンは注文を取りに、レジへと向かう。その間に、泉は席を確保することにした。
 空いてる席を探して、店内をうろうろ彷徨う。要領が悪いので、いい席がさっぱり見つからない。
 どごっ、どかどかばきっ。
 泉の直ぐ背後で物凄い音がした。振り返ると、カメラを持った少年がテーブルを巻き込んで倒れていて、それをガーウィンが見下ろしている。
 ガーウィンはその少年に凄んで見せた。
「見つけたぞ……このエロガキがぁ……」
「ひぃ……」
 どうやら泉は危うく盗撮されるところだったらしい。その現場をガーウィンが見つけて、盗撮していたエロガキに蹴りを 放ったみたいである。
 エロガキはガーウィンの怒り具合に、心底怯えた顔をした。突然のことに、泉もびっくりしていた。でも、悪い気はしなかった。何だかんだ言ってガーウィンは泉が嫌な想いをしたことを、こんなに怒っていたのだ。
「ガーウィンさん……」
「何で泉なんだよ、チクショー! 直ぐ傍にこんな美少女がいるんだぜ!? 何で俺を撮らないんだよ! お前の目は節穴か!」
 ――怒っていたポイントはそこですかッ!
 泉はずっこけた。 
 逆ギレしていたガーウィンがよっぽど怖かったのか、エロガキは“魔王教団”のことをペラペラ喋った。
 上手く脅して2枚招待状を手に入れると、2人はそのまま、オークションへと潜入することにした。

 銀幕ミッドタウンの聖林通りを外れたところにあるビルの地下2階、そこに“魔王教団”の本部はあった。
 映画であろうとも、かって他の世界を滅ぼそうとしていた魔王リゼンは、豪華に飾り付けられた近くの家具屋で格安価格で手に買った玉座に深々と腰を下ろし、膝にUFOキャッチャーで手に入れたシャム猫のぬいぐるみを持ってそれを撫でながら、配下の報告を聞いていた。
「へえー……なるほど、4人の配下が、消息を絶ったのね……?」
「はい」
「誰か、この魔王に逆らおうとしている人物がいる、と。……面白い」
 リゼンはクッと口の端を持ち上げて、不敵な笑みを浮かべてみせた。
「何者かは知らないけど、その愚か者には代償を払っていただくわ。邪魔させない……あたしの生活……ゴミを漁ってしのぐ生活は……もう、いや……」
「御意!」
 リゼンの言葉を聴いて、配下は無表情に深々とお辞儀する。
 リゼンは玉座から立ち上がると、オークション会場へ向かって歩いた。
「行くわよ、利夫」
「はっ!」
 利夫と呼ばれた配下も、リゼンの後に続いた。
 会場には沢山の人がいた。会場を一通り見回して、おや、とリゼンは眉を顰める。男性だけの会場に、3人の女性が紛れていたのだ。2人は際どい格好をしていて、周りからジロジロ見られている。1人はセーラー服を纏っていて……って、あれは女装した男だ。
 ――あいつらかしら? この魔王への反逆者は……?
 さり気なく、リゼンはその3人を観察する。
 すると、そのうちの女の子の1人がテクテクとスキップしながらリゼンの傍に近寄ってきた。ウサギ耳にウサギ尻尾……ちょっと普通の人間とは違うみたいである。
 早速仕掛けてくるのね……リゼンはそう考えた。そして、その女の子を取り押さえよう配下を、リゼンは片手で制して、身構える。この魔王に正面から堂々と挑んでくるなら、それに応じるつもりだった。それが、魔王のプライドだ。
 女の子はリゼンの直ぐ前に立つと、リゼンに飛び掛ってきた。
 ――は、早いっ!?
 凄まじい素早さだ。リゼンが能力を発揮するよりも早く、もう間合いに入られていた。そして……女の子はぎゅっとリゼンに抱きついてきた。
 ――組み合い……まずい!?
 リゼンも魔王の端くれ、格闘技はそれなりに使いこなせる。しかし、不意を討たれた今は、とても体勢を立て直す余裕などない。このままだと相手の思うがままだ。負ける、とリゼンは思い、恐怖のあまり身を竦めて目を閉じた。
 しかし……いつまでたっても、想像していたような衝撃は身体に襲ってこない。恐る恐るリゼンは目を開ける。すると間近にはその女の子の顔があった。女の子はまじまじとリゼンの顔を覗き込んでいた。そして何を思ったか、チュッとリゼンの頬にキスをした。
「やぁだぁ〜! アナタ可愛いじゃない!」
 リゼンは唖然としてしまう。
「って、何、何っ!? 新手の精神攻撃!?」
 それからキスされたのにようやく気づき、それを意識してしまい……カーッと頬を赤くした。
 なおも女の子はリゼンにキスをしてくる。
「やぁん、可愛いわぁん〜可愛いよぉ〜」
「や……やだ、やめてよ……駄目だってば……」
 リゼンはもぞもぞ身体を動かして、女の子から逃げようとする。しかしリゼンの身体は、しっかり女の子に抱きしめられていて、自由にならなかった。
 会場の男性たちはその様子に呆然としていたものの、やがて興奮したような声を出す。
「おおっ! 百合だ! 萌え〜♪」
 一斉にカメラを向け、ぱしゃぱしゃと夢中で撮影を始めた。
「もう……やめてよ……ってば!!」
 リゼンは半泣きになる。しかし、プライドの高い魔王が束縛されて無力に悶えているというギャップに、マニア心を刺激されたらしくて、会場の男たちは撮影に夢中になり、誰もリゼンを助けようとしない。
 と、そのとき、ひょい、とリゼンは首根っこを摘かまれた。そしてそのまま女の子から引き離してくれる。振り返ると、リゼンを助けてくれたのは利夫だった。利夫はこの会場で唯一、理性をたもっていたみたいである。
 落ち着いた声で、リゼンに問いかける。
「大丈夫ですか、リゼンさま?」
「ええ……ありがとう……」
 リゼンは安心して、その場にへなへなへなと座り込んでしまった。
