★ 魔法のスケルツォ! ★
<オープニング>

 銀幕市のターミナル駅前に位置し、日々多くの人々が行きかう銀幕広場。
 そこに面するは、街角のおしゃれなカフェ「スキャンダル」だ。
 自家製ケーキの甘い香りがただよう明るい店内には、評判のスイーツ目当てにやって来た女性客や、映画関係者、芸能人にまぎれて、ムービースターの姿も見える。

 彼らがそれぞれのテーブルで談笑しながら、アフタヌーンティーを楽しんでいる最中……。
 一つ一つのテーブルの間をふらふらと行きかい、なにやらぼそぼそと、客達に話しかける一人の少年の姿があった。
「あ、あの……。失礼ですが、ムービースターの、魔法使いさんですか……? 」
 黒衣をまとった女性に話しかけた少年は、紫のマントにかぼちゃパンツ、足元はとんがりブーツ、頭には一つ星マークのついた三角帽子を被っていた。
 見るからに、ムービースターの魔法使いといった出で立ちだ。
「違うわよ……。あたし、殺し屋」
「そ、そうですか! すみませんっ! 」
 魔法使いの少年はぺこぺこと頭を下げ、心細そうな視線を次のテーブルにさまよわせた。

                           ☆

「あのう、お客様……? どうかされましたか? 」
 さっきから挙動が不審な少年に声をかけたのは、「スキャンダル」の店員、常木梨奈だった。
 びくっと驚いて振り返った魔法使いは、三角帽子のてっぺんを見せて、梨奈に向かいぺこぺこと謝った。
「あ、す、すみません。ごめんなさいっ。ぼくその、人を探していて……」
「お待ち合わせですか?では、お席にご案内しますね」
 梨奈の言葉を受けて、魔法使いの少年はますます悲しそうに目を伏せた。
「あ、いえ……。そうじゃないんです。すみません、お店にご迷惑をかけてしまって…。ぼく、もう行きますね」
 とぼとぼと店を出ていく少年の背中は、あまりにも頼りない。
(どうしたんだろう、あの子……。ムービースターなのに、あんなに自信なさそうにして……)
 どうしても気になってしまった梨奈は、制服姿のままカフェを飛び出して広場まで追いかけ、少年を引き止めた。
「あのっ。もし良かったらご相談に乗りますよ、あたし! 」
 驚いて振り向いた魔法使いの瞳に、だんだん希望の光が差し込むように見えた。

                          ☆☆

「その、ぼく。『マジカル・ファンタジーア』っていう映画から実体化したみたいなんですけど……」
 魔法使いの少年は、広場のベンチに座ってぽつりぽつりと語りだした。
「あ! その映画、確か……、魔法使いのお弟子さんが主役なんですよね?」
 梨奈が自分を知っていてくれたことが嬉しかったらしく、少年は目を細めて小さな笑顔を見せ、コクコクと頷いた。
「そうなんです。ぼく、未熟な魔法使いで……。実体化しても、ちっとも魔法が上手く使えないんです。銀幕市に来てからも毎日練習しているんですけど、人様のご迷惑になるばかりで……」
「たとえば、どういう練習をしているんですか? 」
「えっと…。高層ビルの窓ガラス掃除とか…。魔法でぞうきんがけしたり……」
「すごいじゃないですか! 」
「でも、その魔法のぞうきんが暴走しちゃって……。ことごとく、道行く人の頭に全部落ちるんです! 」
「え。そ、それはちょっと……」 
 梨奈が少々言葉につまる。
「ぼく……。一生懸命やってるつもりなんですけど、止め方もわからなくて」
 通行人に怒られたことを思い出したのか、少年は話しながら目に涙をいっぱいためて、ついには「うわーん! 」と泣き出してしまった。
「魔法は大好きだけど、人に迷惑をかけるようじゃいけないし。それで、他の映画出身の魔法使いさんを探して、魔法を教えてもらいたくて……」
 けな気な魔法使いの少年に心を打たれた梨奈は、彼の小さな肩を叩いて言った。
「大丈夫です! コツを教えてもらって、しっかり練習すれば上手にできるようになりますよ、きっと! 」
 魔法使いは頬を赤くして涙をこらえながら、梨奈の顔をじっと見つめた。
「あたし、カフェのお客さんや、顔なじみのムービースターさんにお声をかけてみます。協力してくださる方がいらっしゃいますよ、きっと! 」
梨奈が「がんばりましょう! 」と笑顔で力づけると、魔法使いの少年は胸をいっぱいにして、「うん、うん」と頷いた。


