★ 【銀幕市民運動会】お菓子はどこだ! ★
<オープニング>

 秋晴れの青空に花火の音が響く。
 いよいよ「銀幕市民運動会」の日がやってきた。自然公園の競技場には朝から、たくさんの市民の姿があった。ムービースター、ムービーファン、エキストラの区別なく、紅白2陣営に分かれてのさまざまな競技が行われる。
 出場者の呼び出しを行うアナウンス、チープなのになぜか心浮き立たせるBGM、賑やかな出店の喧騒、そして応援の歓声――。
 それはきっと世界中を探しても、今の銀幕市でしか実現しえない一日になるだろう。

 そして。
 気づいたものがいただろうか。
 その日、とある事件が、運動会の片隅で起こっていたことに――。

「お菓子が、車ごと消えてしまったそうなんです」
 対策課の植村は、ほとほと困った表情をしていた。
「子どもさん向けの競技で、参加賞として特製のお菓子をお願いしたんですよ。今日、会場に直接届けていただく予定たっだんですが……」
「申し訳ありません! 俺が目を離したスキに……」
 コックコート姿の青年が、必死に植村に頭を下げた。
「市役所の皆さんにも、子供さん方にも、本当に……なんてお詫びしたら……」
 青年は可哀想なくらい頭を下げ続ける。まあ落ち着いてと植村は青年をなだめ、書類を繰る。
「つい30分前の出来事です。彼が車を降りて休憩を取っていたとき、見かけない小さな女の子に出会ったそうです。彼は雑談のつもりで車の中にお菓子がある事を伝えました。女の子は『じゃあちょうだい』と言い残して、車ごと消えたそうです」
 書類から目を上げ、植村は言う。
「時間も経っていないので、そう遠くには行っていないはずです。こちらとしては競技が始まる前に車とお菓子を取り戻せれば、それで構いません。ただ……」
 そう言って、植村は外に視線を移した。思い思いの姿をした市民達が楽しげに歩いている。
「出来ればその子も、一緒に運動会を楽しめたら良いなと思います」

種別名シナリオ 管理番号798
クリエイター桂月玲(warn3524)
クリエイターコメント子供向け競技の参加賞用に用意したお菓子が消えてしまいました。
原因はどうやら少女の不思議な力である様子です。また、まだ善悪が良く分からない可能性も……。
現場は自然公園の片隅にある森です。
時間も迫っています。楽しい思い出の為に、皆さんで探し出してあげてください。

参加者
蘆屋 道満(cphm7486) ムービースター 男 43歳 陰陽師
新倉 アオイ(crux5721) ムービーファン 女 16歳 学生
クラスメイトP(ctdm8392) ムービースター 男 19歳 逃げ惑う人々
針上 小瑠璃(cncp3410) エキストラ 女 36歳 鍵師
<ノベル>

「髪の長いちっちゃい女の子ねえ……そんなの沢山いるじゃん」
 新倉アオイが冷えたペットボトルをスポーツバッグにしまうと、ボイルドエッグのバッキーがいそいそと中に入り込む。うりゃ、と頬を突くと「キー」と抗議の声を上げた。
「新倉さんとキーって仲良しなんだね」
「クラピー、余計なお世話」
 アオイは素っ気ない。クラスメイトPの名乗りは既に却下されているようである。
 リチャードという役名が浸透しつつある彼だが、岡持を下げて歩く姿は立派なバイトCだ。
 ふと、アオイは彼が手伝いを申し出た時の植村をちらりと思い出した。物凄く困っていた気がするけど、気のせいだと思いたい。いや、マジで。
 針上小瑠璃は少し笑った。いつものツナギ姿で、風呂敷包みを下げている。
「車はワインレッド、コンテナタイプの軽トラで、鍵がかかってるんやったな」
「あいわかった、忍にも探させよう。菓子に手を付けておらねば良いが……」
「何や、心配なんか?」
 蘆屋道満は顎を軽くさすった。こちらも、いつもと同じ深緑の水干姿。
「うむ。流石にのう……甘味を好む者に悪人はおらぬのだが……」
 道満が懐から名残惜しげに出したものは、掌ほどの大きな棒付きキャンディ。世に言うペロペロキャンディだ。
「これは我の虎の子よ。この頃おなごらに恋占いを頼まれるのだが……新倉殿、貴殿と同じ年頃の娘から受け取ったのだ。銀幕市では珍品ぞ」
「え、マジで? 道満さん的にそれで良いの? 」
「……恋占いねえ……青いわ」
 偉丈夫の道満が切なげにペロペロキャンディを見つめる光景。何故か、触れてはいけない領域のような気がする。
「とにかく、これを出すのもやむを得ん。我も楽しみにしておったのだ。賞品に入っておるという『くっきー』に『ぱうんどけーき』とやらを味わう機会、逃して何とする」
 参加賞が貰えるのは子供だけだが、さて、誰が指摘しようか?

