★ 【神さまたちの夏休み】天よ震えよ!地よ裂けよ!人よ叫べよ、我が名は…… ★
<オープニング>

 それは、何の前触れもなく、唐突にやってきた。

 銀幕市タウンミーティングがいったん終了となり、アズマ研究所の件はいまだ片付かないものの、あとはどうあれ先方の出方もある。
 そんなときである。リオネが勢い込んで、柊邸の書斎に飛び込んできたのは。
「みんなが来てくれるんだってー!」
 瞳をきらきらさせて、リオネは言った。嬉しそうに彼女が示したのは、見たところ洋書簡のようだった。しかし郵便局の消印もなければ、宛名書きらしきものも、見たことのない文字か記号のようなものなのだ。
「……これは?」
「お手紙ー」
 市長は中をあらためてみた。やはり謎の文字が書かれた紙が一枚、入っているだけだった。
「あの……、これ、私には読めないようなんだけど……」
「神さまの言葉だもん」
「……。もしかして、お家から届いたの? なんて書いてあるのかな」
「みんなが夏休みに遊びに来てくれるって!」
「みんなとは?」
「ともだちー。神さま小学校の!」
「……」
 どう受け取るべきか、市長は迷った。しかし、実のところ、リオネの言葉はまったく文字通りのものだったのだ。
 神さま小学校の学童たちが、大挙して銀幕市を訪れたのは、その数日後のことであった。

★ ★ ★

「ついに! ついにこの日がやってきたわっ! 天にも昇る気持ちって、こーゆーときに使うものなのかしら?! あぁ、今日という日が一生つづけばいいのにっ!」
 大仰に両手をひろげて瞳を輝かせる少女に、道行く人々は奇異の視線をあびせている。彼女のことを大きくよけて歩く親子もいた。
 言動はもとより、少女は日本という国にあまり似つかわしくない格好をしており、それもまた市民の注意を集めている。可愛らしいフリルで飾りつけられた純白のドレス姿だ。
「お、おい、アグネ! やたら目立ってんぞ。いいかげん落ち着けよ」
 まわりの様子をうかがいながら少年が言う。こちらはTシャツにジーパンという、いたって普通のいでたちだ。
「なに言ってんの、ディオン。こんなにも素晴らしい日に落ち着けってほうが無理でしょ? よっつのこ〜ころ〜が〜ひとつになれ〜ば〜」
 上機嫌に鼻唄まで歌い出した少女――アグネに、少年――ディオンは軽くため息をついた。
「おまえたちもなんとか言ってくれよ」
 すがるような口調で後ろにいる二人の友人に声をかける。
 一人はぽっちゃり系の男の子で、紺のブレザーがはちきれんばかりだ。首もとの蝶ネクタイがみょうに愛らしい。
 もう一人は天使のような笑顔を浮かべた美少年で、特に半ズボンが犯罪級だった。
「そんなこと言われても……」
 ぽっちゃり系――ルキアスがごにょごにょと口ごもる。
「ねーねー、アグネちゃんはどうしてそんなにうれしいの? 地上に来れたからそんなに楽しいの?」
 無邪気な調子で美少年――マキスがたずねた。
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれましたっ!」
 アグネの瞳にアヤシイ光がともる。
 ディオンとルキアスはほぼ同時に身をふるわせた。アグネがこういう目をするときはたいていロクな事にならない。
「地上には、このアグネちゃんが尊敬してやまない、たーくさんのスパロボたちがいるのですっ!!」
 びしぃっとどこか遠くを指さすアグネ。沈黙するしかないディオンとルキアス。
「てへっ」
 と小首をかしげる同級生の腕をとって、今すぐ天界へ帰ろうとディオンが決心したとき、またもやマキスが邪気のない微笑みで質問する。
「ねーねー、アグネちゃん。スパロボってなーに?」
「いや、おまえ、それを訊くかっ?! ここでそれを訊くのかっ?!」
 必死にツッコむディオンを無視して、アグネはすでに妄想モードだ。両手を胸の前で組み合わせて、乙女のポーズ発動。
「スーパーロボットのことよ! スーパーロボット、略してス・パ・ロ・ボ(はぁと)」
「アグネちゃん、語尾にハートマークが付いてるよ。本当に好きなんだね。ス・パ・ロ・ボ(はぁと)」
「いや、ちげーし! つっこむとこ、そこじゃねーし!」
「でね、わたしね、地上に着いたらぜっっっったいやりたかったことがあったのっ!」
「なになに? アグネちゃんのやりたいこと、ぼくも知りたいな〜」
「おい、マキス! おまえ、わざとやってんだろ? ぜってーわざとだっ!」
 そこで、マキスがくるりとディオンのほうを振り向く。
「ディオンくんったら、ちょっとうるさいぞっ(はぁと)」
 遠心力をプラスしてイイ感じに力の乗った回し蹴りが、イイ感じにディオンのみぞおちにヒットする。「ぐほっ!」とうめいたきり、声もなく崩れ落ちる少年。
「いつ見ても見事な蹴りだよ……って、ディオンくん、大丈夫?!」
 あわててルキアスがディオンを抱き起こす。
「で、アグネちゃんはなにをしたいのかな?」
 天使の笑みはかけらも崩れない。
「えっとねぇ、それはねぇ。ふふふ。わたしの造ったロボットで地上の平和を守ることなのですっ!!」
 真っ白に燃え尽きた様子のルキアスが、ディオンの体を取り落とす。ぐきっと奇妙な音が聞こえた気がしたが、そんな些細なことなど、もはやだれも気にとめなかった。
「それは楽しそうだね! 地上の平和を守る任務、ぼくもごいっしょしていいかな?」
 親指をぐっと突き立てるマキスに、「もちろんよ!」と同じポーズを返すアグネ。
「じゃあ、さっそくだけど、これがロボットの名前ね」
 そう言って、ポシェットから取り出した紙切れをマキスとルキアスに手渡す。
「……はっ?! 自分を見失っているうちになにやら巻き込まれた予感だよ?!」
 正気に返ったルキアスの顔に縦線が入るのと、気を失ったままのディオンの延髄に気付けの一撃が入るのとは同時だった。
「ディオンくん、いつまでも寝てちゃだめだよ(はぁと)」
「ぐはぁっ!」

