★ 門出の日、はじまりの日 ★
クリエイター諸口正巳(wynx4380)
管理番号100-8439 オファー日2009-06-27(土) 02:48
オファーPC ルークレイル・ブラック(cvxf4223) ムービースター 男 28歳 ギャリック海賊団
<ノベル>

「うわぁああああああーーー!! 団長がぁぁぁ!!」
「団長ーッ!!」
「お、オヤジーーーーーーッッ!!」
 あのとき、血を飛ばしながら、ルークレイル・ブラックの恩人は船から落ちていった。
 海賊船ギャリック号は、いろいろあって、そのとき、海ではなく空を泳いでいた。さらにいろいろな事情が積み重なって、そのとき、船はどんな嵐に見舞われたときよりも激しく揺れていた。団長を救うために動けたのは、空を飛べる団員だけだ。ルークレイルもまた、縄ばしごにしがみつくので精いっぱいだった。
 いくら手を伸ばしても届かないし、いくら大声を張り上げても無意味だった。
「彼」は、船と、ルークレイルたちを救ってくれた。
 けれど「彼」自身は、助からなかった。

「勝手に殺すなよ」

 だが、甲板から身を乗り出そうとしたルークレイルの目の前に、血まみれの手が現れた。
 肉が削げ落ち、白い骨が傷口から覗いている手。這い上がってくる身体には、顔には、無数の「いきもの」がまとわりついている。
 ルークレイルは自分でも何を叫んでいるのかわからないまま、その身体を甲板に引きずり揚げて、びちびちとのたうつ「いきもの」をむしり取っていった。握りつぶし、素手で引き裂き、自分の血も飛ばしながら、「彼」を掘り起こそうとした。

「畜生、痛ェ、ルーク、痛ェよ」

 かき分けてもかき分けても、「彼」の姿が見えてこない。聞こえてくるのは、「彼」の凄惨なうめき声だけた。

「ルーク、助けてくれよ。助けてくれ……助けてやったじゃねェか……助けてくれ……たす、け……て……」


 ぎゃあああああああああああああ!!


「!!」
 目を覚ましてみると、そこはギャリック号の船室。ルークレイル・ブラックの自室だった。
 また夢だ。
 薄っぺらいブランケットは床の上に落ちていて、シーツもくしゃくしゃだ。まるで頭から鮮血を浴びたかのように、ルークの身体は生温かさでびしょ濡れだった――シャツもズボンも髪の毛も、汗まみれだった。呆然として何気なく見た枕には、点々と血がついている。寝ているうちに唇を噛んで、切ってしまったらしい。
 ここ数日、似たような夢ばかり見る。
 枕を濡らしているのは、血だけではなかった。寝ながら泣いたことを自分からも隠したくて、ルークレイルは枕を裏返す。
 波はゆっくりとおだやかに船を揺らしている。丸い船窓からは、温かな陽射し。
 誰かが船のどこかで釘を打っている――幸いギャリック号は沈まずにすんだが、無傷ではなかった。むしろひどい手傷を負った。あの激しい戦いが終わったその日のうちから、誰からともなく船の修復を始めたのだ。あれから数日経ったが、今でもその作業が終わるめどは立っていない。だからひたすら、団員は船を直し続けている。無心に。忘れようとしているかのように。
 耳を澄ますと、デッキブラシのシャカシャカという声も聞こえてくる。海鳥の声も、波の音も、聞こえてくる。
 泣き叫ぶ声は、聞こえない。
 ――いつまでも塞ぎこんでるのは、俺だけか。らしくない……わかってるんだよ。そんな、湿っぽい雰囲気は……ギャリック海賊団らしく、ない。あいつならきっとそう言うだろうな。
 確かに、戦いが終わったあとの船上はひどい有り様だった。折れかけたマストとバウスプリット。ちぎれたロープや縄ばしご。大破した左舷。そして、そんな瀕死の船で、涙を流す団員たち。

