★ ジャンクジャンプジャム ★
クリエイター八鹿(wrze7822)
管理番号830-6578 オファー日2009-02-07(土) 01:26
オファーPC ルークレイル・ブラック(cvxf4223) ムービースター 男 28歳 ギャリック海賊団
ゲストPC1 二階堂 美樹(cuhw6225) ムービーファン 女 24歳 科学捜査官
ゲストPC2 ガーウィン(cfhs3844) ムービースター 男 39歳 何でも屋
<ノベル>

 朝を濡らした雨は上がって。
 風船をパンと割ったような青空。白雲すっ飛ぶ晴天。
 全国的に吹く春一番のおかげで今日明日は暖かい日となりそうです、と言っていたのは、市道13号線に面した煙草屋の店先に置かれた小さなテレビで、今はニュースキャスターがニュースを読み上げている。
『――……に出現した広域ムービーハザードによる、市道25号線からシーサイドラインに掛けての立ち入り禁止は依然として続いており――』
 エンジンの唸りがニュースキャスターの声を掻き消した。
 そして、ブレーキ音。煙草屋の前に止まる二台のバイク。
「大したじゃじゃ馬だ。気を抜くと吹っ飛ばされる」
 ルークがエンジンの揺れに合わせて振動するハンドルから手を離しながら、横に同じように止まったガーウィンへと言った。
 ガーウィンが楽しげに肩をすくめてみせる。
「あったりまえだ。俺様の力作だぜ? 聞き分けのイイお嬢なわきゃねぇだろ?」
「気に入ったんだよ。本当にくれるのか?」
「男に二言はねぇって。で、どうよ? こっから、キイロ屋の前まで競争ってのは」
 言いながら、ガーウィンが車通りも疎らな道の向こうを指差す。
「それが目的かよ」
「ゴールラインは自販機の前。負けた方がジュース奢りな」
「安い賭けだ」
 言ってバイクのハンドルを握り直すルークの眼鏡の奥の瞳には本意気の光を宿り始めていた。
 黒い髪に青い眼、淵の無い眼鏡を掛けた顔はクールな端麗で、黒くシャープなラインディングウェアに身を包んでいる。
 安い賭け、と口では言ったがしかし。お宝求めて西へ東へ、目指したお宝には一向にお目にかかれず、続く極貧生活であれよあれよという間に染み付いていた貧乏性。それは銀幕市に実体化しても以前変わらず。そんな彼に120円はでかい。負けるわけにはいかない。
 一方、ガーウィンも笑いながら前輪の端をルークのバイクのそれに合わせるその眼は本気だ。
 真っ赤なワイシャツを着た40手前の茶髪緑眼で、両耳には赤い貝殻のものを筆頭に左3つに右4つとピアスが並び、瞳の中と表情に少年の輝きを持っている。
 やってきました何でも屋家業、色々仕事はこなしてきたけれど、働けど働けど何故か大金ちゃんはグッバイベイベーと浜辺をダッシュ、あはは待てよ、待って、いや、ほんと待って、追いつかねぇのなんのって、そんな事やっている内に金はどっかしら行っちゃうんだ。自前で改造したガレージに金目のもんなんざありませんよ、あんのはガラクタとそれで造ったお手製のガラクタばかり。ジュース一本はでかいぜ、でかいんだ。
 そんなわけで、楽しくなってきた。
「じゃあ、スタートは信号の青な」
 ふかすエンジン音。
 太陽はサァっと空を青くしている。道の先で柔らかな陽炎が浮く。電線にとまっているカラス。じりじり続く信号の赤。煙草屋の店先のテレビのニュースは続いている。
『――……より実体化した暴走集団キングスラヴァーズによる被害は――』
 そして赤から、青。
 レッツゴーって、カラスが飛んだ。


 二階堂 美樹は空をぼんやりと見ていた。
 緩く波打つ、水溜りに写る空。
 公道アスファルトの上に溜まった水溜りには、自分と青い空が写っていた。
 前を開いた白衣、肩に付く程度の明るい茶髪、大きめの眼がぼんやりと自分を見返している。
 風。
 水面に反射する太陽の光がゆらゆらと揺れた。
 ゆっくりと本物の空を見上げる。
 まるで春のような陽気の冬の空。春一番が吹いたんだって、誰かが言っていた。その人はお昼に誘ってくれたけれど、一緒に行く気にはなれなかった。ダイエット中でさー、なんて笑って断ったけれど、カラ元気だって、ばれてたかもしれない。
 空は青くて、雲一つ無くて、とても近いところにあるように思えた。まるで手が届きそうなほどに。
 ふいに、目の奥が熱くなって、喉がゆっくりと締められていくような――
「おっと」
 バッシャーーン。
「あ、すまん」
 バッシャーーーーン。
 二つのうるっさいエンジン音。
 聞いた事のある声。
 それらが過ぎ去った一瞬後に、美樹の体の前面はずぶ濡れになっていた。
 唐突過ぎて、状況が掴めず、まず美樹はカクンと頭を下げた。
 しなりと垂れた髪先から水滴が歩道に落ちていく。
 そして。
 湿る額に手をやりながら、スーーーーーーーーっと息を吸い込み
「――ン何すんのよーーーーーーー!!」
 バッと公道の方へ顔面を向けながらめいっぱい咆えた。
 美樹の声を相殺するような遠いエンジン音の中、二台と二人の背中が遠ざかっていく。
「あ、い、つ、ら、ぁああ」
 次の行動は早かった。
 美樹は懐から警察手帳を取り出しながら、道に飛び出す。
「警察よ!! 止まりなさい!」
 キキキキキィーーーー!!
