★ 君が儚むなら ★
クリエイター槙皇旋律(wdpb9025)
管理番号616-8330 オファー日2009-06-16(火) 14:34
オファーPC 鬼灯 柘榴(chay2262) ムービースター 女 21歳 呪い屋
ゲストPC1 森砂 美月(cpth7710) ムービーファン 女 27歳 カウンセラー
<ノベル>

「虚空」
 凜とした声に呼ばれ店の玄関口で身を丸めて眠っていた獣は、そっと目を開けた。
 その獣は様々な獣を縫い合わせた化物であった。見た目は凶悪そのものであるが瞳はひどく穏やかで無闇と殺生を好まないというのがありありとわかる。
「ナンダ、主」
「友人とお茶をしますので、伴をしなさい」
 上から告げられた命令に、しかし、虚空という獣は怒りはしなかった。やれやれというように起き上がり、猫のように身を伸ばして大あくびを噛み締めた。
「デハ、背ニ」
 虚空は主と呼ぶ美しい女の前で伏せをして見せた。
まるで風に揺れる鈴のように、獣の主、鬼灯柘榴は微かにだが微笑んだ。
 雪のように真っ白な肌に、曼珠沙華の咲いた着物、足袋と草履。手には大きな風呂敷を大切そうに抱えている。
 これで歩くのは苦労するだろうと、彼女の獣は気を利かせたのだ。荷物くらい伴だと言うならば持たせてくればいいのにと思うが大切なのか、持てと命令する気配もない。
 ゆっくりと柘榴が背に乗ると虚空は立ち上がった。
「目的地は?」
「杵間山」
「ワカッタ、飛ンデ」
「目立ってはだめ」
「……了解シタ」
 首筋を撫でて言う柘榴に虚空は頷いて歩き出した。

☆☆☆

 澄んだ青空。
 杵間山中腹のにムービーハザードによって出来たオープンカフェだ。白いパラソルの下にテーブルがずらりと並んでいる。さすがに夏間近なせいか日差しが強いが、優しい風も吹いている。そのなかで二人の少女が向き合い笑ってあっていた。
 ピンクの可愛らしいふりるのついたゴスロリ姿の森砂美月とその教え子の白のブラウスに黒のスカート姿の神林さゆりである。
 ある事件をきっかけにして、さゆりは一時心を閉ざしていたが、カウンセラーの美月が親身になって対応し、今では笑うようにもなった。
 今日は学校は休みなのに、美月が誘ってカフェに来たのだ。こじんまりとしているが、美しい景色とおいしいお茶とケーキ。来た人の心を落ち着かせてくれる優しい雰囲気が漂う、知る人ぞ知る人気のカフェだ。
「そういえば先生、今日は知り合いとお茶会だって」
 雑談もそこそこにさゆりは尋ねた。今日は会わせたい人がいると言われていたのだ。
「ええ、そろそろ来る頃だと思うんだとけど、あっ」
 美月がやや腰をあげて手をあげて微笑みを向ける、さゆりもつられて視線を向け、その顔から笑みが消えた。
 美しい着物を身に纏った柘榴と、その隣にいる獣。
「さゆりさん」
「先生、あれ」
「柘榴さんがね、お茶会しようって誘ってくださったのよ」
 さゆりの震えている手を、美月はそっと握り締めた。

