★ 猫と少女 ★
クリエイター有秋在亜(wrdz9670)
管理番号621-7343 オファー日2009-04-03(金) 16:58
オファーPC ギル・バッカス(cwfa8533) ムービースター 男 45歳 傭兵
<ノベル>

「私の猫がいないの」
 彼女は、そう言った。

「お願い、探してほしいの。傭兵さんは、『依頼』を受けてくれる人だって聞いたから――」
 ギル・バッカスはそれを聞いてほとほと困ってしまった。話があるとその小さな娘が現れたのが数分前。そして今彼は彼女と対峙していた。……彼は傭兵だ。多くの人に雇われてきたし、かなり際どい戦場に赴いたこともある。そんな彼が、猫探しだと? しかし眼前、猫の特徴を語る少女は真剣そのもの。その繊細そうなふわふわした髪は、言葉の端々からも見られるように育ちの良さを想わせる。猫というのもきっと箱入りで育てられたような綺麗な猫に違いない。
「あのな、じょうちゃん」
 どう言おうか迷った挙句に、なるべく優しい言葉を選んでギルは告げた。
「悪いが、俺様は探偵さんじゃあねぇんだ。猫探しはできない」
 たんていさん……と不思議そうに繰り返していた少女だが、断られたことに気付いて表情を変えた。その表情はなぜか、失意ではなく、焦り。
「そんな……お父様もお母様も、可愛がっていた猫なの。お願い。……あのね、傭兵さんにお願いするのにどれだけいるのかわからないけど、お小遣いを貯めていたのがあるの」
 彼女が取り出してきた袋に詰められているのは、少女が持つにはあまりに不釣り合いな札束だ。ぎこちなくまとめて詰め込まれてはいるが……一応額を数えてギルは唸った。これでは十分過ぎる。しかし、彼女は何者だろう。育ちはよさそうだが、いくつか気になる言動があるなと、無意識にあごに指を滑らせながらギルは考えた。
「ねえ、お願い、頼れるのは傭兵さんしかいないの……!」
「誰か、家の人は手伝ってくれたりはしねぇのか?」
 試しに尋ねてみると、彼女は何にかうろうろと目をそらした。
「叔父様はお仕事が忙しいの……お屋敷の人も、探せないって」
 ワンピースの端を握りしめる華奢な手指の関節が、僅かに白くなる。斜め下に伏せた瞳が、頑なに床を見つめ続けていた。
「……わかった、特別に引き受けてやる」
「ホント?!」
「それだけの額をいきなり前払いで貰うわけにもいかないから、それはとっとけ。猫を届けに行った時に報酬は貰うことにする」
 彼女はこくりと頷いた。袋を仕舞い、立ちあがる。彼女は家の位置を告げるとぺこんと頭を下げた。
「ありがとう、傭兵さん。……傭兵さんだけが、頼りなの」
 その響きは、大切な猫の行方を任せるということにしても、少し重すぎる気がした。

 *

 猫はあっさり見つかった。それはもうあっけなく。近辺の、猫が好みそうな場所を回ってみたら、作りの良い首輪をつけた毛並みの美しい猫が隅の方で居心地悪そうにみゃおにゃお鳴いていたのだ。
「おい、暴れるなよ……」
 言わずとも猫は暴れなかった。よほど人のあまり通らない裏路地が心細かったと見えて、手を離しても無理やりギルにくっついていそうだ。ギルは猫を抱くようにして連れたまま、住所をメモした家へと向かった。こんなにあっさり依頼が達成されてしまうと、やはりますます不可思議だ。普通猫探しとは、自分たちでは見つけられなくなった猫の捜索を頼む物と思っているのだが……。まああまり他人のプライベートに鼻先を突っ込むというのもいただけない。依頼は依頼だ、と彼は辿り着いた豪邸の呼び鈴を鳴らした。人の気配があった屋敷が一瞬静まり返り、中から使用人が出てくる。
「何か、ご用ですか?」
「猫探しに雇われた者だ。これが猫で、報酬と引き換えなんだが」
 様子を窺う様に問われた言葉に、少女の名前を出し少しむっとした風に言葉を返す。あまりフレンドリーな家ではなさそうだ。承知いたしましたと言った使用人が門を開け、ギルを中に迎え入れた。客間に通され、しばらく待っているように告げられる。
「申し訳ございませんが、しばしお待ちくださいませ」
 猫と二人きりにされたギルは、しばらく部屋の中を眺めた。いくつか家具を動かした跡がある。最近改装したのだろうか。
「これはこれは、お待たせして申し訳ない」
 しかし戸を開けて現われたのは少女ではなく壮年の男。これがあの少女の身内だろうか……身も蓋もなく言えば、がめつそうな顔だった。とてもじゃないが、彼女と一緒にいるところを想像できそうにもなかった。
「彼女がご迷惑をおかけしたようで申し訳ない。……報酬と引き換えだったね。幾らかな?」
「彼女が知っていると思うけどな」
「すまないね、彼女は今ちょっと……習い事で」
 男が言葉の端を濁す。こちらにちらちら視線をやっている使用人が追随するようにかくかく頷いていた。
「そうか」
 ギルはそっけなく答え、金額を告げる。少女のところに血相でも変えていくかと思ったがそうでもなく、やけにすんなりと報酬は支払われた。
「このたびはご苦労をかけた。ありがとう」
 有無を言わせぬ空気に押し出されるように、ギルはその屋敷を出た。

