★ 花薔薇 ★
クリエイター木原雨月(wdcr8267)
管理番号314-7383 オファー日2009-04-10(金) 11:03
オファーPC ダニエル・リッケンバッカー(cymd7173) ムービースター 男 29歳 花嫁殺し
<ノベル>

 リッケンバッカー
 リッケンバッカー
 花嫁もらう リッケンバッカー
 青空広がる晴れの日に
 教会の鐘は鳴り響く

「やあ、ダニエル。いよいよだな」
「まったく、あんな器量よしをもらうなんて羨ましい」
「幸せになれよ」
 友人たちからの祝福。
 ダニエル・リッケンバッカーは、長い睫毛に縁取られたアイスブルーの瞳で緩やかに微笑んだ。柔らかなプラチナブロンドの髪がさらさらと風に揺れる。高く筋の通った鼻、すっきりとしたラインの輪郭。誰もが思わず魅入ってしまうような甘い容貌。
「ありがとう」
 声もまた穏やかで耳に心地良いテノール。ゆるやかに薫るのは薔薇。コロンを使っているのではない。ダニエルの屋敷をぐるりと囲うあらゆる品種の薔薇の薫りが彼のすらりとした体に纏わりついて、彼が歩くたび、薫風に髪を靡かせるたび、ふわりとその香を匂わせるのだ。
 商業が発達した故に大きくなったこの町で、薔薇に囲まれた屋敷に住み美しい姿を持つダニエルは、本人のそれとは関係なく人目を引き、また惹き付けた。胸には美しいエメラルドをあしらったタイピン、腕には同じくエメラルドをあしらったカフス。そして腰には美しい銀細工のレイピア。決して気取っているようには見えず慎ましやかな光を放つそれらは、ダニエルをより一層引き立てた。
 ダニエルは町を歩くたび、人々の祝福を受ける。それは、同じ町に住む亜麻色の長い髪と琥珀色の瞳を持つフェリシア・ネヴィルとの結婚が決まったからだ。彼の屋敷が薔薇に囲まれているのは、その最愛の人が薔薇の薫りを好んでいたからである。
 肩を寄せ合い、愛を語り合う二人は、誰の目にも仲睦まじい恋人同士であった。
「ダニエル!」
 雷鳴と共に友人が教会へ飛び込んできた時、彼は一体どんな顔をしていただろう。どんな顔に見えただろう。
 ダニエルの最愛の人フェリシアは、結婚を控えた前日、唐突にその姿を消した。
「近頃は破落戸どもが、町外れを根城にしてるらしい」
「女子供を攫っては、売り飛ばしているそうだよ」
「ああ、なんて恐ろしい」
「そんな。それじゃあまさか、フェリシアも?」
「無いとは、言い切れないだろう」
 ダニエルは教会の中で、ただ祈るように神の前に跪いていた。
 両の手を組み、美しいプラチナブロンドの髪は今は垂れ、長い睫毛は微かに震え、雷が閃くたびに濃く影を落とした。
 誰も声など掛けられなかった。
 悲観に暮れるダニエルは、敬虔なカトリック信者である彼のその姿は、痛ましいほどに美しかった。
 ──そう、誰もが恋人を亡くして悲観に暮れていると思った。
 ダニエル・リッケンバッカーその人以外は。

  ◆

 リッケンバッカー
 リッケンバッカー
 花嫁なくした リッケンバッカー
 稲妻奔る嵐の夜に
 教会の鐘は鳴り響く

 ざあざあと冷たい雨が降り注ぐ。
 そんな雨に打たれながら、ダニエル・リッケンバッカーは薔薇園を抜けて帰宅した。その顔はすっかりと青褪め、濡れたプラチナブロンドの髪からは滴が滴り落ちる。ダニエルは重い足取りで寝室へと向かった。 濡れそぼった裾から落ちる滴は柔らかな絨毯に吸い込まれていく。明かりなどは付けず、時折閃く稲妻が彼の歩む先を照らし出した。
 繊細な細工を施された、木の扉。そこが、彼の寝室である。この広い屋敷の中で、そこは特別な場所だった。
 ダニエルの細い指がその扉を開く。途端に、むっとした空気が臭気を伴ってダニエルの体にねっとりと絡みつく。重い足を引きずって、ダニエルはベッドの前に立った。
「──フェリシア」
 その白いベッドの上には、花嫁。純白のドレスを纏った花嫁、美しいレースのヴェールは彼女の穏やかな白い顔を一際美しく見せた。胸から零れ出た深紅が薔薇のように咲き誇り、美しい最愛の人フェリシアは静かにその瞳を閉じている。
「フェリシア、フェリシア。ああ、どうか許してくれ」
 ダニエルは崩れ落ちた。
 許してくれ、と何度も何度も繰り返した。
 ふいに、ふわ、と暖かなものが冷たい雨に濡れた髪に触れた気がして、ダニエルは顔を上げる。そこには微笑むフェリシアの姿。ダニエルはアイスブルーの瞳を見開いた。
 ──いいのよ、ダニエル。
 優しい、愛しい声。
 ダニエルはその繊細な指にまるで子供のように髪を頬を撫でられながら、打ち拉がれた。
「どうかどうか、ああ、フェリシア。許してくれ、どうか許してくれ」
 稲妻が迸り、雷鳴が轟く。
 ダニエルは己の手を見つめ、震えた。とても顔を上げる気にはなれなかった。彼女を真っ向から見つめることができなかった。まだこの手には、あの時の感触が残っている。
 腰に差したレイピアで、愛しいフェリシアの胸を刺し貫いた、その感触が──……。