種別名シナリオ 管理番号841
クリエイター吉永 咲(wupu1958)
クリエイターコメント・初めまして、ドキドキ初シナリオの吉永咲です。
どうぞよろしくお願いいたします。

・魔法の使い方や(技術面・心理面など)制御の仕方など、教えてくれる魔法使いさんに会いたい魔法使いの弟子からの依頼になります。

・ですが、彼に魔法の使い方を教えることができる人は、ムービースターの魔法使いさんだけには限りません。
幅広い職業の方に出会えてご指導頂けると、それだけ彼が使える魔法の可能性も増すかもしれません。
ムービーファンやエキストラの方には、側で応援してもらえると心強いかもしれませんし、色々とアドバイスをもらえると、とても参考になると思います。

・なにぶん彼はまだ未熟な者ですから、練習中に濡れたぞうきんが頭の上に落ちてくるかもしれません。どうかお許しいただきたく思います…。

・コメディタッチで進む、ほのぼのシナリオです。
どうぞ、お気軽にご参加くださいませ(^v^*)

参加者
ギル・バッカス(cwfa8533) ムービースター 男 45歳 傭兵
<ノベル>

 午後の日差しがゆるやかに差し込む、カフェ「スキャンダル」の窓際の一席。
 そこで向かい合って座っている一組の客は、どちらも視線を合わせることなく、まして会話を始める気配さえなかった。

 年の頃は、親子ほどの差がある二人……。
 しかし、どう見ても彼らに血縁関係があるなどとは想像できない。
 二人がこの銀幕市で生まれたムービースターだということは歴然としていた。

 鍛え上げられた堂々たる体躯で腕を組み、眉をしかめて眩しげに窓の外を見ているのは、傭兵のギル・バッカスだった。
 右目には眼帯があてられ、それを覆うように額には布が巻かれている。
 ギルは椅子に腰掛けていながらも大槍を手放すことはなく、まるでそれを身にまとうかのように、厚い胸板でずっしりと抱えていた。
 ただ腰掛けているだけなのに、彼の全存在からはその厳しい人生が物語られている。

 一方、三角帽子にかぼちゃパンツの見習い魔法使いは、ギルの武器やその存在感に気後れしてしまうせいか、これ以上小さくなれないというぐらいに肩をすぼめ、うつむきながらも、時々上目遣いにギルの顔をチラチラと盗み見ていた。
 しかし、一瞬でも目が合うと慌ててそらし、真っ赤な顔でもじもじと、生白い自分の太ももに視線を落とす。
ギルはそんな魔法使いの態度に呆れ、深いため息をついてまた窓の外へ視線をはずす……。

 その繰り返しを見かねたウエイトレスの梨奈が、クッキーの乗った皿を持ってテーブルにやってきた。
「私からのサービスです。魔法使いさん、修行がんばってくださいね」
 梨奈の登場に、魔法使いは少しほっとしたような表情を見せ、「あ、ありがとうございます……」と、消え入りそうな声で言った。
 いい加減、苛々が最高潮に達していたギルは、梨奈を見て言い放った。
「……じょうちゃんか? 対策課にこのボウヤの依頼出したってのは」
「あ、はい! そうです。やっぱり銀幕市民として、困っている人を見過ごせないなあって思って……。ギルさんも、それで受けて下さったんですよね」
 梨奈は屈託のない笑顔でそう答えた。
 ギルはそんな梨奈の顔を鋭い緑色の瞳でまじまじと見つめると、また深いため息をついた後で言った。
「……俺様が探していたのは傭兵の依頼だ。だいたい、このボウズは報酬を出せるのか。傭兵は情で動いたりしねえんだ。俺様のギャラは高くつくぞ」
 報酬は対策課から出されることを知っているギルだったが、ムリやり仕事を押し付けられて不機嫌なまま、魔法使いを試すようにそう言った。
 すると、魔法使いはますます縮こまってしまった。
「魔法使いさん……? 」
 梨奈が心配して声をかけると、魔法使いは丸い瞳をキッとつりあげ、目を細めて自分を見つめているギルに向かって、震えそうな声で言った。
「あ、あのっ! ぼく……、報酬出します! 」
「へえ。いくらだ」
「ぼくのビルの清掃アルバイトのお給料、ぜ、全額です! 」
 魔法使いが鼻息荒く言ったその言葉に、ギルも梨奈も一瞬ポカンと口を開いてしまった。
 「給料を報酬にする」ということは、魔法使いの弟子がしっかり稼げるぐらいに魔法を制御できるよう、ギル自身の協力が不可欠だ。
 その取引があまりにも自分に都合が良いものだということを知ってか知らずか、魔法使いの勢いはテーブルを乗り越えそうなぐらいに強かった。
 ギルは半ば呆気にとられつつ、魔法使いの真剣な瞳をじっと見つめ返した。
 魔法使いの決意がどれくらい本気なのか、見極めるように。

