★ 幽霊屋敷に遊びに行こう ★
クリエイター高遠一馬(wmvm5910)
管理番号96-5469 オファー日2008-11-24(月) 19:51
オファーPC 鬼灯 柘榴(chay2262) ムービースター 女 21歳 呪い屋
ゲストPC1 ゆき(chyc9476) ムービースター 女 8歳 座敷童子兼土地神
ゲストPC2 寺島 信夫(cwrx5489) ムービーファン 男 36歳 自由業
<ノベル>

 本当に毎日茹だるように暑い。夕暮れ、家の前に打ち水をしつつ落日を迎えれば、うんざりするばかりだった暑気もようやく幾分落ち着いていくような気もするけれども。
 鬼灯柘榴は橙色に染まる西の空を見つめながら小さなため息を落とし、縁側に腰を落として頬杖をつく。――さて、今夜もまた寝苦しい暑さに見舞われるのだろうか(とは言っても、柘榴の家にはいわゆる“憑き物”が多く置かれているためもあってか、実は余所に比べればずいぶんとヒンヤリとした空気で満たされてはいるのだけれど)。それを思えば少しばかりうんざりとしないでもない。それではどうしたものだろうか。ひとり夏の夜の月を仰ぎつつ冷酒を愉しむのも良いかもしれない。――けれども、どうにも欲がわかない。そもそも食欲といったものは柘榴の中で欠片ほどにしか存在しない欲求にすぎない。
「それに、お酒なら、夕べも飲んだしねぇ……」
 独りごちて小さくうなり、上目に白々とした月を見る。そうして、ふと思いつき、柘榴は彼女の使鬼の内のひとりを呼んだ。
「真達羅」
 呼べば使鬼は足もとの土中からぴしゃりと飛沫を跳ねあげながら、鮃に似た姿を柘榴の視界に現した。人ひとりふたりゆうに乗せることが出来るほどの巨躯をもった使鬼だ。
 真達羅は暮れてゆく空を背景に、水中を泳ぎまわってでもいるかのように自由に、宙の中を飛び回る。その姿を、笑みを浮かべながら見据え、柘榴は縁側に両手をつき身を乗り出しながら訊ねかける。「どうかしら、真達羅。これから少し、夜の散歩でも」
 主に声をかけられた使鬼は嬉しそうに三叉の尾を上下させ、そうして主を背に乗せるため宙から地へと舞い降りた。夕闇押し迫る空は橙から赤銅の深い色へと移り変わり、端の方には黒檀が広がって夜の到来を知らしめている。
 真達羅の背に乗り宙へと浮けば、アスファルトに照り返す暑気の余波からも幾分解放されたような気持ちになる。柘榴は大きく息を吸って背を伸ばし、暮れゆく空を仰いだ。
 真達羅がゆっくりと地表を離れて宙を泳ぐ。
 柘榴は使鬼に向けて特に何かを言うでもなく口を閉ざしたままでいたが、次第に心地良い温度へと変じていく夕風の流れに髪を泳がせながら眦を細め、微笑んだ。
「――あちらに向かってみましょうか、真達羅。……知った気配を感じるわ」
 言いながら細い指で東の方角を示す。使鬼は応える代わりに一度だけ尾を大きく動かして、主が望む方角に向けて進路を定めた。

「ほんっとに美味しいですね! このアイス!」
 子供のように目をキラキラと輝かせながらカップアイスを口にするのは、白いシャツにネクタイをしめた大の男、寺島信夫だ。その横には座敷わらしのゆきがいて、同じカップアイスの、味の異なるものを食べている。ゆきが食べているのはバニラで寺島が食べているのがチョコ味。どちらにも小さく砕いたクッキーが混ぜ込まれている。最近になって新発売されたばかりのものらしいが、実のところ、ゆきも今回初めて買って食べているのだ。
