★ チャリンコレース大騒動! ★
<オープニング>

ざわざわ……
がやがや……
ぎゃあぎゃあ……

 銀幕市の一角、山の裾野に程近いところでは常とは違う喧騒が広がっていた。
『はァーいエントリーする人は並んで下さァーい』
 蛍光ピンクの女声が喧騒を煽るようにスピーカーから放たれる。
「ったく親父も面倒な事にしてくれたよな」
 隠密部隊の女性のアナウンスを聞きながらナナキは苦笑した。
「今年の障害物競走は是非チャリンコで!」――とヤバイほど目を輝かせて言い出したのは、チャリンコ同好会の面々だった。それにあっさりOKを出したのが先王陛下で、どうやらチャリンコ同好会の面々は恐ろしいことに先王陛下に直談判に行ったらしかった。チャリンコへの情熱が先王陛下の恐怖を上回ったのだろうか。
 否、先王の元から帰った彼らは先王に指一本視線一つ向けられていないのに「いいいいのち拾いしたああ!」「こっこここここわかったあああああ」「一生分の運を使い果たした……!」と半狂乱になっていたから、きっと勢いでいったのだろう。勢いとは恐ろしい。ついでに夏の暑さも。
 しかしとにもかくにも恐れ多くも先王陛下がご関心を抱かれたことは明白であり、その日のうちに知らせが出された。
 曰く、『今年の障害物競走はチャリンコで実施する』――と。
 事前に何も知らされていなかった国王やナナキや大将軍、国の重鎮達には寝耳に水である。それもこれも先王陛下様様の独断であらせられるからだが、一体自分の身分をなんだと思っているのか王位を退いた身でそんな我が儘が、と思われるかもしれないが、この先王陛下の何を考えているか分からない提案で他国のスパイを退けた事も多々あり(とはいえ単なる馬鹿騒ぎになったことも同じくらいあるのだが)、また現国王は兄である先王の言葉に弱く、唯一のストッパー大将軍は特に問題がないと判断した場合一切制止しない。
 しかもそれを聞いた兵が、「今年の障害物競走、チャリンコでやるってよ」「チャリンコ?チャリンコってチャリンコか」「チャリンコだとよ」「チャリンコレース!」「金一封!」「チャリンコレース!?」「待て、バイクはエンジンがついたチャリンコだぞ!」「なんだと!?こりゃスクープだぜ……!ものども出あえ出あえー!」「俺車しか持ってない」「車はチャリンコが二つくっついてエンジンをのせたものらしい」「万能たるチャリンコ万歳!」「一輪車はチャリンコを分解した物で」「一輪車すげー!」と盛り上がり、そこに先王陛下が「タイヤがあれば何でもいいだろう」とのたまい、なんだかカオスが始まろうとしていた。


 年若き二人の将軍はレースの準備の指示をあらかた終えて並んで歩いていた。
「しっかしタイヤがあればなんでもいいたぁ……先王様もすげぇこと言ったな。見ろよアレ。どっかの店のカートで激走してんぞ」
 「ラびィィィィィィィィィィィイ」と叫びながらどばーんと会場に突っ込む緑色の人間はカートから吹き飛ばされて宙を舞った。
 その先に特攻隊の面々を見つけ、とりあえず合掌して会場の準備に戻る。特攻隊は、いつでも『さあ殺ろうぜ』状態の人物ばかりを集めた少しばかり特殊な少数精鋭の部隊なのだ。隣にいた将軍、ベオが呆れた顔で呟いた。
「誰だアレ」
「さぁな……俺にはフールっていうどっかの馬鹿に見えるが」
「ああ、とりあえず馬鹿か阿呆以外にゃ見えねーな……先王様はカートもオーケーしたのかよ」
「その方が面白いと思ったんだろ。我が父ながらとんでもない」
 将軍ベオの先代国王への敬意と畏怖を差し引いても呆れが滲んでいる口調に、ナナキが肩をすくめて応える。
 彼らの前ではタイヤを背負った者や一輪車を担いでいる者やバイクの手入れをしている者やスクーターに武器を詰め込んでいる者や何故かネズミ花火を持って不吉にニヤついている者、チャリンコをずらりと並べて悦に入っている者、トゲつき鉄球を磨いている……
「おい、凶悪な武器は持ち込み禁止だぞ」
 ドレッドヘアの黒い巨漢に呆れたように言葉を放ると、巨漢はいかにも悲しそうに天を仰いだ。
「コイツの何処が凶悪だってんだ!コイツは俺の体の一部ですぜ、見逃しちゃあくれませんかねナナキ将軍」
 人好きのする笑顔で古傷だらけの腕を上げるドレッドヘアは、歴戦の猛者に見える。が、騙されてはいけない。特攻隊は歴戦の「狂戦士(バーサーカー)」たちの集団であるからだ。ナナキは片眉だけを器用に上げてしかめっ面を作った。もっとも、口は笑っている。
「武器持った特攻隊員参加させると『命の危険を感じる』って苦情が物凄く多いんだよ。自重しろ自重」
「……危険って意味で先王様に勝てる奴ぁいねぇと思いますが……」
「まぁな……」
 思わず遠い目をするナナキの横で今度はベオが肩をすくめた。神出鬼没な先王陛下がこの場にいたらこの場の全員が恐怖に凍りつくところだ。
「ま、今回先王様は兵が使う武器しか持たねーらしいぜ」
 ごくごく普通の武器でも持った途端に伝説級の威力をもたらすのが先王陛下なのだが。
「ま、とにかく必要以上に危険な武器は禁止だ。特攻隊にゃ別の事やってもらうぜ」
 ベオがくいと人差し指でドレッドヘアを招いて歩き出すのを見送って、ふとナナキは近付いてくるエンジン音に気付いた。
ォン ォン ォン――
 独特な重低音を響かせて登場したのはポルシェ。
「ポルシェー!?」
「何処のどいつだコラ貧乏人の恨み思い知れやァー!!」
「フクロだ!フクロにしろ!」
「砂になりやがれィ!」
「俺達の血と汗と涙の結晶ー!」
「エターナルフォースブリザーッ!」

ガチャリ

「……」
「……」
「……」
「……」
「誰だよ、フクロにしろとか言ったの」
「知らない。お前じゃね」
「違う違う違うそれはきっとコイツが言ったんだ」
「何っ!?砂になりやがれとか叫んでたくせに!」
「ちっがぁああああう!!俺は何も言ってないぞオオオ!大将軍様、コイツが言いました」
「違います俺じゃないッス。あいつが言いました」
「いやなんかあっちの方で聞こえました」
「違います!そっちの方で聞こえました!」
「何を!?お前なんてさっき10円玉で傷つけてやるとか言っモゴモゴ」
 小学生並の押し付け合いから取っ組み合いに発展する寸前、ポルシェから降りた男がフム、と考え込みつつ言った。
「私をフクロにか。兵士がチームワークを鍛えようとするのは良い心掛けだ、いつでも受けて立つが」
 ポルシェから降りたのは生真面目な顔に精悍な空気の漂う偉丈夫、大将軍アイザック・グーテンベルク。ぶんぶんと首を飛んで行きそうなほど激しく振り、遠慮しますすみませんでした俺たちが悪かったですオカーチャーンと騒ぐ兵に向き直る。心持ち片足を引いて構える彼に見ほれる者も多かったが、土下座せんばかりに謝り倒して違いますぅううう!!と叫ぶ者はそれ以上に多かった。
「アイザックさん……もうなんて突っ込んでいいのかわかんねぇよ……。にしても、こんな高価な物買う金何処から出て来るんだ?」
「ナナキ殿下か。これは銀幕市の富豪から贈られた車だそうだ。左大臣殿がこのポルシェに乗って参加するらしいが」
「あの爺さんもいい加減老人らしくしろよなあ」
「『まだまだ若いモンには負けん』だそうだぞ。気張ってくれ、ナナキ殿下」
「よせやい、俺は今回障害物側にまわるんだ。城の周りの障害物として特攻隊が配置されるだろ?近くで監督してねーと勝手に戦い始めるからな、あいつら。特にあの特攻隊隊長……「すんませーんうっかり斬っちゃった」なんて言いかねないしな」
「上手く操縦してくれると助かる。……べオ将軍は実況に付き添いか」
「ああ、実況のコンビも時々興奮して暴走するしな。……てかアイザックさん、ベオはちゃんと将軍って呼ぶのになんで俺は殿下なンだよ」
「殿下は殿下だろう」
 真顔で言い放つ大将軍。誤魔化しているのか天然なのか、全くもって区別がつかない。
「いや、あのな……」
 どうやって突っ込んだものか、とほとんど諦めの境地ながらも考え込むナナキを尻目に、大将軍はふとこちらに気付いたようにいつもの真顔――良く言えば真面目極まりない顔――に笑みを浮かべた。
「ん、そちらの方は参加希望者か、見物ならば会場内に入らなければどこで見ても構わないが。もし参加するというのであれば心より歓迎しよう」

種別名シナリオ 管理番号665
クリエイターミミンドリ(wyfr8285)
クリエイターコメントこんばんは、皆様。
久しぶりにシナリオ提出しましたミミンドリです。
今回のシナリオではレースを開催いたします。
今流行の(?)カオスなテンションで逝きたいと思いますので、皆さん思う存分ハメを外してください!

さて、レースは罠のたくさん仕掛けられた森を突破する
    ↓
当たり外れの激しい料理を一セット選び完食
    ↓
樽の降り注ぐ泥地(落とし穴多数)を走り抜ける
    ↓
城の周りを三周(城内を通るなどのショートカットあり)して一番最初にゴールに着いた方が優勝です。

・城内ショートカットは普通に城の周りを走るより半分以上時間が短縮できますが、城内をうろついているナナキ、特攻隊隊員と出くわすともれなくバトルになります。
・また、会場内は何もない平地だと思って油断して走っていると罠が突然出現したり他のレース参加者の妨害にあったりします。
基本ルールは
・参加選手に「直接」攻撃を加えるのは禁止
・タイヤや車輪無しでの進行は禁止(乗り物の種類・数は自由)
・途中放棄禁止(優勝者が出るまではちゃんと競いましょう)
です。
最後のルールが「?」と思われるかもしれませんが、カオスな競技では飛び入りや場外乱闘があるものです(笑)
プレイングは基本、カオスでネタな方が華々しい活躍が出来ます。遠慮は一切無用です(笑)
またシナリオ傾向がカオスなお祭騒ぎなだけに、雰囲気の全く違ったプレイングは採用できるかどうかお約束はできかねます。その点だけはご了承くださいませ。

では、皆様のご参加を心よりお待ちしております。

参加者
スルト・レイゼン(cxxb2109) ムービースター 男 20歳 呪い子
ランドルフ・トラウト(cnyy5505) ムービースター 男 33歳 食人鬼
クラスメイトP(ctdm8392) ムービースター 男 19歳 逃げ惑う人々
李 白月(cnum4379) ムービースター 男 20歳 半人狼
藤田 博美(ccbb5197) ムービースター 女 19歳 元・某国人民陸軍中士
<ノベル>

◆ 開催 ◆

『さァて皆さん今年も始まりました障害物レース改めチャリンコレース!今年はなんとチャリンコ同好会の人たちが先王様に直談判してチャリンコレースに変更したそうですがキムさん』
≪そうですねー勇気ありますね!私だったらまだ自分の寿命のほうが大切ですからね、そんな恐ろしいことできませんね!きっと皆さん暑さで我を忘れていたんでしょう!銀幕市の夏は想像を絶していますからね!ちなみに観客席の皆さんがだらだら汗を流している間涼風が吹き込むテントにてのんびりと実況させていただくのは私キムとハルの両名でございまーす≫
 突然スピーカーから流れた音声に、カッと刺すような陽光に耐えていた見物客から殺気が立ち上る。ガタっと立ち上がって実況席に向かって走り出す者も出る中、
『護衛兼ゲスト兼解説兼雑用としてベオ将軍にもお越しいただいておりまーす実況席に殴り込みをかける皆さんは返り討ちと後日の地獄の訓練にお気をつけ下さいね〜』
「俺がやるのは解説だけな。雑用はてめーらで行ってこい」
 ぶっちゃけケンカを売っているとしか思えない放送にベオ将軍の声も混じり、半眼になってきていた見物客が上がっていた腰を地面に下ろす。底光りする視線がズラリと並び、後日実況の二人がどんな目に遭うのかがこの瞬間に決定した。
 そんな中、実況に殺気を飛ばすことも忘れて混乱している若い女性――藤田博美がいた。
「え?あれ?ローラースケート教室じゃなかったの?」

 広告を見てローラースケート教室に申し込み、後日届いた案内を頼りに意気揚々と出向いた博美は、ローラースケート教室のはずなのに周囲には筋骨隆々な男たちばかりがいるのを見て、「何で体育会系の男ばっかり?」と一応は疑問に思った。のだが、元・職業軍人たる彼女は筋骨隆々のむさい男どもに対して特別な感慨も持たないためか、普通にスルーして受付に声をかけた。かけてしまった。
「あの、先日申し込みをした藤田博美なんですけど……」
「あァ、ハーイ、フジタヒロミさんねー、このゼッケンつけてあっちに並んでくださァい」
 やたらとお水の空気の漂う色っぽいおネーさんが、手元に置いてある紙の日本語ではない文字列に新たな単語を加え、博美に17と描かれたゼッケンを手渡す。番地の間違いに博美が気付くのは大会が終り家に帰った後のことで、受付の女性が細かいことを気にしない性格だったのも災いした。
 言われたままに並んでいて、だんだんと頭の上の疑問符が増えてゆくのを感じていた博美だったが。
 突然入った放送のおかげで彼女はさらなる疑問符を浮かべることになっていたのだった。

 そこから筋肉の壁を4回ほど乗り越えたところでは博美と同年代の若い男性――泣きそうになっている今はそれよりももっと幼く見える――が彼女の数倍挙動不審におろおろしていた。
 凡庸な顔立ちに茶の髪、飛んできたゴミを顔面で受けて半泣きで眼鏡を拭いている青年。言わずと知れたクラスメイトPである。
「うう……はぁ、どうしよう山田さん……僕生きて帰れる気がしないよ……」
 振り回される武器(剣や鎖や縄やナイフ)を遠い目で眺め腕に抱いたメカバッキーに向かって弱しい笑みを浮かべている彼が半泣きなのは、実はゴミがぶつかって頭がビール臭くなったからとかそういう理由からだけではなかった。それくらいでは彼はへこたれない。ゴミがぶつかる程度は、悲しいことに日常茶飯事だからだ。