「で? おれもそのスーパーロボットとやらに乗ればいいわけ?」
 ディオンは手の中にあるくしゃくしゃの紙切れに視線を落とした。自分が知らないうちに話がまとまっていたようで、どうやら逃げることは不可能っぽい。ルキアスだけが現状に不満を持っているようではあったが……
 一瞬殺気を感じてそっと振り返ると、マキスがこれ以上ないくらいの満面の笑みだった。
「……あー、アグネ。で、おれはまずなにをすればいいわけ?」
「まずはみんなでロボットを呼ぶの。さぁ、太陽に向かって手のひらをかざしましょう!」
 こちらもまた満面の笑みでアグネが手を挙げる。
「いぇす、ますたー!」
 マキスだけが喜々として元気よくそれにならう。ディオンとルキアスもしぶしぶながらポーズをとった。
「さぁ、呼ぶわよ。天よ震えよ! 地よ裂けよ! 人よ叫べよ、我が名は……」
 そこで一瞬溜めをつくる。ここで四人が心をひとつにロボットの名を叫ばなければならい……らしい。
 耳たぶまですっかり赤く染まってしまったディオンも、覚悟を決めて大きく息を吸い込んだ。
「超プリティー天使ロボ アグネイザー!!」
 四人の声が唱和した。
 ついにやってしまったという精神的ダメージから、ディオンは激しい脱力感に襲われた。なんだかわからないが、すべてがどうでもよくなっていく。
 ところが、なにも起こらない。
「ろ、ロボットが出てくるんじゃなかったのか?」
 不思議に思って尋ねると、なぜかアグネが涙ぐんでいた。
「え? ちょ、なに? うそ? おれ、なんかした?」
「ディオンくん、ちがうよ。ぜんぜんちがう」
 しゃくりあげながら、首を横に振る。ぱっちりとした瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「な、な、なにがちがうんだよ?」
 わたわたと意味もなく両手を動かしながら訊く。
「『アグネイザー!!』じゃ駄目なの。『アグネイザァァァァァ!!!』じゃないとっ!!」
 空白。
「……ええっと、ちがいがわかんないんだけど」
「駄目だなぁ、ディオンくんは。明らかにちがうじゃん」
 マキスが楽しそうに言う。
「いや、おまえには言われたくねぇ!」
 とツッコんだものの、アグネはいっこうに泣きやまなかった。
 いつもいつもこの調子でやっかいごとに巻き込まれるディオンだったが、だからといって彼女のことを嫌っているわけでもない。
「ええい! やってやるぜ! みんな、よく聞いとけよ!」
 やけくそ気味に叫ぶ。
「アグネイザー!! アグネイザー!! アグネイザァー!!!」
「あ、最後のちょっと近かったよ」
「だから、おまえには言われたくねぇ!」
 
 いつまでもロボット名を叫びつづける少年とそれを見守る少女。そして、その四人の六歳児を腫れ物にでも触るように遠巻きに見つめる群衆。
 はたして超プリティー天使ロボ・アグネイザーは無事にこの地上を守ることができるのだろうか?
「うーん、ぼくもうまく言えてない気がするんだけど。アグネちゃんにつっこまれなかったよ」
 ルキアスのつぶやきにマキスが答える。
「アグネちゃんはディオンくんが好きだからね」
「え? そうなの? 知らなかったよ」
「けっきょくディオンくんのかっこいい姿を見たいだけなんだ」
 どこか寂しそうにしているマキスに、ルキアスはなんと言ってやればいいのかわからない。
「マキスくん、もしかして……」
「ま、ぼくはそんなディオンくんが振り回されてボロボロになってる姿を見たいだけなんだけどね(はぁと)」
「うわっ! マキスくん、笑顔が神々しいまでに輝いているよっ! だけど、言ってることはとっても外道だよっ!」

種別名シナリオ 管理番号186
クリエイター西向く侍(wref9746)
クリエイターコメント二つ目のシナリオになります。西向く侍です。
前回がシリアスな内容でしたので、今回は思いっきりギャグ調子にしました。

アグネ、ディオン、マキス、ルキアス、神さま学校の児童四人はこのあと、魔法によって実体化した巨大ロボット、アグネイザーに乗り込むことになります。
アグネは地上の平和を守るためと称して、敵も同時に作り出すことにします。それがブラック・アグネイザーです。
ブラック・アグネイザーのパイロット四人は無作為に市民の中から選ばれます(無理矢理パイロットルームにテレポートさせられます)。
PCはその四人のパイロットとなり、街に被害が及ばない異相空間でアグネイザーと戦うことになります。

シナリオの最終目的は、アグネイザーに勝利することではありません。アグネイザーを倒しても、アグネの望みは達成されないからです。
そう、アグネの望みはマキスが言っているように、大好きなディオンの活躍する姿を見ることなのです。
そこで、PCのみなさんにはいかにも悪役らしく振る舞いつつ、最終的にはわざと負けてもらいます。このシナリオのポイントはいかにディオンをかっこよく見せるか、です。

ちなみに、ブラック・アグネイザーにはパイロットの能力を機体に反映させるシステムがあります。銃の得意なPCが動かせば銃が得意になります。空を飛べるPCが乗れば空を飛べます。ブラック・アグネイザーをPCの分身として動かしてください。また、ロボットを降りて事件解決のため別行動をとることも可能です。

参加者
吾妻 宗主(cvsn1152) ムービーファン 男 28歳 美大生
崎守 敏(cnhn2102) ムービースター 男 14歳 堕ちた魔神
赤城 竜(ceuv3870) ムービーファン 男 50歳 スーツアクター
クレイジー・ティーチャー(cynp6783) ムービースター 男 27歳 殺人鬼理科教師
<ノベル>

