|
|
|
|
<ノベル>
One Story
それは。いつも騒がしい銀幕市の、たった一つの物語。
魔法が解けようとしている銀幕市の、たった一つの物語。
その日。ゆきは市内を散策していた。
「……」
着物に綿入れ。いつもと同じ服装でいつものように小さな足取りで歩くゆきだが、その様子はほんの少し、いつもと違う。途中で何度も立ち止まり、少し俯き、見上げ、目を閉じて微笑む。過ごした時間を思い返すように。
そう、ムービースターであるゆきは、魔法が解ける前に、最後に銀幕市というところを目に焼き付けておきたくてここ数日ずっと市内を見て回っていたのだ。今日も朝から普段は足を運ばないような遠くの公園や通いなれた甘味処、いつだったか事件に巻き込まれたゆかりの場所など、この街で体験した様々な想い出を胸に強く刻みながら歩いていた所だった。
可愛らしい座敷童子のそんな仕草は、特に人が多いわけでもない中通りの道ではとても目立っていた。だから丁度その道を通って銀幕広場へと向かっていた橘ソヨと橘ユウキの目にもすぐに分かった。
「こんにちは〜。ゆきちゃん」
かけられた声に、ゆきは振り向いてソヨの姿を確認する。続いて隣のユウキを見たとき、ユウキも小さく挨拶する。
「おお、ソヨにユウキ。今日は。久しぶりじゃのう」
ころころと人懐っこい笑顔でゆき。
「どしたの? なんか空のほうを熱心に見てたみたいだけど。青い鳥でも見つけた?」
言って見上げるソヨ。すぐに眩し、と手で影を作る。そろそろ昼を過ぎようかという時間の太陽は嬉しくなるくらいに眩しい。
「あおいとり……?」
なんで青い鳥なのじゃ? とでも言うようにゆきは言葉を返す。
「見つけると幸せになれる? らしいよ」
「ゆきちゃんと似てるね」
ソヨの返事にユウキが小さく笑って付け加える。
「あ! そうだゆきちゃんもだったね! やたっ。私達きょうはハッピー」
空からゆきに視線を移してソヨ。そんな光景に思わず口元が緩んでしまうゆき。
「ふふ、役に立てればいいんじゃがのう」
「うん。それは大丈夫! ゆきちゃんとお話しできて、五分前よりずっと幸せな気分だから」
「それじゃあ幸せついでに……」
ごそごそと、ゆきは小さな巾着から何かを取り出して両手を広げる。
「……?」
ソヨとユウキが同じはてな顔で返す。
「いちご大福じゃよ。先ほど、馴染みの甘味処で貰ったんじゃよ」
広げた両手には右と左に一つずつ乗ったいちご大福。言葉どおりによく行く甘味処に立ち寄った際に貰ったものだ。
「甘い縁じゃからの。良かったらどうぞ」
「甘い縁! あはは、そうだったね。それじゃさ、折角だから缶のお茶でも買って公園辺りで……」
一緒に、と続けたところでユウキがソヨに腕時計を見せながら言う。
「すごく楽しそうな提案だけど、おねえちゃん。時間が……!」
「む……急ぎじゃったか」
「あ、うん。映画を撮りに行くの」
「映画を……?」
何気なく言ったソヨの言葉に不思議そうな顔をするゆき。それを見てユウキが軽く説明をする。昨日、広場に募集を募る張り紙をしてその集合時間が迫っているということを。
「来てくれるかどうか分からないんだけどね」
笑いながらソヨ。
「参加者は、誰でも大丈夫なのかの?」
「うん。勿論。作りたい! って思う人みんなで作れれば楽しいなー。って」
楽しそうじゃの。とゆきの言葉にソヨが返す。
「良かったら、わしも一緒していいだろうか」
「え」
ゆきの言葉に、ソヨとユウキが同じように驚いて返す。
「二人を見てると、とても楽しそうじゃからの」
ふふ、と笑ってゆきが言う。
一瞬、顔を見合わせるソヨとユウキだったが、すぐに笑顔でゆきを見ると、口を揃えて言うのだった。
「うん。一緒に映画を作ろう」
「映画……ねぇ」
銀幕広場の掲示板を見ながら、リョウ・セレスタイトは呟いた。見ていたのは一枚の張り紙。自主制作映画を作るので手伝ってくれる人を募集。といった内容の張り紙で、前日にソヨとユウキが張ったものだった。
『ファン、スター問わず』
「…………」
その文字をじっと見て、何かを考え込むリョウ。思考が纏まったのか、ふぅ、とわざとらしく小さな息を吐いて視線を外す。
「とすると。さっきからの騒ぎは撮影ってことなのか」
誰にでもなく、呟く。
さっきからの騒ぎ。元々リョウは、用事があって広場に来たのだ。ムービースターであるリョウは、最後の日々の過ごし方を考えたが、特にやる事が思いつかなかった。それならばと、女性との別れを惜しむ為にとナンパをしにきたのだ。することが無いからナンパに来た、というのを用事と言っていいかは悩むところだが、すると何だ? と言われても悩むので、まぁ用事でいいだろう。
ところが、さっきから何故か地盤沈下がおこったり、空を飛んできたヘリが墜落してきたりと、騒ぎばかりが起きてナンパどころでは無くなっていた。幸い、大きな被害は出ていないみたいだったが。
どうしようかね。
この分じゃナンパも出来そうにない。かといってやる事がある訳でもない。とリョウが考えている所に、その声はかかった。
「あのぉ〜……」
恐る恐る。といった具合のその声に、リョウは振り返る。
そこにいたのは一見地味目な青年が一人。よくよく見ると綺麗な顔立ちをしているのが惜しい。もしも女性だったらなかなかにいい女になっただろうに。とそんな事を考えながらリョウは返す。
「ん?」
「もしかして。この募集に?」
