★ 紅蓮の大捜査線 ★
クリエイター龍司郎(wbxt2243)
管理番号938-6505 オファー日2009-01-31(土) 18:00
オファーPC エドガー・ウォレス(crww6933) ムービースター 男 47歳 DP警官
ゲストPC1 二階堂 美樹(cuhw6225) ムービーファン 女 24歳 科学捜査官
<ノベル>

 夢の中にまで消防車のサイレンが割りこんできて、彼女は悲鳴のようなものを上げながら飛び起きた。成分分析の結果待ちをしている間に、居眠りしていたのだ。彼女はここ数日、まともに睡眠をとっていなかった。徹夜でラボに詰めていた日もあるが、家に帰ってひとりでいると、どうしても事件のことばかり考えてしまって、目が冴えてしまうのだ。
 それもこれもすべて放火魔のせいだ。二階堂美樹は、いまだに顔さえ定かではない犯人に腹を立てた。
「……えぇ? またなにも出てこないの? もーっ! どういうことよ!」
 寝ている間にとっくに出ていたらしい分析結果を見て、美樹は失望の溜息をつく。思わずその結果のプリントを、うまくいかなかったマンガのネームみたいにクシャクシャにして捨てるところだった。しかし、美樹は背中に視線を感じて、プリントを振り上げた状態で振り返った。
「やあ、元気そうだね」
「う、うううウォレスさん!? どうしてこんなトコに」
「エドガーでいいよ。一課に情報をおすそ分けしに行ってたんだ。で、ココにちょっと寄り道をね」
 美樹を見て笑っているのは、エドガー・ウォレスだった。彼は映画の中同様、『DP警官』とひとくくりに呼称されて市民に親しまれているムービースターで……美樹の憧れの人のひとりだった。彼の出身映画『ディビジョンサイキック』は、彼女が大好きな映画なのだ。どれくらい好きかというと、バッキーにDP警官帽をかぶせているくらいだし、いまこうしてエドガーを前にして慌てふためくほどだ。
「最近、君が働きづめだって聞いたものだから」
「そ、そんなことありませ……、いえ、あります。かも」
 しどろもどろの美樹をヨソに、エドガーはホワイトボードに書きこまれた事件のあらましや、貼られた現場の写真を見て、腕組みをしながら唸った。
 美樹が追っているのは、それらの写真や書きこみが物語るとおりの、奇妙な連続放火事件だ。店やアパートが被害に遭っている。どこの現場もかなりの高温で燃えていて、ガラスが溶けている例もあった。同一犯によるものと思われる事件は今のところ4件起きており、もっとも新しい現場ではとうとう犠牲者が出てしまったのだ。
「そうか、君が担当しているのか。……進展は?」
「ソレが、えーっと……正直に言うと難航してます」
 エドガーにとっては意外な答えだったので、彼は思わずビックリした顔でマジマジと美樹の顔を見てしまった。美樹は苦笑いをしようとしていたが、顔はすっかり引きつっていて、手のやり場に困ってモジモジしている。
「ずっと現場の燃焼残渣物を分析しているんですけど、可燃物の成分がぜんぜん検出されないんです。相当高い温度で燃えてるから、なにも使ってないハズがないのに」
「跡形もなく燃えてなくなった、なんてハズもないだろうしね。確かに妙な話だ。……しかしここは銀幕市だよ。魔法や超能力という線もある」
「そうです、そうなんですよ」
「君は科捜研だから、科学の力で捜査をするのは至極当然だ。でも、いくら試しても結果が出ないのであれば、寄り道するのもいいんじゃないかな。俺でよければ手伝うよ。犯人がムービースターであれば、俺が持ってるヴィランズのデータが役に立つかもしれない」
「ほ、本当ですかっ!?」
 美樹は両手を組み合わせて目を輝かせた。
 が、次の瞬間、大慌てで首と両手をブンブン横に振っていた。
「じ、じゃなくて、いいですいいです! エドガーさんも忙しいでしょ!? とんでもないんですとんでもないです!」
「君の仕草は、本当に見ていて飽きないなぁ。気にしなくていいよ、俺のスケジュールなんて」
 エドガーはしばらく笑ったあと、真剣な眼差しでホワイトボードに目を向けた。
「俺も警官の端くれだ。犯罪を見過ごすワケにはいかない。ソレに……すべて同一犯の仕業だとしたら、ソイツは相当調子に乗ってる。とめられなければやりつづけるだろう。歯止めがきかなくなっているんだ。もう終わりにさせないと」
 エドガーの紫色の目に、するどい光が射し込むのを見て、美樹は我に返った。
 憧れの人の申し出に、舞い上がっている場合ではない。
 もともと自分も、犯人をとめるために力を尽くしていたのだ。彼女は、ソレを思い出した。


