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<ノベル>
(機体過熱――下降中。問題ナシ)
(状況確認……問題ナシ。安全)
(待機モード、続行)
「……大丈夫? 熱くなくなったね」
「……」
「お喋りできないのかな?」
(走査開始――。火薬反応……ナシ。敵対反応……ナシ)
(状況確認……問題ナシ。安全)
(待機モード、続行)
「あなたの名前は? わたしはゆりこ。……やっぱりお喋りできないの? ……でもいいよ。ゆりこ、誰かとお喋りするの、あんまり好きじゃないもん。でもお名前ないと、困るね。ゆりこがつけてあげるよ。んーと……。シーザー、は? ……ほんとうは、昔、家で飼ってた犬の名前だけど。もう死んじゃったんだ」
*
銀幕市の街中では何の役にも立たないどころか、ただ好奇の視線を集めるだけだった迷彩の戦闘服は、今、その本来の効果を発揮しようとしていた。
そこはベトナムの密林でこそなかったけれど、樹木の茂る、山裾である。
兵士たちは、茂みの陰に身を隠し、息を殺して、徐々に包囲を狭めていった。兵士の手には小銃。そしてその視線の先にあるのは、物置き小屋。
「少尉。総員、配置完了しました」
「うむ」
ジェフリー・ノーマンはポップコーンを噛み砕きながら、満足げに頷いた。
そしておもむろに、どこからともなく――本当に、どこからともなく、一秒前にはどこにも存在しなかった対戦車ロケットランチャーを、ひょい、と、軽々しく、肩に担ぎ上げたのだった。
「一発、お見舞いしてくれる」
そういって、照準を合わせようとする少尉。
だが、そのとき。
「少尉ッ!?」
兵士たちが、異変を訴えた。
部下の兵士たちだけではない。ノーマン自身も、渋面をつくって、軍用ブーツの足元に目をやった。何がどうなったとは見えないが、まるで目に見えない万力にがっしりと固定されたかのように、足が動かないのである。
「どこかにムービースターがいるな!?」
怒りの叫び。
そして――
ガコンッ! バシャン!
「あ痛ッ!?」「冷た!」「アウチ!」「シット!!」
ノーマン小隊の面々は、口々に叫び声をあげた。
一人残らず、不可視の力に足止めされ、そのうえ、頭上に、金ダライが出現したからである。しかも、タライにはいっぱいの冷水が入っていた。
「だ……っ」
少尉の顔が、怒りで、赤黒く染まった。
「誰だぁあああああああああ」
上空に向けてぶっぱなされたロケットランチャー。
だがそれは、どこか間抜けな音を立てて、なにやら小いさな粒を無数に吐き出す。
一秒後、あたりいったいにポップコーンの雨が降り注いだ。
「まだ頭冷えへんのか? タライ一杯じゃ足りひんかったみたいやな」
「!」
近くの木の、枝に、ひとりの青年が腰掛けていた。
綺羅星学園の、高等部の制服を着てはいるが……、首にはあざやかな赤いマフラー。
「ウルシ」
少尉が、彼の名を呼んだ。
「せっかく、銀幕市で生きてられんのに、あんまりはっちゃけると市役所の棚に上納されるで、ノーマンの旦那」
ひらり、と枝から飛び下りると、青年忍者は、軍人に歩み寄ってきた。
「それに……、由里子ちゃんみたいな子どもは、ポップコーン屋には上客やろ」
「何? 誰だって?」
「……もしかして、状況を知らずに来たんか?」
「殲滅すべきムービースターがここにいるとだけ」
斑目漆はため息をつくのだった。
ノーマン小隊が漆に足止めを食らい、金タライち冷水の洗礼を浴びているあいだに、ふたつの影が、包囲網の内側に滑り込んでいた。
「女の子が心配だな。小3か……。捨て置けん」
ぽつりと言ったのは犬神警部だ。
「娘が?」
聞いたのはアラストール。
「ああ。ウチの娘もそのくらいの年頃は夢見がちで可愛かったが、今じゃすっかり生意気に……」
