★ 【御先さんの幽霊な日々】届けたかったもの ★
<オープニング>

 暑い最中、今日も今日とて御先行夫は、のんびりと乗車客を捜して夜の住宅街をタクシーで走っていた。
「はあ、こうも暑いと冷房もなかなか効きませんね〜」
 そうやって、のんびりとタクシーを走らせていると、街灯の下1人の男性とおぼしき、人影が手を挙げて立っている。
「お客さんですかね?」
 そう思い、その男性の前にタクシーを止める。
 後部座席の扉を開けると、その男はゆっくりとタクシーに乗って来た。
「お客さん、何処まで行きましょう……ひーっ!?」
 行夫が後ろを振り返ると、その男の身体は刀で袈裟斬りされた様な、大きな傷口がパックリと開いていて、とても生きているとは思えない。
(幽霊ですか!?幽霊ですか!?そんなもの居ませんよね!?)
 行夫の背筋が一気に冷えた。
「お……お客さん何処まで行きましょうか?」
 胸の十字架を握り必死でそれだけを尋ねる。
「彼女の所まで。届けたい物があるんです。これを届けない事には、死んでも死にきれないんです」
「ひーーっ!?死んでもーー!?」
 男の返答に、行夫が悲鳴をあげてハンドルに顔をふせる。
「お願いします。絶対に届けたいんです……こんな事になっても……絶対届けなきゃいけないんです……」
 男の懇願の様な声にハンドルに顔をふせていた行夫が、振り返る。
「今日は、帰ります。また、明日この場所で貴方のタクシーに乗ります。その時は、必ず彼女の元に連れて行って下さいね……」
 そう言うと、男は煙の様に消えた。
「ひーーっ!?……あれ?」
 男が消えた後に、一つの小さな箱を見つける。
 行夫は、恐る恐る後部座席のその箱を手に取って開けてみた。
 その箱は指輪ケースの様だった。
 ケースを開けると、そこにはダイアモンドのはまった指輪が入っていた。
「届けたい物って……これですか?」
 そのダイアモンドの指輪を手にして不思議に思った行夫だったが、先程の男が言った言葉を思い出す。
「明日も乗るって言ってましたよね……ど〜しましょう!?」
「そうですよ!?こういう事は対策課ですよ!?急がなきゃ、またあの人が乗って来ちゃいますよ!」
 恐怖を振り払う様に、市役所に向かって急スピードでタクシーを走らせるのだった。

 翌朝の対策課。
 夜の市役所が開いているはずもなく、一睡も出来なかった為クマを作った行夫が対策課の職員に説明している。
「だからですねぇ!?このままだと今日もその男の人をタクシーに乗せなきゃいけないんですよ!?困った時の対策課でしょぉ!?」
 行夫が必死に言うが職員は、
「うちは、ムービーハザードが管轄で、それ以外は管轄外なんですが……」
「管轄とか管轄外とか関係ないでしょぅ!?市民が困ってるんですよぉ!?」
「そう、言われましても……まあ、分かりました。とりあえず、協力者を募ってみましょう。集まらなくても恨まないで下さいよ」
「恨みますよぉ!?どうにか、解決して下さいよぉ!?」
 行夫の心からの叫びが、対策課に響くのだった。

種別名シナリオ 管理番号676
クリエイター冴原 瑠璃丸(wdfw1324)
クリエイターコメントはい、こんにちは。
皆さん元気ですか?
夏バテ気味の冴原です(笑)。

補足しておきますと、本シナリオはイベント「タワー・オブ・ホラー」より、前のお話となります。

御先さんのお願いは、今夜も乗ってくる男からの恐怖をどうにかして欲しいと言う事です。
どうやら、この男の人には、この世での心残りがあるようです。
何とか解決してあげて下さい。
ヒントはオープニング内に散らばっていますので、どうにか成仏させてあげて下さい。

それでは、ご参加お待ちしております(ぺこり)。

参加者
鬼灯 柘榴(chay2262) ムービースター 女 21歳 呪い屋
<ノベル>

 御先 行夫は、夜が来るのが不安で不安でたまらなかった。
 昨日、乗せた客。
 幽霊……いやそんなものはいませんよ!
 強く思いつつ、身体は震えている。
「行夫さん」
 後ろから、肩をぽんと叩かれて、自分の名前を呼ばれて、飛び上がる程驚く行夫。
「そんなに驚かないでください」
 と、にっこり微笑んでくる、深紅の曼珠沙華を咲かせた赤い着物。
 暑さをまったく感じさせない笑顔を纏った、鬼灯 柘榴が優しい声音で行夫に声をかける。
 対策課の職員が言ったとおり、なかなか人が集まらず、どうにかこの柘榴だけは協力を申し出てくれたのだ。
 だが、柘榴は柘榴で思う所があったらしく、善意だけの協力とは言い難い様だ。
 行夫は気付かないけれど。
「行夫さんのお噂は、かねがね聞いてますよ。それで、私、呪い屋を営んで居るんですが、誰を恨みますって…?」
「恨みー!?そんなの無いですよぉ!?そんな、恨みとか呪いとか怖いの駄目なんですよ私!?あなたに頼みたいのは、とにかく今日も乗って来るであろう、あの、男の……幽霊の人を何とかして欲しいただそれだけなんですよ!?ホントお願いしますよ!?」
 必死に言う、行夫に、
「ええ、そうですか。まあ、努力しましょう。でも、行夫さん呪いたい人とか本当にいません?」
 気怠げに言ったあと、確認する様にもう一度行夫に確認する柘榴。
「そんなの居ませんってば!ちゃんとやって下さいよ!?」
「はいはい、分かりました。……つまらない」
 柘榴の最後の呟きは、行夫には聞こえなかった。
「それでは、夜まで待ちましょうか?」
 夜を待たなければ何も始まらない。
 柘榴は行夫に優しく、声をかけた。
 
