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<ノベル>
「老人会ロックフェスティバル? なんやそれ。 ……ああ、夏に中止になったあれかいな」
斑目漆は大きなポスターの前で、ぽんと両手を打った。
夏、神様の子ども達が大挙して銀幕市を訪れた時に市民体育館でお化け屋敷を開催した。漆も主催者側と協力してお化け係りをやったのだが、そのとき確か銀幕市不老町老人会ロックフェスティバルの開催を中止して、開催していたのだった。
その時に中止になった分か、それともあれから何度か開催されているのかは判らないが、ともかくまた体育館で開催されるようだ。
「そうなんですよ、結構人数入れますしね、体育館だと。ま、ちょっと準備のお手伝いの手が足りていないのが現状なんですが」
「ほらな、手伝わせてもらっても構へん?」
「いいんですか? 申し訳ないですが、無償で、という形になるんですけど」
「そんなんかまへんて。夏の縁があるし」
対策課の職員が安堵の顔で笑った。余程人手が足りていないらしい。
ボランティアだから居ない、というわけではないそうだ。どうにも春先は忙しい者が多いらしい。……最近は引っ越す者も多い。その手伝いやアルバイトにも借り出されている様だ。そして転入者も、同じくらい、多い。
「いや、ありがとうございます。斑目さんで6人ですから、それだけいれば何とかなりそうですよ」
6名の名前を聞いて、漆は苦笑する。メンバーに困ったのではなくて、5人のうち3人と知り合いだったので、“世間は狭い”を身を以って体験したからだった。
三月薺は手際よく栗おこわを作っていた。手際よく、レシピも見ずに、さくさくと進める。
「薺ちゃんて……手際、いいよねー……」
死に至る病、それは絶望。
つまり絶望に打ちひしがれたといって差し支えないほどの暗い表情で、悠里がどんよりと食器を用意していた。どうも彼女は料理が苦手らしい。
運ぶことには中々のスキルを有しているが、作るのとはまた別物だ。
勿論、薺と悠里もボランティアとしての参加だ。
「慣れてますからっ」
照れながらもありがたく賛辞を薺は受け取る。
「あたしも料理くらいは出来るようにならないとなのかなぁ」
大きく溜息をつきながら、ささっといい位置に皿を並べる。悠里はウェイトレスのアルバイトをしていることが多いから、狭いスペースにきちんと落ちないように皿を並べるスキルには長けている。
「……よし、出来た。 悠里さん、味見してみてくれます?」
小皿に一口分寄り分け、差し出す。 それまで落ち込んでいた様子の悠里が一転、満面の笑みになる。
「もっちろん! えへへ、早速いただきまーすっ」
ぱく。
少しドキドキしている表情の薺には全く気が付かず、悠里は躊躇い無く、そして意外と上手い箸使いでおこわを取り、ぱくりと一口。
「おいっ…しー!! 薺ちゃん美味しいよコレ!」
きらきらとした目で、悠里はとても感動している。もっと食べたい、なんて言ってるが、栗おこわは老人会の差し入れなので、そんなには食べられない。
「良かったー」
薺はほっと胸を撫で下ろす。
「じゃ、寄り分けて配ろ! それならあたしも出来るしっ」
「はいっ! お願いしますね!」
二人はニコニコと上機嫌そうに、楽しそうに笑いながら栗おこわを均等に皿に盛り付け、運んでいく。
悠里は両手にトレイを持っているのに普段の危なかしさは殆ど無く、手早く配膳している。
そんな様子を、ヴァネイシアは視界の端に入れつつ微笑ましいと言わんばかりに軽く口の端をあげ、見かけからは想像が付きにくい怪力を以ってして会場の飾りつけアイテムや楽器を運び込んでいる。
すらりと伸びた足に似合うハイヒールで颯爽と歩き、鮮やかな赤いチャイナドレスと白いカーディガンで豊満な体を包んでいる。
俗な言い方をすれば、お色気要素タップリの美女である。 だがいやらしさは全くない。そういった品の無さはものは内面から出るものだ。
ただし不用意に近づくと、その色気に中てられてどうなるかは、未成年お断り。
何故皇帝であるヴァネイシアがボランティア会場にいるかといえば。
“国は違えど民の為に事を成すのが皇帝。上から指示だけはしていれば良いものでも無いと思うのでの”
