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<ノベル>
きらきらと煌く昼間の星空に、人々が舞う。
8月の13日。星砂海岸は夏を満喫する人々で溢れていた。
季節に違わぬ暖かさを振りまくのははるか頭上にさんさんと輝いている太陽。その光は真昼の星となって海の上へと散りばめられる。
「きらきら。おほしさま?」
その星を見てルウが言った。
「……?」
その言葉に、ルウの右手で繋がった先。シャノン・ヴォルムスがどうしたのかとルウを見る。そしてすぐにルウの視線を追ってその意味に気がつく。
波にあわせて幾つもの星がきらきらと輝く水面。
「確かに、星空だ」
その水面を見てシャノンの後ろから答えたのは、ハンス・ヨーゼフ。
この日。ルウとシャノンとハンスの三人は、夏の海を楽しむ為に星砂海岸へと来ていた。シャノンの運転する車で海岸まで来て、そこから歩いて砂浜に入った所で、ルウがその景色を見て言ったのだ。
「くらくないのに、おほしさま?」
繋いだ右手の視線を辿ってシャノンを見上げ、ルウ。
「あぁ。夜じゃない。真昼の星空も綺麗なものだな」
繋いだ左手の視線を辿って、ルウに微笑んでシャノン。
「わぁぁ……」
再び視線を海へと向けるルウ。感嘆の声が漏れる。
視界の端まで広がるどこまでも広い星空。そこを舞う人々は揃って幸せそうな笑顔。きらきらと揺れる星は一秒だって同じ姿を見せずに変化してゆく。誰かがすくって放り上げた星は噴水のように、どこまでも綺麗。
「わぁぁ……」
海を見つめて目を輝かせるルウ。そのルウを見ていたシャノンとハンスの目が、ふと合う。
二人。小さく微笑む。
感じていたことは、きっと同じだろう。純真なルウの仕草は、幸せをくれる。
「行こうか」
しばらく待った後、シャノンが言う。
「うん」
少しわくわくとした声でルウは答えて、砂浜に降りようと石段を見る。ひらけた場所にある石段で、降りる為に支えになる手すりや壁などはない。ぎゅっと、シャノンの手を握る右手に力が篭る。
シャノンが先に一段降り、その後にルウが降りる。しかし、石段のサイズが結構大きい。背が低く左足も不自由なルウには補助があっても少し辛そうに思えた。
すっ、と。ごく自然な動きで、ハンスがルウの左側に着く。石段を降りるのに集中していたルウは、ハンスに気が付いていない。
ルウが無意識で梳いている左手をわたわたと動かしていた時、ハンスはそっと自分の手をルウの空を切る手の近くに持っていく。そのうちにルウの手がハンスの手に触れ、掴めるなにかを確認したルウは無意識的にハンスの手をぎゅっと握る。
ほんの数段の石段。その一段一段を普通の人の何十倍もの時間をかけてルウは降りる。それでも、しっかりと自分の足で。
「……?」
石段を降りきったルウ。左手が何かを掴んでいる事にようやく気が付き、きょとんとしたその顔を向ける。
ハンスと目が合う。ルウは視線を下げていき、ハンスの手と自分の手が繋がれていたのを知った。
「ありがとう」
再び顔を上げ、ルウ。きょとんとした顔から嬉しそうな顔でお礼を言う。
「……ああ」
ハンスは微笑んで返したあと、そっと手を離す。笑顔のルウの言葉に、ほんの少し照れくささを感じて視線を海へと向ける。
「しかし、どうして急に海へ?」
ハンスがシャノンに尋ねる。
本当はシャノンと共にヴォルムス・セキュリティでの仕事が入っていたはずだったのだが今日の朝になって依頼がキャンセルされた、とシャノンに聞かされ、いつの間にか海へ行く事になっていたのだった。
ハンスの言葉を受けて、シャノンとルウが目を合わせる。ルウが含み笑いをしながら人差し指を口元にもっていって、しー。とシャノンにしている。小さく笑ってシャノンが頷く。
「……?」
首を傾げるハンスだったが、テレビかなにかの映像で海を見て行きたくなったのかな。と、大した気にしなかった。
「まぁ。偶にはこうして骨を休めるのもいいだろう」
