★ 黒い犬と午睡を ★
クリエイター宮本ぽち(wysf1295)
管理番号364-6579 オファー日2009-02-07(土) 21:02
オファーPC 簪(cwsd9810) ムービースター 男 28歳 簪売り&情報屋
<ノベル>

 「……と。こんなところでしょうかね」
 独りごちるようにしてぱんぱんと手を払うと、少し離れた所で寝そべっていた黒い犬が軽く瞼を持ち上げたようだった。
 「何か?」
 首をかしげて問いかけてみるが、若々しい犬はさも興味がないとでもいうようにぷいとそっぽを向いてしまう。そのくせぴんと立った耳だけは注意深く簪に向けているのだ。
 「やれやれ。相変わらずあのお間抜けさんにそっくりですねえ、その態度」
 濡れ縁に腰掛けると、のそのそと起き上がった黒い犬は当然のように簪の隣に陣取った。
 のどかな午後である。春にはまだ少し早いが、空は青く、太陽は優しい。銀幕市の郊外に建つ古寺の縁側に腰掛けた簪の視線の先には空の笈と、茣蓙の上に広げた装飾品の数々。穏やかな晴天に恵まれたこんな日は道具の虫干しをするのにちょうど良い。
 驟雨に見舞われた折に一晩の雨宿りを乞うた縁で、この寺の住職ともすっかり顔なじみになった。傍らで寝そべる黒い犬と出会ったのもこの場所だ。犬と一緒にぶらぶらと散策しがてら、この寺を訪れるのが近頃の習慣になっている。
 「どうも、簪さん。お待たせいたしました」
 温和な住職が盆をささげ持つようにして現れる。湯気を立てている湯呑茶碗と小さな栗の粒が覗く羊羹を見とめ、簪はわずかに目許を綻ばせた。
 「すみませんねえ、いつもいつも……」
 「いえいえ。雲水たちも簪さんがいらっしゃるのを楽しみにしていますし」
 その声に応じるように若い修行僧たちが顔を出した。簪の傍に寝そべった犬の姿を見つけて懐かしそうに声を上げる者もあったが、当の黒犬は泰然と構えたまま見向きもしない。
 「いつ見ても綺麗ですね。男の私ですら見とれてしまいます」
 庭に広げられた品々に目をやり、若い雲水は人なつっこい笑みを浮かべた。
 「そうでしょう、そうでしょう。どれもあちきのお気に入りばかりで」
 「売って手放してしまうのが勿体ないようですね」
 「へぇ……良いお品を見るとつい手許に置いておきたくなるんですよ。まったく、困ったもので」
 他人事のように浅く笑んで羊羹にさくりと楊枝を入れる。餡の滑らかな舌触りの中に栗の歯ごたえが控え目に顔を出して、好ましい。あっさりとした甘みは番茶で綺麗に洗い流され、口内に不快に居座ることはなかった。
 「ちなみに、一番のお気に入りはどれなんですか?」
 「一番ですか? そうですねえ――」
 広げた茣蓙にゆるりと視線を向けた簪であったが、立ち上がって庭に出る代わりに、着流しの帯の中に手を差し込んだ。
 「一番は……これ、でしょうか」
 簪の手元を覗き込んだ住職と雲水が賞賛とも感嘆ともとれぬ息を漏らした。
 帯の中から取り出されたのは女の髪を飾る簪だった。くすんだ銀でできている。華美ではないが、てっぺんに施された蝶の透かし彫りはひどく細密で、儚い。ほんの少し力を入れればたやすくもげてしまいそうなほどに。
 「綺麗ですね。揚羽……でしょうか?」
 「そのようです。どんな職人が作ったのやら……見事な彫りですねぇ」
 柔らかな陽光の中にかざすと酸化した銀が鈍い光を放つ。
 亡き母が愛用していた品のひとつだ。しかしそれを今ここで口に出す必要はない。
 「……おや」
 脆弱な銀の蝶の向こうを不意に黄色い色彩が掠めた。
 この陽気に誘われたのだろうか。小ぶりの黄揚羽がはたはたと飛んでいる。
 「この時期に揚羽とは珍しい。春の訪れも近いといったところでしょうか」
 のんびりと湯呑を口に運んだ住職が丸い顔を綻ばせた。気の早い蝶は花から花へと飛び移るかのように、茣蓙の上に広げられた簪や帯留め、櫛などの間をゆらゆらと行き来している。
 「へぇ、本当に……蝶というのは移り気なもので」
 思わず、独り言がこぼれ落ちた。ぼんやりと揚羽を見つめる簪の脇で住職が怪訝そうに首を傾げる。答えの代わりに緩い笑みだけを返し、簪は再び銀色の蝶を目の前にかざした。
 父もあの蝶と同じだったのだろうか。あたかも店先に並んだ簪や櫛を品定めするように一夜の伽の相手を選び、朝になれば何食わぬ顔をして褥を抜け出すのと同じように。
 くすんだ銀の向こうを柔らかな黄色がちらちらと掠めていく。時に視界から離れ、戻って来て、かと思えばまた離れて……。気まぐれな揚羽は見る者を翻弄するかのようにはたはたゆらゆらとたゆたう。
 (そういえば……小さい頃、母と一緒に蝶を見たことがありましたねえ)
 色街に蝶が来ることも、昼間に母と一緒に居られることも珍しかったのでよく覚えている。あの時もちょうどこの時節、こんな日和だったのではなかったか。
 花の香を含んだ風がさやさやと吹き渡る。
 暖められた空気と土がとろとろと陽炎を練り上げる。
 (世界は変われど、空の色も暖かさも同じ……というわけですか)
 つとめに戻るという住職と雲水たちを見送り、簪は母の形見越しに早春の空を仰ぎ見た。
 穏やかな空に浮かぶのは和紙を優しくちぎったかのような雲。降り注ぐ陽光はひどくけだるく、抗い難い睡魔とともに記憶のゆりかごを揺らす。意識が徐々に蕩けていく。母の胸でうとうととするする赤子のように、緩慢に、無抵抗に。
 目を閉じて回想のまどろみに身を委ねてみる。
 やっと静かになったとでも言いたげな顔の黒い犬が、簪の膝の上にのそりと顎を乗せた。


   ◇ ◇ ◇


 ゆるゆると瞼を開くと、そこには母の顔があった。
 「もう起きたのですか?」
 「あ……ごめ……」
 「いいんですよ。もう少しおいでなさいな」
 慌てて起き上がろうとする幼い簪を膝枕の上に留め、濡れ縁に腰かけた母は静かに微笑む。白く柔らかな手で丹念に髪の毛を梳かれ、簪はほんの少しくすぐったそうに目を細めた。年齢の割に大人びているとはいえ子供は子供だ。まだまだ母親が恋しい年頃である。遊女の母と共に過ごせる機会など滅多にないこともあり、幼い息子は珍しく母の膝の上で甘えていた。
 花の香を含んだ風がさやさやと吹き渡る。
 暖められた空気と土がとろとろと陽炎を練り上げる。
 「あ」
 「まあ」
 母子の声が期せずして重なった。
 「ちょうちょ」
 草履をつっかけることも忘れ、簪は土の上へと飛び降りた。黄色い揚羽蝶である。名のある絵師が描いたのではないかと思わせるほど細密な模様を纏い、腕の良い職人が作り上げたかのような形の翅を優雅に動かして、一頭の揚羽がはたはたと飛んでいる。
 「ちょうちょ、ちょうちょ」
 捕まえようと跳び上がるも、届かない。大きな揚羽はいともたやすく小さな手を翻弄する。揚羽に限らず、蝶の飛び方はひどく不規則で、不安定だ。手が届いたかと思えば、次の瞬間には既にその姿は遠のいている。まるでからかわれているかのように感じて、幼い簪は眉をハの字に曲げた。
 「およしなさい。どうせ捕まえられやしませんよ」
 「どうして?」
 「蝶はね、蜘蛛や他の虫に捕えられないようにわざとああやって飛ぶのです」
 美しい揚羽は庭の隅に咲いた小さなナズナへと降り立った。かと思えば、次は花壇に咲き誇る鶏頭の上に。
 「蝶は誰にも捕まりたくないのですよ。ほら、ご覧なさいな。花から花へと飛び移って……決してひとつところに留まることはないのです。本当に移り気なこと」
 蝶を見つめる母の眼には悲嘆とも恋慕ともとれぬ色が浮かんでいたが、幼い息子はそれに気付く筈もなく、不思議そうな顔で首を傾げるだけだ。
 「ああ……あなたにはまだ分からないお話ですね。いいえ、分からないほうが良い」
 だけど、と続けた母の唇がほんの少し形を変えた。「あなたも男ですものね……」
 そう呟いた母の顔はひどく悲しげに見えた。母がなぜそんな顔をするのか幼い簪には分からない。理由が分からないから困ったし、悲しかった。
 男であることが母を悲しませているというのだろうか。男という性を自ら望んで選んだわけではないのに。
 だから、とてとてと母の元へ駆け戻ることしかできなかった。柔らかな髪に差し込まれた、自分と同じ名を持つ装飾品にそっと手を触れることしかできなかった。
 「だけど、ちょうちょはきれい。このちょうちょもきれい」
 美しい黒髪を纏めているのは銀の簪。繊細な蝶の透かし彫りが見事なひとしなだ。
 「そう。あなたはこれが好きですものね」
 母は静かに微笑み、髪の毛から抜き取った簪を息子の手に握らせた。「持って行ってもいいですよ」
 「ほんとう?」
 「ええ、本当。大事にしてくださいな」
 着物の袖で唇を隠して笑う母のしぐさは艶やかだが、それ以上に優しくて、穏やかで。
 そんな母が大好きだから、銀の蝶を握り締めた簪ははにかんだように肯くのだった。