という理由らしい。
ヴァネイシアからみれば、老人と言っても彼らはまだ若い。庇護欲というわけでもないだろうが、そういったものもあるのかもしれない。
そんなヴァネイシアをなるべく見ないようにしている少年が一人、居るのにも気づいていたが、青いのぅ、と一人ごちて、卓越した、だが何処か一般とはズレたセンスで会場の飾り付けに勤しんでいた。
「うむ。後は……この辺りに四神の彫像とタペストリーがあればバランスが良さそうだの」
津田俊介は対策課を訪れていた。
アルバイト先を斡旋してもらう為である。いつもはごった返している対策課も今日は幸い然程混雑していなかった。
今回の斡旋で何度目だろうか。
俊介の性質、というか、性格というか。それが災いしてアルバイト先の選択を狭めてしまっている。どこからどう見ても一般的な高校生である彼み、ムービースターだ。
彼の世界において異形は畏怖する者であるから、人種と種族の坩堝と化している銀幕市では畏れるものが多すぎる。その為、紹介してもらう仕事も限られてくる。
市からの生活助成金は些少だがでる。しかしいつまでも支給される訳ではないから、なるべくなら早めに仕事を得、自活できるようにならなければならない。
「こんにちはぁ、津田さぁん」
すっかり顔馴染みになってしまった職員の女性から声をかけられる。一言二言話していたら、突然女性がいい事を思いついたと言わんばかりに両手を打つ。
「そうだぁ、お時間あるなら、コレ! 手伝ってくれませんかぁ?」
「老人会の……ロックフェスティバル?ですか」
なんで自分に、とは思ったが、今紹介してもらえそうなアルバイトもないし、たまにはそんなことするのもいいかな、と思い、
「それじゃあ…俺も手伝いますよ。そんなにできること、無いけど」
「大丈夫ですようぅ、津田さんみたいに、ちょっと枯れてる方がきっと話し合いますよぅ」
若干感に触る間延びした言い方にさり気無くも鋭い棘。
割と穏やかな気質の俊介も、さすがにちょっとカチンときて頬を引きつらせた。
先導する職人に付き従いながら「俺だって人並みに興味くらい」と、ブツブツと呟く。しかしまさか、会場にお色気満々なオトナの女性がいてドギマギする事になるとは思ってもみなかった。
流鏑馬明日がボランティアに来たのは市から警察署に要請がおりたからだ。だからといって嫌々来たわけではない。どんな仕事であろうと、明日は懸命に取り組んでいるし、それが人助け等であれば何も文句は無い。
ヒトと接するのは得意なわけではないが、嫌いでは勿論、ない。
ーあたしより向いているヒトは居そうだけど……
と、糖尿病検査の為に来られなかった年上の相棒刑事を思い出す。
明日は会場前の整備を担当している。老人会といっても、観客は老人会会員だけではない。その家族や縁者、友人や、もしかしたらロック好きの若人だっているかもしれない。
入りやすいよう、そして順列を守るように整備をするのが明日の担当だった。
開場はまだ先だが、ロードコーンや視線誘導マーカーを設置する。軽い物だが、道路との摩擦があるのでそう簡単には動かない。
「あ、明日姐さんやないの。 こんなトコでどうしたん?」
聞き覚えのある声に呼び止められて、明日は振り返った。
ラフで動きやすいパーカとジーンズ、忘れてはいけない赤いマフラーの斑目漆だった。
「仕事よ。…斑目くんこそどうしたの」
「俺もボランティアっていうん?それなんやけど。 たまたま居合わせただけやけど、なんちゅーの、袖振り合うも多生の縁ちゅーやつ」
「そうだったの」
話しながら、漆はさりげなく明日の持っていたロードコーンを受け取る。明日は一瞬目をパチクリさせた後、ありがとう、と礼を言う。漆も笑って応える。
「薺姐さんや悠里の嬢ちゃんもいてはるんや。あと背ぇの高い姐さんと俺と同い年くらいのぼんが」
「へぇ……」
「後で自己紹介しょー、って。薺姐さんのおこわもちょっぴり貰えるらしいわ」
「そう。それは楽しみね?」
明日は薺と特別親しいわけではないが、料理の腕前が絶品だけとは聞いている。どちらかといえば和食党の明日と洋食は体質に合わない漆が楽しみにしないわけが無い。
悠里は漆より年上の二十歳だが、第一印象で、漆は同世代もしくは年下と認識しているらしい。