 レヴィアタンという街を揺るがすような問題が一区切りして、少し経ったころ。
 街もようやく落ち着きを取り戻したことだし、以前の泥上格闘大会のときに結局返していなかった(……よね?)先王陛下の指輪を返し、お世話になったお礼を言う為に映画『旅人』の国を久々に訪ねてみたクラスメイトPだったが、思わぬ光景に出くわすこととなった。
 お祭り騒ぎ再来である。
 近くにいたビショビショグショグショ泥まみれの人に何事か尋ねると、
「イツもは障害物競走ラしインデすけドネー。今回はチャリンコレースニナッタそウデすヨ!」
 とあけすけに快く答えてくれた。アー乾かさナくチャーこレ一張羅ナノニひドイデすヨベティさン!とわあわあ騒がしくしている割にこれっぽっちも深刻さが感じられない人物に、びしょ濡れだけど大したことはなさそうだと判断し、とある使命に燃えてクラスメイトPはメカバッキーの『山田さん』を抱いた腕に力をこめた。怒った山田さんが噛み付いたがもうすでにあちこち歯型だらけのクラスメイトPは愛情表現だと思うことにしている。
「チャリンコ……!」
 これは、出前小僧代表(?)として参加せねば!
「自転車は健康にもエコにも最適だということを証明する時が来たんですね……!」
 使命感に燃えたクラスメイトPの言葉を聴いているのかいないのか、泥まみれのとんがり帽子はにへらと力の抜ける笑みを浮かべた。
「オヤ、アナタもエントリーすルンデすかー?実はワタシもこれからエントリーしニ行く者デ」
「あ、じゃあ一緒にエントリーしましょうか」
 こうして怪しいとんがり帽子に案内されてエントリーしたクラスメイトPだったが、とんがり帽子が悲鳴と共に馬に誘拐されてから初めて周囲の筋肉の群れに気付き、5秒で泣きそうになったのであった。
 
 しかしそんな二人の混乱も喧騒に流されて気にするものは居らず、放送がどんどん大会を進行してゆく。
『さあ、お待ちかね選手の入場です!』
≪ていうかもう既に並んでますけどね!≫
『では!選手も出揃ったことですし、選手宣誓!』
≪我々はすぽーつまんしっぷに則り!ここに正々堂々生き残って見せることを誓います!≫
「主旨違わないかしらそれ……?」
 抜けるに抜けられなくなってしまった博美は、持ってきたローラースケートに履き替える。思わず突っ込んでしまうのは、彼女が常識人の部類に入るからだ。その証拠に、選手宣誓を聞いて苦笑しているもの、疑問符を頭に浮かべているものは選手の中でも片手で数えるくらいしかいない。
 つまりこのレース、頭の中身が常識はずれな選手が多いということ……
「……色んな意味で甘く見ないほうがいいのかしら」
 とりあえず参加することにしたからには完走したい。彼女は素早く頭を切り替えた。

「あの、皆さん……そろそろレース始まりますから、ね?」
 厳つい顔に、巨大な、ボディビルダーがもやしのように見える体格、しかし性質は穏やか。外見と裏腹に善良な銀幕市民、ムービースターのランドルフ・トラウトは困り果てていた。
 何故なら大勢の兵士たちに囲まれ、身動きが取れなくなっていたからである。大柄な兵士に囲まれてなおランドルフの背丈は頭ひとつ分以上突き出ていた。角ばった恐ろしげな顔は子供が見れば「怪物!」と叫んでしまったかもしれないが、その双眸は穏やかだ。
 その穏やかだが強面なランドルフが何故囲まれているのかというと、別に絡まれているとかそういうことではなく、猛烈な勢いでサインを迫られているのだった。
「サイン!サインお願いします!」
「マッチョォオ!マッチョの再来!くぅっ……夢にまで見た筋肉が今ここに!」
「馬鹿、泣くな!俺だって、俺だって、もうこのレースで死んでも未練はない……!」
「教祖様!筋肉様!」
「俺の頭に筋肉と書いてくれ!いや書いてください!」
「ポーズとって下さい、はいマッチョぉおおおお!!」
「ここに!ここに是非フルネームでマッチョランドルフと!」
「いえあの、マッチョは名前じゃな」
「俺にもサインを!腕に書いてください!」
「筋肉命と背中に彫ったんです俺!そこにサインください!」
「うおおおおおサイコ―――ゥ!!イッツヘヴーン!」
「サーイーン!サーイーン!」
 競技が始まってすらいないのにこのテンション。どうやら興奮と暑さで良識とか常識とかがお亡くなりになった模様である。
 巨大な筋骨隆々の人間に普通の筋骨隆々の人間がたかるその光景は筋肉まみれで非常に暑苦しいことこの上なかったが、ランドルフはそれどころではなかった。スタートラインに行けないのである。心優しいランドルフは無下に押しのけることもできず、本格的に焦っていた。
「あの……スタートラインに行かせて下さ」
「KI☆N☆NI☆KU☆BABY!」
「うおお見ろコレすっげぇのに乗ってくんだな!」
「サイン――!!」
「俺も……うわぁ先王陛下ッ!?」
 その単語が集団の端々に届いた瞬間、モーゼの十戒のごとくざぁあっと人波が割れた。と思うと、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「……何でしょう、とりあえず助かりましたが――先王さん?」
 混雑する人波のなかにその姿を見つけようと視線を巡らす暇もなく、放送が鳴る。
『じゃあさっさと始めましょう!』

『≪Ready …… start !!』≫

 スタートラインに並んだ選手達が一斉に飛び出した。


◆ READY GO!! ◆

 破裂音と共に、一斉に人が動き出す。
 真っ赤なポルシェが唸りを上げて飛び出し、バイクや自転車、一輪車やカートがそれに続く。
『各選手一斉に走り出しました最初のフィールドは森に続く短い平地!実は毎年此処で3分の1くらいが減らされているという事なんですがキムさん』
≪そうですねー、皆さん結構最初が熾烈ですよね!おおっとエントリーナンバー10、李白月選手ローラーブレードで参加とのことですが、侮れないスピードです!しかしあのカンフースーツに白い髪のハンサム、私かーなーり見覚えがあるんですがベオ将軍!≫
「あー、お前去年の大会であいつに挑んでただろ」
 既にノリノリな実況を聞きながら、白月は前傾姿勢で平地を駆け抜けていた。スピードが上がれば上がるほど小さな石を踏んだだけで大きく転倒したりするものだが、楽しそうに笑う彼は驚くほど滑らかに、しかしゆっくりとスピードを上げている。
「若いうちはスピードに憧れるってもんだよな!」
 言い訳なのか独り言なのか分からないことを呟いたその横から、別の声がかかる。
「白月!」
 知り合いの声に、白月はにっとその笑みを深めてぐるりと振り向いた。普通ならバランスを崩してしまうところを「おっと」と軽い声を上げただけで建て直し、気安げに片手を上げる。
「よぉ、スルト、あんたも参加してたのか!」
 白月の視線の先、スルト・レイゼンはチャリンコのハンドルから片手を外して声を上げて挨拶した。多少大声なくらいでないと、見物客と実況の喧騒に声が掻き消される。
「面白そうだと思ってな!白月、ローラーブレードにしたのか」
「俺もだ!バイクにしようかとでちょっと迷ったんだけど、このレースって妨害あるだろ?だったらコレの方が小回り効くしな!……それにしてもスルト、その格好暑くないのかよ?」
 スルトは傍から見て非常に暑苦しい格好をしていた。
 いや、いつもの黒いマントなのだが、夏にはとても適さない格好だ。それでも大して汗もかいていない彼を見て驚嘆した兵士が銀幕市七不思議のひとつに彼を加えたかどうかは定かではないが。
 スルトはごくごく普通に面白そうだと思って参加したためか、チャリンコレースの名称そのままにチャリンコで参加していた。ちなみにママチャリである。
 彼の居候先、団子屋「あじいち」ののぼりを靡かせているのは、店の宣伝を頼まれたからか。
「それは……っと!」
 応えようとしたスルトの頭上を槍が投げ網が通過していく。
『おーっとォエントリーナンバー19、スルト選手危ない!もう既にささやかな妨害が始まっているようです!しかし先頭を行く左大臣様の妨害が一番悪質だと思うのは俺だけでしょうか!見てくださいアレ地雷ですよ!どこからくすねて来たんですか左大臣様』
 スポーツカーで先頭をぶっちぎる左大臣が時々思い出したように落としていく拳大の物体を掠めたチャリンコ同好会の一員(たぶん)が驚くほどの高度に打ち上げられたのを見て選手達の間に戦慄が走る。
 ――この勝負、ぶっちぎって先攻したほうが勝ちだ。
「のんびり喋ってるヒマはなさそうだぜ?」
 どこか楽しげに白月が呟く。既に選手の一部はマキビシを撒くなどして実況曰くの『ささやかな妨害』を始めている。
 並走は危険だ。群れていると狙われやすい。スルトはちらっとママチャリを見下ろした。――大丈夫だよ、な?
「だな。……じゃあ、頑張ろう」
「ああ、お互い頑張ろうな!」
 白月はにやっと悪戯っぽい笑みを返した。


 クラスメイトPは出前のチャリンコに乗り、前籠にメカバッキー山田さんを乗せて地道にペダルを漕いでいた。これでも鉄人レースでバイク2位の健脚なのだ、とかなり無謀とも言える真っ向勝負を挑んでいるらしいが、ささやかな妨害をほとんど全て喰らっている現状を見るに、まず森に辿り着けるのだろうかと思わせる。それでも必死に諦めずに先を急ぐその姿が一部のおねえさまにの心に萌えを提供していることなど露知らず、後はひたすら足を動かす。
「わあああ!?」
 どうやら因縁の相手らしいチャリンコの群れとバイクの群れの間に来てしまい、双方から罵声と共に投げられる唐辛子の粉末やボーガンの矢やヘルメットやら手袋やらスパナやらトリモチを喰らって、開始一分でズタボロである。その割になぜあまりダメージを食らっていないのかと聞きたくなる風体になってしまったクラスメイトPだったが、ここで救いの手が入った。
 前籠のメカバッキー山田さんが向けられる攻撃に対して牙を剥いたのである。
 投げられてくるものをすべて美味しく頂いた彼は、前籠から飛び出して相手まで食べに行く。彼の凶暴性にまずバイクの群れが散開した。
 クラスメイトPは「山田さん……助けてくれるなんて」と感動していたが、恐らく彼の気性からして山田さんは攻撃された事に対して反応しただけっぽかった。
 尚も群れるチャリンコ集団の中を飛び回ってがじがじ噛んでいく彼の勇姿は根性のあるらしいチャリンコ同好会の面々にも深く刻まれたようで、「敵襲―!であえー!」と叫んでいる。
『今年も白熱していますこの僅か150メートルの平地戦!何だか小さな物体がチャリンコ集団を蹴散らしているようです!そしてその小さな物体が戻った先はァーおっとエントリーナンバー13、リチャード選手の籠だー!これは直接攻撃には含まれないんですか将軍!』
「ありゃペットの暴走だろう」
『だそうです!隠密部隊の皆さん、ルール違反じゃないので取り押さえなくていいそうですよー!』
 その放送に、視界の端にあった複数の影がスッと消えた気がしてクラスメイトPは「あれ僕危ないところだった?」と今更ながらだらだらと冷や汗を流していた。ついでに「山田さーん……あの、ほどほどに」と言って山田さんに噛みつかれていたりしたが。
≪いやー今年は飛び入りさんも多いですねー。しかしこれエントリーナンバー13のチャード選手、括弧して出前少年とか書かれてるんですが読み上げたほうが良かったんですかねぇ≫
「あぁ、去年の大会で先王様のお気に入りだったやつか。そういや優勝したんだよな」
 優勝したことより先王陛下のお気に入りという部分に注目が集まっているあたり彼らの関心がどこにあるかわかろうというものだ。
『なんと先王陛下のお気に入り!これは期待できますねー、とゆーかお気に入りなら拉致ってここに住んでもらいましょーか、世界の平和のために』
 彼らにとっては先王陛下の機嫌=世界の平和なのだろうか。
「世界の平和のために一人の少年を拉致るのもどうかと思うぜ俺は」
 ぬけぬけと返すベオとハルの話をキムが遮る。
≪ハイハイ危険な会話はそこまでーっ!飛び入りと言えば若い女の子も出場してるんですよ!エントリーナンバー17、フジタヒロミ選手−っ!ローラースケートでの出場です!≫
 後尾の方にいるが、地雷やマキビシの被害をほとんど受けていない彼女は颯爽と地面を滑っていた。この勝負先行したもの勝ちだが、優勝を考えていない博美は慎重に後方をポジションしている。先走る選手や集団で走っている選手やクラスメイトPなどが罠をほとんど喰らっていく為、後ろの方が比較的安全なのだ。
 落ちている地雷やマキビシの一部をちゃっかり拾いながら、博美は綺麗なターンで吹っ飛んできた選手をかわした。
「普通の市民に見えるが、あの女の子大丈夫なのかねありゃ。結構ハードだぜこれ」
『ハイハーイベオ将軍ナンパは自粛してクダサーイ』
≪こないだのボインのネーチャンとはもう別れたんですかー≫
「深読みすんじゃねえ馬鹿共。普通に大会運営側として心配してんだよ」
『キムさん、こないだのボインのネーチャンは一ヶ月持たなかったそうでゴザイマスヨ』
≪おやおやハルさん、全くベオ将軍は男の風上にもおけませんねぇ≫
ドガコッ!
ガガー……ピー
『ガガッ……失礼しました、実況を続けます』
≪ベオ将軍は手も早いですが足も早……すみませんなんでもないッス!≫
 誰か実況に口は災いの元という言葉を教えてやったほうが良いのではなかろうか。不貞腐れた様子で読み上げを再開したハムの声が突然調子を変えた。
『おっ!?エントリーナンバー23、ランドルフ・トラウト選手!これはわが国に筋肉ブームを巻き起こした例の人物では!?』
 実況の視線の先では小山のような肌色の巨大な塊が地響きを立てて猛スピードでリヤカーを引いているところだった。
『あれはリヤカーですね!しかし異様に重そうなのは何ででしょうか、地面にめり込んでいるように見えませんかキムさん』
≪これは期待できますね!先王陛下と真っ向から勝負をしていたという猛者でもあります!これは期待ですよ期待!皆さんカメラを買いに行ったほうが良いですよ!≫
『聞けやオイコラ』
≪ベオ将軍みたいですよハルさん≫
『キャッ、ハルさんつい取り乱してしまいました』
「てめーら喧嘩売ってんのか」
 真面目に実況やれよと文句が出そうな放送はさておいて、ランドルフは鋼で出来た超重量のリヤカーを引いていた。ランドルフは何でもないことのように走っているが、まず人間の手で引いて走るには無理なシロモノだ。
 ランドルフの怪力と体重を考えてチョイスしたものなのだろうが、しかしなかなかこれはこれでスゴイ。ゴゴゴゴゴとリヤカーが鳴らす重低音にドドドドドというランドルフが一歩を踏み出すたびに起こる地響きが組み合わさって、聴覚的に「何かが来る!」という恐怖感を前を行くものに与えている。
 恐怖に駆られた先行者が地雷やら槍やらまきびしやらの危険なモノから強力トリモチやら唐辛子の粉末やら胃薬やらの微妙なモノを投げつけてくるが、ランドルフは万が一を考え車体を庇ってそれを全て身体で受ける。避けようと思ってもこのガタイでは無理というものだ。
 リヤカーが破損した時に備えて工具まで乗せてあるというのだから、彼がこのレースで一体どんな荒っぽい疾走を繰り広げようとしているのか想像もつくというものだが。

