★ イコール ★
クリエイター八鹿(wrze7822)
管理番号830-5201 オファー日2008-11-08(土) 13:29
オファーPC 刀冴(cscd9567) ムービースター 男 35歳 将軍、剣士
ゲストPC1 理月(cazh7597) ムービースター 男 32歳 傭兵
<ノベル>

 腐れ葉の湿った匂いを踏む。
 刀冴は斬り掛かってきた男の切っ先を逃れて、その手首を取った。
 足元を蹴り飛ばして、手首を軸に男の身体を縦に一回転。
 男が地面に背を打った衝撃で緩んだ手元から剣を掠め取り、大剣を振り上げていた大男へと投げつける。
 だが、宙空を貫いた剣は男に触れる事無く、目に見えない力に弾かれて地面に落ちた。
(やっぱりな)
 その出来事を確認しながら僅かに屈んで、側面より迫った槍先を一足で潜り抜ける。
 槍はこちらを追って振り回されたが、木の幹に阻まれて硬い音を響かせた。
 音を背に刀冴が腐葉土を踏み進んだ先、槍を腰溜めに構えた男が刀冴の速さを追いきれず目を白黒させている。
 体勢を低く保ったまま男の眼前に迫り、そして、男の喉元へ柄尻を叩き付けるように腰の剣を引き抜いた。
 手元に鈍い音が伝わって、男の身体は首から空へと引き上げられるように飛ぶ。
 夕前の日差し。
 杵間連山の紅葉が鮮やかな天蓋を広げていた。


 ――三十分前。
 ムービースターの軍隊によって厳戒態勢の敷かれた杵間連山の一角。
 山裾を囲む様に軍服を着た男達が待機しており、その手には物騒な重火器が抱えられていた。
 兵士達の顔は一様に苦渋に満ちており、そこには隠し切れていない苛立ちが滲んでいた。
「厄介な状況です」
 バインダーを手に、軍人の男は言った。
 野外に臨時に設営されたテント。
 そこへ刀冴と理月は呼び出されていた。
 上空を飛び回るヘリの音が響いている。
 理月が刀冴の後ろで、その飛びまわっている音の元を見上げていた。
 軍人が咳払いをして続ける。
「今日午前十一時頃に中世ファンタジー系統と見られる賊の一団が住宅街に出現し、各地で被害。我々が出向き、奴等を山の中へ追い込んだまでは良かったのですが……」
 軍人はそこで軽く言い淀んで、奥歯を僅かに噛み鳴らした。
 晴天の今日、今は陽が傾き、秋に向かう風が微かな火薬の匂いを含んで吹いている。
 刀冴が先を促すように、眉を上げて軍人の顔を伺う。
 軍人は咳払いを一つ落としてから続けた。
「奴等が山に篭ってから、我々の装備が一切通用しなくなったのです。……弾が当らない。その癖、連中の矢は的確に我々を射抜く事が出来る」
 そこで男は一度、静かに息を吸って、吐いた。
「こちらの被害のみが拡大する一方でありましたので、一時撤退。連中の出現元の映画は現在不明ですが、首領と見られる人物が魔法を用いていた事が確認されておりまして、つまり、ある種の結界魔法ではないかと判断しました。故に、こういった状況への対応力が高い方へ助力を仰がせて頂いたという次第なのです」