「ほら、あっこ」
ついと漆が示した方向に、薺と悠里、少年と長身の美女−津田俊介とヴァネイシアというらしい−が居た。
「美味しいー!」
悠里が心底嬉しそうに栗おこわを頬張っている。
薺は結局新しく倍量を作り、ボランティア仲間に振舞った。ヴァネイシアは実に器用に箸を使って満足そうに食べている。
「薺とやら。そなたほんに腕が良いの。わたくしの料理人とはまた違った味を出すとは。若いのに素晴らしい」
にこり。
艶やかな華のようだ。薺と悠里は何故か照れ、明日も艶やかさに目を引かれているようだ。
少年二人は無反応……とは言いがたい。
漆は全くの無反応だが、彼もまたご機嫌に栗おこわを頬張っている。ヴァネイシアに然程興味はなさそうだ。
俊介は、といえば。不自然なまでにヴァネイシアから目を逸らし、他の女性人からも目を逸らし、一心不乱におこわを貪っている。
「……あんた、何してはるの」
「……別に。美味いなぁって。うん。美味いよな、コレ。うちの母親のも大概美味いけど」
目が泳いでる。
漆は綺麗におこわを平らげたが、空の皿を持ったまま、じっと俊介を見る。
「わあ。そんなに喜んでもらえて、嬉しいです」
薺が笑いながら津田に話しかける。「もう少しありますから、お代わり如何です?」と手を差し伸べると、俊介は勢いよく漆の後ろに隠れた。
「これ。折角薺が薦めてくれとおるというのに。そんな無愛想なやつがおるか」
コツンと痛みすらないほど軽く、煙管で俊介の頭を小突く。
ハイヒールを履いていなければ、俊介とヴァネイシアの背丈はほぼ同じだろうが、今は靴の分、ヴァネイシアがずっと高い。10センチ以上も違うわけではないが、胸元がかなり近くて、谷間が見え隠れしちゃったりなんかして、俊介はきわめて健全な青少年なわけで。
「……ちょ、ごめ、トイレ……ッ!!」
乱暴に皿と箸を簡素な組み立てテーブルに置いて、俊介は鼻を押さえながら猛ダッシュで駆けていった。
「……青い兄ィさんやなぁ」
「……可愛らしいおのこだのぅ」
「どーしたのかな、津田くん」
「私……何か悪いことしちゃったのかな…」
しょぼんとする薺の頭をヴァネイシアが優しくなでる。
「そなたは悪くはないよ。あのおのこがお年頃なだけであろ」
「そうですか? なら、いいんですけど」
しかしまだ寂しそうな薺が首を傾げる。
悠里はこの隙に、とまだ残っている栗おこわをぱくぱくと食べて幸せそうだ。
幸せそうな笑顔はまわりの顔もほころばせるが、漆はさすがに苦笑しながら悠里に向かって呟いた。
「悠里の嬢ちゃん。……太るで」
ぴきっ!と空気に亀裂が走る。
「だ、だって美味しいの我慢するほうが体に悪いんだから!」
「気分の問題やろ、それ。食うたら食うた分だけ太るのは当然やん」
「むきぃぃぃぃぃぃっ!」
悠里が漆をポカポカと殴ろうとするが、そこは漆は忍である。アッサリと交わして自分のおこわを器用に食べている。行儀が良くないのはこの際忘れよう。
「善哉善哉」
「仲良しですねぇー」
薺とヴァネイシアが、平和そうに笑っていた。
「あー……参った…」
津田俊介がトイレの鏡の前で、鼻の周りを確認している。
……何があったかは推して知るべし。
気を取り直して、先ほどの会場へ行こうと急ぐ。近づかなければいいのだ、近づかなければ。
トイレから出て、左手方向に曲がった瞬間−
僵屍が、居た。
まっすぐ前に伸ばした両腕。
額に意味不明な文字で飾られお札を貼っている。
俊介はとりあえず天を仰いだ。次いで、両手を開け閉めした。力を込めて。
前を見る。
僵屍を確認する。
「……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
こけつまろびつ。
俊介は背中を見せて逃げ出した。僵屍はぴょん・ぴょん・ぴょん、とどこか可愛らしいリズムで俊介を追いかける。
「ちょ、来るなぁぁぁ!!」
かまわず絶叫をあげて、俊介は逃げ回るが、如何せん土地勘(体育館だけど)がない。
若干涙目になったが、意外と頭の芯は冷静だったようで、先程皆で集まっていた場所へと意識を集中し、瞬間移動した。
ごく普通のめがねの高校生、津田俊介はESP能力を持っているムービースターだった。
「ちょ、皆大変……」
とっ!