「彼」が死んだとわかったのだ。

 もしも、ギャリック号が空ではなく海に浮かんでいたのなら、甲板から落ちたくらいではきっと死ななかっただろう。いや、「彼」の死は、凶暴な「いきもの」の群れに襲われたためのものではないのか。だとしたら、何をしても彼は助からなかったのか。
 しかしルークレイルは、どうしても、仮定を並べ立ててしまうのだった。
 もし船が海の上にいれば……もしあのとき、自分が走りだしていれば……もしあのとき、飛び出していこうとする「彼」を制止できていれば……もし……もしも……。
 あまりにも悔しすぎたせいか、涙も浮かんでこなかった。ルークレイルよりずっと若い団員が、かわりに泣き叫んでくれた。いつもなら、泣き虫のお子様め、などと言って茶化せただろう。けれどそのとき、ルークレイルは、彼らに泣いていてほしかった。
 ギャリック海賊団らしくない、とはわかっていても。
 しかしそれも、過ぎた日のこと。
 今は誰かが船を修理し、掃除をし、食事を作っている。歌も聞こえてくるようだ。豪快な笑い声こそ聞こえないけれど。
「……」
 ルークレイルは落ちたブランケットをベッドに戻し、服を着替えた。船乗りの服ではなく、銀幕市で買った黒いライダースーツだ。
「あ、ルーク……。どっか、行くのか」
 船を降りようとすると、団員がおずおずと声をかけてきた。気の置けない仲間だったからこそ、いまは声がかけづらいのだろう。
 それに、無理もない――ルークレイルは、少しだけ反省した。あの日からずっと、彼は自室にこもりっきりで、食事のときすらろくに甲板に顔を出さなかった。口にしたものと言えば、以前にこっそり部屋に確保しておいた干し肉とラム酒くらいだ。何も食べる気になれないのはまだいいとしても、酒を飲む気にさえならなかったのは、彼にとっての異常事態だった。
「バイクに乗ってくる。酒も切れたしな……」
「そうか。ついでに皆のぶんも――」
 ルークの仲間はそこで言葉を切る。
「やっぱり、いい。じゃ、気をつけて行けよ」
 彼はそれきり、黙々と床掃除を再開した。



 ベイエリアの倉庫街への被害は少ないとは言えなかったが、銀幕ベイサイドホテルに比べればはるかにましだろう。ベイサイドホテルは、船上からもよく見えた。うっかり船が沖へ流されかけたときも、夜のベイサイドホテルが灯台の役割を果たしてくれて、簡単に港に戻れたものだ。
 ホテルは、消えてなくなってしまった。
 まちの復興作業自体は、とても順調に進んでいるようだ。あちこちで重機が動き、力自慢のムービースターが瓦礫を取り除け、材木や鉄骨が運びこまれている。
 被害は確かに大きかったが、銀幕市は3年間で、破壊に慣れてしまっていた。
 バイクを飛ばしながらその光景を眺めるルークレイルにとっても、すぐに、「いつもの光景」になっていった。どんな瓦礫もあと数日で綺麗さっぱり取り除けられて、新しい建物が並ぶのだ……。
 ――そんなうまい話が、あると思うか。
 ルークレイルは唇を噛みしめた。夜中に切った傷口が、ちいさな火傷のような痛みを放つ。
 ―― 一度壊れたら、二度と、まったく同じものは作れないんだ。
 バイクのスピードを上げる。すでに警察に止められても文句は言えない速度だったが。
 ――死んだやつが、二度と生き返らないのと、同じなんだよ。


