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<ノベル>
男がいた。
マホガニーに似せたテーブルに着き、マイセンに似せたティーカップを持ち、アンティークに似せた革表紙の本を開き、書斎に似せた場所で、一見優雅なひと時を過ごす。
「人はなぜ、罪を犯すのだろうな」
独白に似せたセリフ。
読み上げるのは、詩篇に似せたセリフ。
「知ってはならない、知るべきではない、そのことを知りたいと願うあまりに犯す罪とともに、《黒い羊》はやってくるのか……」
ティーカップに満たされた花の香りの紅茶。
口に含み。
――かしゃん。
カップはソーサーの上に美しい橙の色を撒きながら転がり、革表紙の本は床に滑り落ち、男はテーブルに己の上半身を伏した。
見開かれた目。
苦悶の表情。
喉を掻き毟り、宙と伸ばされながら、何もつかめずに落ちた腕。
それが合図だったのか。
男を照らしていたスポットライトの光が消えて、辺りは闇と静寂に包まれる。
そして。
絨毯を敷き詰めたダンスホールの照明が一斉に瞬き、灯った。
2〜3名ほどの小グループに分かれた13組の集団が、それぞれ互いに顔を見合わせ、たったいま目の前で繰り広げられた光景について語り合いはじめる。
スーツや華美にならない程度のワンピース姿で集まるその中には、およそホテルには似つかわしくないトレンチコート姿の男の姿もあった。
犬神警部だ。
「むぅ……いったい何がヒントだったのかさっぱりわからん」
頭を掻き毟りそうな勢いで、しきりに唸っている。
その手には警察手帳ならぬ《探偵手帳》が握られていた。登場人物紹介、人間関係、そういった基本情報が記された小道具だ。
「死因は薬物による中毒死、だろうが……ううむ」
再び、探偵手帳の白いページと幕の降りた舞台を交互に見やりながら、犬神は唸る。
「殺人事件か。まあ、そうでなければ意味はないのかもしれんが、さっぱり関連性が見えんぞ? 大体、なんであいつが死んだのだ? あいつは当主だろう? 財産目当てか? なあ、ジェイク君、君はわかったか?」
「……さあ?」
警部の隣に立つのは、同じくホテルのドレスコードに抵触しそうなジーンズに暗色のパーカーをはおり、フードを目深にかぶった少年――ジェイク・ダーナーだ。
彼の手にも同じように《探偵手帳》が渡っている。
「……だいたい、おれはあんたや……悟みたいに謎解きするってガラじゃない……そもそも、少し前に別のイベント行ってなかったか?」
「いいではないか。ジェイク君とも来たかったんだ。ヒナくんもそう思ったから、こうして招待状をくれたわけだしな!」
殺人鬼と刑事がそろって探偵のまねごとをする羽目に陥っているそもそもの原因は、一通の招待状にある。
ベイサイドホテル主催、ミステリーナイト。
別館を使用して構築されるギミックとトリックを駆使した参加型推理劇イベントは、豪華客船上で行われたチョコレートクルーズに引き続いての開催だ。
ふたりのもとに送られた招待状には、依頼書がわりとなるイベントの日時を知らせるものとは別に、一枚のカードが入っていた。
表に黒い羊のイラストが描かれ、裏には《Lounge》の綴り。
その謎も解けないうちに、着いて早々に参加者たちはホールに集められ、先程のショーを見せられることになったのだ。
小説や映画で言うならば物語のオープニング、探偵が呼ばれる前に起きた事件を語るための演出だろう。
はたして自分たちは何を見つけ、何を解くためにいるのだろうか。
今夜の催し物に参戦した他の『探偵』たちはこういった展開に慣れているのか、迷うことなく自身の捜査へと移っていく。
「……ううむ……我々もとりあえず行こうか……」
しかたなく人の波に流されるようにして、犬神もジェイクとともにホールを出た。
「次に行く場所の見当がさっぱりつかん」
メタルフレームに縁取られた透かし彫りのシャンデリアが、ふたりを遥か頭上から照らす。
「……カード」
「む?」
「そのカードにラウンジって書いてる。……他の奴らも、カードの裏を見て行き先を決めているみたいだ……」
「それは本当か、ジェイク君?」
無言で頷き、そしてジェイクは黙ってラウンジを目指す。迷いのない足取りは、探偵手帳に記されているこの場所の館内図を参考にしているからなのか、それとも彼自身が持つ何か特殊な感覚によるものなのか。
犬神はカシカシとまた髪を掻きながら、彼の後を追いかける。