 罠を避け、飛来する危険物をかわし、かつスピードを上げていた選手たち。
 途中で車体が壊れ、泣く泣くタイヤを背負って走るものも数名いる。優勝は絶望的だが、優勝者が出るまでレースを続けるのがルールだ。ルールを破った者にはどんな制裁があるか知れたものではない。
『おおっ、左大臣様が森の手前で減速しました――っ!流石は年の功、森がどんなに危険なところか分かっているようです!いたる所に罠のあるこの魔境、無傷で生還なるか――!?』
 彼らの前に、森が迫っていた。


ォン―――
 左大臣の乗ったポルシェが低速で森の道を入っていく。道といってもほとんど木々の間の隙間といった感じだ。獣道のようなものがいくつかある以外道はない。
『今のところトップは左大臣様、ポルシェに乗った爆走ペーパードライバー若葉マーク!』
≪いえ、しかし確か我らが左大臣様は御歳80のハズ、ということは若葉マークにして爆走落ち葉マーク!≫
「紅葉だボケッ!」
『えー?百歩譲っても枯れ葉マークですよ』
「どこがどう譲ってんのか聞いてもいいかオイ」
 甚だしく失礼な事を漏らしまくる実況の二人。今月の減給は免れないだろうことはきっと頭から消え去っているに違いない。

 その頃スルトは。
 森の手前で既にカオスに巻き込まれていた。
「ハーッハッハッハ同志よォオオオ!!チャリンコ同好会の存亡は同志の存在にかかっている、頼んだぞォオ!」
 地面に貼りついてヤケクソ気味に高笑いする男たち。
「叫ぶ気力があるんだったら走ればいいと思うんだが……」
「「「「「頼んだぞォオオオ!!」」」」」
 トリモチのトラップ群にまるごと落ち込んでしまったらしいチャリンコ軍団は地面にくっついたまま声を揃えてすぐ近くにいたチャリンコ走者、スルトに願いを託した。頑張れスルト!君の肩にはチャリンコ同好会の「バイク軍団に負けてなるかァア!!」という妄執が圧し掛かっている!
 それを見ていたバイク軍団は、
「皆の者ォ!あの黒マントが敵じゃああああああああああ」
 と叫んでスルトにターゲットロックオンしたようだった。
 その近くをズタボロのクラスメイトPが通りかかり、チャリンコ同好会の面々が「そこなる少年!チャリンコ同好会の……」と言っていることからして、チャリンコ同好会の存亡はチャリンコ走者であれば誰でも左右できるようだ。
 そしてそれを見たバイク軍団が
「皆の者ォ!あの凶暴ペットin少年が……」
 と叫んでクラスメイトPにターゲットロックオン以下略。
 なんだかよく分からない世界に迷い込んだ気になりながら森に入ろうとして、横からバイクがそれを邪魔せんとスライディングをかます。
 バイクでスライディング。
「正気か!?」
 寸前でブレーキをかけバイクとの激突を何とか回避する。流石にひやりとして叫んだ言葉に、バイクと一緒に転倒した男が熱血そのものの顔で応える。
「勝機なんて作り出すものだァ!」
「良いコト言ってるように見えるけど字が違うから!」
 遠くから白月が突っ込む。耳の良いことだ。
「情熱の前には正気なんて蒸発する油の如く!」
「油は蒸発しねーよ!」
 死屍累々と倒れ伏す選手たちの間をすり抜けざま白月から落とされたツッコミに、誰かがぐっ!とアツい眼差しで親指を立てる。
 白月は呆れたような表情を一瞬向けて迷いもせず森に入っていった。
 ツッコミが慢性的に不足しているこの国では、数少ないツッコミ要員は実は大人気である。その分疲労も物凄い為誰も嬉しがらないが、ツッコミの癖に放任主義者のベオなどは突っ込んでくれない事も多々あるので色んな意味で鬼将軍と呼ばれている。
 まあ、それはともかく。
 バイクの集団に囲まれそうになったスルトは眉を潜めつつ大きく迂回しようとして――

ラびィイイイイイイイイイイうわ何だあれ馬が違うカートだぎゃああああヤバイ避けろぉおおイイイイイイイイちょっ速ァ!?嘘だろわああああ逃げろお助けー!イイイイイイイイイイイイ待て止まらないぞアレ一体何ぎゃぶふぁ同志よォオオ何でカートがあんな速うっわああああイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイおい馬の蹄の音が幻聴だバーロー!それより逃げぎゃあああああイイイイイイイイイイイイイイイイあっこんにちはお久しぶりです九十九軒にうわああああイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ

 だんだん近付いてくる妙な声とそれに伴って発生する悲鳴が近付いてくるのを聞き、振り返ろうとしたスルトの眼前を恐るべき速さで何かが通過した。巻き起こった風に「うわっ、と」と慌てて自転車のバランスを取る。その「何か」はバイク集団を蹴散らしすぐ目の前の森の際に生えている大木に激突した。いや、正確には――「何か」を構成する3つのモノのうち激突したのは1つだけだった。その1つは「ギャべラばッ!!?」と世にも奇妙な悲鳴を上げる。
「えー……と、フール……?」
 猛スピードで走る馬に押され色んな物を轢きながら暴走していたカートは、森の手前で緊急停止し、カートからずり落ちそうになって青くなってとりあえず叫んでいた緑色の人物は物凄い勢いで放り出され大木に激突したというわけだった。
 ボロ雑巾のように地面に落ちる人物を見てスルトはどういう反応をすればいいのかと戸惑いながら声をかけた。
「あー……生きてるか?」
「……ほへェ〜……?」
 かなり駄目っぽい声を上げてフールがパタリと仰向けに倒れる。
ブルルルッ
 仰向けに倒れたフールの顔の横に、岩盤に足跡を残しそうな勢いで蹄が叩きつけられる。
ブルルルルルル……ヒヒィイインンンッ
 口からエクトプラズム的なものが手を振って出て行きそうな程青褪めたフールに、見事な体躯の黒馬が鼻面を近づける。鳴き声を意訳すると――『おやおや……まだまだ地獄はこれからですよ……?ククク、最後まで存分に楽しませてやろう』である。
 馬語を理解しない者にもそれだけのことを悟らせるとは、性悪此処に極まれり。そもそも今日の彼は人格、じゃなかった馬格が違う!?と突っ込まれそうな悪役っぷりを滲ませている。サディスティックな笑みが馬の顔に刻まれているように見えるのは気のせいだろうか。否。
「う……馬って笑うのね……」
 皆が青褪めて硬直する中を博美がぼそっと呟きながら遠巻きに通過していく。
 この空間はヤバイ。
 もともと熱気とノリで異空間が形成されていたところに新たな異空間が発生している。
 正に何が起こるかわからない異次元、デンジャラスゾーン。
 この空間では馬が笑うこともあれば人間がボロ雑巾になることもあれば槍が空から降ってくることも――
「……え?」
 見上げた天空から、無骨な槍が降ってきた。
ヒュゥゥゥゥ……ン ドスッ!
ヒゥン  ヒュウウウ……ン  ドスッ!  ザクッ!
「ええええええええ槍ぃいいいいい!?」
「キャ―――――ッウぐッベティさン首が絞まッ!?」
「何で槍が降ってくるんだ!?」
 至極真っ当な疑問を叫ぶスルトが恐慌した選手の突進に遭い、バイクを抱えて真っ青になって逃げる選手団に押し潰される。
「先王陛下が!」「ン何ィイイ」「逃げッ逃げ逃げどどどおりゃあああああ」「リヤカーが来るぞ!?」「槍は何処からだと!?」「槍なんて天空の城から降って来のお゛あああああ」「先王陛下だァアアア逃げろぉおおお!!」「地響きがうわあああ!?」「ああ……見える……見えるぞ、黄金の翼が!あの槍には黄金の翼が」「いってええ腕を踏むなこのカス!」「んだとゴルァ首洗って待ってやがれこのハゲ!」「山が迫ってくるぅうう!?」「タイヤだタイヤを担いで徒歩で逃げろぉお!」「タイヤ=ゴムよしゴムを探せええええ」「タイヤぁあ!何処だタイヤぁあ!」「まッ待って置いて逝かないで兄弟」「ああああああ来たああああああ」「森に逃げ込めー!」「ほぎゃあああああ神様仏様光明神様あああああ」
 口々に叫びながら、地面に張り付いていた選手でさえも地面を掘ったり服を破ったりしてその場からの離脱を図る。
 一体何が来るのか――
 しかしスルトはそれどころではなかった。
 突き飛ばされてトリモチの付いたマントはベトベトで葉がくっつき、何とかママチャリの元へ戻ってみると――タイヤが二つとも力任せに奪い去られていた。
 地面に落ち、何度も踏まれた「あじいち」ののぼりが荒野からの風に吹かれて空しくはためく。
 ジャリ、と地面を踏みしめながら「あじいち」ののぼりを拾い上げる。その背中はあまりのレースの混沌ぶりに戦意を放棄したかに見えた――が。

カ ッ !

 スルトの目に底知れぬ光が宿った。
「……」
「あじいち」ののぼりを背中に固定し、近くに倒れていた三輪自転車、よく年配の奥様方が使っているチャリンコを引き起こす。
「……自転車の弁償代金くらいは、貰わないと」
 俯いた顔に腹黒い笑みが広がる。
「……割に合わないよなぁ……?」
 ここに出現した異次元は人格にすら影響を及ぼす(?)らしい。
 
―――(黒)スルト、覚醒。



◆ wood land ◆

 樹木の生い茂る森の中。
 リチャードことクラスメイトPは獣道を進んでいた。あっちこっちでドゴォオオオンだのぎゃあああママーンだのミキミキミキッヒィイイイだのガサガサドピュッだのたた助けぶべらっだのヒュンヒュンヒュン――ごふっだのおおおぉぉおおお根性で突破ぎゃぼっ俺は真理を見たァア!!だのと音や悲鳴が聞こえる。
 だが、恐ろしいことに、背の高い草に隠されて50cm先くらいまでしか分からないのである。声はすれども姿は見えず。いや、正確には断末魔はすれども屍は見えず……
 クラスメイトPは既にジャングルで生活して3ヶ月目ですというようなボロボロの格好になっていたが、ついでに怪我もしていたが、まだまだチャリンコのペダルを踏む足から力は失われていない。
「だだ大丈夫かな……ってぇええええ!?」
 クラスメイトPが横からの風切り音にそちらを向くと、何か茶色の物体がしなりながら彼に向かって飛んでくる。認識する暇も避ける暇もなくクラスメイトPはおでこをしたたか打ち据えられ声をあげた。
 涙目で打ち据えてきた茶色の物体を見やると、たわんだ木の枝である。よくよく見るとあちこちに仕掛けられている。油断は出来ない……とペダルから足を外して地面にスニーカーをつけると、そこがぼこりと凹んだ。
「へ?」
ズボッ!
 悲鳴と共にPの姿が落とし穴の底に消える。
ガッシャーンッ
 穴の底に叩きつけられたPは痛みに呻きながらまず山田さんの無事を確認した。
「っうー……いてて、山田さん大丈夫ってあれ?」
 きょろきょろとあたりを見回す視線が、自分が下敷きにしている物体に止まる。
 白っぽくて、少し黄ばんでいて、棒のような部分と丸い部分があって、湾曲した部分があって、丸い部分の中で一番大きなものには大きな穴が二つ開いていて、その下には歯、そう歯が並んでいて、何かの拍子にかっくんと顎が落ちて――
 ……人骨?
「っっっっッうfti%&#$urtoわぎゃda\hki$"wdCT@/&fhi"〜〜〜〜〜〜!!!!?」
〜〜〜〜〜………
〜〜〜………
〜………
 その全てを振り絞ったかのような悲鳴は森中に響き渡ったという……。
「なっななななななんでほほ骨っ骨うわああッだだだだだだだ誰か骨ッ骨が骨ぇええぼぼぼぼくイリマセン美味シクナイヨノーセンキュッあああ骨わああああ来ないで下さいいいいたたたたすけハリアッ山田さーーーーーーん!!」
 クラスメイトPの混乱しきった助けを呼ぶ声が聞こえたのかどうか、メカバッキー山田さんはクラPの遥か頭上、落とし穴の縁からひょこりと顔を覗かせた。
「あああッやっ山田さぁあああたす助けっ呪われるぅうっうううっううううううううう!!」
 とりあえず落ち着けと言いたくなるような狂乱状態でだーっと涙を流して救世主山田さんを見上げるP。どうでもいいが、骨の上で祈りのポーズを取るのは止めた方がいいと思われる。呪われたくないなら。
 山田さんはぷいとそっぽを向いて穴の縁から姿を消す。穴の中から絶望の声が上がるが、見事に知らん振りだ。
「……リチャード?」
「あっ!スルトさぁああああああああああああん!!!」
 号泣しながらの物凄い食いつきに一瞬スルトは身を引いたが、気を取り直して穴を覗き込む。
「どうした?……ってまあ、見ればわかるけど……今鎖を降ろすから待っててくれ」
 鎖?スルトさん鎖なんて持ってたのかなとクラスメイトPは疑問符を頭に浮かべたが、とりあえず人骨様と早く離れられれば何でもいい。
 じゃらんと顔の前に落とされたそれが頭に直撃しなくて良かったと不幸体質ゆえの哀しいことを思いながら分銅の部分をつかむ。
 自転車を背負ってそれを登る。結構キツイ。
「っよっ……しょっと」
「大丈夫か?……っ、……どうしたんだその骨」
 差し伸べようとした手を一瞬止めてスルトが訊ねると、
「えっ!?っえええええひぁああ!!?」
 自転車に絡んでくっついてきた骨に気付き鎖にしがみ付いたまま悲鳴をあげるPに「落ち着け!多分作り物だから!」と言ってとりあえず地上に引き上げる。
「つ、作り物?作り物ですか?」
 ばたばたと人骨から離れて木の影に隠れるクラスメイトPに「あ、そっちは今罠が……」と忠告するが時遅し。
「っわああああ!?」
 地面に張り巡らされていた網が勢い良く跳ね上がり、Pは今度は地下ではなく樹上に吊り上げられた。しかしこれくらいの事は慣れているP、それよりも人骨の方が気になったようである。
「っそ、それ作り物なんですかぁ!?」
 樹上に吊り上げられたまま尚骨の事を尋ねるクラスメイトPに苦笑しつつ、スルトは作り物の骨に歩み寄った。骨はよくよく見ると木の枝を削って白い塗料を塗りつけたもののようで、それほど細かく作りこんであるわけではないがパッと見は本物そっくりだ。
 実はこの森は軍の訓練用にあちこち罠が作られているので、流石に穴の底に木の杭は立てないものの、雰囲気作りにと言って何処かの器用で暇な兵士が作って置いておいた物だった。その暇な兵士のおかげで、穴に落ちて絶叫した人間の数はクラスメイトPで24人目だったりする。
「ああ、木を削って白く塗ったもの……だと思う。少なくともホンモノじゃない」
 しゃがみこんで骨を拾うスルトの側には選手の一人が倒れていて白目を剥いている。近くに丸太がぶら下がっているからそれにやられたのだろうが、
「スルトさーん、そこに倒れてる人は」
「ああ……ちょうど良く鎖分銅を持っていたから、ちょっと目潰し食らわせて足をすくって、罠があったからそれに引っ掛けさせて、な……」
 スルトの顔に浮かんだ爽やかで腹黒い笑みを見て、Pは「あ、あははははは……そそうですか」とどもりながら(あれえええスルトさんちょっといつもと違くないかな)と冷や汗を流していた。
 立ち去りかけていた山田さんがよじよじと木を登っているのを見て、スルトは
「じゃあ、大丈夫そうだから、またな」
 とチャリンコにまたがった。
「あ、ありがとうございましたー!頑張りましょうね!あと良ければ九十九軒に来ませんか美味しいですよ!」
 商魂たくましい台詞を聞いてスルトは苦笑して応える。
「ああ、今度行ってみる。また「あじいち」にも来てくれよな」
 スルトが先行したのを見送って、山田さんががじがじと網を齧ってくれるのを『山田さんは頼りになるなぁ』という目で見やる。
「山田さん凄いなぁってアイタタタタぼくは網じゃないよーッうええええ待って何で矢があああわわわ」


