★ 【怪獣島の冒険】密林のセイレーン ★
<オープニング>

「ねーねー、この子、飼ってもいいー?」
 リオネの腕の中で、ミニ怪獣がじたばた暴れている。
「……」
 どう応えたものか、柊市長は迷った。しかし、結局、飼うことになるのだろう。飼わないとしたら、この正体不明の生物を他にどうすればいいというのか。
「……で、彼はやはり、映画の中からやってきたということなんですね?」
「それはそうなのですが、もうすこし事情は複雑でして」
 報告にあらわれた植村は言った。
「今度の元凶は『ダイノランド・アドベンチャー』なる冒険映画のようです。恐竜のような怪獣たちが暮らす火山島が登場します。このミニ怪獣もそこからやってきたようです。……つまり、その、銀幕市の沖合いに、その島が……」
「え」

 どういうわけか、バーベキューのときは島影ひとつなかった水平線の向こうに、今はそのシルエットを見ることができる。目をこらせば、かすかにたなびく噴煙のようなものも。
 件の映画において、近未来、とある企業が天才科学者と協力してつくりあげた希代のテーマパーク、それが「怪獣島ダイノランド」だ。そこは大自然の絶景と、ありえない怪獣たちの驚異をまのあたりにできる、まさに史上最大のサファリパーク。映画のストーリーは、コンピュータの故障によって、本来、島を訪れたビジターには危害を加えない設定になっている怪獣たちが暴れ出してしまい、主人公たちが島から決死の脱出を試みるというものだったのだが――。

「この島が、徐々に海岸に向かって動いていることが判明した」
 マルパスの言葉に、市役所に集まったものたちのあいだにどよめきが起こった。
「このままでは遠からず島が陸地に衝突することになり、どのような被害が出るか予想もつかない。そこで、島を停止させる必要があるのだ。映画の設定では、人工島であるダイノランドの内部には『動力部』があるということになっているため、そこを探し出せば島の進行を止められるだろう。だが映画ではその情景が描かれていないので、どこにあるのかはわからない。そこで、複数の探索部隊を組織し、手分けして島内を探索してもらうこととなった」
 ダイノランド島は気象コンピュータによって環境が制御され、島内は熱帯の気候である。そしてそこには遺伝子操作で誕生した多種多様な怪獣たちが生息しているという。
「なお、動力部の内部には何があるかもわからないので、まずはその入口を発見したら一度帰還してほしい。内部に進入する作戦についてその後に行う。……それでは今から、それぞれのチームが探索する各ポイントについて、現在わかっている情報を伝えよう。充分、注意のうえ、探索にあたってくれたまえ」

 ★ ★ ★

 ダイノランドは殆どが密林であるが、その中に深く霧の立ちこめる一角がある。まるでカーテンに覆われているかのように。。
 その真っ白な世界の中心で、『彼女』は歌を歌っていた。その歌は誰に教わったわけでもなく、生まれた時から知っていた。それは捕食のための、罠としての手段である。
 彼女は自分の歌にどのような力があるのかを知らないし、知ろうとも思わない。ただ、歌えば人間の男が寄って来るのだ。寄って来るなら、あとはそれを喰らうだけである。
 最近、やけに密林が騒がしい。恐らく、人間が踏み込んで来たのだろう。何の目的があってかは知らないが、このところ餌が少なくて腹が減っていた。丁度良い、最高の美声を披露してやろうではないか。
 そして、腹一杯、喰おうではないか。

 そして人々はその歌声の主を、密林のセイレーンと呼ぶようになった。ダイノランドにセイレーンとは、風情も洒落っ気もあったものではないが、霧濃い密林にそれだけ常軌を逸した怪異が存在することは確かなことだった。
 調査隊の目的はダイノランドの動力部を探すことにあるが、それがもしもこの霧の先にあるのなら――その怪異と対峙できる覚悟を持つ者が、現れる必要があるのだ。

種別名シナリオ 管理番号135
クリエイター瀬島毅彦(wzvn8097)
クリエイターコメントセイレーンの歌は、船乗りを惑わすと言いますが、『彼女』の歌は人間の、特に男性に幻惑の効果を及ぼすようです。彼女のいる先に動力部があるかは――行ってみなければわかりません。

参加者
シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
ベルヴァルド(czse7128) ムービースター 男 59歳 紳士風の悪魔
八之 銀二(cwuh7563) ムービースター 男 37歳 元・ヤクザ(極道)
<ノベル>

1.