 と急ブレーキを掛けて一般人の二人乗り単車のバイクの先っちょが美樹に触れるか触れないかで止まった。
「し、ししし、死にたいのか!!」
 フルフェイスのシェードを上げて彼が怒鳴る。後ろに乗っかってるハーフヘルメットの男は目をシロクロさせている。
 彼らの状況を丸っきり無視して美樹は、後ろに乗っていたハーフヘルメットの彼をバイクから退かす。
「緊ッッ急事態よ! あの前の二人を追って!!」
 言いながら美樹は彼のバイクの後ろに跨った。
「ちょ、ちょっと待って、待てって、こ、これってどういう?」
「だーから、警察だってば! あなたドラマとか見たことないの? ちなみにこれは本物の警察手帳だからね、ほらほら。とにかく! 前のあの馬鹿二人を追って!!」
 ぐいぐい、と彼の目の前に警察手帳を押し付けながら無理やり承諾させて、銀色のハーフヘルメットをお借りして、そいつを被って
「全速前進ーーー!!」

 一方、ゴールに決まっていた店の前。
「乗りこなすには時間がかかりそうだな」
 ルークが悔しそうに缶コーヒーを投げた。
 宙を渡った缶を取って、ガーウィンがひっひっひと笑う。
「メーターは有って無いようなもんだ。体で感じてくれ」
 ルークがバイクの背を撫でながら頷く。
「そっちは後ちょっとで掴めそうだ。大雑把な造りのおかげで逆にエンジンの様子が判り易くて良い。それよりも見た目以上に重量があるから、速度のある時の体移動を……」
 途中から一人ごとになりつつある。
 ぶつぶつと探求の世界に入っていったルークを見ながら、ガーウィンは勝利の美酒ならず美珈琲に口を付けた。
 どうやら気に入ってもらえたようで、気分が良い。なにより、自作のバイク二台を肩並べて走らせるなんざ男の夢一つ叶えちゃったところはある。
「いやぁ、我ながら良い仕事したわなぁ」
 とても冬の日とは思えない陽気の空にてんてん光るおてんとうさんを見上げながら、やっぱり笑みが収まんない。
 で。
「ん?」
 殺気。
 いや、声。殺気だった声、今走ってきた方から。
 ガーウィンはそちらの方へと振り向いた。
「ぐぁーーーうぃーーーーん! るぅーーーーーく!!」
 美樹だ。見知らぬ野郎のバイクの背に乗った美樹が白衣をはためかせながら、猛然とこちらに迫って来ている。はためく白衣がライオンのたてがみよろしくその妙な迫力に一役買っている。
「あーりゃりゃ」
 ガーウィンが楽しげに片眉を動かし、その隣でルークが声にならない呻きを小さく漏らした。
「さっきの……謝ったんだがな」
「はは、美樹嬢のことだ。クリーニング代を払えーとか言い出すぜ?」
 ガーウィンの軽口の尻とほぼ同時に放たれる後方の咆哮。
「クリーニング代払いなさいよーーーー! 逮捕だぁーーー!!」
 男二人はバイクの上で顔を見合わせる。
「逮捕って……」
 ルークが渋面で漏らす。
 対して、ガーウィンは珈琲缶を口に傾けながら、にまっと眼を笑わせた。
「で、どうする? 俺様ァ逃げちゃうけど」
 缶コーヒーを一気に飲み干し、空き缶専用箱に投げ入れる。クン、とエンジン一喝。ガーウィンの真っ赤な愛機RFGが唸りを上げる。
「そんな無責任な」
 ルークが呆れた調子で零した、が。
「そう言いつつバイクにまたがってる、お・ま・え」
「……海賊の誇りにかけて捕まるわけにはいかないだろ。なにより、クリーニング代だかを払った日には――」
 言い終わるか終わらないかの内に二台のバイクは発進していた。
「ああーーー、逃げるなんて卑怯よッ! むぁーーーてーーーー!!」
 排気音が絡まって、タイヤが軋むアスファルト、鉄砲水より唐突至極のスピード狂い御免のオッサンにいさんネーサンがまかり通ってく午後1時15分の銀幕市道17号線、十字路で、一団はグァアンっと廻って19号線へ移り行く。
 大体皆、ぼんやりと昼飯時、早上がりの学校帰りの女子中学生達の前でカーブ切って摩擦煙をカチ上げて、そんで上がった「かぁっこいいー!」の黄色い悲鳴に、美樹のガッツポーズと白衣が翻る。前方先行で笑うおっさん楽しそう、海賊野郎は割と真剣で、その後を追い追わされる一般人の彼はなぁんも関係無いってのに、もっと早くもっと早く最高速度を越えて追えって追い立てられて半泣き、待て待て待てぇーーいと美樹の声咲く街はてんやわんやの大騒ぎ、駆け行く道端お祭り騒ぎ、金魚屋ののれんをはためかせて風を切って、吹く南風の突風に乗って、そこらの景色は置いてけぼり、白線も電柱も街路樹も欠伸なんざしてる間に捨て置いて。
「はーーーーっはっはっは、しつけぇ女は嫌われるぜーー?」
「誰がウザ女よーーー! 罪状一個追加だかんね! わたし侮辱の罪! 罰金額が倍率ドン!!」
「……言ってないだろ、というか、なんだその極個人的な罪と罰は。いや、それよりガーウィンも火に油を注ぐな」
「あーーーーーっひゃっひゃっひゃ、あーーーばよぉ、とっつぁーーーん!」
「御用だぁーーー!! るぱーーーー、じゃなくて、がーーーーーうぃんーー、るぅーーーーーーーく!!」
「……誰だ、とっつぁんとルパって……?」
 美樹とガーウィンのやりとりに置いてかれるルークレイル ブラック28歳。