 その時、トレイを脇にはさんだ梨奈がパチパチと両手を打ち鳴らした。
「その意気です! お給料をしっかりもらえるようにがんばってくださいね! 」
「は、はい! がんばります! 」
 二人のペースに押されるような形で話は進み、
「じゃあ、もうすぐアルバイトの時間なので……」
 と言って魔法使いが席を立ち、ギルをじっと見つめた。
「なんだよ……。チッ。わかったよ、行きゃいいんだろ! 」
 結局、ギルはそのまっすぐな視線から逃げ切れず、腕を組んだままいくつ目かのため息をこぼした。


                         * * *


 ビルの隙間を吹きぬける強い風が、魔法使いのローブを頼りなく揺らす。
 銀幕市のオフィス街に場所を移した二人は、並んで一件の建物を見上げていた。
 その建物は、5階建てのこじんまりとしたビルだった。
 中には商業施設やオフィスなども入っているようで、人々の出入りもままあり、行き交う通行人は早足で過ぎ去って行く。
「ここがぼくの担当のビルです! あ、あの……、ギルさんと呼んでも良いでしょうか……」
 魔法使いは、内股になってもじもじしながら言った。
「好きにしろよ」と、ギルは短く答える。
「はい! ギルさん! 」
 嬉しそうにギルを見上げて名前を呼ぶ魔法使いだったが、
「で、ボウズの名は? 」
 と聞き返されると、
「……あ。ぼく、名前はないんです。魔法使いの弟子は、ただの魔法使いの弟子です」
 と、顔の前で軽く手を振りながら言った。
「なんだそりゃ。味気ねえな」
 ギルが拍子抜けしたように答えると、また嬉しそうに魔法使いが小さく笑って言った。
「だから、お師匠さんができて嬉しいんです! だって、ぼくは『魔法使いの弟子』なのに、お師匠さんがいないと、ただの弟子でも、何者でもなくなっちゃうんだもの。ありがとう、ギルさん! 」
 魔法使いの弟子は何度も頭を下げた。
 しかし、そう言われてもギルは「そ、そうか……? 」とぎこちなく答えるしかできず、まだ師匠になった実感もない。
 とは言え、ここまで来たからには魔法使いを放り出すわけにもいかず、ギルはもうなんとでもなれ、とほぼ投げやりに、小さな魔法使いを見下ろして言った。
「で。何すんだって? 」
「はい! えっと、ぼくの仕事は窓ガラスの拭き掃除です! 順番にぞうきんをかけます」
「……地味くせえなあ」
「? 何か言いましたか? ギルさん」
「……いや。じゃあ、見ててやるからやってみろよ」
「は、はいっ」
 ギルに言われて、魔法使いはキリっと表情を引き締めた。
 指先で空に円を描くと、はじけ飛ぶ星屑とともに水の入ったバケツとぞうきんが現れた。
 水を跳ね上げてバケツが地面に落ちると、魔法使いは「ふう!」と汗をぬぐいながら、バケツの中からぞうきんを取り出し、手で水を絞りはじめた。
「おい……。なんで魔法でやらねえんだよ」
 ギルの問いかけに、魔法使いはしゃがみこんだまま顔を上げて答えた。
「え? だってぼく、魔法でぞうきんを絞れないから……」
「……そんなレベルなのか」
「え、えと…、その、手で絞ったぞうきんを宙に浮かせて、なんとなく窓に触れさせるぐらいしかできないんです」
「それくらいじゃあ、全然拭けてねえんじゃねえのか」
「は、はい……。しかも、力を抜くとすぐに暴走して、落ちてきちゃうんです」
 魔法使いの頼りない発言に、ギルは目の前がくらくらした。
 ローブから出る細い腕でぞうきんを絞る魔法使いの姿がぼやけて見える。
 それは、陽の光が存在しない暗闇の世界を生きてきた生い立ちから、明るい光のある世界に慣れていないせいだけではなかった。
「まあ、良い。いっぺん見てみねえことには、俺様もなんとも言えねえ。とにかく今できる魔法を見せてみろ」
「は、はいっ! 」
 魔法使いが口元で小さく呪文を唱えると、ふわふわとぎこちなくぞうきんが宙に浮いた。
「浮きましたあ! 」
 魔法使いが、(やったでしょ! )と誇らしげにギルを見つめる。さっそく褒めてほしいらしい。
 しかしギルは眉を寄せて腕を組み、その不安定なぞうきんを見つめていた。
 ゆらゆらと揺れながら、ぞうきんは2階の窓へ飛んでいく。
 魔法使いはぞうきんをコントロールするかのように両腕を上げて、不器用にもその動きに合わせている。
 やっと二階に辿り着き、ペタ! っとぞうきんが窓に張り付いたかと思うと、魔法使いが「やった! 」と小さく声をあげた。
「まだだ。そのまま左右に動かしてみろ」
「え、あ、はいっ! 」
 ギルの指示を聞いて、なんとか両腕を動かしてみた魔法使いのぞうきんは、固い動きながらもなんとか左右に振れていた。
「あぁっ! 動きました! わー! 拭けてるみたいです〜〜! 」
 感激した魔法使いが思わず腕を下げたとたん、宙に浮いていたぞうきんが急スピードで落下し、その真下にいたギルの頭の上に落ちた。
「あぁっ……!!! 」
 ギルは頭にぞうきんを被りつつも、腕組みをした姿勢のまま微動だにしない。
 その恐ろしい沈黙に、魔法使いの弟子は顔色を真っ青にし、
「すみませんっ、すみませんっ!」
 と、頭を下げ続けた。
 ギルはぞうきんを被ったまま、今にも泣き出してしまいそうな魔法使いに向かって言った。
「ボウズ……」
「は、はいぃ……」
「……俺様はな、長い傭兵暮らしだ。今までに掻い潜って来た戦火は数知れねえ。でもな、ぞうきんが頭に降ってきたのは……、初めての経験だ」
 その言葉に、魔法使いはますます肩を落とす。
「魔法の暴走とは言え……。むしろ、落ちてくるぞうきんを避けられなかったことが腹ただしい……」
 そう言った後で、ぞうきんを頭に乗せたギルの片目がふいに細められた。
 その後で噴出すかのように、ギルは勢いをつけて言った。
「ハッ! もうこの際仕方ねえ! 最後まで付き合ってやる。俺様は俺様で、ボウズのぞうきんを避ける修行だな、こりゃ」
 ギルの冗談まじりの励ましが、魔法使いの弟子にはどんな言葉よりも優しく響いた。