 八之銀二とシャノン・ヴォルムスがダイノランドに上陸したのは、陽が落ち残照の消えんとする頃であった。
「こういう時間帯を逢魔が時、というのだそうだ」
 銀二が足下に絡みつく草木を、鬱陶しそうに振り払いながら言う。それに対してシャノンは無言で軽く首を傾げた。意味を問うているのだろう。
「大きい災いの起こりやすい時、という意味らしいがね。実際は大きい禍の時、で大禍時と書くようだが」
「なら、化け物が出るにはお誂え、というわけだ。怪獣の出るというダイノランドに、海の妖精であるセイレーン、それに日本でいう禍の時間帯というのが、ミスマッチ過ぎて情緒もクソも感じさせないがな」
「いや、『あっち』がセイレーンと呼んでくれと言ったわけじゃないんだ。そう言ってくれるなよ。それより、そろそろじゃないのか?」
「恐らくは、な」
 銀二は、自分が敵に接近していることを感じ始めていた。元よりセイレーンの出現する位置を大体、聞いていたということもあるが、それ以上に周囲の雰囲気――いうなれば、気配の変化を感じたことが理由に大きい。それは、シャノンも同じであろう。
「そういえばシャノン君、この仕事には3人で当たるはずだと聞いていたが」
「そうだな。だが、この際、人数は関係あるまい?」
「そうか?」
「相手が如何な化け物であっても、俺とあなたで不足があるとは思えないな」
「そう言ってくれるのは、嬉しいがね」
 周囲に突如として霧が発生したのは、この時であった。視界の一切が遮られるほどの、濃い霧である。そして、耳を澄ませば微かに聞こえてくる声――。
「来たかよ」
 銀二は身震いする。武者震いか、恐怖故か、まだその判別はつかない。
 声は少女のものだ。霧の濃さとは相反するような、澄んだ声。それは、ある旋律の上に成立する、ひとつの歌であった。まるで、賛美歌のような。
「シャノン君、多分、俺は歌に抗えまい。作戦通り、後は頼むぞ」
「承知」
 銀二の意識が、混濁していく。まるで、長いこと寝ていなかった時のような、朦朧とした感覚だ。
 歌はまだ微かにしか、聞こえない。だが、その声はまるで頭の中で響いているかのような、そんな気がしてならない。だから、声が小さくとも、歌がはっきりと聞こえるのだ。
 しかし、これは想定していた範囲の内の出来事だ。銀二は歌に抗えないが、ヴァンパイアハンターたるシャノンであればそれも可能かもしれない。それであれば、自分がセイレーンまでの道案内をすることができる。
 仮に、シャノンも歌に洗脳されたとして、その時はもうひとつ策を用意しているのだが――それは、お世辞にも策と呼べたものではない。そのことをシャノンに話した時、彼は笑いながらあなたらしい、と言っていたものだが。
 意識が欠け始めた。もう、何秒も持たないだろう。だが、それでいい。次に意識を取り戻した時、何者と対峙しているのか。それを思うと、幾らかわくわくした。
 と、すると。やはり、あの震えは武者震いであったのだ。

2.

