★ 聖なる夜の魔法 ★
<オープニング>

 綺麗な花があった。
 なんという花だったろうか。
 銀幕広場の一角に、ひっそりと。
 ただ一輪、咲いていた。

 見たことがあるものはいるだろうか?
 きっといる。
 触れたことのあるものはいるだろうか?
 きっといる。

 じゃあ。こうしよう。

 愛でたことがあるものはいるだろうか?
 どうだろう?

 もしかしたらいるかもしれない? じゃあ。これはどうだろう。

 この花を愛でる為だけに、銀幕広場へと足を運んだことのあるものはいるだろうか?
 きっと、いない。

 ――そんな、花だった。



 12月25日。クリスマス。時刻は2時。
 銀幕広場では煌びやかなクリスマスツリーが色とりどりの光を放ち、はらはらと舞う粉雪がその光と月の光を反射する。
 きらきらと舞い落ちる光は、まるで映画の中のような別世界。
 ムードを求めるカップルには最高のプレゼント。
 しかし、その世界を見ているものはひとりとていなかった。
 数時間前までは賑わっていたカップル達の姿も、友達同士ツリーを見に来た人達も誰も居なく。静寂の中、ただ光だけが舞っていた。
 そんな世界の中。ふっと浮かび上がるように現れた一つの影。
 すらりと伸びる影はどこか神秘的な印象を持ち、民族衣装のようにゆったりとした服の上からマントを羽織っている。
 光の世界の中でもはっきりと浮かぶ綺麗な金髪は首筋まで緩やかに流れる短髪。
 やや中世的な面持ちは、それでも男性だと分かる。
 静寂が支配する光の世界の中。男はその静寂を乱すことなくすらりと歩き、広場の一角へと歩を進める。
 そこには綺麗な花があった。
「こんばんは。僕を呼んだのは、君だね」
 男が花に話しかける。
「……そう。そうなんだ。うん」
 優しい目で、何度も頷く。
「うん。……愛? うん。そうだね」
 やがて男は頷くのをやめる。話が終わったのだろうか。
「君は、愛されたいんだね。それじゃあ僕が、君に魔法をかけてあげる」
 少しの間を置いて、男は続ける。
「これから君は、人間になる。効果は今日の間だけ、今日が終わると同時に、君は元の姿に戻ってしまうから気をつけて。それじゃあね。次に気が付いたとき、君は人間になっているよ」
 銀幕広場は相変わらずの静寂だった。
 気が付けば男の姿は無く、男が佇んでいた場所からも、綺麗な花が消えていた。変わりに、近くのベンチに横たわる少女の姿があった。



 12月25日。クリスマス。正午。
 きらりと太陽の光るお昼時。それでも吹く風の冷たい銀幕広場のベンチで、一人の少女が座っていた。
 セミロングの金髪は所々跳ねていて。黒い瞳を大きく見開いてキョロキョロと辺りをみまわしている。
 小柄な身体を包む服装は薄ブラウンのショートコートに淡い黄色のフレアスカート。マフラーや手袋の類はしておらずに、寒そうに手を合わせながらもベンチから動こうとしない。
 少女は動けないわけではなかった。しかし幾つかの想いから動きたくないと思っていた。
「ねぇねぇ。君、名前は?」
 不意に、一人の男が少女に話しかける。少女は瞬間的に嬉しそうにぱあっと顔を輝かせるが、一瞬返答に困って、少し考えてから答える。
「……スイ。っていいます」
「長いこと座ってるけど、誰か待ってるの?」
「はい。待っています」
「それって男? 女?」
 恐らく彼氏か友達かという意味で聞いたのだろう。しかし少女はその意を解さず、軽く考え込んだ後にニコニコ顔で答える。
「んー。両方。かな?」
「へー。そっか。それじゃーね」
 ナンパのつもりで声をかけたのだろう。しかし少女の仕草や返答で、そうするのをやめて男は去っていく。
 ちらり。と少女は綺麗な花があった場所を見る。
 じっ。と数秒間見た後、ゆっくりと目を閉じて、そのまま顔を戻す。そしてまたゆっくりと目を開け、にこりと微笑む。
 ほんの少しだけ、その笑顔はぎこちなかった。

種別名シナリオ 管理番号327
クリエイター依戒 アキラ(wmcm6125)
クリエイターコメントこんにちは。依戒 アキラです。
クリスマス関連シナリオのお届けにやってまいりました。

ええと、まず最初に注意事項を。
募集日数が通常よりも少なくなっています。
OP作成に手間取った私のせいです。ごめんなさい……。
本編のほうは25日の公開予定となります。

それでは続けて、シナリオの補足へ。

OPを12月の25日に起こった出来事して書いています。本編も25日の出来事となります。

皆様にしてほしいことは、
OP後から25日が終わるまでの間に、ほんの少しの時間だけでも構わないので、スイに構ってあげて欲しいのです。ふらりと立ち寄った広場、買い物の途中、どんな状況でもいいので、大まかな時間とどんな風に構ってもらえるのかをプレイングお願いします。
あ、でも勿論それ以外のどんなプレイングでもOKですので、好きに考えちゃってください。
しかしながら、魔法を使った男に関しては、恐らくはどのPL様とも接触しないものとして書く予定ですのでご注意を。

大まかなスイの願いとしては、
愛されることです。愛して欲しいと彼女は思っています。(一応書きますが、男女としての愛ではありません)
それと同時に、一番の願いというものも考えておりますので、お気づきになった方はプレイングしてくださると嬉しいです。

余談ではありますが、スイが人間になる前の花の種類も、設定としては用意してます。OPのなかのいくつかの情報から推測できるようにはしたつもりです。
その花の名前が分かったからといって大きく関係する訳ではないですが、多少、関係している部分もあったりします。が、分からなくても全然問題ない範疇ではあります。


それでは、興味が沸きましたら是非にご参加くださいませ。
素敵なプレイングを心よりお待ちしております。

参加者
レドメネランテ・スノウィス(caeb8622) ムービースター 男 12歳 氷雪の国の王子様
狼牙(ceth5272) ムービースター 女 5歳 学生? ペット?
ヴィディス バフィラン(ccnc4541) ムービースター 男 18歳 ギャリック海賊団
梛織(czne7359) ムービースター 男 19歳 万事屋
清本 橋三(cspb8275) ムービースター 男 40歳 用心棒
<ノベル>

 人気の無い銀幕広場。
 12月25日。クリスマスということもあり、人々は昼のツリーを見たくないためか、広場には数えるほどしか人が居ない。
 前日のイブの夜には歩けないほどに人が集まっていたというのに、人間というのは素直なものである。
 見物人の少ないクリスマスツリーは、それでも前日と同じように一生懸命キラキラと綺麗な光を放っている。
 そんなツリーを眺める少女が一人。片隅のベンチに座っていた。
 一夜だけの魔法によって人間の姿となったスイだ。
 正午の太陽は気持ちのいい光をおくってくれるが、12月の空気はその光も負けてしまうくらいに風が冷たい。薄ブラウンのショートコートに淡い黄色のフレアスカート。マフラーや手袋の類は無しという格好のスイにとっても、その風はやはり容赦ない。
 ふるふると小刻みに身体を震わすスイ。
 ちらりと左右を見回した後、ハイネックの襟を両手で掴み、口元まで中に入れてそっと目を閉じる。
 思い出すのは今朝の事。
 途端にスイはこころが暖かくなってくるのを感じる。


