★ ひいなのお祭り ★
クリエイター福羽 いちご(wbzs3397)
管理番号97-2174 オファー日2008-02-26(火) 19:26
オファーPC 朝霞 須美(cnaf4048) ムービーファン 女 17歳 学生
ゲストPC1 ベル(ctfn3642) ムービースター 男 13歳 キメラの魔女狩り
ゲストPC2 セバスチャン・スワンボート(cbdt8253) ムービースター 男 30歳 ひよっこ歴史学者
<ノベル>

     ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 桃の蕾も膨らみ、日当たりの良い処ではもうちらほらと、濃い桃色を咲かせているものもあり。それでも、春と言うにはまだ寒さが残っている……そんな時季。
 大通りから1本入った解りにくい場所にあるレンタルビデオ店から出てくる3人の姿があった。
「ここに無いとすると、あと考えられるのは……」
 軽く曲げた指を頬の辺りに当てて考える様子なのは、朝霞須美。僅かに顰められた眉のラインといい、冷たく見えるほど整っている容貌といい、どこか声を掛けられない雰囲気が漂う。……けれど。
「ねえ、ツンデレー、こんな処で立ち止まってたら寒いだけだよー」
 そんな雰囲気になどまったく頓着せず、さっさと移動しようとベルが促す。
「はいはい。でも、何処に行けば見つかるのかしら」
 3人が探しているのは、随分昔に作られたショート映画『ひいなのお祭り』だ。
 古き良き日本の情緒を感じさせるこの映画は、大きくヒットはしなかったけれど、観た人の心に残る映画だったらしい。
 が、なにぶん古いショート映画ということで、レンタル店を回ってみたがどこも置いていない。最後の頼みの綱と、須美が探し出した古い映画の品揃えが良い隠れた名店を訪れてみたのだが、そこでも見いだせず。
 銀幕市の何処かにはあるはずだが、それが自分たちの手の届く処にあるとは限らない。次の手をどうしようかと考え込んだ須美に、セバスチャン・スワンボートが提案する。
「映画自体が見つからないなら、内容について書かれたものを探してみたらどうだ?」
「そうね……本体よりも古い映画雑誌の方が探しやすいかも知れないわ。ということは……」
「冴木書房に戻るのー? ボードゲームの『振り出しに戻る』みたいだねー」
「悪かったわね。骨折り損で」
 ベルの声は楽しげで、須美は幾分むっとして。そしてセバスチャンはそれを飄々と眺めながら。3人は今朝、集合場所としても使った古書店へと戻って行った。

     ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 事の発端は、須美が知り合いの叔母さんから相談された雛人形に関する怪異だった。
 飾っている雛人形の位置が、朝見ると変わっている、という怪奇現象が起き、それが日に日に激しくなっているというのだ。
 須美が夜通し雛人形を見張り、そして色々と手を尽くして調べた結果、この事件は『ひいなのお祭り』という映画によるムービーハザードで、映画通りの雛祭りをすれば解決できる、ということまでは解ったのだが。その、映画通りの雛祭り、というのがどういうものなのか、が解らない。
 どこかにビデオでも残っていたら、と探してみたのだが、結局発見できず。
 冴木書房に戻った3人は、品揃えが良すぎて却って探しにくい映画関係の本や雑誌の間から、『ひいなのお祭り』に触れているものを引っ張り出し、そこに書かれている内容をつなぎ合わせ、映画の全貌を把握する作業へと取りかかった。
 3人で、といってもベルは机の上に広げた雑誌を片手でぱらぱらとめくって、そこにある写真等を見ては、
「あ、見て見てー。この人、ちょっとツンデレーに似てるー」
「ん? 確かに、ツンデレっぽい雰囲気だな」
 と、セバスチャンに見せて遊んでいるだけだったりするが。
「……私の名前は朝霞須美だ、って何度言ったら覚えてくれるのかしら?」
「そんなのとっくに覚えてるから、もう言わなくてもいいよー」
 大丈夫大丈夫と、ベルはまた雑誌をめくり始めた。
 言いたいことは多々あれど、今は構っていられないと、須美も調査の作業に戻った。