掲示板を指差して青年。その指した先にはソヨ達の張った張り紙がある。
「いや――」
違うよ。そう続けるはずだったリョウの声は、ガッシャアーーンという他の大音量にかき消された。
「――!」
音に反応して上を見上げる二人。見ると直ぐ横のビルの三階あたりの窓ガラスが割れてなにやら降ってくる。
「ひぇ……」
思わず頭を隠す青年とは対照的に、リョウは横目で辺りを見回す。そして巻き込まれそうな範囲にいるのが自分と青年だけだと分かると、頭を抱えている青年の腕を強引に引っ張って走る。
「わ……と」
突然の事に転びそうになりながらもバランスをとって対応する青年。移動した一瞬後、背後でものすごい音がする。おぉ〜。と、周りから拍手が起こる。
「なんだ、こりゃあ?」
リョウの言葉に青年も振り返って状況を見てみる。
「……」
するとさっきまで自分たちがいた辺りの地面に無数のデスクやらパソコンやらが突き刺さっている。
呆気にとられた表情はほんの一瞬。青年はすぐにずれた眼鏡を正すと、別の何かが襲ってはきていないかと回りを確認する。青年にとっては、このくらいの出来事は日常茶飯事なのだ。
そう。これらの出来事は撮影ではなく、たまたま起こったハプニングなのだ。そして何故かこんなトラブルに日常的に巻き込まれるその青年の名は、クラスメイトPだった。
「え、なにこれ……。なんか、被災地的な?」
広場へ踏み込むなり、梛織(なお)はそう呟いた。
何気なくぶらぶらしていた昼時。近くまで歩いたので知り合いに挨拶をしてついでに軽く食事でも取ろうと思って銀幕広場へとやってきた時の事だった。
広場の真ん中では何故かバラバラになったヘリの撤去作業が行われているし店の看板は所々落ちてどの店がどの店だか分からない有様だ。おまけに抉れたアスファルトの破片がその辺にごろごろしていて歩き難いし、少し向こうでは人だかりが出来てわーわーと騒いでいる。
「ま、いっか」
何かがおこったのは確実だろうけれど、見た目ほど被害は無さそうだし人だかりが出来ているのでショーか何かかもしれない。と梛織は気にしない事にして広場の隅のほうに目を向ける。
広場の一角。いつも人気の無い目立たない場所。
騒ぎの被害がそちらまで及んでいない事に軽く安堵して、梛織は歩いていく。
やがて見えてくるのは一輪の黄色い花。こんなひっそりとした隅っこにたった一輪、しゃんと咲いている。
「あれ、梛織さん」
「……え?」
届いた声に、思わず梛織ははっとする。
にこにこと笑っていた。そんな笑顔を思い出す。
目の前には一輪の花。でも声が聞こえたのは、横からだった。
だから梛織は声のした横を振り返って答えた。
「おはよ。ソヨ嬢に、お。ユウキとゆき嬢もいたか」
言いながら振り返り、その姿を確認して梛織。
「こんにちはー」
「今日は。久しぶりじゃの」
ユウキとゆき。
「どうしたんだこんな所で……っ!? 三人とも大丈夫か!? 怪我とかないか?」
言いかけた途中で広場の状況を思い出して心配そうに三人を見ながら梛織。
「あ、うん。僕達、今来た所だから。……どうなってるの? これ」
広場を見渡してユウキが言う。
「そっか、よかった。いや俺も今来た所なんだけど……銀幕市だし、なぁ?」
あはは、そうだね。とその言葉で納得してしまうユウキ。そのまま梛織は続ける。
「お、そうだ。今日は友達に会いにここまで来たんだけど、折角だし紹介するよ」
そう言って花の前へと歩いていく梛織。なんだろうと見守る三人。
「この花ね、スイ嬢って言うんだ。可愛いだろ?」
そっと花びらを指で撫でながら梛織。
「梛織さん……」
じとっとした目で梛織を見るユウキ。
「ちょっと待ち。ユウキなんか誤解――」
「なんて、冗談。ごめんなさい」
慌てて何かを言おうとした梛織の言葉を、ユウキはふにゃりと笑って遮る。
「なんとなく、分かるよ。梛織さん優しい目してるもん。それにここ、銀幕市だし、ね」
そう言って花に視線を移すユウキ。
「よろしくね。スイさん」
そんなユウキの様子を嬉しそうに見ていたソヨ。同じように花のスイに挨拶をしてから、梛織を向く。
「ところでさ、梛織さん」
うん? と、顔で返事をした梛織にソヨは続けた。
「二日くらい、拉致していい?」
予想外の言葉に、思わず梛織はふきだした。
「……あれ?」
徐々に騒ぎが収まって人ごみも引いてきた時、クラスメイトPは同じ広場にその姿を見つけた。
「梛織!」
嬉しそうに叫ぶと、梛織もその声に気がついたみたいで集団でクラスメイトPの元に歩いてくる。
「リチャードもいたのか。大丈夫だったか?」
「うん。平気。あ、皆さんこんにちは」
「今日は、りちゃーど」
ゆきがにこりと笑いながら言い、ソヨとユウキも同じように挨拶する。
「どうしたの?」
「ああ、うん。拉致されたみたい」
何か広場に用事? とクラスメイトPの言葉に、梛織がはははと笑って返す。
「あー!!」
と、急にソヨが大声を出す。どうした? とばかりに注目が集まる。
「掲示板……潰れてる。折角ユウキと二人でポスター作ったのに」
しょんぼりとした様子でソヨ。先ほどの騒動でポスターを張っていた掲示板はグチャグチャに壊れていたのだった。
「……? あ、あれ! もしかして、映画の?」
「……うん?」
クラスメイトPの言葉にソヨが首を傾げる。
「僕達、手伝わせてもらおうと思ってここに来たんだよ!」
「え、ほんとっ!」