「こんな時、ヒナくんがいてくれたらいいんだが……招待状をくれたヒナくん自身はどこにいるんだ」
「……いるだろ」
「む?」
「そこ」
ジェイクがまっすぐに指し示す先、ちょうどダンスホールから中庭へと抜けられるラウンジ入口にフロックコートをまとった執事らしき青年がひとり、立っていた。
「ようこそおいで下さいました。犬神雪之丞様、ジェイク・ダーナー様」
ほんわりとした笑顔を浮かべ恭しく礼をする、その姿はまさしく――
「ヒナくん!?」
思わず声を上げて指をさす犬神に対し、彼はあくまでも礼儀正しく微笑み続ける。
「ヒナくん、これはいったい……いやいや、細かいことはなしだ! ヒナくんが来てくれてよかった! なあ、ジェイク君!」
急激に元気を取り戻した警部にばしばしと遠慮なく背中をたたかれながら、華奢そうに見えてその割にびくともしないジェイクは、目深にかぶったフードの下からちらりと友人を見やる。
「……」
「どうなさいました、ダーナー様?」
「……悟、あんた、ほんとに何にでもなるんだな」
ジェイクが知っているだけでも、この友人はウェイターをやり、探偵をやり、魔導師になり、舞台役者になり、文化祭に至ってはヒーローショーの舞台監督にもなっていた。
そのうちテロリストにもなるかもしれない。
そんな指摘に、執事は控えめに小さく笑った。否定も肯定もなかった。
「それで、ヒナくん、君もいっしょに謎解きをしてくれるというわけか?」
「わたくしどもは協力者。探偵たらんとするお客様のため、ともに《謎》に対峙する役目を仰せつかっております」
どうやら、ひとグループにひとり《世話係》が付くのがベイサイドホテル側の趣向らしい。同封されたカードの裏にあったのは、この《世話係》との待ち合わせ場所だったということだろう。
「ですが、まずは犬神様、ダーナー様、おふたりを部屋へご案内させてくださいませ」
探偵志願者にはホテルの一室が与えられるらしい。
宿泊イベントではないはずだが、いわゆる事務所、あるいは捜査本部といったところだろうか。
「う、うむ?」
あくまでもにこやかに、かつ慇懃に接する彼に、犬神はどうにもむずがゆさと居心地の悪さと気恥かしさを感じて気おくれしてしまう。
座りが悪いというか、なんというか。
「ヒナくん……その、できれば普通にしてもらえんか? 自分はどうもなぁ、その……」
「犬神様のご命令であれば」
「たのむ」
なんとも奇妙な『命令』だがしかたない。
「了解しました、雪之丞さん」
声の調子が変わり、次の瞬間、そこに浮かんでいるのは犬神のよく知る人懐こい爽やかな笑顔だった。
「ええと、世話係に与えられた仕事はゲストである《探偵志願者》様にホテル内のいろいろな場所を案内することなんですよ。雰囲気作りも兼ねた、ナビゲーターですね」
視線をめぐらせれば、いつのまにかちらほらと、執事スタイルのスタッフを連れたグループが目につくようになっていた。
彼らもまた、無事カードの意味を知ってナビゲーターと合流できたということだろう。
「……あんたに関係者について説明を求めたら、……答えてくれるのか?」
「お答えできる範囲であれば、ね」
そう言って執事はふたりを部屋に案内する間に、あらかじめ用意されていたのだろう《情報》を開示する。
「旦那さまは非常に繊細な方でした。奥さまはその分しっかりとなさっておりまして、よく旦那さまを励まされていました。お坊ちゃまは小さなころから少々涙もろい方です。旦那さまのお兄様は独身で休日となるとよく遊びに来てくださいます。ご一緒には住まわれておりません。旦那さまの叔父夫婦となられるおふたりは事業をなさっておいでです」
あらかじめ用意されたセリフなのだろう。まるで淀みがなく、執事らしい冷静で平坦な言葉が流麗に紡がれていく。
この館で、ひとりの壮年の男が毒を飲み、死んだ。
彼はこの家の当主であり、屋敷は代々続く名家でもある。
彼には妻と15歳になったばかりの息子がいた。
そのほか、今この場所には、当主の兄と当主の叔父夫婦が先代当主の命日ということで集っているという。
では、一体誰が当主を殺したのか。
奥方の意向で呼び集められた《探偵》たちが独自の捜査を開始した。
――以上が、探偵志願者達へ用意されたオープニングイベントの概要であり、これから解くべき謎である。
「ようし、わかった!」
突然警部が叫ぶ。
「犯人は叔父夫婦だ! 動機は財産目当て! 大方事業に失敗して借金がかさんだのだろう。どうだ、ヒナくん!?」
びしぃい!