「良かったのう、信夫」
 自分よりもずいぶん身丈の大きな寺島の顔を仰ぎ見ながら目を細め、ゆきは自分も嬉しくなって頬をゆるめた。
「――しかし、こうして見ておると、おぬしは本当に顔を変えるのじゃなあ」
 ゆるんだ頬に紛れて思わずぽろりとこぼれてしまった言葉に、ゆきは自分で驚き、目を見張った。寺島も同じように目を丸くして「は?」と間延びした声を出している。
 ゆきはわずかな間を置いた後にゆっくりとかぶりを振り、できるかぎりの笑顔を浮かべて寺島の顔を覗き見た。
「なんでもない。……そういえばのう、わしは最近、小学校にお邪魔しておるんじゃがの」
「へえ? 小学校はいま夏休みでしょう。何をしに行ってるんです?」
「ウサギの世話を手伝いに行っておるんじゃ。エサをやったり、ワラを新しくしてやったりのう。たった三匹しかおらなんじゃが、結構大変なんじゃよ」
 寺島はゆきの話に大きくうなずきながら、アイスの残りを口にかきいれる。
「でも可愛いんでしょうねえ。今度ボクも連れていってくださいよ。もふもふの背中を撫でたら可愛いんだろうなあ」
 ふわふわとした表情でそう続けた寺島に笑い、その時ふと頭上に翳りが出たような気がして、ゆきは視線を寺島の顔よりもさらに上空にむけてみた。
「ん? おお、信夫、柘榴じゃ。柘榴がおるよ」
「へ?」
 ゆきは上空に向けて大きく両手を振った。そのゆきに言われ次いで頭上を仰ぎ見た寺島の目に映りこんだのは、視界を覆う大きな鮃の形に似た“何か”に座りにこやかに微笑んでこちらを見下ろしている女がいた。知らず、寺島の口から小さな悲鳴に似た声がもれる。
「ざ、ざざ柘榴さ……っ」
「まあ、ワタクシに会えたのがそれほどまでに嬉しいのかしら」
 フフフと笑いながら使鬼を地上近くに降ろし地表に足をつけた柘榴は、なぜか顔を青くしたり赤くしたりと忙しなくしている寺島を一瞥して艶然と笑う。そうした後にゆきを振り向き、「こんにちは、ゆきさん。お元気そうですね」
「うん、わしはいつでも元気じゃよ。柘榴も変わりなさそうじゃの」
「ええ、おかげさまで。――でもこの暑さだけには滅入りますね」
「ふむ。たった今まで信夫とふたりでアイスを食べておったんじゃよ。のう、信夫」
 突然話題をふられ、何の前触れもなく現れた柘榴に対し、なにやら不穏な予感を抱いているらしい寺島は大袈裟に身体を跳ねあげて顔面を蒼白させた。
「ひ、いえ、ええ、はい。その、ゆきさんが勧めてくださって」
「まあ、私もぜひご一緒させていただきたかったですわ」
 不必要なほどに怯えている寺島が面白いのか、柘榴は寺島の顔を覗きこむような体勢をとり、じりじりと歩み寄る。寺島は柘榴から目を逸らし、こちらもやはりじりじりと距離をとろうとしていた。
「仲良しじゃのう、ふたりは」
 場の空気に気がついてかどうか、ゆきだけが満面の笑みを浮かべて肯いていた。
「ふふ、私はもっと仲良くなりたいと思っているのですけれども」
 ゆきの言葉を受け、柘榴は頬にやわらかな微笑みをのせる。そうして窺うような目で寺島を覗き見るが、寺島にとってはそれすらも恐怖のものでしかないらしい。なにか怖ろしい災いが自分の身に降りかかるのではないか。――そう思えてならないようなのだ。
「あ、そうそう。私、今まで少し散歩していたのですけれども」
「ほう。さっきのあの――なんと言ったかの。あの鮃のような……あれに乗って散歩しておったのかの?」
「あれは、私の使鬼のうちのひとり、名を真達羅というのですわ」