 二十八歳の簪はそこでふっと目を開いた。
 母の顔も蝶の姿もない。布団の上に半身を起こして思わず苦笑いした。春にはまだ少し早いが、雨戸から緩やかに流れ込む空気は柔らかさを帯びている。そのせいだろうか、ずいぶんと懐かしい夢を見てしまったものだ。
 部屋の片隅に安置した笈の蓋を開け、蝶の簪を手に取ってみる。
 かつてはきらきらと輝いていた筈の銀も今はくすみ、褪せてしまった。それでも美しい蝶の姿だけは変わらない。あたかも母への親愛や感謝の念が決して薄れることがないように。
 皮肉なものだ。今の自分は母を奪った者たちとともに暮らし、その家のために働いている。
 (いいんですよ)
 脆弱な蝶を壊してしまわぬようにそっと撫で、かすかに笑む。
 (あのお間抜けさんのためでもあるんですし……ね)
 現在の簪は老舗呉服屋・皆藤(かいどう)の若旦那という立場にある。若旦那といっても、商才のない異父弟の代わりに担ぎ出された雇われ店主のようなものだ。稼ぎはすべて弟の父である大旦那、すなわち皆藤家当主の懐へと流れる。理不尽な話だが、結果的に弟のためになるのだから特に気に留めてはいない。
 弟との関係は相変わらずだ。以前よりましになったとはいえ、ぎくしゃくした間柄は変わらない。それでもいい。母の血を分けたこの世で唯一の相手なのだから。
 「簪さ……じゃなかった、若旦那さん。ちょっといいか?」
 身支度を整え、呉服屋を開ける準備をしていると、筆の尻で頭を掻きながら弟がひょっこり顔を出した。その手に仕入れの状況を示す帳簿が握られていることを見とめて簪は軽く眉を顰める。
 「帳簿にはみだりに触りなさんなと言っているのに」
 「ん、いやな。ここのこれが少し気になって」
 「とは?」
 「この麻、もう少し数を確保しておいたほうがいいんじゃないか? 余計なお世話と言われればそれまでだが……」
 日焼けした指が指し示す品の名と数を見比べて簪は「ふーむ」と顎に手を当てた。一理ある指摘だ。
 「雪乃さん。ちょっと」
 「はい、ただいま」
 陳列棚の整理を行っていた色白の娘が軽やかに返事をして小走りにやってくる。
 「このお品の仕入れなんですが……どう思います?」
 「若旦那さんがお決めになったのなら妥当だと思いますわ。風通しの良い麻を買い求めるにはまだ少々早い時期でしょうし」
 「だが」
 脇から弟が口を挟んだ。「今これを使って着物を仕立てれば完成は梅雨の直前になるだろう? 暑い季節が近付けば夏物の仕立てを求める客で混み合う。混雑を嫌って早めに注文する客がいるかも知れない」
 自分の頭に浮かんだのとほぼ同じことを述べる弟の横顔を簪は静かに目を細めて見守っている。
 「それはそうですわね。坊ちゃんのおっしゃる通りですわ」
 「では、もう少し仕入れておくことにいたしましょうか」
 反応をうかがうようにちらりと目を上げると、簪より頭ひとつ背の高い弟はふいと目を逸らしてしまった。
 「じゃあ俺が直しておく。いや、修正は面倒だからいっそ追加分として出すか……」
 そして簪との会話を早々に切り上げ、ぶつくさと独りごちながら奥の部屋へと入って行く。そんな弟の背中を見送りながら雪乃は好意的に微笑んだ。
 「どうなさったんでしょう、坊ちゃん。ここのところすっかり働き者になって」
 「へぇ、本当に。気味が悪いくらいです。帳簿の見方などいつの間に覚えたのか……」
 少し前まで毎日のように出歩いていた道楽息子が、今は面倒臭そうにしながらも家業を手伝ってくれている。微笑ましいと思いながらも、一体どういう心境の変化なのかと簪も首をひねるばかりだ。
 「そのうち槍でも降って来るかも知れません」
 「若旦那さんったら」
 真顔でこぼした簪に雪乃はころころと笑った。「手伝ってくださるのは喜ばしいことじゃありませんの。大旦那さまも喜んでくださいますわ」
 「そうですね。何と言っても、あのお間抜けさんはこの皆藤家の血を引いていることですし――」
 ……皆藤の店主としては下級階層出身のあちきよりもふさわしいでしょう。
 その台詞は喉の奥に押しやって、簪はそっと微笑んだ。


 「あんだってぇ?」
 と素っ頓狂な声を上げた間明(まぎら)の前で、簪の弟は唇をへの字に結んだ。
 「だから……見合いだそうだ」
 「だから誰がだよ。ニイさんか?」
 「俺」
 「なんでまたおまえさんが」
 「……それは俺が聞きたい」
 「見合い、なぁ」
 湯呑の中身を一気に飲み干して弟の台詞を反復し、間明は鷹揚に腕を組んだ。
 「おまえさん、そんな柄じゃねえだろう。そもそも、順番から言やぁ若旦那のニイさんのほうが先なんじゃねえのかい?」
 「俺が望んだ縁談ではない。親父が勝手に決めたことだ」
 「ありがちな話だ。そういやおまえさん、良家のお坊ちゃんだもんな」
 「よしてくれ」
 弟は不快そうに顔をしかめた。「そういう言われ方は好かん」
 「……と、そうだったな。悪かった。それでどうするんだ? 受けるのか?」
 「言っただろう、皆藤の当主が決めたことだ。俺に拒否権などない」
 弟は自嘲気味に唇の端を歪め、脚を組んで団子の串を口に運んだ。
 「相手はどこの血統書つきのお嬢さんだい」
 「さて。確か、どこかの士族の娘だとか聞いたが」
 「何だそりゃ。他人事みてえな言い草じゃねえか」
 「他人事……ああ、そうだな。そうかも知れない」
 我がことであるという実感がないのだと呟いて湯呑の湯気をふうと吹く。どこか遠くを見つめているような弟の横顔を見ながら間明は「ふーむ」と唸っただけだ。
 ありえない話ではない。そもそも名家皆藤の子息がこの歳まで身を固めずにいること自体が不自然といえば不自然なのだ。しかし庶民である間明と頻繁につるんでいることや、かつては別々に暮らしていた下級階層の簪の居所に入り浸っていたことからも分かるように、この男の場合は少々事情が特殊である。根っからの道楽息子に次期当主としての振る舞いなど期待できぬと父親は早々に悟ったらしい。それゆえに家業を継がせることを諦め、代わりに皆藤の血を引かぬ簪を若旦那として据えたのだ。
 団子屋の店先に腰掛け、早春の淡い光の中を行き来する人々を眺めながら間明はちらと弟の横顔を盗み見る。
 かつて弟の背中に巻きついていた白い蛇の異形はもはや見当たらぬ。簪にしがみついていた紅の蛇も同様だ。
 (ニイさんは縁談の件をどう思ってるんだかな)
 別々に暮らしていた頃は睦まじかった兄弟だが、皆藤の家でともに寝起きするようになってからはどういうわけかぎくしゃくすることが多くなった。間明の目から見れば簪はこの男の親のようなものだ。執着にも見えるほどの無償の愛情を無条件に注ぐ簪は兄というより親だった。
 そして親はいつか子から離れる。それが子のためであり、子の成長を促すと知っているから、どれほど愛していようといずれは子から離れていく。
 「簪さんの差し金かも知れん」
 不意に弟がぼそりと呟いた。心中を読まれたような気がして、間明は「あん?」とやや裏返った声で応じた。
 「親父と簪さんが話し込んでいるところを何度か見た。話の全てが聞こえたわけではないが……俺が家業の手伝いをするようになったと報告しているのは耳に入ってきた。そんな話を聞いた少し後だ、縁談を持ちかけられたのは。何を考えているんだかな」
 「ほう……」
 間明は片目だけを器用に眇めてみせ、軽く肩を揺すった。
 ――そりゃ、おまえさんを皆藤の当主にってことじゃねえのかい?
 喉元までせり上がったそんな言葉は団子と一緒に飲み下し、胃の腑へと押しやっておく。
 「春だねぇ」
 そして代わりにそんなことを呟いた。
 「何?」
 「春ってなぁ始まりの季節っていうだろ。花の蕾が膨らむように……何かの始まりを予感させる、変化の季節なのさ。良くも悪くもな」
 脈絡もないことを呟いてあくびをする間明の横顔を弟が怪訝そうに見つめている。その視線をかわすように間明は「ほれ」と前方を指差した。
 節くれだった指の先を目で追った弟も「ああ」と小さく感嘆の息を漏らした。
 淡い色に染まる天と地の間を、美しい揚羽蝶がはたはたと飛んでいた。
 (もし弟が当主になったら、ニイさんはどうなるんだかな……)
 だがそれは間明の与り知るところではない。由緒正しい庶民の間明が名家や良家といった家の事情に精通している筈もない。間明にできるのはただ見守ることだけだ。
 花の香を含んだ風がさやさやと吹き渡る。
 暖められた空気と土がとろとろと陽炎を練り上げる。
 「ずいぶんと気が早いな。もうそんな季節か……」
 弟の言葉が聞こえたのだろうか、内気な揚羽は人の往来の中に隠れるようにして紛れ込み、すぐに姿を消してしまった。