 日が暮れるまでたっぷりと古書に埋もれて調べた結果、なんとか映画の大凡を掴むことが出来た。
 この映画は、3月3日の夜、少女が雛人形達と共に雛祭りをする、という少し不思議な物語。
 雛祭りの日、飽きず人形を眺めていた少女は、うつらうつらとその場で寝入ってしまい、目を覚ますと辺りはすっかり真っ暗になっていた。
 そして……いつもは、女の子が婚期を逃すといけないからと、3月3日の夜を待たず片づけられてしまうはずの雛人形が、この夜はそのまま飾られており、雛壇のぼんぼりには灯がともっている。
 少女は雛人形に誘われるまま共に雛祭りをすることになるが……。
 ネタばらしを防ぐ為、ストーリーすべては解説されていなかったが、雛壇に向かい、桃の枝を持って黒い靄のようなものと戦っている少女の写真が掲載されており、この靄を倒すことが目的なのだろう、ということが推測できた。
「人形と一緒に雛祭りをして、この黒いヤツを倒せば良い、ということか……?」
「多分そうだと思うけど……」
 セバスチャンと須美は、もっと詳しいことが解らないかと資料漁りを続けたが、この日解ったのはそこまで。3月3日は明日に迫っており、これ以上のことを調べている時間も無いから、この情報を元にムービーハザードを解決するしかなさそうだ。
「仕方ないわね。これでやってみましょう」
 須美は情報を抜き書きしたメモをしまうと、冴木書房を出た。

     ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 翌日――。
 安全を考えて、須美の知り合いの叔母さんには出かけて貰い、3人だけが家に残っての雛祭り。
「これが雛人形かー。ツンデレーの着てる服とぜんぜん違うねー」
「昔の装束だからよ。……お雛様がセーラー服を着てたら、作った人の趣味を疑うわ」
 お雛様の十二単を眺めるベルに、須美は軽く肩をすくめて答えた。
「がちがちの髪だな。人形だからか?」
「それも昔の髪型。おすべらかしといって、鬢付け油でかためて結うの」
「昔の髪型はがちがち……ということは、歴史は徐々にぼさぼさ頭へと傾いているということか。面白い」
「そこ、人形の髪に触らない! 他人様の家の大切な雛人形なんだから、壊さないでよ」
 セバスチャンに注意を飛ばしながら須美は座布団を並べ、ここに座って大人しくしているようにと2人に示す。
「退屈ならこれでも飲んでて。雛祭りには正式には白酒だけど、アルコールが入ってるから、子供には甘酒を出すことが多いの。映画で飲んでいたのがどちらか解らないから、両方用意したわ」
 調査で判明したことはできる限りその通りにと、須美は雛壇の前に貝合わせの貝を散らした。
 蛤の殻に蒔絵を施した貝合わせの道具。ぴったり合う貝はこの世に1つだけ。
 今はもうあまり行われることはないけれど、映画の中では女の子が1人でこの遊びに興じていたようだ。この家の雛壇に飾られた道具の中にも、よく見ると貝を入れる貝桶のミニチュアがある。
 貝合わせをし、ちらし寿司や潮汁を食べ。
 のんびりと雛祭りを楽しんでいた3人は、いつの間にか……とろとろと眠りの中に誘われていった……。

