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<ノベル>
――シャンシャンシャン。
あちらこちらから流れるお決まりのクリスマスソングに、通りを歩く人々は揃って笑顔。イベントに、もしくは大切な誰かとの時間に、はたまた綺麗にドレスアップした街並みに。人々は笑顔をこぼす。けれど、何も通りにいる全員が幸せそうな笑みという訳でもなかった。
12月24日。いわゆるクリスマス・イブ。聖林通りでは不機嫌そうな顔をしたルークレイル・ブラックがサンタクロースの扮装をしてクリスマスケーキを売っていた。
「……ったく。何もこんな日までバイトに明け暮れなくてもいいんじゃないか?」
露店はそれなりに繁盛している。ひっきりなりに訪れる客。ルークレイルは注文されたケーキをウィズに伝えながら毒づく。
「なに言ってんの。こんな日だから、こ・そ。稼ぎ時なんだって」
人差し指を立て、トナカイに扮したウィズが答える。注文のケーキをルークレイルに渡し、さらにそのケーキの箱の上にもう一つ小さな箱を乗せて。
受け取ったルークレイルは、その小さな箱を一度カウンターに置き、料金と引き換えにケーキを渡す。そしてその後に、カウンターに置いた綺麗に包装された小さな箱をその客に渡す。
「Happy Xmas」
ルークレイルのその言葉はいささか愛嬌の足りないものだったが、まぁ文句のでるレベルではないだろう。受け取った客は嬉しそうに列を離れ、そうして次の客が一歩前へ出て注文をする。
「こんな日、だからこそ休息ってのも言えることだけどな」
「まーまー。もう少しで終わりだから。働いた後の休息のが、メリハリあっていいもんだって」
そうしてまた、注文のケーキを伝える際と受け取る際に一言の応酬。こういった遣り取りは流れ作業の体感時間を思っている以上に減少させる。日暮れ前から働いていた二人だったが、気がついたときには日も暮れていて、もうあと数十分もすれば終わりの時間となっていた。
「Happy Xmas」
ケーキの箱と一緒にルークレイルの手によって手渡される小さな箱は、ささいなクリスマスプレゼント。いわゆるオマケだった。ウィズが作った簡単なものを綺麗にラッピングしてプレゼントとしてつけているのだ。
こういったサービスは、特にこういうイベントの時期には目に見えて売り上げに効果を表す。現に複数あるライバル露店の中でも、二人の露店は明らかに並んでいる人の行列が多かった。もっとも、売り子の影響ではないのか? という感じもなきにしもあらずといった具合だったが。
「……ふん。働いた後の休息、ね」
ウィズからケーキの箱を受け取るルークレイル。僅かに口元をニヤリとして続ける。
「そういうくらいなら、帰りは酒でも奢ってくれるんだよな?」
「冗談でしょ。マイナスにして帰ってどうすんのって」
ルークレイルの飲みっぷりを十分に知っているウィズ。わざとらしく笑ってそう返す。
そうしているうちに、やがて終了の時間になる。衣装を脱いで帰りの支度を終えて改めてゆっくりと辺りを見回した二人は、来たときとはまったく別物の通りの姿に軽く驚いている。
「すごいもんだなあ」
「だな」
呟いたウィズに、ルークレイルも相槌を返す。そうしてしばらく辺りを眺めたところで、ルークレイルがわざとらしく伸びをしてウィズを振り返る。
「さて。それじゃあ飲みにいくか?」
そんなルークレイルに、ウィズは溜息をつきながら仕方無しに返す。
「だと思った」
その時だった。歩き出した二人の前から、二人の良く知る人物が歩いてきたのは。
「ぁん? おう! こんなとこで何してんだおめえら」
ギャリックだった。既にほろ酔い状態なのか、手に持った酒瓶は程よく減っていて、足取りにも少々不安なものがある。
「何してんだって、団長ぉ〜」
呆れたようなジト目でウィズ。
「ん? ああ。そういやぁ朝に聞いたな。バイトか。悪りぃな、ご苦労さん」
ははと笑って二人を労うギャリック。