犬神はいろいろ思うところがある様子……というか、相当、語るべきことがあるようだったが、黒衣の同行者が聞きたかったのはそういうことではないらしい。
「では彼女を頼む」
「……? いや、むろん、そのために来たのだが」
「弾丸からひとを護ることは容易だ」
ソフト帽のつばがつくる陰のしたで、アラストールの灰の目が、どこか寂しげに、犬神を見た。
「件の殺戮機会なり、あの軍人たちを斬り刻むことも。……だが、少女の心を護らねば、この事件を解決したとは言えない」
「む……。なるほど。たしかに、トリックが解けても、動機が解明されなければ、犯人を指摘したところで、カタルシスは今ひとつだからな……」
「誰!?」
少女が、そこにいた。
「高野由里子ちゃんだね?」
「……おじさんたち、誰?」
「市役所の人に頼まれて来たんだよ」
「……」
由里子のまなざしは、疑いに充ちていた。
「ほんとだって。……ああ、そうだ。ほら、これ、警察手帳。わかるだろ。おじさん、警察官なんだ」
「……けいさつの人なのに、市役所から来たの? ……ヘンなの」
「いや、だから、それは」
「知らない人の言うこと聞いちゃいけないって、ママも先生も言ってた」
もっともである。
客観的に見れば、犬神と由里子が会話する様は、あきらかにアンバランスだ。
彼が四苦八苦しているあいだに、その後ろから、アラストールは作業小屋をじっと眺めている。由里子が出てきたドアの隙間を、すっ――、と、赤いなにかが横切った。アラストールは目を細める。
「もうすぐここに、怖いおじちゃんたちが来るからね……ああ、怖いおじちゃんっていうのは、おじさんたちのことじゃなくて、もっとこう……、迷彩の……って、迷彩ってわかる?」
「ううん」
「あー、だから、つまり……」
「いかん」
「え?」
アラストールが、低い声で警告を発し、犬神がそれに振り向いた、次の瞬間。
作業小屋は粉々に吹き飛んでいた。
「はじまってもうたか」
漆が、音に振り返った。
「おい! こいつを解いてくれ」
「……今言うたこと」
「わかってる。非戦闘員にはなるべく配慮する!」
途端に、足の自由が戻ってきたので、思わず、つんのめる少尉。
「金がいるんか?」
そして漆は訊ねた。
「屋台の売上……、思わしくないんか?」
そもそも、少尉がポップコーン屋で生計を立てることになったのは、漆のすすめがあったからである。もっとも、そうでもしなければ、プレミアフィルムにされて仕方のない状況ではあったわけだが――。
「正直、それもある……。だが、われわれは――軍人なのだ。いつだって」
「シーザー!?」
由里子の悲鳴。
何が起きたのか、正確に把握していたのは、当のロボットと、アラストールだけだ。
それは、少女の知っている姿では、すでになくなっていた。
鋼色の装甲がすべて開いて、その下に隠されていた銃口をあらわにしている。そこから一斉に射出された弾丸は、作業小屋を吹き飛ばし、そして、周囲のすべてのものを蜂の巣にしようとしていた。
だが。
「うおおおお!?」
犬神は、反射的に、少女をかばって飛び出していた。
とはいえ、弾丸より早く動ける人間などいない。
銃が火を吹いてから、飛び出して、間に合うはずがないのだ。現実では。
しゃりん――、と、小気味よい音を立てて、アラストールの刀が抜かれた。
そこは現実ではなかった。現実の中に割り込んできた、彼の世界だ。
だからすべての弾丸は目に見えるスピードで、その雨の中を、犬神がゆっくりと走り、由里子を抱いてかばうと、そのまま、地面を転がって、銃撃を避ける。
時を同じくして、アラストールは、両の手に2本の刀をもって、弾丸のあいだをかいくぐり、鋼の殺戮機会に詰め寄っていた。
そして、時計の秒針が、もとの速さで動き出す。
ず・ばん!