「……つまり、そいつらは候補から外していいってことだな……」
「雪之丞さんの指摘は“絶対”だもんね」
「……むぅ……」
釈然としない顔で、ふたたび黙り込む。
黙りこんだまましばらく考えているうちに、部屋に到着してしまった。
「さあ、着きました。こちらがおふたりの事務所であり、休憩所であり、推理をめぐらせる場所になります」
どうぞ、と執事が扉を開け、ふたりを促す。
足を踏み入れて見れば、広いふたつのベッドの他に、ソファ、ドレッサー、サイドテーブル、書棚、机、テレビ台などが完璧な調和をもって置かれていた。
映画で見るような、豪邸の客室といったコーディネイトだ。
「よかったら、いろいろひっくり返してみてください」
「ふむ?」
「……宝探しか?」
「それに近いかも。ヒントは至る所に隠されているからね。気になる所はとことん探してみて」
執事の許可を得て、犬神とジェイクは遠慮なく書棚の扉を開け、ベッドカバーを剥ぎ、ソファの裏側を覗き、ついでにバスルームやベランダにも足を伸ばす。
完全に家宅捜査ののりだ。
「これはなんだ?」
ひとしきり部屋の中を探索していた犬神は、ドレッサーの引き出しの中に収められている聖書を発見した。
ホテルにはありきたりなアイテムと思えたその中に、一枚の紙片――トランプほどのサイズのカードがはさまれている。
「……なんだ? ああと……これは“子供”……? 犯人は子供、つまり死んだ当主の息子というオチか!?」
「……その線も消えたな」
「むっ? だがな、わからんぞ?」
「雪之丞さん、犯人がわかっても、それに辿り着くための証拠集めもしないと」
「わかっとるよ。だがなぁ、ヒナくん……」
「あんたとの待ち合わせ場所を指定した“羊”のカードと同じ……これもヒントのひとつってことだろ……?」
子羊の鳴き声がどこかから聞こえてきそうだ。
迷える子羊。
思い浮かんだのは、ジェイクが世話になっているハリウッドスターの言葉、そして、彼の習慣だった。
「……教会……行くか……あるんだろ?」
「屋敷の裏手にございます、ダーナー様。それではご案内させていただきましょう」
「だからな、ヒナくん」
「すみません、雪之丞さん。口が勝手にセリフをしゃべってしまうんです」
くすくすと笑いながら謝罪する悟に、思わずつられて犬神も笑ってしまった。
いくつも並ぶ扉の前を通り、執事の案内で探偵志願者ふたりはテラスを抜けて教会へと向かう、予定だった。
しかし。
遠くから届く4時を告げるその鐘の音に重なるようにして、突如、鋭い悲鳴が響き渡った。
「な、何が起きた!?」
「……あ、あの……、ナイフを持った男が、いまそこを……!」
肩を寄せ合って怯えるメイドのひとりが大きな窓を指差す。
一面に嵌め込まれたガラス窓を一瞬横切る人影。走り去る姿。漆黒のマントを翻し、遠目ではそれが男なのか女のかも判然としない。
「いったい何が起きとるんだ? まさか本当に事件が」
ガラスの向こうの人影を追いかけるようにして、ジェイクは無言のまま、駆け出していた。
「お、おい、いくぞ!」
警部の声に続き、《偶然》その場に居合わせることのできた志願者たちはそろって、遅ればせながら、ジェイクと人影を追いかけた。
赤い絨毯が敷き詰められた廊下、マイセンの花瓶がオブジェとなる2階に続く階段、それらを素通りし、ジェイクはラウンジを抜けて中庭に至る。
そこで目にしたものは――
「……これも、演出か?」
中庭を美しく彩る巨大な花時計、その中心に、まるでそれ自体が時刻を示す針であるかのように磔にされている男の姿があった。
鮮やかな赤が、悟と同じ執事の服をまとった男の胸を染めている。
そして無残な死者の前には、腰を抜かしたのか、ぺたりと座り込んでいるひと組の若い男女がいた。
怯えた顔で、彼らは《死者》からジェイクへと視線を向ける。
ジェイクもまた彼らを見、そして、
「知りすぎた者は消される運命なのさ」
背後から声が掛けられる。
別段驚くふうもなく振り返った、そこには被害者である当主の叔母という設定を与えられた老婦人が立っていた。
「罪深い。実に罪深いものだよ。神の意思がどこのあるのか分からない……」
「……どういう意味だ?」
老婦人は黙って首を振り、身を隠すようにして、カップルの横を通り、教会へと続くのだろう小道のむこう側立ち去ってしまった。
追いかけるべきか。
だが、
「な、これはいったいどういうことだ!?」
ジェイクが行動を起こすより先に、ようやく追いついた探偵志願者たちが口々にこの惨状に驚きの声を上げ、詰め寄る。
あっという間に現場は人であふれた。
風に花々は揺らいでも、ぴくりとも動かない被害者は本物の死体に見える。
だが。
「……」
ジェイクには分かる。これは《演出》だ。彼は死者を演じてはいるが、ホンモノの死者ではない。血のニオイも死のニオイもジェイクの鼻をくすぐらない。
「わたくしどもにも何故このようなことが起こり得たのか分かりません。ですが、この悲劇もまた解くべき謎のひとつであると、そう思えてなりません」