 さて、そんな街の騒ぎに耳をすます男達が居た。
 19号線より裏手に入ったうらびれた廃工場の空き地。
 全員もって黒いレザーのライディングウェアに身を包んでいた禿頭という変わり者ども。そのライディングウェアもちょっと変わってて、そこらじゅうに鉄の鋲やらをトゲトゲさせて、何人かはわざわざ袖を破って野性味をかもし、派手な改造を施したバイクに跨っている。
「おいおい……騒がしいじゃねぇか」
 一際大きなバイクに跨った男が、ビルの裏手で如何にもな表情で笑う。
 男達の中から含み笑いがそこここでもれた。
 それはもう絵に描いたような暴走集団だった。
 周りの風景が風景なら、種揉みの入った袋を抱えて逃げる老人を追い回していそうなほど。
「この街を沸かすのは、誰か。知らしめてやる必要がある。そうだろ、野郎ども」
 幾つもの排気音が工場に溢れ返る――
 そんなわけで、わらわらと裏道から溢れるように出てきた暴走集団に、美樹達は道を走りながらあっという間に取り囲まれた。
「なんだなんだぁ? 下品な改造しやがって」
 ガーウィンが片眉を曲げながら、連中を見回していると、一際ゴテゴテと改造されたバイクに跨るリーダーとおぼしき男が、ずいっと前方にしゃしゃり出る。
「てめーらぁ、かなり気合入れてるよーだが、このキング様が仕切るキン――」
「あーーーーーー!!」
 後方で美樹が叫ぶ。
 こいつらには見覚えがあった。
 交通課の人達が頭を悩ませている、こいつらの名は
「キングなんとか!」
「ウロ覚えかい!」
「うーーん……確か、如何にもB級映画出身って名前で……ええと、キングブーブー! 手配書に載ってる連中よ!」
「キングスラヴァーズだ!!」 
「ふ――ここであったが、百年目ね!」
「なんだとぉ!? いや、つか、まずは訂正しろこのアマァ!!」
 禿達が口々に文句を垂らしたが、それら全部をスッキリと無視して美樹は単車の上でバッと腰を上げた。
 そして、ババンと警察手帳を掲げる。
「警察よ! あんたら全員とっ捕まえてやるから、車道の脇に止まりなさい!!」
「チィ、サツかよ……ひとまず逃げるぞ、てめぇら!」
「って、あ、あ、逃げるなんて卑怯よ!! ちょ、待ちなさーーーい!!」
 一気にスピードを加速させて行く連中に向かって美樹の虚しい声が飛ぶ。
「そら、逃げるだろう。いきなり捕まえるなんて言えばな。おまえはもう少し思慮というものを……」
「まーあ、美樹嬢らしくて良いんじゃねぇの?」
 いつの間にか美樹の乗っかるバイクに並走していたルークとガーウィンが口々に言っている。
「ううううるさーーーい! このバイクが遅いのが悪いのよ!」
 美樹がデシデシと頑張って運転している一般人クンの背中を叩く。彼はヘルメットの下で密やかに、かんべんしてくださいよぉ、と泣き言を言っていた。
「で、どうすんだ?」
 ガーウィンが美樹を試すように、にぃやりと笑みを向けた。
「追うわよ、当然でしょ!」
「そう来なくっちゃな。こっち来な」
「追いつくんでしょうね?」
 言うが早いか、美樹は「とぉ」とガーウィンのバイクに飛び乗った。
「とーぜん。たぁっく、俺様が誰だか判ってねぇなあ」
 美樹の腕ががっちりと腰に回るのを確かめてから、ガーウィンはギアを蹴り上げ、アクセルを回しこんで一気にフルスロットル。
「この流れ……俺も、だよな?」
 空気を読んだルークが追って、加速。
 ちょーんと取り残された一般人クン。なんなんだよぉ、もお。と呟いた。なんて間に彼はフェードアウト。
 世界は猛スピードで廻る。
 ぼやぼやしていると置いていかれる。走る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら走らなソンソン。
 そして、走る阿呆達。
「って、私じゃ逮捕できないや。応援応援ー」
 ガーウィンの背中で携帯電話を開く美樹。
 ぴ、ぴ、と番号に掛けて
「あ、もしもーし、ミキです。キング達見つけましたー、あの暴走行為のー、はい、はい、あの手配書に載ってる、そうそう、で、これから追い込んで行くので、応援を、ああはい、逮捕状を、はい、お願いしまーす。あ、あ、そういえば、この前のケーキ、すっごく美味しかったですよー、え、あっちの方ですか? ふふ、もちろんバッチリと攻略しましたよー、もう2週目です、ああーーわかる! わかります!! あの笑顔にあの声はヤバーーイ!! キャーーッていうか、ギャーーッてなりますよね!! も、ん、ぜ、つ!」
 その会話を聞いて、ルークは首を傾げた。
「何の話をしてんだ?」
 それを聞いたガーウィンがしたり顔。
「まあ、俺様の事だろうな。俺様の笑顔に俺様の声はヤバイ、かなりの女性がキャーとなる、っていうか、ギャーとなる。もう、も、ん、ぜ、つ」
「だとしたら、ガーウィンは美樹になんかしら攻略されてる上に2週目らしいな……さっぱり意味不明だが」
 ルークのツッコミにガーウィンがアッハッハッハ笑ってる。その背中で美樹が
「あ、じゃあ、そういうことでー」
 ピ、と携帯を切って仕舞う。
「さって、じゃあ、野郎ども。 ずべこべ言ってないで、行くわよーー!」
『アイアイサー』