   聞こえたぞ。
   絶望と怒りの声が。


「……!?」
 顔に当たる風が、突如、炎のような熱を帯びた。
 ルークレイルはハンドルを切り、力いっぱいブレーキを引いた。タイヤが耳をつんざく悲鳴を上げ、白煙を上げ、アスファルトを焦がす。
 熱はとまらない。バイクを止めても、凄まじい熱風が吹き荒れていて、ルークレイルを囲んでいるのだった。
 まぶたを開けたら、目をうるおす涙が一瞬で蒸発してしまいそうだ。お気に入りのライダースーツも、髪も、皮膚も、焦げてしまうのではないか。
 ――それがどうした。あいつは、もっと苦しんだはずだ。
『そうだ、その怒りだ。その怒りに用がある』
 ごおぅ、と熱い風が男の姿をとった。
 ルークレイルは手で熱風から顔をかばいながら、薄目を開けた。黒いレザーのコートを着た黒い肌の男が、自分を指さして笑っている。男のコートの裾は、黒い炎となって風に揺らめいていた。
 周囲は、銀幕市の一画ではなくなっていた。
 復興など望むべくもないほど、完膚なきまでに破壊された街。黒煙と炎の色が、目まぐるしい速さで流れていく空。地割れが、肉が裂けるような音を立てながら広がっていく。そして――奈落の底から伸びてきた血まみれの腕が、ルークレイルとバイクを掴んで、爪を立ててきた。
 人類の絶望の塊は消え失せたはずだ。実体を失い、すべてのひとびとの心の中へ還ったはずだ。それでもまだなお、銀幕市ではこんな恐ろしいことが起こるのか。ルークレイルは、いつかのハロウィンを思い出した。
 ――いや。絶望はここにいるだろう。俺のそばに……俺の中に。
 ぎゃうっ、とバイクのタイヤが咆哮する。ルークレイルがハンドルを駆り、地中から伸びた腕を振り払う。腕はちぎれ飛び、どす黒い血と肉片が散った。
 腕どもは怯む様子もない。地面を突き破り、新たな腕が伸びてくる。
 ルークレイルもまた、怯まなかった。自分を取り巻く状況がどういったものなのか、いつもならまず分析から始めただろうが――今は、撃っていた。
 片手はハンドルから離さず、絶えずバイクを動かしながら、向かってくる腕を狙い撃つ。弾は外れなかった。外れるわけがなかった。自分に近づいてくるものを迎え撃つだけなのだから。
『貴様からは、凄まじい絶望と怒りを感じる。面には出していないつもりだろう。確かにその顔も呼吸も、まるで人形のもののようだ。だが、私には、わかるのだぞ』
 コートの黒人がどこから湧いてきたのかわからない――とにかく、ルークレイルの目の前にいた。ルークレイルの眼鏡に、その鼻先が触れそうなほど近い。
 漆黒の男はにたりと笑った。黄ばんだ鋭い牙が、口の中にずらりと並んでいた。白目と呼べるものはなかった。眼球は黒いらしい。闇一色の眼窩の中で、金色の瞳孔だけが爛々と輝いている。
 ルークレイルは、無表情を貫いた。
 驚きも恐れもしなかったが――悔しいことに、奴の言っているとおりだ。
 ――俺の心には、絶望と怒りしか、ない。
 ――なつかしい。
 ――もう忘れたはずだった。
 ――あいつに出会う前までは、俺は、毎日こんな心で過ごしていた。
『理解が早いか。何よりだ。その甘美なる心を、喰わせてもらうとしよう』
 ぐあッ、と悪魔があぎとを開いた。
 そう、それは悪魔としか呼べない存在だった。
 絶望の化身は消えても、銀幕市には、まだ、海賊や悪魔が住んでいて、力の歪みが異なる世界を作り出す――。

 悪魔の顔が、半分吹き飛んだ。
 のどに大穴が穿たれた。
 胸に赤い花が咲いた。
 舌と牙が飛び散った。

 ルークレイルの手と顔は、たちまち血みどろになった。
 いや、悪魔に銃弾を続けざまに叩きこむ前から、だいぶ血で汚れていたか。

 うわはははははははははははは……。
 ぅうはははははははははははは…………。

『それで良い。礼を言う。最期にようやく、私は設定どおりの存在としてふるまえた』


 ぼたぼたと、血の雨が降ってきた。
 まるで世界そのものが傷つき、臨終のときを迎えたかのよう。
 その見解は正しかった。
 赤い空と大地、無数の腕が、一陣の熱風によってぬぐわれたのだ。ルークレイルが撃ち殺した悪魔は、そのつむじ風に呑みこまれ、満足げな笑い声を響かせながら――消えていった。