「って、団長。手のそれ、まさか何処かで飲んでたんすか?」
一目見ただけで明らかに答えの出ている質問だったが、一応とウィズが聞く。
「おう。ちょっと誘われてな」
「それより団長。勿論まだまだ飲めるよな?」
ルークレイルのその言葉に、あたぼうよ。と冗談交じりに威勢良く返して酒瓶に口をつけるギャリック。そうして少し話しこんで、そのまま三人は飲みに行く事になる。
どうせなら酒を買い込んで外で飲もうと言い出すギャリック。すぐに二人は反論する。
「団長は酔ってるから分からないかも知れないけど、メチャクチャ寒いっすよ?」
両手を抱いて寒いというジェスチャーをしてみせるウィズ。
「折角こんなに見事な光景なんだ。じっくりと見てやんのが筋ってもんだろ」
そこらじゅうに散りばめられたイルミネーションを見回しながら両手を広げ、ギャリックが返す。
「何も態々寒空の下で飲まなくても。飲み屋だって綺麗に飾ってるだろうしな」
「いいや、決めた。酒買って広場行くぞ!」
同じように反論したルークレイルの言葉を遮るように言い放って酒屋へ歩き出すギャリック。ギャリックがこうなったらもう止める事は出来ないと知っている二人は、お互いに見合ってやれやれと一度だけ小さく溜息をついたあと、気持ちを切り替えて一緒に歩き出す。こうなってしまったら楽しんだもの勝ちだということ、そのことも二人とも十分に分かっていたのだった。
三人が大量の酒を買い込んで広場へ行くと、広場はすっかりと人で溢れかえっていた。
中央にセットされた大きなクリスマスツリーは、様々な装飾で綺麗にその身を飾り、断層ごとにいくつものな光りを放つ。そしてその根元には誰が作ったのか数体の雪だるまが、まるで談笑でもしているかのように集まっている。
普段は夜でも明るい広場は、ツリーや装飾を引き立たせる為に普段の電灯は消されていて、イルミネーションの光りだけが点在するその空間に、人々は感嘆の声を漏らす。
「この辺りでいいかぁ」
ツリーからは少し離れた場所。でもツリーの全体が見えるベンチに、ギャリックはやや乱暴に腰を下ろす。カタリ。地面に置いた袋から瓶と瓶がぶつかる音が響く。
「……さむ」
小さく呟いてコートの襟を引き寄せるのはルークレイル。同じようにベンチに座り、早速酒を取り出している。
「さむっ! 暖まる前に凍えちゃうんじゃないのかこれ」
やはりルークレイルと同じように、ウィズはマフラーを巻きなおしてはぁーと白い息で手を温めている。
しかしギャリックはそんな二人を気にも留めずに飲みかけだった酒瓶を高々にかざす。それを見たルークレイルとウィズ。小さく笑った後、それぞれ酒瓶を手にして同じように高くかざす。
「かんぱーい!!!」
重なる三人の声に、何事かと辺りの人がベンチを見る。が、ずっと見続けているほどの興味はないのか、すぐにそれぞれの世界に戻ってツリーを眺める。
「――んぐ、んぐっ…………ふぅ。うまいな」
一口で瓶の半分ほどを一気に飲んだルークレイル。満足そうにツリーを見上げる。
「お。いい飲みっぷりじゃねえか。さすがルーク」
はっはっはと愉快そうに笑い、ギャリックも酒を煽る。
「団長は少しペース落として飲んだ方がいっすよー。こんなとこで寝られたら運ぶの大変だし」
言って控えるような人間じゃないと分かりつつも、ウィズはそう釘を刺してから二口目を口にする。勿論、ギャリックはウィズの言葉など微塵も気にしないで酒を飲む。
「かぁーっ」
飲みかけだった瓶を空にして次の瓶を取り出すギャリック。なにか気になることがあるように、その動作が緩慢になる。
「どしたんすか団長?」
横目でどこかを見たまま新しい瓶に口をつけるギャリックに気が付き、ウィズが訊ねる。
「……教会?」
ギャリックの視線を追ったルークレイルが、とりあえず知識として持っていたその建物の呼び名を口にする。異世界出身のムービースターである彼らは、この世界での教会についてはまるで分からない。似たようなものならば、知っているものもいるだろうが。