                    ★  ★  ★


 放火魔は現場に戻るモノだという。映画でも現実でも、そういうことになっている。警察も、ちゃんと野次馬の顔ぶれを撮影していた。写真の中、集まった市民の顔という顔は、赤に近いオレンジ色に染まっている。放火事件はいずれも深夜に起こっていた。
 1件目は小さなコーヒーショップ。2件目は、入居者がほとんどいないボロアパート(不幸中の幸いで、住人はこの日外出していた)。3件目は住宅街の中の比較的大きなビデオレンタルショップ。4件目はスーパーだった。スーパーはかなり大きな規模のもので、22時まで営業している。火の手は閉店直後に上がり、まだ多くの関係者が店内に残っていた。犠牲になったのは、最後まで、店内に逃げ遅れた者がいないか確認していた副店長だった。
「事件を順に追っていって、気づいたことは?」
「気になってるのは、規模です。どんどん犯人の標的が大きくなってるみたい。現場の写真も採取物も多くなるいっぽうです」
「そう。だからヤツは調子に乗ってる。そのうち銀幕市ぜんぶに火をつけたくなるかもしれない」
 美樹とエドガーは野次馬の写真を一枚一枚、見飽きるくらい時間をかけて検証しなおした。犯人に気取られないよう、警察も隠し撮りのような手口で撮影しているので、まともに写っていないモノも多い。しかも、現場の規模や話題が大きくなるにつれ、野次馬の数も増えていて、結果的に写真も増えている。この中から同じ顔を見つけだすのはなかなか至難の業だった。さらに、3件目と4件目の現場は200メートルも離れておらず、同じ顔ぶれが多いのも混乱を招いている。
「結局ヒトの目で探すのがいちばんだとは言っても……ううん……」
「適度に目を休めながら、ね。焦らない焦らない。でも、コレだけ見つからないとなると、逆にわかったコトがあるぞ」
「え? ほんとですか」
「犯人は奇抜な外見じゃないってコトさ」
「……は、はあ」
 確かにエドガーの言い分は正しいが、冗談で言っているのか本気で言っているのかイマイチわからず、美樹は表情に困った。
「さらに言えば、白人でもないかもしれない。現場は深夜の住宅街だからね、野次馬も近隣の住人がほとんどのハズだ。日本人の集団に溶けこんでしまうようなルックス……」
 エドガーは持ってきていたヴィランズデータのファイルを開いた。しばらく無音で動いていた彼の紫色の視線が、不意にするどくなった。
「彼と、彼、かな。このふたりがいないか、もう一度確認してみよう」
 エドガーが犯人の目星をつけた。
 ソレに美樹は興奮して、歓声や驚きの声を上げることすら忘れてしまった。身を乗り出すようにして、エドガーが開いたファイルを覗きこむ。彼女は、ファイルの中の顔写真を穴が開きそうなほど見つめた。
 パイロキネシスとサイコキネシスを操るヴィランズ……。
 ふたりとも、破壊の会館に魅入られた危険な超能力者だ。『ディビジョンサイキック』に似たSFアクション映画の中の悪役である。
 竹川導次とその子分がふたりを2週間ほど前に銀幕市で見かけ、悪役会への登録を勧めたが、拒否したという。彼らは市民登録すら行っていない。そんなヴィランズは時たま現れ、ドウジは逐一報告してきてくれるのだった。
「名前はベニー・シォンとロビー・シォン。中国系のアメリカ人。ベニーが発火能力を持っていて、ロビーがサイコキネシスを持っている。ロビーは刀も扱えるらしい」
「双子ですか?」
「そうだけど、ロビーのほうは髪を銀色に染めているからわかりやすいよ」
「銀色……、あ!」
 美樹が指さした写真を、エドガーが横から覗きこむ。
 そこには、刀と念力を操る銀髪のヴィランズが写りこんでいた。もっとも、よく見なければ彼が銀髪だとはわからなかっただろう。しっかり帽子をかぶっている。
「ホラ、片割れもここに」
「ホントだ……!」
 銀髪のヴィランズの斜め後ろに、発火能力者がひっそりと立っている。銀髪とは他人を装っているようだ。こちらは、メガネをかけて変装している。
「コーヒーショップから始まって、アパート、ビデオショップ、スーパー……彼らが登場していた映画の中でも、まったく同じ順番で破壊活動を行っているハズだよ。この映画は見たことがある」
「エドガーさんも映画見るんですか?」
「やっぱりムービースターが映画見るのはおかしいかな」
「そんなことないです。そういうスターの人、いっぱいいますよ」
「そうか、なら安心。いやぁ、刀が登場するハリウッド映画はどうしても見過ごせなくてね。あの独特な感じがなんともいえず、……いいんだよぉ」
「あの……、その映画で、彼らはスーパーの次にどこを襲ったんです?」
「港の倉庫だった。密輸業者が爆薬をためこんでいて、ハデな爆発の連続になってたな」
 美樹はすぐにベイエリアの倉庫群に思い当たった。さすがに爆薬を密輸している人間はいないと信じたいが、港の倉庫という舞台だけで犯人が妥協するなら――。
「行きましょう! ベイエリアに、いますぐ!」
 机の上で写真のニオイを嗅いでいたバッキーのユウジをかっさらい、美樹は部屋を飛び出す。
「……アレは、けっこういい映画だった」
 エドガーは呟きながら、どこからともなく白鞘の刀を取り出し、半ばまで抜いて、刃の輝きを確かめた。
 刃に映った紫の目が、勝手に……スウ、と笑ったような気がする。
 カチン、と音高く刃を鞘に収めると、エドガーは無言で歩きだした。