 軍人の視線が神妙に刀冴達へと向けられる。
「話は判ったよ」
 刀冴が片目を細めながら頷く。
 色白の身体の左半面に翼を意匠化した刺青の入った長身。黒い長髪を後ろで束ねており、目は青く、耳は尖っている。彼が腰に携えているのは160cmはあろうかという大剣で、鞘には蘭と狼を思わせる装飾が施されており、柄の部分から龍の彫り物がついた根付がぶら下がっている。
 刀冴は、さて、と折り畳みテーブルの上に広げられた略地図に目を走らせた。
 そこには賊達の動向も示されている。
「構成を聞いておきてぇな。得物と人数」
「使用の確認された武具は、剣、弓、斧、槍。首領のみ甲冑を身に付けていました。賊の数は五十前後と見られます。お二人だけでは、相手にする数が多……」
「首領が甲冑とは、判り易い事で結構」
 刀冴が軍人の言葉を遮って頷く。
「数も問題ねぇよ。な? 理月」
「え、あ、ああ、まあ」
 ふいに話を振られて、ヘリを眺めていた理月が慌てて返事をする。
 褐色の肌をした黒髪銀目の男だ。動きやすそうな黒衣を身に纏っており、腰には日本刀に良く似た獲物を携えている。
 理月が誤魔化すように頬を掻いてから、軍人の方へと頷いた。
「数を相手にするのは得意だから。俺も、刀冴さんも」
「……一騎当千、という奴ですか」
「まあ、そんなところで」
 理月と軍人がそんな遣り取りをしている間、刀冴は略図を眺めていた。
 そして、トツトツと図を叩く。
「連中、最初に篭った森から移動してねぇのか?」
「ええ、まだ移動の気配は見られません」
 理月が不思議そうに刀冴の顔を見遣る。
「なんか引っ掛かんの?」
「連中はこっちが空から監視してるなんざ想像の範囲外だろ? 完璧に囲まれちまう前にこっそり移動しようとすんのが自然なんだが……」
「結界があるから安心しきってるとか」
「一戦目でこっちが全てのカードを見せたと思えちまうほどおめでたい連中や、山での持久戦によっぽど自信があるってんならそれもありだが……連中、何か企んでる?」
「あー……何かって?」
「多分、包囲突破の切り札準備中ってとこじゃねぇかな」
「切り札、ですか」
「まあ、なんにせよ手早く片付けるに越した事はねぇって事だ。早く終わらせて夕飯の支度をしなきゃなんねーし」
「は……夕飯?」
 軍人が、ふいに思ってもみなかった話題が出て耳を疑ったのか聞き直してきた。
 理月が、ああそういえば、と顔を綻ばせて刀冴に問い掛ける。
「そうだそうだ、夕飯、今日は何にすんの?」
「帰宅時間次第だが……折角こんなとこまで来たんだから山菜狩りをして茸汁。炊き込み御飯。と季節感に富み、家計に優しいプランを鋭意構想中だ」
 そう楽しげにワクワク献立計画を話す刀冴の後ろで、風を叩くヘリの音が秋空高く響いていた。
 