 ――あいつがか? 信じられん。
 ――へぇ。誰に言われるでもなく、自分からすすんで手伝ってくれています。彼に言われて仕入れを追加したお品の売れ行きも上々でして。あの時指摘されなければ品切れになっているところでした。なかなか見込みがあると思うんですがねぇ。
 ――ふむ。倅に家業を任せることはできないと諦めていたが……。
 ――どうでしょう? すぐには無理にしろ、様子を見ながら修行させてみては。やはり老舗を継ぐのはきちんとした血筋でなければ。
 ――……考えておこう。
 大旦那とそんなやり取りを交わしてから半月もせぬうちのことだ。弟の元に士族の娘との縁談が舞い込んだのは。
 (暖かくなりましたねえ……)
 くすんだ蝶の簪を指先で弄びながら、着流しに身を包んだ皆藤の若旦那は濡れ縁に腰かけている。
 母屋の庭には桜の樹が植えられている。花の季節もすぐそこだ。蕾は日に日に膨らみ、はちきれんばかりの瑞々しさを孕んでいる。あるかなしかの裂け目から覗く花の色は楚々として美しく、こぼれ出す香は心が浮き立つほどにかぐわしい。眠気を誘うけだるい暖かさと香りの中、簪の思考はゆるゆると回転を始める。
 雇われ店主の地位に未練はない。自分は弟の異父兄だが、皆藤家の血は引いていない。皆藤の呉服屋を継ぐのは皆藤の血を引く者がふさわしい。
 いずれ店を後にすることになるだろう。弟のためと思って呉服屋を切り盛りしてきたのだから、弟が店主になれるのなら自分は退くべきだ。
 花の香を含んだ風がさやさやと吹き渡る。
 暖められた空気と土がとろとろと陽炎を練り上げる。
 「……待たせたな」
 銀の蝶越しに桜の蕾をぼんやりと眺めていると、膝の上に大きな影が落ちた。
 むすりとした顔で腕を組んだ弟が立っている。簪と同じく着流し姿だ。洋装も一般的になりつつあるとはいえ、簪も弟も家の中では和服を好んで着用している。
 「ああ……待ってましたよ、どうぞ」
 隣を手で示すと、弟は拳ひとつ分の間隔を置いて腰かけた。
 「すみませんねえ、お呼び立てしまして」
 「それが弟に対する物言いか」
 「おや。気に障りましたか?」
 「……いや。いい」
 沈黙が落ちる。兄弟の間には相変わらず拳ひとつ分の空隙が存在したまま。
 しかし弟は何も言わない。簪も何も言わない。母の形見の品を柔らかな太陽に透かし、指の中でくるくると回しながら眺めているだけだ。
 「それは?」
 銀の簪に気付いた弟が怪訝そうに視線を持ち上げた。
 「母の形見です」
 「母の……」
 「小さい頃にもらいましてね。ああ……思い返してみれば、母からもらった品物はこれだけだったかも知れません」
 下級階層に生まれた簪は決して満ち足りた幼少時代を送ったわけではなかった。普通の子供のように、玩具や美味い食べ物が欲しいと望んでも与えられなかった。いくら望んだところで与えられないのだと幼いながらに悟った時、望むこと自体を諦めた。そうやって長じた簪は、いつしか求めることを忘れ、それを当然として生きるようになっていた。
 「ひとつでもあるならいいじゃないか」
 「へぇ?」
 「俺は……母の記憶がほとんどない」
 かすかに翳りを帯びた弟の横顔には気付かないふりをして、簪は母の形見を帯の中にそっとしまい込んだ。
 「知らないほうがいいこともあります」
 母は遊女だった。直截的な言い方をするならば、自分の体を男に抱かせて銭を得ていた。幼いながらに簪も薄々母の“仕事”のことは知っていたし、肌を露わにした姿で“客”と寄り添う母の姿を遠目に見たことも幾度かある。
 あの頃の簪は幼かった。幼い故に理解などできず、脳天を打ち割られるような衝撃だけが小さな体を容赦なく揺さぶった。それでも母に対する思慕が変質することはなかったけれど。
 「形見の簪、か。あんたと同じ名前なんだな」
 ぼそりと落とされた言葉に簪は軽く眼を瞬かせた。
 銀の蝶に向けられた弟の視線が簪の顔の上で止まり、その後ですぐにまた蝶の上に滑り落ちる。
 「愛した品と同じ名前。――正直、羨ましい」
 「羨ましいとは、あちきのことが……ですか?」
 名家の子息が下級階層出身の人間を羨むなど聞いたことがない。
 「俺には何もないんだ。母が遺してくれたものは何も」
 簪は答えなかった。
 愁いを帯びた弟の横顔は結い髪をほどいた時の母にそっくりだ。目許の彫り具合も鼻の高さも、顔の描線も、唇の形も。そこかしこに母の面影を色濃く宿しているというのに。
 「……さて」
 少し明るい声で言い、簪はのんびりと立ち上がった。見下ろす弟の黒髪の艶までもが母の姿を思い出させ、ほんの少し心がざわめく。
 「用件を済ませてしまいましょう。立ってくださいな」
 弟は怪訝そうにしながらも立ち上がった。
 簪の背丈は弟の肩の辺りにしか届かない。目の前にちょうど着物の前合わせがある。合わせ目から控え目に覗く日焼けした胸板の色にちらと目をやり、懐から巻き尺を取り出した。
 「軽く腕を広げてください」
 「ん、ああ」
 「ちょっと失礼。動かないでくださいよ」
 弟の体の寸法など測らなくとも分かる。しかし念には念を入れて、正確な数値を取っておくべきだろう。
 胸周りに丹念に巻き尺を巻きつける兄の姿を見下ろし、弟は首をかしげた。
 「何をしている?」
 「寸法を測っています」
 「見れば分かる。何のために寸法を測っているんだ?」
 「お洋服を一着、仕立てて差し上げようかと」
 「……洋服なら持っている」
 「へぇ……しかし、晴れの舞台ですからねぇ。やはり新調しなくては」
 淡々と受け答えをしながら巻き尺を用いる簪の顔は呉服屋を訪れた客の採寸を行う若旦那そのものだ。
 弟の眉がぴくりと持ち上がった。
 「晴れの舞台とは何のことだ」
 「おや、お聞きでない? お見合いのことですよ」
 言葉に詰まった弟がかっと頬を紅潮させるのが分かったが、簪は知らぬふりをして採寸を続けた。弟がこんな顔をするのは頭に血を昇らせた時だ。
 「一世一代の大勝負ですからねぇ。皆藤家の未来もかかっていますし、お召物にも気合いを入れなくては」
 「……必要ない」
 「そういうわけにもいきません。名家の跡継ぎたる者、見た目も重要――」
 「黙れ!」
 あ、と簪は声を上げた。感情のままにふるわれた弟の手が簪の手を振り払い、巻き尺を弾き飛ばしていた。
 支えを失った巻き尺が、死んだ蛇のようにくたりと土の上に落ちる。
 「……何を?」
 荒々しく払われて赤くなった手を押さえ、簪は静かに首をかしげた。
 「洋服などいらん」
 「和装のほうがお好みですか? しかし、見合いは洋服にしろと大旦那さまが」
 「違う。……違う」
 苛々と髪を掻きむしり、弟は唇を噛み締めた。必死に気を鎮めようとしている弟の前で簪は静かに続きを待つ。
 「……俺が皆藤の跡継ぎとはどういう意味だ」
 「どう、と問われましても。跡継ぎは跡継ぎでしょう」
 「そうじゃない。俺が当主になったらあんたはどうなる?」
 低く睨みつけるような眼差しの前で、簪は「ああ」と緩やかに苦笑した。
 「お家と呉服屋を継ぐのは皆藤さまの血筋でなければいけません。いずれはあなたにお店を引き継いでもらいたいと大旦那さまもお考えのようですし……あちきは若旦那を退こうと思っていますよ」
 「若旦那を辞めて、その後はどうする」
 「へぇ、そうですねぇ……」
 性急に重ねられる詞をはんなりと受け流し、草履をつっかけて庭へと降りる。柔らかく湿った土の感触が心地良い。巻き尺を拾い上げて土を払っていると、背中に弟の視線が突き刺さるのが分かった。それでも簪は振り返ろうとはしなかった。
 「若旦那でないあちきに食わせる飯などないでしょうからねぇ」
 そして、平素と同じように穏やかに口を開く。「消えてしまいましょうか」
 「――――――っ」
 「ああ……物騒な意味ではありませんよ。皆藤さまの家を出るという意味――」
 「――もういい!」
 兄の背にありったけの憤りを投げつけ、弟は荒々しい足音とともに屋内へと駆け戻って行った。
 床を踏む音が遠のき、けだるい陽気と静寂が戻ってくる。簪と巻き尺と、母の形見の蝶だけが残された。
 (相変わらずですねえ、あのお間抜けさんは)
 帯に差し込んだ蝶を指の腹で愛撫しつつ、簪はあるかなしかの微苦笑を浮かべた。
 (あの気性の激しさでは先が思いやられます。まったく、手のかかる……)
 しかしそれももうすぐ終わる。士族の娘を嫁に迎える皆藤家に、遊女と下級職人の間に生まれた男がいては体面が悪かろう。
 (いっそどこかに飛んで行ってしまえればいいですねえ。ふらふらと、あてもなく)
 花の香を含んだ風がさやさやと吹き渡る。
 暖められた空気と土がとろとろと陽炎を練り上げる。
 早春の陽光の下、子供が握ればひしゃげてしまいそうなほど脆弱な銀の蝶だけが鈍い光を放っていた。