騒然とする中、悟の落ち着いた声がキレイに通る。
ソレを合図として、他の執事たちもまた、それぞれが使える《探偵志願者》へ向けて、ひどく冷静に、そして恭しく告げる。
「……お怪我はありませんか、お客様?」
「ああ、すまん」
「ありがとう、執事さん……」
悟に差し伸べられた手に捕まり、労わられながら、それまで座り込んでいた男女はそばに置かれたテーブルセットに着いた。
たとえ作りものだとしてもショックなものはショックなのだろう。
ジェイクは悟の《仕事》を眺め、それから思考をめぐらせる。
いまからあの老婦人を追いかけたとしても、見つけられるとは思えない。
それよりも気になるのは、これが何のための演出なのかということだ。
そもそも誰かの世話係として用意された執事なのだとしたら、情報提供者を失ったグループはハンデを負うことになると思うのだが。
「……あんた、あの執事が世話係についとった《探偵》か?」
犬神は現場検証よりも事情聴取を選んだらしい。
椅子に座るふたりに対し、いかつい刑事の顔で問いかける。
「ああ、……ああ、そうだよ」
「一体何があった? どうしてあの執事が殺されるような《流れ》になったのか教えてもらおうか」
「分からないんだ。ただ、俺達、この家の人間関係を教えてもらおうと思って」
「家系図のある場所を聞いたのよ……後は、先代当主の死因とか……命日だって、言ってたから」
「それで? あんたらの執事はその情報を持ってたのか? どうなんだ?」
「……いや……でも、結局わからなくて……教会に行ってみるか叔父夫婦に聞けば何か分かるかもしれないとは教えてもらったんだが……」
ポツポツと事情聴取に応じるふたりの言葉を聞きながら、ジェイクは悟を見、そして他の執事達の手によって花時計から下されている被害者を見る。
釈然としない何かが自分の中にたまっていく。
紅茶を飲み、死んだ当主。
花時計に磔にされた執事。
知りすぎたからだという叔母。
一度になにもかもが起きているという感触はないけれど、どうにも不可解だった。
「また事件が起きたと聞いたわ」
「奥様」
ラウンジの方からメイドを従わせてやってきたのは、依頼人である当主の奥方だった。ある意味絶妙なタイミングともいえる。
「ああ、大変なことに。この事件についてお話を聞かせて頂きたいの。新たな世話係も用意しなくてはなりませんわね。よろしければわたくしたちとともにこちらへ」
「はい」
被害者を作りだしてしまった男女は揃って、奥方の招きに答える。
答えた後から、こちらを伺うように視線を向けてきた。
「ああっと、な、話を聞かせてもらい、助かった。それじゃあ、自分らはこれで失礼する」
犬神が咳払いをし、事情聴取の終わりを宣言した。
それでようやく彼らは安堵したように微笑み、頭を下げて、奥方とともにラウンジの方へと消える。
「……教会……行くんだろ?」
「む、そうだな」
「では、改めてご案内させて頂きますね」
にこやかに微笑む悟について、ジェイクと犬神は本来の目的地、近くに佇む小さな教会を目指した。
そこで待つ神父から、彼らは先代当主の死因――3階のベランダの柵が腐っていたがために転落死していたことを知らされることになる。
再び、遠くで鐘が鳴っている。
時計の針は午後5時を指し示す。
――探偵志願者たちがやってきてから、すでに2時間以上が経過していた。
「犬神さま、ダーナー様、お食事の時間でございます」
小道具なのだろう、銀の懐中時計を確認し、悟がふたりを今回のイベント用にと特別にあつらえたレストランに案内する。
総料理長が腕を振るう最高の食材での最高の料理。
まずは季節の彩り野菜のスープ。続いて、前菜はアボガドとエビのタルタルソース和えにサーモンのグランタッド、パスタは鶏肉とネギ、子牛のラグーの2種類、それらを経て、濃厚なソースで絡めた子羊のソテーがメインとなる。
添えられた焼き立てのフォカッチャは、軽くオリーブオイルと香草で味が調えられていた。
最後のデザートに至るまでどれも実に美味だが、そこにも《事件》を解くヒントが隠されているというのだから、少々落ち着かない。
あげく、
「なぁ、ナイフとフォークってのはどれから使うんだ、ヒナくん?」
「外側から順にですよ」
「この紙ナプキンは……」
「首にではなく、膝へ。あ、パンは手でちぎって大丈夫ですよ。パスタのソースをつけて食べるとすごく美味しいのでオススメです」
食事の間中、異国のテーブルマナーに慣れない犬神は、終始、そばについて丁寧に解説してくれる悟とこんなやり取りをしていた。
ジェイクはひたすら無言で食事を続ける。
テーブルマナーが完璧なティーンの殺人鬼、というのは少々珍しいかもしれない。
タネを明かせば何のことはない、ジェイクの後見人(と認識してもいいだろう相手)にディナーに誘われる機会があっただけなのだが。
「ごめんね、J君にはジュースで」
「……いや、しかたないだろ……」
