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<ノベル>
レドメネランテ・スノウィスは上機嫌だった。
茜色のヴェールが空を覆いつくす光景も、いつもよりも美しく見える。
今日は、兄と慕っている者に動物園に連れて行ってもらい、思う存分楽しんだ。そのことを思い出すと、自然と笑みがこぼれる。
彼は、軽やかな足取りで、しばらく歩いていたが、ふと違和感を感じ、足を止めた。そして、周囲に目を向ける。
人がいない。
あまり人通りの多い道をたどってきたとは言えないものの、全く人がいないというのは奇妙だ。しかも、周囲に並ぶ店や家などにも、人の気配がしない。まるで、ゴーストタウンにでも紛れ込んだかのようだった。
空を見上げてみる。
灰色の雲が重く垂れ込め、何ともいえない不気味な色合いだった。彼は怖くなり、足を急がせる。しかし、歩けども歩けども、誰にも会うことはない。人間どころか、動物も見当たらない。
その時、何かが聞こえてきた。
(誰か人がいる!)
そう思った彼は、音のした方角へと急ぐ。近づいてみると、それは、歌のようだった。
Snaky Mermaid Snaky Mermaid わたしはだあれ?
Snaky Mermaid Snaky Mermaid あなたはだあれ?
Snaky Mermaid Snaky Mermaid わたしはだあれ?
まるで、機械で作ったような、無機質な歌声。
なのに、レドメネランテには、何故だか哀しげに聞こえた。
そう思うと、少し、恐怖が薄らいでくる。
気がつくと、目の前を遮る者がいた。
小さなフランス人形のような姿で、ベビーカーのようなものを押している。
そこに、表情は全くない。
「キミは、自分が誰だか知りたいの?」
そう問いかけても返事はなく、代わりに、小さなアルバムが目の前で開かれた。
『Snaky Mermaid Snaky Mermaid このひとだあれ?』
そこには、見たこともない中年の男性の顔が浮き出ている。
「ごめん。分からない」
そう答えた途端、レドメネランテは、自分の体に異変を感じた。
思わず手を見ると、そこに、彼の見知った手はなかった。
「何……? お兄ちゃ、たすけてっ……!」
レドメネランテの叫びは、虚しく響いて消えた。
□ □ □
宝珠神威は、『whimsical all-rounder』の事務所でくつろいでいた。
窓から西日が差し込み、彼女の顔を斑に染める。それに目を細めていると、電話が鳴った。
「はい。whimsical……」
「娘を助けてください!」
切羽詰ったような女性の声が、神威の言葉を遮る。
「どうされたのですか?」
神威が、至極丁寧な声音で、女性をなだめると、彼女は段々と落ち着きを取り戻し、経緯を話し始めた。
どうやら、彼女の娘が、スネイキー・マーメイドという者に攫われたらしい。
それと、もうひとつ分かったことがある。
彼女の家は、裕福だということ。
彼女の娘の命に関わるかもしれず、その上、報酬も期待できそうだと判断した神威は、依頼を承諾し、電話を切った。
□ □ □
「取島さ〜ん!」
知人に頼まれた本の挿絵の原稿を渡しに行った帰り道、取島カラスは名を呼ばれ、声のした方を見た。
すると、人だかりが出来ている学校の校門から、見覚えのある少女がふたり、飛び出してきた。彼女たちは、ガードレールをまたぎ、左右を確認してから、こちら側へと渡って来る。
「やぁ、沙羅君と梢君。久しぶりだね」
「お久しぶりです。それより、ダイノランドの件でもご迷惑をおかけしたんで、大変心苦しいんですが、お願いがあるので聞いてください」
沙羅が、申し訳なさそうな表情をしながらも、有無を言わせない口調で言う。
「うん。俺で力になれることならいいけど……また事件?」
「はい。実は……」
カラスの言葉に頷き、沙羅はスネイキー・マーメイドのことや、そのコレクションとなってしまった少女たちのことを話す。
「そうか……その、真の名前を見つければ、全ては元に戻るんだね?」
「はい。多分……もともと、スネイキー・マーメイドの話自体が噂みたいなものだったから、それも本当のことなのか分からないですけど」
「いずれにしろ、考えてみる余地はありそうだね」
