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<ノベル>
ざわざわとした喧噪。
それと共に緊張。
天気はいいはずなのに、空は奇妙に薄暗い。
それは彼の絶望──マスティマが銀幕市上空に居座っているからである。
選択のとき。
神々はそう言った。
そしてその言葉の通り、今、銀幕市に住む人々は選択を迫られている。
「タナトスの剣」をもってリオネに罰を裁きを与え、すべてを終らせるか。
「ヒュプノスの剣」をもって美原のぞみをつらぬき、常しえの夢を見るか。
それとも、どちらの剣も使わず、別の道を見いだすか──…………
◆ ◆ ◆
リョウ・セレスタイトは紫煙をくゆらせながら、それを見ていた。
彼の絶望、マスティマが現れても、周りで悩みまたは鼓舞する人々を見ても、熱くなれず、また感慨もなかった。親しい人間が死ぬかもしれない。さすがにそれはリョウであろうとも眉を顰める。だが運命の流れ、そうした事象には興味がないのである。
ゆえに彼が選んだ選択は、「ヒュプノスの剣」。
これは単に女性が消える数が最も少ない選択肢だったからだ。また、のぞみが眠り続けることも、幸せな夢に眠る方が病気と闘う現実よりもいいのではないかと思ったのだ。
何よりも、最初にそれを望んだのは、他ならぬのぞみなのだから。
空に消えていく紫煙を目で追いながら、ふう、とそれを吹き飛ばす。……そう、こんなものだろう。
そもそも、銀幕市に実体化した時からそうだったのだ。実体化後、本職の刑事部能力捜査課、通称DPの警官たちと集まったりもしたが、組織という形がこの街にはない。DP警官という本職は実際は休業状態であり、リョウは仲間たちに秘密で情報屋として活動していた。それも小銭稼ぎと手持ち無沙汰、という体たらくである。
もしも能力が使えないということだったなら、もう少し真面目にやっていたかもしれない。しかし、彼は電磁波干渉という能力を持ち、故にコンピューターシステムに干渉し情報を収集するということが容易くできた。
リョウが生きてきた時代は、現在の銀幕市でいう「近未来」である。おまけに能力者同士による争いが絶えない、そんな世界である。そういった場所からやってきたリョウには、現代のセキュリティレベルなど呆れるほど容易く突破できる。そうして彼は、市内の情報も、市街の情報も楽々と手に入れていたのだ。
そうやって一歩場所からこの街を眺めてきた。
だが、今この状況の中で、リョウが唯一興味をそそられた事実がある。
それは、「ムービースターが「消える」かもしれない」という事実だった。
ムービースターはその名の通り、魔法によって作り出された夢だ。「夢」として跡形もなく消えるということは、生きている人間が死ぬのとは少し違う。
そう。
消滅の持つ意味が、もっと軽い。
紫煙を吐き出し、くつとした皮肉な笑みが漏らす。運命に抗おうとせず、そして運命に情熱的になれない自分には、似合いな結末だ。
灰皿に吸い殻を押し付けて、リョウは外から視線を移す。
そこには一台のパソコン。リョウが愛用してきたものである。
そこでふと面白いことを思いついた。
リョウは口端を持ち上げて、パソコンを起動させる。聞き慣れた起動音と共に、幾つものウィンドウが開く。リョウはキーボードを叩きだした。
画面には様々な情報が次々と映し出される。それは、情報屋稼業を通してネットワークで得た情報だ。それらを端的に、そう、もしもそれが事実であれば銀幕市や国家に衝撃を与えるような、重大なものばかりを選び、敢えて信憑性はぼかして纏めあげていく。
それは悪戯のようで、そうじゃないようで。
まるでマジックショーのようなもの。そしてそれは、彼自身にとってもそうである。
キーボードを叩き終えると、リョウはネットワークに飛び込んだ。得意の電波干渉である。今纏めあげたものを、ネットシステムの内部に運び込み、仕掛ける。今すぐに広まってはつまらない。そう、ちょうど一年後の四月一日。その日がいい。
実体化して知った、「エイプリルフール」という行事。嘘をついて楽しむ、愉快な日だ。
そして、自分が消えていると思われる時。
そんな時に、このウイルスが一気に広がったらどうなるだろう?
忘れた頃のジョーク。
消えたと思っていた夢からの意趣返し。
それはちょっとした悪戯心。
覚えていて欲しいなんでものじゃない、本当にただの単なる気まぐれ。
夢ってのはなんでもアリなんだから、こういうのもいいだろ?
そんなしたり顔。
リョウはネットワークから浮上し、煙草に火を着ける。ゆらゆらと立ち上る煙に窓を開けた。そこにあるのは絶望。この世界の全人類の心であるという。今は「結末」のための充填をしている。
白い煙を吐き出す。
空は曇っている。
ぼんやりと思った。自分が夢として消えることに、本当にいいのだと思っていることに。それはそれで、いいと思っていることに。
ただ、何もかもが「夢だった」と、たった一言で終ってしまうことに対しては、少しくらいの意趣返しはしてやりたいと思った。
それが寂しさなのだとは、リョウ自身はまるで無自覚だったけれど。
そこでまた、ふと思った。
銀幕市民による投票は、いまだ続けられている。それによってはもしかしたら一年後の四月一日、ここにいるかもしれない、可能性。
リョウは煙のくゆる先を見て、やはり口端を持ち上げた。
もし、その瞬間にまだこの街にいたとしても、それはそれで構わない。
柄にもなく物思いに耽った自分に苦笑する。
そんな面白い展開が、期待できるじゃないか。
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クリエイターコメント | お待たせ致しました、木原雨月です。
再びリョウ様と相見えられたこと、また選択の時という重大なる時をお任せくださったこと、本当に幸せに思います。 リョウ様のお人柄も鑑みあっさりと、結果として台詞がまったくなく、独白に近い感じで書かせていただきましたが、……い、いかがでしょうか。 お気に召していただければ、幸いです。
何かお気付きの点がありましたらば、遠慮なくご連絡くださいませ。 この度はオファーをありがとうございました! |
公開日時 | 2009-05-27(水) 18:00 |
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