「な、なんなんだよ、これは……」
 ディオンの眼前に信じられない光景がひろがっている。まるでビルの屋上から銀幕市を俯瞰(ふかん)したかのような眺めだ。左右を見渡せば、実際に高層ビルよりさらに上方に目線があることがわかる。
「全天周囲モニターよ」
 ディオンのだれにとはない問いかけに、アグネが答える。答えたものの、ディオンからの反応がないので小首をかしげた。
「ディオンくん?」
 ディオンはアグネの呼びかけに気づかないほど興奮していた。
 モニターには外の景色のほかに、たくさんの情報が明滅している。天界文字で流れていくそのすべてを読みとることはできなかったが、おおかたの意味が頭の中に直接届いた。
「おれは、こいつの動かし方を知っている?」
「そうみたいだね。ぼくの頭の中にもいつの間にかこれの操縦法が入っているよ」
 ルキアスが震えながら言った。武者震いだろう。
 ディオンはタッチ式の操作パネルに指を置いた。
 ぽっと緑の光がひとつともり、つぎの瞬間、連鎖するように赤や橙色の光がひろがっていく。まるで光の蔦がパネルを這っていくようだ。
「すごい……」
 思わず見入ってしまう。
「メインシステム起動。マキスくん、駆動系のチェックをおねがい」
「いえす、ますたー」
 アグネの呼びかけに、敬礼を返すマキス。
「右肩および右腕肘部、オールグリーン」
 マキスはなめらかな指の動きで、各ジョイント部分の油圧系の異常の有無をチェックしていく。
「本当に、こいつを動かすのか?」
 再度つぶやくディオンの肩に、うしろのシートからアグネが手を伸ばした。優しく触れる感触に振り返ると、可愛らしい笑みがある。
「もちろんよ。さぁ、ディオンくん、操縦桿(レバー)を」
 ディオンはおそるおそるアグネイザーの操縦桿をその手にした。



――オープニングテーマ『舞え!戦え!超プリティー天使ロボ・アグネイザー!』

やさしさ満ちる緑の地上に 邪悪の黒い影が迫り来る
空の光を奪うため 大地の命を奪うため 人の微笑み奪うため

太陽をさえぎる黒い雲 引き裂き轟く正義の叫び
(ディオン)「天よ震えよ!」
(ルキアス)「地よ裂けよ!」
(マキス) 「人よ叫べよ!」
(アグネ) 「我が名は……」
(四人唱和)「超プリティー天使ロボ・アグネイザァァァァァ!!」
希望の力をたずさえて 今こそ降臨 超プリティー天使ロボ

岩をも砕く プリティーナックル (当たれっ!)
海をも斬り裂く アグネイカッター (落ちろーっ!)
空を羽ばたく 超ウィング (やるなっ!)

