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<ノベル>
「髪の長いちっちゃい女の子ねえ……そんなの沢山いるじゃん」
新倉アオイが冷えたペットボトルをスポーツバッグにしまうと、ボイルドエッグのバッキーがいそいそと中に入り込む。うりゃ、と頬を突くと「キー」と抗議の声を上げた。
「新倉さんとキーって仲良しなんだね」
「クラピー、余計なお世話」
アオイは素っ気ない。クラスメイトPの名乗りは既に却下されているようである。
リチャードという役名が浸透しつつある彼だが、岡持を下げて歩く姿は立派なバイトCだ。
ふと、アオイは彼が手伝いを申し出た時の植村をちらりと思い出した。物凄く困っていた気がするけど、気のせいだと思いたい。いや、マジで。
針上小瑠璃は少し笑った。いつものツナギ姿で、風呂敷包みを下げている。
「車はワインレッド、コンテナタイプの軽トラで、鍵がかかってるんやったな」
「あいわかった、忍にも探させよう。菓子に手を付けておらねば良いが……」
「何や、心配なんか?」
蘆屋道満は顎を軽くさすった。こちらも、いつもと同じ深緑の水干姿。
「うむ。流石にのう……甘味を好む者に悪人はおらぬのだが……」
道満が懐から名残惜しげに出したものは、掌ほどの大きな棒付きキャンディ。世に言うペロペロキャンディだ。
「これは我の虎の子よ。この頃おなごらに恋占いを頼まれるのだが……新倉殿、貴殿と同じ年頃の娘から受け取ったのだ。銀幕市では珍品ぞ」
「え、マジで? 道満さん的にそれで良いの? 」
「……恋占いねえ……青いわ」
偉丈夫の道満が切なげにペロペロキャンディを見つめる光景。何故か、触れてはいけない領域のような気がする。
「とにかく、これを出すのもやむを得ん。我も楽しみにしておったのだ。賞品に入っておるという『くっきー』に『ぱうんどけーき』とやらを味わう機会、逃して何とする」
参加賞が貰えるのは子供だけだが、さて、誰が指摘しようか?
* * * * *
クラスメイトPは自転車を走らせた。バイト先に岡持を返して依頼に戻るつもりだったのだが、一つ良いアイディアを思いついたのだ。
(これなら多分、大丈夫!)
彼の行く先は一つ。――かのスーパーマーケット。
* * * * *
「針上さん、こっち!」
「待ちや! ……ああもう、元気ええなあ」
アオイは声を張り上げた。力仕事と走る事はやっぱり違う。意外と足取りが軽いのは道満。平成の人間とは基礎体力が違うのだろう。
「社会人はそんなに走らへんの……さて、どっちへ行ったんやろ?」
今彼女等がいるのは、ワゴン車が消えた付近。公園の緑地地帯を通る一本道だ。青年はここで少女に会ったという。
と。一陣の風が吹く。不気味な面を付けた『何か』達が、いつの間にやらと道満に跪いていた。音も気配のない彼らを見て、アオイは思わずバックを抱き締める。
(親方様)
「おったか?」
(周辺にはいなかったようでござる)
(森の中、西に我らを拒む者がおるようにて、ご注意下さいますよう)
「分かった。引き続き捜索を続けよ」
彼らは頷く。そしてちらりと女性陣に目をやった。二人とも明らかにこちらを警戒している。
(親方様……おなごに不審者だと思われるのは、やっぱり寂しいでござるよ)
「おお、そうであった」
道満は女性陣に向き直る。
「これらは御庭番衆というてな……」
きちんと不信を解かねばなるまい。道満はしばし思案して口を開く。
「こやつらは……そう、カニコロが好物なのだ」
(それは我らの紹介でござるか!?)