 もう一度リゼンに抱きつきたくても、利夫に邪魔されてそれができず、女の子は残念そうな声を出す。
「あぁん……意地悪〜。せっかく、いいところだったのにぃ……」
「これも仕事ですから」
 利夫は淡々と答える。
 でも、女の子はめげない。リゼンの方を見ながら、リゼンと利夫の両方に聞いてくる。
「じゃあ、せめてその子の名前、教えて? 名前、何て言うの?」
「あたしは……終末の魔王リゼン。世界の破壊者……暗黒の支配者よ!」
 座り込んだまま、リゼンは表情を引き締めて、キッと挑むようにニーチェを見上げた。でも、そんなリゼンに女の子は全然威厳を感じなかったみたいである。気安い感じで女の子は言う。
「アタシはニーチェよぉん。宜しくね、リゼンちゃん」
 その気安さが嫌だったので、リゼンは露骨に顔を顰めてみせる。それからツンと澄ました顔で立ち上がると、ニーチェを無視して、そのままオークションの司会の台へと歩いていき、高々と宣言した。
「これより、オークション、開始するわよ!」

 そのリゼンの声は、客の振りをして会場に紛れていたジョシュアにも届いた。周囲の観客は一瞬、どよどよとざわめいたものの、直ぐに静まり返った。リゼンの方に視線を注ぎ、その言葉を聞き取るのに集中している。
「まずは最初の品! カフェ『スキャンダル』の看板娘、常木梨奈のローアングル写真よ!」
 リゼンの背後のスクリーンに映写機より写真が投影される。それは、梨奈がお店の制服を着て店の中を動き回っているところをローアングルから撮った写真だった。下着はぎりぎりのところで黒く影になって見えない。
 観客から次々と声が上がる。
「1000円!」
「俺は2000円だ!」
 どうやら最初はこういう価値の低い写真からオークションにかけられるようだ。ジョシュアは写真を鑑賞しつつ、リゼンを捕らえる隙を探す。周囲のリゼンの護衛は銃をちらつかせたら逃げていくだろうが、肝心のリゼンの実力はなかなか見切りが難しかった。
 ――やれやれ……色々と困ったものですね……。落ちぶれたらしいとは言え、魔王、と名乗る者がするのには余りにもせせこましい行動ですが……仮にも魔王と名乗るからには油断は禁物ですね。
 と、そのとき、ガソゴソという微かな音が上の方から聞こえてきた。周囲の他の物は、オークションに夢中で、その音には気づいていない。ジョシュアは音の方に視線を向ける。
 壁の天井寄りの位置にある排気口より、トランクを抱えた女の人が姿を現した。女の人は中の様子を一瞥して確認すると、スッと音を立てず床に着地する。ジョシュアの視線に気づき、女の人は近寄ってきた。
「あら、シャノン……あなたもここに来てたのね?」
「あ、いえ、その……あなたもシャノンの知り合いですか?」
 この女の人に、ジョシュアはまったく心当たりがなかった。シャノンの知り合いなのは分かるが、どのような関係なのかは分からない。
 尋ねられて女の人は不思議そうな顔をした。
「どうしたのよ? 忘れちゃった? わたしよ、わたし。リカ・ヴォリンスカヤよ」
「いえ、忘れたも何も、私はシャノンではありません。ジョシュア・フォルシウスと言います」
「やだー!! 何、冗談言ってるのよ、シャノンってば!!」
 ジョシュアの言葉を豪快に笑い飛ばし、リカはジョシュアの背中をばんばんと思い切り叩いた。女の人とは思えないほど、凄い怪力だ。思わずジョシュアは顔を顰める。
「だから、本当に私はシャノンとは別人です」
「またまた!! 面白くないわよ、その冗談!!」
 まったく話が通じていない。
 ――それなら……それでいいですね。特にたいした問題はありませんし。
 ジョシュアはそれ以上訂正するのを諦め、代わりに別のことを尋ねることにした。
「それでリカ……貴方は何をしにここへ来たのですか?」
「勿論! 乙女の敵をぶっ殺しに来たのよ!」
 リカは物騒な笑みを浮かべる。それからハッとした顔でジョシュアをまじまじと眺める。
「まさか……シャノン! あなた、写真を買いに来たんじゃないでしょうね!?」
「違います、目的は貴方と同じです」
 心外だというニュアンスを込めて、ジョシュアは答える。それを聞いてリカは安心したみたいに息を吐いた。
「それならいいわ。なら、一緒に戦いましょう」
「勿論そのつもりです」
「あなたはこの会場の人を何とかして。あのリゼンとかいう馬鹿娘には、わたしが正義の鉄槌を下すわ」
 リゼンの実力も、リカの実力も分からないが、自分がリゼンの相手をするよりは良さそうである。これだけきっぱり言い切るということは、リカはそれなりに自信があるのだろう。
「分かりました。お任せします」
 ジョシュアはリカの目を見て、にっこり微笑む。
 とそのとき、リゼンが次の商品の説明をする声が耳に入った。
「次はシャノン・ヴォルムスとその愛人のいけない写真!」
 いつの間にか、商品がその手の男の人向けの商品に変っていたみたいである。
 スクリーンに映し出された写真を見て、ジョシュアは微かに表情を曇らせる。
 リカは愉快そうにジョシュアの脇腹を肘で突っついた。
「あんた達も往来で大胆ね」
「可哀想に……」
 リカの台詞には突っ込まず、リゼンやその配下の運命に同情し、ジョシュアは呟いた。こんな写真を撮っていたことがシャノンにバレたら、この人たちはただでは済まないだろう。どんな恐ろしいことをされるのか、ということを考えると、我ながらぞっとする。
 そんな風に物思いに耽っているジョシュアの肩を、リカはちょんちょんと突っついて、ジョシュアを正気に戻らせた。そしてトランクをジョシュアへ差し出す。
「よければ、これを使って」