 その朝。うっすらと積もった雪に朝日がキラキラと反射する幻想的な朝を。ヴィディス バフィランは早朝の散歩にきていた。
 妙に愛嬌のあるドクロの模様が施された大きな帽子から垂れる髪はピンクがかった赤。髪の隙間から覗くのはアメジストを思わせる綺麗な紫の瞳。右目は眼帯をしており、色白で細身。端整な顔立ちが醸す雰囲気は、女性と言われても男性と言われても頷いてしまう。ちなみに男性である。
 一見して奇抜に見える服装は、次の瞬間には、ああ。と感嘆させる印象的な装いで、目にした者を魅了する。
 それもそのはず。ヴィディスは【仕立て屋のヴィディー】の名を持つデザイナーで、仕立て屋としての腕を試す為にこれまで様々なショーを総なめにしている程、天才的な感性をもっていた。さらには自らのブランドである【BIO】は知る人ぞ知る人気ブランドで、貴族に常客が多い。
 雪のかかったクリスマスツリーというのもいいものかな。と早朝の散歩、広場へと足を運んだヴィディスは、その一角のベンチにひっそりと座っているスイに目がいった。こんな時間にぽつんと座る少女。その顔がどこか寂しげで、ヴィディスは思わず声をかけた。
「よぉ。何してんだ?」
 途端にぱあっと顔を輝かせてヴィディスを見るスイ。理解しているのかいないのか、質問には答えないでにこにこ顔でヴィディスを見る。
 ヴィディスはスイの隣に座ろうと、ベンチの雪を掃った所で、スイの頭や肩、膝にもうっすらと雪がかかっていることに気が付く。
「雪、ついてるぜ?」
 とりあえずそれを教えて、どさりとスイの隣に座ってツリーを眺める。そしてツリーを眺めるヴィディスを、体ごと横を向いたスイがにこにこと見つめる。
「…………」
 にこにこ。
「………………」
 にこにこ。
「ったく」
 耐え切れなくなってヴィディスは立ち上がると、スイを向いてスイを立たせる。そしてスイにかかった雪を優しく掃っていく。されるがままでにこにこと、スイ。
「あんたいい匂いだな。綺麗な髪してる、帽子が似合いそうだ」
 髪にかかる雪を落として、ヴィディス。
 そのまま肩の雪を落としている時、スイの服装に改めて目がいく。
 パールホワイトのブラウスに、淡い黄色のフレアスカート。のみ。
 服を通しても伝わる肌の冷たさ。よく見ると小さく震えている。
「……寒くねぇの?」
「だいじょうぶ。です」
 小さな声で、でもはっきりとスイ。
 雪を掃い、スイを座らせてからもう一度隣に座るヴィディス。
「俺らの船のカフェに来るか?」
 団と船が丸ごと銀幕市に実体化したギャリック海賊団のクルーであるヴィディス。スイの答えはなんとなく予想していたものの、一応聞く。
 ふるふると首を振るスイに、やっぱりな。と思うヴィディス。この寒い中、こんな格好でここに留まるからには、それなりに理由があるのだろう。
「ったく。ちょっと待ってな」
 仕方ねぇな。とヴィディス。スイに待つようにいって歩いてきた道を駆け出した。

 紙袋を手に再び広場へと戻ってきたヴィディス。スイは同じベンチできょろきょろと辺りを見回しながら待っていた。
 ヴィディスを見つけ、ぱあっと顔を輝かせるスイに、ヴィディスは少しだけ微笑む。
「ほら。やるよ」
 そう言って、とん。と紙袋をスイの膝に置くヴィディス。驚いたように紙袋とヴィディスの顔を見比べた後、にこりとスイ。
 にこにこしたまま紙袋の中身を取り出そうとしないスイに、笑ってため息のヴィディス。だんだんとスイの性格が分かってきたようだ。
 ったく。と小さく呟いて立ち上がり、スイを立たせて紙袋の中身を取り出す。
 薄ブラウンのショートコートに白いザックリ編みのマフラー。それに手袋。
「あんたそのスカート似合ってるから、ショートコートのがいいだろ」
 言いながらヴィディスはスイにコートを着せ、マフラーを巻いてあげる。
 はてな顔でヴィディスの顔と自分の身体を見比べるスイ。最後に手袋をしてあげて、ヴィディスは言う。
「やるよ、服っていうのは誰かに着て貰う為に在るんだぜ?」
 にっ。と笑ったヴィディスを見て、スイの顔も輝く。
「ありがとう」
「帽子も。と思ったんだけど、あんたに似合いそうなのなくってな」
 ふるふる。とスイは小さく首を振った。

「でな。結局酔い潰れてそのまま寝ちまうんだぜ?」
 はははっ。と嬉しそうな笑顔で話すヴィディスを、スイはにこりと見ている。
「毎回毎回、部屋に運ぶ方の身にもなれってな。まったく」
 雑談に花を咲かせるヴィディスとスイ。主に話すのはヴィディスで、スイは殆ど聞き役。スイは語れるほどの思い出を大した持っていない。
「船、ボロボロのまま実体化しちまったから、修繕費の為に仕方なくカフェで働いてんだけど、この時期。Xmasで忙しいだろ? 大変でなあ」
 めまぐるしく、話題は変わっていく。
「でさ、ボロボロで航海どころじゃねーってのに。ギャリーはさ。あ、キャプテンな? 誰もキャプテンって呼ばねーけどな。ははっ。ボロボロの船なのに。実体化したのは、ここに伝説のお宝があるからだ! とか張り切って航海に出たがってさ。止めるの大変なのな」
 中でも、船長に関する事は、本当に嬉しそうな笑顔で話すヴィディス。それを見ていたスイはにこにこしたまま言う。
「好きなんですね。船長の事」
「――!?」
 一瞬止まり、すぐに口調を荒げるヴィディス。
「べっ、別にそんな――」
 そんなことは無い。と、繋がらなかった。代わりにははっ。と照れくさそうに笑う。
「……いいな」
 ぽつりと。スイ。歪な、笑顔だった。
 それは無意識の言葉だった。だけれど、それは願いだった。
 じっ。とスイを見るヴィディス。
「……あ」
 気が付いたように、スイは今までどおりの笑顔に戻ってヴィディスに次の話を要求する。
「もっと、聞かせてください。面白いこと」
 
 雑談は続き、時間はいつの間にか昼に差し掛かっていた。
 にわかに人が見え出したのに、ふと気が付いたヴィディスは何気なく時計を見た。
「っと。もうこんな時間かよ。悪りぃ。昼からカフェの仕事でな。そろそろ戻らねーと」
 瞬間。ほんの一瞬だけ、スイが悲しそうな顔をする。が、すぐに笑顔に戻って言う。
「うん。ありがとう……あ」
 ベンチから立ち上がるヴィディスに、思いついたようにスイも立ち上がる。スイはヴィディスに貰った手袋をはずし、そのままマフラーもほどく。
「ん? どうした?」
 そしてスイは手袋をしていなかったヴィディスの手に、その手袋をはめて、次はマフラーをしていないヴィディスの首にマフラーを巻こうと手を伸ばす。
「いや。あんたにやるって」
 ヴィディスの言葉に、スイはふるふると首を振って答える。
「無いと、寒いです」
 寒いからあげたんだけどな。ヴィディスはそう思ったが、口には出さなかった。きっと言っても受け取ろうとしないだろう。それならスイの気持ちに水を差さない方がいい。と考えたのだ。コートだけでも、あると随分違うだろうし。
 さっきヴィディスに巻いて貰ったのを思い出し、真似してヴィディスの首にマフラーを巻いていたスイだが、どうにもぐちゃぐちゃになってしまう。
 ようやっと巻き終わって嬉しそうな笑顔で笑ったスイだったが、とてもじゃないが見栄えがいいとは言えない状態だった。それでもヴィディスは笑顔で言った。
「ありがとな。それじゃ、またな」
 そのままマフラーを直すことなく歩いていくヴィディス。にこにこと笑顔で見送ったスイは、ヴィディスが完全に見えなくなった後に嬉しそうに呟いた。
「またな。だって」
 思わず、含み笑い。
「んふふっ。またな。だって」
 再度、嬉しそうに呟く。
 それは、強く。強く。どうしようもないほどに強く。スイが望んでいた言葉だった。