 と野郎どもの声が重なった。

 
 立ち入り禁止の続く広域ムービーハザード。
 川の傍の丘に現れたのは一つの街の姿だった。
 建ち並ぶ西洋レトロな建物やコンクリートのビル達、街を彩る看板は漢字だ英語だイタリア語だのと節操無しで、街中に張り巡らされたロープには洗濯物や国旗が踊る。胡散臭い匂いの漂う架空都市。
 ぐだぐだと煩雑な街の向こうには大きな橋が伸びている。その端っこまでが全部ムービーハザード。中ではハザードと一緒に現れたギャングとギャングが絶賛抗争中。マシンガン、ダイナマイトにロケットランチャーだのバズーカだのにタンクローリーまで使っての大激闘。時々起こる爆発音と煙。連中が外へ出てくる気配は無いし、その抗争に決着が付けばムービーハザードも消えるらしいので、とりあえずはハザード街の入り口には現在立ち入り禁止の看板が、ドン。
 と。
 その看板を跳ね飛ばして暴走集団キングスラヴァーズが禁止区域の中へとびゅんびゅん侵入していく。制止しようとした新米警察官が、ちっくしょう、と地面に警棒を叩きつけた目の前を更に二台のバイクがびゅびゅんっと通り過ぎる。
 やたらと陽気な漢字看板とレトロでモダンちっくな建物とに囲まれた道のそこらここらに古めかしいアメリカ車などが停められている風景の中、真っ赤な二階建てバスの上には全く節操無くヴォルサリーノを被ったギャングがバズーカを構えていて、アパート脇の非常階段を昇る敵方ギャングどもにそれを撃ち込んだ。
 爆発音と横ッ面を打つ爆風の中を突き抜けて、ルークが渋面で零す。
「なんなんだよ、ここは」
「ちょっと、ニュースくらい見なさいよー。ここは広域ムービーハザードが発生中なの、今日中には消えるって話だけど。ちなみに、出現元の映画は『パチパチーノ』ってナンセンスコメディーギャングアクションで、さっきバスの上に居たのはアルディロ=マルマーニってギャングの若きホープでね、弟のバステロとの何気にお洒落な掛け合いが――て、ぅきゃあああ!?」
 ブォオオオオ、と汽笛のようなクラクションを鳴らしながら、目の前の十字路を巨大タンクローリーが横切っていく。その巨大な体躯はもう眼前だった。
「口縛ってねぇと、舌噛むぜ?」
 ガーウィンの声が聞こえたような気がした。
 前輪に掛かった急速ブレーキの痛烈な音、同時に、車体がお尻から半円を描いて滑ってタンクローリーと平行になっていく。遠心力で後方に振り落とされまいと必死にガーウィンの腹にしがみついている美樹を他所に、ぶぁんっと車体が倒れ、後は、しっちゃかめっちゃか聞こえる摩擦音と焦げ臭さ、気づけば顔の真横をアスファルトが、その逆の方向をタンクローリーの裏側が近い近い所を通り過ぎていく。
 つまり、これは、バイクを倒してタンクローリーの真下を滑り抜けているのだ。
「ひぃいいーーーーーー!」
 だから、この臭いは、バイクのタイヤが無理やり道を滑って焦げたため。ついでに美樹の白衣の端も擦り付けられてボロボロだったけれど。そんなのに気づく余裕なんて無い。
 暗がりを抜け、車体はグルンと半回転しながら体勢を立て直した。
 そうして、また排気音を唸らせ加速する。
 ぐるぐると目まぐるしかった景色が、ようやく比較的落ち着いたけれど、未だにガーウィンの腹にしがみつく腕の力はそのままに、美樹はひょろろっと息を吐いた。
「じゅ、寿命が縮まったわ……あは、はは」
「そりゃいけねぇな、引っ張り直しとけ」
 カッカッカ笑うガーウィンの横で、同じようにタンクローリーを抜けてきたルークが眼を細める。
「囲まれてる」
 言ったが早いか、両側の側道からそれぞれエンジン音が飛び出してきた。
 右左に2台2台の計4台、それらに跨る黒革に身を包んだ禿どもが手に持った鉄パイプや斧を揺らしている。
「ちょっとぉ、少しくらい息付かせなさいよねー」
 ぶぅ、と軽く頬を膨らませた美樹のうんざり顔をものともせず、禿頭どもはノリノリで。
「へっへっへ、てめぇらはもう袋の鼠よぉ!」
「って、誰が鼠よ! レディに向かって失礼じゃない!?」
「いやいや鼠たあ、めでてぇーじゃねぇか」
 キッと睨み付けた美樹とは対照的にガーウィンがほっくりと言う。
 いまいち言っている意味が判らず、美樹が「なんで?」とガーウィンの顔を見上げた。
「今年は鼠年だろ?」
 なるほど確かにめでたい、と美樹は思ったので
「めでたいじゃない!」
 訂正して怒鳴り直した。
 今年2009年は牛の年だったりする。
「そうだ、めでてーじゃねぇか! 敬えコノヤロー!」
 片手を振り回しながらガーウィンが重ねる。
「な、何言ってんだこいつらぁ」
「……いや、そんな縋るような眼で俺を見てもらっても困るが……」
 己以上にノリノリな存在を目の当たりにした禿どもが情けない顔で自分を見てきたので、ルークは溜息交じりに頭を振った。
 と、禿の一人がそんな湿ったムードを振り払うように鉄パイプを振り上げる。
「ハ――そんな事ァどーーでもイイんだよ! なんか、もう、そうだろ、てめぇらはここで全員死ぬンだからなあ! 殺すし!」
 威勢は良いけれど、ちっともまとまらない文句を吐きながら、禿はバイクをルークの方へと寄せて鉄パイプを振り下ろしてくる。 
