★ 追想の桜 ★
クリエイター依戒 アキラ(wmcm6125)
管理番号198-6444 オファー日2009-01-27(火) 20:01
オファーPC エドガー・ウォレス(crww6933) ムービースター 男 47歳 DP警官
<ノベル>

 ひらり舞う桜の花びらに、足を止める。
 見上げた先には咲き誇る桜の道
 一面を彩る鮮やかな桜色。
 目を閉じればはらはらと舞う優しい音。
 ほんの僅かに、でもどこまでもやわらかい桜の香り。
 時折吹く強い風、桜吹雪。
 何もかもが、一年前と変わらない。
 けれど。何もかもが、一年前と違う。
 きみが居ない、それだけで。



――――春のポトマック湖畔。並木道に咲き誇る満開の桜は、丁度今が見頃だ。
 天気のよい絶好の花見日和。そんな景色を前に、きみは言う。
「桜、綺麗ね」
「ああ、そうだね」
 まっすぐに伸びる道にはめいっぱいの桜の花びらが敷き詰められ、その左右に伸びた幾百の桜の木にはびっしりと満開の桜が咲き誇っている。それが風に煽られて枝を揺らし、幾千もの花びらを散らしている。
 目が痛くなるくらいに視界いっぱいに写る桜は、本当に、嘘みたいに綺麗な桜だった。
 射す光に、満開の桜に。きみは目を細める。そうして視線を俺に移し、小さく微笑む。
「いい香り」
 すう、と。大きく深呼吸して見せて、きみは続ける。
「それに、やさしい音」
「……」
 言葉を返せなかったのは無視したわけでも気分が悪かった訳でもない。きみの言う香りも音も、俺にはまったく気がついていなかったからだ。
 そしてきみはそんな俺の心を読んだかのように言う。
「ほら、こうして目を閉じて静かに。そして深呼吸」
 一緒にやってみて。と言うようにやって見せたきみ。俺を映している瞳が瞼に隠れる。
 同じように、俺は目を閉じる。視界からきみが消える。
 耳を済ませると途端に聞こえてくる沢山の人の声。今まできみと話している時はまったく気がつかなかったのに、不思議なものだ。
 次いで聞こえるのは人の歩く足音。そして川の流れる音。風の音。風が枝を揺らす音。
 はらり、はらり。
 そんな中で気がついた。桜の舞う、そんな優しい音に。
 その優しい桜の音を聞きながら深呼吸。そうするとやっぱり感じた。注意深く意識しなければ分からないような。けれど一度感じてしまえば無視する事の出来ないような、やわらかい香り。吸い込んだ肺から身体全体に行き渡るような、やわらかい香り。
「ね?」
 目を開けた俺を見て、きみは微笑む。
「本当だ」
 そう、俺も微笑んで返す。嬉しそうに、きみは笑う――――


 ワシントンD.C.にあるポトマック湖畔の並木道。毎年満開に咲き誇る桜を多くの人に見せるそこは、花見の名所の一つ。
 ゆっくりと。俺はその桜の下、散り落ちて出来上がった桜のカーペットを歩く。
「綺麗だね」
 不意に聞こえた声に、はっとする。
 けれど……違う。きみであるはずは、ない。
 あるはずはないのだが、俺はほとんど無意識的に後ろから聞こえた声に振り向いてみる。と、なんのことはない。名前も知らないカップル達だった。幸せそうに、お互いに笑いあっていた。
「……ミリアム」
 小さく。俺はきみの名前を呟く。
 並木道を歩く俺の隣に、去年と違ってきみはもう居ない。「綺麗ね」そう言って微笑むその姿は、もう俺の目には映らない。
「おかしなものだね」
 誰にと言うわけでもない。俺は呟いた。
 咲き誇る桜は、どういう訳か去年と同じに、嘘みたいに綺麗だった。今、ここに、きみは居ないのに。
 スゥ。
 そっと目を閉じて、深呼吸してみる。
 優しい音も、やわらかい香りも同じだ。何一つ記憶に残っているそれと変わらない。
 ただ、きみだけが居ない。
 それなのに、音も香りもすべて含めて。桜は綺麗なのだ。
 そのことが、俺には不思議でならなかった。
 そうしてそんなことを感じるのだろう。自分のことなのに良くわからない。
 きみが居ないのに、何一つ変わらず綺麗に咲いている桜が憎い?
 そんなことは無いと思う。
 きみが居ないのに、桜を綺麗と感じてしまう自分が許せない?
 それも無い。
「あぁ、そうか……」
 不意に、思いつく。
 あの日の事を、思い出しながら歩いているからだ。
 これらは全部。きみと見ていたはずの景色だからだ。