必殺技は百八つ 無敵の力だ アグネイザー
地上の平和を守るため 天より降臨 アグネイザー



――第一話『戦慄!ブラック・アグネイザー登場!』

 とりあえず、吾妻宗主(あがつま そうしゅ)は絵筆を持った手をおろした。なにせ描き込むべきカンバスが消えてしまったので、それ以外にどうしようもない。
「すくなくとも大学の美術室じゃなさそうだな」
 座り心地の悪い丸イスに腰掛けていたはずが、いまや背もたれ、肘掛け付きの革張りのイスに変わっている。肘掛けからは、つるっとしたプラスチック面のテーブルのようなものが突き出ていた。
 ぐるっと周囲を見回すと、壁面は上下左右すべてなめらかな曲線を描いており、どうやら球体内部にいるようだった。
「これじゃあ、まるでコクピット……」
「ふはははは! 思い知ったか、ミソレンジャー! 地上は我らジャーマー帝国のものなのだっ!」
 宗主が言い終わらないうちに、絶叫が密室にこだまする。思わず耳をふさいで顔をしかめた宗主の隣のシートに、黒と金の鎧のようなもので着飾り、不気味な仮面をかぶった男が現れた。
「さぁ、ジャーマー獣よ! ミソレッドにとどめを刺すのだ! って、ん? ここは? ここはいったいどこだ? ジャーマー獣は? ジャーマー獣はどこへ?」
 マスクと鎧コスプレにもかかわらず、動揺がはっきりと見て取れるくらいリアクションが大きい。
「さっぱり状況がつかめん!」
 マスクをはぎ取ると、熱気と汗とにまみれた人の良さそうなおっさんの顔が現れる。スーツアクター、赤城竜(あかぎ りゅう)だった。
「なぁ、そこの青年。ここはどこだ?」
 宗主の存在に気づき、話しかける。
「俺もあなたに同じことを訊こうかと思っていたところです」
「そうなのか。うーん、この雰囲気、なんだかまさしくコクピットって感じ……」
「What? Why? Who? ナニナニ? ここはドコ?」
 疑問符いっぱいの台詞が、またもやどこからともなくわいて出た。今度は赤城のさらに隣のシートだ。
 白衣姿に縫合だらけの顔や腕、近所のスーパーの買い物袋を片手に、もう片方にはなぜか出刃包丁。銀幕市民でその名を知らぬ者はいない。生徒のためなら地獄の炎もなんのその。綺羅星学園のスーパー・サイエンス・ティーチャー。
「CT?!」
「クレイジー・ティーチャー?!」
 期せずして赤城と宗主の声が重なった。
「きみタチ、ここはドコダイ? ボクは実験薬品を買おうと思っテ、家を出たはずナノニ……」
「それが俺たちにもわかんねぇんだよ」
 赤城がぶんぶんと大きくかぶりを振る。
「これで三人目か」
 宗主が流麗な所作で、人差し指と親指を顎にもっていくのと、選ばれし第四の人物が言葉を発するのとは同時だった。
「三人じゃなくて、四人だね」
 黒いブレザーを着て、肘まである黒の革手袋をはめている。銀の腕輪の放つ光だけが漆黒に映えていた。
 赤城とは逆側の、宗主の横のシートに現れたのは、少女のような無邪気な笑顔を持った少年だった。
「はじめまして、だね。崎守敏 (さきもり びん)だよ。どうやら僕たちは拉致られちゃったみたいだね!」
 明るい声音に似合わない『拉致』という言葉が、その場に微妙な空気をただよわせた。
「ラチ? ホゥ、このボクをラチするたぁ、ふてぇヤローダ! ぶっころしてやるヨ!」
 CTだけが元気に包丁を振り回す。
「わっ、ちょ、危ねぇよ」
 なんとか取り押さえようとする赤城とCTの格闘を尻目に、宗主と敏はお互いに自己紹介をすませた。
「宗主お兄ちゃん、五人目はありえないかな?」
 敏の疑問に宗主が即答する。
「可能性は低いな。シートが四つしかない」
「なるほど、だね」
「問題は俺たちをここに連れてきた奴らの目的だな」
 言いながら、テーブルのようなものの表面に触れてみた。触れた箇所に緑色の光点が出現する。
「タッチパネルのようだな」
「僕にまかせて」
 『流離いの錬金術師』崎守敏は、科学と魔術の両方に精通する魔神だ。神の力と科学を結合させて造られたこの機械とは相性がいいのかもしれない。タッチパネルを易々と操作し、その瞳に理解の光をともしていく。
「宗主お兄ちゃん、これロボットだよ」
「なにぃ! ロボットだと! やっぱりここはコクピットなのか!」
 CTの一刀を真剣白刃取りの要領で受け止めていた赤城が、喜びを身体いっぱいに表現して叫んだ。
「ロボットとは、またトッピョウシもないネ!」
 自分こそ突拍子もない存在のくせに、棚に上げてCTが言う。
「モニターに外の様子を映すよ」
 敏の宣言とともに、全天周囲モニターがカメラで拾った外の映像を流しはじめた。
「銀幕市ダネ」
 赤城とのじゃれ合いに興味をなくしたのか、今の自分たちの境遇を知るチャンスのほうを重視したのか、CTがシートを離れちょろちょろと動き回る。コクピットは球体なのでモニターは湾曲しているはずなのに、四つんばいで壁に吸いつくようにカサカサと走っているのは気のせいか。
「うぉぉぉぉっ! ロボットだ! ロボットだな!」
 赤城は拳をかためて、無意味にテンションを上げている。
「とりあえず、ほっと一息か」
「異次元とか、魔界とか、宇宙とかに飛ばされたんじゃなくてよかったね」
 言葉とは裏腹に、敏は、現在位置が異次元や魔界や宇宙ではなく銀幕市だったことを少し残念がっている様子だ。もしかしたら『故郷』に帰れたかもしれないと少なからず期待していたのかもしれない。
「ここがロボットのコクピットだとして、動かせそうか?」
「うん、大丈夫だよ! こいつの操縦システムは理解したから」
 敏がぐっと親指を突き出した。
「どうすればいい?」
 身を乗り出して尋ねる宗主。思いのほかの迫力に、敏のお尻がシートの上で三センチほど後じさった。
「か、簡単だよ。想像すればいいんだ」
「想像する?」
「そうだよ。このコクピットでは、頭の中で思ったとおりのことが起こるようになってるんだ。だから、ロボットが動くところを想像すればそれで動いちゃうんだよ!」
「滅茶苦茶というか、安直過ぎるというか……」
「よぉぉぉし! まずは俺が動かす! 最年長の特権だっ!」
「おじちゃんが一番子供みたいだよ」
 敏のツッコみをものともせず、赤城がなにかを強く念じようとしたとき、モニターの一部が切り替わり、天使の微笑みを持った一人の美少年の映像が映った。
「ねーねー、お兄さんたちにお願いがあるんだけど……」