 ほんのさっきまでの出来事を思い出し、スイは含み笑いをする。
 またな。
 またな。
 その言葉ばかりがこころの中でこだまして、嬉しくなる。
 またな。
 またな。
「んふふっ」
 閉じていた目を開けると、しばらくの間閉じたままだったせいか、太陽の光が眩しく、目を細める。徐々に慣らしていき、あたりを観察するスイ。きょろきょろとしていた顔が、急に定まる。その視線の先には一匹の犬がいた。
 しかしそれはただの犬ではない。
 灰銀と白。立派な毛並みのシベリアンハスキー。学園ホラーアクション映画『GRIM 〜妖霊学園怪奇録〜』シリーズでお馴染みの、喋るシベリアンハスキーの狼牙であった。
 フリスビーを咥えて銀幕広場を歩く狼牙。遊び相手を探しながら散歩している最中だった。
 じっ。と狼牙の挙動を見つめるスイ。その視線を感じたのか、狼牙が立ち止まってスイを見る。
 時間にして恐らく二秒程度。お互いに見つめあった後、小走りで狼牙がスイに近づく。
 ふりふりと尻尾を振りながらスイに近づき、ベンチにフリスビーを置いて狼牙が言う。
「ウォッ、ねーちゃんそんな格好でじっとしてて寒くねーのか?」
 撫でようと思っていたスイは、狼牙が喋りだしたことにびくりとして驚く。が、すぐに自分の存在を思い出して少し含み笑い。花だった自分がこうして人間の姿でいるんだ。喋る犬がいたって、全然不思議じゃない。
「だいじょうぶ。ですよ」
 答えたスイに、感心したように狼牙が言う。
「そっか、そういやこどもはタケノコだから寒くてもへっちゃらってばっちゃんが言ってたな」
 恐らくは風の子。と言いたいのだろう。隕石を呑み込んでしまったことにより、あらゆる言語を聞いたり話したりできる狼牙だが、様々な場所から覚えたその言葉や知識には、非常に心許ないものがあった。
 一方スイも、それほど多くの言葉を知っている訳ではない。花の頃の記憶にある、広場で交される日常会話や挨拶といったもの程度しか知らないスイ。タケノコ? タケノコ。とはてな顔で呟く。
「なーな、ねーちゃん。へっちゃらでも少しは寒いよな? おれとグリズリーやろーぜっ。あったまんには体動かすのが一番だかんな」
 言ってから、置いておいたフリスビーを一度咥えてスイの膝の上に置く。
「ぐり、ずりー?」
 膝に置かれたフリスビーを持ち上げてスイ。普通なら気が付くだろうことであったが、スイはフリスビーの存在すらはじめて見るものであった。
「オゥッ!? グリズリーしらねーの? 教えるからやろーぜっ。楽しいぞ」
 フリスビーを持ち上げたりして色々な角度から眺めていたスイ。尻尾を振りながらの狼牙の言葉に嬉しそうに返事する。
「うん」
「いいのかっ!? これでおれとねーちゃんはオオガチだな!」
 友達。と言いたいのだろう。狼牙は嬉しそうに言う。
「おお勝ち?」
「オオガチは大切だってばっちゃんが言ってた。よし! グリズリー教えるからねーちゃんそこに立っててくれ」
 言われたとおりに立ち上がるスイ。それを見て狼牙が距離を取る。
「そのグリズリーをおれに向かって投げてくれ。それをおれが取って、今度はねーちゃんに投げ返すから」
 理解はしたが、投げるのを躊躇するスイ。その様子を見て狼牙が言う。
「おもっきり投げてもいーぞ。どこに飛んでもおれ取れるから」
 それを聞いて安心したのか、スイはフリスビーを投げた。
 ――ガツン。
 が、スイの手から放たれたそれはすぐに地面に当たった。何故ならば、スイは円盤状のそれを縦にしたまま投げてしまったからだ。
「オゥッ」
 地面にぶつかってあらぬ方向へ飛んでいってしまったフリスビーを、狼牙が追いかけてキャッチする。狼牙はそれを一度地面に置き、スイに向かって言う。
「横にして投げるとうまく飛ぶぞ」
 そういってフリスビーを咥え、首と身体を器用に使ってフリスビーを投げる。投げてもらうのを取るのも大好きな狼牙だが、自分で投げることも出来るのだ。
 狼牙が投げたフリスビーは、緩やかな円を描くようにスイの胸あたりに向かって絶妙なコントロールで飛ぶ。両手を使ってキャッチするスイ。上手に取れたのが嬉しかったのか、狼牙に見せるように両手を前に出して微笑む。
「ねーちゃんなかなか巧いな」
 90%以上は狼牙のコントロールによるものだったが、狼牙も嬉しそうに言う。
「んっ」
 今度は円盤を横にして投げるスイ。さっきよりは大分ましなものの、それでも狼牙の居る場所とは見当違いな方向へと飛んでいく。
 それでも素早く移動して華麗なジャンプを見せてキャッチする狼牙。それをまたスイに向かって投げる。
 回数を重ねるごとに、思い通りの方向に投げれるようになってきたスイ。狼牙も、3回に1回くらい、スイが2〜3歩動かないと取れないような場所へとあえて投げる。
「どーだねーちゃん。グリズリー楽しいだろ?」
「楽しいですねー!」
 尻尾を振りながらの狼牙の言葉に、スイは笑顔で答える。
 しかし体力のないスイ。運動量はそんなに多くないのに、15分くらいで肩で息をしはじめる。
「ねーちゃん疲れたか? でもあったまったろ?」
 フリスビーをベンチに置いて、自分も座る狼牙。それを見てスイもベンチに座る。
「ふぅ……。楽しいですね。ぐりずりー」
 にこにこと、スイ。
「少し休んだらまたやろーぜっ。あ、そーだ。おれ、一度帰らないといけないんだった」
 昼過ぎに少し用事があったのを思い出して、狼牙。途端に悲しそうな顔のスイ。
「ねーちゃんずっとここにいるのか?」
 言いながら、くんくんとスイの匂いを覚える狼牙。
「ここにいると、思います」
「まーいいや。ねーちゃんの匂い覚えたから。あれ……? でもこの匂いどっかで」
 言いかけた狼牙だったが、まーいいや。と言って広場から駆け出した。


