|
|
|
|
<ノベル>
半分どうでもいいことだろうが、オレの名前は飯塚タケシだ。
言っとくかどうか迷ったけど、やっぱり言っておくことにする。
ヤツがオレの名前を今も覚えているのかどうかはわからねぇ。ま、どうせオレの名前なんてどうでもいいと思ってるんだろうよ。名前を呼んでたのはほんの一時期だからな。
ヤツってのは、ヘンリー・ローズウッドのことだ。
ヤツは悪役会じゃ古株って言ってよかっただろう。オレのほうが断然センパイなんだけどな。ヤツが初めて事務所に来たときのこと、なぜか覚えてる。そのときは、ヤツが、ジローたちが言ってたみたいな『ひねくれもの』とはちっとも思わなかった。ナリがイギリス紳士風っつうか……気取ってたから、怪盗みたいな感じのキャラだろうって思ったくらいさ。親分も、ぜんぜん疑ってる様子はなかった。誰も、ヤツがどんなヤツだか知らなかった。
挨拶をすれば、悪役にしちゃあ丁寧なくらい、愛想良く返してきたもんだ。この頃は。
今みたいにややこしくて深刻な事件なんかは起きてなかったけど、まだ、まち全体が事態をのみこめてなくてしっちゃかめっちゃかだった。今とはちがう感じで大騒ぎだった。
ヘンリーは笑ってたよ。楽しそうだったけどバカにしてる感じにも見えた。でも、人の不幸を笑うヤツなんて、悪役にならいくらでもいるからな。ヤツの嘲笑なんて、紛れ込んじまってたよ。今になって考えてみれば、それもヤツの計算だったんだろう……。
ヘンリーは自分から悪役会に入ってきて、しょっちゅう親分と会って話をしたりしていたクセに、親分をえらく憎んでいたんだそうだ。
ワケがわからねぇ。
ヤツのその気持ちを銀幕ジャーナルかなんかで知った。ヤツは親分に面と向かって「てめぇなんかだいっきらいだ!」てなことをぬかしたらしい。オレはジローたちとヘンリーがどういうつもりで悪役会に入ったんだか話し合ってみたけど、バカが何人集まったところで、他人のフクザツなシンキョーなんかはわかるハズもなかった。
でも、オレはそのときから、イヤな予感がした。
根拠っつー根拠もねぇし、他人に話したら笑われるだろう。でも……カンだ、カンでわかったんだ。ああいうワケのわからねぇヤツがいちばんおっかねぇんだ、ってな。
一度思いきって親分にも聞いてみたさ。ヘンリーのヤツにそんなこと言われて、それでもウチに置いとくのか、ってな。親分はちょっと苦笑いしただけだった。親分にとっちゃ、ヘンリーもオレと同列の、取るに足らねぇ子分ってことなんだろう……オレはそう思い込んだ。ウッカリその考えをヘンリーに言っちまったんだが、そのときもヤツは笑ってた。ただ、目が笑ってなかったんだな。ハッキリ覚えてる。
オレは空気読むのがあんまりうまくねぇ。だからしょっちゅう仲間内でもケンカになる。親分にブン殴れられたこともある。
オレはこのとき、ヘンリーに対して、一回目の失敗をやっちまったんだろう。ヤツは自分がオレなんかと同列のニンゲンだとは思ってなかったワケだ。
ヘンリーが親分のことをどう思ってるかわかり始めた頃から、オレはなんとなくヤツに目をつけるようになった。ヤツは、シンシツキボツだった。オレみたいなヤクザ系のスターなんかは、どうしてもクセっつーか習性みたいなモンで、毎日事務所に顔出して親分に挨拶しなきゃ落ち着かねぇが、ヤツはちがった。フラッとやって来ていつの間にかいなくなってる。まる一週間顔出さなかったこともある。
オレの二回目の失敗は、一週間ぶりに事務所に顔出したアイツを怒鳴りつけたことだった。ヤル気ねぇなら会抜けろよ、ってな。ヤツの返事は今でも覚えてる。
「きみって、意外とマジメで律儀なんだね」
やっぱり目は笑ってなかった。
あのとき、フクロにして事務所から放り出しちまえばよかったんだろうか。
その日からヤツはオレにちょっかいを出すようになってきた。気に入られちまったのか、嫌われちまったのか……どっちにしても、ロクなことにゃならなかった。
ヤツが来たら、オレは動きを見張るようになった。
でも、ずっと目で追ってても、急にフッ……といなくなるんだ。そうなったら、キョロキョロするオレの、きまってすぐ後ろに現れて、
「僕をお探し?」
なんておちょくりやがる。
今ならそんな態度に腹を立てられるけど、そのときはキレるどころじゃなかった。オレはソレをやられるたびにいっつもビビッた。ヤツはビビるオレを見ていつも笑ってた。
コイツは厄介どころじゃねぇ。コイツは、ヤバいヤツなんだ。
その頃から、オレはヘンリーを信用しなくなった。
なんせ、ヤツはオレの顔までてめぇの都合で勝手に使いやがったんだ。親分の使いで、とある組の事務所に行ったら、「忘れ物でもしたのか」なんて言われたからな。ヘンリーのヤツがオレに化けて、親分からの伝言を世間話ついでに済ませちまってたんだ。親分がオレにしか言ってなかったことを、どうしてヘンリーは知ってたって言うんだ……そもそも、どうやったら髪と目の色まで一瞬で変えられるってんだ? いまとなっちゃ、理屈がわからなくてもしかたねぇことがわかってるけどな。