    ◇


 杵間山連、森の中。
(12……)
 木の上より、赤葉を散らして地面に飛び降りた理月が、槍持ちの背中へと刃を突き立てながら数えた。
 唐突に現れた理月の姿を中心に賊どもにざわめきが広がる。
 理月は連中の準備を待たずに、槍持ちの背を蹴り抜いて白銀の刀身で小さな弧を描く。
 その刃は、剣を抜き掛けた男の身体を撫で斬った。
 次いで、飛来する矢を斬り伏せて、1メートル少しの高さへ抑えた跳躍。一斉に突き出された槍から逃れる。
 群がった槍先が擦れ響かせた金属音を聞きながら、落下に合わせて上段から身体ごと振り下ろす一刀。
 斬撃の感触と着地の感触を確かめるた刹那に、土を足裏で抉り込みながら切っ先で無限を描く。
 槍の柄と連中の血とが宙空に斬り散らされた。
 やがて。
 辺りから怒号や金属音は消え、理月は返り血すら浴びる事なく、黒くそこに立っていた。
「やるねぇ」
 声は5メートル程離れた所から聞こえた。
 木間に、仮面を付けた男が立っていた。
 顔を覆い隠す木製の奇妙な仮面を付けている以外は、他の賊らと大差の無い格好をしている。
「そうでもねぇ」
 言った言葉をその場に置き去り、理月が男の方へと身を駆る。
 土蹴りの音が重なり、理月の刃が男の首を捉えた。
 筈だった。
「そうだね。雑魚を何匹斬ったところで、調子に乗られても困る」
 男の声は別の場所から聞こえた。スカスカの手応えは捨て置いて跳ぶ。
 木の上。
 仮面の男が立っていた場を斬るが、誰もいない。
 背に奇妙な力の衝撃。
 その事に気付いた時には地面に落ちていた。受身を取って湿った土の上を転がる。
 折れ木を砕く音と、草を騒がせる音が耳元で回った。
 地面を掌で打ち据えて、細かな土塊を跳ね上げながら体勢を立て直し
「――魔法。ってことは、こいつらの頭?」
「いや、残念ながら違う」
 声に反応してまた地を蹴る。
 仮面の男は、確かにそこに居る筈だった。
 しかし、理月の一閃は空気と揺れ落ちた葉のみを切り裂く。
 次いで横殴りの力。
 圧縮されたエネルギーの塊に弾き飛ばされて、理月は再び土を舐めた。
 飛び起きながら唇と歯茎の隙間に詰まった土を親指で掻き出す。
 残りは適当に唾と一緒に吐いた。
 口の中、回した舌にザラと触れる冷えた土の味と感触。そこに混ざる血の味。
「首領は僕なんざ足元にも及ばないほど魔法に長けているよ」
 仮面の男は後方の木々間に居た。理月が弧を描く様に後方へと飛び、四度目、仮面の男の姿を斬る。
 予測していた通りに手応えは無く、間髪居れずに場を飛び退ったが、無数の空気の刃らしいものに掠められ、黒檀の様な肌に血の筋が幾つも閃いた。
 たたらを踏んだ足を整えた後、刀を構え直し、気を尖らせながら、また離れた木々の合間にすらりと佇む仮面男を見る。
 陽が傾いて木々枝の影と二人の影が、つぅと摘み挙げられた様に伸びている。
 烏が我関せずと枝先を飛び立って、鳴いた。
「もう判ったと思うけど、君じゃ僕には勝てない。君、傭兵だろ? こちら側に雇われない? 前金は君の命。どう?」
「勝てるからいい」
「……じゃあ次が最後だね」
 相手の言葉には答えないで、呼吸を整える。
 幻覚幻聴の魔法と物理的な魔法の単純な組み合わせだ。
 そして恐らく、敵は二人。
 魔法の発動が早過ぎる。撹乱と攻撃を分担しているか、交互にやってんのか。
 まあ、それらが判ったところで何か画期的な対抗策が思いつくわけじゃない。
 己のやる事、出来る事に変わりは無い。
 それにもう
(コツは掴んだ。多分)
 一足。
 仮面の男に向かって跳び、幻を斬る。
 勘が騒いだ方向に膨らむ気配。
 変わり映え無く撃ち放たれた魔力の刃を避けるでなく、理月はあえてそちらに向かって動いた。
 手を身体の前で十字に組みながら突っ切る。
 端々で皮膚と肉が千切れて熱い、が。
 見つけた。
 幻覚の風景に身を包まれ掛けていた仮面の男を一刀で斬り捨てる。
「――な」
 そう漏れたもう一方の声を聞き逃さなかった。もう一人の仮面の男。
 彼が魔法を紡ぎ直す暇は、無かった。


