★ 【カレークエスト】カレー・イン・フィルム ★
<オープニング>

 おお、見よ。
 聖林通りを地響きを立てて駆けているのは、なんとゾウだ。
 そのゾウには豪華絢爛たる御輿のような鞍がつけられており、その上に乗っているのがSAYURIだと知って、道行く人々が指をさす。彼女はいわゆるサリーをまとっており、豪奢なアクセサリーに飾られたその姿は、インドの姫さながらである。
 きっと映画の撮影だ――誰もがそう思った。
「SAYURI〜! お待ちなさい! あまりスピードを出しては危ない」
 彼女を呼ぶ声があった。
 後方から、もう一頭のゾウがやってくる。
 こちらの鞍には、ひとりの青年が乗っていた。金銀の刺繍もきらびやかなインドの民族衣裳に身を包んだ、浅黒い肌の、顔立ちはかなり整った美青年である。
「着いてこないで!」
 SAYURIが叫んだ。
「いいかげんにしてちょうだい。あなたと結婚する気はないと言ったでしょう!」

 ★ ★ ★

「…… チャンドラ・マハクリシュナ18世。インドのマハラジャの子息で、英国に留学してMBAを取得したあと、本国でIT関連の事業で国際的に成功した青年実業家。しかも大変な美男子で、留学時代に演劇に興味をもち、事業のかたわら俳優業もはじめて、インド映画界ではスターだそうですよ」
「はあ……。で、そのインドの王子様がSAYURIさんに一目ぼれをして来日、彼女を追いかけ回している、とこういうわけですね」
 植村直紀の要約に、柊市長は頷いた。
「事情はわかりましたが、そういうことでしたらまず警察に連絡すべきじゃないでしょうか。ぶっちゃけ、それってムービーハザードとか関係ないですよね?」
 植村がすっぱりと言い放った、まさにその時だった。
 低い地響き……そして、市役所が揺れる!

 突如、崩れ落ちた対策課の壁。
 その向こうに、人々は一頭のゾウを見た。
 そしてその背に、美しいサリーをまとったSAYURIがいるのを。
「♪おお〜、SAYURI〜わが麗しの君よ〜その瞳は星の煌き〜」
 彼女を追って、別のゾウがやってきた。誰あろうチャンドラ王子が乗るゾウだ。
 王子がSAYURIに捧げる愛の歌を唄うと、どこからともなくあらわれて後方にずらりと並んだサリー姿の侍女たちによるバックダンサーズ兼コーラス隊が、見事なハーモニーを添え、周囲には係(誰?)が降らせる華吹雪が舞う。
「♪私のことは忘れてインドに帰ってちょうだい〜」
 SAYURIが、つい、つられて歌で応えてしまった。
「♪そんなつれないことを言わないで〜」
「♪いい加減にしてちょうだいこのストーカー王子〜」
「なんですか、この傍迷惑なミュージカル野外公演は!」
 SAYURIの騎乗したゾウの激突により、壁が粉砕された対策課の様子に頭をかかえながら、植村が悲鳴のような声をあげた。
「おや、貴方が市長殿かな?」
 チャンドラ王子が柊市長の姿をみとめる。
「彼女があまり熱心に言うので、それならば余としても、その『銀幕市カレー』とやらを味わってやってもよいと思うのだ。期待しているよ。……おや、どこへ行くのかな、わが君よ〜♪」
 隙を見て、ゾウで逃走するSAYURIを追う王子。
 あとには、壁を破壊された対策課だけが残った。
「あの……市長……?」
「……SAYURIさんから市長室に直通電話がありまして。王子との売り言葉に買い言葉で言ってしまったらしいんですよ。この銀幕市には『銀幕市カレー』なる素晴らしいカレーがある。だから自分はこの街を決して離れない、とね――」
「はあ、何ですかそりゃ!?」
「チャンドラ王子は非常な美食家でもあって、中でもカレーが大好物らしい。それで『カレー王子』の異名をとるくらいだとか。……植村くん。市民のみなさんに協力していただいて、あのカレー王子をあっと言わせる凄いカレーが作れないだろうか。そうしなければ、SAYURIさんがインドに連れ去られてしまうかもしれないし……」 