素っ気なく答えて、ジェイクはワイングラスに口をつけた。
悟によって注がれるのはノンアルコールのブドウジュース、ただしワイン用の高級品を使用している辺りは、さすがベイサイドホテルである。
そして、執事たちのサーブを受けながら食事を終えた探偵志願者たちだが、彼らは食後に供されたコーヒー、あるいは紅茶を手にしたまま、立ち去ろうとしない。
悟もやんわりと犬神とジェイクが留まることを勧めていた。
「……そう言えばちょっと気になっていたんだが」
不意に、犬神は自分のそばに佇む悟を振り仰ぐ。
レストラン内は、壁に取り付けられたランプたちがゆらゆらと人工の光が松明のような揺らぎを落としていた。
そんな照明に照らし出されるのは、いくつもの絵画だ。額縁に収められたそれらは、何かの物語を形成しているようにも見える。有名な宗教画なのだろうが、中には食事の場に似つかわしくない、いささかグロテスクに感じられるものもあった。
「なあ、あの色黒の男と色白の男のあの絵、どうみても殺害現場にしか見えんのだが?」
「……ティントレットの“カインとアベル”だろ?」
「ジェイク君、知っとるのか?」
「……有名だから」
「有名なのか!?」
「J君ってけっこう色々な本読んでるよね。図書館の貸し出し履歴、凄いことになってそう」
そう言って微笑んでから、悟は犬神のために絵の解説を添えた。
曰く、聖書の中で綴られたカインとアベルの物語、神に供物を捧げながら、片方は受け取ってもらい、片方は見向きもされなかった――それに起因する、人類最初の殺人事件の物語を。
「……なんだ、それじゃあれは本当に殺人の瞬間なのか」
ううむ、と唸ったきり、ひとしきり犬神はその絵画を見つめていた。
「それより、悟。あんたにひとつ、確認したいことがある」
「なにかな?」
「あのふたり、どうした? ……執事が被害者になって、あんたのいう奥様に連れて行かれた奴ら。……ここに食いにきてないだろ?」
「ダーナー様は、様々なものをよく見ておられますね」
ふ、と悟の笑みが変わる。
だが、その意味を問うより先に、それは唐突に始まった。
「さっき執事が死んだと聞いたぞ!? どういうことだ?」
バンッと強くレストランの扉が押し開かれ、台詞とともに入ってきたのは、口ひげをたたえた老紳士と、いくぶん着崩れた印象を与える男だった。
「どういうことだといわれても……また殺人事件が起きてしまったとしか言えませんよ、叔父さん」
肩を竦めて、彼はため息をつく。
「まあ、彼女が探偵を呼んだんだ。我が兄の死の真相を、そしてあのかわいそうなお喋り執事の死の意味を解き明かしてくれるでしょうね」
「ふん。その前に犯人は私がとっつかまえてやるよ。私はな、知ってるんだよ。一年前の兄貴の転落死は事故じゃない」
「……どういうことです?」
「“There are black sheep in every flock.”――どの群にも黒い羊がいる、ってわけだ……ソレはまもなく証明され、……っ」
得意げに話し、自身のスーツの内ポケットからシガレットケースを取り出す。
だが、そのうちの一本の指をかけた途端、彼は小さく呻き、タバコをばらまきながら胸を押さえて倒れた。
「――叔父さん? ……叔父さん!?」
突然のことに呆然と固まり、それから思いだしたように慌てて叔父を抱き起こして、大声で揺さぶる。
何度も何度も呼びかけ。
やがて、
「……死んでる……」
目を醒まさせようとする、その努力をやめた。
そして、レストランの照明が落ちる。
テーブルでほのかに灯るキャンドルの明かりすらも一瞬で掻き消され。
全員の視界が闇に包まれた。
ほんのわずかな時間だ。
だが、パパパッと再び明かりが灯った時にはすでに、死んだはずの男も、抱き起こしていた男も消えていた。
舞台劇の暗転と明転。
その切り替えによってなされた悲劇のひと幕を、その意味を、人々は吟味し、そして執事に促がされるよりも先に現場検証に当たった。
食事の時間は終わりを告げ、新たな殺人事件が彼等を引き寄せる。
「……針だ」
探偵志願者のひとりがそれを拾い上げる。
落ちたシガレットケースから散らばるタバコ、そしてそこからわずかに顔を覗かせているのは縫い針だった。
「あの毒を使ったトリックか……犯人はよほど毒が好きらしいな……」
「毒は足がつきやすいわ。でも……これは、とても身近な分、わかりにくい……」
志願者たちの間で呟かれる《トリック》、そのネタが分からない犬神は、悟を見やる。
「なあ、ヒナくん?」
「ダメですよ、雪之丞さん。オレには答えられません。これは知っているヒトだけが気づくべきネタです。知らないヒトは、現象だけを捉えてください。ミステリにネタバレは厳禁です。例えどんな古典であっても」
にこやかではあったが、めずらしくきっぱりと犬神の質問を断った。
「オレは、たとえば『モルグ街の殺人』や『まだらの紐』、『オリエント急行殺人事件』を、トリックを知らないままに読めるという幸福を誰からも奪いたくありません」