 * * * * * 

 クラスメイトPは自転車を走らせた。バイト先に岡持を返して依頼に戻るつもりだったのだが、一つ良いアイディアを思いついたのだ。
(これなら多分、大丈夫!)
 彼の行く先は一つ。――かのスーパーマーケット。

 * * * * *

「針上さん、こっち!」
「待ちや! ……ああもう、元気ええなあ」
 アオイは声を張り上げた。力仕事と走る事はやっぱり違う。意外と足取りが軽いのは道満。平成の人間とは基礎体力が違うのだろう。
「社会人はそんなに走らへんの……さて、どっちへ行ったんやろ?」
 今彼女等がいるのは、ワゴン車が消えた付近。公園の緑地地帯を通る一本道だ。青年はここで少女に会ったという。
 と。一陣の風が吹く。不気味な面を付けた『何か』達が、いつの間にやらと道満に跪いていた。音も気配のない彼らを見て、アオイは思わずバックを抱き締める。
(親方様)
「おったか?」
(周辺にはいなかったようでござる)
(森の中、西に我らを拒む者がおるようにて、ご注意下さいますよう)
「分かった。引き続き捜索を続けよ」
 彼らは頷く。そしてちらりと女性陣に目をやった。二人とも明らかにこちらを警戒している。
(親方様……おなごに不審者だと思われるのは、やっぱり寂しいでござるよ)
「おお、そうであった」
 道満は女性陣に向き直る。
「これらは御庭番衆というてな……」
 きちんと不信を解かねばなるまい。道満はしばし思案して口を開く。
「こやつらは……そう、カニコロが好物なのだ」
(それは我らの紹介でござるか!?)

 * * * * *

「お待たせしました〜!」
 戻ってきたクラスメイトPは、白い大きな袋を担いでいた。人の入りそうなほどの布袋に、カラフルな何かが詰まっているのが透けて見える。
「何、そのやっすいサンタ」
 アオイが呟く。確かに、強いて言えばサンタに見えなくもない。クラスメイトPはニコニコしながら言う。
「お菓子を盗んでいったから、こっちも大量のお菓子を準備しておけば囮になるかな、と思って。あ、新倉さんも持って行く? 何かの役に……」
「絶ッ対、嫌」  
 それはアオイのプライドが許さない。たとえ道満が喜々として受け取っていようとも……って、おい。
「これは何という菓子なのだ?」
「ふ菓子ですよ。おいしいです。他にも、ポテチとかチョコとか」
「そこ、遠足気分禁止! 道満さんもクラピーのボケに乗らないでください。さっさと行きますよ」
 クラスメイトPは素直に頷いて、袋を背負い直した。

 * * * * *

 クラスメイトPは先頭に立って森を歩いていた。枯れ葉の積もり始めた土は軟らかい。彼が先頭である理由は……まあ、お察しの通りである。
「ずーっと森が続いてますね。どこまで広がってるのかなあ」
「いや、そんなわけ無いでしょ」
「公園の緑地やで?」
 そして、全員の歩みが同時にぴたりと止まった。
「クラピー迷ったの!? 時間無いのに!」
「まさか。真っ直ぐ来たじゃないですか」
 彼の先頭にするリスクがもろに出たか。周囲は曇りのように暗い。
「さっきから同じ所を巡っておるぞ。罠であろうな」
 道満は冷静に告げた。
「気付いてたんなら、なんで言わないんですか」
 陰陽師はしかし、にやりと笑う。
「新倉殿。我らのような者は住み処の側に罠を張るのだ」
「じゃあ、近づいてるんですね」
 小瑠璃が言う。道満は頷いた。
「相手が術をしくじるような事があれば、すぐに抜け出せるであろうよ」
 パッとクラスメイトPの表情が明るくなった。それなら役に立てる。完璧に。