機械の片腕が、すっぱりと斬り飛ばされていた。
「シーザー!!」
「違う!」
泣きわめく少女を、抱きかかえて、犬神は走った。
「離して! 離してよぅ!」
「違うんだ! あれはもう――、由里子ちゃんの友達じゃない!」
機械のモノアイが、敵意の赤い光を灯す。
「やれやれ」
ばさり、とコートを翻し、バックステップで、アラストールが跳んだ。そこへ、機械の、残った片腕が振り下ろされ、地面を打ち砕く。
「『起動』のきっかけは少尉どののはずだったが……私が、起こしてしまうことになるとは! 武器の存在を感知するようだな。やむを得ん、か」
生きた竜巻のように回転し、二刀流の切っ先を、機械に向けた。
だが、それは再び、全身から銃撃を放つ!
ガコンッ! バシャン!
アラストールが飛び退き、すんでのところで蜂の巣になるのを免れた。
と、同時に、機械の頭上に、金ダライが出現する。もちろん、冷水入りの。
「無事か!? ……嬢ちゃんも?」
「彼女は心配ない。……少なくとも身体的には」
地面の上で半回転し、体勢を立て直したアラストールが、そばに舞い降りてきた漆に答えた。
「援護する!」
別の方角から、その声とともに、別の銃撃がかかる。
機械はよろけた。
兵士たちが、そこかしこの、茂みや木陰から、弾幕を浴びせているのだ。
しかし、なぜか、香ばしい匂いがただよう。
「ああ! 弾がポップコーンになっとる! 少尉、落ち着ィ!」
「そういうわけにもいかん。……何してる! 左翼、弾幕薄いぞッ!」
Lサイズのカップ片手に、軍人が吠えた。
兵士たちの撃つ弾はポップコーンだった。
「いや……効いている」
「え?」
アラストールの言葉に、漆は耳を疑う。だが、見れば、機械の動きがどんどんぎくしゃくしてるのだ。
「あ、ああ、そうか。目詰まり。機械の隙間や銃口にポップコーンが詰まってるんや。でかしたで、少尉!」
「おお!」
少尉はひどく嬉しそうだった。
思わず、でかした、などと言ってしまったが、その様子に、漆はふと悲しいような気にもなった。やはり彼は軍人なのだ。戦争をすることが仕事だ。売店のオヤジなどをやらせるのは間違っているのだろうか。いや、間違いではなかったはずだ。そうでなければ、戦場ではないはずのこの街で共存していくことはできないのだから。
「シーザー! お願い! シーザーをいじめないでーー!!」
「行くんじゃない、由里子ちゃん!」
少女が、犬神の腕をすりぬけて、駆け込んでくる。
「あかん! 少尉!」
「撃ち方、やめぇええい!」
号令一下、弾幕はやむ。しかし、いれかわりに、鈍いながらも、機械は腕を振り上げて――
「シーザ……」
漆とアラストールが飛び出す。
間に合うか? ……現実なら間に合わない。だが――
ごう――、
冷たい突風が吹いた。
あたりは一面の雪景色。
人々は、豪雪に埋まっていた。
真っ暗な空。
ただ遠くに、ぽつん、と見える灯りは、『嵐の山荘』だろう。決して誰も逃げ出すことができず、探偵と犯人と被害者と容疑者だけの閉ざされた場(クローズドサークル)が、今、軍人たちと、1人の少女と、3人のムービースターをとりかこんでいた。
そして、機械は、動きを停めている。
犬神警部のロケーションエリアが、急速にそれを冷やしたのだ。
事前に漆が浴びせた水と、その水を含んだまま目詰まりしているポップコーンが凍りつき、機械の動きを、完全に停止させたのだった。
「シーザー? シーザー……?」
少女の呼び掛けにも、いらえはなかった。
「すまない。由里子ちゃん」
犬神が言った。
「危険なものを……野放しにはしておけなかったんだよ。……学校を壊したり、由里子ちゃんを危ない目に遭わせたりするかもしれなかった」
その言葉は、由里子に話し掛けていることでありながら、どこか、自分に言い聞かせるようでもあった。