 柘榴と虚空は連れ立って白いパラソルが並ぶテーブルへと歩いた。
 午後を過ぎていたが、そこそこに客ははいっていたが、その相手をすぐに見つけることが出来た。そして、その連れ合いの顔が強張るのを柘榴は見逃さなかった。
 横にいる獣も、それを見たらしい。
「アレハ」
 柘榴の横で獣が小さな声で呟いた。
「……私ハ別ノ処デ、待ッテイル」
 虚空はぷいっと踵返そうとした。
 テーブルの端で顔を強張らせている娘をこれ以上、恐怖に陥れないためにも。
 柘榴は目を細めて虚空の背を見つめたあと、テーブルに腰掛けたまま困惑としているさゆりをちらりと見たあと、手を伸ばすと虚空の尻尾――蛇をつかんだ。
「あなたは、虚空ですよ。過去は捨てたのでしょう」
「シカシ」
「来なさい」
 有無を言わせ言葉に虚空は眉間に皺を止せ、唸り、従った。
 美月とさゆりのいるテーブルの前に柘榴は蜜を口に含んだかのような甘い微笑みを浮かべた。
「お久しぶりです。改めて自己紹介したほうがよろしいかしら?」
「いえ、柘榴さん、ですよね」
 さゆりは小さく首を横に振り、柘榴を見上げる。
 さゆりは、柘榴と美月にはある事件で世話になっていて面識があった。
「ええ。こちらは、虚空。私の従者です」
 柘榴の紹介にさゆりは驚いたように虚空を見た。
 自分が巻き込まれた事件の発端が、この獣なのだ。事件があったとき、獣はそのような名前ではなかった。その獣がどういうことになったのか、さゆりは知らなかった。
「さゆりさん」
 美月が心配げに呼びかける。
 事件のことがさゆりの心でどのような傷となっているのかわからない。それでも必死に前へ、前へと進んできた。繊細で傷つきやすい少女の心を考えると、やはり会わせるべきではなかっただろうかと美月は心配になった。
「先生、大丈夫」
 さゆりが笑うのに美月も安心したように微笑み、握り締めるさゆりの手をそっと撫でた。
「柘榴さん、どうぞ座って。ここ、とってもおいしいんですよ」
「楽しみにしてます」
 柘榴が座り、その足元に虚空が伏せをする。
 店員がやって来ると、美月がおススメのケーキと紅茶を注文した。その間に、ちらちらとさゆりは落ち着きなく、伏せをしたまま動かない虚空を見ていた。
「気になりますか?」
「え、あっ……はい」
 柘榴に言われてさゆりは恥じ入るように頭をさげたあと顔をあげて、真っ直ぐに柘榴を見た。
「柘榴さんにお礼をいいたかったです。前にご迷惑をかけたから……ありがとうございます。私、前、自分のことしか見てませんでした。……友達を、私のことをすごく大切にしてくれる友達を傷つけました。私、そのときは自分が傷ついてばかりだと思ったけど、私には、こんなにも大切にしてくれる人たちがいっぱいいるんだってわかったんです」
「そう」
「もう、その友達、私のこと、許して、くれない、でしょうか」
 さゆりは震える声で尋ねた。
「そのお友達のことは私にはわかりませんが、私の従者はあなたが気になるようですね」
 柘榴の言葉に伏せをしていた虚空はぎくりとした。さゆりの言葉にしっかりと耳をたてていたのだ。
「どうですか、虚空」
 柘榴に呼ばれて虚空は観念したように顔をあげてさゆりを見た。
 一人の少女と獣の視線は宙で絡み合う。
「……私と、友達に、なってくれる?」
「ヨロコンデ」
 虚空は震える声で言い返した。
「さゆりさん、よかったわね」
「はい。先生」
 丁度、紅茶とケーキが運ばれてきたのに、三人は紅茶とケーキを食べた。
「おいしい」
 ケーキと紅茶の味に目をきらきらさせるのはさゆり。
「でしょう。穴場なんですよ。ここ」
「本当に、おいしいですわ」
 ちょっと誇らしげな美月に柘榴が微笑む。
「忙しい中、この場をありがとうございます」
「あ、いいんですよ。私もしたかったことですし」
 美月は大切なバッキー、友人になった人々との別れと個人でも大変な筈だが仕事柄、残されていく生徒たちの心のケアと多忙な毎日を送っている。今日もさゆりのことを気にして、柘榴の誘いもあり虚空と再会を計画したのだ。
「先生、大変なの?」
 さゆりが気遣わしげな視線を向けてくるのに美月は首を横を振った。
「さゆりさん、そんな心配しないで……私ね、別れって仕方のないことだと思うの。あ、これ悲観しているとかじゃなくてね、人って生きているからいろいろな人に出会って、それで別れていくの。別れは悲しいことよ。けど、出会えてよかったと思えるでしょ? どんなことでもちゃんと私の中に残る、それが大切なの」
「はい」
「やだ。しんみりしちゃったわね。あ、これからどうします?」
 取り繕うように笑いながら美月は尋ねた。このあとの予定は柘榴に任せてあるのだ。
「そうですね。よかったら、街をぐるりと見ませんか?」
「えっ?」
「虚空に乗って」
「あら、三人も乗ったら、潰れません? さすがに」
「私は真達羅に乗りますし、二人くらいなら大丈夫よ。ねぇ、虚空」
 話をふられて、今まで伏せしていた虚空は顔をあげると目をきらきらと輝かせている美月とさゆりがいた。
「二人ナラ、平気だ」
「だそうですよ。行きましょうか」
 柘榴の申し出に美月はにっこりと笑って頷いた。
 店での支払いを済ませる頃には、既に世界は沈み行く太陽によって茜色に染まっていた。
「さぁ、ハヤク乗れ。コノママダト、折角ノ美シイ景色を見逃スゾ」
 虚空は言うと美月とさゆりのために伏せをした。
 二人がいそいそと背中に乗ると、虚空はゆっくりと二人を落さないように注意しながら立ち上がり、翼を広げて、地面をたんっと蹴った。
 茜色の空へとぐんぐん飛び、ある程度の高さまで来ると虚空は止まった。
 群青色に染まっていく空に街の建物にぽつりぽつりと灯がともされていく。
「きれい。けど、なんだか寂しい」
 さゆりがぽつりと漏らす。
美月が後ろからそっとさゆりの肩に触れた。
「さゆりさん、悲しまないで。また太陽は昇るのよ。明日になれば」
「先生」
「終わっても、また、新しい日々がはじまるわ。それってわくわくもするでしょう?」
「けど、終わったら、それは終わりなんですよ」
「あら、終わりなんかじゃないわ。私達の中にあるもの。……さっき、別れても、それが自分のことを作るっていったでしょ? どんな形でも関わった人は自分のことを作ってくれているのだと思うわ。そして、その上で……私は生きてる。いろんなものと出会って、別れて」
「うん」
 美月の優しい微笑みにさゆりも笑った。
 二人の頬を冷たい夜風が撫でた。