      ◇


 幾本もの矢が空気を切り抜け、降り落ちてくる。
 刀冴は最小限の剣撃でそれらを弾いた。
 元より刀冴に触れる事など出来なかった矢数本が、曇った音を立てて地面に突き刺さる。
 四方から怒号と共に群がってくる男達。
 その隙間に見える奥の奥。
 甲冑を着た髭面の男が、必死の形相で呪文らしきものを叫んだ。
 男の突き出した手から産声を上げた炎の鷹が、賊どもの隙間を縫って刀冴へと翔け迫る。
 刀冴は目の前へと押し迫った炎の鷹に片手を翳した。
 ゴォウと音に飲み込まれる。
 一瞬で自身を包んだ炎の中で、熱さは感じない。
 力に触れ、指を立ててカーテンを開くように腕を引く。
 炎の鷹は刀冴の髪一つ焼くことなく素手で引き裂かれて四散した。
「無駄なんだよ」
「悪夢を見ているのか、私は」
 首領の顔は遠目でも、はっきり判る程凍りついていた。
「バババケモノめぇえええ!!」
 賊の一人がほぼ錯乱に近い叫びを上げながら斧を振り下ろしてくる。
 刀冴はそれを飛び退け、後方で剣を振り上げていた野郎の顔面に肘を入れた。
 ついでに、それが倒れるより早く腕を伸ばし、男の頭を掴んで頭蓋の感触まで改めれば、腰に力を入れて前方に投げ飛ばす。
 飛んでいった男が斧持ちを巻き込んで地面へと転がった。
 と、髭の首領が懲りずにこちらへと魔法を撃ち放つ。
 刀冴は、男どもの隙間を縫って迫った魔法の炎を片手で受け止め、再びそれを裂き散らした。
「バケモノったぁ失敬だな――」
 炎の飛沫の中、突き込まれてきた槍を体の回転で避け、ついでに槍の柄を掴んで身体の回転方向へと思い切り引っ張る。
「体質だっての」
 敵の掴んだ槍で後方からこちらを狙っていた賊の胸を突きながら、槍の持ち主を真紅の刀身で斬り伏せた。
 刹那、風が痛む。
 耳がキンと遠くなる程、空気に力が張り詰める。
「つぅ」
 トウゴが口元を歪めて睨んだ先、幾本かの木間を経た遠くで黒い甲冑の男が笑っていた。
 これは、あの男の力ではない。質が違い過ぎる。
「悪いが形勢を逆転させてもらう。全部、引っ繰り返すぞ」
「て、めぇ……」
 男は狂ったように喉を傷つけながら笑う。
「貴様がいくらふざけた身体をしていようとも、もう終わりだ!」
 そして男は。
 背後から現れた巨大な口に喰われた。
 一瞬だった。その後は、金属が砕け、肉が裂かれ、骨の千切れる音が混沌と撒き散らされた。
 その間にも、その巨体の主は地表へと苦しげに姿を現していく。
 金色の鱗に覆われた首がもがきながら空へと伸び、その翼が収縮するたびに木々が傾ぎ、赤葉が散り散り舞った。
 金色の尾が空中に伸び、風圧を伴った耳鳴りと共にしなる。
 一つ間の後、それは、山の地面を抉りながら刀冴の立っていた場所を薙いでいた。
「厄介なもん引っ張り出すだけ出して、喰われちまいやがった……制御できねぇんなら呼ぶんじゃねぇよ、ったく」
 ぶつぶつと文句垂らす刀冴の身体は空中にあった。
 尾の襲撃を逃れた木の幹を蹴って、更に上空へと跳ぶ。
 木々の間を抜け、紅葉の海に覗く黄金色の体を見て知る。
「竜、か」
 距離が離れたからまだ良いものの、野郎が一つ一つ動作するたびに神威が渡って、こっちの肌をピリッピリさせるし、口が渇く。
 竜は何処か虚ろな眼玉で、くらくらと己の出現した世界を見ている。
(まだ寝惚けてんな)
 張り出した木の枝へと着地して、剣を握る手に力を込める。
 あれが本格的に目覚める前に決着を付けたい。
 付けないと、割と面倒な事になりそうだ。
「刀冴さん!」
 理月の声が下から聞こえた。
 と、竜がその翼を広げ羽ばたき、空へと飛び上がった。
 巻き起こった轟風で森の木々が軋み悲鳴を上げる。
「あれが連中の切り札!?」
 刀冴達の頭の上を黄金に輝く腹が過ぎ去っていく。
 森の傍を飛んでいたヘリが竜の巻き起こした風圧に押され、危なげな軌道で場を離れていくのが見えた。
「似たようなもんだ。阿呆が身の程もわきまえずに無理やり呼び出しやがった。挙句、アレに喰われちまったがな」
 刀冴は一度、舌打ちを打って竜の方を睨みやってから、理月に視線を戻す。
「理月、おまえは山下って軍の連中をこっから撤退させろ。ヤツに下手に手ぇ出さねぇよう伝えるんだ」
「一人で相手するってのかよ!」
「俺は大丈夫なの」
 言って、跳躍する。
 森の頭すれすれを旋回する竜を追って、次、次、と枝を蹴り飛び渡っていく。
「て、馬鹿! おまえ付いてきてどうする!?」