 そんなわけで、今いち納得できない流れで緊急プロジェクトチームが招聘されることとなった。ミッションは、極上のカレー『銀幕市カレー』をつくること、である。

 ★ ★ ★

「と、いうわけで、ボクもカレーづくりに参加してみようかと思ってね」
 ロイ・スパークランドが、そういって対策課にあらわれたのを、植村たちは驚きをもって迎える。
「それで、何人か、手伝ってほしいんだよ」
「それは構いませんが……監督はどんなカレーを?」
 映画監督が作るカレーとはいかなるものか、興味津々に植村は訊ねたのだが。
「うん、それは作る人に任せる」
「……はい? いや、あの――ロイ監督が作るんですよね?」
「ボクは映画監督だからね。料理より映画を作るほうが得意だろ?」
「いや、そうですが、これはカレーを作ろうという……」
「どうせなら美味しいものを食べたいと人は思うよね。でも、人が感じる美味しさというのは、視覚から入ってくる情報によって構成されている部分も多いんだ。そして、評判のお店が評判なのは、単に食べ物がいいだけじゃなくて、宣伝が上手だっていうのも大きいだろう」
「はあ」
「ボクは映像の力を信じる。ボクがプロデュースする『銀幕市カレー』は、『カレーのコマーシャルフィルム』とセットにしてプレゼンしたいと思うんだ」
「あ!」
 やっと監督の言わんとしていることを理解して、植村は手を打った。
「つまり、カレーはみんなに作ってもらう。もちろんできるだけ優れたものがいいけど、まあ、最低限、食べられるものであればOKとするよ。そして、ボクがその宣伝用のフィルムをつくる。これをセットで提出すれば……多少、カレーが力不足でも、映像のインパクトで勝負できるんじゃないかと思うわけだ」


種別名シナリオ 管理番号673
クリエイターリッキー2号(wsum2300)
クリエイターコメントカレーだいすき、リッキー2号です。
ロイ監督とカレーを作って下さる方を募集します。

このシナリオには、必ず「監督に協力してカレーづくりを行うチームメンバー」として参加して下さい。
参加される方は、下記<1><2>の内容をプレイングにお書き下さい。これらの内容についてはプレイング欄にあるもののみ有効です。また、ノート欄は参照しません。

<1>どんなカレーを作りたいか
カレーについてのアイデアをお願いします。食材選びや料理の工夫も大切ですが、あとで「CMがつくられる」ことを意識して、映像的に映えるものを作るのも重要かもしれません。

<2>カレーのCM案
みなさんのアイデアをもとに作られたカレーを「アピールするための映像作品」をロイ監督がつくりますので、それに対するアイデアや希望を聞かせて下さい。企画案、キャッチコピー、ロケ地、出演者、演出アイデアなどです。
なお、出演者として「このシナリオの参加者」のほか、交渉次第で「ノーマン小隊」「マイティハンク」そして「他WR様担当の【カレークエスト】シナリオに登場していない『公式』NPC」にも出演を依頼することが可能です(しなくても構いません)。

それでは、ナイスなアイデア、お待ちしております。

参加者
ギリアム・フーパー(cywr8330) ムービーファン 男 36歳 俳優
香玖耶・アリシエート(cndp1220) ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
ヴィディス バフィラン(ccnc4541) ムービースター 男 18歳 ギャリック海賊団
<ノベル>

■CASTING

 古代の哲学者めいた時代風な衣裳をまとい、荊冠を戴いた老人がひとり。
 気難しいその顔を、銀幕市民なら知っている。生ける彫像・ミダスである。
 いつもと変わらぬ、世界中の困難について思索してるかのような、穏やかだがどこか憂いを含んだ顔。そしてその足元よりは漆黒の薔薇が茂る。
 おもむろに――、ミダスは銀のスプーンを口に運んだ。
 途端に、ぱっと光が射す。
 カメラの視野がぐん、と広がり、そのまま視点が後退してゆけば、そこは「銀幕市平和記念公園」――あの『穴』を埋め立てた跡地だったと知れた。ミダスの薔薇が……おお、見よ――、色とりどりに変じていくではないか。そして公園のあちこちに緑が萌え、花が咲き、鳥は歌い、太陽は微笑んで…………
 しかし、ただミダスだけは元のままの無表情であり――。