軽快な音で着地する。体育慣用の上履きを借りていたが、本来通っていた学校で履いている自分のものではないからなんとなく履き心地が悪い。贅沢は言っていられないから我慢する。
「タイミングが良いのか悪いのか」
明日が俊介のほうをちらとも見ずに応える。彼女は俊介が突然現れてもうろたえたりはしていないようだ。もしかしたら、顔に出ないだけなのかもしれない。心なしか目の焦点があっていない気がする。
「おー、いいぞ坊主! 瞬間移動か!?」
二階席や、壁際の席から歓声が上がる。
なかなかにお年を召した方々が俊介に向かって手を振っている。
「どうやらあのおじぃはん等、アトラクションかなんかと勘違いしてるみたいなんよ。津田が空から降りてきた所為で、疑いの余地はのぅなったわけや」
漆が苦無を構えて、やはり俊介を見ずに状況を伝える。
漆、薺、悠里と明日、ヴァネイシアは円になって背中合わせで立っていた。その周りを、数匹の妖魔が囲んでいる。
ひぃ、と俊介の喉の奥が鳴る。叫びだしたい気持ちだったが、薺や悠里が気丈にも堪えているから、女の子を差し置いてビクビクしているのは男として見っとも無い。
「幸い、入場者もまだ少ないわ。今のうちに、彼等を何とかしましょう」
「それは構わぬがの、明日。わたくしとても素手では少々やり辛い。ましてや薺と悠里は」
薺と悠里は円の真ん中で、お互いを支えあっている。怖がっているが、怯えてパニックになるという事は無さそうだった。
「俺に任せといて。薺の姐さんも悠里の嬢ちゃんも安全な方法あるわ」
僅かに口の端を上げた漆を見ていたら、一瞬で当たりは光に包まれた。
そして5人が目を開いたとき、辺りは見たことも無いような、しかしどこかで見にしたことがあるような。
古風な街並みの中にいた。
満月が妖しく輝く魔都・キョウト。
斑目漆の
ロケーション・エリアが展開されたのだ。
薺は忍者になっていた。漆の部下達が被っているような面を斜めにつけている。
俊介は小刀を持った陰陽師だった。
明日は純白の和服に身を包んでいた。髪も青白くなっている。雪女との半妖らしい。
悠里も忍者になっていた。ただ、薺よりも“見習い”ぽさが漂っている。
ヴァネイシアは、なんかやたらと妖艶に巫女装束を着こなしていた。手には巨大な薙刀。
漆はいつもの忍装束になっていた。どこか遠い目をして、だが伸ばした背筋は美しい。
「30分が制限時間やけど、いっちょ頑張ろうやないの!」
言うなり、漆は飛び出した。
妖魔達を狩るのは、彼の本分だったからだろうか。いつになく、もしくは久しぶりに楽しそうに見えた。それがやけに、薺の目に焼きついていた。
「おいこら斑目!? 勝手に行くなよ!!」
俊介が手を伸ばすが、全く届かず宙を掠める。
「津田君。あなた何かを見たのでしょう。説明して頂戴」
明日が冷静に問いかける。俊介はなるべく妖魔達を見ないように(意識にも入れないように)気をつけながら、説明をした。
「僵屍が、襲ってきたんだ」
「きょんしー?」
悠里が首をかしげて問いかけ返す。昔、そんなオカルトホラー映画があったような気がする。額にお札をつけて両手を前に突き出す水平にし、ぴょんぴょんと歩いて迫ってくる、中国のゾンビ。
「そんな感じ……ですよね。 怖いけど。頑張らなくちゃ」
何も気づかず楽しんでいるお年寄りのためにも。
言外にそういっている薺の決意を、皆共有した。
僵屍とは、中国の妖怪の一種で長い年月を経ても腐乱することのない死体のことをいう。
定義や作り方など、明日はさっぱり判らなかったが、いや知ろうともしなかったが、とりあえずジリジリと迫る彼等を認識したくなかった。
−だって死体が甦る訳無いじゃない。
と。頑なに信じていない。
べ、別に怖い訳じゃないんだからね、勘違いしないでよ!?