「じゃあ、これから家のカフェで作戦会議しません? 母が、夏向けに新しいパフェを作ったので、それの試食も兼ねて」
そこで梢が、カラスと沙羅の会話に、笑顔で割り込んでくる。
「本当? それは楽しみだなぁ」
甘いものが好きなカラスには、ありがたい申し出だった。
「あたしも楽しみだけど、何ていうか……まあ、いいか」
途中で言葉を飲み込んだ沙羅を、梢は不思議そうな顔で見、カラスは苦笑いを浮かべた。
□ □ □
「ふーん。なるほどね……後は、どうやって遭遇するか、だよね」
崎守敏は、手にした資料を見ながら、ぶらぶらと歩いていた。
日はもう傾いているものの、その力は、まだ強い。暑いのが苦手な敏は、近くにあったカフェに入ることにする。
「やあ、敏君。奇遇だね」
入ってすぐに、見知った顔と出会う。
「ああ、こんにちは、カラスさん。この世に偶然はないんだよ」
「それは、君の持論?」
「さあね。……そこ、いいかな?」
敏は曖昧に答えてから、ひとつ空いている席を指差す。
「どうぞ」
カラスがそう言うと、敏は礼を言ってから座り、アイスティーを注文する。二人の少女とも、挨拶を交わした。
「ちょうど良かった。せっかくだから、敏君にも手伝って欲しいんだけど……」
アイスティーを飲んで一息ついた敏に、カラスは今までの経緯を話す。敏は、思わず笑い声を漏らしてしまう。
「本当に『奇遇』だね! 僕もスネイキー・マーメイドについて、調べてたんだ」
□ □ □
神威は、事件の起きた高校に足を運んでいた。そこには立ち入り禁止のテープが張られ、十数人の人物が忙しく動き回っていた。恐らく、警察と対策課の者たちだろう。
彼女は、しばし考えた後、対策課の職員と思われる女性に近づき、穏やかに声をかけた。
「お忙しいところ失礼します。私、宝珠神威と申します。こちらで姿を消されたお嬢さんのお母様からご依頼をいただきまして、スネイキー・マーメイドについて調査をしているのですが、もし宜しければ、ご協力いただけないでしょうか?」
女性は、最初は警戒していたようだが、怪しいところはないと見て取ったのか、微笑んだ。実際、銀幕市のあちらこちらで起きる事件は、神威のようなムービースターを始め、住人の協力によって成り立っている。
「スネイキー・マーメイドについては、あまり詳しい情報がないんです。ただ、聞き込みや目撃情報から、今までスネイキー・マーメイドが出没した場所なら、ある程度分かっているのですが……」
そう言って、女性は、丸印があちらこちらについた地図のコピーを、神威に手渡す。神威は礼を言って受け取ると、地図に目を通した。
一見して、何の関連性も見出せないようなバラバラな形。
でも、何かが引っかかった。
「ここで消えたの」
すると、そこに明るい声が割り込んできた。茶髪の快活そうな少女だ。制服を着ているから、ここの生徒だろうか。
他には、同じ制服を着た少女がひとりと、眼鏡をかけ、ぼさぼさの頭に、着古したようなシャツを着た男性、上下真っ黒の服に、赤いスカーフを着けた少年が何かを話し合っている。
恐らく、彼らもスネイキー・マーメイドのことを調べているのだろう。
神威は、しばし迷った後、彼らに声をかけてみることにした。どちみち同じ道をたどるのならば、最初から組んでいた方が効率が良い。
彼女は、いつものように穏やかな笑みを浮かべながら、そちらへと向かった。
□ □ □
「ようこそ、スネイキー・マーメイドの腹の中へ」
レドメネランテが目を開けると、長い黒髪の少女の姿が目に入った。彼は、事態がまだ飲み込めず、首を巡らせる。隣には、目の前の少女と同じ制服の少女がいる。彼女は、顔を歪ませると、急に泣きだした。
「また被害者が……私たち、一生ここから出られないの……? そんなの嫌!」
「ああもう、ピーピー泣くんじゃないわよ。みっともない」
長髪の少女が素っ気無く言うと、奥のほうから、男性の声がかかる。
「お嬢ちゃんだって、昨日ピーピー泣きながら土下座してたじゃねぇか」
「ふっ。そんな過去の話は忘れたわ。私は前向きな女なの」
長髪の少女は、片手で髪をかき上げると、胸を張る。すると、泣いていた少女が、顔をあげた。
「泣きながら土下座なんかしたの!? 深井さんの方が、よっぽどみっともないじゃない! 笑っちゃう」
「喧しいわよ長田。黙りなさい」