 まるで水飴のようだと間明は思った。濡れたつやと、いくつかの材料を溶かし合わせて練り上げたかのように粘り気のある質感。しかし、街道の上で揺れる陽炎は水飴と違って実体を持たない。触れてみようと近付けばいつの間にか消え失せ、まるでこちらを翻弄するかのようにまた少し遠い場所に現れるだけだ。
 整備された大通りを通り抜けて郊外へと向かう。足の下でざりざりと音を立てていた砂利はいつしか湿った土に変わった。目指すのは大きな川が流れ込んで出来た淵だ。背が高い葦や蒲が群生する水辺は昼間でも仄暗く、淀んだ湿気に覆われている。
 間明の来訪に気付いたのだろうか。葦の群れががさがさと揺れ、見知った顔の男が注意深く顔を出した。男の手招きに応じて間明も葦の奥へと踏み入った。
 「……またか」
 「ええ、どうもそうらしいのです。……居るのでしょうか?」
 男の問いには答えずに、間明は目の前に横たえられたそれをじっと注視している。
 若い女の水死体だった。今朝がた発見されて引き上げられたという。人目につかぬこの淵は身を投げるのにちょうどいいということなのだろうか、ここひと月ほどの間に幾人かの溺死者が出ていた。
 いずれも自殺の可能性が高いという。争った形跡はなく、遺体にも不自然な点はない。死者たちの間に接点もないし、どの者たちも何かしらの苦悩を抱えていたようだという関係者の証言もある。しかし仮に自殺だとしても、この短期間にこうも続くものだろうか。
 「まだどなたにも知らせておりません。間明さまのお目にかけてからと思いまして」
 「“さま”はよせって言ってんだろうが。ケツの穴がむずがゆくていけねえや」
 「は。しかし、年上の御仁には敬意を表さなければ。間明さまのように人生経験豊かな御仁となれば尚更でありましょう」
 「あー、いい、いい。俺が悪かった」
 間明は爽やかに微笑む男を面倒臭そうに遮って舌打ちした。この土岐野(ときの)という青年はどうも苦手だ。この若さで国選の留学生として海外に渡った前途有望な人材だというのだが、詳しいことは知らないし、知る気にもなれない。しかし、丁寧に撫でつけられた髪の毛と、ぱりっとした洋装――それも一目で高級品と分かる仕立てだ――ばかりを身に着けていること、そして官吏に知り合いが多いことからして、恐らく政に携わる場所で働いているのではないかと間明はにらんでいる。
 バクチ打ちがいかにしてこの秀才と知り合い、関わりを持つに至ったのか。それはまた別の話である。
 「それよりも間明さま。今回の件にあれは関係しているのでしょうか」
 「多分な。見てみろ……って言っても、おまえさんにゃ見えねぇか」
 軽く眼を眇めた間明の先には血の気を失って硬くこわばった足首があるだけだ。しかし間明にははっきりと見えていた。細い足首にべったりとまとわりつく『異形』の気配の残滓が。まるで朱を塗りたくった掌で鷲掴みにされたかのように。
 「とり殺されたということなのでしょうか。些か非科学的な言い方ではありますが」
 「どうかな。本来あれは人に害を及ぼすもんじゃねえ筈だ。そんなことが全くないわけじゃねえが、こう立て続けに起こるようなもんでもねぇぜ」
 「ふむ……近隣の民らは既に騒ぎ始めているようです。何かの祟りだ、淵に宿る怨念に魅入られたのだとおののいております。根も葉もない噂が広まるようでは何かと都合がよろしくありません」
 ふうと風が吹いた。頼りない早春の陽光はこの淵までは届かない。仄暗く淀んだ淵の上を渡る風は奇妙に冷たく、葦の群れをざわざわと掻き混ぜて通り過ぎていく。
 かすかな息苦しささえ覚えるのはどういうわけなのだろう。まるでこの場の空気だけが重さと密度を増したかのよう。
 「そこを何とかすんのがおまえさんの役目だろ、坊主」
 殊更に明るい口調で言い、間明は土岐野の肩をぽんと叩いた。「じゃ、俺は帰るぜ」
 「お待ちくださいませ。事情聴取があるやも知れません。間明さまも第一発見者のようなものなのですよ」
 「だから帰るんだよ。おまえさん、俺と一緒に居る所を見られたらまずいんだろ?」
 その時だ。
 ざ、ざ、ざざああああ。
 間明が踵を返すのを見計らったように一陣の風が吹き荒れ、葦の原を乱暴に薙ぎ倒した。
 「なん――」
 「あれを!」
 土岐野の鋭い声に促されて振り返った間明はぎょっとした。
 蝶だ。蝶である。
 一体どこから、いつの間に現れたのであろうか。黄揚羽の群れが、暗澹とした淵の上を音もなく舞っているのだ。
 「……美しい」
 呆然とした土岐野が呟いた。それほど唐突で、圧倒的な光景だった。まるで淵の中から蝶が湧き出したかのようだった。
 「しかし……気味が悪い」
 土岐野が落とした呟きに間明は答えなかったが、軽く眇めた双眸は蝶の群れに向けられたままだ。
 はたはたと。ひらひらと。あてもなく彷徨う人魂のように、緩慢に、静謐に羽ばたき続けている。
 ひどく場違いで、異様で、背筋が薄ら寒くなるような光景だ。静寂と湿気と薄闇が凝るこの淵で、どうしてこうまでも美しい蝶の群れが舞い踊っているのだろう?
 ――ある種類の蝶は、動物の死体に集まる習性があるという。
 まさか揚羽がそうというわけではあるまいが、それでも、美しい色彩の乱舞から目を逸らすことはできなかった。


 てん、てん、てん。
 「ひとつ、ひとのよ、はかなくて」
 ててん、てん、てん。
 「ふたつ、ふまれて、つぶされて」
 てん、てて、ててん。
 「みっつ、みどもが、あさましさ」
 てん、てん、てん、てん。
 「よっつ、よどおし……」
 ててん、てん――
 「ああ」
 ぽぉん。ぽぉん。ころころ、ころり。
 「さいしょから。さいしょから」
 ひとつ、ひとのよ、はかなくて、
 ふたつ、ふまれて、つぶされて、
 みっつ、みどもが、あさましさ、
 よっつ、よどおし……
 ……てん、て、てん。


 弟とはあれ以来口を聞いていない。仕事を手伝ってくれる機会もめっきり減った。以前のように、店が開く頃にふらりと家を出て店を閉める頃に戻ってくることが多くなった。
 それでも簪の見ていないところで仕入れの帳簿に目を通しているらしい。時折、弟の手蹟で無愛想に品物の名と数量を書きつけられた紙片が帳簿の間に挟まっていることがあった。簪がそれを確認し、問題ないようなら紙片に記された通りの品を仕入れる。問題があれば朱書きで添削して再び帳簿に挟んでおく。すると何日か後にはその紙が抜き取られている――。そんなやり取りが幾度か続いた。
 見合いの準備は順調に進んでいるようだ。それが弟の苛立ちを加速させているようにすら見えたが、大旦那は強引に話を進め、滞りなく段取りが整いつつあった。
 「坊ちゃん、才能があるんじゃありませんこと? さすがは若旦那さんの弟さまですわね」
 「あぁ、いえ、あちきの弟だからというわけでは」
 売上の推移に感嘆する雪乃の隣で簪は苦笑した。「皆藤さまのお血筋でしょうねえ。元々才能は備わっていたのでしょう、遊び呆けていたせいでなかなか磨かれなかったようですが。きちんと修行させればきっといい旦那さんになります。早くお店を引き継いでくれれば良いのですがねぇ」
 「あら、お気の早いこと。若旦那さん、まさかそのお歳でご隠居なさるおつもりじゃありませんわよね?」
 冗談めかした雪乃の問いには答えず、簪は曖昧な微笑を返しただけだった。
 (おや)
 いつものように帳簿を開くと、見慣れた紙片がはらりと落ちてきた。
 『例の服はいつできる』
 弟の字でぶっきらぼうに書きつけられた言葉に、胸がちくりと痛んだ。
 (この程度の用なら直接言えばいいじゃありませんか。一緒に暮らしているのだから…)
 些細な用件すら言葉にできないような原因を作ったのは自分なのかも知れないと思うと、苦い自嘲の味が口の中に広がる。
 「どうかされましたか?」
 弟の書きつけを手に立ち尽くす簪を雪乃が不思議そうに見つめている。簪は「いえ」とだけ答えて紙片をズボン――接客の際は洋装である――のポケットに押し込んだ。
 その日の営業が終わり、片付けも終わった後で簪は短く返事をしたためた。
 『あと半月ほどです。お見合いには間に合いますからご心配なく』
 そして、その紙片をいつものように帳簿に挟んでおいた。
 翌日に帳簿を見ると紙片はなくなっており、新たな文(ふみ)が挟み込まれていた。
 『着付けを教えてほしい』
 これには簪も首をかしげた。初めこそ勝手の違いに戸惑うものだが、洋服には着付けというほど大袈裟な手順は必要ない。実際、弟が一人で洋服に着替えて部屋から出てくるところも何度か見ている。
 『一人で着られるでしょう』
 『きちんと整えられたためしがない。特にあのタイとやらが難しい』
 『そんなに難しいものではないでしょうに』
 『厄介なことを頼んでいるわけでもなし、素直に聞いてくれたらどうだ。この』
 “この”の後は墨で塗り潰されていた。薄い紙片を矯めつ眇めつ、更に明かりにかざして、墨の下に記されていた語が“馬鹿”であるらしいことを知る。
 簪は密やかに笑った。
 (馬鹿と言うほうが馬鹿なのですよ)
 しかしそれは文には書かない。代わりに「うるさい馬鹿馬鹿馬鹿!」と食ってかかる弟の顔を思い出し、もうひとつ微苦笑をこぼした。
 『分かりました。では、お品が出来上がり次第お教えしましょう』
 そんなふうに書きつけた翌日、たった一言、『頼む』とだけ書きつけられた紙片が帳簿に挟み込まれていた。