その言葉に目を輝かせてクラスメイトPを見るソヨ。そしてそのまま隣にいたリョウに視線を移す。
「……え? あぁ、俺は違うよ」
「……あ」
リョウの言葉に、しまった。というニュアンスでクラスメイトP。そういえばそれを聞いた時にあの騒ぎが起こったんだったと今思い出したのだ。
「こんな時期に面白いことするんだな。って思ってさ」
そう思って見てたんだ。とリョウ。
「あはは。って言っても。時間も含めていろいろと足りてないし、本格的な映画! っていう訳でも無いんだけどね」
リョウに向かってソヨ。そうだ、と思いついたように続ける。
「そうだ! こんな風に会ったのも何かの縁だし、もし暇だったら一緒に映画を作らない? ええと……」
「リョウだ。リョウ・セレスタイト」
言いよどんでいたソヨを察してリョウが名乗る。
「リョウさん! 私は橘ソヨっていいます」
「まぁ……そうだな」
ふっと小さく笑って、リョウは少し考え込んで答える。
「別にこれといって用事も無いしな。そのナンパ、引っかかろう」
「やたっ!」
リョウのOKに飛び跳ねて喜ぶソヨ。
「ねぇ、梛織」
喜んでいるソヨをよそに、クラスメイトPが梛織にに話しかける。
「どうした? リチャード」
「貧乏籤デュオが揃った映画撮影……なんか大変な事になりそうな気がしない?」
「ははっ。そうかもなぁ。でも、ま、きっとワイワイ楽しいんじゃない?」
「確かに……うん。そうだよね!」
うんうん。と頷きあう二人だった。少しだけ苦笑いだった。
それじゃあまず最初は自己紹介だね。と、打ち合わせも含めて近くの喫茶店に向かう事になった。
着いた先は赤煉瓦造りのレトロな雰囲気のある喫茶店。昔風の押しドアを開けようとしたところで、同じように喫茶店に入ろうとしている人を見つけた。
「あ、薄野さん!」
と言ったのはユウキだ。視線の先には小さく笑って挨拶を返す薄野 鎮(すすきの まもる)がいた。
「こんにちは」
大人数にそれぞれ目を向けて薄野。
「ねえ、薄野さん!」
とりわけて大きな声で、ソヨが言う。
「うん?」
どうしたの? と薄野。
「席、ご一緒しない?」
過剰気味の笑顔で、ソヨはそう持ちかけるのだった。
喫茶店『Voyage』。
ヨーロッパ風の赤煉瓦造りのレトロな外観に薄暗い灯りの店内はどこか辺りとは切り離された様な雰囲気に満ちている。
元々、紅茶が有名な店で、この雰囲気の中で特別に美味しい紅茶を楽しむ店だったのだが、スイーツの方も結構なレベルでスイーツ好きの間では密かな良店として知られている店だ。
無類のスイーツフリーク、薄野の最近のお気に入りの店だった。
「わ、どれも美味しそう〜。うーん……悩むなぁ」
さっきからメニューを往復して悩むソヨ。決めるに決められないのか、どれがオススメかな? と薄野に聞いている。
「ここは初めて? 初めてなら、パウンドケーキがオススメかも。一応パウンドがこの店の自慢の一品。ちなみにこれもすごく美味しいけど、僕のオススメはキャロットケーキかな」
それを聞いて今度はパウンドケーキかキャロットケーキで悩むソヨ。他のみんなは既にオーダーを決めているというのにいつまでも決めかねているのを見かねて、ユウキが言う。
「あはは。じゃあおねえちゃんは薄野さんのオススメのキャロットケーキにしなよ。僕がパウンドケーキにするから、少しあげるね」
「ありがとうユウキー」
と、無事に頼んだ所で、ソヨは今から自分たちは映画を撮るんだという事を説明して、その上で薄野を誘う。
「映画を? これから?」
少し驚いたように薄野。
「うん。って言っても。まだ全然決まってなくて今から色々決めるんだけどね」
恥ずかしそうにソヨ。
「楽しそうだね。僕も混ぜてもらおうかな」
割とあっさりと、薄野は頷く。
「え、いいの!? やった。女性役がゆきちゃんしかいなくて困ってたんだ……!」
当たり前のように女性役にカウントするソヨに、思わず苦笑する薄野だった。
その後、簡単に自己紹介をすませて映画の話し合いへと進んでいった。
現段階で決まっているのは、参加者がゆき、梛織、クラスメイトP、リョウ、薄野。それにソヨとユウキ。
期間は長くても2〜3日で完成する程度のもの。朝に集まって夕方くらいに解散。ただし、夜の撮影が必要な場合は夜に集まって撮る。
記録媒体は映画フィルム。これは対策課に相談に行ったときに借りたものだ。対策課の方で【最後の日々】への配慮に用意しておいたのだ。
「ジャンルはさ、ロイ監督の『銀幕★狂想曲』みたいのもいいかもしれないね」
まずはどんな映画にしよう。と話している最中、クラスメイトPが控えめに手を上げてから発言する。
「今の銀幕市の映画、っていうのかな」
銀幕★狂想曲? って? という顔が見えたのでクラスメイトPが簡単に説明する。
「僕もそう思う。ムービースターとかバッキーが登場する話がいいね。バッキーならうちの雨天を提供するよ」
クラスメイトPの意見に薄野が頷いてバッキーの雨天をテーブルに乗せる。急に注目が集まった雨天は不思議そうに薄野の顔を覗いて首をかしげている。
「うん、俺もその意見かな。やっぱ折角だからありのままの銀幕市を紹介するような映画にしたいかな」
「そうじゃのう。ありのままを映すだけでも本当に映画みたいな街じゃからの。ふふ、銀幕市らしい、楽しくてハチャメチャな映画になりそうだの」
梛織の言葉に、ゆきが笑って頷く。