「ちょっと、呼び捨てにしないでくれる!? 大体、深井さんのせいで、こんなことになったんじゃない!」
「貴方が勝手に私のこと喋ってここに来たんでしょ? 言いがかりはやめてくれない?」
「じゃあせめて、ここから出る方法を考えるとかしてよ!」
「最終手段を使って駄目だったんだから、諦めるしかないわ」
「最終手段って、もしかして土下座のこと!? 深井さん、あなたどんだけ!?」
「うるさいわね! 私は今まで土下座で数々のピンチを乗り越えてきたのよ!」
「あ、あの……」
「何!?」
「何なの!?」
レドメネランテは、二人の気迫に圧倒されながらも、何とか言葉を搾り出す。すると、二人の少女は、揃ってこちらを向き、睨みつける。彼は勇気を振り絞り、尚も言った。
「お、落ち着いてください」
すると、少女たちは顔を見合わせ、目をそらす。
「あ……ごめんなさい」
「悪かったわ」
レドメネランテは、とりあえず事態が落ち着いたのを見て取って、また周囲を見回した。分かったことと言えば、長髪の少女が『深井』、もうひとりが『長田』という名前だというくらいだ。
周囲は、どこまでも暗かった。
そっと手を伸ばしてみる。すると、まるで黒い霧が漂っているかのように、手の輪郭が薄れる。
恐る恐る立ち上がり、歩いてみる。足元は、どこかふわふわとしていて頼りない。耳を澄ますと、先ほどの男性の声や、色々な人たちの話し声が聞こえる。十人くらいはいるだろうか。
「何で、あの歌は、あんなに哀しそうだったんでしょうか」
レドメネランテが呟くと、長田が首をかしげる。
「あの歌って?」
「ええと……何とかマーメイドっていう……」
「ええ? そうかな? 私には、気味の悪い歌声に聞こえたけど……」
気味が悪い。
確かに、そうかもしれない。
でも、レドメネランテには、どうしても、哀しく聞こえたのだ。
そう思ったら、足が自然に動いていた。
□ □ □
「この辺りかな……?」
「ええ。そうですね」
カラスが首を巡らせながら言うと、神威は地図を見ながら頷いた。住宅街の中だったが、あまり人気はない。
あの後、神威が丁寧な自己紹介の後、事情を話し、目的が同じであることを確認した一同は、行動を共にすることになった。カラスは、中性的な顔立ちの神威を男性と間違えたことを申し訳なく思ったのだが、本人は別段気にしている様子はなかった。
神威は、地図を見たとき感じたことを、皆に伝えた。それは、一見不規則に見えるスネイキー・マーメイドの出没地域が、ある一点を囲むように示されていることだった。それぞれの地点から線を引いていけば、ちょうど、その点で交わる。
「あ。あそこに人がいるよ。ちょっと聞いてみようよ! おじーさーん!」
敏は、言うが早いか、歩いている老人のもとへと駆けていく。他の皆も、あとに続いた。老人は、奇妙な一行に一瞬目を細めたが、最近の銀幕市では珍しいことではないので、何も言わなかった。
「おじいさん。ここら辺で、何か変なことがなかった?」
「変なこと、と言われてもねぇ……」
考え込んでしまった老人に、敏は付け加える。
「ええっとねぇ。そうだなぁ……暗い事件。殺人とか、自殺とか」
すると、老人の眉が、ぴくり、と動いた。それを目ざとく見つけた敏が問い詰めると、老人は話し始めた。
「ここかぁ。……入れるかな?」
古ぼけた一軒の家の前で、敏が声を上げる。
老人の話によると、数年前、この家で、殺人事件が起きたということだった。一家三人全員が鈍器で撲殺され、また、その犯人と思われる者も、少し離れた場所で、他殺体で発見された。五歳になったばかりの娘は、何かを抱えるような奇妙な姿勢で死んでおり、そして、犯人とされた男のそばには、小さな足跡のように、血の跡が点々とついていたという。
一同が、家の周囲を調べているとき、神威の携帯電話が鳴った。
「はい」
それは、先ほどの対策課の女性からだった。何か情報があったら教えてほしいと、念のために連絡先を教えておいたのだ。
「……はい。ありがとうございます。失礼します」
神威は、通話を終えると、地図に印をつけてから、皆の方に向き直る。
「また、被害者が出たそうです。位置はここ」
「これは……早く行ったほうがいいかもしれないね」
カラスの言葉に、敏と神威も頷く。
今回の被害者で、十一人目。
丸印がついた場所は、十一ヶ所。
時計の文字盤の、十二時に当たるような場所だけが、ぽっかりと空いていた。