「お嬢ちゃんの純情可憐な願い、叶えてやらんわけにはいかんだろう。おっちゃんたちに任せておけ!」
 マキスからすべての事情を聞いたあと、まずは赤城が厚い胸板をどんと叩いた。事情を知り、なおさら楽しくてしかたないといった風情だ。
「マァ、子供達の遊びに付き合ってあげるのも良いカナ」
 子供のこととなるとやはり違うらしく、珍しくCTも協力的な態度をとる。
「悪役かぁ、ワクワクするね!」
 敏はすでにノリノリだ。
 そこで三つの視線が一斉に宗主に集まる。見た目クールな彼がこの作戦に乗り気でいるはずがないと、全員が思っての行動だ。
 ところが意外にも、当の本人は「悪役ですね、面白い」と不敵な笑みでつぶやいた。
「よーし、マキスくん、あとのことは僕たちに任せてよ」
「ありがとう、お兄さんたち。それじゃあ、ぼくはアグネイザーのコクピットに戻るよ。アグネちゃんたちにはトイレに行くって言ってこっそり通信してるんだ。またね!」
 極上の笑みを残して、マキスの映像が消える。
 そこで敏がシートにひょいと跳び乗った。
「せっかく悪役なんだから、それなりの格好をしなくちゃね」
 そう言うと、なにごとかを一心に念じるように強くまぶたを閉じた。敏の姿が黒い炎に包まれる。「おおおお!」と驚く一同を前に、敏の服装がさっきまでとは変わっていた。
 黒の上下は軍服のようでもあり舞踏会の衣装のようでもある。深紅のマントがひるがえり、右腕は銀色の腕輪を組み込んだ手っ甲につつまれていた。
「これが僕の戦闘服だよ。みんなも強く念じてみなよ」
「むむむ、さしずめミソブラックか、悪の大幹部といったところか」
 感心するように唸る赤城に、宗主が変身をすすめる。
「赤城さんもコスチュームを変えてはどうです? ジャーマー帝国の首領、ジャーマー帝王の格好はこの場にはふさわしくありません」
 コスチュームを見ただけでさらりと役名を言い当てられ、赤城がぽかんと口を開ける。つづけて、にやりと笑い。
「ほぅ、ジャーマー帝王だとすぐにわかるかい」
 宗主はさも当然とばかりに瞳の奥を光らせた。赤城もまた目で応えると、シートの上に立ち上がった。
「両足は肩幅程度にひろげ、両腕は腰の位置。なにより気負いがない。さすがは現役スーツアクターです」
 宗主が立ち姿を褒めるが、変身モードに入った赤城には聞こえていない。
「よし! では、いくぞ! へんっっっっっっっっしん!! とぉうっ!」
 両腕を大きく回し、最後になぜかジャンプする。
 青い光が腰のあたりできらめいた。光ったのはベルトのバックルだ。つぎの瞬間、青い全身タイツに身を包んだ赤城がいる。腕には手袋、足にはブーツ、胸にはVの字をかたどった模様が入っていた。
「えええええっ! なんで赤じゃないのぉ? 変身するならやっぱり赤だよ! だよね、クレイジー先生?」
 CTはその手のことにうといらしく、ひたすら頭上でクエスチョンマークを回している。
「これだから最近の若いもンは」
 敏からのブーイングに、赤城はチッチッと人差し指を左右にゆらした。
 赤城のあとを受けて、宗主が言う。
「敏くん、たしかにリーダーと言えば赤だ。でもね、パイロットと言えば青なんだよ」
 またもや赤城と宗主が目で語り合う。敏は「へぇ! すごいや! 奥が深いね」と大はしゃぎだ。これまたCTだけがついていけない。殺人鬼はあまりテレビを見ないようだ。
「さぁ、つぎは俺の番ですね」
 言うが早いか黒い稲妻がひらめく。宗主の身体は黒い甲冑におおわれ、右手には黒い長剣がにぎられていた。
「我が名は、ドイツ語で『拳骨』を意味する『ファウスト』にしましょう」
 左手を振ると、どこからともなく吹いてきた風に黒マントが舞った。
「あとは……」
 三つの視線が今度はCTに向けられる。CTは「ボクも変身するのカイ?」と自分を指さしている。
「ダケド、ボクは変身ヒーローモノとかロボットモノなんか見ないカラ、ヨクわからないヨ?」
「CTは、いっそそのまま白衣でもいいんじゃねぇか? マッドサイエンティスト系の幹部ってことで。最初から見た目怪人っぽいしな」
 さらりと失礼な赤城の提案に、敏が納得しない。
「駄目だよ! マッドサイエンティスト系幹部は僕の役だもの!」
「でも、どう説明すりゃいい? CTが自分で想像するしかないんだぜ」
「じゃあ、燃え系ってことで、ね?」
「燃えケイってなんダイ???」
「ほら、やっぱりわかんねぇよ」
 するとそれまで無言だった宗主が、すっとCTの肩に手を置いた。なにごとかと見返すCT。
「CTさん、燃え系でわからなければ、日曜日の朝系です」
「日曜の朝ケイ?」
「そう、日曜の朝です。生徒たちの話によく出てくるでしょう? 日曜の朝は子供たちのテレビパラダイス」
「……ナルホド! 日曜の朝ネ! わかったヨ!」
 どよめきが起こる。「日曜の朝か」「そんな解法があったなんて」と敏も赤城も妙に口惜しそうだ。
「イクよ〜」
 満を持して、CTの全身が純白とピンクの光をはなつ。「あれ?」とだれもがその色に嫌な予感を覚える。
「ハ〜イ。どうダイ? ボクの衣装ハ?」
 あぁ、なんということだろう。日曜の朝と言えば、赤城も宗主も敏も、ベルトで変身するヒーローやメタルスーツを着込んだヒーローや五人そろってるヒーローしか思いつかなかった。それは男の子の悲しい性(さが)だったのかもしれない。
「ナニかおかしいのカイ?」
 全員がCTの晴れ姿を直視できなかった。
「クレイジー先生、日曜の朝は日曜の朝でも、それはプリ――」
「言っちゃいけない! 敏くん、それ以上は駄目だ」
 宗主すらも声を荒げてしまう。赤城はいたたまれずに涙をにじませていた。
「アレ? なにか違ったカナ?」
 包丁片手に思案顔のCTだった。



――アイキャッチ

(ディオン)「アグネイザー、降臨!」



 銀幕広場を中心に二体の女性型巨大ロボットが対峙していた。
 どちらも曲線を基本とした女性らしいフォルムだ。ただし、片方はピンクを基調とした装甲を、もう片方は黒を基調とした装甲をまとっていた。
 ディオンたち四人が乗り込むアグネイザーと、赤城たちの操るブラック・アグネイザーだ。



「お、おい、アグネ。なんだか黒いヤツが現れたぞ」
 初めこそ、男の子魂に火がつき興奮していたディオンだったが、実際に敵が現れると戦闘の恐怖におそわれる。そんなディオンの不安をよそに、アグネはルンルン気分で戦闘準備にいそしんでいた。
「マイクの位置は、ここでOKね(はぁと)」
「いや、マイクの場所とかどーでもいいし。それよりモニター見ろって」
「もうっ! ディオンくんにはデリカシーってものがないわね。女の子は、男の子の十倍くらい準備に時間がかかるんだよ」
 激しくツッコみたい衝動に駆られたが、ぐっとこらえる。
「まさか、あれと戦うんじゃないだろうな?」
 懸命にブラック・アグネイザー(以下ブラック)を指さした。
「そうだよ。だって、敵がいなくちゃ戦えないでしょ?」
 さも当たり前といった態度でアグネが微笑んだ。
「大丈夫。ちゃんと魔法でこのあたり一帯を異相空間にしておいたわ。地上の人たちが傷つくことはないよ」
「さすがアグネちゃん。準備万端だね!」
「イエス!」
 ウィンクを交わし合うマキスとアグネ。
「いや、そういう問題じゃねぇし! つーか、いつのまにトイレから帰ってきたんだ、おまえ」
 ディオンは頭を抱えて、助けを求めるようにルキアスの肩をゆすった。
 ルキアスは子豚のようにシートのうえに丸まっていた。
「おい、ルキアス。なんで震えてるんだよ? おまえもなんとか言ってくれ」
「ぼ、ぼく、高いところ苦手なんだよ」
「武者震いじゃなかったのかよっ! って、なんでルキアスにツッコんでるんだ、おれは!」
「アグネ指令! ブラック・アグネイザー、動きはじめました!」
 マキスの報告どおり、さっきまでただ立ちつくすだけだったブラックが一歩また一歩と近づいてきていた。
「さぁ、アグネイザーで地上の平和を守るのよ!」
 どうやら覚悟を決めるしかなさそうだ。ディオンはぐっと操縦桿をにぎりなおした。
「と、とりあえず武器はないのか?」
「ディオンくん、プリティーナックルよ」
「まずは王道の『拳飛ばし』だねっ! さぁさぁ、ディオンくん、叫んで叫んで」
 めちゃくちゃ楽しそうなアグネとマキスを横目に見つつ、頬を赤らめディオンが叫ぶ。
「こうなりゃヤケだ! プリティィィィ・ナックルゥゥゥゥ!!」
 発声練習の成果が出ているディオンだった。