「カーーーーーーット!!」

 ディレクターズチェアのロイ・スパークランドを差し置いて、叫んだのは香玖耶・アリシエートであった。
「もう、ここで笑ってもらわないと! あのミダスでさえ、思わず満面の笑顔になるカレー! ロケ地は銀幕市の平和の象徴『平和記念公園』、これで元気な銀幕市をアピールしようっていうコンセプトなんだから」
 公園のあちこちから、スタッフたちがぞろぞろと姿を見せる。
 集音用の長いマイクをもった音響係、レフ板を持った照明係のアシスタント、レールの上を動くキャメラを押していく撮影助手、地面を這うコードをさばく助監督……、そして遠巻きに撮影の様子を見守っている一般のギャラリーたち。
『理解はするが』
 念話を――気のせいかもしれないがいくぶん申し訳なさそうに――返し、ミダスは口から入れていたスプーンをそのまま取り出した。
「あ、ちょっと!?」
『このミダス、食物は不要な仕様ゆえ』
「だからって出さなくても!」
『唾液は出ない。このまま誰かが食しても問題あるまい』
「ちょ、ミダスから口移しのカレーとか……!」
 正確には口移しではないのだろうが。
「で、笑うのは無理なんだね?」
 ロイ監督が訊いた。
『表情を変えれぬわけではないが、わが職務に演技は含まれておらぬので』
「頑固一徹な老俳優で『リア王』撮ってる気分だ」
 ロイが天を仰いだ。
「んも〜。ミダスの出演って、意外性があっていいと思ったのに」
「いや、アイデアはイケてると思うぜ」
 ヴィディス・バフィランが慰めるように言った。
「銀幕市の皆が美味そうに食べている顔を撮るっていうのは効果的だと思う。他の役者に頼んだらどうだ。どうせなら……できるだけたくさん」
 ヴィディスのプランは、たくさんの銀幕市民の、カレーを食べる姿と表情を次々に映し出していくというものだった。
「それは面白い。今、撮影したミダスのぶんも、編集すればその中にまぎれこませて使えると思う。ただ、今から他のキャスト集めに手間はかかるが……」
「たくさん集めたらいいんだな?」
 ヴィディスの案に賛同を示したロイの肩に、太助が登りついてきた。
「『大勢』なら心当たりあるぞー」
「そうか、じゃあ、皆で手分けして出演者を調達しよう。ボクも思いつくところをあたってみるから」
 そしてどこかへ電話をかけ始める監督。
 太助もとてとてと走っていく。
 香玖耶とヴィディスが、思いつくままに人選を始める。
 そして――。
 ザッ、ザッ、ザッ、と、一糸乱れぬ軍靴の響き。
 数分後、ジェフリー・ノーマン率いる1箇小隊が、そこに整列していた。
「大勢いるぞ」
「shooting(銃撃)をすると弁当が出ると聞いてきた」
 得意げな太助。ノーマンの号令ひとつで、兵員がビシ!と捧げ筒の姿勢を取った。
「た、たしかにshooting(撮影)はするけど……、うん、まあ、いいか。戦争映画は撮ったことないけど画にはなりそうだ」
 監督が笑う。
 ――と、そこへやってくる一台の車。
「おまたせしたかな」
 運転席のドアから、その長身があらわれると、ギャラリーたちの間にどよめきが起こった。
 キラリと陽光を反射したレイバン。
 なにげないポロシャツとチノパンでさえ、瞬間的にここはカンヌかベネチアかといった空気が漂ったような気がする。
(『バーニング・ハード』の人だ!)
(銀幕市に住んでるんだって。奥さん日本人なんだよ)
(背、高っ!)
 ざわめきを背景に、不可視のレッドカーペットを踏んであらわれたのはギリアム・フーパーであった。
「こういう形では初めましてかな。会えて光栄です、監督。どこかのパーティーでは挨拶してると思うけど」
「やあ、こちらこそ会えて嬉しいよ。仕事ができる機会をいつも狙っていたからね」
 握手をかわすアクションスターと映画俳優。
 瞬間、そこだけがハリウッドであった。