□ □ □
どれくらい歩いただろうか。
周囲は、相変わらず闇が立ち込めている。
後ろを振り返ると、もう誰の姿も見えない。
レドメネランテは、怖気づきそうな心を励ましながら、不安定な足場を行く。
「ねぇ、誰かいないの?」
彼の言葉は、どこにも反響せずに、すぐに闇に吸い込まれる。
一歩、一歩。
足取りが重くなるのを感じながらも、進む。
『やめて。こっちにこないで』
その時、かすかな『声』をレドメネランテは聞いた。
「誰? そこにいるの?」
『またわたしをいじめるの? パパとママに、ひどいことするの?』
悲痛で、弱々しい叫び。
「僕は、そんなことしないよ。約束する」
『ほんとに?』
「本当に」
しばしの沈黙。
『ぜったい? ほんとにぜったい?』
「うん。本当に絶対」
そして。
レドメネランテの目の前に、小さな少女の影が、現れた。
□ □ □
「あのさ」
道を急ぎながら、カラスは口を開く。
「スネイキー・マーメイドのこと、どうする?」
それを聞き、先に答えたのは神威だった。
「アルバムに魔力があるのなら、アルバムを見せられる前に倒せば良いと思います」
「敏君は?」
「まあ、助けてあげないと、被害者の人たちが可哀想だよね」
「うん。……ちょっとさ、待って欲しいというか、俺、問答無用で切りつけるようなことはしたくないんだ」
すると、神威は笑みを貼り付けたままの表情で言う。
「依頼ですから。私はそれを優先します」
「うん、分かってる。でも、少しだけ猶予が欲しい。何にもならなかったら、速攻で倒していいから。……駄目かな?」
神威は、しばし考え込んでから、口を開いた。
「分かりました。ただし、少しでも危険があると判断したら、すぐに潰します。……良いですね?」
続いて敏も、ニヤニヤしながら頷く。
「カラスさんなら、そういうこと言うかなって思ったけどね。でも、『切り札』も微妙なラインだから、何とも言えない部分もあるけどね」
「二人ともありがとう。……ところで敏君、切り札って?」
「真の名前だよ。スネイキー・マーメイドの」
「ああ、忘れてた! 敏君、分かったの?」
「うん」
あっさりと頷く敏に、周囲の興味が集まる。
「スネイキー・マーメイドはね、真の名前を、ずっと言い続けているんだよ」
「どういうことですか?」
神威の問いに再び頷き、敏はポケットからメモ帳を出し、そこに文字を書く。
Snaky Mermaid
「スネイキー・マーメイドって、こう書くでしょ? ……これね、アナグラムになってるんだ。だから、文字を並び替える!」
My name iS dark
「My name is dark――私の名前は闇。成る程……」
神威が呟くと、敏は頭の後ろで腕を組む。
「でもね。何かスッキリしないよね。暗号としてはスッキリするんだけど、『闇』って、名前としてどうなんだろう?」
「あの、すみません」
そこで唐突に、それまで黙っていた梢が、声を上げる。
「誰か、充電器とか持ってません? デジカメのバッテリーが切れちゃって……」
「梢」
「な、なぁに? 沙羅ちゃん」
ドスの利いた声で名を呼ばれ、梢は少し怯えながらも聞き返す。
「なぁに? じゃないでしょ! あんた、それで何を撮るつもり!?」
「梢君ってさ、ダイノランドの時も思ったけど、結構肝が据わってるよね」
後ろで騒ぐ女子二人を見ながら、カラスは肩をすくめる。敏は声を上げて笑い、神威はいつもの笑顔のままだった。
□ □ □
「キミの名前は?」
問いかけるレドメネランテに、少女の影は、弱々しく動く。
『……わからないの。なくしちゃった』
それから、少し長い沈黙が訪れた。
『でも、もうすぐ、こわいことがおこるわ。わたし、わかるの』
「怖いこと……?」
レドメネランテが繰り返すと、少女の影は、泣き始めた。
『だから、みんな、ここにいちゃだめ。……でも、でも、わたしには、みんなをにがすほうほうがわからないの。わたし、なんにもわからない……』
レドメネランテは、胸が苦しくなるような思いがした。けれども、どうしていいのか、自分にも分からない。
「泣かないで……きっと、大丈夫だから」
大丈夫。
本当に、自分たちは、大丈夫なのだろうか。
□ □ □
Snaky Mermaid Snaky Mermaid わたしはだあれ?