 そうして、夜が来た。
 行夫は脅えながらもいつもの走行ルートをタクシーで走らせていた。
 昨日の今日で怖くない訳では無い。
 もうそりゃあ脅えきって、アクセルとブレーキを踏み間違える程だ。
 柘榴はそんな行夫を、くすくすと笑いながら助手席に座っている。
「もうすぐ……例の住宅街ですよ!?」
「そうですか、行夫さんはとにかく安心してタクシーを走らせてください。男の人は、私が何とかしますから」
 と、軽く笑う柘榴。
「本当にどうかよろしくお願いしますよ〜」
 そんな話をしながら、数分タクシーを走らせていると、例の街灯が見えてきた。
 街灯の下には、昨日と同じ背格好の男が右手を挙げて、行夫のタクシーを呼び止めようとしている。
「どうしましょう!?このまま突っ切っちゃいますか!?」
 行夫の脅えは、ピ−クに達していた。
「いえ、とりあえずタクシーを止めてください。行夫さん」
「……わ、分かりましたよぉ」
 柘榴の答えに情けない声を出す行夫。
 男の前に後部座席のドアが来る様にドアを近づけた。
 だがドアは、開かない。
 ゆっくりと助手席から柘榴が出てくる。
「鬼灯柘榴、と申します。呪い屋を営んでおりますの、よしなにしてくださいませ」
 上半身を袈裟斬りにされて血まみれで、顔の色も真っ白な男は、いきなりの自己紹介に、
「はあ」
 と、困惑気味だ。
「あなたは、何が心残りで現世にとどまって居るんですか?」
 柘榴の対応は普通の人間と話している様だった。
「僕は、ただ、彼女にあるものを渡したくて。でもそれも、無くなってしまって困って居るんです」
「渡したい物ですか?」
 それを、タクシーの中でガタガタ震えながら聞いていた行夫は、ポケットに入れていた、宝石ケースを思い出す。
「ざ、柘榴さん……」
「何ですか、行夫さん?」
「昨日、これがこのタクシーに残されていたんです……」
 なるべく幽霊と目を合わせない様に、柘榴にその宝石ケースを渡す、行夫。
 それを見ると男が、
「それです。それなんです。彼女に渡したい物は」
「宝石ケースみたいですね?開けてもよろしいですか?」
「はい、どうぞ」
 柘榴に問われ、了承する男。
 そして、柘榴は宝石ケースを開く。
 そこには、小粒のダイアモンドがはめられた、指輪が入っていた。
「これは、婚約指輪ですね?」
 柘榴が問うと、男は、
「はい。私は、あの日彼女に、この婚約指輪を渡して、プロポーズするつもりでした。ですがあの暗い晩、何が起きたか分からなかった。暗い夜道、刀が迫ってきて、一閃。私の身体は、斬られていました。その時思ったんです。僕は、もう側にいられないけど、この指輪だけは、彼女に届けなくてはと。それが、僕の最後の思いだったから」
「最後の思いね」
 柘榴は表情を変えず聞いている。
「そんな時、この人のタクシーが僕を彼女の所まで連れて行ってくれる気がしたんです」
「その、指輪、渡したいなら、お手伝いしましょう。但し……」
 柘榴が低い声音を出す。
「但し……」
 男も重い雰囲気を醸し出す。
「代価はいただきますよ。幽霊は一般人には見えませんから」
「そうですね……」
「当然でしょう、相手を呪うのですから」
「呪うだなんて!?僕は彼女にこの指輪を……」
 必死に訴える男に柘榴は、淡々と言う。
「指輪は呪具です。自分と相手とを縛る、契約の証。それがどういった経緯のものであれ、変わりはありません」
「縛るだなんて、思いを伝えたいだけなのに……」
 男の顔が歪む。
「代価を申し上げましょう。彼女の、あなたの記憶。そうすれば指輪を渡しても呪具として発動しませんから」
「僕の記憶……」
「指輪は人と人とを繋ぐ鎖。でもその一方が外れてしまえばその効力は発しません。ただ、あなたという存在を彼女が忘れるだけです。それでも彼女に指輪を渡したいですか?」
 男が沈黙する。
「人を呪わば穴二つ…ようく、お考えくださいませ」
 柘榴が念を押す様に言う。
「……彼女の記憶から僕がいなくなってもいいです。彼女にこの指輪を渡せるなら」
 決意のこもった言葉だった。
「そうですか。ならばお手伝いしましょう。行夫さん、後部座席を開けて彼を乗っけてあげて下さい」
 一部始終を聞いていた行夫は、脅えながらも後部座席のドアを開けた。
「お、お客さんどちらまで……?」
「彼女の所まで、僕の愛する彼女の所までお願いします」
 男はそう言って、指輪を大事そうに掌に納めている。