だからシャノンのその言葉に、ハンスはそれもそうだな。と答えてパラソルなどをセットしていく。
ベース場所を決め、荷物を置いて三人は少し歩くことにした。
砂浜を歩きながら色々見て回る。海に入って楽しんでいる人達。その人達を砂浜から幸せそうに見ている人。様々だ。
「……?」
ルウの手を取って歩いていたシャノンが、ルウが立ち止まった事に気が付いて足を止める。
どうした? と、シャノンは言わなかった。ルウの視線の先には、楽しそうに砂の城を作っている親子の笑顔があった。
談笑しながら城を作っていく親子。手元が狂って一部崩れ落ちたのを見ては、やっぱり二人で笑う。
そんな光景を羨ましそうに見続けるルウ。
そしてルウを見るシャノン。
ルウはよく甘えるようになった。けれど、自分の身体が障害になるような事などは、あまり進んで甘えてこようとしない。
ベースに戻り、シャノンはバケツやスコップなどをレンタルすると、ハンスに手伝わせて砂の城を作り始めた。
固めた砂で形を作り、少しずつ削っていく。
最初は少し面倒そうなのが見え隠れしていたハンスも、次第に熱中して精巧な城を作り上げていく。
「おい。そこはもう少し低くしたほうが見栄えが――」
シャノンがハンスの手元を見て言う。それに対し、ハンスは城から目を逸らさずに答える。
「そっちに合わせたんだが」
「どう合わせたらそんな風になるんだ? やはりもう少し低く」
言いながらスコップで削ろうとしたシャノンを、ハンスがガードする。
「いや。ここはこの高さの方が映える」
静かに言い合いを始めるシャノンとハンス。オロオロとしているルウ。
――あ。なんかすごいお城あるよ。
前を通りかかったカップルの女性が指差して呟く。
――良く出来てるけど、小さくてしょぼくない?
彼女が格好いい男性二人を褒めたことの軽い嫉妬心からだろうか。男性の方が笑いながら返す。
「…………?」
「…………?」
ぴくり。二人同時にその言葉に反応した。シャノンはにやりと。ハンスはむすりと。
二人は作っていた城を無言で壊し始める。そしてかなり大きな土台を作り始めた。
車大はあろうかというその大きな土台に、近寄ってくる者もちらほら。びくりとしてルウがシャノンの近くに寄る。
「大丈夫だ。ルウ」
ルウに気が付き、心配ない。と頭を撫でて安心させるシャノン。
そうして作業に入ったシャノンとハンス。ハンスがシャノンに言う。
「どんな感じに作るか決めておいたほうがよくないか?」
先ほどのことを言っているんだろう。シャノンが返す。
「モデルとかがあるといいのだが……」
「モデルか……」
ほんの少しの思案。そして二人同時に呟く。
「ノイシュヴァンシュタイン城」
しばらく城作りに精を出していた二人。いつのまにか、辺りはものすごい人だかりになっていた。
砂の城のほうはもう殆ど完成に近づいている。シャノンもハンスも熱中してあっという間に仕上げてしまった。
今は仕上げに近い段階で、シャノンは窓からのぞく城内の様子をそれぞれの窓に彫り、ハンスは城の周りの森を作っている。
誰もが見惚れる、そのあまりに精巧で豪華な城に、ルウが感嘆の声を漏らす。
「ふわぁ」
ついに作業を終えた二人が、砂の城からそっと離れる。
――わあぁぁぁ。
歓声と、拍手。
びくりと身体を強張らせ、おろおろとするルウ。シャノンとハンスの二人も、熱中していてあまり気にしなかったのか、人の多さに少しだけ驚いた顔を見せる。そして耳に入ってきた歓声と拍手に気が付き、二人で顔を見合わせて小さく笑う。
「さて、行こうか」
人の多さに落ち着かなそうにしているルウの手を取ってシャノン。
その手の温もりに途端に安心するルウ。
その後、シャノンとルウはボートをレンタルして海の散歩をすることにした。
ボートの背に手をついて海のなかを眺めるルウ。
「ぱぱ。ぱぱ。おさかな」
シャノンを呼んで楽しそうにルウが言う。
「ああ、沢山泳いでいるな」
シャノンもひょいとボートから覗き込んで答える。