やはりみんな、考える事は同じだった。ありのままの銀幕市を残したいと思っていたのだ。
「大まかなジャンルはそれで良さそうね。リョウさんは? 大丈夫?」
色々出揃ったところでソヨ。それまで聞き役に徹するというか傍観していたリョウに確認する。
「ん? いいと思うぜ。そうだな、好みを言うなら、映画には美女がつきものかな。君みたいなさ」
甘い口調と視線でリョウが返す。そういったものに慣れてないソヨは真っ赤になって俯いて誤魔化すようにキャロットケーキを口に運ぶ。
1時間、2時間と時間が進む。物語の流れはほぼ決まり、今はそれぞれの役割を話していた。
「やっぱりこの場面はアクションが活きるよね」
「そうだね。というとこの役はやっぱり梛織かな。梛織のアクションは凄いから」
「お、そんなこと言われると張り切っちゃうよ? 俺」
クラスメイトPの言葉に梛織が張り切って答える。
「おぉ〜。じゃあさ。この場面は飛んでるヘリコプターから縄でくくられた梛織さんが、プロペラ? を利用して縄を切って――」
「え、あ……う、うん」
嬉しそうに話し出すソヨに、梛織は少し引きつった顔で返事をする。
「そのまますれ違いざまに飛行機の羽に飛び移って、バック転で機長室まで行って――」
「…………う、ん。まかせ……」
「ハイジャック犯を倒すんだけど、苦し紛れに犯人が爆弾を使って墜落しそうになるから。ヒロインを抱えて飛行機からさっきのヘリコプターに飛び移ってそのまま――」
「ちょっとおぉぉ! 俺を殺す気!? っていうかそんなストーリーだっけ!? 飛行機とかハイジャック犯とか出てきたっけ!? それに飛んでる飛行機の羽をバック転で移動するって、これみよがしにアクションです! って入れてみただけじゃない!? もし出来てもすごく滑稽だからね? 敵もいないのに一人でバック転してるんだよ!?」
あまりの要求に思わず梛織。それをみてソヨが笑い出す。
「あはは、冗談だよ。梛織さんおもしろい」
「……ぇ、これイジメ? イジメだよね確実に」
しょんぼりとしてぼそぼそと梛織。
「薄野さんは、男装バージョンと普段で男女二役こなせるね」
「うん。でも逆だよね」
「あ……」
と、ユウキと薄野。
「この場面。天候はどうしよう……。最悪、晴れのままかな」
「あ、それなら。アパートのみんなにも手伝ってもらうかの」
「え、いいの?」
「勿論じゃよ。きっとみんなも喜んで力を貸してくれるんじゃよ」
薄野とゆき。
「この役は絶対リョウさんだよね。美形でカメラ映えするし、梛織の役と一緒のアクションもあるから、二人でやるとすごくカッコイイと思う」
「ん……? OK」
クラスメイトPの言葉に、簡易台本を見ながらリョウ。
「よ……し。こんなところかな」
喫茶店に入って4時間。いい具合に意見が練られて方向性も固まった所でソヨが纏めていたノートをパラパラと捲りながら言う。
「それじゃあ帰りにこれをコピーしてみんなに渡して……っと。それにしてもあっという間の4時間だったね」
「だね、こういうの準備してる時ってすぐに時間が経っちゃうんだよね。誰かがこっそり時計の針を進めてるのかもね」
ユウキが何気なく答えたところで、ソヨがあーあー! と大きな声を出す。
「……?」
急な行動にみんなが不思議そうな顔をする。
「何ていうんだっけ、こういうの。あれ、あれ。文化祭準備の魔法?」
「……?」
「……って、どこかで聞いた気がしたんだけど、どこだったかな。あはは、なんでもないっ! 今日は解散。みなさんこれから宜しくお願いします」
と、バツの悪くなったソヨが早口でまくし立ててその日は解散となった。
そして次の日。全員が朝から集まり、撮影が開始された。
【シーン1】
「ここは、日本のとある地方にある小さな町、銀幕市――」
ナレーションに合わせて銀幕市の風景が映る。
「ここでは、ムービースターと呼ばれる――」
ゆきを映し、続いてリョウへとカメラが向かう。そこでリョウは電磁波干渉(エレキネシス)の力を使ってすぐ近くで無人の車を操ってみせる。
「ムービーファンと呼ばれる――」
続いてファン。薄野を映し、次にバッキーの雨天をアップで撮り、簡単な説明。
「これは、そんな銀幕市の物語」
【舞台裏】
「……! 緊張したぁ……」
「ははっ、上手く言えてたよ」
ナレーションを終えたソヨに、梛織が声を掛ける。
「かなあ。そうだといいんだけど」
「それにしても、改めて考えてみると映画撮影って大変なんだね。銀幕市を一望した絵がとりたいが為に杵間山まで上ったと思ったら、次は街中。意外と重労働だね」
言葉とは裏腹に疲れた顔も見せずに薄野。
「撮影器具も、意外と重いんだね」
カメラを動かしていたクラスメイトPが言う。
「そっちの、ユウキの持ってる方のカメラじゃダメなの?」
梛織がユウキの手元のカメラを見て言う。小さい、デジカメだ。
「あ、うん。折角だしフィルムでと思って。こっちでも一応撮ってるけどね」
軽く手のデジカメを掲げてユウキが答える。
「撮影の移動を効率的にできる順番を探さないと」
と、クラスメイトPはシーンを纏めた紙とにらめっこを始めた。
【シーン12】
銀幕広場が映される。広場は昨日の騒動なんて無かったかのようにいつもどおりの広場に戻っているのは流石だ。
(あれ、リョウさんは?)
小声でクラスメイトPの声。
(む。今さっきここにいたんじゃが)
(あ、いた。ってリョウさん、ナンパしてる!?)