 彫りの深い顔にぼさぼさの長髪。睨み付けるように前を見据えた視線に黒の着流し。足元には草履。
 誰が見ても手練れの浪人を思わせる男、清本 橋三(キヨモト ハシゾウ)は大きな紙袋を抱えて銀幕広場を歩いていた。
 クリスマスにはケーキを沢山食べれる。と、風の噂で聞いた清本は、実は結構な甘味好き。散歩がてら、ケーキを求めて街を歩いていたところだった。
 手にした紙袋は、貰い物。
 ありとあらゆる時代劇に出演している、名『斬られ役』のムービースターである清本。この言い方をしたのは、似たような出演映画が多すぎて、本人さえも、自分がどの映画から実体化した自分かが分からない状態だからだ。
 とりあえず、そんな数多の『斬られ役』を演じてきた清本。映画の街である銀幕市には、彼のファンが、多いとはいえないが、いる。しかし、決して数として多いとは言えない清本のファン達は、揃って熱狂的。清本が実体化したからという理由で、銀幕市に越してきた者もいるほどだ。
 そのファンの一人から貰った大量の焼き芋。甘いといえば、まぁ甘いのだが、好きといえば、まぁ好きなのだが。ケーキを求めて街へと繰り出した清本は、微妙な気持ちで歩いていた。
 そんな中、ベンチに座って寂しげな顔をしているスイが、清本の目に映った。
 嬉しそうにきょろきょろと辺りを見回して、寂しげに顔を伏せる。大した時間が経たない内に、また期待に満ちた顔できょろきょろと辺りを見回す。そして寂しげに顔を伏せる。そんな動作を何度も繰り返しているスイに、清本は興味を抱き、近づいていく。
「寒空、その格好では凍えるであろう。……喰うか?」
 紙袋の口をあけ、スイに差し出す清本。スイが嬉しそうな顔で伏せていた顔を上げる。
 清本の問いかけにはふるふると首を振り、じっ。と見つめる。
「遠慮せずともよい。貰い物だ。俺だけじゃ喰いきれん」
 ゆるりと流れるような動作で清本はスイの隣に座り、紙袋の中から新聞紙に包まれた焼き芋を一つ取ってスイに差し出す。隣に座った清本に身体を向け、少しの間、じっと見ていたスイだったが、ほれ。と近づけた清本の行動に、その焼き芋を受け取る。
「――っ!」
 受け取った瞬間。熱さに焼き芋を落としてしまうスイ。地面に落ちる前に、清本が巧く掴んで小さく笑いながら言う。
「これは相すまぬ。少し熱かったようだ」
 言いながら、紙袋の上のほうを破って、焼き芋の新聞紙の上からさらに二重に巻く。
「これなら大丈夫であろう」
 そういってもう一度スイに渡す。
 スイは今度は、受け取る前に一度触れてみて、大丈夫そうだと確かめてから受け取った。
 それを見て清本も紙袋から自分の分を取り出して、真ん中から二つに割って食べ始める。
「うむ。なかなかに」
 清本の動作を見ていたスイ。自分も真似して真ん中から二つに折ろうと力を入れるが、ピクリともしない。
 それを見ていた清本が手を添えて助け舟を出す。嬉しそうにスイ。片方を口に持っていき、一口食べる。
「おいし、です」
 熱くて巧く喋れず、スイ。それを見た清本が僅かに口元を緩める。
「そうか。それはなによりだ」
 黙って食べる二人。
「誰かを、待っておるのか?」
 清本の不意の言葉に、スイの動きが止まる。下げていた顔をゆっくりと上げ、答える。
「はい。待っています」
「……そうか」
 そう呟いて焼き芋を口に運ぶ清本に、スイも再び食べ始める。
 無言で食べる二人。清本が二つ目を取り出した時、ようやく三分の一ほどを食べたスイが喋りだす。
「愛してくれる人を、待っているんです」
 何かを思い出したように嬉しそうな顔で話すスイ。無言の清本になおも続ける。
「いっぱい。いっぱい。愛して欲しいんです」
「……そうか」
 新たに取り出した焼き芋を二つに割って清本。それを食べ始める。
 二つに割った半分を食べたところで、清本は口を開いた。
「百人が百人振り向いてくれることを望むのか?」
 その言葉に、スイはじっ。と清本を見る。
 どの映画でも、決して目立った役柄ではない清本。いつも斬られて画面から消える脇役。ぽつんと、片隅に。そんな存在。
 スイと似た存在。だが、清本は言った。
「百人が百人、振り向いてくれなくたって構わない。たった一人。何処かの誰かが見ていてくれる。覚えていてくれる。そう信じるだけで、寂しくないものだぞ」
 目を閉じ、口元を緩め。清本。
 清本は信じていた。
 あの侍をもう一度!
 誰かのそんな想いが、自分をこの街に呼び寄せたのだ。と。
 ゆっくりと目を開け、スイを見る清本。
 自分を見る無垢な瞳。所々跳ねたセミロングの金髪。ショートコートから伸びるふんわりとした淡い黄色のフレアスカート。
 不意に、ある花とスイの姿が重なる。綺麗な黄色の花を咲かせるあの花。花言葉は確か……。
 それを思い出して、清本は苦笑する。どうして急にこんなことが頭に浮かんだのか。
 それでも。
 もしもこれが意味のあることだとしたら。転じる願いは。スイの願いは。
 二つに折った半分の焼き芋を、清本は紙袋に戻して立ち上がる。ようやく半分を食べ終えたスイがはてな顔で清本を見る。
「それでも不満ならば俺が覚えておこう……この日この場所で共にイモを囓った、妙な娘御が居たことをな」
 言いながら、去っていく清本。
 呆然と。スイはその後姿を見ていた。
「ぁ……ぁ…………」
 言いたい想いは言葉にならず。伝えたい言葉は口を出ず。
「ぁぁ……ぁ…………」
 泣きそうになりながら。懸命に堪えながら。
 スイは、清本を、見ていた。


「えへへ」
 嬉しそうに、首に巻いたマフラーに手で触れながら歩いている少年がいた。
 そばかす浮かぶ雪のように白い肌に透き通るブルーの瞳は垂れ気味。唇はぽってりと印象的。ふわふわの髪は白に近い青。髪の色に近い色のマフラーにフード付きパーカー。さらには短パンにオーバーニー。スイに負けないくらい寒そうな服装の少年だが、そんな素振りは微塵も見せずに嬉しそうに歩いている。
 それもそのはず。少年の名前はレン(レドメネランテ・スノウィス)。『星に至る道』という映画から実体化したムービースター。氷雪の国の王子様だった。
 幸せそうな顔で歩くレン。生活費で辛いはずの同居人が、余裕が出てきたから、と買ってくれたマフラーを身につけ、お気に入りの海辺へ向かう前に、兄と慕う大好きな人の家へとクリスマスプレゼントを届けようとしていた所だった。つまりはいいこと尽くしな訳である。幸せな顔をするなというのが無理な話だ。
「わぁぁ」
 広場を横切るとき、大きなツリーを見上げるレン。その時、ツリーの隙間から見えた先に、ぽつんとベンチに座っている少女を見た。スイだ。
 夕方に差し掛かった時刻。広場にはちらほらと人が集まり始めていた。それなのに、レンは何故かスイだけが気になった。スイの表情。仕草。周りの空気。なんだかとても、寂しそう。
 レンがスイを見てそう感じたとき、ツリーを挟んだレンとスイの目が合う。
 にこり。と笑顔のレンに、スイもにこり。レンはツリーを回ってスイのところへ行き、話しかける。
「誰か待ってるの?」
「待っている……と、思います」
 訊ねるレンに、歯切れの悪い言葉でスイ。
 強い。喜びのせいだ。
 あんなにも大きくて目立つツリーを前に、自分に気がついてくれた。自分の所へと来てくれた。
「一人で待ってるのは寂しいでしょ? 一緒に待ってあげるよ。あ、これ貸してあげる」
 にっこりと笑って隣に座るレン。途中、小さく震えているスイに気が付いて自分のマフラーをスイに巻く。
 大切なマフラーも、お気に入りの海辺も、大好きな兄へのプレゼントも。全て後になってしまうというのに。屈託無い笑みで、レンはにっこりとスイに笑いかけた。
「ありがとう」
 マフラーに触れて、スイ。
 あったかい。こんなにも。
 にこにこと、身体ごとレンを向いて座るスイ。
 ベンチに座り、ぶらぶらと足を揺らすレン。気がついたようにスイを見て、にっこり。
「あ、ボクはレドメネランテ・スノウィス」
「レドメ……ネ、スノ…………」
 繰り返そうと試みるスイだが、途中で分からなくなってしょんぼりとレンを見る。
「ふふ。レンでいいよ」
「私は、スイ。っていいます」
 含み笑いのレンに、スイも返す。
「スイ……そっか」
 ぽつりと、聞こえないくらい小さく呟くレン。
 はらりと。落ちてきた雪に二人は空を見る。
「雪……」
 暮れてきた辺りを、ツリーの光が照らす。何層もの光が作る光の階段。
「そうだっ!」
 急に立ち上がったレンに、スイはびくりとしてレンに視線を戻す。
「えへへ。ちょっと待ってて。ちょっとだけ!」
 にっこり笑顔で、スイにそういった後、レンは駆け出す。
 広場から聖林通りへと出て、目的の場所へと急ぐレン。普段以上の人込みにぶつかりそうになりながらも、なんとか目的の場所へと辿り着く。
 レンがよく行く雑貨ショップ。店が閉まる前にと、急いできた甲斐あって、店はまだ閉まってなかった。