「割と洒落にならんものだ」
 シャノンは呟く。すっかりセイレーンの歌に魅せられた銀二は、亡霊さながらに歩を進めている。彼がセイレーンまで導いてくれるのは良いが、それまでに自分まで洗脳されてはたまらない。
 だが――セイレーンの歌は、シャノンが想像していたより、遥かに精神に食い込んできた。仕方なく、シャノンは自らの左腕をナイフで切りつけ、その痛みで幻惑を回避する、という手法を取ったのである。
 シャノンは常人では計り知れないだけの回復力があり、彼だからこそできる方法でもある。銀二が同様の行動を取れば、それは純粋にダメージとなるだけだ。とはいっても、痛みは感じるし面白くはない。
「そこにつけ、あんたは優雅なものだな」
 シャノンは、銀二から目を離すことなく言った。が、それは銀二に放たれた言葉ではない。シャノンの、僅か頭上へ向けられた言葉である。
「フフ……気づいておいででしたか」
 と、シャノンの正面に、1人の老紳士が現れた。ベルヴァルドという名の、悪魔。要は、彼が3人目であったのである。
「いつから、お気づきで?」
 ベルヴァルドは、しれっと言って見せる。まったく、高みの見物をしておいて、良く言うものである。思わず、苦笑してしまう。
「いつだって、構わんだろう。まったく、人が悪い。いや……人ではなかったかな」
「そういうことです。人が悪いと言われて傷つく心は、持ち合わせておりませぬゆえ」
「あんたには、歌の幻惑も効果がないのだろう?」
「お察しの通り。君たちがどのような対処をするのか、見せていただきたかったのです」
「人が悪い上に、性格もか」
「悪魔ですから」
 シャノンは再度、苦笑する。だが、相手の性格を笑えるほど自分も性格が良い方ではあるまい。それに、心強い味方であることに変わりはなかった。
 銀二がセイレーンまでの道を作ってくれた後、相手にどれだけの戦闘能力があってもこちらを上回るとは思えない。だとすれば、楽な仕事だ。現状、セイレーンの恐さは幻惑の歌なのだから。
「この3人でセイレーンの正体を突き止め、ダイノランドの動力部を探索する。貴様が悪魔だろうが、協力はしてもらうぞ」
「それはもう。私の目的を果たすためにもね」
「生物の魂を喰う、と聞くが、セイレーンを獲物にしようというわけか」
「捕食者が喰われる、というのも一興でしょう」
「そういう趣味は持っていない」
「良いものですよ。勿論、目的を果たしたら動力部の探索にも協力いたします」
「ふん」
 依頼を受けたのなら、当然だ。と言おうと思って、シャノンは思い止まった。セイレーンを倒す目的を考えれば、些事である。
「で、動力部がこっちにある、と考えるか?」
 シャノンが問うと、ベルヴァルドは
「ないでしょうな」
 と即答した。
「セイレーンは捕食のためとはいえ、人間を引き込む。動力部があり、それを守るとして迂闊ではありましょう」
「裏をかいてその逆、という可能性は?」
「あって、2割。まあ、それも」
 ベルヴァルドが身構える。シャノンもほぼ同時に、二挺の銃を取り出していた。左腕の傷は、早くも癒えている。いつでも戦える、万全の状態である。
「奴を殺ればわかる、か」
 歌声が、一際、大きく響いた。賛美歌のような声が、まるで絶叫――呪いの歌のような、禍々しいものへと変化したのである。
「美しい歌声ではありませんか」
 ベルヴァルドが呟く。が、シャノンにすれば冗談ではなかった。悪魔の感性とは、残念ながら合わないらしい。
「では、歌姫の姿を拝みに行きましょう」

3.