* * * * *
「お待たせしました〜!」
戻ってきたクラスメイトPは、白い大きな袋を担いでいた。人の入りそうなほどの布袋に、カラフルな何かが詰まっているのが透けて見える。
「何、そのやっすいサンタ」
アオイが呟く。確かに、強いて言えばサンタに見えなくもない。クラスメイトPはニコニコしながら言う。
「お菓子を盗んでいったから、こっちも大量のお菓子を準備しておけば囮になるかな、と思って。あ、新倉さんも持って行く? 何かの役に……」
「絶ッ対、嫌」
それはアオイのプライドが許さない。たとえ道満が喜々として受け取っていようとも……って、おい。
「これは何という菓子なのだ?」
「ふ菓子ですよ。おいしいです。他にも、ポテチとかチョコとか」
「そこ、遠足気分禁止! 道満さんもクラピーのボケに乗らないでください。さっさと行きますよ」
クラスメイトPは素直に頷いて、袋を背負い直した。
* * * * *
クラスメイトPは先頭に立って森を歩いていた。枯れ葉の積もり始めた土は軟らかい。彼が先頭である理由は……まあ、お察しの通りである。
「ずーっと森が続いてますね。どこまで広がってるのかなあ」
「いや、そんなわけ無いでしょ」
「公園の緑地やで?」
そして、全員の歩みが同時にぴたりと止まった。
「クラピー迷ったの!? 時間無いのに!」
「まさか。真っ直ぐ来たじゃないですか」
彼の先頭にするリスクがもろに出たか。周囲は曇りのように暗い。
「さっきから同じ所を巡っておるぞ。罠であろうな」
道満は冷静に告げた。
「気付いてたんなら、なんで言わないんですか」
陰陽師はしかし、にやりと笑う。
「新倉殿。我らのような者は住み処の側に罠を張るのだ」
「じゃあ、近づいてるんですね」
小瑠璃が言う。道満は頷いた。
「相手が術をしくじるような事があれば、すぐに抜け出せるであろうよ」
パッとクラスメイトPの表情が明るくなった。それなら役に立てる。完璧に。
「じゃあ早速」
ロケーションエリア展開。
「これでどうなるか……」
その瞬間、クラスメイトPは足下に違和感を感じた。
ほぼ反射で、道満は女性陣を押し除ける。
浮遊感。
「へ?」
地面は頼りなく崩れて、クラスメイトPと道満は自由落下を開始した。落とし穴……いや、崖を利用したトラップ。
次の瞬間には、地面は間近。
「っ!!」
道満は背中を強かに打ち付ける。視線をクラスメイトPに――彼の落ちたはずの所にやるが、いない。
「リチャ……!?」
その代わりに、巨大な噴水が天へと伸びていた。まるで、水道管でも破裂したような。クラスメイトPの体は天高くへと飛ばされており……袋の破れ目から零れたお菓子が、軌跡を取るように舞っている。
(クラピーサンタが空を飛んだ……)
瞬間、何か大きな光が現れた。それは人工の光で……クラスメイトPの体を捕らえ、音もなく上昇を開始する。その時確かに、彼は空を飛んでいた――銀色のUFOに囚われて。
「完ッ全にはめられてんじゃん!」
アオイの声は当然届くはずもない。道満は鉄扇を手にした。
がさり。
小瑠璃は振り返る。そこに、彼女は確かに人影を見たような気がした。髪の長い、小さな少女の。
「新倉さん、ちょっと頼む」
「え、何?」
返事を聞かず、小瑠璃は駆けだした。
* * * * *
「はあ、はあ……」
少女はレンガ色の馬車に辿り着いた。近くまでひとが来たときはどうしようかと思ったけれど、上手に迷わせたから諦めて帰るはずだった。なのに。
(どうしよう……見つかったかも)
最終手段のトラップに引っ掛かってくれたのはいい。予想外の事まで起こったけど。あの時、一人だけこっちを見ていた。
「何で開かないの」
少女はレンガ色の馬車を小さな手で叩いた。鉄と油の臭いがするそれは、彼女の声には応えなかった。
「何しとるん?」
ビクン、と少女は硬直した。おそるおそる後ろを振り向くと、やっぱりいた。黒髪で背の高いひと。
「お菓子、美味しそうやんか。うちも一緒してええ?」
少女は彼女をきつく見据える。
「無理よ。鍵がかかってるもの」
「開けたるよ。うちには簡単」
そう言うと彼女は鉄の道具を取り出して、本当にあっさり開けてしまった。
少女は惑う。本当に、信じて良いの?