 とん、と止まった枝の上で振り返って、一本後ろの枝に止まった理月を見る。
「一人にさせるわけねーじゃん!」 
「わかってんのか、竜だぞ、竜。しかも、あれは怪物ってより神成る竜に近い。すげぇ危険なヤツ。おまえだって、さっきから肌ピリピリしてんだろ。俺、正直吐きそうよ?」
「だからこそ、一人にしねぇって言ってんの」
「あんなぁ、理月。俺は戦略的に見てだな……」
「嘘付け。俺がまた無茶やらかすとでも思ってんだろ?」
「……判ってんじゃねぇか、馬鹿」
「しねぇよ、馬鹿」
「ってかもう既に傷だらけじゃねぇか、ばーか」
「こんなの掠り傷だっての、ばかカバ!」
「カバってなんだよ、ちょっとテクニカルじゃねぇか! 馬鹿ばーかばーか!」
「つか、アンタもう三十超えてんのに恥ずかしくないんか、その単純な罵倒は!」
「そりゃおたが――」
 竜が一つ大きくはばたいて空中に留まり、首をもたげた。
 そして、空気がヒリヒリと吸い上げられるような感覚。
 刀冴が竜の口元を睨み上げる。
(ブレスだ)
 ここいら一帯を消滅させる程の威気を集めている。
「クソッ」
「刀冴さん!」
 刀冴が竜の元へと跳び駆ける。
 傍の木へと渡り、そこを更に蹴り飛ぶ。
 竜の喉元へと風切り迫って、切っ先を突きたてた。
「なろぉ……」
 竜は、いきなり喉元に剣を突き立てられて、悲鳴のような唸りを上げながら首を振り回した。
 竜の口元からブレスを練るために集まっていた威気が四散していく。
 代わりに、竜は高音と轟音の折り重なった咆鳴を上げながら空中で身を捩りのたうった。
 その喧しさで耳と脳髄がキリキリ痛むのに顔を顰めながら、刀冴は振り回される遠心力に耐えて柄を握っていた、が。
 ふいに竜の身体が地面に対して落下の一途を辿る。
 バリバリと木々の枝と幹が折り砕かれて、竜の身体とその顎に張り付く刀冴の身体を引っ掻いていく。
 刀冴は、このまま地面に押し潰されまいと竜の鱗を力一杯蹴って剣を竜から引き抜き、空中に身体を逃がした。
 目まぐるしい赤葉の波の中、身体の横を流れる竜の眼と目が合う。
(――賢いじゃねぇか)
 奴の狙いにまんまと乗っかってしまったわけだが、どうせ他に選択肢は無かった。
 竜の顔面がふいに軌道を変えて刀冴より水平方向に距離を取る。
 ぐぅと首を曲げ込み、口腔を開け広げ牙を剥く。
 そして、こちらを喰らいに振り出される。
 それら一連の動作は余りにも素早かった。
(判ったよ。腕一本くらいは、くれてやる)
 覚醒領域の発動は間に合わない。
 直感的な判断で、剣を持つ利き腕を引き絞るように半身を引いた。
 腕一本ごときを犠牲に体を逃せるか、賭けだった。
 そんな状況だというのに心臓はストンと仄暗く落ち着いていた。
 そうか、これは潔さとは少し違うのかもしれない。
 ほつりとそんな事を思って、刀冴は何処か心の端で自虐的に笑った。
 と、身体を認識外の衝撃が打つ。
「つ――」
 こ、の、ば、か。
 野郎ーーー!!
 という刀冴の怒号と共に、彼と、刀冴の身体を押し抱きながら半身を真っ赤に染めた理月が地上へと落ちていく。
 竜は理月の血の筋を口端から空中へと引き摺りながら地面に轟音を立てて着地した。
 刀冴は理月の身体を着地の衝撃から守るように抱きながら地面を転がり、身体を打った衝撃に一度息を失った肺にスハっと空気を無理やり突っ込んで再度怒鳴った。
「何してんだ! バカツキ!!」
 理月の方の意識は無い。
 そこらを震わす竜の咆哮。
 とにかく、ぬるりとする理月の身体を掻き抱きながら、死角へ死角へと跳ぶ。
 竜の尾が激しく地面を這って礫混じりの土嵐を辺りに撒き散らす。
 刀冴は礫と轟風を背に受けながら距離を稼いでいく。
 山肌から突出した巨石の影に滑り込むと、理月の傷を確認し、破った衣服で手早く止血をする。
 理月の傷は致命傷には至っていなかった。むしろ重傷より少しマシな部類だ。
 傷を受けた位置が良かった。
 しかし、それは、ほんの一摘み運が良かったからに過ぎない。
 眼の奥が冷える。
「……ほんと、おまえは」
 吸い込む息が僅かに揺れた。
 理月に止血を施し終え、刀冴は彼をそこに寝かせたまま石の影を出る。
 安全な場所とは言い難かったが、時間を掛けるつもりもない。
 竜が己に傷を与えたものを探すように喚きながら尾を振り回している。
 尾にヘシ折られ飛んできた大木の幹を、剣で一閃切り裂いて、刀冴は目を細めた。
 その瞳孔が白金色に染まる。
 瞬く、銀色の光。
 