『貴様も、悔いのない終わりを迎えるが良かろう……』

 ルークレイルは、血を浴びるままに立っていた。
 わざとらしい量の血だ。けれども、彼はそれを笑えない。
 この温かさが、本物の血が持つ熱さであることを知っている。彼は昔、血を浴びながら生きていた。……それを、思い出していた。
 そうだ……、あの絶望の戦いの日から、酒を飲みながら、自室に引きこもって、過去のことばかり考えていたではないか。今さら改めて思い返して、何になるだろう。
 ルークレイル・ブラックは、かつて、義賊とはとても呼べない、ただの悪党だった。財宝のありかを知るためには殺しもいとわなかった。ときには、知人が苦心して手に入れた財宝を、命ごと奪ったこともある。
 すべては名声のためだった。轟かせるものは悪名でもかまわない、と。
 人びとの中にある、ルークレイル・ブラックという人間の存在が、重くて大きいものでありさえすれば、それだけで……。

 血が消えていく。
 ルークレイルの姿は、現在の、銀幕市で生きるルークレイル・ブラックの姿に戻っていく。
 そこにいるルークレイルには、血も、冷たい鉄面皮も、似合わないとばかりに。
 もう、そんなルークレイル・ブラックは、必要ないとでも言わんばかりに。

   どうした、そんな顔して。ちょっとは笑ったらどうだ。

「……」
 しかし、ルークレイルの口の端から漏れたのは、苦笑いだった。
 人の死を何とも思わない、血の似合う男だったあの頃に戻れば、もしかすると、今よりは気が晴れるかもしれないと思っていたのに。
 ――今の俺は、あいつに出会ったあとの俺……か。
 すっかりきれいになった自分の手から、足元に目を移す。
 プレミアフィルムが転がっていた。さっきまで自分を包んでいたものが、ムービーハザードだったのかロケーションエリアだったのか、ルークレイルにはわからない。ただ、絶望好きの悪魔がムービースターだったことは確かなようだ。
 ――妙なことを言っていたな。死ぬ前に、自分らしいことをやりたかった……奴が言っていたのはそういうことだろう。
 ルークレイルはフィルムを拾い上げ、今度は、広く周囲を見渡した。
 その辺を歩いている市民の顔色は、やけに暗い。マスティマを倒したあとの平和を謳歌しているとは思えない雰囲気だ。
 何かあったのだ。
 ルークレイルでなくとも、そんなただならぬ予感を抱けただろう。
 バイクは無事だった。ルークレイルは、市役所に向かってバイクを走らせる――。


 程なくして、彼も、「終わりの日」を知ることになった。




 大切な、かけがえのない存在をなくしたときは、悪魔すら喜ぶほどの絶望を抱えたのに――
 ルークレイル・ブラックは、自分でも奇妙に思えるくらい、落ち着いていた。
 銀幕市にかけられた神の魔法が消える。
 リオネは神の世界へ帰り、ムービースターは「いなくなる」。
 その話を、ルークレイルはギャリック号に持ち帰った。そして、この事実を冷静に受け止められそうな仲間だけに話し、再び自室に入った。
 最後の日々は、あと10日あまり。
 なぜだろうか……眠りについているかのように、おだやかで、安らかな気分だ。ひどく安堵もしている。これでよかったのではないか、と。
 これで、魂の恩人と同じところに行ける気がする。
 魔法が消えたとき、もしくはフィルムを遺したとき、ムービースターは果たして「死ぬ」のだろうか。まったくの虚無へと還るのか。いくら考えても、ルークレイルは答えを出せない。だが、答えが出ないことで、希望さえ抱き始めている自分がいることに気づいた。
 もし、消えたムービースターが、出自の映画の中に戻れるのだとしたら……。
 そこにはきっと、変わらない仲間がいるだろう。一足先に消えてしまったあの男がいるだろう。
 ルークレイルの心に、じわりじわりと光が広がっていく。一度希望を抱いてしまうと、あとは、止められようもなかった。平静を装っているだけで、あの日からずっと深い悲しみに暮れている仲間たちに、この考えを話して聞かせたいような気までしてくる。
 自分たちは、また旅立てるのだ。


 波の音が聞こえてくる。
 歌も。


 ヨー・ホー! ヨー・ホー!
 あいつは海賊――




〈了〉

クリエイターコメントオファーありがとうございました。「彼」からのオファーも、恐らくは偶然にですが、いただいております。内容はほとんどリンクしていませんが、合わせて読んでいただくのもよろしいかと思います。
「海賊の歌」はリッキー2号さんの作詞です。この場を借りて、引用をお知らせいたします。
公開日時2009-07-12(日) 18:00
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