「あの構えは?! 気を付けろ、みんな。こいつぁ、王道の……」
 赤城の忠告にCTだけが首をかしげる。
「ならばここは我に任せていただこう」
 宗主が不敵な笑みを見せる。ふたたびどこからともなく風が吹き、マントがたなびく。
「我が名は『ファウスト』! 我が放つ『拳骨』はすべてを貫く流星なり! ブラァァァック・ナッコォォォォォッ!!」
 魂を乗せた拳を前に向かって突き放つ。とにかく風が吹き、とにかくマントが後方になびいた。
 アグネイザーもブラックも同じような動作で、右拳を繰り出す。すると、肘の部分から先が分離し、炎の尾を引きつつ、互いに向かって飛び出した。
 白い流星と黒い流星がちょうど中央でぶつかり合った。一瞬、黒白の世界が炸裂し、すぐさまアグネイザーの放ったプリティーナックルがはじき返される。
 宗主の魂の一撃を一直線に撃ち込まれ、アグネイザーがよろめいた。
「オイオイ、子供たちは大丈夫なのカ?」
 CTが子供たちを案じて、宗主をにらみつける。
 その格好でにらまれると必要以上に恐ろしいのだが、宗主が口に出したのは別のことをだった。
「ヒーローは最初ピンチにおちいるものでしょう? 派手な光を出しましたが、ダメージは少なくしてあります。コクピットの中は、なんともないはずですよ」
 自信たっぷりに言ってシートに座りなおす。その顔は非常に満足そうだった。



「みんな、大丈夫か?」
 少し衝撃があったが、怪我をしている者はいないようだった。
 仲間を危険にさらしてしまった自責の念からディオンの心に怒りがわきあがる。
「ディオンくん、駄目だよ。ぜんぜん駄目」
「ごめん、アグネ。おれが弱いばっかりに……」
「『ナックルゥゥゥゥ!!』じゃないよ、『ナッコォォォォォッ!!』だよ!」
「えっ?! またそういうツッコみなの?」
「『ナックルゥゥゥゥ!!』じゃ『ナッコォォォォォッ!!』には勝てないよね、アグネちゃん?」
 ぐすんと鼻をすすりながら、アグネがしきりにうなずく。
 ディオンは怒りメーターが急速に下がっていくように感じた。



「さてさて、つぎは僕の番だね! チェェェェンジ・アグネイザァァァァ!!」
 敏の魂の叫びがブラックに変化をもたらす。背中から赤いマントがひろがり、右腕が銀色に染まっていく。五本だったはずの右手の指が七本に増えた。
「いっくよぉー!」
 ブラックが腰に装備していた銀の筒をあたりに放り投げた。地面近くで破裂したそれは、銀色の煙とともに幻を作り出す。ブラックそっくりの幻だ。
「アハハハハ! どれが本物かわかるかな?」



「なんだこりゃ? ブラック・アグネイザーがどんどん増えていくぞ」
 ぞくぞくと増えていき、アグネイザーの周りを取り囲んでいくブラックの幻に、ディオンは焦燥を隠しきれなかった。
「ディオンくん、お約束な感じで追い込まれてるね(はぁと)」
「う、うっさい! くそっ! どれが本物だ?」
 ブラックの幻は、もはやアグネイザーを円周内に閉じこめて余りあるほどに増えている。
「どうだい? 僕の創った幻影は! 君たちの命運もここで尽きるのさ。アハハハハ!」
 盛大にエコーを利かせたブラックのスピーカーから、敏の勝ち誇った哄笑がひびく。
「このままじゃ……」
 ディオンはみずからの無力さに歯ぎしりした。
「ディオンくん」
 アグネがうるんだ瞳でディオンを見つめている。
 勝たなければならない。固く決意して、むやみやたらにアグネイザーを突進させるが、ブラックの幻をすり抜けるだけだ。
「アハハハハ! この僕に、この僕に勝てるものかぁ、だねっ! アハハハハ!」
「ちくしょう……」
 ディオンの心を代弁するかのように、アグネイザーは力をなくし地面に片膝をついた。