 「――歌?」
 間明がひょいと眉を持ち上げると、二歩後ろを歩く土岐野が「ええ」と肯いた。
 「あの淵の近くで手鞠歌のようなものを聞いたという証言が出てきまして」
 「なんで今頃になってそんな話が出て来るんだ?」
 雑踏に流されるように、しかし決して呑まれることなく二人は歩いている。間明は前を向いたまま、土岐野も間明から二歩後ろの距離を保ったまま。遠目に見れば二人が知り合いであるとは分からないだろう。
 「元々、あの淵には近隣の住民さえも寄りつかないそうです。ただでさえ不気味な場所だというのに、何人もの人死にが出たために余計に人が近付かなくなったために気付くのが遅れたのでしょう」
 「ただの風鳴りってこたぁねぇのか? 幽霊の正体見たり何とやらって言うじゃねぇか」
 「詞まで聞き取れたということですから、聞き間違いとは思い難いかと」
 間明は「ふーむ」と唸って顎に手を当てた。
 異形というものは声を出さない。しかし異形とは人の情念の形、いわば人と一体として存在するものだ。
 「坊主。歌の詞は分かるか」
 「これに」
 足を速めた土岐野が刹那間明に並び、間明の手に丸めた紙片を握らせた。
 「歌はいつも四行目の途中で途切れるそうです」
 振り返りもせずにそれだけ告げると、上等な上着の背中は雑踏の中にあっという間に紛れ込んでしまった。
 そぞろ歩くふりをしながらさりげなく紙を広げた間明の眉間に皺が寄る。
 「……何だこりゃ」
 そこに記されていたのは、稚児が鞠をつきながら口ずさむにしては少々不自然な内容だった。
 

 てん、てん、てん。
 月夜の下に、手鞠がひとつ。
 ててん、てん、てん。
 闇夜に跳ねる黒い手鞠。手鞠をつくのは黒い童女。
 「ひとつ、ひとのよ、はかなくて」
 ててん、てん、てん。
 「ふたつ、ふまれて、つぶされて」
 てん、てて、ててん。
 「みっつ、みどもが、あさましさ」
 てん、てん、てん、てん。
 「よっつ、よどおし……」
 ててん、てん――て、ん。
 童女の手が止まり、弾む力を失った鞠はころりと地面に転がった。
 「よっつ、よどおし」
 その後が。その後がどうしても思い出せない。
 父と母がくれた鞠なのに。父と母が教えてくれた手鞠歌なのに。両親との唯一の繋がりなのに。
 「……ひとつ、ひとのよ、はかなくて」
 小さな手がのろのろと鞠を拾い上げ、再びてんてんとつき始めた。
 「ふたつ、ふまれて、つぶされて……」
 ててん、てん、てん。
 たどたどしい歌に乗って、黒ずんだ鞠はぎごちなく跳ね続ける。愚直に、虚ろに、ただひたすらに。
 黒い鞠をつく黒い童女に寄り添うように、大きな蝶がはたはたと飛んでいる。
 「……ちょうちょ」
 蝶に気付いた童女の顔が初めて子供らしい笑みに覆われた。
 しかし、奇妙に白っぽいそれは本当に蝶であったのだろうか。


 ぽきりと折れてしまいそうな、青白い三日月だ。それでも空が晴れ渡っているせいだろう、脆弱な三日月が君臨する天球は不自然なまでに仄明るい。
 自室に正座した簪は無言で弟を待っている。傍らには三つ揃いの洋服が綺麗に畳まれて箱に収められている。一杯引っ掛けてくると言い置いて夕刻に外出した弟はまだ戻らない。それでも簪は静かに座して待ち続ける。
 弟が帰宅したのはそれから一刻半ほど後であった。
 「……何をやっているのです」
 わずかによろめきながら部屋に入ってきた弟に簪は眉を顰めた。同時に鼻をつく酒の臭気。明かりを入れると、赤ら顔の弟の姿が浮かび上がった。
 「まったく……一杯だけ呑んでくると言ってそのざまですか」
 「うるさい。兄貴ぶるな」
 剣呑で皮肉な弟の声に簪は口をつぐんだ。
 「……今日はよしましょう。着付けはいつでもできます。お見合い当日の朝でもいいじゃありませんか」
 「いいや、やる」
 「強情な。今夜はさっさと寝ておしまいなさい」
 「酒でも呑まなきゃやってられないんだ。悪いか」
 言い出したら聞かない男だ。簪は小さく溜息をついて箱を開けた。
 「では、お召し物を脱いでくださいな」
 「……脱ぐのか」
 「おかしいですか? 脱がなければ別の服は着られません」
 「それはそうだ」
 やはりだいぶ酔っているようだ。頭の回転速度が落ちているのかも知れない。やれやれと肩で溜息をつきつつ、簪は弟に背を向けて箱の中身を取り出して行った。
 密やかな衣擦れの音が淡々と響く。
 明かりがわずかに揺らめいたらしい。簪の前の壁に映る弟の影がかすかに身をよじらせた。
 「寒い。早くしてくれ」
 半ば抗議するような声に振り返り、簪はかすかに目を揺らした。
 ――下帯ひとつの弟の姿があった。
 引き締まった、浅黒い体。隆々というほどではないにしろ、筋肉も適度についている。自己主張するようにくっきりと浮き上がった鎖骨は、ひどく挑戦的に、暴力的に簪の理性を揺らした。
 「……消しましょうか」
 彫刻のように整った肉体からそっと目を逸らし、簪は静かに明かりを消した。
 密やかな闇が落ちてくる。


 「ぴったりだ」
 カッターシャツと呼ばれる真っ白なシャツに腕を通し、弟は小さく感嘆の声を上げる。簪は曖昧に微笑んで応じただけだった。採寸は途中で断念したが、弟の寸法など手に取るように分かる。弟の体に合わせた洋服を仕立てることなどわけもない。
 カッターシャツの白は闇の中でもぼんやりと浮かび上がって見える。酔っているせいで指先が覚束ない弟に代わり、簪がボタンを留めてやった。弟の体は極力見ないようにしていた。弟の肌を一秒でも早く眼の前から隠してしまいたかった。
 「やはり慣れんな。首元が締め付けられる。肩や腕も動かしづらい」
 「我慢なさい。洋装とはそういうものです。次はタイですが……これは後ろから結んだほうがいいでしょうかね」
 タイを手にした簪は弟を座らせ、背中側に回って膝をついた。広い背中に体をかぶせてしまわないように注意しながら首元に手を回す。
 「あちきの手元をよく見ておきなさいな」
 「ああ、そのために後ろに回ったのか」
 「へぇ……このほうがご自分で締める時の状態に近いですから」
 「それなら明かりをつけろ。暗いままではよく見えん」
 簪は答える代わりに立ち上がり、窓を開け放った。弱々しい月明かりと甘く湿った夜風がひたりと忍び入ってくる。
 「手許さえ見えればいいのでしょう?」
 弟は答えなかった。
 わずかな月光の中、弟の肩越しに回した手を器用に動かして結び方を実践してみせる。腕の辺りにかすかに弟の体温を感じる。互いの息遣いさえ互いに届いてしまいそうな、完全なる静寂。兄弟は口を開かない。兄は黙々と弟に服を着せ、弟は黙って兄にされるがままになるだけだ。
 ズボンを履き、チョッキを着て、上等な背広に腕を通して前を閉めれば完了だ。
 「ご覧なさい。――立派な紳士じゃありませんか」
 弟を姿見の前にいざない、簪は思わず小さく笑った。
 元々端正な顔立ちをしているこの弟のことである。かっちりした服装はこの上なく似合うのかも知れない。普段は着崩した格好ばかりを好んでいる弟も自身の変貌に驚いたらしく、しばし鏡に見入っていた。
 「後はこの御髪ですかね」
 無造作に後ろで結っただけの長髪を指先で弄び、簪は顎に手を当てる。「きちんとした洋装にはさっぱりした御髪が合うものですが……ふうむ、しかし、この綺麗な御髪を切ってしまうのはもったいない」
 「大きなお世話だ」
 「しかし……大きくなりましたねえ、あのお間抜けさんが」
 「何だその言い草は。親のようだな」
 「へぇ……」
 自らの心情は微笑で濁し、簪は鏡の中の弟の姿を見つめる。「本当に立派になって。これなら皆藤さまの跡取りとしてふさわしい」
 鏡の中に浮かび上がる弟の唇がかすかに歪んだようだった。
 「もっとも、お店のほうはもう少し修行してもらわないといけませんがねぇ……大旦那さまのお墨付きをいただけるまで頑張ってもらわなくては」
 「俺が頑張ってどうなるんだ」
 「もちろん、頑張って若旦那になってもらうんでしょうに。大旦那さまがご隠居されたらゆくゆくはあなたがお店を継ぐのですよ」
 「俺が継いだら簪さんはどうなるんだ?」
 弟は簪に背を向けたままだ。しかし縋るような瞳は鏡の中の簪にひたと向けられている。
 鏡越しにほんの刹那視線を絡め合わせ、簪は視線をそっと外した。
 「あちきはお店から消えようと思っています」
 「……店から消えて、その後はどうする」
 「皆藤さまの家を出ます。大旦那さまは若旦那でなくなったあちきになど用はないでしょう」
 それは皮肉でも厭味でもなく、単なる事実だ。だから弟は尚更顔を歪める。
 「そうでしょう?」
 ゆるゆると持ち上げられた視線が鏡の中の弟の顔を捉えた。「きっと、こうするのが一番いいんです。皆藤さまのお店を継ぐのは皆藤さまの家の血を引いた人間でなければ。それにあなた、だいぶ前からずっとあちきを避けているじゃありませんか」
 「避けているのはお互い様だ。簪さんが俺に愛想悪くするから――」
 「ええ、ええ、そうでしょうよ。お互いぎくしゃくしてしまうのですよ、一緒にいると。……だから」
 細いながらも筋張った手が弟の背中をそっと撫でる。広い背中に隠れて、簪の姿は鏡には映らない。簪の姿が弟の視界に入ることはない。
 「あちきはよそに行きます。男一人、生計を立てるだけならどうにでもなるでしょう。昔のように行商の旅に出てもいい」
 「兄弟なのにか」
 弟の声は掠れていた。兄の手の下で、逞しい背中がかすかに震えている。
 「兄弟なのに一緒に暮らすこともできないのか」
 簪の面に、どこか諦観めいた笑みがゆるゆると広がった。
 「あなた……あちきと差しでその話がしたかったのではありませんか? だから洋装の着付けをなどと言ったのでしょう?」
 「何を――」
 「そうなのでしょう? ねえあなた……あちきはね、ずーっとずーっとあなたを見て来たのですよ。あなたがあんな回りくどい方法であちきに頼みごとをするなんて、有り得ません。あなたが回りくどくなるのは言いたいことをなかなか言えずにいる時です」
 「あんただってそうだ」
 幼子を諭すような兄の声を弟が荒々しく遮った。「あんたはいつだって何も言わない。いつもいつもただ笑ってるだけじゃないか」
 「へぇ。あなたもあちきのことをよくご存じなのですね」
 だからこそ苦しい。
 互いを知り過ぎているからこそ、些細なことで波風が立ち、互いの心が乱れる。
 あの蛇。簪に巻きついた紅蓮のおろちと、弟に巻きついた白いめくらの大蛇。紅のおろちは弟の心の姿、白いおろちは簪の情念の形。不気味な蛇は互いに互いを貪り合い、最後にはどちらとも消滅してしまった。頭だけになっても執拗に喰らい合うことをやめなかった双頭の大蛇の姿は今も脳裏に焼き付いている。
 「……あんたは」
 弟はかすかにうなだれたようだった。「それでいいのか。雇われの店主として理不尽な扱いを受けたのに、綺麗さっぱり俺に家業を譲り渡すというのか」
 「理不尽などとは感じていませんよ。あなたのためと思ってやってきたことですから」
 「だから、今度は俺のためにこの家を出て行くというのか!」
 甲高い弟の声は滑稽なまでに裏返り、静寂の中に乱反射して、消えていく。
 「――ええ、本当に……」
 簪は弟の背中に軽く額を押し当てて浅く微笑した。「あちきのことをよくご存じじゃありませんか」
 その瞬間、弟の顔がくしゃくしゃに歪んだことに兄は気付いただろうか。
 「そういうことです。大旦那さまにはあちきから話をしておきます。何も今すぐにというわけではありませんが」
 「……黙れ」
 「引き継いでもらうことは山ほどあります。明日からは本腰を入れて勉強してくださいまし。店を預かるのは並大抵のことではありませんからねぇ」
 「黙れ!」
 何が起こったのか分からなかった。ただ簪の視界を背広の黒が覆って――次の瞬間には後頭部と体の背面に鈍い痛みが走り、視界に天井と弟の顔が飛び込んできた。
 「あ――」
 認識する暇も、声を上げる暇もない。
 薄い体の上に馬乗りになった弟の両手が、簪の首をぎりぎりと絞め上げていた。