■COOKING

 さて。
 フィルムの撮影もさることながら、本題はカレーなのである。
 ノーマン小隊の撮影地が、その後の協議の結果、ダイノランド島に決まり、その準備が進められている間、並行してカレーのブラッシュアップが進む。
 ちなみに先ほどのミダスの撮影では、とりあえず、叩き台として香玖耶の用意したものを使用した。
「この容器はいい感じだな」
 オリエンタルな文様の入った銀食器は、いかにもカレーに似合いそうだ、と、ヴィディスが褒めた。ここに持参したヴィディスのブランド【BIO】のテーブルクロスをあしらえばなかなか瀟洒なテーブルセッティングができるだろう。
 香玖耶のカレーはチキンとビーンズを使ったレッドカレー。黄色いサフランライスにアーモンドスライスとレーズンを添え、カレーの上にはココナツミルクを垂らし、さらにグリーンサラダを添えれば目にも鮮やかな色の競演が食欲を刺激する。
「見た目は問題なし。でも大事なのはとにかく材料じゃねぇかな……?」
 ヴィディスは、盛られた野菜を手に取る。それは太助が持ってきてくれたものだった。土がついたままのジャガイモをはじめ、ニンジンにタマネギ、といった昔ながらの、日本の家庭のカレーの材料である。
 これからいかにも懐かしい雰囲気に仕上がると思うが、インドの王子に、日本のカレーライスがどう映るかは賭けというところだろう。しかし逆に、香玖耶のカレーはどちらかといえばインド風で、これで勝負に挑むのも良し悪しか、とヴィディスは思う。
「相手の好みを考えることも重要だ。好みの傾向に、プラスアルファーの意外性、というのが効く」
 そう考えて、監督を通じて、チャンドラ王子についてリサーチをかけていたのだが。
 わかったことはといえば、美食家としても名高い王子は世界中のあらゆる美味を食べているということであった。そして好き嫌いなどはまったくないらしい。
 で、あれば、やはりここは伝統的なインドカレーに近いもので、そこに独自のアイデアを加えていくべきか。
「じゃあ、とにかく、作ってみるわね」
 香玖耶が、まず野菜を切り始める。
(野菜はゴロゴロでっかく切ったの希望!)
 と、太助が言っていたのを思い出し、いくぶん大き目にカットしてみた。
「あと、ライスをバッキー型に盛ってみるのはどうかしら」
「それはいい。背にバッキー模様にルーをかけたら面白そうだぜ」
 海賊になった仕立屋と、精霊を使役する召喚師の共同作業は続く。――と、言っても、ヴィディスの方はナイフを操る手元は器用であるが、料理自体は得意中の得意というわけでなさそうだ。参考にと用意した本を時々盗み見しつつ、作業にあたる。
「隠し味には甘いもの……」
「ちょ、待って、それは!?」
 香玖耶が気づいた時には、ぼちゃん、と鍋の中に投入されたものは。
「餡子」
「餡子!?」
「隠し味に甘みを加えると、スパイシーさがひきたつと聞いたぜ」
「うーん、たしかにチョコレートを入れる人もいるわね。ま、いいか……。スパイスも揃っているし」
 用意されたものはターメリックやガラムマサラなどの基本的なものから、レッドペッパー、ブラックペッパー、ナツメグ、オレガノ、ベイリーフ、コリアンダー、クミンシードなどなど、さまざまなスパイス類。ルーにはこれらに加え、牛乳が加えられてまろやかに仕上げられる。餡子の甘味はご愛敬として、フルーツなども投入し、ややトロピカルだ。
「ん。いい感じかな」
 香玖耶が味見して一言。
 炊きあがったサフランライスをバッキー型に盛り付ける。
 ヴィディスは南国調のエディブルフラワーで皿を飾った。
 素材に国産の野菜をふんだんに加え、インドのスパイスを大量に使用した、うまそうな香り漂うカレールーをかける。
 あえて名づけるなら「田舎野菜のインドカレー・南国風」。
 ちょっと無国籍で奇妙な風情だが、これもまた銀幕市らしいのではないだろうか。