 ルークは身体を倒しながらバイクの走行軌道を操って、鉄パイプの一撃を避けた。
 パイプの先が流れるアスファルトに擦られて、ガリガリと火花を散らしている。
 それを皮切りに、禿どもが三人の方へバイクを寄せては、斧だのチェーンだの釘バットだのを振り回し始めた。
 それらを掻い潜り、路上に停められている古ボケた車やひょろげた街灯をかわして、一団はレンガ造りの歩道へと次々に乗り上げる。路端に広げられていた木箱に禿のバイク一台が突っ込んで、山盛りオレンジが宙にばらばら飛んだ。
 そうして金物屋の店からはみ出て並べられていた鍋達を喧しく散らかしながら、ガーウィンを先頭に全員が裏道へと曲がり込んで行く。
 表の道より少し狭くなっている裏道にはちょっと小粋なオープンカフェやら花屋が並んでいた。
 オープンカフェでくつろいでいたギャング達が目玉をひん剥き悲鳴を上げながら逃げていく端で、ガーウィン達がパラソルの開いたテーブルや洒落た背もたれの椅子の間を抜けていく。
 テーブルに乗っかっていたスコーンを掠めて齧るガーウィン、腰の拳銃を手に取り片手で弾倉を確認しているのがルーク、後ろから追ってくる禿達を見ながら美樹がブー垂れる。
「ねぇ、捕まえなきゃいけないのに、私達なんか逃げに入ってない?」
「連中、数が居やがるからな。せいぜい引っ掻き回してやりながらやってくのさ」
 ガーウィンが口端のスコーン屑を親指の腹で拾って舐めながら言う。
 その隣でルークが、カチ、と弾倉を銃へ戻し
「そうしてコマを減らして行き、キングにチェック。そちらの方がスマートだ」
 言って後ろへ振り返りざま、タァーンと引き金を引く。
 弾はオープンカフェのパラソルの芯を撃ち砕いた。舞ったパラソルが禿の視界を塞いで、それでコントロールを失った連中のバイクが何台か転倒して、しっちゃかめっちゃか転がる。連中が花屋に突っ込んで、花々の色々しい所が空に舞い散った。
「ふぅん?」
「さぁて」
 ガーウィンが後方の方に首を巡らせながらニヤリと笑む。
「この道の出がしらに何人か待ってる筈だ」
 ガーウィンのその言葉と同時に、バイクは前輪を持ち上げながら、ウィリー走行で路地を抜けて公道へと躍り出た。
 彼の言葉通り、待ち構えていた新手の禿達がまた数台こちらを取り囲んで並走する。
 御託もそこそこに獲物を振り回してきた禿のバイクの腹へ、ガーウィンの跳ね上げた足の裏が叩き込まれる。
 連中の振りまわすチェーンが風をカン高く切り鳴らして、鉄パイプが虚空を切って、ルークの撃った弾がタイヤを貫き、禿の投げた斧がヒルヒルと回転していった先で美樹がハーフヘルメットを抑えながら頭を引っ込め、タイヤが巻き上げたチリを切り裂いて、斧が刺さる街路樹、どこぞのギャングが放ったミサイルランチャーが前方に落ちて、爆風、その中から一等ガーウィン、二等ルークが鼻差で飛び出てくる。追って、1、2、3、4台4人の禿頭。
 と――先頭を突っ切るガーウィンとルークが揃って急激なブレーキング、減速。ついでに、ルークのナイフが閃く。投げ放たれた刃は前方上空の洗濯物の並ぶロープの端を裂いた。
 急な減速に対応しきれなかった禿達が、美樹達の横をびびゅんと過ぎ去り……空から降り落ちてきたロープと洗濯物に絡まって、そのまま転倒して道端の方へと転がっていった。
 そして、真横に並んだ禿どもへとガーウィンと美樹がその手に持った銃の銃口を左右それぞれに向け
『バァンッ!』
 声が重なる。
「ギャアアアアッ!?」
 賊達は悲鳴を上げたが
「て……あで? 撃たれてねぇ」
「撃ってねぇもん」
 ガーウィンが笑う。
「は?」
 呆気に取られた前方不注意。そんなだから、ずごばーーんっと、路中車のボンネットに突っ込んだ禿達。
「ペテン師ぃいいいいいーーーー!!」
 とは上空に投げ出された連中の心からの叫びでした。
「水鉄砲相手にビビる方が悪くない?」
 ぴぴゅっと水を出しながら、美樹が首を傾げた。
「で、なんでこんなの持ってんのよ、ガーウィン」
「そりゃあ、俺様が天才だからよ」
「子供だから、じゃなくて?」
「ちげぇよ、備えあれば憂い無しってヤツだ。男ってのは外に出りゃあ7人の敵が居るって言うだろ?」
「ふぅん……大変なのね、男って」
 水鉄砲をガーウィンのポケットに戻しながら、美樹が頷く。
「いや、水鉄砲を備えてる理由にはなってないだろう、それは」
 そのルークの冷静な声の終いは、進行方向に現れたギャング集団の銃撃音に掻き消された。
「ッ!?」
 急ハンドルでドリフト。
 アスファルトを叩きながら迫る弾丸の波から逃れて、ガーウィンとルークはそれぞれ相対して違う小道へと逃げ込む。
 ガーウィンが選んだ狭い道には所狭しとずららっと並ぶ洗濯物だらけ。どんだけ洗濯が好きなんだここのギャングどもは。
 バサバサバサバサと顔面を打つ洗濯物達を抜けきれば、唐突に急勾配の長ぁい下り階段。
 バイクは勢いのまま。
 すっぱーーーんと気持ちよく空に飛んだ。青い空と上から見下ろす街の景色の按配が良い具合。
「すごい……バイクって空も飛ぶんだ」