 視界に鈍い火花が散ったような気がした。それほどの衝撃だった。
 「な、に、を」
 「……殺すと言ったらどうする」
 顎のすぐ下で弟の大きな手が震えている。荒い息遣いが体に伝わる。タイは外れ、シャツの胸元ははだけ、髪を乱した弟は肩を上下させながらぎちぎちと簪の首を絞め上げる。
 「あんたはいつもそうだ。何もかも俺のため、俺のため、俺のため! 肝心のあんた自身はどうなんだよ! あんた自身は何も望んでいないっていうのか!」
 糾弾されたところで簪は答える術を持たない。声も、息も奪われている。弟の体の下で薄い体を上下させ、酸欠の金魚のように口をぱくぱくとさせるだけだ。
 視界が歪む。意識がかしぐ。気管を握られて、空気が通り抜ける余地はない。顔面に血液が充溢するのが分かった。眼球が飛び出しそうになる。身に着けていた着物はみっともなく乱れて、肌が露わになっていた。それでも頭のどこかが醒めていて、今の自分はさぞ醜い姿をしているのだろうなどと妙に冷静に考えていた。
 「いつも、いつも」
 弟の頬を滴り落ちた涙が兄の顔の上でぱたぱたと跳ねる。
 「あんたは、どうして! 俺の気も知らないで! あんたみたいに無欲になれたらって、俺は何度も何度も――」
 「……れ、は……」
 「言え! 何が望みだ、言え! でなければこのまま殺してやるぞ!」
 「――――――っ」
 逞しい肉体に抑えつけられた体がびくんとのけぞり、四肢が痙攣する。
 きつくきつく絞め上げられて、思考回路が止まりそうになる。
 それでも――「何が望みだ」という悲鳴にも似た叫び声だけは辛うじて意識を揺らしたから、簪はのろのろと両手を持ち上げた。
 「……し……さ……」
 絞め上げられた喉から辛うじて発せられる声は、男の耳元に唇を寄せる女の囁きのように甘く、熱っぽい。
 口を聞こうとする意志が伝わったのだろうか、弟の手がほんの少し緩められた。その手の上に血の気を失った兄の手がそっと重ねられる。大きな手の上を這う紫色の指はどこか陶然として、奇妙に艶めかしかった。
 「……殺して、ください」
 開け放していた窓から青白い月光が降り注ぎ、簪の顔を冴え冴えと照らし上げた。
 病弱な月に染め上げられた兄の顔は奇妙に歪んでいた。ああ、物静かな面を支配するこの苦悶だけではない色合いを何と呼べば良いのだろう。恍惚、陶酔、あるいは――歓喜なのだろうか。
 「殺し、なさい。あなたが……そうし、たい、のなら」
 弟の眉が見る間にハの字に下がり、整った目許がみるみる涙で濡れて行く。
 兄はいつもこうだ。いつだって自分のことは口にしない。殺すと脅しても尚、決して本音をさらけ出してはくれない。
 「ねえ……あなたに、殺される……なら、本望です……」
 いつものように微笑んでみせようとした。しかしそれはかなわずに、唇の端がいびつに痙攣しただけだった。
 弟は何も言わない。首を絞めたまま、簪の上で体を丸めて肩を震わせている。簪の顔の上に弟の髪の毛がある。つやつやとした感触が母の髪に似ていると、こんな場面でもそんなことを考えていた。
 「……簪さん」
 兄に体を重ねたまま、弟はとうとう嗚咽し始めた。手が徐々に緩んでいく。潰されかけていた気管がようやく元の形を取り戻し、簪は体をくの字に折り曲げて激しく咳込んだ。
 「……ねえ……分かったでしょう」
 まだ息が荒い。起き上がることもできない。それでもかろうじて着物の前だけは直し、簪は潤んだ瞳を弟に向けた。
 「こうなるん、です。一緒にいたら」
 「――……っ……」
 「あちきはあなたを苛立たせる。あなたは……あちきのことで、取り乱す。だけど」
 あちきにはないあなたのそういうところ、嫌いじゃありません。
 兄の掠れ声に弟は滂沱と涙を流し、畳の上に体を丸めたまま慟哭した。
 「こうやて、貪って、奪い合って……執着して。その果てに何がありますか」
 仏教の世界では、愛という語は“貪る”“執着する”という意味を持つという。
 「ああ……そうそう」
 重い体を引きずって部屋を出ようとした簪であったが、途中で思い出したように斜めに弟を振り返った。
 「あなたの御髪、綺麗ですね。本当に母にそっくりです」
 そして、緩やかな微笑だけを残してその場を後にする。
 弟は答えなかった。答えることなどできるはずがなかった。頑是ない子供のように、ただ畳に拳を叩きつけて慟哭するだけであった。
 

 ふらりと廊下に出た簪が見たのは一頭の揚羽蝶だった。
 (蝶……)
 なぜ家の中に蝶がと思う間もなく、暗闇の中にぽっかりと浮いた黄色を追うように、簪は着流し姿のまま外に出ていた。
 不可思議な光景だった。深く濃い藍の下、弱々しい三日月に照らされて、美しく脆い蝶がはたはたと彷徨っている。
 早春の夜は奇妙に仄明るい。さわさわと吹きわたる湿った風は甘い花の香を孕み、妖しいまでに人の心をざわめかせるのだ。寒くも温かくもない中途半端な気温。まるで人の息吹のような生ぬるい風が着流しの裾をはためかせ、髪を掻き回し、密やかに胸を乱していく。
 小刻みに翅を動かしながら、弱った蝶が簪の目の高さまでゆっくりと降りてくる。
 簪の顔がかすかに歪んだ。
 見るも無残な有様だ。翅はふさふさに裂けて、鱗粉もはげ落ち、腕の良い職人が丹念に描き上げたかのような模様もすっかり褪せてしまっている。
 疲れ切った蝶は簪の目の前を飛び続ける。捕まえられそうな気がして手を伸ばしてみるが、届かない。
 ごうと風が吹き、どうと木が鳴り、草がざあと轟いた。
 風に乗ったのだろうか、憔悴した蝶は、まるで翻弄されるように夜空の奥へと吸い込まれていく。
 「蝶」
 母の形見を握り締め、簪は蝶にいざなわれるようにしてふらふらと歩を進める。
 色褪せた蝶と蝶に導かれる男の姿を見ているのは、死人の顔のような色をした三日月だけだった。