「ひらひらと飛んでおったの!」
 ゆきが顔を紅潮させて身を乗り出すと、柘榴は寺島からゆきへと視線を移し、ふわりと笑って「真達羅」名を呼んだ。名を呼ばれた使鬼は柘榴の足もとに伸びる影の中に身を潜めていたが、ただちに宙の中に跳ね上がり、ひとしきり嬉しそうに周囲を泳ぐように飛び回っていた。
「なかなか心地良く散歩できますよ。……よろしければご一緒いたしませんか?」
 柘榴が告げた言葉に、ゆきは小さな身体を大きく跳ね上げて喜んだ。
「わしらも乗せてくれるのかの!?」
「ええ、喜んで」
 なごやかに進められる会話を、今すぐにでも場を遠ざかりたい気持ちでいっぱいでいた寺島が耳にして、顔を蒼白させる。
「……わし“ら”も……?」
「ええ、喜んで」
 こころもち震えていた寺島の声を、柘榴の艶然とした笑顔が押さえ込む。
「私、散歩の途中で楽しそうな場所を見つけましたの。それでそちらに向かってみようかと思っていたところでお二人に会ったのですが……。どうです? そちらにもぜひご一緒いたしませんか?」
 愉しげな(寺島には不穏そのものにも見える)表情で目を細める柘榴の言葉に、今度こそ寺島は小さな悲鳴をあげた。が、ゆきはさらに目を輝かせて大きく肯く。
「もちろんじゃよ! のう、信夫!」
 きらきらと顔を輝かせて自分の顔を覗きこんできたゆきに、寺島は今にも卒倒しそうな表情で、今にも消えそうな儚い笑顔をかろうじて浮かべてみせた。

 
 柘榴が案内したのは市街地を外れた田園で、使鬼はその中の一郭、遠目にも古めかしく見える一軒の日本家屋の前に降り立った。もう手入れもなされていない、荒れ放題の田畑を前にした、低い丘の上に建つ茅葺屋根の棟だ。
 人気のまるで感じられないその家屋には木造の門構えがあり、すでに腐り崩れている門扉は風に吹かれてかたかたと小さな音を立てている。敷石の周囲にも雑草は伸び放題になっていて、しかしまるで獣道のように、一筋、家の玄関口に向かう道がぽっかりと開けてもいた。
「どうですか? ふふふ、楽しそうな場所でしょう?」
 柘榴は着物の袖で口もとをおさえ、くつくつと笑みをもらす。
 眼前にあるのは“いかにも”といった風情をたたえた家屋だ。ゆきは興味深げに肯きながら「幽霊屋敷みたいじゃのう」。反射的に寺島が跳ね上がって悲鳴をあげた。
「ゆゆゆ幽霊屋敷!!」
「涼しげで良いでしょう?」
 逃げ出しそうになった寺島の前を遮り、柘榴が道をふさぐ。怯える寺島を威圧するように艶然と微笑む柘榴の足もとからは、紺色の躯に深い赤色の舌をちろちろと揺らす巨大な蛇が顔を覗かせ、黄色の眼で窺うように寺島の顔を見据えていた。――帰路、もとい、逃げ場は柘榴と使鬼によってふさがれていたのだ。
「大丈夫じゃよ、信夫。わしがこうして手を握っててやるからの」
 ゆきは寺島の、恐怖で冷え切った手をとって顔を覗きこんだ。
「なんにも怖いことなど起こらぬよ。わしがこうしてついてるからの。前に幽霊屋敷に入ったときも、こうしてわしが手を繋いでおったじゃろう?」
 そう続けてやわらかく微笑んだゆきを見つめ、寺島はようやく震えを止めた。しかしその肩に柘榴の手が置かれると、再び飛び上がりそうに驚くのだった。
「では参りましょうか」
 柘榴は寺島を見てゆるゆると頬をゆるめ、先んじて雑草の間、敷石の上に歩みを進めていった。

 