「…………」
じっと教会を見るギャリック。開かれた扉から見える教会内では、ミサが行われていた。先ほどまでイルミネーションを楽しんでいた人々が中へと入っていく。
「あれ、何してるか分かるか?」
が、勿論ギャリックには人々が何の為に教会へ入っていくのかは分からない。ギャリックはルークレイルとウィズに尋ねる。二人は小さく首を振る。
しんと静まる三人の元にうっすらと届くパイプオルガンの音、そして賛美歌。
しばらくその音を聞きながら飲む三人。けれどもそれは長くは続かない。三人とも、一度沸いた興味を押さえ込める性格ではないし、そうしたいとも思っていなかった。
「行ってみるか」
すっくと立ち上がり、ギャリック。待ってましたとばかりにルークレイルとウィズも同じように立ち上がり、三人は教会へと向かう。
教会の入り口では、ミサや教会そのものを知らないムービースター等の為に説明を行うシスターが待機しおり、ムービースターと思われる数人が説明を聞いていた。しかしそれは勿論強制ではない。三人は説明を聞かずに、開け放たれている入り口から中へと入る。
中は一般からの人でごったがえしており、ファンもスターもそうでない人達も関係なくぎっしりと集まっていた。祈りを捧げるもの。感嘆しているもの。はたまた雰囲気に任せて抱き合っているもの。様々だ。
「…………」
説明を聞かなかった三人に、ミサの意味は分からない。
けれども、この場所が神に祈る場所なのだ。そのことだけは、三人ともすぐに感じることが出来た。その雰囲気や、祈る人々の熱心さから。
にっ。
ギャリックの口元が不意に緩む。
「よし、おめえら! 俺らも祈ろうじゃねぇか!」
何を? ギャリックのその言葉に、ルークレイルとウィズがそんな風に視線で返す。
「今はここが俺たちの船だ。その船を守る神がいるってぇなら、祈っとかねぇとな」
ギャリックの言う、ここ。とは、勿論銀幕市のことだ。その言葉どおりに、今はこここそが彼らの住まいであり、舞台なのだ。
「違いない」
「……だな」
ウィズとルークレイルもにやりと笑ってそう頷くと、ギャリックに続いてゆっくりと目を閉じ、そこにいるであろう神に祈る。聖歌隊の紡ぐ賛美歌がするりと人だかりを抜けて三人の耳に届く。
「この航海の無事を」
この街と、彼らの行く末の無事をと。
最後にギャリックがそう締めて、三人はそれぞれ手に持った酒瓶を軽く掲げる。とぷん。と、光りに照らされた琥珀色の液体が瓶の中で波のように揺らいでいた。
「……お?」
教会の外へ出た三人は、思わずそう漏らして足を止める。
そこは、先ほどとは全く別の世界だったからだ。
とは言っても、誰かがロケーションエリアを展開しただとか、ハザードに巻き込まれただとかそういうことではない。状況として捉えるならば、先ほどと一つしか変化はない。
それは雪。三人が教会から出た時、空からひらひらと雪が降っていた。見ると地面にもうっすらと白い膜が出来ている。三人とも実感としてはなかったが、結構な時間を教会で過ごしていたのだ。
雪が降っている。たったのそれだけの変化。けれど、それだけのことが、人々の目に映る世界を大きく変える。
大きな杉のクリスマスツリーをはじめ、沢山のイルミネーションはまるで意思があるかのように様々な色や形を光で創り出し、そしてその光を受けた雪がひらひらと舞うたびに光を反射してキラキラと輝く。その様は沢山の宝石を粉々に砕いて遥か上空からばら撒いたように、どこまでも綺麗。吐いた息の白でさえ、それを引き立てる霧のように見える。
「……すげぇ」
まるで夢を見ている銀幕市そのもののように、その空間はひどく幻想的だった。
しばらく意識を奪われてぼんやりと眺めていた彼らだったが、次第にその世界に意識を溶け込ませていき、気がついたように動き出す。
最初にいたベンチに戻り、再び酒を煽る。
「改めて、乾杯だ」
高々と酒瓶を掲げ、そのまま浴びるように飲むギャリック。