 てん、てん、てん。
 「ひとつ、ひとのよ、はかなくて」
 ててん、てん、てん。
 「ふたつ、ふまれて、つぶされて」
 てん、てて、ててん。
 「みっつ、みどもが、あさましさ」
 てん、てん、てん、てん。
 「よっつ、よどおし……」
 てん、て、てん……。
 独特の節回しとどこか懐かしい鞠の音に足を止める。同時に意識にかかっていた靄が静かに遠のいた。
 ここはどこだ。蝶に誘われて、いつの間にこんな所まで来てしまったのか。
 視界いっぱいに広がる湿った闇。ざわざわと鳴る葦の群れ。ゆるゆると滞る風はどこかひんやりとしている。葦の葉で切ってしまったのだろうか、よくよく見れば手足のそこかしこに細かい傷ができていた。葦の向こうに横たわるのは黒々とした淵。濃密な黒と静寂が支配する水辺に簪はぽつねんと佇んでいる。
 蝶の姿はない。代わりに、背の高い葦に隠れるようにして黒っぽい着物を着た童女が鞠をついていた。
 ひとつ、ひとのよ、はかなくて、
 ふたつ、ふまれて、つぶされて、
 みっつ、みどもが、あさましさ、
 よっつ、よどおし……
 たどたどしい声はいつもそこで途切れるのだった。黒い鞠をつく手を止め、童女はしばしぼんやりとする。その後でのろのろと鞠を拾い上げ、またひとつめから数え直す。
 まるで賽の河原で石を積む童のようだ。少し積んだと思ったらすぐに崩され、また初めからやり直して……。石塔が完成することは決してない。
 それにしても、童女が纏うこの黒は。
 黒に近いが黒ではない、元々の色が変質してしまったかのような鞠と着物は、まるで――
 「よっつ、よどおし」
 簪の視線に気付いたのだろうか、童女がぐるんと振り向いた。
 血だ。鞠も着物も、血を吸い込んで黒ずんでいる。
 童女の顔立ちは判然としない。病弱な三日月がもたらすささやかな恩恵は深い葦と黒い淵に囲まれたこの場には届かない。こんな刻限にこんな場所で、こんな幼子がこんな格好で何をしているというのだろう?
 「てまりうた」
 「へ、え?」
 「おしえてくれた。まりも、くれた。ととさまと、かかさまが」
 「はぁ……」
 「ととさまはきらい。かかさまもきらい。なぐるの。けるの。だから、いつもここにかくれてるの」
 簪はすうと目を眇めた。
 「だけど、すき。きらいだけど、すき。ちょうちょ、いっしょにみたから。まり、くれたから。うた、おしえてくれたから。……だけど、よっつめ、おもいだせない」
 痩せて汚れた顔の中、大きな瞳だけがぽっかりと虚ろに浮かび上がっている。じいと簪を見つめていた童女であったが、やがて興味を失ったのか、ふいと顔を背けててんつくてんつくと鞠をつき始めた。
 ひとつ、ひとのよ、はかなくて、
 ふたつ、ふまれて、つぶされて、
 みっつ、みどもが、あさましさ、
 よっつ、よどおし……
 てん、てん、てん。てんつく、てん。
 歌を聞きながらぼんやりと思案していた簪であったが、
 「――泣きじゃくり」
 と合いの手を入れるように呟くと、童女の手がぴたりと止まった。
 その言葉を選んだことに深い根拠はない。三つ目までの詞から考えれば泣くという意味の言葉がしっくりくるような気がしたのと、五文字の言葉が適当だろうと感じただけのことだった。
 「よっつ、よどおし……なきじゃくり」
 ゆるりと首を傾けた童女の唇が詞を反復する。
 「ひとつ、ひとのよ、はかなくて……」
 ふたつ、ふまれて、つぶされて、
 みっつ、みどもが、あさましさ、
 よっつ、よどおし、なきじゃくり、
 「よっつ、よどおし、なきじゃくり」
 ……くすくすくす。
 誰かが笑ったような気がした。
 「くきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!」
 笑ったのは童女であった。童女をおいて他にいる筈がなかった。しかし本当に童女であるのか。小さな体をのけぞらせ、髪を振り乱し、狂ったように笑い続けるこの子供が本当に先程までの童女であるのか。
 「ととさま」
 かと思うといとけない稚児はきらきらと目を輝かせ、突然簪の足に飛びついた。
 「ととさま。ととさま。うた、うたえた」
 「へぇ?」
 「うた。ととさまとかかさまが教えてくれた、うた。うたえた。ほめて。なでて。そばにいて」
 「お待ちなさいな。あちきは……」
 簪はそこで言葉を呑み込んだ。
 童女の目があまりに無邪気で、倒錯した輝きを放っていたから。
 童女の背でぞわぞわと蠢動した“それ”が、まるで蝶のように見えたから。
 (……異形)
 童女の背におぶさっていたのは蝶とも蛾ともつかぬ姿をした異形だった。成人の顔ほどの大きさはあるだろうか。野ざらしにされた白骨のような色をした異形は無言で翅を開き、音もなく簪の目の前に浮き上がった。
 異形の容貌は判然としない。ふさふさに裂けた翅、眼玉をかたどった毒々しい紋様、痩せこけた体、不気味な触角。しかし、まるでそこだけが墨で塗り潰されてしまったかのように、顔がまったく見えないのだ。
 「ととさま。ちょうちょ、ちょうちょ」
 不気味な蝶はのろのろと向きを変え、淵の上へと飛び去って行く。
 「ちょうちょ、にげる」
 「ああ……逃げてしまう」
 虚空に手を伸ばす童女を押しのけ、簪は夢遊病患者のような足取りで蝶を追う。
 「お待ちなさい。あなた……お待ちなさい」
 虚ろな目には一体何が映っているのだろう。だらりと伸ばされた手は一体何を求めているのだろう。
 ざ、ざ、ざざああああ!
 暴力的な風が渦巻き、重い淵の面に波が立って、葦の原がどうと薙ぎ倒された。
 そして――蝶だ。蝶である。
 一体どこから、いつの間に現れたのであろうか。黄揚羽の群れが、暗澹とした淵の上を音もなく舞っているのだ。
 視界を覆い尽くす美しい翅。まるで人魂のように不安定な飛び方。なんと脆い蝶であろう。なんと美しい蝶であろう。まるで淵の底から湧き出た泡沫のように、無数の蝶たちが暗闇の中をほとほとと飛び交っている。
 簪の唇が緩慢な微笑を刻んだ。
 蝶だ。母と一緒に見た蝶が、こんなにもたくさん。仄暗い夜の中に浮かび上がる黄色の群れはまるで暗闇の中の蝋燭のようだ。ひどく弱々しく、蠱惑的で、見る者を無条件に惹きつけ、導く。
 (懐かしいですねえ……)
 狂ったように舞い踊る極彩色に包まれて、簪は蝶に誘われるようにゆっくりと入水していく。いつしか異形の姿は見えなくなっていたが、もはやそれすらも気にならなかった。
 暗い水の中に体と意識を手放す寸前に脳裏に浮かんだのは、母と一緒に見た揚羽蝶の姿。
 「……ととさま?」
 後には、きょとんとした顔の童女と、小さな肩の上にはさりと降り立った異形の蝶だけが残された。


 確証はなかった。しかし人伝に聞いたことがある。最近、身投げが続いているという淵の話を。
 真新しいカッターシャツは汗と土にまみれ、黒ずんでしまった。履物も邪魔だから脱ぎ捨てた。剣のごとく生え揃う葦が容赦なく頬を、腕を、足を傷つけたが、構ってはいられなかった。
 「簪さん! 簪さん――」
 咳込み、膝をつく。声は既に掠れ始めている。しかし兄の名を叫ぶことを決してやめようとはしなかった。
 「簪さん……」
 首を絞めた感触がこの手に残っている。倒錯した感情に歪んだ兄の顔はこの瞼の裏に残酷なほど鮮明に焼き付いている。兄が初めて口にしたいびつな望みも、それを紡いだあの熱っぽい声も、今にも耳の奥で甦りそうなほどはっきりと覚えている。
 涙がこぼれて、湿った土の上でぱたぱたと跳ねる。ほつれた髪が汗まみれの頬に不快にへばり付く。歯をくいしばって幾度地面に拳を叩きつけたところで事態が打開する筈もない。
 「簪さん! 簪さん……――兄貴」
 焼けつくような咳が込み上げる。それでもありったけの声を振り絞り、兄に届けとばかりに絶叫した。
 「兄貴! 兄貴――――!」
 血を吐くような悲鳴は嫌な残響を伴い、夜の闇の中に虚しく消えていく。
 弟の悲痛な叫びに応じたのだろうか。どろりと凪いだ淵の面に、小さな何かがぽこりと浮かび上がった。
 (ああ――)
 黄色い色彩が唐突に水面の上に湧いて出たのだ。あたかも淵の底から気まぐれに迷い出たうたかたのように。
 蝶である。美しくも病的なまでに憔悴しきった、ぼろぼろの揚羽蝶である。
 「蝶……兄貴」
 それなのに、どうしてなのだろう。それはただの蝶であるのに、弟が口にするのは紛れもなく兄の名で。
 「そこにいるのか」
 近付いては離れ、離れては近付き。見る者を翻弄するように、けれどもひどく頼りなく。黒々とした水面の上をひとりきりで飛ぶ揚羽蝶は、不規則に翅を動かし、徐々に遠ざかろうとしている。
 「待ってくれ」
 蝶を求め、弟はざぶざぶと淵の中に入って行く。
 「待ってくれ。なあ――」
 伸ばした手が蝶に届いたと思った刹那。
 黒々とした水が頭の上までどうと押し寄せ、何も分からなくなった。