 沈みかけた夕日に照らされた家屋の玄関は磨りガラスが張られており、ガラスの向こうには明かりひとつない暗闇が広がっていた。……否、目をこらせば、そのガラスにへばりつくようにしてこちらを見ている暗い影があるのが確認できる。
「まあ、ほら、歓迎してくださっているようですわ」
 寺島の肩に片手を置いたまま、柘榴はゆるゆると笑った。
「へ?」
 屋敷に踏み込む前からもうすでに生気を失くしている寺島は、間の抜けた声で応えた。ゆきは寺島の手を握ってやりながら柘榴の指先を追い、そこに “何者か”の影があるのを見つけ、ほんの一瞬、ぎょっとしたような顔を浮かべる。が、すぐにやわらかな笑顔を浮かべ、未だ影を見つけられずにいるらしい寺島の顔を覗きこんでかぶりを振った。
「夕方じゃからの、影がおかしな風に見えておるだけじゃよ。柘榴もあまり信夫を脅かすのはダメなんじゃよ」
 やんわりと柘榴に注意をうながす。柘榴はそれを受けてわずかに肩をすくめ、ガラス戸に手を伸べた。
「ひいいいいいい」
 次の瞬間、ガラス戸は柘榴の力を受けずにからからと音を立ててひとりでに開き、寺島の腰を完全に引かせた。「じ、自動ドアみたいじゃのう、信夫!」どうにかそれを宥めようと、ゆきがどう考えても無理なフォローをいれる横で、柘榴ばかりが目を輝かせている。
「ほら、やっぱり。私たちを歓迎してくれているんですわ。さ、早くお邪魔してみましょう!」
 言いながら寺島の腕に自分の腕をからめ、強引に、もはや引きずるようにして玄関をくぐった。ガラス戸は三人をおさめると再びからからと静かに、けれども素早く閉じ、ご丁寧に、鍵がかかるような音まで響かせた。
「大丈夫じゃよ、信夫。わしがこうして手を握っててやるからの」
 ゆきは寺島に向けて再び同じ言葉をかけてやったが、寺島はもはや今すぐにでも気を失いそうなほどに顔を蒼白させてしまっていた。

 
 屋敷内には当然ながら住人の気配など微塵もなく、板張りの廊下にはホコリやカビが浮いていた。三人が歩くと廊下は今にも踏み抜けてしまいそうな軋みをあげ、連動するかのように、天井や壁、あちこちで家鳴りのような音が鳴り始めた。
「これは家鳴りというんじゃよ、信夫」
 いちいち怯えて悲鳴をあげる寺島に、ゆきは言い聞かせるように優しくそう諭す。
「見たところ、このお宅は良い木材を使って建てているようですしねえ」
 柘榴もゆきの言に賛同するように肯いた。
 ミシミシミシッ。
 が、ふたりの言葉に反して、今度は大きな音が三人の上に降りかかってきた。何かが天井を這っているような音だ。同時に土壁があちこちでドーンドーンと大きく揺れ始める。まるで複数の誰かが壁の向こうから力任せに叩いてきているかのようだ。
「まあ」「ひいい!」
 柘榴ののんびりとした感嘆と、寺島の悲鳴とが入り混じる。
「大丈夫じゃよ、信夫。これは家鳴りといっての、」
 言いながら上を見上げたゆきの目が、天井いっぱいに広がっている赤黒い紙魚(しみ)があるのを見つけてしまった。
 言葉途中で口を閉ざし、天井を凝視しているゆきの異変に気がついたのか、寺島もまた同じように視線を頭上へと移す。つられて柘榴も天井に目を向けた。
「ひいいいいいいいい!」
 寺島の絶叫が屋敷の中に広がる。
 天井は赤黒い血で染められ、雨雫が漏れてくるように、ぽつりぽつりと落ちてきた。
「自己主張の強い方がお住まいなのですねえ」
 くすくすと笑いながら
「さ、先に進みましょう」
 寺島の腕を引く柘榴の顔には、有無を言わせぬ威圧的な微笑みが満面に滲んでいた。