 自然を大切にする、良識人のランドルフは木が疎らなところを選んで歩いていた。彼の巨体プラスアルファ鋼鉄のリヤカーだと、通れないところはどうしても木を倒して進むしかないからである。しかしまぁ自然を大切にするといっても無用な破壊はしないと言うだけで、他の参加選手が遠巻きにしながらランドルフを抜こうとすると
「おっと、危ないですよ」
 と言ってわざと木にぶつかってその前に倒したりしているのだが。ランドルフを抜かそうとした選手達は、軽い体当たりでバキバキ木を折りまくるランドルフの怪力と、念のため覚醒状態に入っている故の形相に恐れ戦いて藪のなかに突っ込み罠にかかって撃沈というパターンを繰り返している。ランドルフも罠にはかかるのだが……
 落とし穴にかかるが、咄嗟にランドルフが両手を広げると穴のふちにひっかかる。そのまま穴から巨体を抜き出して再び歩き出すと、丸太が横合いから殴りつけるように迫るが、片手で受け止めて放り投げる。胸の辺りにたわんだ枝がバシリと当たるが、ヒリヒリと痛むだけでそれ以外に支障はなく。ちなみにこの木の枝、ランドルフのように2メートル以上という背丈でなければ大体の人間が顔に当たる位置に仕掛けられている。悪辣だ……。
 小さな石を踏むとガバリと木の根が起き上がりランドルフの足を挟むが、怪力を誇るランドルフには特に効果のあるものではない。見えないように張られていた糸に気付かずぷちっと切ってしまって石礫が降ってきてもやはり効果はない。一度は金だらいと一緒に蜂の巣が落ちてきたりしたが、
「ガァアアアッ!!」
 と咆哮を上げると、いざランドルフに針を突き立てんと攻撃態勢に入っていた蜂たちもポトポトと地面に落ちた。
 そんなワケで、対人間用に作られた罠をランドルフは苦もなく突破していたのだった。
 暗いというほどでもなければ明るいとも言えない、微妙に薄暗い森の中で、天を突くような巨体のランドルフはそれなり恐怖の対象だ。迷って藪から飛び出してきた選手もランドルフを見ると回れ右をする。そんな中ランドルフにあっても視線すら寄越さずにひたすら逃げていく集団もあった。というよりランドルフが大きすぎて気付いていないようだったが。
「俺まだ死にたくねぇええええ」「先王陛下、今回は槍だなんて、あんな飛距離のあるもの先王陛下に渡すなんて!」「でも俺らだったら飛距離せいぜい20メートルだよな」「先王陛下に武器を渡す方が間違ってる!くっ、すまん妹よ、にいちゃんは無事に帰れそうにない……!」「逃げろとにかく逃げるんだ!森から抜けるんだ…!」「全体進めー!戦略的撤退だあああ」「もうなんでもいいから逃げろぉおお」
「先王さんですか。きちんと挨拶したいものですが……何処にいるんでしょうね」
 あたりを見回すが、断末魔やら破壊音やらがちらほら聞こえるだけで先王の姿は見えない。と、まばらな木々の間から先行する人影がちらほら見える。
「ちょっと脅かしてみましょうか」

 木が疎らだからと言って警戒を解くのは馬鹿のすることである。レースに参加した選手はほとんどが兵士であり、この森で訓練をする事もしばしばだといっても、訓練の度にパターンの違う罠が仕掛けられているため、経験があるからといって油断は出来ないのだ。
 ある者はタイヤを背負いながら、ある者は一輪車で、ある者はチャリンコを押しながら進む。妨害行為などしていたら共倒れ率が高くなるので、余程自信のある者か余程の大馬鹿かこの森の危険さを知らない者しかいない。まあ、「余程の大馬鹿」と「余程自信のある者」というのが皆無でないあたりそちらにも注意しなければならないのだが。
ゴ…………
  ゴ……ゴ………
ゴココ………   ゴゴッ………
 背後から重々しい音が聞こえた。
 反射的に振り向こうとした4人の男たちの耳に、低い低い、地面が唸るような声が聞こえてきた。
<我はこの森の守護者なり……!我が森を荒らすな!>
 瞬間男たちは総毛だった。
 後ろを振り向く事すら出来ずに天に向かってお祈りを始める。
「すすすすすみませぇええん!!つい出来心で木に相合傘彫ったのは俺です!」
「うわあああああすいませんすいません毛虫がついてるからって木そのものを切り倒したのは俺ですううう!」
「すいませんついバーベキューしたくていつもの薪の分より余計にとってったの俺です!!」
「すすすすっすすすすみませんつつつつい花が綺麗だったんであの子にあげたくて!」
<去れ!二度とこの森へ近付くな!>
 この後、大の男4人が号泣しながら森の外へ走っていくという微妙な光景が見られたというが、この国では大して珍しい事ではないのでスルーされたとかなんとか。

「……いやはや……こうも簡単に引っ掛かってくれるとちょっと楽しくなってきちゃいますね」
 物凄い勢いで、しかも何故か全く罠に掛からずに戦線離脱を図る4人の男をしばし唖然と見送って、ランドルフはぽりぽりと頭をかきながらそう言った。なるべく足音を立てずに近付いてできるだけ低い声を出してみただけなのだが。信心深いと言えば聞こえはいいが、単なる馬鹿……と言えなくもない。いや、恐らく本当に単純馬鹿なのだろうが。
 個人で道具も何も使わずこれだけの選手をリタイヤさせているのは恐らくランドルフだけだろう。


『おっと、そろそろ最終トラップが作動する時間です!これは真面目に避けないと皆さんもしかしたら命の危険があるかもしれないので気をつけて下さいね〜』
 実況のハルがいかにも他人事のように告げると、待機していた隠密部隊の面々がスッと森の中に入っていく。
≪今隠密部隊の皆さんが気絶した人々を避難させています。恐らく数分で済むと思うので、そうしたら皆さんご覚悟を〜≫
 最終トラップ。
 初耳な面々が周囲を見回すと、あちこちで「げっ!」だの「マジかよ!」だの「落とし穴に非難だ非難!優勝どころじゃねえ!」だの「うっそぉおおおおお!?」だの喚いている。
『あっ、今全員避難させ終わったとの合図がありました!では最終トラップ発動です――!』
≪では――いざ!!ぽちっとな≫
「「「古っ!」」」
 幾人かのツッコミを受けながら発動した最終トラップ――それは巨大な鉄球。
「ギャピ――――!?ペチャンコ再来!?」
「嘘でしょおおおおおおおおお!!」
「何であんなのが森の中を転がって来れるのよ!?」
「マジかぁあああああああああああああああ!!」
「それ逃げろやれ逃げろ速く逃げろおおおおおおおお!!!」
「唸れ俺の足今こそ逃げ足の素早さを見せるんだぁ――!」
「スピード全開!サイクロン!」
 直径は何メートルだろうか――とにかく巨大な鉄球が5つ、並んで森の中を転がってくるのである。
『ちなみにあまりこの最終トラップについてご存じない皆さんの為に説明いたしますとー、この最終トラップは魔法で作り出した鉄球で森の中にいる人間だけを一網打尽にするという先々代国王陛下が考え出したトラップでありまして、森の木々や虫や鳥などは通り抜け、敵兵のみを追いたて森から追い出すという性格が悪いといいましょうか悪知恵が働くと言いましょうか、ただ伝え聞くところによると慌てふためいて森から出てきた敵兵を物凄く愉快そうにとっ捕まえて居たそうなのでやはりここは悪逆非道と』
「言っとくが先々代の陛下はまだご存命でまだまだピンピンしてるぜ」
『…………………………心の底から地面にめり込む勢いで天の川に届け俺の魂と願いながら全身全霊で謝罪させていただきます先々代様ァッ!どうかどうか平にご容赦を!』
≪先々代様ご存命となると確か御歳……えーきゅうじゅう……お幾つでしたっけ≫
「さぁ……100歳に近いんじゃねーの」
『ピンピン……してらっしゃるんですか。100近くで』
「左大臣様に魔法を師事した人だぜ?」
≪『ああ、なるほど!≫それはピンピンしててもなんらおかしくはないですね!』
 その頃左大臣の乗るポルシェの中では不穏な含み笑いがこぼれていたが、たぶんそれを知っていたらハルの無礼千万な物言いも少しは収まった筈だったと思われる。

 実況の命運はともかく、今は選手たちの方が絶体絶命だった。
「のおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――!!」
「足っ足がっ足がぁああああああああああ!!」
「やっべ、何だコレ超楽しいいいいいいいいいいいいいいい!」
 一部には楽しんでいるものもいるようだったが。

 重苦しい音を立てて巨大な鉄球は選手達を追い上げていく。
「去年よりずっと危ないだろこれ!?これ死者出るんじゃねーの!?」
 白月は突っ込みつつそれでも鉄球よりは早く森の外を目指していたし、
「不味いなこれは……しかし負けん」
 黒スルトは呟きつつ前を走るバイクにロープを引っ掛けてちゃっかり引いて貰っていた。
「ちょっとちょっとちょっとー!女の子にこれはひどくない!?」
 博美はそう言いつつも鉄球と鉄球の間の僅かな安全地帯に滑り込もうと画策していたし、
「樹木には申し訳ないですが全力で行かせてもらいましょうか……!」
 ランドルフは全力で走りながら時折ぶつかって倒れる木に申し訳なさそうな視線を向けている。
「ええええええええええええ、えええええええええええ、ええええええええええええええええ!!?」
 クラスメイトPはひたすら驚愕の声を上げながら必死にペダルを漕いでいた。


『さあ、皆さん最後が近付いてきましたーっもうすぐ森の終りです!』
 実況が最終宣告に聞こえたものもいたことだろう。
 鉄球に追われた選手達が次々に森から飛び出して一目散に逃げていく。森から出たところに仕掛けてある罠に引っかかって再び森の中にリターンされるものや、気を抜いた途端の罠でついにノックアウトされてしまうものまでいる。
「っとぉ、森から出た途端の罠かよ!セコいけど効果的だよな」
 白月が飛び出し、
「何とか抜けましたね……っと、吃驚した、ただの地雷ですか」
 やはりランドルフが罠にかかるがダメージはなく、
「ふ、罠か。先導のバイクが受けてくれたから大丈夫だな」
 スルトが腹黒な台詞と共に森から姿を現し、
「ああああああああああああああああああ」
 クラスメイトPが鉄球とスレスレで飛び出してくる。続いて、鉄球の間で上手く潰されるのを回避していた博美が。自分の目と鼻の先で巨大な鉄球が唸りを上げているというのに、冷静にその隙間に入り込み怪我一つなく突破。
「……無用の心配だったか。あのお嬢さん、只者じゃなさそうだな」
『しょーぐーんナンパは程ほどにして下さいねー』
 鉄球が森の外に出た途端滲むように消えたのを見て、一同はほっと息をついた。クラスメイトPは罠として仕掛けられていた花火を受けて絶賛混乱状態だったが。
≪さぁ皆さんまだレースは終ってませんよ!次は料理の早食い対決です!≫
『あっ先王陛下!なんと鉄球の向こうから先王陛下が姿を現しました!鉄球に追われる事無く悠々とレースを進めていたようです皆さん逃げてー!』
 実況のどちらの声に反応したのか、一同ははっとしたようにレースを再開した。