透明度の高い海。ちらほらと泳ぐ魚が見える。
「……ん。……んしょ」
手を伸ばして触れようとするルウ。けれど手は水面ギリギリくらいまでしか届かない。
シャノンはルウが落ちないように片手で支え、それを頼りにルウはもう少し身を乗り出して手を伸ばす。
――ぴちゃり。
伸ばした指先が水面を掻き、水が跳ねる。光を受けた星の水。
「きらきら。おほしさま」
はしゃいだようにルウが言う。
シャノンは片手で水を掬い、高く持ち上げる。
「ルウ。手を出してみろ」
シャノンの言葉に、ルウが両手でお椀を作る。シャノンは高い場所からそのお碗目掛けて手を傾ける。
さらさら。
まるでそんな音で、水がルウの両手に収まっていく。
それは星の滝。光を放ついくつもの星が、ルウの手の中に入っていく。
感嘆に言葉なく、ルウはその光景を見つめていた。
――コクリ……コ、クリ。
やがてルウがうとうととし始める。色々あって疲れたのだろう。ゆらゆらと海の上は睡眠を誘う。
シャノンはルウがボートの背におでこを打ち付けてしまわないうちにと、自分の近くにルウを引き寄せる。そしてそのまま自分も横になる。
シャノンの温もりを傍に感じ、ルウはすぐに寝息をたてはじめる。
すぅー。すぅー。と。シャノンのお腹の上で。
シャノンはそんなルウの様子をしばらく眺めていた。
「ぅ……ん…………」
眠りやすい体勢を求めてだろうか。猫のような仕草でシャノンのお腹に顔を押し付けるルウ。
しばらくそんなルウを眺めていたシャノンも、やがてゆっくりと目を閉じた。
幸せそうに。口元に優しい笑みを浮かべて。
ぼんやりと、ハンスは岸に立って海のほうを眺めていた。
ポケットから愛煙しているロメオ・Y・ジュリエッタという銘柄のタバコを取り出して、おもむろに火をつける。
十分に肺にいれ、吐き出す。吐き出された煙はすぐに風に溶け込んで消えていく。
長い間。ハンスはこうして海を。海の上に漂う一隻のボートを眺めていた。
どこか羨ましそうに、そんな風にも見える表情で。
この街で出会い、複雑な気持ちを抱えていた。
それでも、蟠っていたものも最近ではだいぶ解けたようにも感じる。
先ほどの砂の城を作っていた時の事を、ハンスは思い出す。
あんな風に思ったことを正直に言い合い、共に同じものを作るなんて、以前には出来ただろうか。
ゆらゆらと。目の前に赤い色が揺らぐ。
ハンスは短くなったタバコを携帯用の灰皿に放り込み、もう一本タバコを取り出した。
やがて陽も落ちてきて、三人はシャノンの家へと帰る。これから三人でご飯を食べるという事になったのだ。
車を走らせ、シャノンの家へと着くと、シャノンはハンスに、ルウと一緒に家に入って待っててくれと行った。
「……?」
訝しげにハンスが顔で訊ねる。
「仕事が入った。すぐに済ませてくるから、ルウの面倒をみていてくれ。あああと、ご馳走を用意しておけよ」
「仕事って、キャンセルになった仕事か? それなら俺も――」
言いかけたハンスの言葉を遮って、シャノンは続けた。
「いや。大した仕事じゃない。夕飯を作り終える頃には戻る」
そういい残して、まだ何か言いたそうだったハンスと、いてらしゃい、ぱぱ。と手を振っているルウを残してシャノンは去っていく。
シャノンの車が完全に見えなくなってから、ハンスはルウを見た。
悲しんでいるかな。そんな予測をしてルウを見たハンスだったが、大丈夫そうだったのでほっと一息つく。
シャノンの家に入った二人。電気をつけたり色々と準備をした後、ハンスは言われた通りにご馳走を作って待っていようとそちらの準備に取り掛かる。
材料は何があるか。そんなことを考えながら冷蔵庫を開けると、おおよそ足りないものはないというくらいの種類の食材が詰まっていた。
「……?」
すぐに不自然さに気がつくハンス。
明らかにおかしい。どれも封を切っている様子はないし、日持ちしないようなものまで沢山ある。
最初から、自分に作らせる予定だった?