悟は犯人の名前はもちろん、使用されたトリック、用意されたミスリード、被害者のひとりに至るまで一切のネタバレを嫌う。
すべてを知ってなお再読に値する名作も多いが、やはり、一度目はラストに用意された真相に心の底から驚き、その鮮やかさに拍手を送りたいのだ。
それゆえに、先日、お気に入りの海外ドラマの映画化イベントで《不本意なネタばれ》をされた時の彼の憤りは相当なものだった。
表面上は普段とあまり変わらないながらも滲み出る怒りを見て、あの時の悟はちょっと怖かった、と、同行したハリウッドスターはのちにそう証言している。
結局、このレストランでの事件の後、探偵志願者たちは奥方に告げられたタイムリミットまで、己の推理を吟味する時間へと移っていった。
増え続ける謎。
増え続ける被害者達。
ここには死の影が付きまとっている。
ここには、神への冒涜者がいる。
ここには、不吉な秘密が隠されている。
その空気を肌で感じながら、探偵志願者たちは奥方に、あるいは息子に、あるいは兄や叔父夫婦に、遭遇しては話を聞き、部屋に入っては物的証拠を探す。
例えば日記、例えば登場人物の関係、例えば彼等の目撃証言、例えば、そう、何故か書棚や机の引き出しを調べるたびに、そこに置かれていた聖書を開く度に、1枚ずつ増えていくイラストの描かれたカード。
気づけば、ソレは6枚になっていた。
「カードにはいろいろな意味があるんです。でも、それ以上に重要なのは、集まったカードが指し示す《役割》ですね」
犬神とジェイクを前に、ガラステーブルに一枚一枚カードを並べ、悟は説明する。
【主人】【女】【子供】【毛糸玉】【三つの袋】【黒い羊】
展開された図案はどれも、一見ごく普通の、特別なメッセージ性などないものばかりだ。だが、そこにジェイクはひとつの関連性を見つける。
「……《Baa, baa, black sheep》……元ネタは、これだろ?」
「なんだ、それは? 呪文か何かか?」
「……あんた、知らないのか……マザーグース」
「知らん。なんだ、それは?」
「イギリスの童謡ですよ、雪之丞さん。色々なパターンがあって、ミステリでもよく使われるんです。マザーグースを題材にした作品は古典もふくめて名作が多いですよ。アガサ・クリスティはオススメです」
にこやかに解説して見せる悟は、執事としてではなく、完全にひとりのミステリファンの顔になっていた。
「ただ、ええと、この辺は話すと長くなっちゃうので次の機会にして、と。雪之丞さん、J君、ブラックシープの意味はご存知ですか?」
「む? 《黒い羊》以外にあるのか?」
「……裏切り者。あるいは厄介もの、だろ?」
「J君、正解」
執事はにこやかに頷きを返す。
ジェイクはそんな反応に肩を竦め、それからおもむろに、これまで手に入れたカードを並べて見せた。
「裏切り者を探さなくちゃいけないってことだ。この物語の着地点にそいつがいる。仲間ハズレ、厄介モノ、ソレがこの中にいる」
「犯人自体はね、すぐに判ると思うよ?」
「……証拠もそうだが、……“消去法”だろ?」
ふたりの視線が犬神に向けられる。
「む?」
犬神警部の、犯人当ては“絶対”だ。“絶対に”無実の人間を犯人と言い張る。だから、答えには容易に辿り着けるだろう。
だが、犯人を名指しするだけでは完璧とは言えない。求められるのは、そこに至る動機なのだから。
そして、ジェイクはソレを心得ている。
「……執事殺しは口封じ。あいつが世話係として付いてた探偵志願者は、聞いちゃいけない質問をしたと判断していいんだろ? つまり一足飛びに核心を突いていた」
「例えば?」
「……たいてい、名家が抱える秘密ってのは“出生”にまつわるモノだ」
そこで一度言葉を切り、ジェイクは悟を見やる。
「もし、おれ達があんたに直接この質問をしたら、あんたも“殺される”ことになるんじゃないか?」
「そうかもしれないね」
意味深な笑み、と取れなくもない。
だが、普段ならば鮮やかな推理を披露してくれる探偵は、今回は探偵志願者の協力者に過ぎない。
ヒントはくれた。
だが、絡まった糸を解きほぐすような、盲点をつくような、並べられた情報から美しい真実という名の絵画を作りだすような、そんな解説は展開してくれない。
執事はそこにいる。
割り振られた己の役割をまっとうするために。
「さあ、時間です。犯人の名をこちらに」
執事に指し示されたデスクの上には、羊皮紙を真似た紙に、羽ペン、インク壷、白い封筒、さらにはワインレッドのシーリングワックスと専用のスタンプまで置かれていた。
「犯人の名前と、そこに至るまでの推理と証拠を書いてください、雪之丞さん、J君」
にっこりと微笑む悟の手には、銀の懐中時計が握られている。
「もう間もなく、奥様の示された期限でございます。旦那さまの無念を晴らし、奥様とお坊ちゃまの痛みを和らげるため、お解きになった謎の答えを、美しいロジックを、示してください」
「う」