◆ Select dish ◆

『さぁこの障害物、テーブルにズラーと並べられた料理のどれかを選んで食べなければなりません!実はこれ選んだ皿によってどんどん追加がされることもあるといういわば究極の洗濯!違った選択!』
≪更には城で選りすぐりの料理下手な人を募り見た目はいいのに食べたら地獄な展開の皿も待ち受けています!しかし完食しなければ進めません!さあ皆さん早い者勝ちです、好きなものを選んでください!≫
 森から飛び出した人々はにこやかなコックの群れに迎えられ、席に付く。きちんとお絞りまで用意されていて、手を拭いて料理に挑む。
「美味しそうですね……じゃあこれを」
 ランドルフはそもそも、「金一封ですか……やってやりましょう!食卓を豪勢なものにするために!」という動機で参加したのである。美味しい物がタダで大量に食べられるのなら文句無しだ。ランドルフが選んだのは若鶏とキノコのフリカッセ。柔らかく煮込んだ鶏肉に舌鼓を打っていると、隣に座ったクラスメイトPが中華を頼んでいた。
「あ、ランドルフさん」
「リチャードさん!またこの国の主催のイベントで会うなんて……こんにちは!」
「こんにちは!お会いできて嬉しいです〜!いやあ……ハハハ……うっかり下調べもしないで参加しちゃって」
「……大丈夫なんですか?結構これ、ハードです……よね?」
 そう言ってPの傷だらけの格好を見て眉を潜める。(彼の性格を知らない者が見たら気弱な少年をとって食おうとしているように見えたかもしれない)
「大丈夫ですよ、いつものことですし!参加したからには、やり遂げたい事もありますしね!」
 ぐっと握りこぶしを作った拍子にガタガタになっていた眼鏡がズルッと顔から落ちる。それをあわあわと拾い上げ、Pはふと食べ終わったはずなのに皿が追加されているのを見て、にこやかなコックさんに尋ねた。
「あの……これ」
「エントリーナンバー13番、出前少年さんですね。あなたの選んだ皿は満漢全席です。頑張って下さい」
 エビチリがとても美味しそうだ。美味しそうなのだが……コックの後ろに並んだ皿の数を見て、クラスメイトPは眩暈を起こしそうになった。少なくとも20はある上に、今まさに調理してどんどん出来上がっていく量を考えると……嗚呼。満漢全席は確か、少なくとも30品、多くとも160品目あるはずだ。彼にそれが食べ切れるのか……
 隣でランドルフがちょっと羨ましそうに見ているが、普通の胃袋しか持たないPにとっては拷問だ。涙目になった時。
「ちなみに、他の選手が料理を掻っ攫った場合選び直しです」
 コックさんがこっそり囁いた。魂の抜けかけたクラスメイトPが流石に憐れになったのだろうか。
 クラスメイトPはがっしとランドルフのごつい手を掴んだ。必死な視線に苦笑し、ランドルフもちょっと食べたいと思っていたのもあって、彼は皿を自分の前に移動した。
「ランドルフさん……!今度九十九軒に来て下さいね!奢ります!」
 クラスメイトPはランドルフの食べる量を知っているのだろうか。知っていたら少しは躊躇ったかもしれないお礼の約束をして、クラスメイトPは新たな皿を選んだ。比較的量が少なそうな――
「あれにしてください!」
 隣ではランドルフが物凄い勢いでもう3皿目を開けている。
「どうぞ。フランス料理のフルコースですね」
 フルコース!
 Pは硬直した。
 クラスメイトPの浮かばれる日は来るのだろうか……


 博美はケーキのようなものが乗った皿を選んでいた。
 前身がなんであろうと、今の博美は青春真っ盛りの女の子である。
「美味し〜い!」
「ありがとうございます、コーヒーはいかがでしょう」
「あ、貰います〜」
 ケーキと言っても、小さいとはいえワンホール乗っているのだが。
 女の子の別腹には敵わないようだった。


「うぐっ」
 白月は非常にマズい皿を選んでいた。
 これは毒か。毒だな!?
 そんな意味を込めて目の前のコックを睨むが、コックはにこやかに
「ポークソテーでございます」
 とうやうやしく告げるだけ。
 白月は城で選りすぐりの料理下手な人に当たってしまったらしい。
「くっ……!誰かを思い出す味だ……っ!」
 というか毒以外でこんな味のものが存在するなんて断じて認めん。
 舌に強烈なショックが走り脳が宇宙の深遠に放り出されそうになるのを何とか堪えて、白月はぐっとフォークを握った。


「ご馳走様でした。美味しかったですよ」
 ランドルフが穏やかにお礼を言って立ち上がると、小柄な可愛い系の女性が出てきてにっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます。ふふっ、まさか全部食べられてしまうなんて思いませんでした」
 隣ではまだクラスメイトPがひいひい言いながらフルコースをお腹に収めているが、まだ食べ終わりそうにない。
「貴女の料理が美味しかったからですよ。レシピをお聞きしても?」
 女性はくすっと笑った。
 ほのぼのとした空気が生まれ始める。背景に毒の如き料理に当たって死に掛けている選手もいるが、そこらへんは雰囲気にそぐわないのでカットだ。
「ええ、いいですよ」
 じゃあ、とランドルフが口を開いた時――実況から果てしなく邪魔くさい騒音が入った。
『おおっとランドルフ選手こと筋肉教祖、料理長にメニューを聞いているぞ―――っ!?ちなみにその人はナナキ将軍の想い人だってウワサだぁハッハー!』
「!!!!てっめ何言って」
 ナナキは思わずスピーカーに怒鳴りかけ、一緒にいた特攻隊の生温かい視線に気付いて戦慄した。
「ハルさん!!」
 女性が顔を赤らめて睨む。それはとても可愛らしかったが、次の瞬間その口から飛び出した単語に実況席は静まり返った。
「今日のお夕食抜きにしますよ!」
 観客席までもが静まり返るという事態に、銀幕市から参加した面々はそれぞれ頭に疑問符を浮かべる。目の据わったスルトと半泣きで中華を頬張っているクラスメイトPはそれどころではないようだが。
「……え、何?」
「あの、皆さんどうかし……」
 ランドルフが逞しい首を曲げて問いかけようとした時。
「……実況ォーーーー!!てめぇらは俺らを殺す気かゴルァアアアアア!!」
「謝れ!今すぐすみませんと謝れィ!!」
「夕食作ってくださいお願いしますと土下座しろこの悪魔―!」
「馬鹿―!」
「アホー!」
「闇討ち覚悟だろうなコラァ!!?」
「ハルお前今日の夕焼けが見られると思うなよ」
「食い物の恨みを思い知るがいい小僧ォ!」
 実況席に雪崩れ込む群衆をポカンと眺めて、ランドルフは事態の説明を求めるように料理長だという女性を振り返る。
「食事はお城で配給制なんです。だから、ハルさんにご飯を食べられないようにするっていうことは、つまり皆さんの分の食事も作らないということですから」
 一人食事抜きなら全員食事抜き。食事時はおかずの奪い合いが起こるほど食い意地が張っている彼らには耐え切れない拷問のようだ……。ランドルフも生活費の殆どを食費に回しているという大食漢だから、そのキモチはとてもよくわかる。
 実況席のハルとかいう人が大変なことになりはしないかと心配しながらもこの騒動ではレシピを聞くどころではないとレースに戻ったランドルフだったが、ぎゅうぎゅう詰めになった実況席に辟易したべオが「実況席に入ってくんじゃねぇ!」とことごとく蹴り出していたので安心した。実況席の平穏は将軍によって保たれているようだ。


 スルトは席に着く直前にバイクに轢かれ、大量出血していた。慌てるライダーの腕を弱々しく掴み、
「さ、最後に、団子、だんごを……」
 と掠れた声音で訴える。ぶわっと涙を流したライダーは「俺が戻るまで死ぬんじゃねぇぞ、絶対、絶対食わせてやるからな……!」と叫んで場外に飛び出していく。
 あわれ、ライダーはスルトにダンゴを食わせることはついぞできなかった――
「よし」
 ライダーが見えなくなったのを確認し、何事もなかったかのようにむくりと起き上がったスルトの体から瞬く間に血が消えて行く。
 しれっとした顔で席に座って皿を選ぶスルトに、オカマのコックさんが「恐ろしいコ……!」と慄いていたが、まあオカマでも料理は美味かったのでよしとする。


 一番最後に席に着いたのが――先王陛下である。
 ガラガラと車輪の音を響かせて――妙に物々しく聞こえるのは乗っている相手が相手だからだろうか――古代オリエント式の戦車を2頭の馬に引かせて現れたのは、大柄な偉丈夫。国の兵士たちにとっては果てしない畏怖の対象、先代国王陛下である。
 兵士たちの畏怖の視線が集まる中、悠々とコック達の前を横切る。
「その皿をとれ」
「承知いたしました」
 そして何故か先王陛下はクラスメイトPの隣に陣取った。
「あ、先王さ……」
 絶句してしまったのは当然。
 クラスメイトPの目の前で、先王陛下は縦と横が同じ厚みのステーキの乗った皿を選ぶと、一口。
 がつがつごくり。
「次」
「はっ」
 カルパッチョが乗った皿を口の上で傾け、一口。
 がつがつぐびり。
「次」
「はい」
 野菜が入っているのだからがつがつと表現すべきではないのかもしれないが、しかしこの食べっぷりからはがつがつと表現するしかない。
 ランドルフさんはひたすら速かったけど……先王さんってちゃんと噛んで食べてるのかなとぽかんとした頭に疑問が浮かぶが、どうした、と視線を寄越されてはっと自分の料理を思い出す。呆けている場合じゃなかった。

『あーなんか先王陛下は出前少年を見つけたようです。凄く面白そうに見てます。自分も食いながら』
≪相変わらず豪快に食べますねぇ、ランドルフ選手も凄かったですが≫
「満漢全席を20分かからねぇで食ったんだろ?ちゃんと味わってたようで料理長も嬉しがってたな」

 ちなみに左大臣は入れ歯を無くしたとかでスープオンリーにして貰っていた。

 大方の選手が食べ終わり、あるいは瀕死になりながら、次の場所へ進んだ。
 ――落とし穴と泥の魔のコンボ。



◆ Mud & Pit ◆

 泥のフィールドは最初から阿鼻叫喚だった。
「恐れた者イコール敗者!ファッハッハッハッハァさあ行くぞライダー達よガボッ」
「リーダーぁああああ!!」
「皆の者リーダーの無念を引き継いでさぁ恐れずにぜんしグボッ」
「サブチ――フ!」
 ここまでなんと生き残っていたらしいバイク集団が変態……いやいや違う編隊を組んで泥を跳ね飛ばしながらアクセルを踏んだ瞬間、先頭がいきなり泥のなかに沈んだ。
 あの星を見ろ!リーダーはいつもあそこから俺たちを見ている!と泥に埋まった落とし穴から浮かび上がる泡にも気付かず別の方向へ前進しようとしたバイクが同じように泥水の中へ消える。
 もたもたしているバイク集団の側を通り抜けて、ローラースケートが半分泥に埋まっているのを渋い顔で見ながら博美が先行する。
「つまり闇雲に進まない方がいいのね」
 バイクの集団を見て頷く。
ドドドドドドドドド  〜す〜け〜テ〜……
 背後から爆音にも聞こえる、しかしエンジン音ではない音が聞こえて、博美はちらっと背後を――見る必要はなかった。
「きゃっ!?」
『おおっ、これはエントリーナンバー14フール選手―!愛馬ベティさんに押してもらって爆走中です!左大臣様が料理で手こずっている今、フジタヒロミ選手を抜かして、これはぶっちぎりで一位かー!?』
 凄まじい勢いでぶっちぎって落とし穴にも引っかかっている筈なのになぜか落ちずにカートが爆走していく。バシャバシャバシャバシャと激しく水が跳ねる音。泥よりも黒い馬がカートを押している。その速い事速い事、あっという間に泥のフィールドを半分ほども消化すると、真ん中にでかでかと横たわる、沼のようになった大きな水溜りに向かって爆走する。
バシャアッ!
 見事な跳躍を見せ、馬はそのまま泥沼を跳び越すかに見えた。
ぼちゃんっ
 寸前で、フールが泥沼に落ちた。
『ああ―――っとフール選手沼に落ちてしまったー!?……いや、違います、落とされた!どうやら落とされたようです!ああこの馬ドSだー!?』
 馬はゲフゴフと沼から上がろうとしているフールの頭に蹄を置いて体重をかけているようだ。泥沼に沈んでぶくぶくと泡を吐いているフールがちょっと憐れである。
 水面でバタバタしていた手がぴくぴくと痙攣を始めると、蹄をどける。がばぁっと顔を出してゼハゼハと息を取り戻すのを待ち、フールが文句を言おうとしたのか口を開けたところに、
「ヒドがぼッ」
 またもや蹄を脳天に振り下ろし、ぐりぐり踏み躙っている(ように見える)。
 ベティさんによるフール苛めが展開される横を博美は滑っていこうとしたが、
「ちゃんと綺麗な水でやった方がいいわよ、雑菌が入ると大変だから」
 と忠告する。馬が頷くのを確認してすいーっと滑っていく博美に、実況がフールの代わりに突っ込んでおく。
『アレ?止めないの?スルー?エ?待ってそこは助けていくところですヨー!?』
「なんでカタコトなんだよ」
『フール選手の代弁をしてみました』
 実況がああだこうだと言っている間に、博美は泥沼を大きく迂回して行った。
「楽しそうだったわねー、フールさんて言うのね。今度会ったときにはご趣味ですかって聞いてみようかしら」
 くすっと小悪魔な笑みを閃かせて、博美は慎重に進んでいく。巨大な樽が転がってきていた。