■SHOOTING

「軍人役、初めてだって?」
「特殊部隊ならあるけどね。本格的な戦争モノはないな」
「そうか、ボクもだよ。今度、考えてみようかな」
「俺でよければいつでも出ますよ」
「そいつはいい。今日も忙しいだろうに悪かったね」
「全然。SAYURIを助けてやらないと。彼女ならボリウッドでもうまくやるだろうが」
「違いない」
 笑い合うアメリカ人。
 ギリアムはノーマン小隊に入隊でもしたような迷彩の戦闘服にダミーの蔦をからめた軍用ヘルメットだ。いや、「でもしたような」ではない……文字通り、フィルムの中で小隊員を演じるのである。
「あと3分で準備できまーす」
 助監督の声にロイは片手をあげて応えた。
 さっとヘアメイクがかけよってきて、緑色の塗料で迷彩が描きこまれているギリアムの顔に「汗」を霧吹きしていった。
 サンクス、と短く礼を言って、小道具の銃をかつぎ、ギリアムは密林へ。
 軍服の襟元を一瞥して、
「曹長か」
 と呟いた。
 前に演った特殊部隊員は階級では大尉だったなと思い出すが、これはノーマン少尉の手前黙っておこうと思った。
「よろしく」
 すでに茂みの中にスタンバイしていた小隊にまじる。
「軍隊経験は?」
 ノーマンは水筒の水をぐびりとやりながら、「新入り」をねめつけた。
「ギリアムさんは役者さんなんですよ!」
 後ろからスコット上等兵の声がかかる。
「それにオレたち戦うんじゃなくて映画に出るんですから! 少尉だって映画好きでしょ!」
「あれは観るもんだ。出るもんじゃない」
「それは同感」
 とギリアム。
「ムリに演技なんかしなくていいんだからなー!」
 太助がメガホンに向かって叫んだ。
 狸はロイの隣に置いたディレクターズチェアに、ちょこんと同じ姿勢で腰かけているのだ。
「それじゃ、本番いきまーす」
 助監督が叫んだ。
「……あんた」
 ぼそり、と、ノーマン少尉が、傍らのギリアムに言った。
「キャサリン・ロスって知ってるか」
「アクション!」
 カチンコが鳴った。

「カット!」
「OK!」
 ロイが叫んだ。
「最高だ」
「そう?」
 ギリアムが破顔する。
 柔和な笑みは陽気なアメリカン。しかし先ほどまでは、たしかに歴戦の米兵――密林の中で追い詰められた獣のような目だった!と、べつだん演技に造詣が深いわけでもない太助でさえ、思うのだった。さすがプロ。
「お?」
 その太助が、鼻をひくつかせる。
「カレーきた!」
 完成したカレーが届いたようだ。
「じゃあ、このまま食べるシーン撮るか」
「おーし、みんな並べー」
 アルマイトの食器を持って行列する隊員に、届いた寸胴鍋からカレーをよそってやる太助。
 ダイノランドの密林に、カレーの匂いがただよう。
「うまそうですよ、少尉!」
「ふむ」
「カレーってイギリス経由日本育ちの料理だってな。こじつければ俺と似たもの同士だ」
 ギリアムも列に加わっていた。彼が言うのは、自分がイギリス系アメリカ人で、日本人と結婚でして日本で暮らしているからという話で。
 カレーとライスがいきわたったら、そのまま、密林の中で喫食。
 本当に空腹だったようでガツガツ食べる隊員の様子をキャメラが舐める。
「さっき途中になったけど」
 ギリアムが、少尉に向かって言った。
「『卒業』のキャサリン・ロスだよね。彼女、まだ元気だよ。会ったことある」
「……!」

■SHOWING

 ――――3――――

 ――――2――――

 ――――1――――

 ――START――


 銀幕市、全景。

 通り。自転車で走る学生服の青年、浦安映人。肩にバッキーがしがみついている。
 どこかの路地裏。金髪をかきあげ、レディMが歩く。
 ウインドウショッピング中らしい嶋さくら。
 公園脇の路肩。タクシーを停め、一息つく御先行夫。
 パソコンのキーを打つ手を休めて、植村が伸びをした。
 盾崎時雄が、デスクで煙草を揉み消す。
 座敷で、玉乃梓がしとやかに座卓の前に坐った。
 映写室で、此花慎太郎が、腕時計を見る。

 市街地、遠景。画面に文字が浮かぶ。

 ――いつでも、どこでも――

 密林。
 息を殺して茂みの中を進む、迷彩の戦闘服。
 ノーマン小隊だ。
 塗料を塗った顔は、土埃と汗に汚れており、眼光ばかりがぎらぎらと輝く。
 カメラがパンしていくと、ひとりの兵士の横顔がフレームインする。
 整った顔立ちの、白人の男。
「おい」
 少尉が振り返って、男に訊ねる。
「今、何時だ」
「正午であります、サー!」
 男が答えた。
「メシにするか」