「わ、わしがついててやるからの! そうじゃ、後でアイスを一個買ってやるからの!」
 まるで小さい子供を宥めるような言葉を述べながら、ゆきは必死に寺島の顔を仰ぎ見る。寺島はもう、半ば気を失っているような顔で、ただただずるずると柘榴に引きずられていった。
 廊下は回り廊下だった。額入りの縦繁障子で仕切られた部屋はすべてが畳敷きで、長持や箪笥といった家具がそのままに置かれたままになっていた。開かれたままの押入れの中には見るからに腐った布団がしまわれたままになっている。
「まるで最近まで何方かが住まわれていたみたいですわね」
 畳の上に踏みあがりながら朗々とした語調で話す柘榴に、ゆきも同意を見せた。
「本当じゃの。……ほれ、信夫。テーブルの上に茶碗が置かれたままになっておる」
 言いながら示した場所は台所であったらしく、古いながらも流し台やガス台がちゃんと設備されていた。小さな冷蔵庫も置かれたままになっている。
「こういう冷蔵庫の中に、怪しいものがしまわれてあったりしたら楽しいんですけれどもねえ」
 楽しげに声を弾ませながらいそいそと台所に進むと、柘榴は取っ手の錆びた冷蔵庫に手をかけた。途端に寺島が悲鳴をあげる。
「やややややめてください、柘榴さん!! し、しし、失礼ですよ!」
「まあ、寺島さんたら」
 くすくすと笑いながら、柘榴は寺島の制止など意に介さぬような調子で冷蔵庫を開けた。
中からは何か――そう、“何か”判らない塊がごろりと転がり出てきて、三人は一瞬しんと静まり返った。
「柘榴、それは」
 それは何じゃと訊ねようとしたゆきの言葉を遮るように、どこか近い場所から
 ニャアアアオオオオオ
 それは猫の鳴き声だった。土中深い場所から響きあがってくるような、低い、まるで怨みのこもったものであるかのような声だ。
 ニャアアアアアアアアオオオオオウウ
「ひいいいい!! ほら、柘榴さんが開けるから、おかしなものが蘇っちゃったんですよお!」
 泣きそうな声で叫ぶ寺島を振り返り、柘榴は悠然と微笑む。
「まあ、それは大変。……じゃあ先に進みましょうか」
「ま、ままま、まだ先に行くんですかああ」
 ミシミシッ ニャアアオオウ
 家鳴りと猫の声とがダブルで寺島の声に反応する。
「のう、猫の声なんじゃが、長持の中から聴こえてはきておらんかの」
 しばらく口を閉ざしていたゆきが、不意にそう口を開いた。寺島は小さく悲鳴をあげたが、柘榴は興味深げに肯き、「そうですわね」と言いながらいそいそと畳の部屋の長持に駆け寄る。
ゆきもまた、寺島の手を繋いだままで柘榴を追いかけた。必然的に寺島もまた長持の近くに寄ることになる。しかも長持は開かれたままの押入れや、不穏な空気を漂わせている箪笥のすぐそばに置かれていた。
「開けてみますね」
 もはや言葉にならない言葉で必死に制止しようとしている寺島のことなど視界にもいれず、柘榴は躊躇することもなく長持に手をかけた。
 ミシミシパシパシパシ
「まあ」
 天井やら壁やら床やら、ありとあらゆる場所で“家鳴り”が轟く中で、柘榴は開いた長持を覗き込みながら目を輝かせる。
「見てくださいな」
 言われ、ゆきも長持を覗いた。中にはヒビのはいった鏡、七首、居合刀などがしまわれていた。七首や居合刀といったものは鞘におさめられていて、刀身がどのような状態になっているのかは抜いてみないことには知れそうにない。
 ミシミシミシミシバシバシバシン!
