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<ノベル>
御先 行夫は、夜が来るのが不安で不安でたまらなかった。
昨日、乗せた客。
幽霊……いやそんなものはいませんよ!
強く思いつつ、身体は震えている。
「行夫さん」
後ろから、肩をぽんと叩かれて、自分の名前を呼ばれて、飛び上がる程驚く行夫。
「そんなに驚かないでください」
と、にっこり微笑んでくる、深紅の曼珠沙華を咲かせた赤い着物。
暑さをまったく感じさせない笑顔を纏った、鬼灯 柘榴が優しい声音で行夫に声をかける。
対策課の職員が言ったとおり、なかなか人が集まらず、どうにかこの柘榴だけは協力を申し出てくれたのだ。
だが、柘榴は柘榴で思う所があったらしく、善意だけの協力とは言い難い様だ。
行夫は気付かないけれど。
「行夫さんのお噂は、かねがね聞いてますよ。それで、私、呪い屋を営んで居るんですが、誰を恨みますって…?」
「恨みー!?そんなの無いですよぉ!?そんな、恨みとか呪いとか怖いの駄目なんですよ私!?あなたに頼みたいのは、とにかく今日も乗って来るであろう、あの、男の……幽霊の人を何とかして欲しいただそれだけなんですよ!?ホントお願いしますよ!?」
必死に言う、行夫に、
「ええ、そうですか。まあ、努力しましょう。でも、行夫さん呪いたい人とか本当にいません?」
気怠げに言ったあと、確認する様にもう一度行夫に確認する柘榴。
「そんなの居ませんってば!ちゃんとやって下さいよ!?」
「はいはい、分かりました。……つまらない」
柘榴の最後の呟きは、行夫には聞こえなかった。
「それでは、夜まで待ちましょうか?」
夜を待たなければ何も始まらない。
柘榴は行夫に優しく、声をかけた。
そうして、夜が来た。
行夫は脅えながらもいつもの走行ルートをタクシーで走らせていた。
昨日の今日で怖くない訳では無い。
もうそりゃあ脅えきって、アクセルとブレーキを踏み間違える程だ。
柘榴はそんな行夫を、くすくすと笑いながら助手席に座っている。
「もうすぐ……例の住宅街ですよ!?」
「そうですか、行夫さんはとにかく安心してタクシーを走らせてください。男の人は、私が何とかしますから」
と、軽く笑う柘榴。
「本当にどうかよろしくお願いしますよ〜」
そんな話をしながら、数分タクシーを走らせていると、例の街灯が見えてきた。
街灯の下には、昨日と同じ背格好の男が右手を挙げて、行夫のタクシーを呼び止めようとしている。
「どうしましょう!?このまま突っ切っちゃいますか!?」
行夫の脅えは、ピ−クに達していた。
「いえ、とりあえずタクシーを止めてください。行夫さん」
「……わ、分かりましたよぉ」
柘榴の答えに情けない声を出す行夫。
男の前に後部座席のドアが来る様にドアを近づけた。
だがドアは、開かない。
ゆっくりと助手席から柘榴が出てくる。
「鬼灯柘榴、と申します。呪い屋を営んでおりますの、よしなにしてくださいませ」
上半身を袈裟斬りにされて血まみれで、顔の色も真っ白な男は、いきなりの自己紹介に、
「はあ」
と、困惑気味だ。
「あなたは、何が心残りで現世にとどまって居るんですか?」
柘榴の対応は普通の人間と話している様だった。
「僕は、ただ、彼女にあるものを渡したくて。でもそれも、無くなってしまって困って居るんです」
「渡したい物ですか?」
それを、タクシーの中でガタガタ震えながら聞いていた行夫は、ポケットに入れていた、宝石ケースを思い出す。
「ざ、柘榴さん……」
「何ですか、行夫さん?」
「昨日、これがこのタクシーに残されていたんです……」
なるべく幽霊と目を合わせない様に、柘榴にその宝石ケースを渡す、行夫。
それを見ると男が、
「それです。それなんです。彼女に渡したい物は」
「宝石ケースみたいですね?開けてもよろしいですか?」
「はい、どうぞ」
柘榴に問われ、了承する男。
そして、柘榴は宝石ケースを開く。
そこには、小粒のダイアモンドがはめられた、指輪が入っていた。
「これは、婚約指輪ですね?」
柘榴が問うと、男は、
「はい。私は、あの日彼女に、この婚約指輪を渡して、プロポーズするつもりでした。ですがあの暗い晩、何が起きたか分からなかった。暗い夜道、刀が迫ってきて、一閃。私の身体は、斬られていました。その時思ったんです。僕は、もう側にいられないけど、この指輪だけは、彼女に届けなくてはと。それが、僕の最後の思いだったから」
「最後の思いね」
柘榴は表情を変えず聞いている。
「そんな時、この人のタクシーが僕を彼女の所まで連れて行ってくれる気がしたんです」
「その、指輪、渡したいなら、お手伝いしましょう。但し……」
柘榴が低い声音を出す。
「但し……」
男も重い雰囲気を醸し出す。
「代価はいただきますよ。幽霊は一般人には見えませんから」
「そうですね……」
「当然でしょう、相手を呪うのですから」
「呪うだなんて!?僕は彼女にこの指輪を……」
必死に訴える男に柘榴は、淡々と言う。
「指輪は呪具です。自分と相手とを縛る、契約の証。それがどういった経緯のものであれ、変わりはありません」
「縛るだなんて、思いを伝えたいだけなのに……」
男の顔が歪む。