 銀二が導いた先は、円形の広場のようになっていた。深い密林が、そこだけ切り取られたような空間だ。
 ベルヴァルドは、そこかしこに人骨があるのを捉えていた。恐らく、セイレーンが捕食した結果、といったところだろう。だが、そんなことに興味はない。あるとすれば、ベルヴァルドがセイレーンを捕食するという、その事実のみ。
 そして『それ』はそこにいた。広場の中央に、1人の少女が立っていた。が、全身が緑色である。その理由は簡潔であった。少女は、草木や蔦が寄り集まって、人の形を構成しているに過ぎないのだ。これがセイレーンの正体だった。
 セイレーンはまだ、歌い続けている。その歌が呪いの歌に変化したのは、捕食するべき者『以外』の者が出現したことへの、ストレスなのかもしれない。
「立派な化け物だ」
 シャノンが微笑み、両手の銃を構える。が、すぐにその笑みは消える。セイレーンの右腕から蔦が鞭のようにしなって飛び、それが銀二を捕らえてしまったのである。
「君、彼と話している時に何か作戦があるようなことを喋っていませんでしたか?」
 ベルヴァルドが言うと、シャノンは苦笑する。
「盗み聞きとは、趣味も悪い」
「悪魔ですから」
「それは充分、理解した。先に仕掛ける!」
「ご随意に」
 シャノンが駆ける。疾い。あれならば、一瞬で接敵できるだろう。
 ベルヴァルドは自らの両手の爪を伸ばした。この爪は、あらゆるものを切り裂き悪魔の爪である。そして、一瞬だけ遅れてシャノンの後を追う。
 銃声が6度。シャノンの放ったそれは、セイレーンの左腕の植物が絡め取った。なるほど、並みの攻撃ではダメージにならないというわけか。
 シャノンは銃を捨てると、そのままセイレーンに接近。加速をつけてセイレーンの顔面を蹴り込むと、それは呆気なく飛び散った。あくまでも草木として、だが。
「感触がない!」
 シャノンが叫ぶ。
「だが、見た目通りヤワなようで」
 シャノンに次いで、ベルヴァルドが接近。爪でセイレーンの右腕を切り落とすと、銀二に息を吹きかける。すると、銀二に絡み付いていた植物一切が、綺麗に吹き飛んだのである。
 ベルヴァルドはセイレーンから解放された銀二を抱えると、一端、後方へ退がる。シャノンも同じく、退がる。
「普通の物理攻撃は効きそうにないな」
「生憎、そのようですね。ですが、植物が正体なら燃やしてしまうというのはどうです?」
「そんなことをしたら、この辺一帯……あるいは、ダイノランド全体が火の海になり兼ねない」
「なったところで、私は逃げられますがね」
「ふっ、非情だな」
「それはそうです、何故なら」
「悪魔だものな」
「フフフ……」
 だが、久々に面白い相手ではないか。これを簡単に倒してしまっては、いささか勿体ない。充分に楽しみ、そして喰う。それに足る相手だ。
 その時――。手の内にあった銀二から、炸裂音があった。
「ぐおおおおおおおおお」
 と、銀二は唸っていた。セイレーンの歌はまだ続いている。が、どうやらそれを脱したようだ。
「……何だ……ベルヴァルドさんじゃねえか」
「これは銀二殿、お目覚めのようですね」
「悪い、耳が死んでてよく聞こえねえんだが、助けられたようだな。すまない、下ろしてくれ」
 銀二を下ろすと、彼はしゃがみ込んで頭を抱えた。
「今のは?」
 問うと、シャノンはククク、と笑った。
「いざという時のために、口の中に小型の……まあ、爆弾を仕込んでいたらしい。それを炸裂させれば正気を取り戻せるし、耳も馬鹿になるからセイレーンの歌も聞こえない、という『作戦』だったのさ」
「何と面白い発想だ」
 ベルヴァルドも笑う。馬鹿げている、といえばそれまでだが、果たして他の誰に同じことができるというのだ? 人間にしてこの発想。だが、肝心なのはそこではない。幾ら爆薬を仕込んだところで、完全に洗脳されていればそれを発動させることもできなかったはずである。それをやってのけた精神力こそ、瞠目に値する。
『これだから、人間とは面白い』
 悪魔の感性に触れるのである。
「さて」
 セイレーンはまだ、歌を続ける。恐らく――あれは、歌い続けることを、プログラミングされただけの存在だ。だから、いつまでも馬鹿のように歌い続ける。
「さて、これで役者(ムービースター)は揃いましたね。監督不在ではありますが、撮影開始と行きましょうか……」
 ベルヴァルド、シャノン、銀二は声を揃え
「アクション!」
 叫んだ。

4.