 行夫のタクシーが20分程走ると、男は、
「ここです」
 と言って、一軒のアパートを指差す。
「ここの、201号室に彼女はいます」
 行夫がタクシーを止める。
「行夫さんは怖いでしょうから、ここで待っていて下さいね」
 柘榴が言うと、行夫が、哀れむ様に、
「その人の願い叶えてあげて下さいね……柘榴さん」
「私に任せて下さい。一流の呪い屋の力がどれほどかお見せしますよ。それでは、行きましょう」
 と、行夫の言葉を受けて、男を促す。
「はい」
 男の手の中には指輪が強く握られていた。

 アパートの一室の前。
 柘榴がインターホンを鳴らすと、
「……どちら様?」
 と言って、顔色の優れない、痩せた女性が出てきた。
「由希子!」
 男が叫ぶが、幽霊の声。
 当然彼女には聞こえない。
 そこに割って入る様に、柘榴が、
「鬼灯柘榴、と申します。呪い屋を営んでおりますの、よしなにしてくださいませ」
 由希子と呼ばれた女性が不信気に、
「……呪い屋さん?私に何の用?悟さんの命を奪った様に私の命も奪おうって言うの!?」
「そんな事、致しません。ある方の依頼を果たさせて頂くだけです」
 そう言うと、柘榴は小さく呪文を唱えた。
 すると、由希子の前に悟が現れた。
 血だらけだったが二人には、関係なかった。
「……悟さん」
「由希子」
「いきなり、あなたがいなくなってしまって、私、あなたのあとを追おうかと……」
「そんなの駄目だ。今の僕にとっては、君の幸せだけが望みなんだから」
 そう言うと、悟は由希子の左手を取った。
「悟さん?」
 目をぱちくりする、由希子の左手の薬指に、悟が大事に持っていた、ダイアモンドの指輪がはめられる。
「愛していたよ、由希子。今も、愛している。だけど、さよならなんだ。僕を忘れても、君だけは幸せでいて」
 悟はそう言いながら、姿が薄れていく。
「柘榴さん。彼女を僕が縛ってしまう前に僕の記憶を消して下さい。お願いします!」
 悟の心からの叫びだった。
「分かっています」
「悟さん行かないで……」
 柘榴が応え呪文を唱えると、由希子が悟の方に手を伸ばしたまま倒れた。
 柘榴は悟が逝ったのを確認すると、踵を返して元来た道を戻っていった。
 由希子の手に光る指輪を一瞬眩しそうに視界に入れて。

 数分後、由希子は目を覚ました。
 何で自分は、玄関で倒れ込んでいたんだろう。
 誰かが来たのは覚えている。
 曼珠沙華を咲かせた赤い着物が印象に残っている。
 だがそれ以外が思い出せない。
「何だったのかしら?」
 そう言って、左手を頬に当てると指輪の感触がした。
「あれ?私、こんな高そうな指輪持ってたかしら?」
 思わず外して、隅々までチェックする。
 そして、指輪の裏に文字を発見する。
『From S』
 それを見た時、何故か涙がこぼれた。
 涙が止まらなかった。
 何も分からない。
 だけど、この指輪は私にとってきっとかけがえのないもの。
 それだけが分かった気がした。
 だが、彼女が全てを思い出す事は二度と無い。
 彼女は新しい恋をして、新しいスタートを切るのだ。
 愛しかったあの人の事を忘れて……。

「柘榴さ〜ん。どうでした?」
 帰ってきた柘榴に行夫が問う。
 柘榴の側には、あの幽霊の姿はない。
「大丈夫ですよ。しっかりと、逝きましたよ。この世に留まっていた、理由も解消して」
「そうですかぁ。ホント良かったです。これであの人と会う事は二度と無いんですね」
 心からほっとしている行夫。
「大丈夫ですよ、あなたの負の気はいくらでも幽霊を呼び込みます。すぐにでも次の幽霊に会えますよ」
 と、柘榴が微笑むと、
「え――――!!いやですよぉ―――!?」
 行夫の絶叫が辺りにこだまするのだった。

クリエイターコメントこの度は、大変お待たせ致しました。
申し訳ありません。
【御先さんの幽霊な日々】冴原版、如何だったでしょうか?
はっきり言って怖くないですね(笑)。

今回はご参加下さいまして有り難うございました。

誤字脱字、ご要望、ご感想等ございましたら、メールして頂けると嬉しいです。
今後の参考にさせて頂きます。
公開日時2008-09-02(火) 22:40
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