「代価を申し上げましょう。彼女の、あなたの記憶。そうすれば指輪を渡しても呪具として発動しませんから」
「僕の記憶……」
「指輪は人と人とを繋ぐ鎖。でもその一方が外れてしまえばその効力は発しません。ただ、あなたという存在を彼女が忘れるだけです。それでも彼女に指輪を渡したいですか?」
男が沈黙する。
「人を呪わば穴二つ…ようく、お考えくださいませ」
柘榴が念を押す様に言う。
「……彼女の記憶から僕がいなくなってもいいです。彼女にこの指輪を渡せるなら」
決意のこもった言葉だった。
「そうですか。ならばお手伝いしましょう。行夫さん、後部座席を開けて彼を乗っけてあげて下さい」
一部始終を聞いていた行夫は、脅えながらも後部座席のドアを開けた。
「お、お客さんどちらまで……?」
「彼女の所まで、僕の愛する彼女の所までお願いします」
男はそう言って、指輪を大事そうに掌に納めている。
行夫のタクシーが20分程走ると、男は、
「ここです」
と言って、一軒のアパートを指差す。
「ここの、201号室に彼女はいます」
行夫がタクシーを止める。
「行夫さんは怖いでしょうから、ここで待っていて下さいね」
柘榴が言うと、行夫が、哀れむ様に、
「その人の願い叶えてあげて下さいね……柘榴さん」
「私に任せて下さい。一流の呪い屋の力がどれほどかお見せしますよ。それでは、行きましょう」
と、行夫の言葉を受けて、男を促す。
「はい」
男の手の中には指輪が強く握られていた。
アパートの一室の前。
柘榴がインターホンを鳴らすと、
「……どちら様?」
と言って、顔色の優れない、痩せた女性が出てきた。
「由希子!」
男が叫ぶが、幽霊の声。
当然彼女には聞こえない。
そこに割って入る様に、柘榴が、
「鬼灯柘榴、と申します。呪い屋を営んでおりますの、よしなにしてくださいませ」
由希子と呼ばれた女性が不信気に、
「……呪い屋さん?私に何の用?悟さんの命を奪った様に私の命も奪おうって言うの!?」
「そんな事、致しません。ある方の依頼を果たさせて頂くだけです」
そう言うと、柘榴は小さく呪文を唱えた。
すると、由希子の前に悟が現れた。
血だらけだったが二人には、関係なかった。
「……悟さん」
「由希子」
「いきなり、あなたがいなくなってしまって、私、あなたのあとを追おうかと……」
「そんなの駄目だ。今の僕にとっては、君の幸せだけが望みなんだから」
そう言うと、悟は由希子の左手を取った。
「悟さん?」
目をぱちくりする、由希子の左手の薬指に、悟が大事に持っていた、ダイアモンドの指輪がはめられる。
「愛していたよ、由希子。今も、愛している。だけど、さよならなんだ。僕を忘れても、君だけは幸せでいて」
悟はそう言いながら、姿が薄れていく。
「柘榴さん。彼女を僕が縛ってしまう前に僕の記憶を消して下さい。お願いします!」
悟の心からの叫びだった。
「分かっています」
「悟さん行かないで……」
柘榴が応え呪文を唱えると、由希子が悟の方に手を伸ばしたまま倒れた。
柘榴は悟が逝ったのを確認すると、踵を返して元来た道を戻っていった。
由希子の手に光る指輪を一瞬眩しそうに視界に入れて。
数分後、由希子は目を覚ました。
何で自分は、玄関で倒れ込んでいたんだろう。
誰かが来たのは覚えている。
曼珠沙華を咲かせた赤い着物が印象に残っている。
だがそれ以外が思い出せない。
「何だったのかしら?」
そう言って、左手を頬に当てると指輪の感触がした。
「あれ?私、こんな高そうな指輪持ってたかしら?」
思わず外して、隅々までチェックする。
そして、指輪の裏に文字を発見する。
『From S』
それを見た時、何故か涙がこぼれた。
涙が止まらなかった。
何も分からない。
だけど、この指輪は私にとってきっとかけがえのないもの。
それだけが分かった気がした。
だが、彼女が全てを思い出す事は二度と無い。
彼女は新しい恋をして、新しいスタートを切るのだ。
愛しかったあの人の事を忘れて……。
「柘榴さ〜ん。どうでした?」
帰ってきた柘榴に行夫が問う。
柘榴の側には、あの幽霊の姿はない。
「大丈夫ですよ。しっかりと、逝きましたよ。この世に留まっていた、理由も解消して」
「そうですかぁ。ホント良かったです。これであの人と会う事は二度と無いんですね」
心からほっとしている行夫。
「大丈夫ですよ、あなたの負の気はいくらでも幽霊を呼び込みます。すぐにでも次の幽霊に会えますよ」
と、柘榴が微笑むと、
「え――――!!いやですよぉ―――!?」
行夫の絶叫が辺りにこだまするのだった。
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クリエイターコメント | この度は、大変お待たせ致しました。 申し訳ありません。 【御先さんの幽霊な日々】冴原版、如何だったでしょうか? はっきり言って怖くないですね(笑)。
今回はご参加下さいまして有り難うございました。
誤字脱字、ご要望、ご感想等ございましたら、メールして頂けると嬉しいです。 今後の参考にさせて頂きます。 |
公開日時 | 2008-09-02(火) 22:40 |
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