 暮れる日をぼんやりと見ながら、梛織は歩いていた。
 吹きさらす冷風に黒い髪がさらさらと揺れ、ぶるりとその身を震わせる。
 お気に入りの片足出しチノパンは今日はお休みで、両足とも出ない普通のタイプ。いつもの黒ジャケットの上に、着膨れしないオーバーコートは暗青色、マフラーという結構な装備でも、雪降る日の冷風はこたえるものだ。ちなみに手袋はしない主義。
 でもまあ。今日くらいはこんな天気でも喜ぶ人の方が多いだろうな。
 そんなことを考えながら、梛織は飾られたツリーでも見ようと銀幕広場へと向かっていた。
 普段の倍くらいの人込みに、やんわりと苦笑しながら進む梛織。
「ぉ」
 小さく呟いて、意識していないと少しばかり鋭い目が、途端にデレッとしたものに変わる。端的に言うと、極端に目尻が下がる。
 梛織の銀の瞳が捉えた人物。言わずもがな、レンである。
 今すぐにでも駆け寄って抱きしめたい衝動に駆られた梛織だったが、急くように何処かへ向かうレンを見て、ちょっとだけいたずら心が芽生える。
「何をそんなに急いでいるんだ〜? れぇん」
 ダダ甘な声で小さく呟き、レンを追う梛織。
 気がつかずに、レンは雑貨ショップへと入っていく。その姿をショーウィンドウ越しに見ている梛織。レンは目星をつけていたのか、一直線にどこかのコーナーに向かって商品を手に取り、購入する。どうやら包装してもらっているようだ。
 まさか……まさか。
 はやる鼓動を感じる梛織。まさか、あれは、自分の為に。そうに違いない。きっとレンは今から事務所へと行き、嬉しそうににっこりと笑って自分にあのプレゼントを差し出すんだ。
 なんて甲斐甲斐しいんだ。ああもう可愛くてたまらない。
 抱きしめたい気持ちを強引に押し込む梛織。どうせなら直前まで黙ってすこし脅かしてやろう。と。
 店を出てにっこり顔で駆け出すレンを、再び追う梛織。
 広場へと向かうレン。ぱたぱたと駆けていくその足で向かうのは隅のほうのベンチ。そのベンチには、一人の少女がいた。スイだ。
 レンを確認して、嬉しそうにぱあっと顔を輝かすスイを見て、梛織のこころに暗雲が立ちこめる。
 にっこり笑顔でスイの隣に座るレン。
「嘘……だろ?」
 ハンマーで頭を。いや、脳を直接叩かれたような衝撃でふらふらと地面に膝をつく梛織。
「ででっで、で、デート、のはず無いよな? 嘘だよな? 夢……夢。悪い夢だな……はは……は、は」
 あれ? そういえば、最近レンはマフラーを買ってもらうとか嬉しそうに言ってなかっただろうか? 
 あれ? レンの隣の少女の首に巻かれているマフラー。レンの髪の色に似た綺麗な藍白。きっとレンにはよく似合う。
 あれ? おかしいな? なんか俺、泣きそう。
 落ちていく梛織。決め手とばかりに、レンは先ほど買ったプレゼントの箱をスイに渡した。
 呆然と。梛織は見ていた。

「はい、これ。今日はクリマススなんだよ」
 にっこり笑顔でスイにプレゼントを渡すレン。ちなみに舌をかんだ訳ではない。銀幕市に来るまでクリスマスの習慣が無かったレン。間違えてクリマススと覚えてしまって以来、名前が間違っている事に気がついていないのだ。
「くり、ますす?」
 首をかしげて返すスイ。クリスマスという単語は知っていたが、意味を知らなかったスイは、クリマススがクリスマスのいい間違いだとは気がつかなかった。
「うん! クリマススはね。大切な人にプレゼントをあげる日なんだよ」
「え……」
 レンの言葉に、ふいに言葉が漏れるスイ。
 大切な人。
 じっ。と、貰ったプレゼントを見つめる。涙が出そうになる。
 それでも笑顔で。スイはお礼を言った。
「ありがとう」
 開けてみて。というレンの言葉に丁寧に包装を解いていくスイ。中にあったのは、綺麗なクリスタルのオーナメント。雪の結晶を模した形で、角度を変えるたびにツリーの光がキラキラと反射して綺麗に光る。
「わぁ……」
 嬉しそうに、様々な角度から見るスイ。その様子を見ているレンも嬉しそうな笑顔。
「光が、綺麗」
「うん。綺麗だね。あ! もしかしたら」
 スイの言葉に頷くレン。気がついたように続ける。
「えい!」
 レンの掛け声と共に二人が座るベンチの手すりに、手のひらくらいの大きさの氷の結晶の形の氷が出てくる。レンが魔法で出したのだ。それはオーナメントと同じように、キラキラと光を反射して綺麗に光る。
「わぁぁぁ……」
 目を輝かせてスイ。
 その後も他愛の無い話をしたり、レンはスイを笑顔にする。