「あぁ? 知らなかったか? 美樹嬢」
 ニマリと笑いながら、ガーウィンが口元に煙草を咥えて、火を付けている。
「少なくとも両親は教えてくれなかった、わ、て、わわわわああああ落ちてるぅうううーーー!!」
 伸び続ける語尾が、んがぐぐっ、とドン詰まる。
 着地は階段の上、そのまま、ガタガタガタガタとお尻に痛い振動を受けながらバイクは急勾配を下っていく。
 階段のそこらここらで平和に過ごしていた鳩達がバッサバッサと逃げ飛んでいった。
 で、その階段の長い長い下の方、一番下を見れば、のっそりとロケットランチャーを構えたギャングのでかいのが現れて、こちらに狙いを定めている。
「おいおい、敵が増えてねぇか、なあ?」
「どどどどーーすんのよぉーー!?」
「こーしましょ」
 言って、ガーウィンがジャケットのポケットから拳大の黒くて丸い物体を取り出す。その先っぽからは紐がちょろりと出ている。
 紫煙の噴き流れる煙草の先を紐の頭に近づけると、そこがジジジと小さく火花を散らし始め。
 ギャングがロケットランチャーを打ち放ち、放たれたロケットがぐねぐねとした軌道を描きながら、階段を下るバイクの方へと向かってくる。
「たーーーまやぁーーーっとな」
 掛け声と共にガーウィンが投げ上げた、その黒い物体――お手製の爆弾が上空でロケットを巻き込んでの大爆発。
 頭上で熱風、それも一瞬で後ろに過ぎ去って、爆音を背にバイクは階段の終わりまで一気に駆け下りる。
 そして、ロケットランチャーを構えていたギャングの顔面にタイヤ跡を叩き付けた。
 そのままバイクは道にフレームを軋ませながら走っていく。
「ハッハー!」
 プハァ、とガーウィンは空を仰いで気持ちよさそうに煙を風に離した。
「うう……お尻痛ぁ……っていうか、ガーウィンって本当いつも楽しそーよね」
 美樹はなんとなし恨みがましげに息を付く。
「あん? 美樹嬢もだろ、いつもは」
 にひひ、と笑うガーウィンが後席で尻を擦っている美樹の方をちらりと見やる。
「私は……」
 美樹の目が意識せずに逃げた。
 ガーウィンは目を細めながら前の方へと視線を戻して煙草の煙を細く流す。
「吐き出すってのも悪いもんじゃねぇぜ?」
「へ?」
 けとり、としながらガーウィンの横顔を見上げる。
「溜め込んでる事があんなら全部吐き出しちまえ。こいつに乗っかってる時は、風が全部飲み込んでくれる。そうしたらほんの少しだけマシになる。ほんの少しだけな」
 バイクは直線の広い道を行く。
 相変わらずどっかで銃撃戦の音と走り回る暴走行為の音が鳴り響いている。あと、バイクの振動、それから風。
「…………」
 ずい、と美樹はガーウィンの肩を持ちながら腰を上げた。目の前には迫っては過ぎ行く、速度のある景色がある。風が叩いて目が痛い、髪と白衣がはためく。
「―――――――――――――――――――!!!!」 
 風が全部飲み込んだ。全部。目尻の涙が吹っ飛んで千切れて消えていった。

「なんだ無事だったか」 
 合流したルークが片手でハンドルを安定させつつ、肩口に挟んだ弾倉へと新しい弾を詰めながら言う。
「そっちも無事でなによりよ」
「にしても、連中、この街のギャングを仲間に引き込んでやがんな」
 ガーウィンが腰の拳銃を抜き様に撃って、場末のムービーシアターの看板の上から此方を狙っていたギャングを牽制する。
「気が合うんだろ? それより、さっきからどうも行き先を誘導されているような気がするんだが」
「……私達をどっかに誘い込んでるってわけ?」
「だろうな。連中、どうやら俺達を橋の方に誘い込んでるっぽいぜ。さっき見えたデカイ橋の方な」
「大きい橋? なら、ハザードで出来た橋のほうね」
「恐らく、そこで待ち伏せをしているんだろうな。橋に追い込まれてしまえば俺達に逃げ場は無い。そうなれば単純に数で圧せる連中には圧倒的有利……しかし、ならば俺達が橋に行かなければ良いだけのこと」
 そして、そいつを逆手に取って……とルークが頭の中で作戦を組み立て始めた、が。
「いーーいじゃない。たかだか暴走集団のクセに私達をハメようなんて良い度胸だわ。受けて立とうじゃないの!」
 美樹がぐっと拳を掲げながら、バイクから腰を上げて宣言した。
 間髪入れずにガーウィンの笑い声がエンジン音に混ざる。
「ははははははは、いいねぇ、いいぜ、それ、さすが美樹嬢だ。乗っかってやろうじゃねぇか」
「……おい。わざわざ連中の誘いに乗るって事か? 橋で待ち構えてるのは暴走連中だけじゃないかもしれないんだぞ。いや、ギャング達も居る可能性は極めて高い。それにあえて乗るってのなら作戦はあるんだろうな?」
 顰め面のルークの言葉が終わってから、暫く、バイクが二台走る音だけが続いた。
 そして、ふっと美樹とガーウィンが同時に笑う。
『その作戦を考えるのが、ルークの仕事』「でしょ」「だろ」
「待て」
 ルークは頭痛を抑えるように額を指先で揉みながら、キリキリと口元を揺らした。深呼吸する。
「だから、俺は連中の誘いには乗らない方がいいと言っているわけで……。大体、橋の上で奴らをどうにかする方法なんて――」
 いや。
 いや、待て。