「おおおおお気合じゃぁああああああああああげふっ」
 ごろんごろんと樽が転がってくる。
 それは広い広い泥のフィールドの両端から休む事無く送られてきていて、しかし不用意に避けると落とし穴に落ちる。落とし穴に気を配っていると樽が激突する。修羅場だった。
「何ッ!?こんなところに落とし穴っ!?なんと悪辣なうぎゃああああ」
 目の前で落とし穴に持っているタイヤごと沈む選手。
「これは油断できませんね……!?」
 泥を跳ね飛ばしながらかなりの勢いで転がってきた樽をがっしりと受け止め、ランドルフは道の端に投げ返した。
 リヤカーの車輪が泥に沈み、ランドルフの足も泥に沈む。両者とも重過ぎるゆえだ。この分では、落とし穴に落ちたら上がるのが難しいかもしれない。
 樽を受け止め投げ返しながら、落とし穴に沈まないよう地面を注意深く見て進んでいく。
「これは……リヤカーを持って歩いた方が都合がいいかもしれませんね」
 一つ声をかけて肩の上にリヤカーを持ち上げる。巨大な質量のものがずしんずしんと歩いていくのを見て、後ろで見惚れていた選手の何人かが樽にノックアウトされた。
 その手にカメラが握られていた事は言うまでもない。


 クラスメイトPはなんとかフルコースを食べ終わり、口を押さえながらチャリンコを漕いでいた。
「うっぷ……お、お腹が……」
 お腹がぽっこり膨れていて、いかにも食べ過ぎましたという風情だ。それでも必死にペダルを漕いでいる。
 少し離れた位置では先王陛下が向かってきた樽を槍で手荒に払い除けていて――
「あ、先王さーん!」
 横目で睨まれてひぃっと震え上がったが、たぶん睨んだんじゃなくて普通に見ただけだよねそうだよね前回だってそうだったしっ!と自分に言い聞かせて声を張り上げる。そもそも参加したことの意味がなくなってしまうではないか。がんばれ自分。
「あのう、去年貰ったままだった指輪……」
 片手に指輪を持って掲げると、先王は興味を無くしたようにさっさと進んでしまう。
「あ、あれ?先王さ……うわぁっ!?」
 樽が真正面から迫ってくるのをなかなかのテクニックで避け、
「先王さーん!指輪―!」
「げっ!?」
 双眼鏡で見ていたベオが実況席で裏返った声を上げた。
「……お……王位継承権の証の指輪!?王家に代々伝わる秘宝だぞ……!?失くしたとか言ってませんでしたか先王様一体アンタ何やってんだ――!」
「そそそそそんなぁああああああ!?」
 やっぱりそういう系の指輪なんですかぁああああああとクラスメイトPがつられて叫ぶ。山田さんが五月蝿いとPに噛み付く。
 将軍とクラスメイトPの絶叫に先王はさらっと応えた。どういう効果か、遠くはなれたPにも声は聞こえる。
「俺や俺の先祖が秘宝なんていう七面倒くさいモノを後生大事に取っておくと思うか。何度も壊れて作り直して、親父なんぞは未開の地の姫にやったらしいな。何故かその姫は親父の妃になり指輪は俺の手に渡ったわけだが。今更誰の手に渡ろうとかまわんだろう」
『ていうかそれ本当は国王様が持ってる筈では……?』
 ハルの声と共にVIP席の現・国王陛下に視線が集まるが、優しそうな風貌の国王陛下はぶんぶんと激しく手を振った。
「あー……はい、わかりました。じゃあ出前少年、好きにしろ」
「えっちょっ待っ、丸投げ!?」
 クラスメイトPは「秘宝……国宝クラスの秘宝……あわわわわわわw」いや確かにはめ込んである宝石とか細工とか洒落にならない感じだったけどまさかそんなあわわわわわと内心の声をだだ洩れにしながらチャリンコを駆る。
 こ、こうなったらこの指輪をちゃんと届けなくちゃ……!
▼ クラスメイトPに『出前魂』が宿った!
「ぶっ!?」
 どこかから飛来したビニールが顔にスッポリ被さる。前後不覚に陥った彼はとりあえず止まろうとして――前後から迫る樽の気配を感じた!
 しかし感じたからといって容易く避けられるものではなく。
 クラスメイトPは悲鳴を上げながら樽に吹っ飛ばされた。
 爆発四散する樽、夏エフェクトで綺麗な花火が周囲に舞い散る。
「うわっ!?誰だこんなところで花火爆発させた奴ぅわああああああ」
「ぎゃああああああ」
「あだッ!?何が起こえええええええええええええええ!!?」
「ああ……綺麗だな……ホラ、舞い散る火の粉……天国ってこんな感じぎゃふあああああああ」
 被害は甚大だった。流石はクラスメイトP、不幸の女神に愛された男。
『おおおぉぉおおおおおお!凄いです、凄いです出前少年!私あんなに人が飛ぶの久しぶりに見ましたYO!』
≪いやー、流石は出前少年、綺麗に散りましたねー≫
「イヤ死んでねーから」
≪ヤダナァ比喩デスヨ≫
『デスヨ』
 悲鳴と花火を従えながら驚くべき超・超高度に達した彼は、ついにあの天空に輝く星に―――……はならずに、そのまま落ちてきて城の窓を突き破って城内に落下していた。
 それを見送っていた白月は遠い目をして呟いた。
「流石だなぁリチャード……無事だといいけど」
 普段は闊達な彼も、宇宙の深遠の縁のブラックホールを覗き見てそこに何か人類に未知なる刺激を与えたもうベニテングダケのような存在感を舌に突き刺す虹色の料理、有り体に言えば毒だろコレ!としか言えぬような料理を食べて一時的に調子を崩しているようだ。実はそういうハズレ系の料理を食べてこの泥のフィールドに来れたのは白月だけだったのだが、本人は知るよしもなかった。


 スルトはバイク集団の後方に陣取って落とし穴や樽をバイク集団に片付けてもらいながら進んでいた。時折こちらに妨害を仕掛けようとする輩もいたが、妨害を仕掛けられる前に持ち前の特殊能力で悪意を感じ取り、妨害しようとする意思を剥ぎ取って、「妨害を妨害」という器用なことをして比較的上手い具合に進んでいた。
「……ん、あれは」
 大きな泥沼を迂回して行く途中で黒い馬がカートを押しているのが目に入る。最初はぶっちぎりで進んでいたはずのフールとベティさんだ。
「フール!どうした?」
 フールと言うよりはベティさんが勝手に爆走していたのでベティさんに聞くべきかも知れないが、スルトは残念ながら馬語は喋れない。
 フールはカートの上でボロ切れのようになっていたが、スルトの声を聞くとボロ切れから泥まみれの顔を覗かせた。
「アァ!何時ぞヤの!ベティさンがイじめルンデすヨ〜ギャブッ」
 カートががくんと揺らされフールが泥に落ちる。
「ベティさんって呼ぶと怒るんじゃなかったか……?」
「ダッテ本名ヨリベティさンの方が可愛イデすしプギャッ」
 げしっと後足で蹴られて悲鳴を上げる。
「ま、まあそれはともかく、優勝は狙わないのか?あんなに速かったのに」
「優勝?そンナー、金一封は欲しイデすけドベティさンが乗リ気じャなイト駄目デすし」
 カラカラと笑うフールを見て、馬を見て、スルトは爽やかな笑みを浮かべた。
「じゃあちょっと一緒に来ないか?」
 その裏の黒さに気付いたのは乗り気で頷いた馬だけだったに違いない。



◆ Castle ◆

「城ですか……当然ショートカットですね!」
 破壊音。
 城の壁をぶち破って、ランドルフはリヤカーを引いて中に入った。すぐそこに壁。それもぶち破る。城が轟音に揺れ、砕かれた城壁があたりに散らばる。
『ランドルフ選手、素晴らしいパワーです!なんと城の壁をぶち破って爆走しています!ああ、盛り上がる筋肉、浮き上がる血管!ランドルフ選手の後にはカメラを持った選手数人がスタンバイしてその勇姿を写真に収めています!』
「…………」
≪凄いですねー、ほとんどノンストップですよ。これはトップに踊り出そうですね!≫
 ほとんど間をおかずに破砕音が響く中、ベオ将軍は沈黙したままだ。


「うーん……あれ、ここ何処……?」
 吹っ飛んだ勢いで城に突っ込んだクラスメイトPは山田さんが威嚇しているのを見てぱっちりと目を見開いた。何に威嚇してるんだろう?
「あっれー、あんた選手の人?」
「え、あ、はい」
 声がしたのでとりあえず起き上がって眼鏡をきちんとかけて見る。
 日本刀。
 抜き身の日本刀がPの前にかざされている。
 その向こうには無邪気な笑顔。
「あ、じゃあ斬っていいんだよな!南無さ――」
「待てコラ斬るんじゃねえっつってんだろミスミィ!」
 ナナキが寸前でスパーンと日本刀を持った男の頭を叩いた。
「あくまで妨害だっての!ったく」
 クラスメイトPは「え」と言って周りを見まわした。
 ていうかここ、何処!?いや落ち着け僕……確か樽に飛ばされて、城に……
「ここってお城ですか!?」
 石造りの廊下に絨毯が敷かれている。クラスメイトPは窓を破ってそこに落ちたらしい。よくもまああちこち折れていないものだ。
 ナナキは肩をすくめた。
「城だぜ?んで、俺達は妨害班。そういや放送で人が飛んだとか言ってたな。アレお前か!よく生きてたな……にしても、タイヤがなくちゃ進めないぜ?」
 タイヤがない状態でのレースは無効とみなされるのである。
「飛ばされてきたんだったらまた城の外に取りに行かなくちゃ駄目じゃん。おれ送っていこーか?」
 ミスミと呼ばれた男が日本刀を仕舞いながらクラスメイトPを覗き込む。
 あれー……僕斬られかけ……た?……いいいやいやいや。
 だらだらだらと冷や汗が流れる。
「いえ!遠慮します!僕一人で行けますし!」
 ねっ、山田さん!と山田さんを抱えなおして一目散に何処かに向かって走る。
「おーい待てよー、城の出口知ってんのー?」
 えええええ追いかけてくる!?
 こうしてクラスメイトPと特攻隊隊長ミスミの奇妙な追いかけっこが始まった。おそらく続かないが。

 白月は初っ端からショートカットコースを選んで城内に入っていた。城という物は入り組んでいると聞いた事があるが、この城の一階部分は非常に単純明快に作られていて、城内の中庭に出れば、あとは楽だ。と、反対側の廊下を走っている二人を見て白月は口を開けた。
「リチャード!?何で追っかけられてんだ」
 それはまぁ、追いかけている方の刀をぶら下げた男が妨害の特攻部隊とやらだからだろうが。
「あ、選手見っけー!」
 突然日本刀を腰にぶら下げた男が標的を変更して白月に迫る。
 白月も素早く動きながら聞き返す。一悶着ありそうな気配だ。
「アンタ妨害の人だろ?」
「特攻隊隊長ミスミ・ホンゴウ、よろしく!得意な事は武士の真似!」
「俺は李白月、残念だけど妨害にマトモに付き合う気はないぜ!」
 にやっと笑って瞬動術で一気に引き離す。
「縮地か!おれだって出来るぜ?」
 引き離した距離を一気に追いついてきて、ミスミは刀を握った。
 白月はそれでも笑って構える。彼だって先を急ぐとはいっても荒事は嫌いではないのだ。
シャ、
 抜刀と同時に迫ってきた刀を気を載せた掌で白刃取りしようとして、
「隊長ォ!斬るなって言われてるだろー!」
ぴたり。
 刀が止まり、白月も止まった。軽く足を動かして距離をとる。
「ケチー!斬らせろー!」
 うーと不満気に刀を引く。
「そのまま来てれば刀折ってたぜ?」
 白月が挑発するように言うと、ミスミもにやっと笑いぐっと乗り出すようにして応えようとして、
「隊長!なんかすげーのが来てるから手伝えって!」
「あっちにも来てるー!」
「うおおおおおおおおおうすげええええええええ!!何だこの筋肉の山!すげーよ!たいちょー!たいちょー見てー!見てこれー!」
 特攻隊のものらしい声が次々に聞こえる。
 白月は不貞腐れた顔をしたミスミが動かないのを確認してから再び瞬動術で廊下を駆け抜けた。ローラーブレードの車輪が回る音が廊下に響く。それとは別に、轟音が城を揺るがしていた。
 どうせあと2回はショートカットする予定なのだから、ここで必要以上に時間を食うわけにもいかない。
 前傾姿勢でスピードを増しながら、白月は白い髪をなびかせて長い廊下を走っていった。


「きゃっ!いったぁ……」
 博美はどうやら度重なる酷使でローラースケートが使えなくなってしまったようだった。泥が詰まってタイヤが回らなくなってしまったのだ。
 転んでしまってひりひりと痛む膝を擦り、城壁に手をかけて立ち上がる。
 地道にレギュレーション内で滑ってきた博美だったが――ふと、城の周りに誰のものだかわからないがバイクが置いてあるのが目についた。
「よし、あれを使いましょう!危ないし」
 鍵はつけっぱなしだ。都合がいい。博美はバイクに乗って城の周りを軽快に走り始めた。ナチュラルに盗んだバイクで走り出した博美は、可愛らしく小首を傾げた。
「うーん……もういっそお城のなかに入っちゃおうかしら」
 ちょうど城の入り口が現れたのを良いことにするっと中に入り、博美はヴォンとエンジンの音を響かせて城内に侵入した。
「とはいっても……このまま進んで良いのかしらね」
ジャカッ
 銃を取り出してスライドを引く。一体何処でそんなものを手に入れたんだとか聞いてはいけない。乙女には謎が多いのだ。乙女は銃なんて持っていないというツッコミも無しだ。
 何事もなく廊下を通り過ぎようとして、角から曲がって歩いてきた金髪の男と鉢合わせした。
「あ、選手」
 その言葉だけで妨害要員と見て取った博美は、相手の手に銃が握られているのを見て咄嗟に左手に握っていたものを金髪の男に向けて投げた。
 さっと避けた金髪の男が銃を博美のバイクに向ける。
ボンムッ
 くぐもった音と共に爆発的な量の煙がその場に広がった。
「煙幕ぅ!?マジでか!ニンジャ!?クモガクレの術!?」
 ゲホゴホと咳き込みながら何処で仕入れたのか不明な知識を口走る金髪を尻目に、博美は悠々とその場から走り去った。
「飯ッ!飯食いたい」
「選手いねーな」
「城内の人間にしか手出ししちゃいけないってのも暇かも」
「帰って武器の手入れしてイイ?」
 がやがやと騒ぎながら特攻隊の面々が十字路に通りかかった時、
カンッ
 地面に何かが落ちた。
「敵襲!?」
 叫んだ一人がそれを拾い上げようとさっと動くが、「本番じゃないっつってんだろ」と襟首を捕まえられて止まる。その隙に、それは爆発して衝撃波のような音の波を彼らに叩きつけた。
「スタングレネードッ……!?」
 全員が棒立ちになった瞬間彼らの目の前を通り過ぎていく影。
 いくら戦闘に慣れた面々であっても、人間の戦争とは無縁な銀幕市でこのようなものが使われるとは思わなかったようで、咄嗟に耳を塞ぐのが追いつかなかったようだ。本来、訓練を受けたものなら防げる不意打ちなのだから。
 博美は更にそこに催涙弾を落としていく。数秒間茫然自失としていた面々も流石に気を取り戻し退却する間に、博美はそこからいなくなっていた。
「慣れてるみたいだし、次は通じないかな」
 不敵に可憐に笑いつつも、博美はバイクを走らせる。
 本来警察や軍しか持っていない筈の兵器をなぜ博美が持っているのかは――まあ銀幕市では不自然なことでもないだろう。そういう意味では銀幕市はとても刺激的なところだ。
 だが、博美は銀幕市では単なる女の子として暮らしている。ならば、やはりここは乙女の秘密にしておく方がらしいと言えるのかもしれない。