 プレゼントで最大のダメージを受けてふらふらとしていた梛織だったが、レンが氷を出したり、間を埋めるように話し続ける姿を見て、段々と気がついてくる。
 もしかしたら、レンは。
 その想いが徐々に確信に近くなるにつれて、梛織が受けていたダメージやショックが喜びに変わっていく。
 レンの優しさ。それが梛織には嬉しかった。
「さて。俺も行きますか」
 呟いて二人が座っているベンチへと歩いていく梛織。
 途中。レンが梛織に気付いて立ち上がる。
「あ、お兄ちゃん!」
 言いながら駆け寄って、ぎゅうっと抱きつく。
「よう。レン」
 言いながら、途端に顔がでれっとしたそれに変わる。
「後でお兄ちゃんの家に行こうと思ってたんだよ」
「ああ。分かってるよ。えらいな、レンは」
 レンの言葉に、その頭を撫でながら梛織。
「あ、そうだ! お兄ちゃんにクリマススプレゼント!」
 一旦離れて、梛織にプレゼントを渡すレン。
「おお! クリマススプレゼントか。俺にくれるのか。ありがとう。可愛いなぁレンは」
 ちゃんとクリマススという辺りは流石である。
「えへへ」
 頭を撫でられて嬉しそうににっこりと笑うレン。
「開けていいのか?」
「うん。もちろんだよ!」
 中身を見る梛織。中からは金と銀の星が複数繋がり輪にしてる先に青い雫形のビーズの付いたストラップ。
「えへへ。お揃いなんだよ」
 自分のを取り出して梛織に見せるレン。梛織はあまりの嬉しさにどうしようもないくらい顔が緩む。
 二人を見るスイ。その視線が梛織と合う。
「ところで、こちらの可愛いお嬢さんは、レンの知り合いか?」
 にっ。とスイに笑いかけて、梛織は言う。
「うん! スイさん。誰かを待ってる、んだよね?」
 途中まで言い、確認するレン。はい。とスイが答える。
「ん。なるほどな。それじゃあスイ嬢。俺も一緒に待ってていいかな?」
 優しい声で話しかけた梛織に、スイは笑顔で答える。
「ありがとう」
「よーし。決まり。それじゃあなんか、遊びながら待とうぜ」
 言いながらコートを脱ぎ、スイにかける梛織。
「あ……」
「寒いだろ? 俺、平気だからさ」
 言いかけたスイに、ウインクして梛織。次はマフラーを外してレンの首に巻く。
「レンはこっちな。自分の貸してあげたんだろ? えらいな」
 優しく頭を撫でながら梛織。
「このマフラー。お兄ちゃんの匂いする。えへへ」
 嬉しそうにレン。
「あ、まだ名乗ってなかったな。俺は梛織」
 スイを挟んで左右にレンと梛織が座り、梛織が自己紹介する。
「なお……」
「あ、ちなみにおじさん禁止な。敏感な年頃だから、梛織さん。とか梛織お兄ちゃん。とかで」
 言いかけたスイに、梛織が笑いながら付け加える。
「あは。なおさん」
「うん。素直でいい子だ」
 優しくスイの頭を撫でる梛織。にこにこ顔のスイ。
 それを見て梛織はほっとする。
 さっきの梛織とレンとのやり取りの時、二人を笑顔で見ていたスイ。その笑顔に少しだけ翳りがあったのを、梛織は気がついていた。
 万事屋という職業の梛織。スイのような子を相手にすることは沢山あった。その経験から、そのくらいの年頃の子どもが抱えている寂しさ。求めている温かさというのを、梛織は無自覚に知っていた。
「スイ嬢はなにかしたい事あるか?」
 まるで休日の父親が自分の子どもに言うみたいに、何気なく梛織が言う。
 しばし考えるスイ。顔を大きく動かしながら考えて。
「ぐりずりー!」
 嬉しそうに答えた。
「グリズリー!?!?」
 流石の梛織も、予想外の答えに驚く。
「ぐりずりー? って、何?」
 きょとん顔でレン。
「えっとぉ……生物としては知ってるんだけど、遊びとしては……」
 自分から聞いた手前、出来ないとは言えないだとか、レンの質問に答えてあげたいとか様々な感情が渦巻いて、脳みそをフル稼働して答えを導き出す梛織。
 まず。グリズリーは灰色熊。ヒグマの事だよな。それだけのヒントで導き出せる遊び。
 可能性一。いわゆる、グリズリーになりきって遊ぶ。この場合、グリズリー以外を演じるのは仲間グリズリーなのか森の動物なのかはたまた人間なのか? 人間ならば争う様を演じるのだろうか? 
 可能性二。グリズリーと聞いて思い描くのは鮭。つまり川に入って鮭を取るのだろうか? いや、流石にそれは考えにくい。と、いうことは、釣り? だろうか?
 可能性三。単純にグリズリーを見たい。つまりは動物園に行きたい。
 そこまで考えて、可能性三が最も正解に近いであろうと梛織は結論に至る。と、いうか、それ以外だとちょっと嫌だ。
「あ、ああ。いいね。んじゃ、行きますか」
 立ち上がって言う梛織。その言葉に嬉しそうにぴょんと立ち上がるスイ。不思議そうに二人を見ながらレンも立ち上がる。嬉しそうに立ち上がったスイを見て、ふう。と安堵する梛織。どうやら当たっていたみたいだ。と。
「グリズリーってのはだな。レン」
 そして意気揚々とレンに説明しようとした時、スイが大きな声をあげた。
「――! ぐりずりー!」
「ちょっ、え!?」
 驚きに梛織。一応スイの視線の先を見てみるが、グリズリーはいない。変わりにいたのは一匹のシベリアンハスキー。いや。狼牙だ。梛織は以前、一緒に依頼を受けた狼牙を知っていた。
「ごめんなねーちゃん。遅くなっちゃって。ってウォッ、沢山ふえてるな! みんなでグリズリーやろうぜグリズリーっ!」
 尻尾をぱたぱたと振りながら言う狼牙。その言葉を聞いて梛織はさらに混乱する。
 おかしい。会話的におかしい。これは恐らく動物園ではい。と、すると。なんだろう? ヒントは増えた。第一にグリズリーという遊びであること。第二に人数が増えても問題なくできるということ。関連性はあるか不明だが、スイが狼牙を見てグリズリーと言ったことも頭に入れておきたい。と、なると。
 可能性一。グリズリーとは……。
 そこまで考えて、梛織の頭はストップする。何故なら、狼牙の咥えているフリスビーに目がいったからだ。
 一瞬で理解する梛織。はぁ。と小さくため息を吐いて苦笑する。
「グリズリーってのはだな。レン」
 とりあえず説明。レンは目を輝かせて聞いている。
「一般的にフライングディスク、またはフリスビーと呼ばれる競技でだな。円盤状のディスクを回転させて投げる遊びで……」
 人差し指を立てて説明する梛織。うん。うん。と嬉しそうに聞き入るレン。
「レン……お前、いい子だなぁ…………」
 説明を終えた後、レンの頭を撫でながらしみじみと言う梛織。レンはきょとんと梛織を見るが、撫でられたのが嬉しいのか笑顔でえへへと笑った。

 それから四人は、すっかり日も落ちた銀幕広場の片隅で、ツリーの光を明かりにフリスビーをはじめた。ツリーを見に来た人々は、四人のいる片隅までこないので、場所的には問題なく遊べた。
 最初は四人で順番に回していたりしたのだが、そのうちにランダムに投げ始めたり、物足りなそうな狼牙に梛織が結構容赦ない軌道で投げたり。フリスビーを見ながら追っていたレンが壁にぶつかったりと。
 雑談しては遊び、雑談しては遊びを繰り返し、いつの間にか、時計は夜の九時を指してた。
 ちらりと広場の時計を見上げたスイ。それに気がついた狼牙が寂しそうに言う。
「もーこんな時間か。ねーちゃん明日もここにいるのか?」
 その言葉に、スイは顔を伏せる。
「待ち人、来ないな」
 梛織が呟く。
 待ち人は、来た。
 スイが待っていたのは、愛してくれる誰か。
 来た。五人も。
 知ってしまった。愛されることを。
 それでも、スイに残された時間は僅か三時間。
 意識した途端。スイのこころに悲しさが溢れた。
 涙が、伝う。イルミネーションの光を受けてきらりと光った涙に、三人は言葉を失う。
「来たんです。待ち人」
 言葉にしてしまったら、嘘みたいに涙が止められなくなって。スイは泣き出す。
 望んだのは、自分。
 初めから失うと分っていた。たとえ誰かが愛してくれたとしても。自分はまた花に戻らなければならないというのは分っていた。
 それでも、考えもしなかった。
 一度貰った愛を手放すのが、こんなにも辛いことだなんて。
 結果。耐えられなくなったスイは。
 ――逃げ出した。