 *

「ふん、猫か……傭兵を雇おうとは考えたもんだな」
 客人を出した屋敷はまたもとの空気を取り戻していた。かけられた言葉に、床に転がされた少女がきっ、とそちらをにらむ。さるぐつわをかまされた口から切れ切れに悲鳴が漏れた。
「ナイフを持ってこい。在り来りなやつの方がいい」
 呼ばれて数人いた使用人のうちの一人が戸口から消える。さらに喚こうと息を吸った少女に対して、彼女の叔父はにたりと口角を上げた。
「可哀想に。兄貴達が事故で死にさえしなきゃあお前も長生きできたものを。……まぁ俺のためには良かったがな」
 嘲笑めいた口調は最後はくつくつと喉の奥での笑いに変わる。その笑いに、戸口から相槌が返ってきた。
「――なるほどな」
 いつの間にか戸口に現われたギルが、気絶した使用人の手から果物ナイフを取り上げ、どさりとその体を放り出す。父親も母親も可愛がって『いた』猫、忙しいらしい叔父と使用人たち。様子のおかしい屋敷の空気。少女はただただ小遣いをためていたのではない。『猫を逃がすため』の準備だったに違いないのだ。――そして、この屋敷で起こるだろうことから逃げるための。
 ギルに気付いた叔父が目を剥いた。
「っ貴様……っ?!」
「どうもきな臭ぇと思ったら、やっぱりそういうことかよ」
「黙れ! ……っく、そいつを捕まえろ!」
 ただの使用人とは思えない音のない動きで、残りの使用人たちがすり寄ってくる。踊りかかってきた一人目をかわし、狭い部屋の中では振り回せない大槍を叩きつけるように二人目に向かって投げつける。扱われている見た目とは裏腹の重量に、二人目がバランスを崩したその先にいる三人目に向かって横殴りにこめかみを打ち付けると、振り抜いた勢いで横なぎに放った回し蹴りがギルの死角に入ったつもりになっていた一人目をなぎ倒した。
「どうした、こんなもんか?」
 口の端を吊り上げてみせると、かわしようのないストレートが叩きこまれる。それをあえて受けつつもその腕に自分の腕をからませて捻りあげた。詰まったような、音にならない悲鳴を上げて使用人の一人が気絶する。それを目にして動揺したのか殴りかかってきた軌道は丸見えで、そのまま少しかがんでみぞおちに一発。その体を押し出すように投げだすと、タイミングを計りかねていた最後の一人がよけられないままに床に頭を打ち付けて気絶した。
「な……何が目的だ。何なんだ貴様……!」
 すっかり腰を抜かしてしまい、逆四つん這いのような格好でじりじり逃げ出す叔父を横目に、転がされている少女の傍らに膝を突く。ロープを解き、さるぐつわも外してやると、彼女はひしっとしがみついてきた。
「ありがとう、傭兵さん……!」
 きっと、ぎりぎりで保っていたのだろう。小さくしゃくりあげながら少女がしがみついている。この小さい体で、良くここまで耐えたものだ。まるで見つけたときの猫のように離れまいと必死になっているその少女を見降ろして、ギルは応えた。
「何だ、って……彼女に雇われたしがない傭兵だ」

 にやりと言ったその声に、少女がふと安堵と信頼が入った笑みを見せる。
 ――猫探しも、たまには悪くないのかもしれない。





クリエイターコメントこのたびは、オファーありがとうございました!
アーモンドのごとき瞳を細めて、みぁう、と猫が鳴く。

お楽しみいただければ、幸いです。
公開日時2009-04-09(木) 23:10
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