「じゃあ早速」
 ロケーションエリア展開。
「これでどうなるか……」
 その瞬間、クラスメイトPは足下に違和感を感じた。
 ほぼ反射で、道満は女性陣を押し除ける。
 浮遊感。
「へ?」
 地面は頼りなく崩れて、クラスメイトPと道満は自由落下を開始した。落とし穴……いや、崖を利用したトラップ。
 次の瞬間には、地面は間近。
「っ!!」
 道満は背中を強かに打ち付ける。視線をクラスメイトPに――彼の落ちたはずの所にやるが、いない。
「リチャ……!?」
 その代わりに、巨大な噴水が天へと伸びていた。まるで、水道管でも破裂したような。クラスメイトPの体は天高くへと飛ばされており……袋の破れ目から零れたお菓子が、軌跡を取るように舞っている。
(クラピーサンタが空を飛んだ……)
 瞬間、何か大きな光が現れた。それは人工の光で……クラスメイトPの体を捕らえ、音もなく上昇を開始する。その時確かに、彼は空を飛んでいた――銀色のUFOに囚われて。
「完ッ全にはめられてんじゃん!」
 アオイの声は当然届くはずもない。道満は鉄扇を手にした。

 がさり。
 小瑠璃は振り返る。そこに、彼女は確かに人影を見たような気がした。髪の長い、小さな少女の。
「新倉さん、ちょっと頼む」
「え、何?」
 返事を聞かず、小瑠璃は駆けだした。

 * * * * *

「はあ、はあ……」
 少女はレンガ色の馬車に辿り着いた。近くまでひとが来たときはどうしようかと思ったけれど、上手に迷わせたから諦めて帰るはずだった。なのに。
(どうしよう……見つかったかも)
 最終手段のトラップに引っ掛かってくれたのはいい。予想外の事まで起こったけど。あの時、一人だけこっちを見ていた。
「何で開かないの」
 少女はレンガ色の馬車を小さな手で叩いた。鉄と油の臭いがするそれは、彼女の声には応えなかった。

「何しとるん?」

 ビクン、と少女は硬直した。おそるおそる後ろを振り向くと、やっぱりいた。黒髪で背の高いひと。
「お菓子、美味しそうやんか。うちも一緒してええ?」
 少女は彼女をきつく見据える。
「無理よ。鍵がかかってるもの」
「開けたるよ。うちには簡単」
 そう言うと彼女は鉄の道具を取り出して、本当にあっさり開けてしまった。
 少女は惑う。本当に、信じて良いの?
「ええ匂い。……なあ、うち、弁当を持ってきてんのやけど、ここで食べてもいい?」
「……別に良いけど」
 彼女は布をほどいて黒い木箱を開けた。ふんわりと、食欲を刺激する香り。くう、と鳴ったのは、どちらのお腹が先だったろう。
「うちの手作りで良かったら、食べてみる?」
 彼女は悪戯を企む子供のように、にんまりと笑った。それは、どこか少女にとって懐かしい表情だった。
 貨物室の扉は、まだ開いていない。

 * * * * *

「UFOって、鉄も使ってるんだ……」
 アオイはUFOが墜落した方向をぼんやりと見つめた。道満の鉄扇は実にパワフルで、クラスメイトPは無事救出された。――ベルトの金具を引っ張る鉄扇とUFOの推進力の間で、綱引きの綱のような無茶な引っ張り合いを経て。
「というより、電気であろうな。さて、針上殿を追いかけねばならん。リチャード殿、気は確かか?」
「ハイ、何とか」
「それはよい。ちとやり過ぎたと思うたのだが」
 救出されたクラスメイトPの服は炭化寸前で、触れると崩れそうだ。髪もちりちりしているし、眼鏡もベルトのバックルもくにゃりと曲がっている。その辺、地味だがムービースターだとは思う。
「で、針上さんはどっちに?」
「向こう。……うん、行こっか」
 何しろ、ツッコミ始めたらきりがないし――もう、本当に時間がないのだから。