「これは……?」
 ジョシュアは訝しげにトランクを見つめる。このトランク、前から気になっていたが、何が入っているのだろう? 必要ないものを、わざわざリカが敵地に運んでくるとは、思えなかったからだ。
 その問いに答えて、リカはトランクを少し開けてみせた。そこに入っていたのは、ごついロシア製のライフル銃だった。
 思わず、ジョシュアはリカへ視線を戻す。
「でも、いいのですか? 貴方は? 魔王と戦う武器がなければ、困るでしょう?」
「あたしには……これがあるから」
 リカの手がさっと閃く。その手にはいつの間にかナイフが握られていて、ジョシュアの喉元に突きつけられていた。動体視力のいいジョシュアにも、いつリカがナイフを取り出したのか、分からなかった。
「なるほど、これなら大丈夫そうですね……」
 ジュシュアは納得した。あとは、リゼンの隙を見て、行動を起こすだけだった。

 会場の熱気に、泉は驚いた。
 周囲の男の人たちの視線は、一点に注がれている。
 会場のスクリーン――そこに映し出される少女たちの盗撮画像に。
 泉の知っている子たちも画像も、そこにはあった。その度に叫び出したい気持ちを、泉は抑えるのでいっぱいだった。
 一体この男の人たちは、何なのだろう?
 こんな卑劣な行為をして、本当に許される、と思っているのだろうか?
 ――ガーウィンさんはどう考えているのでしょう?
 泉は隣に立つガーウィンの方へ顔を向け、表情を窺った。
 ところがガーウィンはスクリーンを見ていなかった。ガーウィンはしきりと周囲を気にしている。そこにあるのは、プロの顔だった。
 ガーウィンは泉がこちらを見ているのに気づいて、泉の方へ笑みを浮かべてみせた。精悍で野性味のある笑みを。
「見たところ……あの魔王リゼンという奴の配下は15〜16人くらいだな」
「は、はい!」
「こりゃ、俺1人で何とかするのは難しそうだわ。泉……俺の傍を離れるなよ?」
「はい!」
 ガーウィンが盗撮画像に興味がなくて、安心した。もしガーウィンが盗撮画像に夢中になっていたら、泉は心底ガーウィンのことを軽蔑していただろう。そうならなくて、良かった。
 そんな風に思っていた泉の耳に、リゼンの次の商品を紹介する声が聞こえる。
「次は、『銀幕クアハウス』の脱衣所の盗撮画像! まずは商品を見てください!」
 泉はびっくりした。そこに映し出されたのは、泉の画像だった。
 ――いやっ……駄目駄目駄目駄目ッ! やめてくださいッ!
 叫び出したい気持ちで、泉はいっぱいだった。
 画像に写っている何もしらない泉は、そんな気持ちも知らず、どんどん脱いでいっている。これだけ大勢の男の人たちに遠慮なく裸を見られると思っただけで、泉は泣きたい気分でいっぱいだった。
「しゃねぇなぁ……行くぜッ!」
 えっ、と涙目で泉はガーウィンを見上げる。
 泉の視線には答えず、ガーウィンはリゼンを真っ直ぐ見つめると、会場の隅々まで響き渡る大きな声を張り上げた。
「待ちやがれ! この露出狂魔王が!」
 突然の大声に、リゼンは目を白黒させる。そして会場をきょろきょろ見回し、ガーウィンの姿を目で取られた。リゼンは目を細め、ガーウィンを睨みつけてくる。
「何者よ、あなたは」
「俺……あたしは魔王を倒す女勇者よ! 己の成した悪行の報いを受けるといいわ!」
「面白い余興ね……いいわ、相手してあげる」
 リゼンは愉しそうに、ペロッと唇を舌で舐める。そのときリゼンの目の前の床にナイフが突き刺さった。泉はナイフの飛んできた方向を見る。そこには大人っぽい感じのするゴージャスな美女がいた。美女はリゼンへゆっくりと近づいていく。
「な、何っ!? 他にもあたしに逆らおうという愚か者がいるのっ!?」
 リゼンは配下に泉たちを捕らえるように命じる。そして自らは美女と向き直る。美女の方がやっかいだ、とリゼンは判断したらしかった。
 戦闘が開始された。

 リゼンの配下たちは泉たちを取り囲む。配下たちの手には、ナイフやチェーンやスタンガンなどがあった。
 これだけの人数を相手にしても、ガーウィンは臆する様子はなかった。
「面白れぇ……やってやるぜっ! この俺さ……お姉様が相手してやるわ!」
 泉は空中に手を伸ばす。手を伸ばした先に、影のようなもやもやに包まれた、何か細い棒みたいなものが出現する。その棒を泉は掴む。それは刃のない槍であった。槍が泉の手に納まると、役目を終えた影はずるりと何もない空間に引き込まれように消えていった。
 ナイフを持った男がガーウィンに突きかかっていった。その一撃をガーウィンは身を捻ってかわす。そこにチェーンが飛んでくる。ガーウィンは一歩横にステップして、チェーンをかわす。
 チェーンの先には泉がいたが、泉はそのチェーンを槍で受け止めるのではなく受け流した。チェーンを持った配下の耐性が崩れる。そこにガーウィンが勢いをつけて、チェーンの配下に体当たりを食らわす。チェーンの配下はぶっ飛んだ。
 ナイフの配下が、ニヤリと嫌な笑いを浮かべて、泉へ切りかかっていく。それを今度は泉は槍でナイフを受け止める。ナイフの配下の足元が隙だらけだったが、もしここで足払いとかしたら、ナイフの配下は間違って自分を刺してしまう可能性がある。それはできない。
 迷う泉に対し、ナイフの配下は受け止められたナイフを引いて、2撃、3撃と、ナイフを繰り出してくる。泉はそれを避けるのが低一杯である。
 泉の横手から蹴りが飛んできた。それは見事、ナイフだけを叩き落した。蹴りを放ったのはガーウィンだった。ガーウィンは二段蹴りとばかり、続けてナイフの配下の画面に蹴りを放った。