(いいよいいよ。撮っちゃえ撮っちゃえ)
ガタン。何かが転がるような音がしてからカメラがリョウの方に向く。
「へぇ、そうなんだ。それじゃ今は一人なんだ? 俺も――」
軽やかな口調ですらすらと喋るリョウ。すでに女性の方はリョウを見る目がぽーっとしている。
「そ、スターだよ。だからさ、最後に君のような素敵な女性と過ごせたら最高だな、ってね」
(あれ? なんかさ、あれ結構ヤバイ雰囲気じゃない?)
見ると今にも二人で歩き出して行ってしまいそうだ。
(ほんとだ、止めないと! ……えぇ私!? う……)
渋々と歩いていくソヨ。しばらくリョウ達の前でうろうろしていたが、意を決したように行動を起こす。
「あ! リョウさーん!! こんにちはーあっちに面白いものがあったんですよ見に行こうよー!」
早口でまくし立てるように言って、そのままリョウの腕を取って強引に引っ張ってくる。女性の方はぽかんとしていた。
【舞台裏】
「うむむ……。人が足りない」
「どうしたの?」
台本を見ながら唸っていたソヨに、薄野が話しかける。
「あ、このシーンなんだけどさ。私達だけじゃ人数が足りないから、エキストラ探さないとなーって」
それは単純にビルから避難するシーンなのだが、確かに多くの人がいないといまいち緊張感に欠けるシーンだった。
「なるほど、そういう事なら、僕が少し人を探してくるよ」
「え、あ。うん。ありがとう薄野さ……あ、行っちゃった。女装のまま……」
言い放ち、歩いていく薄野。その歩き方はどう見ても女性にしか見えない。
「お。誰かに話しかけた」
見ていた梛織が面白そうに呟く。
「ははぁん。さては薄野さん、引っ掛けて釣るつもりだな。うんうん、笑顔で話しかけて……って、あれ……? あれ、って、笑顔……? だよね? あ、いや。なんか……気のせいかな。うん。相手、敬礼とかしてるように見えるんだけど……もしかして、脅……」
薄野は通行人と話し終えると、次々と近くにいる他の男性に話しかける。そして薄野と話し終えた男性は妙に正しい姿勢で歩いてきて言うのだった。
「すいません! 手伝わせて頂く鈴木です!」
「同じく佐藤です!!」
「ご指導のほどよろしくお願いしますっ!」
やがていい人数が揃い、戻ってきた薄野はとびきりの笑顔でこういった。
「よかった。みんな快く手伝ってくれたよ」
「あ……ハハ。みんな、親切だね」
上ずった声で、梛織は答えるのだった。
【舞台裏】
「次は、公園のシーンだね。梛織のアクション。もう一度確認するよ? まずリョウさんに車を操ってもらって、轢かれそうなネコを寸前で梛織が助ける。ここではネコは遠目から見たら分からないから人形を使うから、あまり無理しないでね、梛織」
クラスメイトPの確認に、うん、うんとうなずく梛織。最後にサンキュと言って公園に入っていく。
「わたしはこのお兄さんとじゃれた後、小走りで逃げていけばいいのね」
そう言ったのはゆきの住んでいるアパートから手伝いに来てくれた妖怪だ。今はごく普通の女性の外見になっているが、ネコの妖怪でネコにも姿を変えられるのだ。
「うん。車のほうは人形を使うから」
「ありがとう。よろしくじゃよ」
ゆきの言葉に頷いて、女性はネコに姿を変える。白黒毛並みの可愛らしいネコだ。
「甘えるのが上手そうだ」
ネコになった女性を見てリョウが小さく笑ってに言う。
「それじゃ映すよー」
スタート!
【シーン19】
公園のベンチでのんびりと寛いでいる梛織。そこへネコが寄ってくる。
「お? チッチッチ」
「なーおぅ」
ネコをあやす梛織。ネコは梛織の足に擦り寄ってから膝にジャンプしてごろごろしている。
やがて飽きたのか、ネコはうんと伸びをしてから梛織の膝を飛び降りて何処かへ歩き出す。
「じゃーなあ」
ひらひらと手を振る梛織。尻尾をピンと立ててどこか優雅に歩いていくネコ。
なんとなしにネコを見ている梛織、そして突然その顔が引きつる。
――ブーー。
鳴り響くクラクションの音。
「うわああああああ」
「……へ?」
突然の悲鳴に、思わず気の抜けた返事をする梛織。台本にはない悲鳴だ。
「サイクロンだー!!」
公園内のどこか遠くから叫び声が聞こえる。
「え? こんなの台本に……ってちょっ!! なにあれ!!」
梛織の叫び声にカメラが振り返ると、そこには巨大なサイクロン。
「さいくろん?」
ってなんじゃ? と続きそうなゆきの声。その声を掻き消すように辺りからの悲鳴が大きくなってゆく。
「ねえこれ、逃げた方がよくない?」
薄野の声でみんなが一斉に状況を理解する。
「わわ。どうしようどうしよう」
あたふたとしたクラスメイトPの声と一緒に、ガタリと映像が浮く。クラスメイトPがカメラを抱えたのだ。
「リョウさん。あれ何とかできる?」
「いや、無理だろ」
即答。
「ねぇ、なんここっちに向かってくるよ」
とユウキ。
「ユウキ、ソヨ嬢。ここはお父さんに任せなさい!」
ユウキとソヨの後ろに立ち、ぽんと肩に手を置いて梛織が言う。
「えっ」
同時に振り向いたユウキとソヨの手を取って、梛織は。
「こういうときは……逃げるっ!!」
二人の手をしっかりと取って、やはり逃げるのであった。
【舞台裏】
「……ふぅ、なかなか、ハードだね」
ゴトリ。クラスメイトPがカメラを置いて腕で汗を拭う。
「はは。振り向いたらサイクロンだもんね」
冗談っぽい口調で薄野が言う。
「もう、収まったようだな」