                    ★  ★  ★


 爆薬は、どの倉庫にも入っていなかった。
 火気から遠ざけるべきモノは、せいぜいが、山のように詰まれた業務用の食用油か、シンナー類だった。
 この国では、危険なモノがだいたいしっかり管理されている。密輸業者もいるにはいるだろうが、少なくとも銀幕市ではまともに活動していないようだ。
 兄弟はこれまでに、破壊すれば人が注目するような場所ばかり狙ってきた。ソレが一変して、今回は、周囲にひと気のない港の倉庫。破壊のしがいがない、とどちらも思った。
「この街では、映画とは違った生き方ができるんだってよ」
 自分たちの記事が載った新聞を燃やして、ベニーが言う。
「オレたちも、もっと違う場所を壊したっていいんじゃねーか?」
「ソレは、ココを壊してからでいいだろう。ココがオレたちの最後の出番だった。……途中からやり方変えるのは気持ち悪いじゃねーか」
「それもそうか」
 放火魔は笑って、メガネを外した。
 そろそろ時間だ。
 場所は妥協するしかなかった。
 ただ、ガソリンをたんまり溜めこんでいそうな大型トラックが、前に十数台並べて停められている倉庫を選んでいる。
 彼らは彼らのこだわりから逃れられなかった。手段も、犯行現場も、犯行時間も、なにもかも映画のとおりにしている。誰かに命じられてやっているワケではなかった。ただ、コレが自分たちの役目なのではないかと、そんな気がしていたのだ……。
「ベニー・シォンとロビー・シォンね! あんたたちがやったってことはお見通しよ。手を上げて!」
 シンと静まり返った倉庫群の中で、女の凛とした声が響く。名前を呼ばれた破壊者ふたりは、ハッとして振り返った。まさにトラックと倉庫に火をつけようとしていた瞬間だった。振り向いたふたりの視界に、風にたなびく白衣の裾が見えた。