「……あんたが書けよ」
「自分が?」
「報告書、慣れてるだろ? 刑事なんだから」
言われるままに、犬神はペンを取り、罫線など引かれていない高級な紙の上に文字をつづっていく。
扱い慣れない付けペンのために、所々、インクのシミやかすれなどができてしまうが、それも妙な味となるから不思議だ。
悪戦苦闘の末、ようやくしたため終わったその【告発文】を封筒に納めると、執事は赤いロウで封印して恭しく抱き、一礼して、部屋を出ていった。
後は、21時に告げられるという《解答》を待つばかりだ。
「ううむ……、何というか非常にこう、緊張するな」
「……そうか?」
「君は緊張せんのか? 試験の後、採点された答案用紙が返ってくるまでのあの何とも言えん感覚は、いくつになっても変わらんと思うが?」
「……」
そもそも、ジェイクにはこのイベントで求められていた《探偵》としての解答の是非よりも、もっと別な所で気になっていることがあった。
本来、ソレは着目すべきではないのだろう。
だが気になってしまうのだからしかたない。
「犯人は……、あいつかもしれない」
「な、なんだ? 解答はもう出してしまったぞ?」
「……いや、そっちの事件の話じゃない……」
「じゃあ、一体どっちの、いや、どの事件をいっとるんだ?」
「……」
「なんでそこで黙るんだ? まったく、君がヒナくんと親しくなければ、真っ先に犯人に指名するんだが」
しばらくして、銀の懐中電灯を携えた悟が、『奥様がお呼びです』と言ってふたりを部屋まで迎えに来た。
現実と虚構が入り混じる、虚構が現実であるかのように錯覚させる、この物語の終わりはすぐそこだ。
「……“物語”の中の犯人は、あいつ以外にいない……」
*
マホガニーに似せたテーブル、そこに倒れこんだまま動かないひとりの男。
苦悶の表情を浮かべる男の前に、もうひとり、男がやってくる。
「……カインとアベルの逸話を知っているか、我が弟よ」
抑えた声は、むしろ深い嘆きと憎しみと狂気を滲ませる。
「神は諍いの種をまいた。お前は俺からなにもかもを奪った。なにもかもだ! ありとあらゆる幸せをお前は奪った! あの女の息子だというたったそれだけの理由で、お前がこの家の主に選ばれた!」
力の抜けた相手の体を腕一本で椅子とテーブルから引き剥がし、胸倉を掴んで、男は慟哭する。
「心しておくがいい。お前と、お前を取り巻くすべての、お前が愛し、お前の父親が認めたものすべてを、俺は壊し尽くしてやる――俺の血を毒だと言った、ならばその毒でこの家を滅ぼしてやる――っ!」
そして。
ぱちん、と、兄は指を鳴らした。
照明が落ちる。
そして、スクリーンには、四角く切り取られた映像が生み出された。
解答編だ。
明かされた犯人がいかにして己が犯行を隠蔽しようとしたのか、いくつものヒントをつなぎあわせていく過程の中には、ずいぶんと多くのミスリードが散りばめられている。
6枚のカードは、黒い羊――厄介者の暗示。
カインとアベルの絵画は、兄弟殺しの暗示。
口を封じられた執事が探偵志願者に与えようとしたのは、血縁関係と過去の事件。
家督を継がなかった長男の地位。
一室に作られた『書斎』から発見された先代当主の日記からは、2枚の女性のポートレートが出てきた。ひとりは彼の妻、もう一人はメイド姿の女。
他にも様々な証拠が並べられていく。
息を詰めるようにしてそれを見つめていた《探偵》たちは、上映が終わると同時に、感嘆のため息とともにざわめきを大きくした。
お互いの労をねぎらうもの、己の推理を披露しあうもの、その推理の穴を指摘しあうものたちの声で埋め尽くされる。
プロット自体はひどくシンプルだ。
犯人そのものを当てるのは、そう難しくはない。
だが、動機とトリックを正確に書き記すのは難しい。
「それでは、犯人を当て、かつ最も美しい推理を展開してくださった探偵の発表です――」
天翔の間にあつらえられた壇上で、《ミステリーナイト》は表彰式へと移行した。
ドラムロール、というには少々品のよすぎる音楽に変わる。
ざわめきは、潮が引くように消えた。
緊張の一瞬。
司会者の唇、司会者の声に、全員の視線が集まる。
一呼吸置いて。
彼はまっすぐに顔を上げ、華々しく高らかに読み上げる。
「名探偵・犬神雪之丞さま、どうぞ壇上へ!」
ワッ…と、盛大に拍手が湧き上がった。
「な? おい、聞いとらんぞ、ヒナくんっ!?」
「いってらっしゃいませ、犬神さま」
「おい、ジェイク君?」
「……おれはいかない」
「さあ、犬神さま、いってくださいませ」
言葉すくなにきっぱりと同行を断る殺人鬼とにこやかに送り出そうとする執事と、そして自分の名を呼ぶ司会者の声に負けて、結局、犬神はひとり壇上へと向かう。
「おめでとうございます!」
名探偵の称号を与えられ、ほかの探偵たちからの羨望のまなざしを受けながら、照れるやら恥ずかしいやら何が何だかさっぱり分からないといった体で、大量のカメラのフラッシュを浴びた。
まばゆい光が会場を一瞬白く染める。