 橋で、連中を一網打尽にする作戦が
「あるな」

 
 海を渡り、川を渡った強い風が吹いていた。
 青い空を縮れた薄い白雲が足早に流れていく。
 橋の上には案の定、マシンガンを構えたギャング連中と品の無いエンジン音を鳴らす禿どもがずらりと並んでいた。
 その前方、大橋の中央にガーウィン達は居た。
 バイクにはまたがっているがエンジンを回転させたまま道の上に停止している。
 その後方にはガーウィン達を挟み込むようにギャング達と禿どもが道を塞ぐ。完全に囲まれた形だ。
 殺気立って蠢く一団の中から、一人が前へ出た。
 キングスラヴァーズを仕切ってる、キングだ。
「まんまと。罠に掛かった感想を聞かせてもらいたいねぇ?」
 圧倒的優位を確信している彼の顔はやや上気していた。
「そんなことより! なぁんで、ここのギャング達と仲良くなってんのよ!」
 橋の上は風が吹いて寒いのか、白衣の前をぎゅっと締めた格好の美樹がキングの後ろのギャング達を睨みつける。
 キングがアメリカンなアクションで小馬鹿にしたように肩をすくめた。
「何を言うかと思えば……気が合ったからに決まっているだろう?」
「お、ルーク正解じゃん」
「拍手するな」
 感心して拍手するガーウィンと少し照れながらそれを制すルークとを見るキングの眉尻が上がる。
「余裕だな、てめぇら」
 うん? とガーウィンが一瞬片目を細めて。
「余裕なのは、おまえ達の方じゃねぇか?」
「……どういう事だ?」
「ほら、こういう時は普通、言っとかねぇとだと思うんだがな」
「なんだ、何をだ」
 ガーウィンの持ってまわった言い方に顎先を揺らめかせてイラつきを隠さずにキングが視線を強める。
 ガーウィンがそれを見ながら片手をぴらっと振り、ニィと口端を笑ませた。
「武器を捨てろ、ってよ。追い込まれた鼠は怖いぜ? まったくおまえらは、よっぽど俺達を甘く見てるか、自分達の命に魅力を感じてないのか」
 囲う荒くれ者どもから笑いが起こる。
 キングも呆れた調子で笑いながら頷き
「オーケー、オーケー、悪かったよ。確かに、セオリーを無視すんのは美学に反する。お言葉に甘えて、後悔する前に言わせてもらおうか。――武器を捨てな」
 キングの言葉を受けて、はいはい、とガーウィンとルークが武器を捨てていく。
 ルークの拳銃とナイフが硬い音をたててアスファルトに落ちた。
 ガーウィンは、まず腰の銃を捨て、それからジャケットのいたるところからコロコロコロコロと大小様々な爆弾を取り出しては落とし、取り出しては落とし……
「て、てめぇ!! どれだけ持ってやがんだ!?」
 足元にはそれでこんもりと小さな黒い小山が出来ていた。
「ガーウィンって……考えてみたら、相当危険よね」
「危険な男? へへ、良い響きじゃねぇの。やっぱ魅力的な男ってな、危険な香りをさせてるもんだ」
「危険な香りって火薬の匂いの事なのか? つか、物理的に危険な男には魅力もくそもないような気がするんだが」
 その三人の暢気なやり取りを他所に、キングが目を光らせる。
「おい。おい、そこの女。てめぇもだ。白衣の下に隠しているもん、出しな」
「う……バレた」
 ム、と顔を顰めながら美樹が白衣の前を開けると、ゴショーンと携帯バズーカが落ちた。
 一瞬、賊どもに沈黙が走る。
「――て、女のクセにどんだけ凄まじいものを隠し持ってんだ!! てめぇは!! 怖いわッ!」
「ちょ――私のじゃないわよ! こっちのオッサンの所有物よ!!」
「確かにそうだが、ほんとの俺様のバズーカはもっと凄ま――」
「下ネタじゃねぇか!! 黙ってろ、オッサン!」
 きわどい所でルークのツッコミが冴え渡って事なきをえ……たかどうかは置いておくとして。
 キングがかっくりと肩をコケさせた。
「はぁ……もうてめぇらスチャラカポンの相手をするのは、疲れた」
 キングが片手を上げる。
 幾つもの銃が構えられる音とエンジンの吹き上がる音とが同時に合唱する。
 が。
 しかし、ガーウィン、美樹、ルークの三人の視線は明後日の方向を向いていた。
「……?」
 その場に居る全員が首を傾げる。
 そして。
『あ、アレはなんだ?』
 三人の声が重なって、三人の指が川の上空を指差した。
 全員がザッと、そちらの方を見上げる。
 青い空。
 飛んでるカラス。
「馬鹿がみーるー」
 と歌うガーウィンの声。
 ドゥルウンッと吼える二台の排気音に賊どもが気づいた時には。
 ガーウィンと美樹、そしてルークを乗せた二台のバイクが前方に向かって猛突進を開始していた。
 彼らの手からは細い糸が伸びており
「よっと」
 その糸が引っ張り寄せたのは道端に転がっていた拳銃に銃に、バズーカ。
「っていうか、本当に大丈夫なんでしょうね!?」
 美樹が糸を手繰って寄せたガーウィンの銃をあわあわとキャッチする。
「信じなさいって、俺様のバイクのスゲェーとこ見せてやっから」
 ガーウィンがバズーカを片手に構えて肩で安定させながら笑う。
「疑わないヤツは馬鹿だが、信じないヤツは大馬鹿だ。それは、海の上も陸の上も同じだろ?」
 引っ張り寄せた拳銃を手の中に収めて、ルークが言う。
 賊どもは大慌てで銃を撃ち始めているが、照準が合いやしない。