そこに考えがたどり着くと、今度は他の事まで怪しくなってくる。
本来ならば今日は仕事で、晩御飯を作りにこれるかなど確定してはいなかったのだ。それならばキャンセルというのも実は嘘で、最初から海に行くつもりだったのではないか。と。
もしもそうだったとしたら、一体何の為に?
と、そこまで考えて、ハンスは思考を中断した。
もしもそうだったとしても、シャノンのすることな以上、自分に害を及ぼす類の事ではないだろうし、予定されていることならば、それこそ考えている時間は無い。夕飯を作り終える頃には戻ると言ったその言葉どおりに、きっと戻ってくるのだから。
もう一度冷蔵庫の中身を見回し、メニューを考える。
これだけの食材。どのみち余していても食べきれずに腐らせてしまうだろう。
それならば、食べ切れなくても構わないから色々なものを作ろう、と。
すぐに準備を始めるハンス。頭の中でレシピを描き、冷蔵庫から材料を出していく。
そのハンスの様子を、ルウは少し後ろで見ていた。
何か手伝いたいけれど、邪魔になったりするだろうか。と色々考え、オロオロとたどたどしい足取りで行ったり来たりしている。
視界の隅に動くルウの姿に、ハンスはすぐに気がついた。振り向いてルウと目が合った時、ルウの動きがぴたりと止まったのを見て、ハンスは妙な面白さが込み上げて少し笑ってしまった。
「ああ、すまない。大したことじゃないんだ」
はてな顔のルウにそう言って、ハンスはルウを手招きする。
ぱあっと顔を輝かせてやってきたルウに、ハンスは仕事を任せた。食材の封を切って、見えやすいように並べていく仕事だ。
仕事を与えられたルウは、嬉しそうに一生懸命仕事をしていく。少しの間その様子を眺めていたハンスも、大丈夫そうだと自分の作業に取り掛かった。
マンションに戻ったシャノンがドアを開けた時、まず気がついたのは部屋中に広がる美味しそうな匂いだった。
「あ。ぱぱ。おかりなさい」
リビングに入ったシャノンに、ルウが気がついて不自由な足で駆け出そうとする。すぐに転びそうになるが、既に前まで来ていたシャノンが受け止める。
「ただいま。ルウ」
そのままハグをする二人。
「ぱぱ。るう、おてつだいしてたんだよ」
「ん? あぁ。えらいな、ルウ」
少しして、ハンスがキッチンから顔を出す。そしてすぐに二人の足元に置いてある箱に気がつく。
それはケーキの箱で、シャノンが買ってきたものだった。実はシャノンは、仕事ではなく、この特注で頼んだケーキを取りに行っていたのだった。
「……ケーキ?」
やっぱり仕事ではなかったか。と、ハンス。ハンスに気がついたシャノンは、ケーキの箱を持って立ち上がり、その箱をハンスに渡す。
「食後に出していいのか? このケーキは」
受け取って、ハンスはシャノンに訊ねる。
「あぁ。だが、それを俺に聞くのは可笑しい。それはハンス、お前のものだ」
「……?」
その言葉に一瞬顔をしかめたハンス。思考が次の段階へと向かう前に、シャノンがハンスの手の上にあるケーキの箱を開けた。
「――!」
中にあったチョコレートケーキを見て、ハンスは気がついた。
ああ。そうか。今日は自分の誕生日だったんだ。と。
「……ようやく気がついたか。全く。そろそろ態と気が付いていない振りをしているのかと疑ってたぞ」
「あ、ああ……。すっかり、忘れていた」
僅かに皮肉っぽく言ったシャノンに、動揺を隠すようにハンスが言う。
おかしなほどに、ハンスは動揺していた。
仮に、誕生日を覚えていたとしても、こんな風に祝ってもらえるとは思っていなかったから。
もう一度、チョコレートケーキに目を落とすハンス。確かに自分の好きなチョコレートケーキだ。よくみると中心にホイップされたクリームに寄りかかったチョコレートの板ににホワイトで文字が書いてある。