 泣きながら走り出したスイを、梛織と狼牙は瞬間的に追いかけた。が。
「――こないでくださいっ!!」
 悲痛な。あまりにも悲痛な叫び声に、足が止まった。
 辺りの人々が何事だと騒ぎ出し、その合間を縫うようにスイは走っていく。
「お兄ちゃんっ!」
 レンが叫ぶ。
「ああ。分ってる!」
 梛織が再び追いかける。
 狼牙はスイに嫌われてしまったのかと思い、しょんぼりとベンチに行く。フリスビーで遊ぶ為に脱いだ梛織のコートとレンのマフラーが置かれているのを悲しげに見つめる。
「ねーちゃん。グリズリー嫌だったのかな」
 悲しそうに呟く狼牙に、レンが声をかける。
「そんなことないよ。絶対に、だって。スイさんが待っていたのは……」
 優しいレンの言葉に。狼牙が心配そうに返す。
「ほんとーか? おれ。ねーちゃんに嫌われてないのか?」
「うん。お兄ちゃんがスイさんを見つけてくれるから。もう一回話そう」
「ねーちゃんの居場所なら、おれ匂いで分るぞ!」
 復活して元気よく言う狼牙に、小さく首を振ってレンが答える。
「ううん。きっと違うところに着いちゃう。スイさんの匂い。ボクも知ってるから」


「くそっ」
 人の多さに、梛織は小さく毒づく。
 小柄な身体でするすると人の波を抜けていったスイを、梛織は完全に見失っていた。
「くそっ」
 もう一度毒づく。今度は自分に対してだ。
 なんで足を止めた。なんでもっと早くにスイが待っている誰かを気がつかなかった。
 引越し? 病気? 何故かは分らないけど恐らくスイには時間が無い。
 梛織がそれに気がついたのは、スイの涙を見た瞬間だった。
 喜びと悲しみと、恐怖と。すべてが混ざり合った涙。
 求めていたのは愛。最初から分っていた。
「あー、っくしょう。もうどうなったって知らねぇ」
 一応宣言してから、梛織は広場の大きなモミのツリーの枝に飛び乗る。その行動に、ざわめきが一際大きくなる。
 次々と上の枝に飛び乗り、かなりの高さまで来たところでスイの走っていった方向を見る。一瞬だけ、ずっと先の角を曲がった黄色のフレアスカートが視界に入る。
「もうあんなとこまで」
 悠長に降りている時間は無いと判断し、かなりの高さから飛び降りる梛織。下から見ていた人達は叫び声をあげて場所を開ける。
 着地の瞬間に足を曲げ、そのまま転がって衝撃を逃がす。それでも痛いのには変わりないが、そんなこと言っている場合じゃない。すぐにスイの方向へと走る。好都合なことに、人目を引いた梛織の行動に通行人が道を開ける。
 全力で走り、角を曲がって見回す。
 呆然。
 曲がった先も、人込みでいっぱいだった。


 スイは泣いていた。
 涙が止まらなかった。
 嘘みたいな嬉しさは。嘘みたいな悲しさに変わり。
 みんなの顔を思い出すたびに、悲しくて。
「こんなことになるならっ――」
 思わず、叫ぶ。辺りには誰もいない。
 それもそのはず。小さな公園。土管のような筒状の遊具の中にスイは座っていた。
「ぅぅっ……うあぁ」
 次から次と頭をよぎる顔。愛してくれた人達の顔。
 思いたくなくても思ってしまう。だからスイは泣き続ける。
「人間にしてなんて、頼まなければよかった」
 嫌だ。嫌だ。嫌だ。戻りたくない。花に戻りたくない。
 想いは、強くスイのこころを蝕む。
「なんだぁ。かくれんぼでもしたかったのか?」
 声が、響いた。
 伏せていた顔を上げたスイ。筒の周りに手をかけて、肩で息をしているその人。月明かりに、その顔が見えた。
 梛織だった。
 溢れる想いに。スイはまた泣きじゃくる。
「ほら」
 泣き声にやさしく入ってくるように、その声は自然とスイに届いた。
 涙を拭いて声のほうを見るスイ。
 差し伸ばされた手があった。
「たとえ。お前がどっかにいかなくちゃならないとしても」
 はっとする、スイ。梛織は続ける。
「これからは何処にいたって隠れたって見つけ出してやるよ」
 にっ。と笑顔で。
「なら、一人じゃないだろ?」
 悲しみも、寂しさも。全部忘れるくらい。
 スイは強く感じた。
 だいじょうぶだって。
 だからスイは。
 その手を、強く、掴んだ。


 走って泣いて疲れ果てたスイをおぶって梛織は広場へと戻った。
 笑顔で迎えてくれたレンと狼牙に、スイは謝る。
「心配かけて。ごめんなさい」
「気にしないでいいよ」
 にっこりとレン。
「心配するのがオオガチの役割だって、ばっちゃんが言ってた」
 と、狼牙。友達だから気にしないでいいって言いたいのだろう。
「ありがとう」
 その様子を。清本が遠巻きに見ていた。
 一度は帰った清本だったが、まだ広場で一人、座っているのではないか。と、どうにも心配になって来てみたのだった。
「あれなら、大丈夫そうだな」
 ふっ。と笑って清本は去っていく。
 その後、しばらく話をした後、11時になる前にスイは皆を帰らした。
 最後まで残るといって聞かなかったレンも。
 だいじょうぶ。と笑顔でいったスイを見て、納得した。
「……もう一度愛して欲しい」
 レンの別れ際の言葉に、スイははっとしてレンを見る。
 図書館で見たの。と言って、レンは続けた。
「だってね、きみから、あの花の香りがしたんだ」
 それは、花言葉だった。
「君に会う為に何度だって来るよ。本当だよ」
「……うん!」
 レンの言葉に、スイは元気よく頷いた。


 11時半を過ぎ、はらはらと雪降る中。スイは一人、終わりの時を待っていた。
 がやがやとツリーを眺めに来た人々は、誰一人スイに目を向けるものはいない。
 それでもスイは、笑顔でその人達を見ていた。
 その時、そんな人込みの中から飛び出る影があった。
 一見すると奇抜に見える服装に、妙に愛嬌のあるドクロの模様が施された大きな帽子。とてもじゃないが見栄えがいいとは言えない状態のマフラーは朝にスイが巻いたまんまの状態。ヴィディスだった。
 一直線にスイに向かってくるヴィディスを、スイは呆然と見ている。
「ってか、おい。雪くらい掃えってよ」
 苦笑してスイに積もった雪を掃うヴィディス。
「あ? なに変な顔してんだよ? またな。って言ったろ」
 幽霊でも見ているかのようにヴィディスを見るスイに、ヴィディスが言う。
「ったく。これの所為で散々笑われたんだからな。ま、あったかかったのは確かだけどな」
 見栄えの良くないマフラーを解き、スイの首に巻く。
 カフェでの仕事中も、その後の身内宴会中も、ヴィディスはスイの巻いた不恰好なマフラーを巻いたままだったのだ。
「ほらよ。Xmasプレゼントだ」
 ぶっきらぼうにそう言って、スイに帽子をかぶらせる。シンプルな白のニット帽で、小さな黄色い花がアクセントになっている。
 にこにこと嬉しそうに笑っているスイ。
「お。やっぱあんた。髪が綺麗で帽子が似合うな」
 にっ。と笑ってヴィディスが言う。
 身内宴会中。ふとスイの事が気にかかったヴィディス。宴会をこっそりと抜け出し、スイに似合う帽子を作って届けに来たのだった。
「んじゃ……」
「あ……」
 そう言って帰ろうとするヴィディスを、スイが引き止める。
「ありがとう」
 にこっと笑ってお礼を言うと、ヴィディスが巻いてくれたマフラーを解いて、再びヴィディスの首に巻く。朝のよりも、ほんの少しだけ見栄えは良くなっていた。
「無いと、寒いから」
 にこにこと、スイ。
「……わかったよ。それじゃ、またな」
「またな」
 ヴィディスの言葉に、同じように返すスイ。小さくなっていく背中を見ながら、ぽつりと呟く。
「またな。だって」