ヤツはそれからもちょくちょくオレの顔を使ったみたいだ。まったく迷惑な話じゃねぇか。どうせ、オレのほかにも顔を利用されたヤツはごまんといるんだろう。きっとヤツは、オレたちをおちょくるためだけにわざわざ『変身』しやがったんだ。
それでも、ジローたちはヤツを『ひねくれもん』としか思ってなかったし、親分はなにも話してくれなかった。
そのうち、オレも悪役会もヘンリーどころじゃなくなった。
ミランダっていう頭のおかしいムービースターが襲ってきたり、アズマ研究所のヘンな科学者が絡んできたり……あのフランキー・コンティネントが余計なことしたり……もう、ワケがわかんなくなった。オレは親分にくっついてドタバタすんので精一杯だった。
ヘンリーのヤツがそのときになにしてたか、あとになってから知った。
ヤツはミランダが襲ってきたときに、電話番をしてただけで、目の前で仲間がぶった斬られても知らんフリを決めこんだ。
アズマ研究所で騒ぎが起きたときも、持ち場離れてコソコソやってたらしい。
ムービーキラーに、フランキー……ヘンリーは悪役会、いや、親分にとって不利益になりそうなモンにばかり興味を持ったんだ。アイツは、マジで親分のことが憎かったんだろう。
それなのに、たまにオレたちにとって有利な情報なんかをつかんでくることがあった。
そのせいでジローたちはヘンリーを警戒してなかったんだ。ひねくれてるだけで、悪役会の一員にはちがいねぇなんて言ってた。ヤツはみんなをだましてたんだ。親分もだましてるつもりだったんだろうか。
オレも時々、ヤツのことがわからなくなって、オレがまちがってるのかと思った。なんて言うのか……、そうだ、ホンローされてたんだ。
あの事件までは。
思い出すのもイヤな事件だ。
つーか、全部を思い出せねぇんだ。
フランキー……オレは親分といっしょに、ヤツに話をつけに行って、あの赤い目をまともに見ちまった。
悪役会のみんなといっしょにすごすのは、マジな話、楽しかった。そりゃあミランダだとかフランキーだとかの死人が出るような大事件もあったし、ヘンリー・ローズウッドっつー厄介モンもいた。でも、映画じゃ嫌われモンでしかないオレたちが、親分といっしょにツルんでるだけで、まちのみんなに受け入れてもらえたんだ。
好きで嫌われたかったワケじゃねぇ。
オレたちはみんなとやっていけるんだ。
悪役会ってのは、ソレを喜べるヤツがツルむってだけでよかったんだ。
でもヘンリーとフランキーは、ちがった。
男と女のすれちがいなんかとはワケがちがう。もっとフクザツで、バカにはわかりにくい、シュギシュチョーのちがいってヤツか。オレたちは戦争に巻き込まれた。うまくやっていけるハズの悪役どうしで殺し合うハメになった。そのうち、悪役会とうまくやってた、カタギ連中も巻き込んじまって……。
オレは覚えてるんだ……。
あの地獄みたいな戦争のドサクサにまぎれて、ヘンリーが親分を撃ちやがったこと。
ヤツが親分を撃ったときのセリフは、ジャーナルにも載ってたが、何回読んでもオレにはさっぱりわからない……ヤツがどうして親分を、そこまで嫌ってるのか。わからないほうがいいのかもしれねぇけど、わかりたいってちょっと思ってるんだ。
オレはそのとき大ケガして、フランキーのおっかねぇ力から解放された。親分と同じくらい入院するハメになったけど、あんな……あんな姿になってくたばるより、ずっとずっとマシってモンだ。
親分とオレは退院した。
フランキーもそのあとブッ倒された。
でも、ジローは死んだ。スラッシュもサイモンもだ。
……バカみたいに酒飲んで騒いでたあの頃はもう戻ってこない。
ヘンリーの行方はそれっきりわからなくなった……あれから一度もツラを見てねぇ。ただ、ウワサじゃ、キラー化したあとのフランキーに会おうとしてたらしい。
ヤツはひねくれものとか厄介者とか、そんな生やさしいモンじゃねぇんだ……たぶん狂ってる。なにより、ヤツはオレたちの親分を殺したいくらい憎んでるんだ。ヤツは、オレたちの敵だ。オレはバカだから極端なのか? 親分は相変わらずなんにも言わない。
ウワサを聞いたんだ。
あのビルの中でヘンリーを見た、って。
いま、オレは向かいのビルから見張ってる。確かに誰かいるみてぇだ。帽子かぶって、ステッキ持った、気取ったカッコの誰かさんが。
チャカを持ってきた。つーか、オレは映画の中で鉄砲玉だったから、チャカは標準装備なんだ。
どうしてオレはヤツを殺ろうとしてるんだろうな。
わからねぇんだ。
ジローたちをヤツが殺ったワケじゃねぇし、ヤツのせいでフランキーがおかしくなったワケでもねぇ。ヤツを殺ったって、なんにもならねぇんだ。
ヤツがどうして親分を憎むのかわからねぇくらい、オレは自分がわからねぇ――
――やっぱりヘンリーだ!
チクショウ、あの野郎!
笑ってやがる!
クソッタレ、また笑ってやがる!
――以上、無人のビルに落ちていたICレコーダー内の音声記録
|
クリエイターコメント | オファーありがとうございました! ちょっとひねくれた視点から書いてみました。ちなみにジローがThe Eve冒頭の彼です。関東の人間なのでオール関西弁で書くのは避けました。楽しんでいただけたら幸いです。 |
公開日時 | 2009-02-16(月) 19:00 |
|
|
|
|
|