 家鳴りは明らかにひどくなっている。それに加え、どこからか吹いてくる風が人の声に似た音を奏で始めた。屋敷内は、今や猫の声と家鳴りの音と風の音なのか人の呻き声なのかわからないような音とが入り混じった、そら怖ろしい状態に叩き込まれている。
「あわわわわわ」
 もはや悲鳴すらも形にならない。寺島はゆきの手を両手で握りしめ、固く目を閉じ、身体を動かさないよう、なるべくじっとしていることを心掛けることにした。そうすることで屋敷内にいるであろう何かに“気付かれない”ような気がしたのだ。
「すばらしいものばかりですわ。――私、この中のどれかを蒐集させていただこうかしら」
 寺島とは対照的に、柘榴はこの上もなくうきうきと目を輝かせている。七首を鞘から抜き出してみようとしたとき、家鳴りや風の音はついに人の呻き声へと変じて空気を震わせた。
 ヤ   メ        ろ
 それは明らかにそう告げていた。刀身を抜き出すなということなのだろう。
 ゆきが長持を覗きこみ、ひび割れた鏡を覗き見たときだった。鏡面に映っている天井に、血まみれの男と女の顔が映りこんでいるのを見つけた。恨みがましい顔で三人を睨みつけ、口をぱくぱく動かしている。
 ヤ     メ        ロ
「柘榴、天井に」
 ゆきが天井を仰ぎ見ようとした瞬間、柘榴はそれを理解できていたかのように、使鬼の名前を口にした。
「おいでなさい、安底羅」
 柘榴の影の中から、名を呼ばれるのを待ち侘びていたように、ウサギが一匹跳ね上がる。ウサギは跳ね上がったのと同時に長い耳を振り回し、辺りに満ちていた悪しき空気を一蹴するように切り裂いた。同時、恨みがましい声や家鳴りや猫の声は一瞬にして静まり返り、寺島が懸命に唱える念仏だけがぶつぶつと残された。

 長持の中に一枚の紙があるのを見つけ、ゆきはそれを拾い上げてみた。それは古い写真で、そこには幼い男の子と彼に抱かれた小さな猫が写されていた。利口そうな、けれども弱々しい印象を窺わせる子供だ。
「……猫」
 呟き、首をかしげる。
 ふと視線を感じ、押入れに目を向けた。と、そこに一匹の白い仔猫の姿を見つけ、ゆきは「ふむ」と肯く。そうして写真の中の猫と眼前の猫とを見比べて、納得したように目を瞬かせた。
「おぬし、ここの家に飼われておったのじゃの」
 訊ねる。猫は黄色い目でまっすぐにゆきを見据え、小さくニャアオと鳴いた。
「ずっとひとりでここにおったのかの?」 
 見たところ、おそらく“ひとり”ではなかったのかもしれないが。さらに言えば、この猫のまわりでどういった事が起こったのか、知るよしもないのだが。
 猫は再び鳴いた。おそらく、安底羅が空気を一蹴した影響もあるのだろうか。ひどく素直な猫のように思える。
「……ひとりは、寂しいのう」
 呟き、目を細める。
 広い屋敷内にただひとり置かれる、それがどれほどの孤独か、ゆきにはよく解っている。
 猫は鳴かなかった。ただまっすぐにゆきを仰ぎ見ている。
「わしと一緒に来るかの?」
 訊ねた。「わしが住んでいるところには、わしみたいなものがたくさんおるんじゃよ。おぬしのことも皆が歓迎しよう。……どうじゃ?」
 猫はしばしの間を置いた後、応えるようにニャアオと鳴いた。そうしてゆきのそばに歩み寄り、ゆきの足の顔を擦り付けた後にふわりと消えた。

 ゆきが猫と対峙している横では、柘榴が屋敷にこもる怨嗟との対峙を迎えていた。使鬼が裂いた空気はしばしの後に形を変え、やがてふたつの人影へと変じて恨み深げな声をあげたのだ。
 ソレヲモッテイクノナラバ、カワリニヒトツオイテユケ
 ふたつの人影は若い男女のものだった。ゆきが鏡面の中に見たそれだったが、柘榴がそれを知るはずもない。だが柘榴は艶然とした笑みはそのままに、使鬼の頭を撫でてやりながら、まっすぐに彼らの顔を眺め返している。
「それは交換条件ですか? 置いてけぼりみたいですわね」
 くすりと笑い、手にしていた短刀や居合刀に目を落とす。
「困りましたわね。ワタクシ、これらをとても気に入ってしまいましたのよ。素直にお返ししたところで、あなた方がワタクシたちを素直に帰してくれるとも限りませんでしょうしねえ」