 黒バックに、野菜が舞う。
 文字通り、風に舞っている。
 見る見るうちに、目に見えない刃が皮を剥き、野菜が小片に切られていく。
 フライパンが映ると、そこに洋酒が撒かれ、ぱっと、フランベの炎があがった。と、見えた次の瞬間、炎がぐあっと大きくなり、竜のような姿になって、あぎとを開く。くらいつくように、中に放り込まれた具材。じゃんじゃんと音を立てて炒められていく。
 鍋に投げ入れられる材料。
 中では、茶色いカレールーがくつくつと煮えている。
 匂いさえ感じられるような湯気が立ち上り……

 どん、と置かれたカレーの皿。映人が、うれしそうにスプーンを持ち――
 さくらが、植村が、梨奈が、盾崎が、御先が、梓が、慎太郎が、そしてミダスが、カレーをすくったスプーンを口へと運ぶ。中には、香玖耶やヴィディス、太助の姿もあって。

 密林を背景に、カレーにがっつくノーマン小隊の面々。
 その顔も笑顔で、うまそうに、むさぼるように食事にありつく。
 顔から顔から画面が切り替わりながら、再び、テロップ。

 ――食べる、しあわせ――

 そして、爆発!
「敵襲であります、サー!」
 曹長が叫んだ。
「よし、こいつを食ったら反撃だ」


■CLAPPING

「ほ、本格的ッスね!」
 慎太郎が、興奮した様子で言った。
 上映終了後の名画座を借りての初号試写である。
「みなの協力のたまものだ。感謝する」
 ロイ・スパークランドは満足そうだった。
「あの『ポップコーンの次に好きだ』っていう台詞はカットになったのか?」
 ノーマンは相変わらず仏頂面だったが、それでも、どこかまんざらでもない雰囲気なのである。
「あの材料がぱーっと切れてくシーン、特撮ッスか!?」
「ああ、あれはカグヤくんが協力してくれたのさ」
「野菜を浮かせて切ったのは風の精霊の力なのよ」
 と、香玖耶。
 精霊シルフのかまいたちがカットを担当し、炒めたのはサラマンダーである。
「俺は制服なのに、さくらは衣裳なのかよー」
「映人には【BIO】の服なんて似合わないわよ」
 さくらが憎まれ口を叩いた。
「そんなことねぇよ。今度船にくるといい。よかったら仕立ててやるから」
 衣裳の一部はヴィディスのブランド【BIO】の服である。スタイリングも担当した。
「でもギリアム・フーパーさんと同じ映画に出られるなんて感激! サイン、お願いしてもいいですか?」
「もちろんいいとも」
 さくらの持ってきた色紙に、手慣れた様子でサインを書くギリアム。
 名前のあとに「XOXO」と加えた。
「『食べる、しあわせ』って、シンプルだけど、いいコピーですよね」
 しみじみと、植村。
「俺が考えたんだぞー」
 えへん、と胸を張って、太助が言った。
「マジで!? コピーライター、狸!?」
「言ったろ。みなの協力のたまものだって」
 ロイが笑った。
「カレーそのものも、なかなか良い出来だと思うし……、これでカレー王子の反応が楽しみだね。まあ、結果がどうあれ、ボクとしては、楽しい撮影ができて満足だった」
 こうして、ロイ・スパークランドの監督・プロデュースによるカレーと、宣伝フィルムが出来上がった。
 あとは封切りをまつばかりだ。
  
(了)

クリエイターコメントお待たせしてしまいました、カレー一丁……じゃなかった、『【カレークエスト】カレー・イン・フィルム』をお届けします。

毎回、シナリオには2号的な目標というか、トライしたいところというのがございまして、今回のそれはカレー・イン・フィルムならぬ「フィルム・イン・ノベル」。製作されたフィルムを、ノベルの中に表現したい、ということで。結果、みなさまのアイデアを統合しまして、あのような形になりましたです。

お楽しみいただけましたらさいわいです。
ではまた、銀幕市のどこかでお会いいたしましょう。
公開日時2008-08-18(月) 19:40
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