 そのガーウィンの背中へカイザーナックルを持った男が殴りかかってくる。ガーウィンの身体を器用に避けつつ、泉は槍でカイザーナックルの男の鳩尾を突いた。カイザーナックルの男は苦悶の表情を浮かべ、床を転げまわる。
 ガーウィンは泉にニッと微笑みかける。
「ナイスだ、泉!」
「ガーウィンさんのフォローのおかげですッ!」
 2人の手ごわさは配下たちにも分かったみたいだ。しかしそれでも配下たちは引かなかった。なおも戦いは続く。泉たちはさらに1人、1人、配下たちを倒していく。
 そんな凛々しい泉の姿が萌えだったのか、周囲の客たちは泉にカメラを向けて、さっきからシャッターを切っていた。泉のスカートが少しでも捲れる度に、「おおっ♪」とどよめきが湧き起こり、凄い勢いでシャッターが切られていく。正直、凄い居心地が悪かったが、次から次へと配下が襲ってくるので、それに構っている余裕はなかった。
 そして何度目かのガーウィンの蹴りが配下を吹っ飛ばす。そこにはスクリーンに画像を映していた映写機があった。画像は騒動が起こったため、今、止まっていたが、その衝撃が再び映像が動き出す。
 スクリーンに、泉がいよいよ下着に手を掛けたシーンが映し出される。
「うぎゃぁぁぁ!? やめてッ!?」
 泉は叫ぶが、映像は止まらない。泉は映写機へダッシュする。そこに横手から木刀を持った配下が襲ってくる。その一撃をかいくぐると、泉は高々と脚をあげて、映写機に踵落としを決めた。映写機は粉々に吹っ飛ぶ。これで一安心だ。
「見えた♪」
 会場の客達の大きな歓声で、泉は気づいた。今のもしかして……丸見え……。
「いやーっ!?」
 泉は超赤面し、今更遅いけど、槍を持った両手でついスカートを押さえてしまう。そこに配下が木刀を打ち込んでくる。今の泉は隙だらけだ。
 ――やられるッ!?
 泉は強烈な痛みを覚悟した。

 ジョシュアはスーツケースからライフルを取り出す。
 泉たちが配下と戦うちょっと前、リカがリゼンに対して近づいていったとき、それと同時にジョシュアも行動を開始したのだ。
 そしてライフルを周囲の客に見せびらかすように、ジョシュアは構えた。
「皆さん、警察が来るまで、大人しくしててください! 動いたら、痛い目にあいますよ!」
 客はライフルを見て、怯えたような声をあげた。ジョシュアから遠ざかる方へじりじりと客達は後ずさりする。
 リゼンの配下の大半は、女装男とミニスカ女の方へ行っている。客たちも抵抗する様子はない。これならリカを助けにいっても平気だろう。ジョシュアはライフルを構えたまま、リカのいる方へ向かおうとした。
 そのとき、ライフルが何か見えない力に引っ張られた。突然のことに、ジョシュアはライフルを見えない力に奪われてしまう。ライフルはオークション会場の隅っこまで転がっていってしまう。
「何者ですっ!」
 ジョシュアは周囲を見回した。何の前触れもなく、突然ジョシュアの右腕が服ごと見えない力で切り裂かれる。痛みにジョシュアは腕を押さえる。
 人ごみを割って、1人の男がジョシュアの前に立ちはだかった。先ほどニーチェの首根っこを持ってリゼンを助けた男――ジョシュアは名前は知らなかったけど、リゼンの配下で利夫と呼ばれていた男――であった。
 利夫は無表情な顔でジョシュアを見つめる。
「オークションの邪魔です。どうかお引取りください」
 手に武器はもっていない。どんな方法でジョシュアの腕を切り裂いたのか、まったく理解できない。ジョシュアは目でライフルの位置を確認しつつ、利夫に対して言う。
「そのオークションを妨害するために来たのですよ、私は」
「そうですか、ならば実力で排除します」
 利夫は右腕を微かに動かす。嫌な予感がして、ジョシュアは横にステップした。ピュッ、と何かが空気を切り裂いた音がした。
 ――魔術? 超能力? 一体何でしょう、この力……。
 さらに利夫は右腕を縦に横にと振るう。見えない力の正体は分からないけど、その右腕の動きを見て、何とかかわすことができた。
 しかし、原因不明の見えない攻撃だから、いくつかは攻撃を受けてしまう。その度に、ジョシュアの身体が切り裂かれていく。
「いやーん、やめてよぉ〜」
 ジョシュアの横手で悲鳴が聞こえた。あのニーチェという女の人が、客に襲われている。ニーチェを捕まえようとする客の手を、必死に避けている。ニーチェの動きは意外と素早かったが、人数が人数だけに、いずれ捕まるだろう。
「どうやら、早めに、決着をつける必要があるみたいですね……」
 ジョシュアは低く呟く。その呟きに利夫は応える。
「それは私の台詞です。あと3人、相手にしなければならないですしね」
 見えない力は右腕の動きに合わせて動いている。右腕の動きにさえ注意していれば何とかその攻撃をかわすことができるだろう。
 何か利夫の動きを止めることができるものはないか探して、ジョシュアは周囲を見回した。それをジョシュアは見つけた。
 ジョシュアは決断した。そして直ぐ行動する。
 右手へ跳ぶとみせて、左手へ跳ぶ。客が持っていた炭酸ジュースの瓶を奪うと、利夫へ向かって投げつけた。
 それは見えない力によって、切り裂かれた。しかし、シェイクされた炭酸水は爆発的に液体を周囲へ撒き散らす。その隙にジョシュアは利夫の脇を一気に走り抜ける。それを妨害しようと、利夫は何度か闇雲に右腕を振るったが、右腕の動きに注意していたおかげでそれをかわすことができた。
 ジョシュアは床に転がっていたライフルを手にした。
「そこまでですっ!」
 叫ぶなり、ライフルを構えて、利夫の背中へ向かって引き金を引く。
 だだん!