逃げてきた方向を見てリョウ。その言葉に見てみると、いつのまにかサイクロンは無くなっていた。
「しかしりちゃーど、あの状況でもカメラを手放さないとは、さすがだの」
ふふ、と笑いながらゆきが言う。
「え、あ。本当だ」
今気がついた、とクラスメイトP。続けて言う。
「盾崎編集長直伝の技のおかげかな」
「おぉ〜、それはすごい!」
「……見よう見まねだけど」
「直伝じゃないじゃん!?」
小さな声で付け足したクラスメイトPの言葉に、思わず梛織。
撮影に夢中で、気がついたらお昼時。サイクロンが来た所とは別の公園でみんなでお昼を食べる事になった。
「なんかさ。ちょっと張り切っちゃって。お弁当作ってきちゃった」
言いながら、ソヨがユウキの持っていたトートバッグから大きなお弁当箱を取り出す。朝早くにユウキと作ったものだ。
「はは。考える事は同じか」
そう言って、梛織も同じように大きな重箱を取り出した。
「……そうじゃの。同じようじゃの」
「ちょっ……!」
同じように取り出したゆきをみて、みんなで大笑いする。これもゆきと住人が作ったものだった。
「えと……ごめん」
そう言いながら、薄野もバッグから大きなお弁当箱を取り出した。
【シーン33 リテイク】
「いつも……そうよね」
薄野の長い髪が風に流れる。
「…………」
その言葉には答えずに、リョウは背を向ける。
「何か、言ってよ」
「…………」
「…………」
長い沈黙。
「……戻ったら、逢おう」
「――っ! こんな時に、何でそんなこと言うのよ! ……そんなのだから、私はいつまで経ってもあなたを嫌いになれないんじゃない」
【シーン33】
「いつも……そうよね」
薄野の長い髪が風に流れる。
「…………」
その言葉には答えずに、リョウは背を向ける。
「何か、言ってよ」
「…………」
「…………」
長い沈黙の二人。ふっと画面の右から左へと人影が横切る。そして人影が画面から切れたところでリョウが口を開く。
「……戻ったら、逢おう」
「――っ! こんな時に、何でそんなこと言うのよ! ……そんなのだから、私はいつまで経ってもあなたを嫌いになれないんじゃない」
【舞台裏】
「ぼぼ、ぼ、僕が!?」
思わぬ提案にクラスメイトPがやや吃音気味に返す。
「うん。この長い間の間に人が横切ると、きっといいと思うんだよね」
指でスーっと人の流れる感じを見せるように薄野が言う。間の大きなシーンのアクセントにクラスメイトPに横切ってみてほしいという話だった。
「う、うん……。わかった、やってみるよ」
「ありがとう。あ、それじゃあ風お願いします」
お手伝いの妖怪に頼んで風を送ってもらい、薄野は最後にもう一度鏡で女装の仕上がりをチェックしてから撮影に挑む。
「あ、いいねー。通行人有りの方が全然映えるよ!」
どうにか撮り終えて胸を撫で下ろしているクラスメイトPにソヨが言う。
「完璧な通行人じゃったよ。りちゃーど」
「うんうん。すごく違和感なかった!」
「え、そうかな。ありがとう」
そんな盛り上がりから少し離れた所で、梛織がユウキに呟く。
「なぁユウキ。あれって誉め言葉……なのかな?」
「……うん、多分?」
いまいち自信が無いのか語尾が疑問になるユウキ。
「なぁユウキ。これってなに映画?」
「…………うん。僕も今思ってたところ。なに映画なんだろう?」
そんなこんなでどうにか一日目が終わり二日目が始まる。
ハプニングこそあったものの、撮影は順調だった。
【シーン25】
「大人しくしろ! 強盗だ!」
「きゃー。助けてー」
突如銀行に押し入った強盗たちは、ゆきを人質にして金銭を要求する。
「この袋にありったけの金を詰めるんだ! 早く! おおっと、余計な動きはするなよ」
銃をちらつかせてカウンターに脅しをかける強盗。
その後ろではゆきを人質に辺りを警戒しているのが一人。その他ごちゃごちゃと立っているのが数名。
「早くしやがれこのやろう!」
おどおどとしている銀行員に叫ぶ。
【舞台裏】
「大人しくしろ! 強盗だ!」
叫ぶ強盗を見ながら、梛織が呟く。
「おぉ〜。結構迫力あるね」
朝の銀行。営業前の時間を借りての撮影だった。
「結構な人数だね。また薄野さんが連れてきてくれたのかな」
そんなユウキの言葉に、どこからかやってきた薄野が返事をする。
「あれ? もう撮影始まってるんだ?」
「……え?」
本来強盗役のはずの薄野。みんなは薄野は覆面をしている強盗たちの中に紛れていると思っていたのだ。
「ねぇ……薄野さん。あの人達呼んだ?」
「いや、呼んでないよ?」
「もしかして、あの人達って……」
そう。なんというタイミングか、本物の強盗たちだった。
「いいね。折角だから引立て役になってもらおうか」
と、リョウが面白がって言う。
「とりあえずゆき嬢を助けないと」
「OK」
そう言ってリョウは天井を指差した。
【シーン25】
「はやくしやがれ!!」
なかなか動かない銀行員に業を煮やした強盗は大きく叫ぶ。
その瞬間。天井に取り付けてあるスプリンクラーから勢い良く水が吹きだす。
「!?」
驚いた強盗たちの一瞬の隙をついて、リョウと梛織が飛び出す。梛織が強盗とゆきを引き剥がし、ほぼ同じタイミングでリョウがカウンターの強盗の銃を蹴り上げる。
「なっ――」
なんだ? 最後まで言い終わらないうちにあっという間に強盗たちはみんな床に倒れこんだ。