 言いながら、けれども少しも困った風を見せず、柘榴はやんわりと首をかしげる。
「ど、どうするんじゃ、柘榴」
 ゆきが柘榴を呼ぶ。ゆきは両腕で小さく丸くなっている寺島を抱きかかえるようにして、柘榴の顔を見上げていた。それを横目に見ながら微笑むと、柘榴は思い立ったように口を開けた。
「そうですわ、どうでしょう。この男をあなた方に差し上げましょうか。掛け物がなければこちらをいただけないということでしたら、掛け物としてこの男の心臓を掛けますわ」
「えええええええ!? ちょ、柘榴さん!?」
 怨霊に気付かれまいとして身を縮めていた寺島は、柘榴が口にした思いもかけない言葉に驚愕して顔を持ち上げる。ゆきもまた同じく、目を丸くして柘榴を見上げた。
 柘榴はゆったりとした微笑を浮かべたままでいる。
「ええええええええ!?」
 寺島の悲痛な叫びが静寂を震わせていた。
 男女の怨霊はゆっくりと寺島を検め、しばしの間を置いた後に畳の上をすべるようにして寺島のそばに近寄ってきた。そうして寺島の顔を覗きこむようにして、口もとをにいと大きく歪ませる。
「満足したようですわね」
 言って、柘榴は撫でていた使鬼の名を口にした。
「安底羅」
 次の瞬間。
 柘榴の使鬼は鋭利な耳を大きく回転させ、怨霊と、ついでに押入れの襖や土壁や、そういったものをことごとくに切り裂き、破壊した。
「冗談ですわ、冗談。――寺島さんにはこれからもまだまだ楽しませていただかなければなりませんもの。ふふふ」
 艶然と笑い、袖で口もとを隠す。
 寺島は恐怖で気を失っていた。ゆきは柘榴の顔を仰ぎ見ながら目を輝かせ、
「やったの! やっぱり柘榴はかっこいいんじゃよ!」
「そんなことありませんわ。ふふふ」
 微笑みながら、今度は真達羅の名を口にする。再び活躍の場を与えられた真達羅は三人を背に乗せると三叉の尾で壁やガラス戸を破壊し、そこから外界へと飛び出て日暮れた空に跳ね上がった。
 屋敷は三人が抜け出た直後に大きな音を立てて崩れ落ち、後には古い家屋の瓦礫ばかりが残された。
 
 陽が落ちた薄暗い中で、蜩が小さく高く鳴いている。遠く西の空には朱色の雲が残されていて、屋敷に入ってからまださほどには経っていなかったのだろうことを窺わせていた。
 真達羅は空を悠々と飛ぶ。その背の上で、柘榴とゆきは下界を見下ろしながら言を交わしていた。
「壊してしまいましたわね。もしかしたらまだ良い品があったかもしれませんのに」
「うむ。……しかし、おぬしが信夫を引きかえると言い出したときには、さすがにわしも驚いたんじゃよ」
「ふふ、何度も申しているように、ほんの冗談ですわ、冗談」
 言いながら、未だ気を失ったままでいる寺島の顔に目を向ける。
「でも、ちょっとした涼は得られましたでしょう? 夏にはやはりこれが一番ですもの」
「涼、かの。まあ、そうかもしれんのう」
 肯き、ゆきもまた寺島に目を向けた。
「そうそう。実はわしも、この前、それっぽいのを見つけたんじゃよ。散歩しておったらの、古寺を見つけたんじゃよ」
「まあ、古寺。それも楽しそうですわね。ぜひ近いうちに行ってみませんか?」
「そうじゃの! 肝試しっぽくて楽しいかもしれんのう!」
 大きく肯くゆきの横、ようやく目を覚ました寺島が弾かれたように声をあげた。
「ぼぼ、ボクはもう行きませんからねッ!」
「まあ、寺島さんったら。うふふふ」
「大丈夫じゃよ、信夫。わしがついててやるからの!」
 慰めにも何にもならない言葉をかけられた寺島の悲痛な叫びを響かせながら、真達羅は暮れていく西の空に向かい悠々と身を跳ね上げ、飛んだ。

 

クリエイターコメントお届けが遅れましたこと、初めにお詫びいたします。

シチュエーションが夏ということで、個人的には夏は夕方が一番それっぽいと感じるので、夜ではなく夕方から夜にかけての時間帯をイメージして書かせていただきました。
ホラーになりすぎず、軽くさくっと読んでいただけるノベルになっていれば良いなと思います。

それでは、またのご縁をいただけますよう、祈りつつ。
公開日時2009-01-13(火) 19:00
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