 銃声が当たりに響いた。しかし、ライフルの銃口はジュシュアが引き金を引いた瞬間、何かに引っ張られて下を向いてしまった。弾丸は利夫まで届かず、利夫の手前の床に穴を開ける。
 利夫はジョシュアの方へゆっくり振り返りながら言う。
「あなたの思惑は分かってましたよ。正体不明の力を恐れて、最後は落ちているライフルに頼ることも。だから、こちらも奥の手を隠しておいたのです」
 利夫は左腕をぶんと横へ振るう。その動きに合わせる感じに、ライフルは引っ張られ、そのままジョシュアの手を離れて前方に転がる。
 ジュシュアは利夫の右手にしか意識を集中していなかったが、利夫は左手でも見えない力を操ることができたのだ。
「これでお別れです。さよなら……」
 利夫は右手を大きく振るう。
 見えない力はジョシュアの右胴をまともに薙いだ。

 リカはリゼンと対峙した。
 リゼンは小さい胸の前で腕を組み、リカを見下すように鼻を鳴らす。
「このあたしに挑んでくるとはいい度胸ね。でも、果たして、それだけの実力があるのかしら?」
「あなたこそ、わたしを怒らせたこと、後悔するといいわ!」
 リカとリゼンは睨み合う。お互い、手の内が分からないから、なかなか動けない。少なくてもリカの方は怒っていても、慎重さは忘れていなかった。
 じりじりと少しずつ間合いを詰める。と思った次の瞬間、リカは真横に跳んだ。銀色にきらめくナイフが数本、リゼンに向かって飛んでいく。
 それを避けようともせず、リゼンはただ右手を突き出した。ナイフがその右手の掌の位置に迫った瞬間、黒い稲妻がまるで盾のようにナイフを弾き返す。
「無駄よ、無駄、無駄!」
「くっ……」
 リカはさらにリゼンの横へと走る。
 ――正面が駄目なら、背後から攻撃よ!
 リカの速度にリゼンはついていけない。リカはリゼンの背後を取ったと同時にナイフを放つ。
 その殺気を感知したのか、リゼンは上半身だけ振り返り、今度は左手を突き出す。ナイフは黒い稲妻に弾かれる。そしてリゼンは左手の方に転がると、立て膝をついて、それまでリゼンの立っていた位置から右手の位置に回ったリカを真正面に見据えた。
 リゼンはリカに向かった両手を突き出す。そこから黒い稲妻がリカへ走る。リカはさらに自分の右手へステップして、その稲妻をかわした。
 稲妻は壁に辺り、轟音を立てて爆発する。
「あら、威力が強すぎたわね……今度はもうちょっと手加減して攻撃しましょう」
「そうよね……こんな攻撃、無差別に使ったら、地下が埋まっちゃうわよねぇ……」
 リゼンの言葉に答えながらも、リカはリゼンを真っ直ぐ見つめて、目を離さない。喋りながらもリカはどうやって相手を倒すか考えている。
 少しお互いの手のうちの探りあいが続く。その間にリゼンは転がったときについた埃を手で払い落とし、立ち上がった。
「こないの? ならば、あたしからいくわよ!」
 リゼンはリカへ向けて右の手の平を突き出す。そこから無数の先ほどより小さい黒い稲妻が走った。一つ一つは先ほどの稲妻より威力は弱そうだが、前方への無差別攻撃といっていいほど数が多い。これを全部かわすのは難しい。
 左右上下、どこへ逃げても無理だ。
 だから、リカは前方へ走り、リゼンと距離を詰めた。リゼンへ近づけば近づくほど、稲妻は密集し、攻撃範囲が狭くなる。身を屈め、稲妻を左肩の服一枚掠っただけでかわす。そのままリゼンの直ぐ前まできて、ナイフをリゼンの顔へ突き立てた。
 ――しとめた!