 美樹のすぐ横にあった荷箱の山が、突然燃え上がる。
 美樹は確かに、男の片割れの両目が、ギラッと炎の色に輝くのを見た。荷箱が燃え上がり、視界のすべてが炎のオレンジに染まったのは、その次の瞬間だ。
 自分の白衣の裾が燃えていることに、一瞬気がつかなかった。
 しかしその炎は、美樹の身体を包みこむ前に、スパン、と白衣の裾もろとも刀の一閃で斬り飛ばされる。
 エドガーだ。彼は美樹の燃える白衣の裾を居合いで斬ったあと、走り始めていた。
 ファイア・スターターの目が、炎色の残像を引きながら動く。エドガーを追っている。
 しかしその目がエドガーの姿を完全にとらえる前に、美樹が構えていたスチルショットの引金を引いていた。
「ベニー!」
 もうひとりの破壊者が叫び声を上げる。
 スチルショットに撃たれた当の本人は、悲鳴を上げることすらできない。映画のスチルそのままに、エドガーを睨みつけようとした表情のままで止まっている。
「ユウジ、お願い!」
「キュ!」
 美樹の肩から、DP警官帽をかぶったサニーデイのバッキーが、気合の一声のようなものを放って飛び降りた。バッキーはアッと言う間にファイア・スターターの足元に走り寄り、小さな口を開けた。
 男ひとりを飲みこむにはあまりにも小さな口だったが、まるで魔法のように、ヴィランズの姿はバッキーの口の中に吸い込まれていった。
「ベニィ――――ッッ!」
 どこから飛んできているのかもわからない、もうひとりの破壊者の声。
 怒りと悲しみに満ちた叫び声は、轟音にかき消された。
「この女、よくもっ!!」
「……!」
 エンジンがかかっていないハズのトラックが、まるで宙を飛ぶような勢いで、2台もまとめて美樹のほうに突っこんできた。おなかを膨らませて転がっていたユウジが、ボールのように蹴散らされて吹っ飛んだ。美樹はソレを見て逃げるのを忘れた。バッキーの名前を呼びながら手を伸ばして――。
 ピタリ、とトラックの動きが止まった。
 トラックは本当にわずかに浮いていたらしい。止まった次には、重々しい音を立てて着地し、しばらく揺れた。
 美樹の目の前にエドガーが立ち、両手を広げていた。左手は刀の鞘をしっかり握っている。
 サイコキネシスで飛んできたトラックは、エドガーのアンチサイの前では無力だ。エンジンがかかっていないトラックは、その場に留まらねばならなかった。
「俺に、超能力は通用しない。もう一度試してみてもいいが、どうする?」
「……」
 荷箱はまだ燃えていて、照明の役目を果たしてくれた。
 止まったトラックの間から、銀髪の男が歩いてくる。エドガーは刀を鞘に入れたままだが、男は、刀を抜いて、ガリガリとトラックの車体を削りながら近づいてきていた。バチバチと鉄を削る刃先から火花が飛び散っているのは、映画の中ではおなじみの効果だ。
「……倉庫のシーンが、オレたちの最後の出番だった」
 彼は炎の明かりの中で暗い笑みを見せ、腕を広げてみせた。
 背後には、兄弟が破壊するハズだった大きな倉庫がある。
「この街でも、オレたちはココで終わるんだな」
「……君のような悪役でも、この街では映画とは違った生き方ができる。俺もそうだと、信じているんだ。俺も、警官なのに、さんざん……さんざん仲間に迷惑をかけた。けれど、この街では違う。もう俺たちは、台本に従う必要などないんだよ」
「ベニーもそう言ってたよ。でも、結局やめられなかったのさ。――暴れまわって社会にメーワクかけてたほうが、しっくりくるからな」
 彼はクルリと刀を回し、あざやかに鞘に収めた。
「……君が出てくる映画は見た」
「そうかい、ソイツは光栄だね。――残念だが、オレはアンタが出てくる映画、知らねーぜ」
「残念なのは、君のほうだろう。今にソレがわかるさ」
 ニヤリ、とエドガーがエドガーらしくない笑みを一瞬浮かべるのを、後ろでバッキーを助け上げている美樹は、見ていない。
 その笑みを目の当たりにした破壊魔は、裂帛の気合とともに踏みこんだ。
 エドガーが踏みこんだのは、ソレよりも0.1秒前だった。

 シャッ、パチン!

「!」
 美樹がその音で振り返ったときには、すでに勝負がついていた。
「……残念だが、映画を見ているから、君の太刀筋は知っているんだよ……」
 呟くエドガーの前に、フィルムが落ちる。
「――大丈夫かい、ケガはないかな」
 しかし、振り返って美樹をいたわるエドガーは、心配そうな面持ちだった。
「すみません。2回も助けてもらっちゃって。エドガーさんがいなかったら、どんなことになってたか……、ううん、まだ事件は解決もしていなかったかも。ホントに、ありがとうございますっ」
「いやいや、発火能力者のほうは君のお手柄だ。もうひとりの英雄の具合は?」
「のびてます……」
 彼女のバッキーは目をまわしている。DP警官帽がなくなっていた。美樹はしゅんとしながらバッキーを撫でていた。バッキーを危険な目に遭わせたし、大事な警官帽もなくしてしまったし、自分も死ぬところだったし、散々だ。
「おや。例の帽子がないね」
「どっかに飛んでっちゃったみたいです」
「よし。じゃ、探してから帰ろう」
「え!」
「もう、放火事件は起きないんだよ。少しくらいのんびりしたって、誰も君を責められないさ。君は何日も頑張ったんだ」
 美樹はうつむいて、ちょっとだけ照れた。エドガーに裾を切られて、中途半端な長さになった白衣が見える。火だるまにはならずにすんだが、だいぶ煤けてしまっていた。
「あ」
「おや、お早いお目覚めで」
 バッキーのユウジが、ふるふると首を振って目を覚ます。そして、なにごともなかったかのような顔で、頭をフニフニと撫で始めた。かれにとっても、あの帽子は大事なモノになっていたのだろうか。
 エドガーと美樹は顔を見合わせて微笑み、かれの制帽を探し始めた。


 DP警官帽を見つけてふたりが署に戻ったのは、夜が明け始める頃だった。
 消防車のサイレンは、どこからも聞こえてこない。
 
 

クリエイターコメント2月中の納品に間に合わず、結局納期ギリギリになってしまいました。申し訳ありません!
捜査の場面は海外捜査ドラマを参考にしました。またタイトルがジャッキー・チェンの映画のモジリなので、それだけの理由で敵の名前も中国系にしています。
合同捜査という雰囲気が出せていれば幸いです。
公開日時2009-03-04(水) 19:10
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