 あの時の思いを、どう伝えよう。
 どうしようもない悲嘆と押さえきれない歓喜。
 彼女を望んだのは真実。
 その姿はしかし、生きた彼女ではなく、死んだ彼女だった。
 ダニエルとフェリシアは、彼女がその愛に満ちた命を愛の為に捧げるその時まで、周りのそれと変わらぬ普通の恋人同士だった。指を絡ませ、肩を寄せ合い、愛を語り合う、普通の。
 なぜ、そのままではあり得なかったのか。
 それは、ダニエル自身よりもフェリシアの方がよく解っていた。
「まあ、猫」
 ダニエルの薔薇園には、いつからかティー・タイムのたびに現れる猫がいた。真っ白いそれに、ダニエルはただアイスブルーの瞳を穏やかに微笑ませて、フェリシアが猫と戯れるのをただ眺めていた。しかしある日、その猫は死んだ。飢えの為か、それとも寿命か。白い猫は薔薇園の隅でひっそりと息を引き取っていたのである。その白い猫を、ダニエルが腕に抱いて優しく撫でていた。薔薇園を訪れていた時にはまるで興味などないかのようにただ眺めていたダニエルが、死した白猫を愛おしげに抱き撫でているのである。
「埋めてあげましょう?」
 フェリシアが言うと、ダニエルはどこか恍惚とした顔を少し歪める。しかしそれもほんの一瞬のことで、すぐにいつもの穏やかな表情になった彼は、白猫をその薔薇園の隅に埋めた。
 次には、町娘の葬儀の時であった。病の為に亡くなったのであった。献花をする時の、あのダニエルの表情を、フェリシアはとても忘れられはしなかった。今までどんなに愛を語り合った時よりも、愛おしそうに見つめる彼の瞳は。
 そして、その時はやって来たのだ。
 結婚を申し込まれたフェリシアは勿論快諾した。そして花嫁姿でダニエルの屋敷を訪ねたのである。
「どうしたんだ、フェリシア。そんな格好で」
 美しい顔を驚きと嬉しさにほころばせる。しかし彼の瞳には、あの時のような光はない。彼の寝室まで招かれたフェリシアは、その白い腕を広げて告げたのだ。
「ダニエル、私を殺して」
 まるで雷に打たれたかのような衝撃だった。ダニエルは狼狽えた。
「何を言っているんだ、フェリシア」
「今のままでもいい。けれど、私が死んだら、あなたはもっと私を愛してくれる」
 琥珀色の瞳が、アイスブルーの瞳を真っ直ぐに見つめる。その瞳には、ただ慈愛に満ちた光が宿っていた。ダニエルは震えた。鼓動が早くなり、呼吸が乱れる。
 その胸に身を寄せ、フェリシアは囁いた。
「あなたになら、何度殺されたっていいわ」
 すとダニエルの手に細い手を重ね、いつも腰に差しているレイピアに触れる。ダニエルは震えた。
「フェリシア……」
「いいのよ、ダニエル。それがあなたの愛の証明だって、私だけが知っているから」
 フェリシアは微笑む。琥珀色の瞳が、怪しいまでに光る。その柔らかな亜麻色の髪を撫で、抱きしめる。心臓が耳元で脈打っているかのようだ。ダニエルは喉を鳴らした。フェリシアはそっとダニエルから離れる。しゅら、とダニエルはレイピアを引き抜いた。
「さぁ」
 フェリシアが腕を広げる。ダニエルは目眩がする思いがした。まるで雲の上を歩いているかのような感覚。ダニエルのその目には、フェリシアの琥珀色の瞳がただ映る。耳の奧で潮騒がした。世界はただの暗闇で、その中にぼうやりとした淡い光が浮かんでいる。
 ぷつ、り。
 ダニエルの手に、柔らかなフェリシアの胸を刺し貫く感触が伝わる。鋭利な銀が、フェリシアの胸に吸い込まれる。フェリシアはか細い息を吐きながら、恍惚に満ちたそれは穏やかな表情で、震える腕を伸ばしてその頬を撫ぜた。
「そう、それで……いいの。いいのよ、ダニエル」
 足の力が抜け、フェリシアはベッドの上に倒れた。それをダニエルは無感動な瞳で見つめていた。純白のドレスの胸元に深紅の薔薇を咲かせ。ダニエルはぼうやりとした光が途端に鮮烈な光を放ち、自分を包み込むのを感じた。
 そう。この時のダニエルは、今までのどんな時よりもフェリシアを愛しく思った。その身が歓喜で打ち震えるほどに。
「フェリシア」
 なんて美しく、なんと愛しい我が恋人か。
 呟いて、頬に触れる。
 そこでダニエルは異変を感じた。
 いつも擽ったそうに微笑むフェリシアの声がしない。ダニエルは動揺した。手から何かがこぼれ落ち、それを目にして言葉を失った。
 赤く染まったレイピア。
 胸に深紅の薔薇を咲かせたフェリシア。
 固く冷たい銀を通して感じた、柔らかな感触。
 ダニエルは呆然とそれを見下ろしていた。
 喉が焼けるように熱い。
 ダニエルは泣き叫んだ。
 愛しい恋人の亡骸を前に崩れ落ちた。
 なんと言うことを、なんと言うことをしてしまったのだ。
 もう戻らない。
 生きたフェリシアは戻らない。
 殺した。
 殺してしまった。
 このダニエル・リッケンバッカーが、この手で刺し殺したのだから。
 他ならぬ、自分が。
 最愛の、人を。
 自ら手に掛けた。
 明日には教会で結婚式を挙げ、幸せな生活が待っているはずだった。
 二人で築いていく、幸せな日々が。
 しかし、それは壊れた。
 自分が壊した。
 壊した。
 殺した。
 ころ、し。