 セイレーンは元々、意味を持ち得ない存在だった。このダイノランドに存在する、遺伝子操作によって生まれた恐竜たち。その前段階としての、実験体に過ぎなかったのである。
 その正体はただの蜘蛛であったが、実験がある能力を与えてくれた。これは蜘蛛――セイレーンにとっては僥倖であったが、人間にとってはこの上なく不幸であった。その能力、植物を自在に操る能力はセイレーンにひとつの存在意義も同時に与えた。
 自分を遺伝子操作した人間に復讐してやろう、などとは露ほども思ったことはない。そんなことは些事であるし、寧ろこの能力を与えてくれたことには感謝すらしている。
 恐らくこれは、人間にとっては二重に誤算で、セイレーンにとっては唯一の誤算。それは能力の代償か、人間を喰わずにはいられないのであった。
 食欲に動機はない。ただ、本能だ。それに従って人間を喰った。そうしたら餌が足りなくなった。
 喰った人間の思考や行動を観察し、セイレーンは更にある波長の存在を掴む。人間の、特に男を引き寄せる波長だ。それを歌に乗せて響かせれば、餌から寄ってきてくれる。
 密林のセイレーンと呼ばれる存在についての顛末は、このようなものだ。
 そして、セイレーンに二つめの誤算があった。それは何故か、自分に刃向かう存在が出現したことだ。歌が通用しないだけならまだしも、自分を倒そうとする者。しかも、それを可能とできる力を持つ者。
『……邪魔ヲ……』
 捕食が本能なら、自己防衛も本能だ。セイレーンは今まで使ったことのない力を、発動させる。
 この周辺のあらゆる植物を集め、より巨大な鎧を作り上げる。セイレーンにすべての植物が集中することで、周囲は枯れ果てた森のように変貌する。
 その中央に残るのは、例の少女の姿をしたセイレーン。ただし、全長が20メートルを超えているのだが。
「ダイノランドにはミスマッチな歌姫かと思ったが、そうでもなかったな」
 シャノンが半ば呆れたような口調で言う。銀二とベルヴァルドがそれに同意するように、苦笑している。なるほど、この程度では恐怖を感じるようなヤワな精神の持ち主たちではないらしい。
「日本ではな、窮地に追いやられた化け物は巨大化するのが習いなんだ」
 銀二がやはり呆れたように言う。
「で、巨大化した化け物はどうやって倒すんだ?」
「変形合体する、巨大ロボットが倒すんだ」
「それも日本の習いか?」
「お約束、とも言うらしい」
 聞いた俺が馬鹿みたいだな、とシャノンが嘆息する。この期に及んで、一体、何の話をしているのだ。
「――だが、合体攻撃というのは、悪くない」
 一転、シャノンが微笑む。いや、銀二も、ベルヴァルドも、だ。
「あれの魂は、私がいただきますよ」
「好きにしな、行くぞ!」
 ベルヴァルドが宙に浮き上がる。セイレーンよりも高く、だ。その間に、シャノンが迫り来ている。銀二は後方でこちらの様子を窺っているようだ。
 どうする? セイレーンの感触では、あの銀二は他の2人より戦力として劣る。だから事実、後方で待機しているのではないか。ならば――。
 セイレーンは右腕をベルヴァルドに、左腕をシャノンに向ける。腕からは先のように蔦が伸び、2人を捕らえた。そして、渾身の力で蔦を締め上げる。
「フフフ……心地よいダメージですね……」
 まず、ベルヴァルドが呟いた。が、それは強がりであったのだろう。更に右腕に力を込めると、ベルヴァルドの体が粉々に砕け散った。人体とは、これほど粉々に砕けるものかわからなかったが、とりあえず1人は始末した。
 次に左腕に力を込める、が、こちらは様子が違う。シャノンは、抵抗しているのだった。セイレーンの力に。
「生憎、こっちはあの悪魔みたいな『器用』な真似はできんが……後は任せるぞ!」
「応う!」
 シャノンに応えたのは、銀二である。様子だと思っていた彼が、シャノンを捕らえている蔦の上を走り、迫って来る!
 まずい、と思った時にはもう遅い。シャノンから蔦を外そうと思っても、それができなかった。
「油断大敵だ、歌姫」
 何と、シャノンは逆に蔦を掴んでいる。この蔦を、銀二の道にするために。
 いや、だが銀二が来たところで有効な一撃があるとは思えない。――というのも、希望的観測に過ぎず。
 銀二は左腕を伝い、
「ぁらぁぁぁぁぁ!」
 飛んだ。そして
「殴る蹴るだけが人間じゃねぇ」
 セイレーンの胸元付近に接近した銀二は
「だが、蹴るッ!」
 宙でセイレーンを突くように蹴ったのである。巨大なセイレーンに人間の銀二が蹴りを入れる姿は、傍目に見ればいささか、滑稽なものだったかもしれない。しかし、銀二の蹴りはその手の理屈を超えた力を持っている。
 セイレーンは全身に衝撃が走るのを感じた。蹴られた点を中心に、まるで波紋が広がるように。ついには――。
「てめえは俺をあの2人より落ちる、と思ったかもしれないが、俺は引けを取ってるなんて思っちゃあいないぜ」
 何と、セイレーンを覆っていた――20メートルもの巨身を作り上げていた植物が、すべて吹き飛んだ! たかが、蹴りの一撃で!
 丁度、頭部付近に潜んでいたセイレーン(の本体である蜘蛛)は、頼るべき植物を失い落下する。が、この状態では、こちらを攻撃できる者はいないはずだ。着地後、散った植物を集めて、再び――。
「このような蜘蛛がセイレーンの正体、いわば心臓部でしたか。驚きましたねえ」
 あり得ない、とセイレーンが思った時には、既にベルヴァルドの掌に捕獲された後であった。粉々にしたはずが。
「あなたに、ひとつだけ同情しましょう。私たちと戦うことになった不幸をね。そして、ひとつだけ羨ましい。蜘蛛にしては、面白い体験をしたでしょう?」
 あぁ、そうかもしれない。これだけの体験をできる蜘蛛が、自分以外にいるだろうか。いや、それはないだろう。
「それと、もうひとつ。最期に、私の故郷をお見せしましょう」
 ベルヴァルドの視線がセイレーンを射抜く。瞬間、真っ赤な月が辺りを照らす夜の世界が――確かに、見えた。そして、セイレーンの意識は途絶えたのである。