 硬い手ごたえを感じたので、一瞬リカは思った。しかしナイフはリゼンの左手の掌に受け止められていた。手の平には静電気みたいな稲妻が微かに走っている。とっさに掌に小さい稲妻を作って、ナイフを受け止めたのだろう。
 リゼンはリカの胴を蹴っ飛ばす。リカは数メートル後方へ吹っ飛ぶ。
「きゃぁ!?」
 しかし、倒れた勢いを殺さず綺麗に受身を取ってリカは直ぐ立ち上がる。そして再び左横へジャンプする。予想通り、リカが倒れていた場所へ、直ぐ黒い稲妻が放たれていた。あのまま直ぐ逃げなければ、稲妻にやられていただろう。
「降参したらどう? あたしの“魔王の盾”はあらゆる攻撃を防ぐわ。あなたに勝ち目はないわよ」
「その“魔王の盾”も万能じゃないようだけど……ねっ!」
 リカは立て続けにナイフを放つ。リゼンは両手を突き出して、それを迎撃する構えを取る。
「ならば……そのナイフごと、吹き飛ばしてあげるわ!」
 飛んできたナイフを巻き込む形で、リゼンは稲妻を放った。リカは左にステップして稲妻を避けるが、粉々に吹っ飛んだナイフの破片がリカの身体を突き破る。
「くっ……」
 リカの動きは一瞬鈍くなる。そこへリゼンは右手を突き出す。次に攻撃を放たれたら、もう避けられない。確実にリカを直撃する。
「これで……とどめよっ!」

 配下の木刀の攻撃が泉に当たると思った瞬間、襲い掛かってきた配下の顔面に、蹴りが飛んできた。泉に気を取られていた配下は、蹴りをまともに浴びて、吹っ飛んでいく。
「ガーウィンさん!?」
 泉は蹴りを放ったガーウィンの名前を叫んだ。ガーウィンは別の襲ってくる配下と戦いながら、泉に発破をかけてくる。
「こらっ! 何してるんだ!」
「ごめんなさい!」
「しっかりしろよ……あと少しだから……無理そうなら、下がっててもいいけどな……」
「平気ですッ! まだまだ、やれますッ!」
 そうだ、今は恥かしがっている場合じゃない。ガーウィンさんと一緒に戦わないと!
 泉は槍を構え直した。
 その後の泉とガーウィンのチームプレイは見事だった。残りの配下を倒すのに、さほど時間は掛からなかった。
 泉ははぁはぁ息を乱しながら、それでもガーウィンの傍に駆け寄る。
「終わりました、ガーウィンさんッ!」
「ああ、よくやったぞ、泉」
 ガーウィンは泉の方を見て、泉の奮戦を労うように、ニヤッと笑った。
 それから周囲を見回してみると、先ほどナイフを投げた美女が、魔王リゼンと戦っているのが見える。倒すべきは倒したし、今度は泉とガーウィンは、その美女の手助けに向うことにした。

 カキン。
 甲高い音が辺りに響いた。
 見えない力は確かにジョシュアの胴を薙いだはずだった。しかし、ジョシュアは無事だった。
「ばかな……あれで倒れないなんて……。あなた、胴に何か仕込んでいるのですか……?」
 利夫は呆然とし、叫ぶ。ジョシュアは何でもないことのように言った。
「そちらが奥の手を隠していたのと同じように、こちらも奥の手を隠していたのです」
 利夫に見せ付けるように、ジョシュアは上着を捲ってみせた。そこにはホルスターに納められていた拳銃があった。見えない力は鉄の塊である拳銃に当たり、弾き返されたのだ。
 さらに呆然としている利夫へ、ジュシュアは語り始める。
「あなたの見えない力の正体、分かりました」
「何ですって……?」
「最初は魔術か超能力かと思いましたけど、種を明かせば簡単なことでした。その腕に、とても細いワイヤーを仕込んでいたんですね。そのワイヤーを操り、私の肉体を切り裂いたり、ライフルを奪ったりしていたのです」
「……」
 利夫は沈黙する。どうやら図星だったみたいである。
 しかし、直ぐに気を取り直したようだ。両腕を微かに持ち上げ、ワイヤーを振るう構えを取る。
「仕掛けが分かったからと言って、攻撃を防げないなら、意味はありませんよ」
「そうでしょうか? 少なくてもその武器なら弱点があります。武器がワイヤーなら、接近してしまえば、もうワイヤーを使って攻撃することは出来なくなります」
「そう簡単に接近できると思っているのですか!」
 その言葉に答えず、ジョシュアは低く身構える。少々のダメージを無視して一気に駆け寄り、タックルから押さえ込む姿勢を取った。
 そして次の瞬間、ジョシュアは駆け出す。走りながら上着を捲って、銃に手を掛け、ホルスターから素早く銃を引き抜いた。
「甘いっ! 接近すると見せて、銃を使ってくることはお見通しです!」
 利夫は両腕のワイヤーをふるって、銃を叩き落そうとする。
 もしそのままジョシュアが銃を構えて利夫を撃とうとしていたら、ワイヤーによってあっさり銃は奪われていただろう。しかしジョシュアが次に取った行動は利夫にとって予想外だった。
 ジョシュアは銃を抜いた勢いのまま、利夫の右手目掛けて銃を投げつけたのである。銃は狙いたがわず、利夫の右手に当たる。利夫の右手に激痛が走り、隙が出来る。その隙をジョシュアは逃さない。
 そのまま走って、一気に間合いを詰めると、利夫の服の襟を掴んで、背負い投げの要領で利夫を投げ飛ばした。利夫は床に激突し、ピクリとも動かなくなる。
 倒れている利夫を見下ろして、ジョシュアは語りかける。
「ふう……強かったです、あなたは。でも、自己の力を過信したのが、敗北の原因です」
 利夫を倒して安堵していたジョシュアの耳に緊張感のない悲鳴が飛び込んでくる。
「いやーん、助けてぇ〜」