「速いな、流石」
 スルトは非常に爽快な気分を味わっていた。ベティさんに3輪自転車を引いてもらっているのである。
「ヨくベティさンが承知しテくレましタネ、ベティさン……ワタシの言ウこトは聞イテくレなイのにッ!」
 ヨヨヨと泣き崩れるフールは相変わらずカートの上でずり落ちそうになっている。他の選手が生き残ったバイクに二人乗りしていたりタイヤを背負ってひいひいふうふう言いながらデカい城の周りを走って回っているのに対し、馬に引いてもらって快適といったところだ。何か呪詛の声が聞こえる気がするが。
「そろそろ3周目か……ショートカットコースに行こうか」
ブルルルッ
 馬が承知したように城門ではなく破壊された穴の方に入っていく。それを見てまたフールが「ワタシの言ウこトは聞イテくレなイのに」とぼやいた。
 入ってすぐ、恐らく妨害要員であろう男に出くわした。
「馬ぁ!?」
 立ち上がって銃を構えているが、馬(とカート)の登場に驚きを隠せないようである。
「あんたら選手だろ?乗り物壊す」
 スルトは素早く胡麻ダンゴを取り出すとそれを差し出しながら営業スマイルを送った。
「いやいや、差し入れです」
 金髪の男はコロっと騙されてくれたらしい。
「おっマジで!?サンキュー!昼飯とか食ってなくてさー」
 早速包みを広げて食べる体勢になるのを見て、「もしそのダンゴが気に入ったら団子屋あじいちに来るといいぞ」とさり気なく宣伝をして馬を促す。フールは口チャックの姿勢で微動だにしない。
「結構使えるな、この作戦」
 ひとりごちて、さらなる胡麻ダンゴを用意しておく。ついでに目潰し用の、卵の殻に胡椒を入れた卵爆弾も。
「――お、スルト!何周目だ?」
 通りかかったらしい白月が急ブレーキをしながら手を上げる。
「今最後だ。あと一周かな」
「げ、マジ?俺負けてるじゃん!」
 競争ではなかった筈なのだが。
「でも今、ランドルフに妨害要員が集中してるから、今のうちがチャンスだぜ」
 にっと少年のような笑みを浮かべて、白月は身を翻す。
「あんま優勝する気はねーけど、勝負事となるとな!」
 言い残して走り去った白月を見送って、さて、とフールを見やる。
 もうすぐゴールだ、ベティさんと密約を交わす必要はなかったか?
「何だお前、選手か?」
 どうやら話し声にひかれてきたらしい巨大な斧を持った男がスルトに近付いて来た。じろじろと馬、ボロ雑巾フール、同じくボロボロのスルトを眺める。スキンヘッドを撫でてひとつ頷くと、斧を振り上げた。
「いえ、差し入れです」
 素早く営業スマイルと共に胡麻ダンゴを差し出す。
「おお、ありがたい――なんて言うと思ったか?」
 ニヤ、といかにも悪役ですと暴露するような笑みを浮かべて、男は胸を指差した。
「せめてゼッケンは外すんだな。いくら泥まみれでボロボロだと言っても、ゼッケンだという事はまぁ、何とか、分かる」
 それでも「何とか」だったからこそさっきの金髪の男は騙せたのだ。
「じゃあ、乗り物は壊させてもらうか」


 クラスメイトPは何とか城外に出てタイヤを探していた。周囲では壊れそうなバイクのエンジンに「頼むよ!お前とはもう10年の付き合いだろ!?」と叫んでいる男がいたり(実体化して一年も経っていない男である)、タイヤを背負って「一球入魂んん!!」と良く分からない事を叫んで疾走している男がいたりと数は少ないながら選手達はゴールに向かって必死の努力を続けていた。自然、クラスメイトPにも気合が入る。
「自転車がいいけど……この際タイヤでも……!」
「タイヤ、タイヤ」と呟いて当たりを見回すクラスメイトP。ほとんどの選手は樽に撃沈され、見渡す限りリタイアした選手が転がっている。が、残念なことに壊れてタイヤだけが転がっているものがなく、クラスメイトPはきょろきょろしながら一歩を踏み出した。
「ヘイ兄弟……タイヤを探しているのかい」
 ゾンビのような声がしてクラスメイトPは飛び上がった。同時にメカバッキー山田さんを力一杯抱き締める。がじがじと噛まれるが愛情表現以下略。
「はっははははははい!?」
 いかにもわざとらしいの極地の呼びかけはスルーらしい。まあ、突っ込みようがないかもしれないが。
「タイヤなら俺が作ってやる……あのバイク野郎どもが生き残るのは許せん……!例えタイヤだけでもチャリンコのものを!そうだろ少年!」
 ほぼ泥に埋まってぐっと拳を握り締めたのはどうやら最後に生き残ったチャリンコ同好会のメンバーらしい。樽の下敷きになっているがチャリンコへの情熱と闘志は全く失っていない。
「でも運べそうなタイヤがないですけど……」
 とりあえず人間だとわかって安心したクラスメイトPが困惑して首を傾げる。
「言っただろ。作るんだ!天地創造だ!そこら辺に壊れた車輪が転がってるしな!」

 数分後、実況のハルがその光景に気が付いた。
『あれは……出前少年?自転車を失くしていた出前少年です!』
 城の前で、真っ二つに割れたチャリンコの車輪がゆっくりと近付いていくのを。というかもう既にリチャード選手ではなく出前少年で定着していることについて突っ込みはないのだろうか。
『割れたタイヤの切断面が……切断面が……!ゆっくりと近付いていきます!ああ!これはまさか……!?』
 厳かな雰囲気の中、誰もが立ち止まってそれを見守る。
 掲げられたタイヤがぴったりとくっつく。
『―――――ひゅ――じょん!』
「フュージョンだ馬鹿」
『ヒュージョン!これぞ正にヒュージョンです!皆さん御覧になられたでしょうかこの素晴らしい瞬間……』
「“フュ”だってのボケ」
『だって言いにくいんですよー。えーと、フ……フィ……?』
「“フュ”」
『フィ……フィユ……ヒユ?』
「だーもうてめぇ実況クビだクビー!口の動かねぇ実況に用はねぇ!」
『ああっそんな、それだけはどうかご勘弁をお代官様―!』
「誰がお代官様だ、オラさっさと国に帰れ」
『ううっ、酷いです!人間失格として崖から飛び降りろって言うんですか!いいですよわかりましたよ人でなしー!うっ、うっ、皆さん実況のハルは皆さんと永遠のお別れをすることに……』
「うぜぇええええ!!何だお前すっげーうぜぇ!!」
≪バカヤロー諦めんなハル!明日があるさ!≫
『ありがとうマイディアフレンズ!そこにいる人でなし鬼将軍とは大違い』
「オイ、俺らの国の法律に不敬罪ってのあんの知ってんだろうな……?」
 実況席で実況の二人がヘビに睨まれたカエルの如き有様を展開させている間にも、「実況サボんなー!」というブーイングは白熱していた。勿論レースも白熱している筈だ。


 クラスメイトPが涙なしには語れない感動のタイヤ修理を行っている間。
「じゃあフール、頼んだぞ」
 超爽やかな笑顔で言い放ったスルトは斧男に卵爆弾を投げつけ、3輪自転車をベティさんから離脱させた。
「エエエエエエ!?」
 フールが素っ頓狂な悲鳴を上げ、黒馬がカートごとフールを斧男に突撃させる。黒馬とアイコンタクトをとって、スルトは後を振り向かずに走った。さらばフール……お前の犠牲は忘れない。
「お、スルト?」
 そのまま城外へ出ようとしたスルトの前に、日本刀を持った男を連れたナナキが通りかかる。スルトの顔を確認し、次いでかろうじてゼッケンとわかる布切れを目にして、ナナキが自転車の前に立ち塞がる。日本刀を持った男が楽しそうにその隣に出る。
「ナナキさん、乗り物は斬っていいんだよな!」
「足止めが役目だからな!人間は斬るんじゃねーぞ?」
 日本刀を持った男が左腰から刀を抜き出す。ちっ、と舌打ちしてスルトは3輪自転車の前に自分の腕を差し出した。
「え、うわっ」
「!?」
 斬っちゃ駄目と言われているミスミが慌てて刀を引き、ほとんど体当たりするような形でぶつかってスルトとミスミは縺れ合って床に投げ出された。
 広がる血潮。
「大丈夫か!?」
 さっと青褪めたナナキが血溜まりのなかに足を踏み出して二人に近づいた時。
「……あ、あれ?」
「ッ!!足が動かない……!?」
 スルトの下敷きになるように床の上で大の字になっていたミスミは体が床から動かない事に気付き声を上げた。同時に、血溜まりに踏み込んだ足が地面から、否、血から離れなくなったことに気付いてナナキも驚愕の声を上げる。
「……かかったな」
 スルトが、悪戯が成功したかのような笑みを浮かべて立ち上がった。
「俺は血を操れる。今のように血を固めて身動きできなくさせることもな」
 3輪自転車を引き起こして一瞬とても眩しいのに何故か腹黒に見える笑いを見せて、ぽんぽんと二人の肩を叩く。
「お勤めご苦労様」
 やけに皮肉っぽい、どちらかというとスルトとは無縁だったはずのニヒルなカッコよさを見せながら立ち去ろうとするスルトに、ナナキがようやく声をかけた。いや、突っ込んだ。
「ス、スルト……!?なんか腹黒っぽくないかオイ!いつもの真面目なノリはどうした!?」
「そんなものは次元の彼方に捨ててきた!」
 言い捨てて3輪自転車にまたがるスルトはやはり格好良……いや、別の意味でだが。
 ゴールまで、あと少し。