 美月とさゆりは虚空に乗ったまま、柘榴は自分の真達羅に乗って、沈み行く太陽に空が紺碧に塗りつぶされていくのを見た。大地は光を失うとかわりの灯をともしていく。空からその様子を見終えて、柘榴はさゆり、美月と順々に家まで送り届けた。
「私が消えて、残るかもしわかりませんが、もし迷惑でなければ、これを」
 柘榴は片手に大切に持っていた風呂敷から自分が織った着物一式を取り出して差し出した。
 さゆりには表は淡黄、裏は青朽葉の柄は福寿葉。美月には襟ぐり、袖口にフリルをあしらった表は薄紅梅、裏は青丹の白いアネモネの着物だ。
 それぞれの着物に柘榴は自分の気持ちをこめた。
 福寿葉は、永久の幸福、思い出。
 アネモネは、期待と希望。
 二人を家へと送り着物を渡して別れたあと、柘榴は虚空と帰り道を歩いていたが、不意に虚空は柘榴の足元に擦り寄った。
「アリガトウ」
「なんですか」
「アナタノ、強サが私ヲスクッテクレタ」
「虚空」
 柘榴の白い手が優しく虚空の額を撫でた。

 一人と一匹は夜の中を寄り添い、歩いた。

クリエイターコメント出会いが在るからこそ、別れがあるのか。別れがあるか出会いがあるのか。
けれど、それはちゃんと残ります。

今回はオファーをありがとうございました。
公開日時2009-07-07(火) 18:40
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