それを嬉しそうに楽しそうに眺める悟へと、ちらりとジェイクは視線を移す。
そして、
「……犯人、あんただろ?」
ぼそりと、そう問いかけた。
「ん?」
「……花時計の執事殺害。あれ、あんたの案だ。参加者に自分自身も登場人物のひとりだと強く印象付けるために時限性で仕掛けたイベントのひとつ……だろ?」
ジェイクの指摘を、悟はほんのちょっとだけ驚いた顔で受け止め、
「ばれてた?」
それからかすかに首を傾げて、くすりと小さく悪びれもせずに笑みを浮かべる。
「……探偵志願者の中にもフェイクを混ぜてた。13組の参加者と見せかけて実質は12組の参加、……これも聖書に掛けてる数字なんじゃないか?」
「正解」
悟の笑みが深くなる。とても嬉しそうに、幸せそうに、仕掛けた謎が解かれる様を喜んでいる。
「支配人に相談されてね、いくつか提案させてもらったんだ。でも、どこでわかったの?」
「……あんたの態度、ヘンだったから……あんたはたぶん、根っからの探偵だ。謎を謎のままにしておけない。……でも、あえて解かないとしたら、ソレはあんたが仕組んだことだから……あの手の発想、しそうだしな」
「そっか。うん、やっぱりJ君は色々見てくれてるんだね」
「……べつに……そういうわけじゃない……」
「でも、気づいてもらえて嬉しいよ」
つい…っと視線を外したジェイクを見つめ、それから悟もまた視線を表彰式の壇上へと向ける。
そして、
「ミステリではね、探偵が暴いてくれなければ伝わらないことがたくさんある……優れたトリックも、隠れた動機も、心の底に沈めた想いもすべて、探偵を介して語られてはじめて真実になるものが多い」
ふわふわと微笑みながら、それでも熱を込めて語る。
「“彼”は憎しみによって弟を殺し、父親を殺し、執事を殺し、叔父を殺した。執事はナイフで刺したけど、家族は毒で殺した。即効性の毒だよ。殺したいのに苦しめたくない、そこに彼の想いを見る……でも、それに気づくかどうかは別の話。……だから“犯人”たちはいつもどこかで、自分の仕事を認めてくれる理解者を求めてるんだ。……なんてね」
壇上では、犬神警部が司会者から名探偵の証となるのだろう表彰状とプレートが手渡されていた。
だが、一言挨拶を、と司会者から渡されたマイクを握ったとたん、犬神はぐっと正面を見据え、
「名探偵の称号は自分ひとりが受け取るわけにはいかん! そこの相棒ジェイク・ダーナー、並びに執事小日向悟もここに連行してくれ!」
ビシィッと、人差し指を人垣の一点に向けて突きだした。
「え」
「……」
そこにいた全員の視線が一斉に、指をさされたふたりへと注がれる。
そして、湧き上がる二度目の拍手。
――ミステリーにおいて重要視されるのは、美しい推理だ。
犬神警部の出した解答は、ジェイクや悟とともに構築したその推理は、まさしく、求められていた《完璧にして鉄壁の論理》となっていた。
あらゆる物的証拠を余さず検証し、矛盾なく繋ぎあわせた美しいロジックは称賛に値する。
完全な解答。
だが、元警視庁捜査一課警部であり、現警備員たる《犬神雪之丞》は、自分ひとりが喝采を浴びることには、どうにも納得が行かなかったらしい。
犬神の言葉と、それを煽る司会者の合いの手によって、遠慮なく押しだされる人々の手、手、手。
あっという間もなく、ジェイクと悟もまた、壇上に押し上げられてしまった。
「……雪之丞さん……」
「……」
「いいじゃないか。記念だ、記念」
ニカッと豪快に笑う彼に、悟が逆らえるはずもなく。
これ以上あえて抵抗するほどの気力がジェイクにあるはずもなく。
表舞台に立ちたがらない探偵気質の青年と、存在感を消すことに長けているはずの殺人鬼の少年は、満面の笑みで表彰状を掲げた犬神とともに、揃って記念撮影をされる羽目に陥っていた。
そうして。
数多の拍手とフラッシュと称賛と熱気と探偵たちの矜持に包まれながら、ベイサイドホテルのミステリーナイトは幕を下ろす。
END
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クリエイターコメント | はじめまして、こんにちは、お久しぶりでございますv この度はベイサイドホテルのミステリーナイトにご指名くださり、誠に有難うございます。 お任せいただいたり、参考にといただいた資料などを拝見し、このようなひと時をご用意させて頂きました。 ところどころ趣味に走りつつ、事件そのものよりも掛け合いとシチュエーションを重視したイベントではありますが、お待たせした分も含めて、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
それではまた、銀幕市のいずこかで再びお会いすることができますようにv |
公開日時 | 2009-02-23(月) 22:30 |
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