                         * * *


「とりあえず、魔法なんてのは形がねえんだから、気合入れるしかねえだろ」
「気合、ですか……? 」
 人通りが途切れないオフィス街の一角で、二人の魔法修行が始まっていた。
 すでに数人の通行人の頭の上にぞうきんを落としてしまい、ギルも魔法使いと一緒に謝ってくれた。
 しかし、
「まだ修行中でな。勘弁してやってくれ」
 そう言うギルを見た一般人が、魔法使いの弟子にそれ以上きつく言えるはずもなく……。皆ぞうきんを被って、すごすごと退散していった。
「ギルさんは、どんな風に気合を入れて魔法を使うんですか? 」
 魔法使いが小首をかしげて聞く。
「あぁ? あー……。俺様のやり方は、本業の魔法使い連中とは違うぜ」
 ギルは顎を指先で撫でながら、言葉を選ぶように答えた。
「はい、かまいません! 」
 その答えを聞いたギルは、「これを見ろ」と言って、手にしていた大槍を魔法使いの鼻先に向けた。
 驚いた魔法使いは、一瞬「わっ」と小さく身を引くも、それをまじまじと見つめた。
「この槍には土の魔力を封じた石が埋め込んである。それで土属性の魔法や技を使えるってわけだ。まあ、俺様は肉弾戦の方が性にあってっから、よっぽどじゃねえと使わねえけどな」
「そ、そうなんですか! そういう魔法もあるんだ……」
 感心したように言った後、ふと魔法使いの表情が陰った。
「えっと、性にあってるっていうのは……? その、ぼくが魔法下手なのは、性にあっていないからでしょうか」
 魔法使いは自分の言葉に傷ついたかのように、うつむきがちに言った。
「……辛気くせえなあ」
 ギルはそう言うと、魔法使いの背中をドン! と叩いた。
「い、いたっ! 」
「これが気合だ。まず、体をしゃんと真っ直ぐ保て。良いか、ボウズ。そんな風にちょっとしたことでいちいちめげてちゃな、いくら俺様と一緒だからって、上達すんのに恐ろしく時間がかかるぞ」
 はっとした魔法使いは顔をあげ、ギルを見つめ力強く頷いた。
「はいっ。な、泣き言いわずにやってみます! 」
「おう。やってみろ」
 魔法使いは同じようにぞうきんを絞り、二階の窓ガラスへふわふわと飛ばしていく。
「そこで、ぞうきんが左右に動くイメージをしてみろ」
「イメージ? 」
「そうだ。てめえの腕を動かすだけじゃなく、頭ん中でシミュレートしながら動かすんだ」
「は、はい。こう、かな……? 」
「……そうだ。よし、次は上下だ」
「あ、はいっ! 」
 魔法使いは一度も腕をおろすことなく、集中し続けている。
 なんとか二階の窓を拭き終わると、ギルが次は三階へ高度を上げるよう指示した。
「詰まるところ修行ってのは、同じことを何度も繰り返すっつーことだろ。体に覚えさせんだよ」
「は、はい……」
「最初から上手くできる奴はいねえ。要はなんでも同じで、慣れるこった。適当に自信つくまで、同じことを繰り返せ」
「はい! 」
 疲れて腕が上がらなくなりながらも、魔法使いは目を血走らせて、なんとか5階までぞうきんを運ぶことができた。
 上空でぞうきんがひらひらと舞っている。
 なんとか窓ガラスにぞうきんを沿わせ、キュッキュと音が鳴るくらいまで拭き終わると、
「……よし。上出来だ」
 ギルの声に安心したのか、体力と集中力の限界に達していた魔法使いの腕がだらんと下がった瞬間、魔法が解けかけたぞうきんがまっ逆さまに落下してきた。
 ヒュウと口笛を吹いたギルが、
「来たぜ! 」
 と低く叫ぶと、魔法使いの腰をひょいと持ち上げ、そのまま空に向かってほり投げた。