そう。流鏑馬明日はお化けの類が怖いのではない。科学的に立証できないことが嫌いなのだ。常識で考えてみて、【死体が動き回るわけが無い】のだから。何たる死者への冒涜。
ガァァァッ!
と、狂ったように僵屍が明日に襲い掛かる。
「…っ!?」
バックステップ、左足を軸にして半回転。そして僵屍の鳩尾に思い切り蹴りを入れて吹っ飛ばす。どうにも怪力もプラスされているようで、常識では考えられないほど勢い良く僵屍が壁に叩きつけられる。
無意識のうちに僵屍に向かって手を伸ばし、意識を集中させて−
「はっ!」
発声と同時に壁に叩きつけられた僵屍が氷付けになり−−鈍く光る石になった。
氷の彫像の中に石がひとつ。彼らがムービースターである事は容易に理解・判断ができるが、なぜフィルムへとならないのだろうか。
所謂死亡判定がおりていないのかもしれない。
−油断はできないわね。いつもとに戻るか判らないわ。
きゅっと眉と気持ちを引き締め直したとき−
「いいぞ−、格好いいぞ、お嬢ちゃん!」
「最近の女の子は強いのねぇ、凄いわぁ」
等々、男女の区別無く、明日は多くの声援を掛けられていた。
怖い思いをしないのは喜ばしが、些か気が抜けるのもまた本音だった。
ヴァネイシアが薙刀を振るう。
風圧で前方に居た妖魔達が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「おいおい、危ないじゃないか! もう少し安全にやっておくれーっ!」
笑いながらお年寄りがヴァネイシアを野次る。勿論悪意の欠けらも無い。その証拠というべきか、彼らは一杯引っ掛けてご機嫌だし、とても楽しそうだ。
「お嬢ちゃん、腰つきが甘いわよ! 薙刀はね、もっとこう、腰をね」
「ほう? ふむ、これで良いかの」
薙刀を使用したことがあるらしい一人から駄目だしをされ、ヴァネイシアが講釈を受ける。なかなかに筋がいいわね、そうそうその調子で頑張って!と最後に腰をバシンと叩く。
国は違えど皇帝に対してその態度。
だが気にした様子はヴァネイシアからは見受けられない。むしろ慣れない武器の使用方法を教わって感謝しているようだ。その辺りの器の大きさや知らないことに対する好奇心が、名君たる証なのだろう。
「ヴァネイシアさぁーん」
お世辞にも機敏とはいえない動きの忍者がヴァネイシアを呼び止めた。悠里だ。
「おや、無事かえ、悠里? 無理するでないぞ」
「はぁーい。でもあたしだって今忍者だし! ……って、ちょ、その格好…っ」
悠里は露出度ほぼ0の忍者スタイルだが、大してヴァネイシアは大きく胸の開いた巫女装束だった。何故朱色の袴にスリットが入っているのは取り敢えず触れないでおく。
「ん? 仕方なかろう、締めると苦しいのでな」
悠里の視線に気づいたヴァネイシアはサラリと答える。動いても決してムフフな見え方がしないのがポイント。
「……」
うっかり、自分の胸元と見比べる。比べたって同じサイズになんてなりはしないが、それでも気になるお年頃な訳で。
「そなたはまだ若いからの。斯様に気にせずとも」
優しくヴァネイシアは悠里の頭を撫でる。
慰めと励ましを受けて、少し未来へ希望を持つ悠里だった。基本的に悩んでも解決しない事はあまり深く悩まないのが悠里クォリティ。そのうち何とかなるよね!身長じゃないんだし!
はと顔を上げた時、後方から人間の顔をした不気味な鳥が襲い掛かってきた!
「危ない!!」
背を向けていたヴァネイシアより早く気が付いた悠里が懐にある苦無を投げずに、手近にあったステンレス製のトレイを思い切り、全く加減せずに、フリスビーを投げる要領で叩きつけた。
『キシャァァァァァァァァァァァァ!!』
妖魔が苦痛の声を上げる。目に直撃し、覆って呻いている。
ヴァネイシアはそれを見逃さず、薙刀を水平に構え、躊躇いなく薙ぎ払う!