「ええ匂い。……なあ、うち、弁当を持ってきてんのやけど、ここで食べてもいい?」
「……別に良いけど」
彼女は布をほどいて黒い木箱を開けた。ふんわりと、食欲を刺激する香り。くう、と鳴ったのは、どちらのお腹が先だったろう。
「うちの手作りで良かったら、食べてみる?」
彼女は悪戯を企む子供のように、にんまりと笑った。それは、どこか少女にとって懐かしい表情だった。
貨物室の扉は、まだ開いていない。
* * * * *
「UFOって、鉄も使ってるんだ……」
アオイはUFOが墜落した方向をぼんやりと見つめた。道満の鉄扇は実にパワフルで、クラスメイトPは無事救出された。――ベルトの金具を引っ張る鉄扇とUFOの推進力の間で、綱引きの綱のような無茶な引っ張り合いを経て。
「というより、電気であろうな。さて、針上殿を追いかけねばならん。リチャード殿、気は確かか?」
「ハイ、何とか」
「それはよい。ちとやり過ぎたと思うたのだが」
救出されたクラスメイトPの服は炭化寸前で、触れると崩れそうだ。髪もちりちりしているし、眼鏡もベルトのバックルもくにゃりと曲がっている。その辺、地味だがムービースターだとは思う。
「で、針上さんはどっちに?」
「向こう。……うん、行こっか」
何しろ、ツッコミ始めたらきりがないし――もう、本当に時間がないのだから。
* * * * *
少女は黙々と弁当を口に運んでいた。最初はおずおずと、今はぱくぱくと。
「慌てなくても、弁当は逃げへんよ」
少女は上目遣いに小瑠璃を見る。
「どう、美味しい?」
「美味しい……」
小瑠璃は微笑んだ。
「ねえ、どうして……」
少女が口を開いたその時、やっと追いついたクラスメイトPが声を上げる。
「針上さん!」
「……来よった。追っ手や」
「追っ手?」
少女は困惑した。追っ手といえば、小瑠璃だってそうだ。なのに小瑠璃は少女の手を引いて立たせると、クラスメイトPを指差して高らかに言う。
「これはうちらで一緒に頬張るんや、このちりちり魔人が! ……さ、行くで」
小瑠璃は少女を車に乗せると、アクセルを踏み込む。ミラーには戸惑う彼女の仲間が映っていた。
「行っちゃった……。ちりちりって、僕……?」
クラスメイトPは唖然とした。残されたのは弁当の重箱と風呂敷のみ。アオイと道満も言葉がない。
重箱の下に紙が挟んであるのを見つけ、アオイはそれを引っ張り出す。走り書きだが、メモだ。
『会場、先に行って待ってて』
「うっわ、策士……」
彼女は苦笑いをすると、二人に声をかけた。
* * * * *
運動公園、グラウンド近く。小瑠璃は車を停めると、少女とベンチに座り込んだ。
子ども競技の時間が近く、親子連れが何組も彼女等の前を通る。彼らの表情は皆明るい。
「あの子ら、運動会に行くんやで。景品を楽しみにしとるんや。……それ、全部うちらが持ってるんやけど」
少女は青ざめて小瑠璃を見た。瞳が涙で潤んでいる。
「それで、なの。……どうしよう」
小瑠璃は少女の肩に手を回す。
「どうしようなぁ。運動会、行ってくる? それか、うちと一緒にお菓子配って、みんなと仲良うしようか。……それとも、また逃げる?」
小瑠璃はニカッと笑う。少女の両肩に、別の手がポン、と置かれた。
「どうすればいいか、あんたが一番分かってるでしょ」
「遅かったな、新倉さん」
アオイは息が完全に上がっている。ずっと走ってきたのだ。
「針上殿が無茶をするからだ」
クラスメイトPを抱えた道満が言う。流石に疲れた様子だが、余裕の笑みを浮かべてみせる。
「童よ、その菓子は単なる甘味だが、運動会に参加して得ればそれ以上の価値を持つのだ。幸運な事に、まだ運動会は続いておる。味わうならどうじゃ、参加してみんか。体を動かした後に食う菓子は格別ぞ」
ちりちり魔人ことクラスメイトPがにっこり笑む。
「キャッ!」
真剣に怯えて小瑠璃にしがみつく少女に、クラスメイトPは少々傷つく。……うん、今はね。この格好だから。
「……大丈夫、しばらくしたら治るから。あのね、何かお菓子が欲しい事情があるなら、僕も出来る限り協力するから。もし良かったら、一緒に運動会に行こうよ。植村さんもOKだと思うし。君はきっと、元気な顔の方が似合うから」
アオイはぽんと手を叩く。
「よっしゃ。じゃあ、もうこのまま出場しちゃおう。道満さんも行くでしょ?」
「おうとも。我だって、菓子を楽しみにしておったのだ」
「コルリは……」
少女が小瑠璃を見上げる。
「ああ、名前おぼえてくれたんやね。もちろん出るで。一緒に走ろうな」
少女は涙をいっぱいに蓄えた目で、それでも精一杯笑った。
そして言う。
「……あたし、みんなにごめんなさいって、言ってくるから。そしたら、一緒に行こうね」
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クリエイターコメント | 発注ありがとうございました。 とても楽しく書かせていただきました。 初めて納品させていただくノベルですが、PL様にご満足いただけたら、と思います。
今回は本当に、ありがとうございました! |
公開日時 | 2008-11-09(日) 13:50 |
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