 何度と無く、考えた事はあった。
 きみの事を忘れた方がいいのかもしれない。と。
 ただの一般論だ。亡き人を想い続けても悲しさが増すばかり。ずっと辛さを背負う事になる。
 ただの一般論。けれども、一般論の正しさというのを、人は知っている。
 そんなことは知っていた。
 知っていながら、それでもいいと思った。
 確かに。きみを失った今、きみとの思い出は増える事は無いだろう。
 だけど、だからといって今までの思い出が必ず褪せるとも限らない。
 詳細な会話。着ていた服。年を重ねるごとに忘れてしまう事はきっと多いだろう。
 そんな風に忘れたくないと強く願っていても、少しずつ忘れていくことに絶望するかもしれない。
 でも、きみの遺してくれた様々な想いは、幸せは、愛は。絶対に忘れる事は無いと。
 どんなに悲しみが増しても、辛さを背負おうとも。
 俺の心にその想い、愛があれば。
 だいじょうぶだって。思えたんだ。



――――急に目の前を横切った何かに、ビクリと俺の思考は中断した。
「聞いてる?」
 横切ったそれは、きみの手だった。きみはその手を、まるで起きたばかりの意識不明患者でも前にしたみたいにひらひらと、俺の目の前で振って見せる。スラリと伸びた、綺麗な指。
「あ、ああ……。どうかしたかい?」
「何か、考え事?」
 答えた俺に、きみは少し心配そうな声で訊ねる。
 きみの左手に目をやったままだった俺は、そっと顔を伏せる。自分の左手、その薬指を見る。
 きみの指と同じに、そこにはまだなにもはまってはいない。けれど、いずれは……。
 そう思えるほどに、俺はきみを愛しいと思っていた。
「少し、考え事をしていた」
 安心させるような微笑を意識して、俺は言う。
「なあに? 考え事って」
 きみは微笑み返して訊ねる。
 きみに呼びかけられる前に考えていたことなんて、とっくに忘れてしまっていた。だから俺は、代わりにゆっくりと視線を上に向けて満開の桜を見ながら、今考えていたことを答える。
「来年もまた……一緒に見に来たいな。と」
 きみが息を呑むのを感じて、視線を戻す。
 やっぱりきみは驚いたように目を見開き、そしてその目尻を緩めて言う。
「素敵ね。きっとそうしましょう」
 はにかんだきみの顔は見惚れるくらいに綺麗で。何よりも輝いて見えた。
 そのきみの顔を見ては照れくささが込み上げて少しだけ視線を外した俺に、きみは気がついただろうか。
 嬉しそうに、きみは俺の手に自分の手を繋いで歩き出す。俺よりも少しだけ体温の低いきみの手は、繋いだ瞬間こそ少しだけひんやりしたが、すぐにそれまで以上に温かくなった。
 そんな繋がれた手の温かさを、俺はずっと感じていた――――


 突然に、きみの手を探している自分に気がついた。
 はっとして、前を見る。小さく、一度だけ首を振る。
 虚空を掴んでいた手を下げて、その手を見る。
 左手の、その薬指。
 淡い輝きを放つそれは、婚約指輪。きみと、俺の。
「来年もまた……。…………」
 一年前に自分がこの場所で言った言葉を思い出し、小さく息を吐く。
『素敵ね。きっとそうしましょう』
 けれどそれは既に、叶わない。
 今はもうきみの姿を目に映すことは叶わない。
 きみの声を聞くことも叶わない。
 繋いだ手から、きみの体温を感じる事も。全て。
 そっと、右手で婚約指輪をなぞる。
 俺に残された。唯一きみと俺を繋ぐ、モノ。
 確かにきみは、もういない。
 けれど。
 左手を胸へと持っていく。
 この心の中に、きみを感じる事が出来る。
 この心の中に、きみは生き続けている。

 ゆっくりと、桜を見上げる。
 様々な想いが込み上げる。
 どのくらいそうしていただろう。強くなってきた風を感じて、俺はポトマック湖畔を後にした。

クリエイターコメントこんにちは。依戒です。
プライベートノベルのお届けにまいりました。

ええと、まず最初に
この度は素敵なプライベートノベルのオファー。ありがとうございます。
ほんのり切ない過去の記憶。私も切なくなりながら書いていました。

さて。いつものように、長くなるお話は後ほどブログにて綴るとしまして(よければ見て行って下さいませ!)ここでは少し。

ええと、まず最初に。ノベル内は一人称で書きましたので描写しませんでしたけど、このノベルはエドガー・ウォレスさんの過去の物語です。
しかもこのノベル内でさらに過去の事も扱っていて……えと、説明ベタですね私。
ノベル内を現在(過去の物語)として
「――――」始まりと終わりをこれでくくっている間は、過去の出来事としています。
あぁなんだか、余計ややこしくなっちったかも。

それともう一つ。
恋人のミリアムさんについて。
台詞回しとかは印象で書いてしまいましたが、このような感じでよかったのでしょうか……。
もっと気が強い感じ! とかがあれば、お気軽にお申し付け下さいませ。

と、それではこのへんで。
素敵なオファー。ありがとうございました。

オファーPCさま。そしてノベルを読んでくださった方のどなたかが。ほんの一瞬だけでも、幸せな時間と感じて下さったなら。
私はとても嬉しく思います。
公開日時2009-02-17(火) 19:30
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