 ──いいのよ、ダニエル。
 優しい声。
 耳に、あの優しく穏やかな声が響く。ダニエルは震える顔を上げた。
 そこには胸に深紅の薔薇を咲かせ静かに横たわる、愛しいフェリシアの亡骸。
 そう、亡骸だ。
 ダニエルは震える手でその頬を撫ぜた。冷たくなったその頬を、ゆっくりと。
 ──それがあなたの愛の証明だって、私だけが知っているから。
 声。
 目の前に横たわる亡骸。
 彼は歓喜し、恍惚としていることを自覚していた。
 目の前には、花嫁衣装の愛おしいフェリシア。
「フェリシア」
 ダニエルは掠れた声で恋人の名を呼ぶ。
 ゆっくりと体を起こし、亜麻色の髪を撫でつける。
 ベッドが僅かに軋みを上げる。
 冷たい頬。
 プラチナブロンドから零れた滴が、今は閉じられた琥珀の瞳を濡らす。
 恍惚として細められた眼。
 長い睫毛から覗くのは、怜悧な光を湛えるアイスブルーの瞳。
 細い指が詰めたい唇をなぞり、熱を帯びた唇が重なる。
 長い亜麻色の髪を撫で、まるで壊れ物のように恋人の体を優しく優しく撫でる。
 雷鳴の轟く寝室に熱い吐息が漏れる。
「ああ」
 やっと手に入れた、僕の花嫁────……。

  ◆

 リッケンバッカー
 リッケンバッカー
 花嫁愛する リッケンバッカー
 愛した花嫁血に染めて
 動かぬ花嫁抱きしめて
 夜ごと愛をささめいて
 誰も知らない薔薇の園
 星が瞬く静かな夜に
 教会の鐘は鳴り響く

 ダニエルは毎日、教会に足を運んだ。
 人々はそれを、恋人を亡くした傷心を癒す為と思っていた。敬虔なカトリック信者である彼が教会を訪れることは誰も疑問に思わなかったし、何よりダニエルの神に祈る姿は愁いに満ち、あまりに美しかった。
 ダニエルが祈りを終え立ち上がると、若い男女が仲睦まじそうに微笑み合っているのが目に入った。結婚式があるのか。そう、思って。ダニエルは眼を見張った。
 ──いいのよ、ダニエル。
 長い栗色の髪、琥珀色の瞳。すらりとした身体。
 ダニエルと眼が合うと、女性は幸福そうに笑みを溢し、軽くお辞儀をする。それにダニエルも応え、その背中を見送った。
 ──それがあなたの愛の証明だって、私だけが知っているから。
 ダニエルは息を漏らす。その口元には穏やかな笑み。
「フェリシア」