happy birthday Hans
「おめでとお、ハンス」
ルウが自分のことのように幸せそうな笑顔でハンスに言う。
「誕生日おめでとう。ハンス」
シャノンが、ハンスの目を見て笑顔で言う。
ああ。やばいな。
溢れそうなものを押しとどめて、ハンスは言う。
「あ、あぁ。……ありがとう。ちょっと、悪い。タバコ吸ってくる」
そう言ってベランダに出るハンス。
ハンスがベランダに出た後、ルウが心配そうに呟く。
「……ハンス、けーききらい?」
もしかしたケーキが嫌いで、出て行ってしまったのではないかと思ったのだ。
「いや。ハンスは嫌で出て行った訳じゃない。そうだな、5分もしたら戻ってくるさ。だから大丈夫だ」
安心させるように、シャノンが言う。その視線はテーブルの上のケーキ。その奥のテーブルの隅へと向いていた。
そこには、ロメオ・Y・ジュリエッタとプリントしているタバコの箱が置いてあった。
失敗した。
ベランダに出たハンスは、後悔の念でいっぱいだった。
あのタイミングでタバコは、明らかに不自然だった。ケーキを置いてくるだとか、他にもっとまともな理由があっただろうと、今更ながら自分に言う。しかも、肝心のタバコもテーブルの上に置きっぱなしだったときたものだ。けれど、別の言い訳もタバコも、全然思い浮かばないほどに余裕が無かったのだ。
別にハンスは嫌だった訳ではなかった。感情が昂ぶったのだ。
涙が出そうだった訳ではない。ただ、情けない顔を見せてしまいそうだったからベランダへと出てきたのだった。
「ふう」
ベランダから外を見て、ハンスは思い出す。
まったくの不意打ちだった。思ってもいなかったものを。ただ……。
喜びを、確かに感じていた。
嬉しいと。心があたたかくなっているのが自分でも分かった。
「……さて」
ほんの数分間。
ハンスは心を落ち着けて、再び部屋の中へと戻っていった。
ハンスが戻ると、テーブルには料理が並んでいた。既に全部作り終えて盛り付けた後だったので、シャノンとルウで運んだのだ。
ハンスはテーブルの隅に置いてあったタバコをそっとポケットに仕舞う。
キッチンからシャノンとルウが出てきて、その手にはワインとジュース、コップを持っていた。
三人、それぞれ席に着き、シャノンがハンスに訊ねる。
「ワインにするか?」
その言葉にハンスが手で拒否を示して言う。
「いや。ジュースにするよ」
ワイン一杯でも酔っ払ってしまうほど酒には弱いハンス。今日は酔っ払うと何を言い出してしまうかが怖かったので、酒は断る。ちなみにアルコールはシャノンだけで、ルウは勿論ジュースだ。
それぞれにグラスが行き渡ると、シャノンが乾杯の合図をする。
「ハンスの誕生日を祝して……乾杯」
――カラン。
グラスの触れる小気味良い音が響く。
一口飲んだ後、シャノンとルウが何処からかプレゼントを取り出す。
「ありがとう」
受け取って横に置いたハンスだったが、ルウの視線から今開けてというのを感じ取って、食べる前に開ける。
シャノンからのプレゼントは、ライオンレッドのジッポライターだった。シルバーの表面にルビーレッドの背景でライオンのシルエットを描いたものだ。
ハンスは色々な角度からジッポライターを眺めた後、もう一度シャノンにありがとうと言って、ポケットに仕舞いこんだ。
ルウからのプレゼントは、同じくライオンモチーフの、ブレスレットだった。レザーで編みこまれた紐の両端にライオンの頭のシルバーモチーフが付いており、そのライオンが口にフックを咥えているというものだ。
ハンスは同じように、じっくりとブレスレットを見た後にルウにありがとうと言ってから、腕にはめる。