「敏のおかげでイイ感じに追いつめられてるなぁ」
 赤城のほめ言葉に「てへへ」と頭をかく敏。
「ここで真打ち登場、ですか?」
 宗主がすっと拳をあげる。赤城はにやりと笑うと、みずからの拳をそれにぶつけた。
 ヒーローに、やられつづけて早幾年(はやいくとせ)。悪役の仕事といえば、いかにかっこよく倒されるかというただ一点が命だ。
「俺のやられアクションには定評があるんだぜ」
「赤城のおじちゃんのやられアクション、楽しみだね!」
「おう、任せとけ。敏はつづけて幻を出しつづけてくれ。そして、俺が合図したら幻を消すんだ」
「わかったよ、赤城のおじちゃん」
 赤城には信念がある。たとえ子供たちから嫌われる悪役であろうとも、夢や希望を与える使命をおびている。ただやられるだけではない。やられることによって子供たちに大切なことを伝えるのだ。
 赤城は大きく息を吸い込んだ。
「がはははは、お前たちの力はその程度かあああぁぁぁ!!」
 赤城の挑発に乗って、アグネイザーのディオンから反応があった。
「くっ! 卑怯者め! 正々堂々勝負しろ!」
「卑怯だと? 甘いな。俺たちにとっては褒め言葉だ」
「おまえたちみたいな奴らに、おれは絶対に負けないぞ!」
「『おれは』だと? がはははは、笑わせるな! たった一人で我々に勝てるつもりでいるのか?!」
 アグネイザーからの返答が途切れる。赤城はしてやったりとガッツポーズだ。
「四人全員の心がひとつにならなければ、我々に勝つことはできん!!!」
「なるほど、さすが赤城さんですね」
 宗主はすぐに赤城の意図を察した。赤城は、一人では勝てないことをディオンに教えている。子供たちの心をひとつにまとめようとしているのだ。
「これでなんとか子供たちが仲良くなってくれれば……ん? 敏くん、どうした?」
 敏がシートの下やマントの中をごそごそと探っている。
「ええっとね、さっきからクレイジー先生がいないから探してるんだよ」
「CTが?」
 いくらなんでもマントの中にはいないだろう。ツッコもうかとも思ったが、それよりCTの行方が気になった。
「いったいあの格好でどこへ……」



 ディオンは敵からの一言で、自分がひとりで戦おうとしていたことに気づかされた。自分がみんなを守らなければならない。そう思いこんでいた。
 この状況も、四人で力を合わせれば、打開できるかもしれない。
「みんな、ごめん。おれひとりじゃ、どうしようもないみたいだ。力を貸して……」
「ディオンくんがかっこよく勝たないと意味ないよ」
 笑顔しか知らないはずのマキスの表情が、心なしか曇っている。
 ルキアスはシートの上にうずくまったままガタガタ震えていた。高所恐怖症だから仕方がない。
 肝心のアグネはこの危機的状況に逆に胸を躍らせている。「よっつのこ〜ころ〜が〜ひとつになれ〜ば〜」と、鼻歌をうたっていた。
「おれたち、バラバラじゃないか……」
 ディオンの胸に神さま小学校での思い出がよぎる。アグネ、マキス、ルキアスとはどんなときでもいっしょだった。どうしてこんなことになってしまったのだろう。
「おれたちの心がひとつになることなんて、ないのかな……」
 ディオンが重いため息をついたとき、奇跡は起こった。子供たちの未来を救うため、救世主とでもいうべき人物が現れたのだ。
 どこから忍び込んだのか、気配すら感じさせず、だれも気づかないうちにアグネイザーのコクピット天井に張りついていた男。
「見ィつけ、た」
 天井から子供たちめがけて飛び降りる。
 彼はアグネを人質にとって、わざとディオンにやられるつもりだった。そのつもりだったのだが……
 きれいに三つ編みされた白い長髪が背中に流れる。手袋とブーツに輝く蝶々型のジュエルがピンクの残光を引き、肩や腰にしつらえてある純白のフリルが肌の緑色とマッチングし、微妙な雰囲気を醸し出している。大きく胸の開いた、これまた純白のドレスはもちろんのこと、そのミニスカートからのぞく緑色の――(以下自主規制)
「ぎぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ!!」
「きゃあああああ! いやぁぁぁあああああ!!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「どぅべらっしゃあぁあぁあぁあぁあぁ!!」
 あまりの恐怖に気絶寸前の子供たち。
「ヒヒひ……おいでヨ、先生と一緒に遊ボウ…?」
 目をふさいでも、ひたひたと近づく足音が、脳裏に焼き付いた記憶を鮮やかによみがえらせる。
 ディオンもマキスもルキアスもアグネも使命感に突き動かされるように動き出した。とにかく、なにがなんだろうと、この目の前の化け物をどうにかしなければならない。
 ディオンの正拳突きがみぞおちに、マキスの回し蹴りが延髄に、ルキアスの体当たりが両足に、アグネのびんたが顔面に、それぞれヒットする。
「ぐがっ! ちょ、ちょっト? か、歓迎が手荒くナイカイ?」
 この瞬間、四人の心がひとつになった。



 アグネイザーの全身から黄金色の閃光が走る。四方八方へと伸びる光の帯は、次々とブラックの幻影をつらぬいていった。
「まさかっ! リミッター解除?! ウルトラ・モードが発動しているというのか?」
 もちろんリミッター解除もウルトラ・モードも赤城の創作だ。しかし、彼は、この黄金の光が子供たちの心がひとつになった証(あかし)だと確信していた。
 敏に「今だ」と目配せする。
 「了解だよ」と敏が幻を消していく。それはあたかも、幻たちがウルトラ・モードの光を浴びて消えていくかのように見えた。
 ついにブラック・アグネイザーの姿は本物の一体のみとなった。ここぞとばかりに赤城の演技にも熱が入る。
「ぐぅ! おのれ、アグネイザー!」
 すべての幻を消したあと、光の狂乱が収束し、巨大な一本の柱となった。
 柱の内部にいるアグネイザーがゆっくりと立ち上がりはじめる。
「天よ震えよ!」とディオン。
「地よ裂けよ!」とルキアス。
「人よ叫べよ!」とマキス。
「我が名は……」とアグネ。
「超プリティー天使ロボ・アグネイザァァァァァ!!」
 アグネイザーが仁王立ちするとともに、光がはじけとぶ。そのあとには、全身の装甲を金色に染めたアグネイザーの姿があった。
「ゴールド・アグネイザーだと?!」
 またもや命名、赤城。
「ならば、このブラック・アグネイザーの最強の技をもって叩きのめしてやろう!」
 ブラックが両腕を胸前でクロスする。両拳に黒い稲妻が宿っていく。力の集中は重力をも超えるのか、アスファルトの一部がはがれて舞い上がった。
「おれたちは負けない!」
 ディオンははっきりと『おれ』ではなく『おれたち』と断じた。
 そして、アグネイザーの右手に巨大な物体が現れる。徐々に実体化していくそれは、装甲と同じく金色に輝く、巨大なハンマーだった。
「切り札が金色のハンマーですか。なかなかツボを心得た選択ですね」
 シートに優雅に腰掛け赤城の演技を楽しんでいた宗主だったが、重要なことに気づきふと眉をひそめた。
「ハンマー、だね」
 どうやら敏も同じことに思い至ったらしく、複雑な表情で宗主の方を見ていた。
 ハンマーといえば……