ハプニングがあって。添加物には笑いと、カオス。そして沢山の笑顔なか、撮影は最終段階にきていた。
「お疲れ様ー。二人とも凄かった」
迫力のあるアクションシーンを撮り終えた梛織とリョウに、クラスメイトPがスポーツドリンクを渡しながら言う。
「すごい迫力だったね」
「あんな感じでよかったのかな?」
「うん、バッチリ。やっぱりリョウさんみたいに美形だと絵になるなぁ」
「え、ちょっとソヨ嬢! それって俺じゃ役不足っていう意味!?」
「ううん、梛織さんもすっごい素敵だった」
「おねえちゃん、ここ多分、ボケるところ」
「え、うそ!? やだ恥ずかし。なんか真面目に答えちゃったよ!」
「ははっ。いやいやサンキュ。嬉しいよ」
流れていく会話を、どこかぼんやりとゆきは聞いていた。突然決まった映画撮影。でも楽しくて。本当に楽しくて。それでも、どこからか込み上げて来る寂しさに何度も泣き出してしまいそうになった。
今だって、そう。
この幸せの中に、後ほんの少ししか居れないと思うと。
「うん? ゆきちゃん?」
何かを察したのか、みんながゆきを見る。
「ううん。なんでもないんじゃよ」
だけど、泣かない。
ふにゃっと笑ったゆきの笑顔は、どこまでも輝いている。
お別れするのなら、笑顔がいいから。泣き顔じゃなくて、笑顔を覚えていてほしいから、だからゆきは最後まで泣かない。
「ねぇ、梛織さん。どこにいくの?」
いいからいいから。言いながらユウキとソヨの手を引いて街を歩くのは、梛織だ。
撮影の合間、休憩時間を利用して梛織、ソヨ、ユウキの三人は街中までやってきていた。
「よかった、まだあった」
ほっとしたような顔で、梛織はアクセサリ系の路上販売の前にしゃがみ込む。
「わー。すごいね」
ソヨが覗き込んで言う。そこでは一人のムービースターが自身の作品をずらりと並べていた。
「昨日広場に行く途中に見かけてさ、いいと思ったんだ」
そう言って梛織は商品の中から二つのキーホルダーを買い、少し歩いた所でソヨとユウキにプレゼントした。
「え。いいの!?」
「勿論。ソヨ嬢もユウキもさ、そのキーホルダーずっとつけてくれてるだろ? でもそれ、ゲーセンで取ったやつだし、なんか悪くてさ」
ソヨのハンドバッグを指しながら、ははっ、と笑って梛織。そこには以前梛織がプレゼントした熊モチーフのキーホルダー。
「そんなこと気にしなくてもいいのに。お気に入りだよこれ」
家の鍵を取り出してソヨと同じ熊キーホルダーを見せるユウキ。
「でもなんか、俺の気が済まないっていうか、さ。よかったら貰ってやって」
「うん。ありがとう」
梛織の言葉に、お礼を言って受け取る二人。それはバッキーモチーフのキーホルダーで、小さなムーンストーンをバッキーがしがみついているように抱えているというものだ。ソヨにはオレンジムーンストーンにシトラスカラーのバッキー。ユウキにはブルームーンストーンにサニーディカラーのバッキー。
「あ、のさ……」
そして梛織は、言い辛そうに話し出す。
「今まで言えなかったんだけどさ、解呪師を呼ぼうって提案したの俺なんだよ」
聞いたソヨは思わずユウキを見る。コクリと、ユウキが頷く。解呪師とは、ソヨのことだ。
それは、もうずっと前の、ソヨが実体化したときの事だった。過去にユウキに降りかかった事件の中で、梛織が一度だけ魔法が使えるという特殊なアイテムに、ユウキの姉であるソヨをこの街に呼んでくれと頼んだ。そしてその通りに、ソヨは実体化した。
「本当にその魔法の効果かは分からないけどさ。俺はソヨ嬢の実体化に少なからず関わってるんだ」
そして……。と、そこまで言って梛織は一度言葉を切り。少しの間を置いて続けた。
「それで怖い思いを、ユウキもさ、した事も知ってる。だからごめん」
それは、梛織がずっと気にしていた事だった。自分のあの時の行動が、ソヨやユウキに恐怖を与えた原因になったんじゃないだろうか。と。
「梛織さん……」
心配そうに、ユウキが呟く。
「うん。すっごい怖かった」
静かに、ソヨが話し出す。じっ、と。ユウキはソヨを見ている。
「――!」
ぴくりと、梛織。
「でも、それ以上に。私は楽しかったよ」
はっとして、梛織はソヨを見る。
「怖い事はあったけど、梛織さんの所為じゃないよ。梛織さんがナイフを持って私を脅かした訳じゃないし、傷つけられた訳でもない。ううん、そんなこと関係無しに、怖かった事の何倍も何倍も、嬉しい事、幸せなことがあったんだ」
優しく、今までの事を思い返すように、ソヨは続ける。
「だから今、私は本心から梛織さんにこう言えるよ」
「ありがとう。って」
梛織が見たソヨは、そう笑って。
だからだろうか、思わず鼻の奥がツンとした梛織は、安心と照れに、にへらと笑った。
全てのシーンの撮影が終わり、編集した一本のフィルムが出来上がった。
「みなさん。お疲れ様です。こんな計画に付き合ってくれて、ありがとう」
ぺこりとお辞儀をしてソヨとユウキが言う。
ここはソヨの家。映画が完成した打ち上げだった。
「お疲れ様ー」
そして乾杯と、打ち上げは始まる。
「二人とも」
食べて、飲んで、笑いあう中、クラスメイトPがソヨとユウキに言う。
「素敵な提案をありがとう」
「ううん、こちらこそ」
一緒に作ってくれてありがとうと。
「むしろ集まったのが僕でごめんね、もっといい人が来れば色々役に立ったと思うけど……」
苦笑交じりにクラスメイトP。
「りちゃーどが、みんなが一緒だったから完成したんじゃよ」