 沈み掛けた陽の中。
 散り舞う土の一つ一つまでもが、そこに留まって見えた。
 景色が音を超えて視界を過ぎ去っていく。
 音も光も間延びした世界を駆って、金色の竜の首元へと飛翔。
 剣を構える。
 傾いた陽を背に、速度の無い竜は額の中に飾られた切り絵のように大人しい。
 一つ、二つ。
 竜の首に十字に奔る斬筋。
 その中心に腕を捻じ込むと、熱くも冷たくも無い肉と血の感触がした。
 力に触れる。
「そうだ、半分は八つ当たりだ」
 覚醒領域に包まれた彼の魔法が、竜の首を吹き飛ばした。


        ◇


 悲しかった。
 彼の中の暗い奈落が見えた様な気がした。
 その奥に在る空っぽの闇と重力。
 それが彼を形造る根源なのだとしたら、誰の手が届くというのだろう。
 彼の強さも笑顔も優しさも、全てあの仄暗く寂しい場所と繋がっている。
 そんな事は知っていた。知っていたけれど。
 それがやっぱり悲しかったから、守りたかった。
 彼は怒るだろうし、いつか哀しむかもしれない。
 だからそれじゃあ、きっと何か駄目なんだ。
 でも。
 それでも、俺は――


        ◇


 自分を呼ぶ声がした。
 理月、と呼ぶ声だ。
 いつもの。
「……トウ、ゴ、さん」
「お、ま、え、は何であんな無茶ばっかりしやがる!」
 むぎゅぅうう。
「ぎゃー、ごめんなさいすんません俺が悪かったですっつったってあん時はあれで仕方ねぇじゃんって嘘嘘嘘冗談ですホントすんませんいたたたたたマジで取れるッ!」
「取れちまえいっそ!!」
「いいい意味わかんないッ、つっか俺重症っぽいんだからもうちょっと優しってすんませんすんませんすんません取れたらすげぇ困るッ!」
 一頻り理月の悲鳴が山間に響いた後、刀冴がようやくソレをぱっと離して立ち上がり、理月は深く息を付いた。
 あちこち痛む身体に辟易しながら辺りを見回す。
 ここらへんはすっかり寂しくなっていた。
 木々は折り散らかされ、土は抉れ、竜の蹂躙の凄まじさを思い出させる。
 事情を知らない者に賊退治の跡だと言っても信じて貰えそうに無い。
「……理月」
 頭の上から降ってきた声を見上げる。
 刀冴が巨石に背をもたれ掛けさせながら、こちらを見下ろしていた。
「未熟だな……俺達は」
 そう零すように言って、彼は理月の髪を掌でくしゃっと混ぜた。
 陽が暮れて、空に星が瞬き始めていた。
 涼やかな風が吹く。
「って、やべぇ、夕飯の支度してねぇ」
「山菜狩り……って感じでもねぇよなあ」
 理月は頷きながら溜め息を零した。
 刀冴が似たような溜息を落として、理月の腕を掴んで引き上げる。
 一人で立てない理月に肩を貸しながら、刀冴は神妙に片眉を顰めた。
「仕方ねぇな、今日はとっておきのアレを出すか」
「アレってまさか……」
 アレって、アレだ。
 この世界の技術が生み出した、とても便利で面白い珍味。
 理月は期待を込めた眼差しを刀冴に向ける。
「こういう時に使ってこそ、だろ? 戦う人間の味方だぜ、アレは」
「うんうん、俺、戦場に持っていくなら断然アレだし」
 軍の連中がこちらを発見し、駆け寄ってくる明かりが見えた。
 少し気が抜けて足元のよろけた理月の身体は、刀冴の肩に支え直される。
「なんたってお湯を注いで三分だからなぁ」
 遠く昇り始めた月明かりの中で、理月の見た刀冴の顔はやはり優しく笑っていた。

クリエイターコメントこの度はオファー有難う御座います。
素敵30代のお二人を、楽しく書かせて頂きました。

心理描写、言動などなどイメージと異なる部分があればご連絡ください。
出来得る限り早急に対応させて頂きます。
公開日時2008-11-16(日) 22:20
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