「う……ん……?」
 自分が眠っていたのに気付き、セバスチャンが身を起こすと、その動きにつられるように須美とベルも起きあがる。どのくらい眠ったのか、辺りは既に真っ暗だ。
 それでも他の2人の様子が分かるのは、雛壇からの灯りのお陰だ。ぼんぼりに明るく灯がともり、描かれた桃の花の模様が浮かび上がっている。
「始まったようだな」
 さてこれから何が起きるかと、ぼさぼさの髪の下でセバスチャンの目が雛壇を観察していると……。
 まず聞こえてきたのは能のお囃子だった。向かって左から、太鼓、大鼓、小鼓、笛、謡の順に並んだ5人の楽人、五人囃子が小さな楽器を打ち鳴らし、演奏を行っている。
 そして、加えの提子、盃、長柄の銚子をそれぞれ持った三人官女は、雛壇をよいしょと登って、式三献の給仕に向かう。
 部屋を飾る雛壇の大きな雛祭りの中の、人形たちの小さな雛祭り。
「これが本当の雛祭りー?」
 ベルが指でつついてみると、小さな官女はつんと気取ってあごを逸らし、着物の乱れを白い手で直した。その様子がおかしかったのか、女雛が笑みを隠すように衵扇を口元へもってゆく。
 人形達は喋りこそしなかったけれど、こちらをしっかり認識していて、共に雛祭りを楽しもうと誘ってきた。
 ひいな達とのひなまつり。古き良き雅やかな世界が、ミニチュアとなって展開される……。
 しばしその世界を楽しんでいた3人だったが、急にはたりとお囃子の音がやんだ。
 随身である、老人の左近衛、若者の右近衛が、右手に持った矢を掲げ、緊張感を漂わせて上を見やる。
 と……雛人形たちの身体から、もやもやと黒い靄が立ち上り始め。
 それはひとつ処に集まり、雛壇の上部にどんよりと垂れ込めた。
「これは……?」
 瘴気を感じた須美はじりっと退り、後ろ手にバイオリンケースを確かめる。そうして触れているだけで、覆い被さってくる靄から受ける忌まわしさが少し和らいでくれる気がした。
「恐らく、これまで人形が吸い込んできた穢れの集合体だろう」
 セバスチャンは、仕入れておいた雛祭りの知識を脳裏に探りながら答えた。
「もともと、雛祭りの始まりは、厄をはらう『上巳の節句』からだと言われている。本人が水に入って穢れを流すのを、紙で作ったひとがたに移してそれを流すようになったのが、流し雛の始まりだ。それから徐々に形を変え、現在の女児の祭りとなりながらも、降りかかる厄を祓い、幸せを願う行事であることに変わりはない」
 だが、流されない雛はただ厄をその身に受け続けるしかなく……そして、抱えきれなくなった厄災が、今まさにあふれ出しているのだ。
「この鬱陶しい靄を退治すればいいんだよねー?」
 ベルの言葉と同時に、和室の一室だった周囲の風景が一変した。
 それは、ドラゴンの肉体である大陸に天が空けた大穴。深い穴からはどくんと脈打つ音やうめき声が陰鬱に響き、周囲には戦場独特の不快な匂いが漂う。ごつごつとした岩肌は、時に削り取られた肉にも見え、視覚聴覚嗅覚すべてが不気味さを訴えてくる……そんな場所へと。
 自身のロケーションエリアの中で、ベルの左手は鎌の刃へと変化を遂げた。ラビリメの足で軽々と跳躍し、黒い靄に刃を振り下ろす。
 須美はバイオリンケースを手に取り、中から大切なバイオリンを取りだした。そして空のケースを振り上げ、靄を殴りつける。
 何か武器はないかと見回すセバスチャンに、仕丁の向かって一番左にいた『怒り上戸』の人形が、手にしていた台傘……被り笠を袋に入れて棒をつけたものを差し出した。こんな小さな傘を持たされても、と思いつつ手に取った途端、台傘はセバスチャンの大きさにあわせてぐんと伸び。これは便利だと、セバスチャンは台傘を靄へと突き上げた。
 戦う3人の周囲で、雛人形達も戦っている。
 随身の矢がひゅうと飛び、男雛も手にした笏を振り回す。そして、女雛や三人官女らは雛壇を降り、須美を背に庇い、小さな手を広げていた。
 足下に人形達がいては、踏みつぶしてしまいそうで却って動きにくいけれど、それでも、護ろうとしてくれる雛人形達の想いに胸が熱くなる。
「これで終わりだよ」
 淡々と事実を告げる口調で言って振り薙いだベルの鎌の刃にざっくりと切り裂かれ、靄は霧散した。周囲もまた何の変哲もない和室へと戻る。
「護ってくれてありがとう」
 雛人形をそれぞれの段に戻してやりながら、須美は1つ1つに声を掛けた。
「これ、ありがとな。助かったぜ」
 手の中にころんと小さくなった台傘を返そうとすると、『怒り上戸』はぎゅっとセバスチャンの指を握ってきた。何か訴えたいことでもあるのかとセバスチャンは人形に意識を集中させ……そしてほんの数瞬の間動きを止めた後、ベルと須美を振り返った。
「どうやらまだ、やらなければならないことがあるようだ」
「まだ何かあるのー? それならそうと早く言ってよー」
 もうロケーションエリアを戻しちゃったよと、ベルが左手を振る。
「何か見えたの?」
 察して尋ねる須美に、セバスチャンは頷いた。彼には過去視という能力が備わっている。思いの染みついた場所や品、実体験からの昔話等を媒介に、過去の光景を垣間見るのだ。
 人形の思いに導かれた過去の世界では、このムービーハザードの元になった映画の一場面が展開されていた。そこでセバスチャンは、本当の解決に到達する為に必要なものを見てきたのだった。
「ああ。穢れは散りはしたがまだ浄化されていない。浄化する為には歌と踊りと演奏で、穢れ自体を清める必要があるんだ」
「解ったわ。私が演奏を引き受けるから」
「僕が踊るねー」
「そうか、では俺が歌……えるのか……?」
 須美、ベルに続いて言いかけたセバスチャンだったが、言い切れず疑問形になる。
 セバスチャンの出ていた映画の中には、歌うシーンなどなく、自分がどのくらい歌えるのか、さっぱり解らない。
「いくわよ」
 須美がバイオリンを構え、呼吸を整えて弾きだした。雛祭りにまつわる曲で知っているものを、次から次へと演奏してゆく。豊穣なヴァイオリンの音色も、正確なその演奏テクニックも見事だが、すっと立って左斜めに頭を傾げた須美、伏せ気味の目元にくっきりと睫の影を落としたその立ち姿から漂う高貴さもまた素晴らしい。
 その演奏にあわせてベルが踊ると、三つ編みにしたピンクベージュの髪が、ふさふさとしたきつねしっぽが、その動きをなぞって跳ねた。あまり雛祭りらしい踊りとはいえないが、運動能力が良いだけに、くるりと回転しても、跳ねても、どんなに激しい動きをしても身体はぶれることなく安定を保ち、踊る姿はさまになっている。
「ぐっ……」
 こうなったら覚悟を決めるしかない。セバスチャンは自棄のように声を張り上げ、歌い出した。かっと上った血が顔を紅潮させ、心臓の動悸を速くし、ますます自分が何をどうしているのか解らなくなってくる。
 雛人形達も、あるものは踊り、あるものは演奏して、3人を手助けしてくれた。そして遂に……。
 さらさらとせせらぎの音が聞こえた。
 雛壇を伝うように水が流れ出す。清らかに流れる水は触れてもわずかにひんやりとするだけで、周囲のものを濡らしはしない。
 はらはらと舞い散る桃の花を乗せ、穢れを乗せ、浄化の水は流れてゆき……やがて静寂に戻った室内には、動かなくなった雛人形がばらばらの位置に転がっていた。

     ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

「私のお雛様も、こうして護っていてくれたのかしらね」
 雛人形を元の位置に戻しながら呟いた須美のひとりごとを耳に留め、セバスチャンも大切に人形を手に取った。
「きっとそうだろう。健やかに育て、清らかであれと、穢れを引き受けてなお、雛人形は女の子を大切に思うものなんだな……」
 そしてそんな雛祭りは、ずっとその子の心に幸せな思い出として残り続ける。どんどん形を変えてはいても、そしてこれからも形は変わり続けていくかも知れないけれど、その底に流れる子供を大切に思う気持ちは変わらない。
「『すぎにしかた恋しきもの、枯れたる葵、ひいな遊びの調度』……」
 須美は枕草子の一節を口にした。幼き日々の楽しい思い出を思い起こしながら。
 しんみりとした情感漂う2人の空間……。
 が、そこにベルの間延びした声が掛けられる。
「さっきのセバンの歌、面白かったねー。僕、覚えたよー。ツンデレデレデレひなまつり〜♪」
「なっ……誰がデレデレしたって言うのよ!」
「いや、突っ込むべきは、むしろその前だろう」
「ツンデレーはツンデレなんだからツンデレーでいいんだよー」
 場にあった情緒など、ベルの発言の前には風に吹き散らされる塵のごとし。
「あの状況でよく替え歌なんて歌う余裕があったものね」
 須美の冷たい視線を受け、セバスチャンはいやいやと首を振る。
「替え歌も何も、大体、雛祭りの歌の歌詞なんて、俺が知っているはずないだろう」
 必死になって即興で歌詞をこしらえて歌った、その功績をたたえてくれても良いくらいなのにと抵抗するセバスチャンに、須美は静かに鋭い視線を当てる。
「即興の時ほどその人の本心が分かるのよ」
 いつもの応酬、いつもの空気。
 それは、ムービーハザードが消えていつもの空間が戻ってきたしるし、とも言えるのだろうけれど、見事なほどに雛祭りの風情はない。
「もう帰ってもいいのかなー。夜が明けてきたよー」
 明るくなってきた障子をベルがからりと開ければ、廊下を挟んだ向こうにある硝子窓から、昇ったばかりの太陽が投げかける朝の光が和室に差し込んでくる。
 その光がつける陰影で、雛人形達はまるで微笑んでいるかのように見えた――。

クリエイターコメント此の度はオファー有り難う御座いました。締め切りぎりぎりの仕上がりとなってしまい、申し訳御座いません。
所々、変更させて戴いたり、遊ばせて戴いた箇所も御座いますけれど、大筋は出来る限り変えずに書いたつもりで御座います。
雛祭りという題材も面白く感じましたが、何より、お三方の魅力を楽しく思いながら執筆させて戴きました。読んで下さる皆様にも楽しんで戴けたら幸いに存じます。
公開日時2008-03-25(火) 21:00
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