パシュゥ……
真っ二つになった鳥妖魔は、やはり崩れて石になった。
拾い上げたヴァネイシアが不思議そうに首をかしげた。
「ちょ、な、なん、なんで俺のとこばっかりぃぃ!!」
瞬間移動で妖魔たちの攻撃を交わしているのは津田俊介だった。
その度にすでに観客と化している老人会の面々は拍手喝采。彼らはすっかり出し物と勘違いしていて、おこわを食べながら俊介の逃げっぷり、ビビリ具合を迫真の演技だ!と賞賛している。
勿論演技などではない。
過剰反応とも見えるが、彼の居た世界では、異形はそれだけ畏怖嫌厭されてきたのだ。−そのなかでも彼はかなりのアレだったが。
『旦那ァ、相変わらず格好悪ィっすねェ。モテないっスよ、そんなんじゃ』
黒い刀身に血管のように赤いラインの入った刃渡り20センチ程の小刀−いや、ナイフが俊介に話しかける。話しかけている時、刀身が反応して赤く光る。
「うるさいぞ、ニア・デス!」
ニア・デスと呼ばれたナイフは人間ならば肩をすくめたであろう。彼(?)は多くの血を浴び様々な人間の断末魔を刻んできたために蓄積された想念が自我を持ったナイフだが、今のところ、津田家の万能包丁として頑張っている。
俊介はニア・デスを無視する。
なんで俺ばっかりこんな目に、と嘆きが口からでそうになった時。
老人が妖魔に襲われそうになった。
相手に危機感なんてないが、妖魔が親切にする道理もない。蛇の頭とヒトの体を持った妖魔が大きく口を開けて−
「標的確認、標的補足……冷却!」
バシュッ!
氷が蛇男を包み込む。
怯えている場合ではない。
怖いことには変わりはない。浮いているからまだしも、地面に足をつけていれば、きっとガクガク震えていた。だが、自分より弱くて対抗手段を持たないヒトを眼前に捕らえながら、何もなさないのであれば、それは臆病者ではなく、卑怯者だ。
蛇は爬虫類だから、冷やせばかなりのダメージになるはず。というものが俊介の作戦だった。
老人にかけより、助け起こす。
しかし。
『キシュァァァァァァァァァ!』
蛇男が咆哮し、氷を打ち破り俊介に襲い掛かる!
「ぅわぁっ!?」
シュバッ、と空中へ、老人を抱えたまま瞬間移動。
「おお、わしゃこの年になるまで、終ぞ空を飛んだことなど無かったわい。ありがたやありがたや」
どれ程の感動があったのか、老人は俊介を拝み倒している。折角じゃからマゴに自慢を、と言って空中から携帯電話のカメラ機能で俊介単体、俊介と自分、足元つまり体育館の床を老人とは思えない速さで連射する。
俊介ははた、と思いついた。老人の事はこの際気にしない事に下らしい。
切欠は明日の能力、氷付けだ。
氷が効かずとも、取れる手段はまだある。
「おじいさん、ここに居てね、危ないから」
「おう、坊主も気ィ付けるんじゃぞ」
老人を優しく中二階の席に下ろす。彼は他の観客に持て囃されていてご機嫌そうだ。どんな仕掛けで飛んだんだよ、なんて聞かれていた。そして明日の元へと瞬間移動した。
「刑事さん!」
「津田くん」
はぁはぁとまだ明日は大きく肩で息をしていた。僵屍を氷付けにした疲労だろう、と俊介は判断した。まさか怖いだなんて思わなかった。指摘しても否定しただろうけど。それも力一杯。怯えるくらい。
俊介は説明した。明日はすぐさま諒解した。
すぐに蛇男は気づき、意外にも早い走りで奇声を上げて襲ってくる。
「標的確認、標的補足・発火!!」
俊介の号令に併せて、蛇男が業火に包まれる。蛇男は火にのた打ち回って苦しんでいる。明日は先程の要領で氷の柱を作り出す。
ビキッ!!