 まだニーチェが客達に追われて、逃げ惑っていたみたいである。ジョシュアはそちらへ拳銃を向けて、ニーチェを襲っている客たちを追い払った。
 ニーチェを助けてから、ジョシュアは周囲の様子を確認した。ジョシュア以外にもリゼンの配下と戦っていた者たちがいたみたいだが、そちらも丁度戦いが終わったみたいだった。しかし、リカはまだリゼンと戦っていた。
 ジョシュアもリカの手助けをするために、リカが戦っている方へと駆け出した。

 リゼンの稲妻は放たれなかった。
 リゼンは稲妻を放とうとしていた右手を咄嗟に引いて、頭の真上から降ってきたナイフを右手と左手の間に挟むようにして掴み取った。
「なるほどねぇ……愚直に真っ直ぐあたしへナイフを投げつけてくると見せて、ナイフを上へ投げたのね。そしてナイフは放物線を描いて、油断したあたしの死角から襲ってくる。考えたわね……でもね、あたしの方が一枚上手だったわ」
 さすがに利かないと分かっているのに、真正面からナイフを投げてきたら、何か作戦があるのだろう、とリゼンでも思いつく。あたしの読み勝ちだ、とリゼンは確信した。
 リゼンはリカへゆっくりと近づいていく。
「さてと、それがあなたの最後の足掻きみたいね。おしかったわ……あと少しで魔王を倒せるところだったのに。でも、これでわかったでしょ、あなたに勝ち目がないことが。もう諦めはついたでしょ?」
 しかし、それを聞いて、今度は逆にリカが勝ち誇ったように笑ってみせる。
「勝ち目がない? 何言ってるのかしら?」
「負け惜しみは見苦しいわよ」
「負け惜しみ? 違うわよ。気づかない、この音?」
 言われてリゼンは耳を澄ます。何やら天井から、機械がミシミシという不気味な音が聞こえてくる。リゼンはハッと上を向く。
 リカは叫んだ。
「あたしの本当の狙いは……これよ!」
 その途端、リゼンの顔へ、スプリンクラーより大量の水が降り注いできた。
「きゃぁ!?」
 水の勢いは直ぐに弱くなったが、リゼンとリカのいる周囲には今もなお雨のように水が振っている。水はリカを、リゼンを、そして周囲の床を、びしょびしょに濡らしていった。
「こ、これは……!?」
「あなたには分からなかったでしょうけど、上に向かって投げたナイフは一本ではなかったのよ。ナイフでスプリンクラーを破壊させてもらったわ。あなたの稲妻、この状況でも使えるかしら?」
「くっ……」
 リゼンは歯を食い縛る。
 使えない……稲妻の力を使ったら、リゼンまで感電してしまう。
 リカはリゼンとの距離を一気に詰めた。そして右手で、素早くリゼンの顔の辺りを薙ぎ払う。リゼンは咄嗟に頭を後ろに逸らしてかわす。しかし、その攻撃も囮であった。
 はらり……。
 リゼンの身に着けているボンテージの服の肩紐が切り裂かれた。リゼンの胸が露になる。
「きゃぁぁ!?」
 リゼンは慌てて両手で抱きしめるようにして胸を隠す。そこにリカのナイフが右から左へ次々と襲ってくる。“魔王の盾”も使えず、両手を塞がれたリゼンは、かわすので精一杯であった。
 ――魔王のあたしがこんな屈辱……く、悔しい……。
 リゼンは恥かしさと惨めさで泣きたい気持ちでいっぱいだった。
 そこに横手から声が飛んでくる。
「助けに来たぞ!!」
 チラリと横目で声の方を見ると、リカの仲間らしい人たちが、リゼンの配下を倒してリカを助けるためにこちらへやってくるところだった。
 余所見して隙が出来たところに、さらにリカがナイフで斬りかかってくる。何とかリゼンはそれを身を捻ってかわしたが、濡れた床で脚を滑らせてしまった。
 両手が開いていたら、受身を取って、その勢いで直ぐ体勢を整えることができただろう。しかし、リゼンは胸を他の人に見られるのが絶対嫌だった。転びながらも必死で胸を隠そうとして、そのまま尻餅をついて、ペタンと座り込んでしまう。そのリゼンの首にピタッとナイフが突きつけられる。
「わたしの勝ちよ」
 ――そんな……あたしが負けるなんて……。
 負けを認めるのは嫌だったが、もうリゼンには、この状況を打開する方法は思いつかなかった。

 泉はガーウィンに続いて、リゼンの傍によった。
 リゼンの周りには泉の知らない人たちがいた。
 ナイフを持った美女と、色っぽい女の子、それに映画スターみたいに格好い男の人、それぞれ泉たちと同時にリゼンの組織の人たちと戦っていた人たちである。
 そのことと、あと今リゼンを逃がさないように取り囲んでいることからして、その3人はリゼンの敵――つまり泉たちの味方なのであろう。
 泉は名前は知らなかったが、その3人の名前は、リカとニーチェとジョシュアであった。
 その3人から泉は肝心のリゼンへと視線を向けた。
 リゼンは両腕で胸を押さえたまま、下を向き、うなだれている。人間に負けたのが、よっぽどショックだったのだろう。今のリゼンには魔王としての傲慢なまでの威厳がこれっぽっちも感じられない。今のリゼンの姿を見ていると、まさに外見相応の14歳の少女にしか見えなかった。
「さてと……どうしてくれようかしら?」
 リカはナイフをいじりながら、リゼンを見下ろす。
「……」
 それに対し、リゼンは無言だ。喋る元気もないらしい。そんなリゼンを見ていると、何だか泉は可哀想になってくる。盗撮されたことは凄く嫌だったが、もうしないと約束してくれるなら、泉は許してあげよう、という気分だった。