「えーーーーーっ!?! 」

 勢いよく飛ばされた魔法使いはふわりと宙に浮き、落ちてくるぞうきんを見事にキャッチ。
 そのまま魔法の力でゆっくりと着地し、ギルの前に立った。
「と、取れちゃった……」
 自分でも驚きを隠せない魔法使いの弟子は、目を丸くしてギルを見上げた。
 その現場を偶然見かけた通行人達も驚きを隠さず、わけもわからぬまま拍手を送る者もいた。
「ははは! どうせ制御しきれねえ魔法なら、そういう 曲芸みてえなやり方もアリなんじゃねえのか。ここらの名物にしてやれよ」
 ギルが目を細めて豪快に笑う姿を見て、魔法使いの弟子も頬を赤らめて軽くうつむき、「へへへ……」と笑った。

 ひとしきり笑った後で真顔に戻ったギルが、魔法使いに向かって言った。
「ボウズ。誰かに頼ったからって、すぐに上達できるなんて思うな。だが、物事にはなんでもコツがある。それを知るってのは大事だ」
「はい……! 」
「ボウズに一番足りねえのは、自信なんだよ。ちびっこい背ぇ丸めておどおどやってりゃ、ぞうきんにも舐められる。当然だ」
「……はい」
「俺は、自分を鍛えるために思いつくことはなんでもやって来た。それは今も同じだ。そうじゃなきゃ、自分の命を自分に預けることなんてできねえよ」
「自分の命を、自分に……? 」
 魔法使いは、わからないというような顔でギルを見上げた。
 出身映画のジャンルからして違いすぎる二人なので、それもムリはない。
 子どもの魔法使いに向かって、
「……らしくねえこと言ったな、俺も」
 と、自嘲気味にギルが微笑んだ。
「わからなきゃ良い。とにかく自信を持てるまで、懸命にやれってこった! 」
 ギルの大きな手で、再びドン! と力強く叩かれた魔法使いの小さな背中。
 痛みと嬉しさで涙目になった魔法使いの弟子が言った。
「ぼく、ぼく……。がんばります! 明日も、あさっても! 」

 師に向かって礼を尽くすように、魔法使いが深く頭を下げた三角帽子の先を、ギルが手のひらでぴんとはねた。
 帽子がずれて、魔法使いが「あわわっ」と顔をあげる。
 野太いギルの笑い声が響き、やがて二人は並んで歩きだす。

 暮れ行く空の上には、真っ白なぞうきんが鳥のように優雅に舞っていた。




クリエイターコメントドキドキ初シナリオにご参加いただき、ありがとうございました!
映画「ファンタジア」を下敷きにした小さな物語ですが、素敵なプレイングをお送りいただき、おかげ様でとても楽しく筆が進みました。
いつかPL様と魔法使いの弟子が銀幕市で再び出会うことがあって、
「よお、ボウズ。がんばってんのか」
「はいっ! 魔法でぞうきんを絞れるようになりました! 」
なんて、他愛ない言葉を交わすこともあるのかもしれないなあ…と思うと、それだけで楽しいです。
出会いに感謝。ありがとうございました!
公開日時2008-12-11(木) 18:40
感想メールはこちらから