 11時55分。ほんの数分前まではツリーを見に来た人達で一杯だった銀幕広場だったのだが、その人影がすっと消えた瞬間があった。
 人々は照らし合わせたように広場から足を離れ、何処かへといなくなる。
 そんな広場の一角。ベンチに座っていたスイは、何かを感じて顔を上げた。
 そこに、ふっと浮かび上がるように現れた一つの影。
 すらりと伸びる影はどこか神秘的な印象を持ち、民族衣装のようにゆったりとした服の上からマントを羽織っている。
 光の世界の中でもはっきりと浮かぶ綺麗な金髪は首筋まで緩やかに流れる短髪。
 やや中世的な面持ちは、それでも男性だと分かる。
「こんばんは。スイ。で、いいのかな?」
 男はスイに話しかける。
「……こんばんは」
 答えるスイ。
「願いは、叶ったかな?」
 男の問いに、沢山の出来事を思い出してスイは答える。
「叶いました」
 覚えておいてやると。言ってくれた人がいた。それがスイの。本当の願いだった。
 銀幕広場の一角に、ひっそりと。ただ一輪、咲いている花。
 その花は愛されたいと思った。
 どうか。どうか。
 覚えていて欲しいと。
 強く願った。
「そう。……よかったね」
 笑顔になる、男。
「……はい」
 覚えておいてやると、言ってくれた人。
 それだけじゃない。
 事あるごとに世話焼いてくれて、またな。って言ってくれる人。
 大切な人だとプレゼントをくれて。何度だって来ると言ってくれた人。
 何度も何度も遊んでくれて。種族が違うのに、友達だって言ってくれた。
 色んなこと心配してくれて、一人じゃないだろって手を差し伸べてくれた人。
 みんなみんな。大切で。
「もうすぐ、時間だよ」
 男が、言った。
「……はい。だいじょうぶです」

 聖なる夜。
 一夜限りの魔法は。
 解けた。



 クリスマスから数日が経ち、広場のツリーは撤去され、街からはクリスマスという単語が忘れ去られていった。
 広場の一角。目立たない場所にあるベンチに、梛織は座っていた。
 クリスマスが終わってから。日に数回。梛織はその場所に立ち寄っていた。
 数分間。じっとベンチに座った後、きょろきょろと辺りを見回して帰っていく。何度も何度も、それを繰り返していた。
「ふぅ」
 その日もいつもの同じことをし、小さく息を吐いて帰ろうとベンチから立ち上がったとき。横目に反射する光をが見えた。
 なんだ。と思い、歩いていくと、色々なものをつけた黄色い綺麗な花があった。
「ははっ。やっと見つけた」
 そう呟いて。花びらをそっと撫でた。
 黄色い花が、まるで喜んでいるみたいに、ぴょんと背伸びした。



 お昼時。狼牙は今日もフリスビーを咥えて銀幕広場の一角のベンチへと足を運んだ。
 誰かを待っているようにベンチの上に静かに座っている狼牙。
 ひゅううう。
 不意に吹いた冷風に、狼牙はある少女の匂いを感じた。
 くんくんと鼻を鳴らし、その匂いの元へと向かう。ぱたぱたと尻尾は揺れている。
 匂いの先には、一輪の黄色い花。花びらや葉を色々なもので着飾っている。
「花だってひとりじゃさみしーよな……」
 呟いて狼牙は、花屋さんから同じ匂いの花の種を買ってきて、辺りに植え始める。
「ウォッ!? 今なんか聞こえた気が……」
 気のせいにしろそうじゃないにしろ。なんだか嬉しくなって、狼牙はフリスビーを咥えて走り出した。



 積った雪が朝日に煌く銀幕広場を、ヴィディスは散歩していた。
 巻いてはいないが、首から服装とは合わない白いザックリ編みのマフラーをかけ、広場の一角にひっそりとあるベンチの近くで佇む。
「ん?」
 何かに気がついて、ヴィディスは歩き出す。
 向かった先には一輪の黄色い花。ヴィディスはその花びらに積もっている雪を指で優しく掃う。
「似合ってるぜ」
 一枚の花びらに、小さな白いニット帽がかぶせてある。アクセントに施された黄色い花の模様は、その花と同じ花だった。
「それじゃ、またな」
 呟いて、ヴィディスは背を向けた。



 銀幕広場の一角。一輪の黄色い花の前に、レンはいた。
「今日はね。いつものカフェでパフェを食べてね」
 その花に話しかけるレン。
 クリスマスから数日。レンは毎日この花のもとへと来ていた。
 夕方にふらりと来て、一時間くらい花に話しかけて名残惜しそうに帰っていく。
「それじゃあ。また明日ね」
 にっこりと微笑んで、いつもの言葉で帰っていく。
 花の葉にかかっているのは綺麗なクリスタルのオーナメント。
 雪の結晶を模した形のそれが、レンを送るようにキラリと光を反射した。



 仕事帰りに銀幕広場を通りかかった清本。
 視界の端にきらりと光る何かを見つけ、興味引かれて広場の一角へと足を向ける。
 そこには一輪の綺麗な花が、ひっそりと咲いていた。
 綺麗な黄色の葉っぱの一枚には、白のニット帽。アクセントになっている同じ種類の花がどうにも可愛らしい。
 きらりと光るのは、葉にかけられた雪の結晶の形を模したクリスタルのオーナメント。
「こんなところに花など咲いておったのだな。……はて? 誰かを思い出すような、そんな気がするわい」
 言い放って歩いていく清本。
 ぽとりと一滴。花びらから滴が落ちた。



 綺麗な花があった。
 名を、スイセンと言っただろうか。
 銀幕広場の一角に、ひっそりと。
 ただ一輪、咲いていた。

 見たことがあるものはいるだろうか?
 うん。いる。
 触れたことのあるものはいるだろうか?
 うん。いる。

 じゃあ。こうしよう。

 愛でたことがあるものはいるだろうか?
 それも。いる。

 そう。じゃあ。これはどうだろう。

 この花を愛でる為だけに、銀幕広場へと足を運んだことのあるものはいるだろうか?
 いる。

 ――そんな、花だった。

クリエイターコメントMerry X'mas!!

こんにちは。依戒です。
クリスマスシナリオのお届けです。

皆様。スイを愛してくださって。本当にありがとうございます。
魅力的なプレイングの数々。出来るだけ拾う努力はしたのですが、漏れてしまった部分はすいません。でも、スイへの愛は伝わりました!

ええと。色々語りたい事はあるのですが、そちらは後ほどブログにてあとがきという形で綴ろうと思います。ここでは二つだけ。
・私が時間や場面指定をしてしまった為、キャラクター様の活躍の場面が限られてしまい。出ない時間はとことん出ない感じになってしまって申し訳ないです。何度も分けて描写する方法も考えたのですが、混乱を招くだけかな。とも思い。
全体を通して楽しんでいただけたのなら幸いです。

・シナリオ説明でちらりと書いた、スイの魔法前の花と本当の願い。
なんと! ぴたりと言い当てたプレイヤー様がいらっしゃいました。
花の種類でお一方。
+本当の願いでお一方。
頭を捻っていただき、感謝です。

それでは、最後になりましたが。
シナリオに参加してくださった五名の方々。このシナリオを読んでくださった全ての方々に感謝です。
私の文を読んでくださった誰かが、ほんの一瞬でも幸せを感じてくださったのなら。それは私の喜びです。
公開日時2007-12-25(火) 23:00
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