「ヒャーッハッハ! みんな、イッキに決めるヨ!」
 なぜかアグネイザーのコクピットでお得意の金槌を振り回しているCT。もちろん衣装は例のアレのままだ。
「わかりました、クレイジー先生!」
 ディオンが元気よく返事をする。
「ディオンくん、ぼくも手伝うよ」
 マキスには天使の笑みが戻っている。
「ぼくだって! いつまでも高所恐怖症で震えてるわけにはいかないよ!」
 ルキアスなど瞳に炎が燃え盛っている。
「さすがクレイジー先生です! 最後の最後にハンマーだなんて。ナイスなブレイブチョイスですわ!」
 アグネは両手を胸の前で組み合わせた乙女のポーズでCTを見つめていた。
 子供たちに袋だたきにされても貫いた愛が通じたのか。はたまた、あまりの恐怖に子供たちがどうかしてしまったのか。
 それはだれにもわからない。わからないが、CTが子供たちのハートをゲットしたことだけは確かだった。
 さすが、銀幕市民でその名を知らぬ者はいない、綺羅星学園のスーパー・サイエンス・ティーチャーだ。伊達にあの世は見ていない。
「そのような武器で、我が最強最大の技を止めきれると思っているのか? くらえっ! ブラァァァァック・ダァァァァボォ・ナッコォォォォォォ!!!」
 ブラックが両手を突き出した状態で、アグネイザーに突進した。エネルギーの波動が渦を巻き、黒い巨体が通ったあとに風のトンネルが出現する。
「You can't live. You can't return. Because you die here!!」
 CTが指揮棒のごとく金槌を振り下ろした。
「コガネイロ・ハンマァァァァァァ!!」
 四人の魂の叫びが木霊する。
 アグネイザーが巨大なハンマーを振り回して、ブラックを迎え撃った。
 金と黒とが激突し、天が震え、地が裂け、人が叫ぶ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「ぬあああああああああああああああっ!!」
 力と力のぶつかり合い。
 そのうち、ブラックの両腕にひびが入りはじめた。
「なっ? バカなっ!!」
「これがおれたち四人の力だっ!!」
 ついに両腕が爆散し、ハンマーがブラックの胸甲を直撃する。
「覚えておけ、アグネイザーよ! たとえ我々を倒しても、必ずや我々の意志を継ぐ者が現れる! そのときこそ、貴様らの最期よ!」
「だったら、何度でもこの正義のハンマーで、おまえたち悪を叩きつぶしてやる!!!」
 スーツアクター赤城竜、見事なやられアクションだった。




――エンディングテーマ『アグネちゃんのマイホリデー』

今日もるんるん気分でGO!(アグネちゃーん)

彼氏とデートに出かけるときも 番組予約は忘れないわ
DVDならBOX買いね 初回限定ゆずれない

今日も今日とてパパにおねだり 小銭があったら食玩ゲット
かぶったフィギュアはオークション コンプ目指してGOGOGO!

今日もるんるん気分でGO!(アグネちゃーん)



「面白かったけど突然人を巻き込むのはやめてねー?」
 ニコニコしながら敏が言うと「ごめんなさい」と四人ともしりきに頭を下げた。
「子供のいたずらにしては少し度が過ぎてたな」
 さらに釘を刺すような宗主の言葉に、四人ともしゅんとうなだれる。
「ま、敏くんも言ってたとおり、なかなか面白かったけどね」
 それを見た宗主は、にっこり笑うと、順に子供たちの頭をなでた。
「おっちゃんも楽しかったぞ。なにせ念願の巨大ロボットを操縦できたんだからな」
 赤城は子供たちをひとりずつ抱きかかえていった。
 そして最後に。
「クレイジー先生」
 ディオンが、マキスが、ルキアスが、アグネが、CTのもとに集まる。すでに異相空間からは抜け出しているため、彼はいつもの白衣姿だ。
「なんダイ?」
「先生がいなかったら、おれたちの心がひとつになることはなかったと思うんだ。ありがとう」
「ヒヒヒ! 万事解決だネ! 四人とも、仲良くするんだヨー? きみタチならイイ生徒になれるヨ。よかっタラ、いつデモ綺羅星学園へおいで」
 CTは子供たちひとりひとりと握手をかわした。
 名残惜しそうに手を振る四人に、赤城、宗主、敏、CTの四人も手を振り返す。彼らはもうじき天界へと帰っていくのだ。
「ひとつ、気になるのですが」
 宗主がCTに話しかける。
「どうやって子供たちを手なずけたんです?」
 宗主の疑問に、CTはすました顔で答えた。
「企業秘密ダヨ」

クリエイターコメント二作目になります。西向く侍です。

ネタが古くてすみません!
ロボットとか戦隊とかわからない方にはなんのことかわからないでしょうけど……

当初、ディオンにただかっこよく勝ってもらうだけの予定でしたが、PL様たちから「子供たちがみんな仲良くなるように」というプレイングを多数いただき、最後はあのようにまとめることにしました。

参加していただいたPL様にすこしでも気に入っていただいたなら幸いです。
公開日時2007-08-23(木) 10:10
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