そして、ただ聞いていたはずのノーマン少尉が、神妙な顔つきになり、犬神と由里子とを交互に見ている。
「……わかるよ」
長い沈黙のあとで、少女は、ぽつりと言った。
「わかってくれるかい」
泣き笑いの表情で言った犬神に、彼女は頷く。
だが、同時に、彼女の瞳からも、大粒の涙がこぼれた。
おどろくほど、澄んだ涙だった。
「犬のシーザーだけじゃなくて……、ロボットのシーザーもいなくなっちゃった。……ゆりこの友だち、またいなくなっちゃった」
「嬢ちゃん」
漆がなにか言いかけて、しかし、続きは飲み込んだ。
アラストールはもとより、じっと唇を引き結んだままである。
重い空気。
だが、次にそれを破ったのは――
「食え」
「……?」
ノーマン少尉だった。
あいかわらずの、苦虫をかみつぶしたような顔のまま、由里子に、ポップコーンのカップを差出していた。
「ポップコーンは……楽しいときに食うもんだ。だから……ポップコーンを食えば楽しい気分になる」
おずおずと、少女は紙のカップを受取る。
ひと粒、口へ。
「……あったかいね」
そしてうっすらと笑った。
壮年の軍人の、不精ひげにまみれた頬が、ぴくぴくとひきつった。それは、笑おうとして失敗したようだ。
*
「どや。調子は?」
数日後。
漆が銀幕広場のポップコーンワゴン『ジェノサイド・ヒル』を訪れた時には、少尉はいつもの不機嫌な顔のままだった。
「どうもこうもない」
「ちょっとワゴンの場所が悪いんちゃうか。もっと、こう、広場の中央に近いほうに――あ、そう、あのあたり」
「周囲に遮蔽物がまったくない。あんなところは、狙撃してくれと言っているようなものだ」
「誰がポップコーン屋狙撃するねん。それで、何か考えたか。宣伝したほうがええって言うたやろ?」
「……」
「考えてへんのか。……そんなことやろうと思うた。……ほな、これ」
そう言って、漆は、箱を渡した。なかには、色とりどりのゴムでできた……
「風船か?」
「そ。しかもロゴ入り! これでも子どもらに配って宣伝するんや。さあ、配るのは手伝うたるさかい、少尉も、膨らまし!」
「む……。こんなにあるぞ」
「隊員ようけおるやろ! ああ、それから――」
漆が示したほうへ視線を遣った少尉は、目を見開いた。
「こんにちは」
高野由里子だった。
「……あの……、わたしもおてつだい、します。……このあいだの、ポップコーンの……お礼」
「……う、うむ……」
「美しいな」
アラストールは呟いた。
「美しい、締めくくりだ」
それだけ言うと、くるりと踵を返した。
「行かないのか?」
犬神の問いには、ただ手をあげただけで。
残された犬神は、肩をすくめて、ひとりで、迷彩柄のワゴンへ向かう。戦闘服の兵士たちが、風船を配っているワゴンだ。
ポップコーンの香ばしい匂いが、ここまで漂ってきていた。
(了)
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クリエイターコメント | お待たせしました。『鋼鉄の友だちとポップコーン』をお届けします。 戦うことをプログラムされたロボットと、不器用な女の子と、不器用な軍人のお話、いかがだったでしょうか。 みなさんのプレイングなどを鑑みて、当初、意図したよりも、しんみりした方向で書いてみました。
ポップコーンワゴン『ジェノサイド・ヒル』は、とりあえず、まだ、営業しています。広場で見かけることがあったら、ぜひ、お立ち寄り下さい。
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公開日時 | 2006-11-28(火) 10:10 |
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