ビキパキピキピキ……
パキッ……
サラサラ。サラサラサラ。
急激に熱くなった物体は急速に冷やすと壊れると事がある。
「こんなに早くなるものなのかしら」
落ち着いたままの明日が崩れて砂上になった蛇男の残骸、やはり残っている石を拾い上げて呟いた。俊介は一段落付いた、と大きくため息をついて床にへたり込んだ。
「甘いで!!」
巨大な牛男−まるでミノタウロスの様な−の首元に、鎖が数本巻き付いている。拍手喝采の中で、漆の鎖鎌が唸る。
分身が一斉に牛男から距離をとり、その勢いで持ってして牛男の首を刎ねる。ぱん!と軽い音を上げて牛男は石へと変わる。
「えいっ!」
あまり形にはなっていないが、ロケーションエリアの影響か、動きには問題を感じさせない薺が苦無を投げつけ、異形たちの影を縫い付ける。
「漆くん!」
「おっしゃ!」
薺の呼びかけに応え、漆が飛苦無を放ち、次々と異形の喉元へと正確無比に刺していく。その瞬間に石になっていく。
「まだあっちから!」
身体能力が上がっているため、日ごろはお世辞にも運動神経が良いとは言えない薺だが、今ばかりは機敏に動いている。感覚も鋭くなっているらしい。
今この場にはいないが、漆の部下と同じ面を付けているせいかもしれない。
漆が振り返ると、大量の僵屍が入り口から入り込んできている。
「大量におるなぁ……こりゃ大本叩かんとアカンかも知れへんね」
被っていた狐面を僅かに持ち上げて、僵屍の群れを嬉しそうに睨み付ける。
「薺姐さん。どん位経った?」
「えっと……20分くらい。後10分で切れちゃう」
二人は銀幕市のとある家で度々顔をあわせる仲だ。三月家の居候とも漆は顔馴染みだからか、二人は他のメンバーよりも親しい雰囲気だ。だからと言って、友人以上では無い。
「ほなら、さっさと方付けなあかんわな。 どっかに親玉が居る筈何やけど。……誰か判らへん?」
振り返らずに漆が問いかける。
そこには、悠里、ヴァネイシア、明日、俊介が集まっていた。
「……俺、探索はできるけど。特定までできるかどうか」
薺と悠里が手裏剣や苦無で威嚇している僵屍を、なるべく見ないようにしている俊介を見ないことにして、それでも漆は頼んだ。
「判ると思うで。一人だけ違うはずや」
威嚇にかからず、襲ってきた僵屍を明日が回し蹴りを放ち応対する。
「……怖いのかえ、明日。ならばあまり無理は」
「いいえ別に怖くなんて無いわだってそんな死体が動くわけ無いものあり得ないのだから非現実的なことが起きたってそれは現実ではないのだから怖くないわ気にしないで」
微妙に、微かに肩をワナワナと震わせながら一息で吐き捨てる。明日が相手の顔を見ずに話すことは珍しい。
じぃ、と漆が明日を見たが、彼女は気まずそうに目を逸らす。
俊介が床に手を触れ、「領域展開、領域固定・走査」と呟く。
彼のまわりが青く光る。探索しているのだろうか。
ヴァネイシアが僵屍を薙ぎ払う。すっかりマスターしたらしい。
漆が屈伸運動を始める。何時でも飛び出せるよう、神経を張り巡らせる。
薺が苦無で影を縫い付け、明日が氷の散弾を繰り出し、悠里が手裏剣はもう打ち止めなのか、塩を投げて迎撃している。
「……見つけた! 10時の方向、一人だけ気配が違う!」
「よっしゃ!」
いうなり、明日の肩口に隠れていたパルを掴んで、漆は空を駆けた。
ぱっ、と一瞬辺りが輝き、目を瞬かせると、目の前の相手が元々の服を着ていた。
漆のロケーションエリアと解けたのだ。
彼がフィルムになった−つまり志望したとは考えにくい。
それに辺りの妖魔も僵屍も、明日やヴァネイシアが手にしていた石も砂の様に崩れていった。
「……操っている奴を倒したのかしら」
「でも何で石?」
悠里が不思議そうに崩れて床に散らばった石を、足で均しながら疑問を投げかける。
「そういう方法だったのかも」
漆が駆けていった方向を心配そうに見ていた薺が、振り向いて言う。ああそうなのかな、と悠里も同意する。
「……何にせよ、他の人たちに被害が無くて良かったわ」
「そうさの。それどころか、出し物として楽しんでくれたようだしの」
安心したからか疲れたように嘆息する明日と、目を細めて嬉しそうな笑みのヴァネイシアが実に対照的だが、二人とも、お互いの気持ちは良く判っている様子だ。
俊介はやっと居なくなった妖魔達に人心地ついていた。明日よりも大きくため息をついて、悠里に労われていた。
「平気だってば」
照れ隠しについ意地を張る。はた、と俊介が明日の後方に視線をやる。