5.

「そっちはどうだった?」
「スカだ、そっちは」
「残念ながら」
 セイレーン撃退後、周囲の植物は元に戻り、またあれだけ濃かった霧も晴れた。すべて、セイレーンの力による、一種のロケーションエリアであったのかもしれない。それを確認するすべは、既にないが。
 そして、動力部の探索を行った一同ではあったが、それらしきものは見つからなかった。これはある程度、事前の予想通りだ。どちらにしても、セイレーンという驚異を払ったことが、意味としては大きいのである。
「さて、私は食事も済みましたし、一足お先に帰ることにしましょう」
 ベルヴァルドが、宙に浮き上がる。
「セイレーンの魂ってのは、美味かったのか?」
「興味があるなら、お試しあれ。病みつきになりますよ」
「悪趣味だ」
「その通り、悪魔ですからね」
 フフフ、とベルヴァルドは笑うと、そのまま一気に上空へと消えていく。
「さて、シャノン君。俺たちも引き上げるとしようか」
「そうだな。……?」
「どうした?」
「……いや……何でもない。行こう、すっかり夜だ、早いところ報酬を貰って一杯、やりたいところだ」
「お、いいねえ。付き合おう」
 そして、まるで激戦があったことなど忘れたかのように、時は再び流れ始める。

6.

 シャノンが気にした現象は、あまりにも微かなものだった。ただの抜け殻となったセイレーンを、数枚の葉が意思を持つように包んだのである。たった、それだけのことだ。
 意味はあるかもしれないし、ないかもしれない。たった、それだけの。


クリエイターコメント何ですかねえ。書いてて自分でも先の展開が読めない! ということが稀にありますが、今回は特に顕著でした。そんなわけですが、どうにかまとまってますか? って聞いてどうする。
少しでもご期待に添える展開であれば良いのですが、そうでなかったらごめんなさい。これからも修行します。
公開日時2007-06-12(火) 22:20
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