 その夜。
 深紅のバージンロードに純白の花嫁が、月光に照らされて佇んでいる。
 その傍らにいるのは、花婿ではない。
 胸にエメラルドのタイピン、腕にはエメラルドのカフス、腰には銀のレイピア。月の光に照らされて、鈍く美しい光を弾くそれらにより美しく引き立てられた男。
 腰のレイピアは、今は引き抜かれ、男の手に握られている。
 男は恍惚とした表情で花嫁を抱き寄せた。栗色の髪を愛おしげに撫で、白い頬を愛おしげに撫で、男はレイピアを引き抜く。 その胸に、深紅の薔薇が月下の元に美しく咲き誇った。男は熱い吐息を吐き、花嫁を抱いて神の御前を辞した。
 後にはただ、薔薇の薫りが残る。

 教会の近くには、薔薇に囲まれた屋敷がある。
 その主は植えられた薔薇に劣らぬ美しい男である。
 その胸にはエメラルドのタイピン、腕にはエメラルドのカフス、腰には銀のレイピアを差し、毎日教会に通う穏やかな笑みを湛える敬虔なカトリック信者。
 誰が彼を思おう。
 言動や行動は至って真面目な彼のその精神が、もはや常人ではあらざることを。
 薔薇の薫りに隠された、鋭い棘を。
「ああ……今日も綺麗だ、フェリシア」
 寝室。そのベッドの上。
 美しいダニエル・リッケンバッカーは、胸に黒い薔薇を咲かせた純白のドレスを纏った髑髏に熱い口付けを落とす。胸の奥底から沸き上がる歓喜に打ち震え、熱い吐息を漏らす。
 愛を紡ぐ二人を見つめるのは、胸に深紅の、赤褐色の薔薇を咲かせた花嫁達。白い肌は崩れ、虫が湧き、その眼窩は虚ろに二人を見つめている。
 愛しい女が愛した薫りに酔いながら、ダニエルはその頬を撫で、咲き誇る薔薇を撫でる。
「ああ、ああ、愛しいフェリシア──」
 再びその愛しいフェリシアに口付けを落とそうとして。
 ダニエルは激しい悲嘆に暮れた。
 甘く妖しい薔薇の薫りが消え失せ、愛しいフェリシアもいなくなった。
 それが、ダニエル・リッケンバッカーが、魔法のかかった街、銀幕市に実体化した瞬間であった。

  ◆

 始めに戸惑い。
 そして、嘆き。
 ダニエル・リッケンバッカーは勝手も分からず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
 彼にただ一つわかる事は、愛しいフェリシアは此処にはいないという事である。あまりの切なさに胸が潰れる思いがした。
 そんな彼に、差し伸べられる手があった。
 ダニエルは顔を上げ、その愛らしい笑顔と親切な言に従い、市役所へと赴いた。
 そこで知らされたのは、この銀幕市という街には、映画の中の登場人物を現実世界に実体化させる、夢の神の子の魔法が掛かっているということ。自分は映画の中の登場人物であること。そういった存在をムービースターと呼ぶこと。
 映画などという文化、それこそテレビやラジオすらない世界に居たダニエルにとって、そこは不可思議なことばかりであった。しかし、優しいが疲れた眼をした職員の対応で、とりあえず自分の立ち位置を知る。
 そして、今。
 彼は小さな屋敷を借り、これまでと変わらない生活をはじめている。
 柔らかなベッドで寝起きし、アッサムやダージリンを楽しみ、食事を採る普通の生活。
 教会へ祈りを捧げに通い、恋人に似た花嫁を探す、彼の日常の中を。
「……ああ、フェリシア。君は今、どこにいるのだろう」












 リッケンバッカー
 リッケンバッカー
 花嫁もらう リッケンバッカー
 花嫁なくしたリッケンバッカー
 薔薇の香ただよう屋敷に独り
 花嫁愛する リッケンバッカー
 花嫁なくしたリッケンバッカー
 冷たい身体を抱きしめる
 花嫁求める リッケンバッカー
 異国の街に鐘が鳴る
 教会の鐘は鳴り止まぬ

クリエイターコメントお待たせ致しました。
木原雨月です。

あまりに美しい設定に、さて木原で役不足ではなかろうかと緊張しながら書かせていただきました。
お気に召していただければ、幸いです。
ちなみに、タイトルは「はなそうび」と読みます。こそり。

何かお気づきの点などございましたら、お気軽にご連絡くださいませ。
この度はオファー、誠にありがとうございました。
公開日時2009-04-29(水) 11:50
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