 てん、てん、てん。
 ひとつ、ひとのよ、はかなくて、
 ふたつ、ふまれて、つぶされて、
 みっつ、みどもが、あさましさ、
 よっつ、よどおし……
 てん、てん、てん。
 てん、てん、ててん。
 「ととさま。かかさま。うた、おぼえたら、ほめてくれる? いっしょに、いてくれる?」
 ――くすくすくす。


 「元々浮世に執着のなかった人間が異形に導かれるようにして入水した……ってか」
 「あの淵でぼんやり佇んでいた女児を官憲が保護いたしました。両親から虐待を受け続け、毎晩のように逃げ出しては人の寄りつかぬあの淵で手鞠をついていたとか。親が気まぐれに教えてくれた手鞠歌を口ずさみながら……。鞠も親にもらった唯一の物だそうです」
 「暴力をふるうばかりの親が気まぐれに見せた優しさが鞠と手鞠歌ってわけか。残酷なもんだな。どんな仕打ちを受けていようが、一度でも優しくされれば相手を信じたくなるもんだ」
 「鞠と手鞠歌がたったひとつのよりどころだったかも知れませんね。しかし手鞠歌の詞が思い出せず、淵に近付く人間に歌詞を尋ねた、と。そしてちょうど良い歌詞を考えてくれた相手に倒錯した感情を向けたのでしょう。親からもらった大事な歌に詞をあてはめてくれた人間をまるで親のように慕ってしまい、傍に……あの淵に留めたいという感情が働いたのやも。それがこの世を倦む者の心と呼応したのでありましょう」
 「ふーむ。だが、手鞠歌の詞なんざぁいくらでも創作できるんじゃねえか? 音韻と内容にちょっと気をつけりゃあ幾通りでもあてはめられそうだぜ」
 「おっしゃる通りです、間明さま。所詮は子供、動物と同じで理屈など通用いたしません。錯乱した感情と執着が異形となって現れ出たくらいですからね」
 「“さま”はよせ、坊主。子供を馬鹿にするのもな」
 「……失礼いたしました」 


 ゆるゆると瞼を開くと、そこには間明の顔があった。
 「……よう、ニイさん。やっと起きたか」
 「間明……さん。どうして」
 まさか間明までもがあの世に来てしまったのかと訝ったが、どうやら違うらしい。
 (生きてる……?)
 見覚えのある壁と天井、そして布団。以前世話になったことのある医者の診療所だとすぐに分かった。
 「弟はまだ見つからねえ」
 間明の渋面から押し出された言葉の意味を理解しかねて、簪はきょとんと首をかしげた。
 「今、近くに住んでる連中も駆り出して全力で探してる」
 「……弟を、ですか?」
 「ああ」
 「なぜ? いえ、それより、あちきはどうして」
 「ニイさんとこの大旦那が、息子がいなくなったって血相変えて官憲のとこに駆け込んでな。総出で大捜索よ、俺の知り合いの坊主もあちこちに声かけてくれてるところだ。そんでニイさんは昼間のうちにあの淵の中から見つかったんだが……」
 「――まさか」
 口の中が瞬時に渇くのを感じた。舌が喉に張り付いて、声が出ない。
 言いたくない。考えたくない、聞きたくない。
 それでも間明は苦虫を噛み潰したような表情のまま淡々と事実を告げる。
 弟が着ていたシャツの破片が淵のほとりから見つかったが、弟はまだ発見されていないのだと。
 「……ニイさん」
 紙のように真っ白にこわばった簪の横顔を見つめ、間明はかけるべき言葉を見失う。
 「少し……外に」
 簪は軋んだからくり人形のようにぎごちないしぐさで間明に顔を向け、それから窓の外を見やった。
 「ん。まだ寝てたほうがいいんじゃねぇか」
 「少し風に当たりたくて」
 「ああ、じゃ肩貸してや――」
 「一人で大丈夫です」
 背中を支えようとした間明の手を振り払い、簪はふらふらと立ち上がった。
 裏庭へと続く扉を引き開けると、茜から藍へと変わりつつある空の色とけだるい温度の風が出迎える。
 しかし空の色など見えやしない。風の温かさなどどうでも良い。
 かろうじて外に出た簪は、扉に背中をこすりつけるようにしてずるずると座り込んだ。
 「――――……」
 ついに呼ぶことのなかった弟の名を口の中で転がす。
 まさか。まさか。弟が自分の後を追ったとでもいうのか。それとも、自分を探すために訪れた淵で足でも滑らせたのか……。
 ……どちらでも同じことだ。どちらであっても変わりはしない。
 「よっつ、よどおし、なきじゃくり……」
 掠れた喉がたどたどしい手鞠歌を紡ぐ。
 ぽっかりと開いた眼球から、いつまでもいつまでも涙が溢れ続けた。


 二日後。淵に流れ込む川のほとりで倒れている弟が発見された。瀕死の状態であったが、どうにか一命は取り留めることができた。
 一方、兄は弟が発見される前日に忽然と姿を消し、それっきり行方は知れなかったという。
 

   ◇ ◇ ◇


 頬の上を往復する生温かい感触に目を開くと、そこには濡れた鼻があった。
 犬である。常に簪の傍らに寄り添う、あの黒い犬である。
 「ああ……うっかり寝入ってしまいました」
 刻限は既に夕暮れ時だ。銀幕市の郊外にある古寺を訪れた簪は、日当たりの良い縁側で住職や雲水とお茶を楽しんでいたのだが、その後で眠ってしまったらしい。誰かが一度様子を見に来てくれたのだろうか、体の上に毛布がかけられていることに気付いて思わず苦笑した。
 「春というのは眠いものですしねぇ……」
 小さく欠伸をすると、簪の膝に前肢を置いて伸び上がった犬がぺろぺろと頬を舐めた。
 「起きられましたか」
 静かな足音と声に振り向くと、そこにはあの住職が立っていた。
 「すみません。昼寝をしてしまったようです」
 「構いませんよ。しかし……悪い夢でも見られたのですか?」
 そう言われて初めて、簪は自分が涙を流していることに気付いた。
 「ああ……そうですねぇ、夢のせいでしょうか。母の夢を見た後に怖い夢を見まして……」
 目尻に薄く残った涙を指で拭い、問わず語りに話し出す。「弟がね。遠くへ行ってしまう夢でした」
 「ほう……」
 「昔から喧嘩ばかりしていたんですがね。ある日大喧嘩をして……そのまま弟がふいと家を出てしまうのです。どれだけ探しても見つからなくて」
 「きっと逆夢ですよ」
 丸顔をにこにことさせた住職がひどくあっさりと言うものだから簪は目をぱちくりさせたが、すぐに小さく微笑み返した。
 本当にそうならばいい。春のまどろみに見た夢などうたかたのようなもの。すぐに呆気なく消え、後に残ることはないだろう。
 庭を借りて虫干ししていた品々を几帳面に笈に収納し、犬を連れた簪は寺を後にした。
 「あの揚羽蝶……綺麗でしたねえ」
 「くん」
 「もうすぐ春ですねえ。蝶の季節です」
 「ふきゅうん」
 簪は自分の出身映画の結末を知らない。母と一緒に蝶を見るシーンはシリーズ一作目でも描かれているのだが、二作目の中盤から実体化した彼はそれ以降の物語の内容をまるで把握していないのだ。
 (今頃何をしているんでしょうねえ、あのお間抜けさんは)
 母からもらった蝶の簪を手に取りながら、思い出すのは母の面影を持つあの弟のことだ。
 (蝶……ですか)
 茜に染まる大気の中でくすんだ銀の蝶が控え目な輝きを放っている。そういえば、弟と一緒に蝶を見たことはあっただろうか。
 「くーん」
 という声で意識を引き戻されると、引き締まった体の黒い犬が物問いたげにこちらを見上げていた。
 「何でもありませんよ。ちょっと蝶が懐かしくなってしまいましてね……おや、また」
 犬の頭を撫でた簪はふと顔を上げ、好奇心旺盛な犬もぴんと耳を立てた。
 「揚羽蝶。今日だけで二度目ですね。なんだか縁起がいいじゃありませんか?」


 (了)

クリエイターコメントあれ、今回は短くまとめる筈だったのに…?


毎度ご指名ありがとうございます、宮本ぽちでございます。
またしても私が『偽形』シリーズの原作者になったかのような錯覚に陥りました…。

ご兄弟の間柄をメインに、異形をほんの少し絡めた筋立てにしてみました。
分かりにくい書き方ですが、銀幕市の簪様の回想シーンはお母様と蝶の部分までです(あの部分は映画内の簪様の回想とも重なっているのですが)。
銀幕市の簪様は、お寺の縁側で眠り込んで蝶の夢を見た後で、映画の内容とは違う「弟さんが家を出て行く夢」を見ていた…という筋書きです。

それにしてもタイトル・キャッチコピーと内容の落差が激しいですね。
もっとも、宮本にこのシリーズを書かせたら明るい話になる筈がないんですけれども(苦笑い)。
映画内のエピソードを四作続けてお任せいただき、ありがとうございました!
公開日時2009-02-25(水) 21:40
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