ゆきの言葉に、全員が頷く。
「あ、ええとみんな」
すこし言い難そうに、ソヨが切り出す。雑談がストップして、ソヨに注目が集まる。
「え、とね。ドッキリって言う訳じゃないんだけどさ」
そう前置きして、ソヨは続ける。
「今回撮った映画は、実はこのフィルムじゃないんだ」
編集して出来上がったフィルムを指して、ソヨが言う。訳が分からない、といった顔で全員がソヨを見る。
「本当に撮りたかったのはね、こっちなんだ」
そう言ってソヨはユウキの腕を持ち上げる。そこには、撮影が開始されてからずっとユウキの腕に握られていたデジカメがあった。
「なるほど。というと」
意味に気がつき始めたみんなが、にっと笑い始める。
「うん。撮影から舞台裏まで、全部の記憶。みんなが一生懸命に映画を作っている。そんな記憶」
騙すような事をしてごめんね。とユウキ。
「それでね。この映画の完成に、最後にみんなで一言入れたいなって思うの」
「よし。じゃあ俺から行くよ」
言うが早いか梛織が宣言したので、ユウキは梛織にカメラを向ける。
「怖い事も、悲しい事も、色々ある銀幕市だけどさ。やっぱり俺は好きだよ。この街が。だってリチャードにもソヨ嬢やユウキにも会えたし。映画じゃ独りだったけど親友も弟も娘も息子も出来たもんね」
なんて、ちょっと恥ずかしいな。カメラが外れたところで小さく笑う梛織。
そのままカメラは梛織の横に居たクラスメイトPへと向けられる。
「え、ぼ、僕!? わ、と。……テス、テス」
じゃなくて……。と慌てている所に梛織が全校集会じゃないぞーと笑う。
「街の人達が、後でこの時間を思い返して見られるような、最後の夢の時間である今そのままを残せれていたなら、うれしいなって思う」
言い終えて、なんか変な事言ってなかったかな? と梛織に確認するクラスメイトP。
そしてカメラはゆきへと向く。
「夢が終わって、わし達は元の映画の中の存在に戻るじゃろうけれど。この街の人には忘れないでいてほしいの。わしらの事を。ずっと、ずっと」
少し涙声になりながらも、ゆっくりと言う。そしてにっこりと笑顔で。
「ありがとう、大好きじゃよ、ありがとう。本当に大好きじゃったよ」
そう言った。
「僕は、ファンだから残される方だけど」
薄野が静かに話し出す。
「みんなとこうして映画を撮れたことは、絶対に忘れないよ。きっと何度も見返して、この時のことを思い出す。そんないい思い出になると思う」
少ししんみりと、薄野は言った。
最後にカメラはリョウへと向けられる。リョウは少しの間を置いた後、カメラに向かってにっと笑って一言だけ、こういった。
「……おはよう」
「こんなもんで、いいだろ」
マジックで宛名を書き終え、リョウは呟く。
「おぉ〜。リョウさん字も綺麗」
それは大き目の封筒。中身はまだ何もなく、宛先には美原のぞみ様と書かれている。
最後の撮影の後、リョウは言った。
「この映画をのぞみに見せたいと思う」
リョウは、幸せな夢に眠る方が彼女のためだと思っていた。しかし、彼女は自ら目覚めを望んだ。ならばそれを止める道理はリョウにはない。ただ、彼女がマスティマとの戦いを『悪夢』とし、そこから覚めたいと願ったことがリョウには気になっていた。
彼女の目覚めを喜ぶ人は多いだろうが、『悪夢』は不本意だろう。彼女も、そしてこの夢を生きる全ての人間も。
だからこそ、リョウはのぞみが目覚めた後、いかに彼女の願いと夢が明るく幸いに満ちたものだったかを、見せてやれるようなものを残してやりたいと思ったのだ。
「……ふっ」
考えて、リョウの口元は小さな笑みを浮かべた。
柄にもない考えだな。
そんな事を思いながらも、あの眠り姫が笑顔に変わるのも悪くないと思うのだった。
「コピー、できたよ」
ユウキが映画データを入れたDVDを持ってきて、リョウに手渡す。魔法が解ける日に合わせて届くように送るのだ。
「あ、ちょっと待って」
DVDを封筒に入れようとしていたリョウに、ソヨ。
「タイトルがないとね」
そう言ってDVDにペンを走らせる。
One Story
|
クリエイターコメント | こんにちは。依戒です。 シナリオのお届けにまいりました。
まず最初に。 どこかで見たよ。は禁句でお願いします……! はい。微妙にに被ってしまいました……。 何が? と思われた方は、気にしない方向で! うんうん。と思われた方は、繋がるんだよ! っていう都合のいい解釈を、どうか……。
さて。長くなる感想は、後ほどブログで語るとして。ここでは少し。
みなさまほんっっとうに。ソヨとユウキを愛してくださって感謝です! ふたりと、そして何より私から愛を込めてお礼を申し上げます。 勧誘とラスト以外出さないつもり、と最初は考えていたのですが。もう、感謝感謝です。
さて、もう一つは。例の如く呼称等。修正などがあればごうかお気軽に。
最後になりましたが、このシナリオは勿論。今までシナリオに参加してくださったPLさま。どれか一つでも読んでくださったみなさまが。ほんの少しだけでも幸せな時間と感じてくださったのならば。 私はそれをなによりも嬉しく思います。
ええと、そう。このシナリオは、私、依戒アキラの最後のシナリオとなります。 銀幕市に住む皆様。 最高に素敵で、最高に幸せな時間を。 ありがとうございました。 |
公開日時 | 2009-06-30(火) 18:50 |
|
|
|
|
|