 飛び交うでたらめ弾丸パーティーの中を二台のバイクが駆け抜けて行く。
「退かねぇと怪我するぜぇ?」
 ガーウィンの放ったバズーカが前方の一団の手前で爆発して、道を作り上げる。
 そして、ギャングとキングスの連中の間を抜けながらルークが、バイクの上で後方に向かって大きく上半身を開いた。
 唾を飛ばしながら何か叫んでいるキングと一瞬だけ目が合った。ルークの口元が笑う。
「まんまと罠に掛かった感想を、後で聞かせてくれよ」
 照準を合わせたのはガーウィンが道端に大量に転がした爆弾達。引き金を引く。撃ち出された銃弾が錐揉み回転しながらギャング、暴走集団、飛び交う銃弾、道の白線、アスファルトを横切って、着弾する。
 橋を揺るがす大爆発。
 その爆圧で橋の中央が支柱ごと吹き飛び、支えを失った橋が真ん中へと折れ込むように川の中へと崩れていく。
 軋みを上げて川の方へと傾いていくアスファルトの路面。
 重苦しいバイクと瓦礫と銃器達と一緒に賊達は傾く道の上を滑って川へと次々落ちて行く。
「飛ぶぜぇえええええええ!」
 ガーウィンの声は気迫が込められながらもやっぱり楽しそうで。
 爆風を追い風に加速するバイクは、どんどんと傾いていく路面の上を重力に逆らって空の方へと駆け昇って行き、やがて、折れた端っこから空へと飛び出した。
「ぃひゃあああああああああああ――――――」
 水飛沫を上げながら壮絶に沈んでいく橋の一部を背に二台のバイクが宙を舞う。
 そして。
「っぅぐへ」
 ズン、と衝撃。
 それが無事に道の上へと着地出来た合図。バイクはそのまま数十メートル走行して、タイヤがアスファルトを擦る音を上げながら止まる。
 橋の向こう側では、サイレンと回転灯のオンパレード。
 タイミングの良い美樹の同僚達が駆けつけていた。


『――……の全員が駆けつけた警察官らによって保護、逮捕されました。また、現場となった広域ハザード区域は午後4時頃に消失し、それに伴い市道25号線からシーサイドラインにかけての立ち入り禁止は解除されます。これからの時間、夕日に染まりゆく海を観にドライブなどはいか――』


「きれーい」
 シーサイドラインから見える薄赤な海の景色がトクトクとゆっくり流れていく。
 二台のバイクは夕日を受けながら緩い速さで走っていた。
「いやぁ、遊んだ遊んだ」
「そういえば――試走レース、もう一本って話じゃなかったか」
 満足げなガーウィンへ、ルークが話を振る。
「しそーレース?」
 ガーウィンの背中で美樹が首を傾げたので、隣を走るルークがココンと自分のバイクの背を手の甲で叩いてみせた。
「これはガーウィンが造ったんだ。その性能テストみたいなもんだな」
「え、ガーウィンが造ったの!? スゴーイッ。ね、ね、今度私にも造ってよ、可愛いヤツ!」
「ははは、バッキー乗せるカゴでも付けっか? でよ、ルーク、やるんだろ?」
 そうして、二台のバイクは道端に止まった。
 薄く夕方と潮の匂いが満ちている。
「美樹、スタートの合図を頼む」
「合図? いいわよ、まっかせて」
 景気良く了解して、美樹はバイクを降りた。
 二台のバイクがスタートを揃える姿が、向こうから照らす夕日の明かりで影になっている。
 その間を抜けた海のきらめきがまぶしくて美樹は目を細めた。
「頼むぜ、美樹嬢」
 ガーウィンの影が片手を上げた。
「じゃ、いくわよー!」
 美樹はバッと仁王立ちに足を開いて、片手を高々と上げる。
 スゥウウっと腹に空気を吸い込み。
「れでぃいいいいいいいいい」
 その時、潮風が一陣強く吹いて、美樹の白衣をはためき上げた。
 美樹の目の前に泥水に塗れアスファルトに擦られ爆発に巻き込まれ、ボロボロになった白衣の端が行きて過ぎる。
「……ねえ、ちょっと思い出したんだけど」
 スタートの合図を中断して声を低くした途端に、爆ぜる二つの走音。
 砂埃を巻き上げて二つのバイクは発進していた。
 バイクを加速させながらガーウィンがルークの方を見て笑う。
「狙ってたな?」
「そっちもだろ?」
「今月きびちーのよ」
「うちもだ」
 とかなんとか甲斐性無しの男どもはバイクに乗って駆け抜けていく。
 その過ぎ行く背中を追って
「ちょぉおおーーーっとーーー!! クリーーーニング代!! いやっ、弁償ーーー! 弁償しなさいよーーーー!」
 ボロボロの白衣を翻し全力疾走する美樹の声が夕焼け空にすっ飛んで、浜辺の猫が実にうるせぇなあと笑い。
「逮捕だァッッ、逮捕ーーーーーーーーーーーーーーー!!」
 終劇、ならずで追い駆けっこは続く。





クリエイターコメントこの度はオファー有難う御座います。
愛すべき三人のドタバタアクションコメディーを楽しく書かせて頂きました。
是非一度、お好みのノリの良いBGMと御一緒にお試しください。なんて。

心理描写、言動などなどイメージと異なる部分があればご連絡ください。
出来得る限り早急に対応させて頂きます。
公開日時2009-02-28(土) 21:50
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