 * * * * *

 少女は黙々と弁当を口に運んでいた。最初はおずおずと、今はぱくぱくと。
「慌てなくても、弁当は逃げへんよ」
 少女は上目遣いに小瑠璃を見る。
「どう、美味しい?」
「美味しい……」
 小瑠璃は微笑んだ。
「ねえ、どうして……」
 少女が口を開いたその時、やっと追いついたクラスメイトPが声を上げる。
「針上さん!」
「……来よった。追っ手や」
「追っ手?」
 少女は困惑した。追っ手といえば、小瑠璃だってそうだ。なのに小瑠璃は少女の手を引いて立たせると、クラスメイトPを指差して高らかに言う。
「これはうちらで一緒に頬張るんや、このちりちり魔人が! ……さ、行くで」
 小瑠璃は少女を車に乗せると、アクセルを踏み込む。ミラーには戸惑う彼女の仲間が映っていた。
 
「行っちゃった……。ちりちりって、僕……?」
 クラスメイトPは唖然とした。残されたのは弁当の重箱と風呂敷のみ。アオイと道満も言葉がない。
 重箱の下に紙が挟んであるのを見つけ、アオイはそれを引っ張り出す。走り書きだが、メモだ。

『会場、先に行って待ってて』

「うっわ、策士……」
 彼女は苦笑いをすると、二人に声をかけた。

 * * * * *

 運動公園、グラウンド近く。小瑠璃は車を停めると、少女とベンチに座り込んだ。
 子ども競技の時間が近く、親子連れが何組も彼女等の前を通る。彼らの表情は皆明るい。
「あの子ら、運動会に行くんやで。景品を楽しみにしとるんや。……それ、全部うちらが持ってるんやけど」
 少女は青ざめて小瑠璃を見た。瞳が涙で潤んでいる。
「それで、なの。……どうしよう」
 小瑠璃は少女の肩に手を回す。
「どうしようなぁ。運動会、行ってくる? それか、うちと一緒にお菓子配って、みんなと仲良うしようか。……それとも、また逃げる?」
 小瑠璃はニカッと笑う。少女の両肩に、別の手がポン、と置かれた。
「どうすればいいか、あんたが一番分かってるでしょ」
「遅かったな、新倉さん」
 アオイは息が完全に上がっている。ずっと走ってきたのだ。
「針上殿が無茶をするからだ」
 クラスメイトPを抱えた道満が言う。流石に疲れた様子だが、余裕の笑みを浮かべてみせる。
「童よ、その菓子は単なる甘味だが、運動会に参加して得ればそれ以上の価値を持つのだ。幸運な事に、まだ運動会は続いておる。味わうならどうじゃ、参加してみんか。体を動かした後に食う菓子は格別ぞ」
 ちりちり魔人ことクラスメイトPがにっこり笑む。
「キャッ!」
 真剣に怯えて小瑠璃にしがみつく少女に、クラスメイトPは少々傷つく。……うん、今はね。この格好だから。
「……大丈夫、しばらくしたら治るから。あのね、何かお菓子が欲しい事情があるなら、僕も出来る限り協力するから。もし良かったら、一緒に運動会に行こうよ。植村さんもOKだと思うし。君はきっと、元気な顔の方が似合うから」
 アオイはぽんと手を叩く。
「よっしゃ。じゃあ、もうこのまま出場しちゃおう。道満さんも行くでしょ?」
「おうとも。我だって、菓子を楽しみにしておったのだ」
「コルリは……」
 少女が小瑠璃を見上げる。
「ああ、名前おぼえてくれたんやね。もちろん出るで。一緒に走ろうな」
 少女は涙をいっぱいに蓄えた目で、それでも精一杯笑った。
 そして言う。

「……あたし、みんなにごめんなさいって、言ってくるから。そしたら、一緒に行こうね」

クリエイターコメント発注ありがとうございました。
とても楽しく書かせていただきました。
初めて納品させていただくノベルですが、PL様にご満足いただけたら、と思います。

今回は本当に、ありがとうございました!
公開日時2008-11-09(日) 13:50
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