 ランドルフはもうすでにあと半周というところまで来ていた。無論、城の壁を壊して進むというショートカットすぎるショートカットによってである。城は度重なる破壊に半壊していたが、ランドルフの勢いは止まらない。
 そして勿論特攻隊もランドルフに集中していた。上から見て十字になるように城の壁を突き破ったランドルフは、もう先ほど自分で突き破った穴を通ってゴールに向かえばいいだけなのだ。
「撃っていい?撃っていい?」
「駄目に決まってんじゃろ乗り物を壊せばいいんじゃ!」
「あれ鋼鉄じゃん、銃効かないんだけど」
「俺に任せろィ!」
 黒人の大柄な男が「暁の星」と呼ばれるトゲ付き鉄球を振り回す。ランドルフはあさっての方向を向いて朗らかに挨拶をした。無論ブラフだが――
「あ、先王さんじゃありませんか。お久しぶりです!」
「「「「「何ィイイ!?」」」」」
 一斉に硬直して忙しなく周囲を見回す特攻隊の面々。そのあからさまな隙をついて、咆哮。
「通してくださ――い!!!」
 隙だらけの人間には格別に効く。
 半分が耳を押さえて卒倒し、半分が座り込み、唯一立っていた黒人の大柄な男がランドルフを見据えてぶぅんと「暁の星」を振り回す。
「だァりゃああ!!」
 気合と共に凶悪な武器がランドルフに肉薄する!
バギュリ
 ランドルフはそれを牙で受け止めていた。黒人の男の目が驚愕に見開かれる。さらに、ランドルフは受け止めると同時にそれを噛み砕いていた。
 ゴトン、ゴッ、と破片でも充分に重いそれが石の床に落ちて重苦しい音を立てる。
 黒人の口が絶叫の形に開かれて。
「俺のマイスウィートハァアァァア――――トッ!!!!」
 限りなく絶望に近い絶叫が上がって、ランドルフは思わず恐ろしげな顔の中、申し訳なさそうに眉尻を下げて謝った。ちなみにさり気なく言語崩壊していることに突っ込むKYはいない。
「あ、ああすみません!」
 申し訳なさそうなのに般若のような顔に見えるのが彼のクオリティ。黒い巨漢はぐっと涙を堪えてがっくりと肩を落としながらマイスウィートハートの破片を拾い始める。
「くっ……いいってことよ、コイツも今日ここで散るのが運命だったのさ……」
 なんだかこっちが悪者のような空気(と顔)だが、忘れてはいけない。彼らは妨害者なのだ。芝居ではないにしろ、こうして悲しむ事で選手の心に重荷を背負わせて足取りを重くしようとしている……かもしれない。
 ただ単純に嘆き悲しんでいるだけという可能性も大きかったりするが。
 しかしここで突っ立っていてもレースはどんどん進んでいる。
「あ、その……すみませんでした!」
 頭を下げて城外へダッシュする。復活した他の特攻隊員がハルバードや銃や鎌を構えて立ち塞がり、絶妙のコンビネーションで攻撃してくる。ただし互いに叫んでいる声はバリバリ不協和音だ。
「どけ鎌野郎!なるべく傷が残らなくてかつ効果的な場所ってのは難しいんだよ!」
「五月蝿いね銃なんて効かなかっただろ!必殺抹殺秒殺瞬殺がモットーですから!!」
「フハッハッハッハ一撃必殺がモットーだろモットー!喰らいやがれオラオラオラァ!」
 叫んでいる事が不協和音でも攻撃には隙がない。ある意味、とてもこの国らしい連中かもしれない。口々に勝手なことを叫んでおきながら行動は息を合わせたかのように一致している。
「仕方ありません、最終手段……!」
 攻撃を片手で退けながら、ランドルフはがっしりとリヤカーを掴んだ。痩せた女性の胴ほどもある二の腕の筋肉が盛り上がる。肩の上に超重量のリヤカーを担ぎ上げて、パシャパシャと背後で光るフラッシュを浴びながらランドルフは――跳んだ。
 筋肉信者達はその瞬間、全員が豊かな背筋に翼を幻視したと言う……
「嘘」
「マジッ!?」
「あんなでっかいのが跳ぶのかよ!?」
 ランドルフは高い天井スレスレまで跳び上がり、壁を蹴って眼前のステンドグラスを突き破った。割れたガラスが四散するが、ガラス程度でランドルフの鋼鉄の皮膚に傷をつけられるとは思わないで欲しい。色とりどりのガラスが舞い散る中、3,4階ほどの高さを城門前に向かって落下していくランドルフの目に、城の尖塔の屋根の縁にいた先王の姿が映る。
「再会できて感激です!――今回は無事に決着がつくと良いですね!」
 去年の泥上格闘大会では決着がつく前に有耶無耶になってしまったことを、ランドルフはしっかり覚えていたようだった。
ズズゥウウ……ン
 ランドルフの巨体がぐるりと一回転して城門前に落下――いや着地する。地面が揺れて近くの壊れた自転車や落ちていた槍が地面の上を飛び跳ねた。ランドルフはリヤカーを降ろして猛ダッシュした。ゴールは200メートルほど先だ――しかしスルトが先行している!
『ランドルフ選手、なんと城のステンドグラスを破って華々しく着地!おおっと今のパフォーマンスの点数が観客席から上がってきたようです!読み上げます!』
 レースを見やすい位置に人だかりが出来、観客席、否、宴会場と化している。その前にずらりとプラカードが並べられていた。ゴールに程近いここは格好の場所なのだろう。
 酔っ払いが書いたのかミミズののたくったような字や最初から用意してあったんじゃないのかと言いたくなる様な飾り付けられたプラカードまで、掲げられたものは様々だった。
≪10点10点10点8点9点筋肉6点10点筋肉筋肉10点筋肉10点10点10点10点筋肉筋肉9点9点7点10点筋肉筋肉筋肉10点!!≫
『おおーっとこれは少々不可解な点数ですねーマイディアフレンド』
「筋肉って何だ筋肉って。相変わらずワケわかんねぇテンションしてんな」
≪そうですねーマイブラザー。ここは――そう、≫
『全部筋肉で』≪行くべきかと!≫
「てめーらもワケわかんねーよ!」
『お、白月選手が城から飛び出してきました!ローラーブレードでこのレースを乗り切るという偉業が今まさに成されようとしています!』
「無視か無視なのか。よし、明日の訓練お前だけ2倍な」
『そんな殺生な!?』
 実況がプチ漫才を繰り広げる間にも、スルトは3輪自転車を駆り、ランドルフがそれを追い、白月がそれに加わる。
 対してランドルフに宣戦布告された先王は、実は城内ショートカットではなく城外ショートカット、つまり城をよじ登ってショートカットというある意味城の周りを回るだけより大変なショートカットをしていたのだが、特に慌てずにランドルフと同じ高さを飛び降りると一度城内に入っていった。
 チャリンコ同好会の男と「完走する!」と熱い約束を交わしタイヤを譲り受けたクラスメイトPは、なんとタイヤに乗って城の周り3周を果たしていた。
 もはや曲芸である。
 山田さんを頭に乗せて城門前まで来たPは、城門から若い女性がバイクに乗って飛び出してきたのを見て目を丸くしてコケた。
「ってて…普通の女の子に見えたけど……大丈夫なのかな」
 心配せずとも、ここまで生き残ったのだから只者である筈がない。若い女性――博美は完走が目標であるためそれほど急がなくても良いはずなのだが、何故か妙に必死にみえる。Pが首を傾げて城門を見やった。
「何か来るのか……なぁ!?」
 クラスメイトPは仰天して座り込んだままもう一度コケるという難しい技をやってのけた。
 城門からぬぅっと現れたのは巨大な樽。その上には巨大なバイク。その上には先王。
ヴォン――ヴォン、ヴォロロロロロ……
「ええええええ!?」
 もうこれで今日何度叫んだだろう、クラスメイトPは法定速度なんて鼻で笑い飛ばし轟音を上げて走り去る樽とその上のバイクと先王を口を開けて見送っていたが、はっと我を取り戻すと再びタイヤに乗ってそれを追い始めた。
「先王さぁーん!指輪をー!」
 クラスメイトPの出前魂はまだ消え去ってはいないのだ。

 先頭集団は熾烈な争いを繰り広げていた。
 ランドルフが咆哮してスルトの動きを止めようとすると卵爆弾が投下され、舞い散る胡椒で叫ぶどころではなくなり、白月がランドルフを抜かそうしても地面に深く刻まれたランドルフの足跡とリヤカーの轍は白月がスピードを上げれば上げるほどバランスを崩そうとする。ランドルフは今まで3輪自転車が彼の足と同等の速度を出せるとは夢にも思っていなかったが――おそるべしオバチャン自転車。底知れぬ潜在能力を秘めたチャリンコ。
 先頭を走る3人があと100メートルもないところまで来た、時。
「いいやあああ!!轢かれるー!」
 後ろから女性の絶叫が聞こえて、3人は思い思いに振り返った。この隙に先頭に躍り出るなどという小狡い精神の持ち主はこの場にはいない。
「!?何だあれ!」
「!!先王さん……!」
「うわお」
 後ろからは高速道路にもスピード制限はあるんですよ!と言いたくなるような速度で巨大な樽が迫っていた。その上にはバイクに乗った先王。ランドルフを見て口元を歪めて笑ったところを見ると、宣戦布告はバッチリ受け取ったらしい。
 そしてその前にいる博美はうっかり先王の前に来てしまって逃げられなくなったらしい。横に逸れようとするとその分先王の乗っている樽に近くなるため、なんか轢かれるような気がする。だからといってこのバイクは今以上のスピードは出せない。必死に今の速度をキープして走り続けるしか手段はないのであった。しかし博美は必死で気付いていないようだが、このままぶっちぎっていけば博美が優勝である。
 激烈な追い上げに、先頭集団の3人はさっと前を向いてとにかくゴールを目指す。
「負ッけるかぁああああ!!」
 誰が叫んだのか。
 スルトは立ち漕ぎでゴールを睨みつけ、白月は地面の凹凸に激しく振動するブレードを操りスルトに並び、ランドルフは鬼のような形相になりつつも巨体に似合わぬ速さを発揮して一歩遅れて2人に並ぶ。
 博美は必死にアクセルをふかしみるみる迫ってくる前の3人の背中を見据え「どいて―――っ!!!」と叫び、先王はもうどこまでも爆走しそうな樽の上でバイクを駆る。
 ゴールが近付いてくる。
 いつしか誰かが叫び、負けじと対抗するように誰も彼もが雄叫びを上げる。

おおオオオオオぉぉぉぉおおおおおおああああぁぁぁあああぁあああああ!!

 実況が興奮したように早口で何事かまくしたて、観客席……宴会場から歓声が上がる。
 あと10メートル――

 5メートル――

 全員がそこに、その白いテープに向かって飛び込んだ――!

『――――ゴォオオォォォオオオ―――――――ルッ!!!!』



◆ 優勝者 ◆

『まさに素晴らしい今世紀最大級の接戦でしたこのレース!私ハルは感動を禁じえません!』
≪見てください観客席の酔いどれどもを!男泣きに拳を突き上げて歓声を上げているやつらを!実のところキムもハルも滂沱の涙で前がよく見えません!≫
『ここは涙一つ流していない冷血人間ベオ将軍に解説をお願いします!』
「オイさっきからマジで喧嘩売ってんのかハル」
 実況の声も誰も聞いていない。ゴールのはるか向こうでようやく減速し戻ってきた選手達は、皆成し遂げた漢(ヲトコ)の顔をしていた。
 その選手達を歓声と共に迎える酔いどれと観客たち。
 遅れに遅れてようやくゴールに辿り着いたクラスメイトPも感動した酔いどれに迎えられて頭からビールやらお酒やらを浴びる。泥だらけの眼鏡が酒で洗い流されて少しばかり明瞭になったPの視界に、先王の姿が映る。
「あ、先王さん!指輪……」
 先王の一言でざっと引いた酔いどれの間をすり抜けて、どろどろの手を開くと、ずっと握り締めていたせいかそこだけは綺麗な掌に汚れていない指輪が乗せられている。
「好きにしろ」
 素っ気無く言い捨てる先王陛下に、Pは「怒らせちゃったかな、怒らせちゃったかな」と心臓を跳ねさせながら手を差し出した。
「いえ、でも先王さんのですし!僕が貰うわけには……」
 ごにょごにょと語尾を濁らせて、しかし手を戻さないPに、先王は少し考えるような間を置いた後実に無造作に指輪をPの掌から拾い上げた。そしていかにもぞんざいに己の指に嵌め直す。
 はふぅと安心したように手を降ろそうとしたPは、開いた筈の掌にころんと何かが置かれたのに気付いてぱちくりと目を見開いた。
 泥に汚れてはいるが――繊細な彫刻を施された金属の枠に囲まれた透明な宝石のペンダント。
「では、代わりにそれをやろう」
「ええっ!?」
 返した意味がない!?と慌てて返そうとするPの前で先王陛下は用は済んだとばかりに踵を返して立ち去ろうとしている。
「待って下さい、ちょっ、えええ!?」
 先王さーん!と追いかけるPは気付かなかっただろう。くくっ、と非常に愉快そうに先王陛下が笑ったのを。
 遊ばれている事にクラスメイトPは気付く事はついぞないだろうが、気付くまでクラスメイトPの受難は続くのかもしれない……


『では、感動の涙も収まったところで優勝者の発表です!優勝者はエントリーナンバー23――』
『≪ランドルフ・トラウト選手!!』おめでとうございます!!≫
 一斉に上がる爆発的な熱狂の声。
「ラララき・ん・に・く!!チャチャチャき・ん・に・く!!」という合唱が聞こえる。これで筋肉信者はいっそう増えた事だろう。
「えっ、私ですか!?ありがとうございます!」
 ランドルフは歓声に包まれて顔を綻ばせた。
 胴上げが始まりそうな空気の中、他の順位も発表される。
『2位、ローラーブレードで戦場を駆け抜け初の毒料理完食を果たした白い狼、エントリーナンバー10李白月選手!同じくオバチャン自転車間違えたチャリンコの無限の可能性を見せ付けた黒い流星エントリーナンバー19スルト・レイゼン選手!』
 同着だったという二人は顔を見合わせて苦笑している。
「いい勝負だったな」
「ああ。残念ながら優勝は逃したか」
≪そして3位、乙女のしぶとさと女の謎めいた強かさを見せたエントリナンバー17フジタヒロミ選手―ッ!≫
『ベオ将軍のナンパには気をつけて下さいね』
「しないっての!」
 博美は疲労困憊といった風情でバイクに寄りかかっていた。ふ、と笑って歓声に応える。
「……まぁ、楽しかったけどね」
『4位、今回も恐るべき展開を作り出してくれました我らが先王陛下!そして5位が出前少年感動を運んでくれた出前少年です!』
 4位と5位は実況など全く気にかけていなかった。正確には、片方はスルー、片方はそれどころではなかったのだが。クラスメイトPは興奮した観客にもみくちゃにされて、白月とスルトがそれを助け出そうと近づいていっているところだった。
≪いつになく白熱したこのレース、参加者の皆さんお疲れ様でした!観客席の酔いどれどもは自重して次は参加して下さいね!≫
 沸き立った観衆は選手達を囲んで胴上げを始めた。
 誰の顔にも笑顔があり、皆が喜び声を上げて笑っている。
 空は涼やかな風を運び、皆を祝うように眩しい青を見せるのだった―――







◆ 裏 ◆

「優勝したんですか……まだ信じられませんが」
 耳が割れそうな喧騒の中で、ランドルフは優勝の喜びを噛み締めていた。何だか知らぬ間に握手されたり頭を撫でられたり腕を組まれてフラッシュをたかれたり握手されまくったりしている。
 興奮しまくった実況の2人に金一封を渡されて、これで明日からの食生活が……!とぐっと拳を握り締める。
「喜びに浸っているところ悪いんだが」
 実況の後ろにいたベオ将軍が、女性だったらときめいてしまいそうな、しかし何故か背後に黒いオーラが見える笑顔でランドルフを見上げる。
「あ、そうだ、お城壊してしまってすみませ……」
「おめでとう。はいコレ」
「ありがとうございま…………………!!」
 ベオは「ん?」と変わらない笑顔を張りつけてそれを差し出してくる。
――城の修理代請求書を。
 優勝賞品の金一封よりはるかに多いその額をランドルフは冷や汗を流して見つめる。べオの笑顔が揺るぎないのが逆に怖い。と、競技には参加しなかったアイザックが近付いてきて宥めるようにべオの肩を叩いた。
「まあそうカリカリしなくても、1,2週間くらい皆で野宿というだけだろう。そんなに気にすることはないと思うが」
 アイザックの悪気のないフォローがグサグサとランドルフの良心に突き刺さる。
「俺ぁ放任主義ですけどね、シメるところはキッチリシメときたい方なんですよ」
 周囲から一斉に「鬼将軍!鬼畜!」だの「筋肉を守れ――!」だの「守銭奴!ケチ!金の亡者!」だの「闇討ち決行の日がついに来た!来たれ我が同志!」だのと声が上がる。
 やはり、彼は城を破壊しすぎたようだった……

 結局ランドルフは彼の(筋肉の)ファンの有志の寄付により金一封は死守できたのだが、城の復興の手伝いをしたらベオのポケットマネーから給料が出た上、その間の食事は城でたらふく食べることが出来た為、役得だったランドルフであった。





クリエイターコメントやっとこさ提出しました皆様……!お待たせして本当にすみません!
皆さんのプレイングを元に作り上げたノベル、少しでも楽しんでいただければと思います。
やたらと筋肉が絶叫されていますが、叫びはもはやこの国ではデフォルトで!
ネタなプレイングを送って下さった方、書いていて非常に楽しかったです!ありがとうございました!
ネタを上手く生かせていれば良いのですが……。
何かお気付きの点などございましたらご一報下さいませ。
では、また別のシナリオでお会いできたらと思います。
公開日時2008-08-22(金) 23:00
感想メールはこちらから