 しかし、リカはそれくらいでは、まだリゼンのことを許すつもりはないみたいである。さらにきつい言葉をリゼンへ浴びせる。
「分かっているの、自分のしたことが? あなたのせいで傷ついた乙女たちが沢山いるのよ。どう責任取るつもり?」
 泉は、どうすればいいのだろう、と思い、ガーウィンを見る。ガーウィンは頭を掻き掻きしながら、リカの怒りを抑え、黙っているリゼンから話を聞きだそうとしてか、のんきにリゼンへ語りかける。
「おいおい、魔王様がこんなセコい事してていいのか? 魔王なら魔王らしくもっとデカい花咲かそうぜ」
「だって……」
 ガーウィンの敵意の感じられない言葉を聞いて、リゼンはようやく口を開く気になったみたいである。ポツポツと声を詰まらせながら、掠れた声で呟く。
「だって……仕方ないじゃない……。そうしなければ、生活、出来なかったんだもん……じゃあ、他にどうしてれば、よかったのよ……」
「だからって……もっと他に方法があっただろうに……アルバイトするとかさ……?」
「アルバイトって、何よ? それ、どうすればいいのか、分からないよ……」
 拗ねたようにリゼンは言う。リゼンはこの世界に飛ばされて、どうやらアルバイトの仕方すら知らなかったみたいである。ガーウィンはやれやれと溜息を吐いた。
 泉は身を屈めて、そっとリゼンの顔を覗き込む。
「アルバイトの仕方なら、教えてあげますから? だから、こんなことはもうやめてくださいね?」
 リゼンは縋るような目を泉に向ける。そのリゼンへ、ジョシュアは優しく言って聞かせる。
「美しい方なのに、その様な行為は慎んだ方がいいと思います。強い女性は好きですが、ね」
「うん……」
 優しくされて、リゼンは泣きそうな顔をした。今までは泣く元気すらなかったのだろう。
 しかしリカはまだリゼンのことを許せないみたいだった。手を振り上げて、思い切りリゼンの頬をビンタする。
 突然のことに、泉は驚く。リカを止めよう、とする。しかし、前に進みかけた泉の方をガーウィンは掴んだ。そして、それはやめとけ、というようにそっと首を振る。
 リカはリゼンへ凄んでみせる。
「さっきから聞いてれば言い訳ばかりして! 悪いことをしたのは、あなたでしょ。あなたが自分の意思で悪いことをしたんでしょ。だったら、あなたは責任を取らないといけないでしょ!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
 よっぽどリカの剣幕が怖かったのか、ついにリゼンは泣き出してしまった。
「泣いたら、許してもらえると、思うの?」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「もうあんなことしないわね?」
「もうしない……」
 リカの言葉にリゼンはこくこく頷く。
「じゃあ、可愛らしいお姉さま許してくださいって言ったら許してあげる」
「か、か……可愛らしいお姉さま……許してください……くすん……」
 弱弱しい声で、リゼンはリカの言葉を繰り返す。
 リカは手を振り上げる。それを見てまたぶたれると思ったのか、リゼンはビクッと怯えた表情になる。
 しかしリカはその手をそっとリゼンの頭の上に乗せた。そしてリゼンの頭を優しく撫でた。
「そうそう、悪いことをしたら、ちゃんと心を込めて謝ることが大事よ。やればできるじゃない」
 その様子を見てて、泉はほっとした。リゼンも改心したし、リカも納得したし、これで一見落着であろう。
 リゼンは撫でられながら、少しほわんとした様子でリカの顔を見上げている。
「お姉さま……」
「今度ウチの店に来なさいよ。ご馳走してあげるから」
 リカはさばさばとした笑みをリゼンヘ向けた。
 こくん、とリゼンは素直に頷いた。
 ガーウィンも泉へ笑みを浮かべてみせる。
「良かったな、泉。どうだ? 泉の方から、他に何か言っておきたいことはあるか?」
「何もないです。これで十分満足です」
 泉もガーウィンに笑みを返した。嫌な経験はしたものの、本当に丸く収まってよかった。そういう気持ちで泉はいっぱいだった。
 その笑みを見て、ガーウィンも納得したようだった。
「そうか……そうか……」
 うんうん、とガーウィンは頷く。
 真面目な話に一区切りがついたことがわかったらしく、ニーチェははしゃぎながら座り込んでいるリゼンに抱きついた。
「ずるいずるーい! あたしもリゼンちゃんを可愛がるの」
 ニーチェは頭をリゼンの胸にすりすりする。リゼンは赤い顔をしながら、悶える。
「ちょ、ちょ、ちょっと!? やめてよ、駄目だってばーっ!?」
 リゼンの悲鳴が辺りに木霊する。その後直ぐ、それを見ていた泉たちの楽しそうな笑い声が沸き起こったのだった。

クリエイターコメント こんにちは、相羽まおです。今回はこのシナリオにご参加していただいて、有難うございました。

 以前に書いたノベルで、名前のミスを指摘されました。
 本当にごめんなさいです!
 今回はそんなことがないように、念入りに推敲させていただきました!

 これからも頑張って執筆していきますので、どうかまたお会いできることを楽しみにしています。
 今回も執筆、大変でしたけど、楽しかったです。
 次のOPの発表は7月になると思います。どうか宜しくお願いします。
公開日時2008-06-11(水) 19:30
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