「ハンス、ハンス」
それを見てルウが嬉しそうに自分の腕を伸ばす。
そこには、ハンスがたった今はめたブレスレットと同じものがはめてあった。
驚いて思わずシャノンを見るハンス。すると、シャノンの腕にも同じのがあった。
「三人でお揃いにしたいと、ルウが言ってな」
そう言ったシャノンに続いて。おそろい。とルウ。
「二人とも。ありがとう。大切にする」
最後にもう一度言って、さて。と続けて食事を勧める。
「いたらますー」
いただきます。という意味だろう。ルウがそう言って食べ始める。と、思われたが、あまりの料理の種類にどれから手をつけていいのか分からずに困り顔であちらこちらに目を向けている。
「ふっ」
シャノンが小さく笑い、ルウの皿に色々な種類の料理を少しずつ取り分けていく。
肉料理を中心に食べていくシャノン。みかねたハンスが野菜も食べた方がいい。と言うと、トマト煮にした豚肉と口に運び、ちゃんと食べている。と答える。
こうしてあっという間に過ぎていく時間。話しながら時間をかけて食べていき、ついにはほとんど全てを食べきる。
「さて」
食事が終わり、思い思いぼーっと過ごしている中、ハンスが立ち上がる。
「なんだ、泊っていかないのか?」
シャノンの言葉に、止めておくよ。と返すハンス。
「そうか」
ソファーに座るシャノンに寄りかかる形で寝ているルウを、シャノンはそっとよけて、立ち上がる。
「これ、貰っていってもいいかな?」
一切れだけ残ったチョコレートケーキを箱に戻しながら、ハンス。
「ああ。勿論?」
その言葉に、ハンスはケーキの箱を持って玄関へと向かう。シャノンも玄関まで見送りにと後に続く。
ドアを開けて出たハンス。開け放しのドアのまま振り返る。
「……今日は楽しかった」
ハンスが真っ直ぐにシャノンを見て言う。
「……そうか。よかった」
真っ直ぐに見つめ返し、シャノンも答える。
それきり無言で、ハンスはシャノンのマンションを出て行く。
月明かりの下を歩くハンス。ポケットからタバコを取り出し、口に咥えて火を近づける。
ふと気が付いて動きを止めると、火をつけないままライターの火を消し、代わりに別のライターを取り出す。
きらりと光った腕から月の光を追って、ハンスは空を見上げた。
綺麗な月が、高く輝いていた。
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クリエイターコメント | こんにちは。依戒です。 この度は素敵なプライベートノベルのオファー。ありがとうございました。
さて。まず最初に。 ハンスさま。お誕生日おめでとうございます! 少し前に誕生日をむかえられたシャノンさまも。この場で言わせていただきます。おめでとうございます!
誕生日っていいですよね。 私も誕生日を――。 と、私のことなんていいですね。あはは。
さて。いつものように長くなるお話は後ほどブログで語らせてもらうとして。少しだけ。
物語中。ハンスさまのスペルをHansと綴りましたが、よかったのでしょうか……。もし間違えていたら、訂正いたしますのでご連絡を。
と、それでは。最後にもう一度。
素敵な誕生日の一部分を描かせていただき、感謝です。 とっても幸せな執筆時間を過ごせました。
オファーPC様。ゲストPC様。そしてノベルを読んでくださった方のどなたかが、ほんの一瞬だけでも幸せな時間と感じて下さったなら。 私はそれを嬉しく思います。 |
公開日時 | 2008-09-17(水) 19:00 |
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