ツンツンと逆立った黒い髪に赤いマフラー。
斑目漆だ。
人差し指を口元に当てて、悪戯っぽく笑っている。
「……」
黙ったまま、俊介はさり気無く上を見上げる。バスケットのゴールに漆がもう一人。先程も居た分身だろう。
「……どうしたの、津田くん?」
流石に気が付いた明日がいぶかしんで俊介に問いかけた、瞬間。
「ばぁ!!」
斑目漆が上から降ってきた。
明日の眼前に。
「…………っ!!!???」
声にならない声が体育館に響き、破裂音が後を追った。
「……そんなに怒らんでもええですやん、キツいわぁ、姐さん。ほんのお茶目やのに」
漆が頬を擦りながら拗ねる。
「あ、当たり前でしょ、誰だって驚くわよ。いきなりヒトが降ってきたら」
「大丈夫ですよ、怖くたって、悪い事じゃありませんし!」
ね?と可愛らしく小首を傾げて(恐らくは)慰めている薺を見ると、不思議と怒りが解けていく。
「全くもう……」
言葉は呆れたままだが、少しご機嫌を直したらしい明日を見て漆が笑った。
「えへへ、良かった」
「どうしたえ、悠里」
「だってさー。あたし漆くんが笑ったところ見たの、久しぶりだったんだもん。嬉しいよ」
一瞬だったが、時が止まった。
薺と明日は同意するように笑った。
「そんな事あらへんと思うけど……」
漆は少し困った様に叩かれた頬をポリポリとかく。
俊介もヴァネイシアも。今日が漆と初対面だったが、漆の雰囲気がほんの僅かだが、最初に出会ったときと変わっているのは判った。
知己である三人が喜んでいるのは良い事だろう。他人の喜びをどうでもいいと判別するほど、二人は狭量でも捻くれてもいない。
「せや。姐さんとこに帰り。ありがとさん」
漆が懐から小さな純白のバッキーを取り出し、明日に渡す。
パルだ。恐らく、ハザードの原因であり僵屍の生みの親を食わせたのだろう。
パルはプルプルと頭を振って明日の肩に戻る。
職員が声をかけてくる。
この後“本番”であるロックフェスティバルが開催されるから、是非観覧していってほしい、ということだった。
ロック好きはいなかったが、折角なので観覧していく事にした。
席に向かう途中、老人会からの拍手喝采に包まれて、ヴァネイシアだけが悠然と、漆、薺、悠里、明日と俊介は嬉しいけれど少し居心地が悪そうに用意された椅子に座った。
「あー、凄かったなー」
「ほんとほんと、超本格的ー! またきたいなぁ」
フェスティバルが終了した。
かなり本格的な演奏が代わる代わるされて、息をつくのが惜しいほどのステージだった。
体育館から出ると、すっかり夕暮れだった。まだ陽が落ちるのは早い。
ヴァネイシアは部下が迎えにくるらしく、暫く体育館に残るようだった。因みに後片付けは老人会有志でやるようで、“出し物の労い”もある。
「気をつけて帰やれ」
そして女性陣もヴァネイシア(の部下)が送っていくし、俊介は瞬間移動で帰るらしい。
「ほな、お先に」
片手を挙げて挨拶をした漆の顔が、逆光で隠れた。
薺はそれが何か落ち着かなくて、まるで漆が太陽の中に吸い込まれていく様に思えたから−
「漆くん! またね!!」
珍しく大きな声を上げて、思い切り手を振って、漆に声をかけた。
漆は。
斑目漆は。
赤いマフラーを靡かせて、少し驚いてから、軽く笑って。
「ああ、またな。せや、居候さん達にも宜しゅうな!」
そう言って、軽い足取りでさくさくと家路を進んで行った。
またね。
また、今度。
薺はそれで安心したらしく、外は冷えるから中で待ちましょう、と促す明日に付いて、体育館の中に戻った。
館内はまだ、先程の熱気に包まれていた。
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クリエイターコメント | 始めましての方も、いつもお世話になっていますの方も、この度はオファーありがとうございました! そして期日を目一杯頂いておりましたのに、お届けが遅れて大変申し訳ございませんでした。
今回は思うところが多々ありました。 もう斑目さんにこうしてお会いできる事はないかと存じます。 ですが、今までと、今回の件でご縁のあった皆様の中でずっと生きていて下さると思います。
皆様のこれからの銀幕市でのご活躍とご多幸、そして改めて斑目さんの冥福を祈りつつ。
この度はありがとうございました。 |
公開日時 | 2008-05-27(火) 20:10 |
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