宵に紛れて、闇を名乗る者が迫る。
Snaky Mermaid Snaky Mermaid あなたはだあれ?
ターゲットはすでに決まっているのだろう。皆、その前に防ぐつもりだった。
Snaky Mermaid Snaky Mermaid わたしはだあれ?
まずは、カラスが出る。
「ねぇ、君はどうしてこんな事をしているのかな? 何が目的なんだ?」
すると、小さな人形は、ニタリ、と笑った。
「ごめん、カラスさん! タイムリミット!――君の名はDark! 闇だ!」
敏は、陰から飛び出すと大声で言い放った。
うろぉぉぉぉぉぉぉん。
獣の遠吠えのような悲鳴が、辺りにこだまする。
そして。
闇が、解き放たれた。
□ □ □
「何だ!? 何が起きてる!?」
「助けてぇ!」
「いやぁぁぁぁっ!」
突然の震動に、スネイキー・マーメイドの『腹の中』はパニックに陥っていた。
『わたし、もういかなくちゃ。――あなたたちはにげて』
「待って!」
レドメネランテは、周囲の闇に溶けそうな少女に、つい声をかけていた。
「キミは、それでいいの?」
震動は、ますます激しくなる。
『いやよ、いや! こわい! こわいの! でも、しょうがないの! ――おねがい。わたしのなまえをおしえて! わたしのなまえをよんで!』
「でも――」
僕は、キミの名前を知らない。
□ □ □
「壁!」
神威の言霊が発動し、目の前に頑丈な壁が現れる。
闇の触手は、その表面に防がれたが、脇から侵入してきた。沙羅と梢は悲鳴を上げる。しかし、彼女たちに届く少し手前で、カラスの龍水剣により断たれる。沙羅たちは、その場にへなへなと座り込んだ。
「弾弾弾弾弾弾弾弾弾っっっ!」
神威は、闇が一歩退いたの隙をつき、弾丸を次々具現化しては、嵐のように浴びせかける。しかし、それはあまり効いているようには見えなかった。
彼女は小さく舌打ちしてから、また壁で向こうの攻撃を防いでから、次の策を巡らす。
(相手が闇ならば――)
「皆さん、目を閉じて!」
そう言ってから、神威は続けて言い放つ。
「光!」
うろぉぉぉぉぉぉぉん。
眩い光が迸り、周囲を照らした。闇は、悲鳴を上げる。
のたうち回る闇の手が、無造作に繰り出された。カラスは、少女たちを守るように、次々とそれを叩き斬る。
□ □ □
「キミの名前は」
何だか、騙すようで、心苦しかった。
でも、このままいかせてしまうことは、出来ないと感じた。
「エミィ。――キミの名前は、エミィ!」
その瞬間。
闇の少女は、光を纏った。
□ □ □
「見えた! 神威さん、もう一回お願い!」
敏の言葉への返答の代わりに、再び光が迸る。
闇が裂けていったそこに見えたのは、小さなフランス人形。
アトヒトリダッタノニ。
ソレデアノコハヨミガエッタノニ。
「それは、片思いだったと思うよ」
敏は、銀色の銃を解き放つ。
うろぉぉぉぉぉぉぉん。
そして、闇は弾けた。
■ ■ ■
かくして、事件は無事解決……したんだけど、この話、続きがあるの。
梢のバカが、「デジカメはダメだったけど、スネイキー・マーメイドの歌をMP3で録れたの〜!」とか言うから、恐る恐る聞いてみたわけよ。そしたら、こんな声が入ってたの。
『わたしはエミィ。よろしくね』
あたしたちは、何気なく日常にいて、何気なく日常を過ごして、何気なく大切な人たちの名前を呼んでいる。
でも、それって、いつまで続くのか、いつ終わるのか、誰にも分からない。
それは、とてもリアルなことなのに、現実味がないというのは、何だか不思議だと思う。
それじゃ、今回の話はこれでおしまい。
また会えたらよろしくね。
サラ
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クリエイターコメント | こんにちは。鴇家楽士です。 ぎりぎりのお届けとなってしまいました……お待たせ致しました。スネイキー・マーメイドのアルバムをお届けします。 今回は、皆さんのプレイングにより、色々と変化がありました。そして、書いてくださったことも、ところどころ使わせていただいたりしました。 素敵なプレイングを、ありがとうございました。 あとは、少しでも楽しんでいただけることを祈るばかりです。 改めて、ありがとうございました! |
公開日時 | 2007-08-05(日) 09:50 |
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