「いいねぇ団長。それじゃあ俺も」
最初に飛ばしたせいか僅かに酔いが回ってきたルークレイル。同じように掲げてから一気に飲む。
「あーらら。こりゃ早く酔っ払わないと損な役回りになるなあ」
小さく笑ってからウィズもペースを上げる。
「こんなうまい酒は久しぶりだ」
「そりゃそうだ。こんなすげぇ宝を前にしてんだからな」
「あれ? ルークも、酒を味わうってことしてたんだ?」
ルーク、ギャリック、ウィズと、三人ともぽんぽんと口が弾む。
「あたりめぇだろ!! おまえ俺を何だと思ってやがるんだ」
「方向音痴? イラナイ子?」
「あっ、チビ! 言いやがったなこのやろっ」
お返しとばかりにウィズの頭に腕を回して固定し、口に酒瓶を逆さにして突っ込む。一気を余儀なくされたウィズはもごもごと何かを言いながらも流れてくる酒を必死に飲む。それを見るギャリックが愉快そうに笑う。
勿論分かっていた。
この幻想的な空間が。辺りを彩るイルミネーションの光が、朝になれば消えてしまうということを。それと同じようにこの街の夢もいつかは醒めてしまうのだろうと。望む望まないに関わらず。そして最近の激しい動向から、もしかしたらその日は近くに迫っているのかもしれない、と。
「大体なぁ、おめえらもう少しキャプテンを敬えってんだ。何度言ってもキャプテンって呼ばねえし。団長。よりも、キャプテン。の方がかっこいいじゃねぇか」
「まーまー。落ち込まないで、団長」
「そうそう。そのうち定着するって、団長」
「……ぷはははっ」
誰ともなく、そんなことを考える。
しかし、それを口に出すものはいなかった。
「だからー。あの時団長の顔に落書きしたのはルークなんっすよ。オレじゃなくて」
「あ? それだっておまえがけしかけた事だろ、ウィズ」
「うおぉ。どっちだっていい! 今日最初に寝た方、覚えとけよ! さいっこうにハンサムな顔にしてやるぜ」
「それって団長が断然候補じゃないすか?」
何故ならば。そんなことは関係がないのだ。
この夢が醒めて世界がどう変わろうとも、彼らが家族である。共に過ごし、共に飲み、共に笑う。と、そのことに変わりはないのだから。
「飲み比べだ、ルーク」
「……俺と? いいね、そっちは二人掛りでいいぜ。負けたほうが明日の酒を奢ることな」
「明日も飲むつもりかよ!」
いつの間にか、広場の人もめっきり少なくなっていた。ただでさえ寒い気温は、人の熱を失って余計に寒くなってきている。
「おい! 他の奴らは何してんだ?」
「さあ? ま、こんだけ騒いでたらそのうち集まってくるんじゃないすか?」
「祭り騒ぎには敏感な奴らばっかだからな。ははっ」
けれど、すっかり出来上がってしまってる彼らには、もはや寒さなどまるで気にならない。
笑い、飲み。クリスマスの光に包まれた宴は、続くのであった。
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クリエイターコメント | happy Xmas!!
こんにちは。依戒です クリスマスプラノベのお届けにあがりました。
綺麗なイルミネーションに誰かの幸せそうな笑顔。 そして雪。 冬が大好きな私ですが、クリスマスが近くなるとその幸せ度がぐんと増します。
さて、長くなる事は後ほどブログにてあとがきという形で綴るとして、ここでは心配事を一つ。
呼称や対人の口調。待ちがったっ部分があれば、どうぞお気軽に。
さて、それでは最後になりますが この度はプライベートノベルのオファー、有難うございました。 書いている間中。幸せいっぱいでした。
それではこの辺で失礼します。
オファーPL様が。ゲストPL様が。この作品を読んでくださった方が、ほんの一瞬だけでも幸せな時間と感じてくださったのなら、私はとても幸せに思います。 |
公開日時 | 2008-12-24(水) 18:00 |
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