★ 底抜けレジェンド 〜アラビアンナイトな大冒険〜 ★
クリエイターあきよしこう(wwus4965)
管理番号125-7695 オファー日2009-05-31(日) 06:53
オファーPC ルークレイル・ブラック(cvxf4223) ムービースター 男 28歳 ギャリック海賊団
ゲストPC1 クラスメイトP(ctdm8392) ムービースター 男 19歳 逃げ惑う人々
ゲストPC2 リャナ(cfpd6376) ムービースター 女 10歳 扉を開く妖精
ゲストPC3 トト・エドラグラ(cszx6205) ムービースター 男 28歳 狂戦士
<ノベル>

 
「無限に広がる大砂原」

 うーん、実に冒険の始まりに相応しい。アドベンチャーといえば、無限に広がる大宇宙か大海原か大砂漠と大体相場は決まっているのだ。ルークレイル・ブラックは腰に手など当ててしみじみと感じ入ったようにのたまった。
 降り注ぐ灼熱の太陽の中、彼の眼前に広がるのは大小さまざまな砂丘だった。見渡す限り街も宮殿もオアシスどころか蜃気楼すら見えないほどの砂の海。連なる砂の波濤は、彼がいくつも渡った広大な海に負けるとも劣らない。
 但し今は船がない。船がないという事はキャビンもない。休むところはおろか日陰もない。魚も釣れなきゃ食い物の確保もままならない。その上、地図もない。
 財宝はどっちだ?
「ルーくん。あたし、のどかわいたー」
 リャナがそっと手を挙げた。控えめなのではなく暑気当たりのせいである。
「無限に広がる大砂原」
 ルークレイルはまるで仕切りなおすように、さりげなく現実から遠ざかった。
 その後ろでクラスメイトPががっくりと両手足を熱い砂の上に付いていた。彼の背には何が入っているのか登山用リュック。傍らには彼が必死に握りしめていた岡持が転がっていた。
「僕は目頭が熱くなってきました」
 そんなPの肩をガシッとルークレイルが掴んだ。
「そうか。だがな、リストバンド。こんなところで水分を浪費するのは愚の骨頂だぞ」
 諭すようなルークレイルの口ぶりに何を勇気付けられたのか、Pはぱぁーっと顔を輝かせると力強く頷いた。大丈夫。どんな時でも沈着冷静な彼がいればどんなピンチだって乗り越えられるはずだ。何と言ってもルークレイルはPにとって、その生き様を尊敬出来る冒険家なのである。
「はい、ルークレイルさん! でも、僕の名前はリストバンドではなくリチャードです」
 Pには映画の配役名以外に、本名ではないがリチャードという名前があった。しかしルークレイルはわざとなのか真剣なのか、必ず名前を間違える。はっきり言って‘リ’しか合ってない。いつかルークレイルに名前を呼んで貰うことが、彼のささやかな夢であった。
「…………」
 そんな2人にトト・エドラグラは何とも言い難い視線を注いで小さくため息を吐いた。今自分はコントでも見ているのだろうか。Pのリュックには何が入っているのやら、砂漠に岡持一つで放り出されたも同然のこの状況で。
 トトはぼんやり、こうなった経緯を反芻してみた。

 事の始まりは市役所にある対策課らしい。
 ベイサイドホテル厨房内の冷蔵庫に、「伝説の財宝を隠し持つアラビアンナイトなハザード」が直結! という情報を仕入れたルークレイルは、市役所に出前に来ていたPを捕縛し、更にはベイサイドホテルで日向ぼっこをしていたトトを必ず人手が欲しくなるに違いないと拉致、いつ待ち合わせをしたのか、別段取り決めをしてる様子もなく、くだんの冷蔵庫前にてリャナと合流してハザード突撃を宣言したのだった。
 事情を聞いたリャナは友達の雪だるまをひどく心配していたが、雪だるまのお住まいは冷凍庫だった事もあって万事OK。
 リャナとルークレイルの冒険心はまっすぐにハザードへ向かった。財宝発掘の同志。財宝の二文字で結ばれた固い友情。
「行くぞ」
「まってましたぁ〜!!」
 有無も言わせぬ勢いで、リャナとルークレイルは冷蔵庫の扉を開いた。
 かくて何の装備もしないままアラビアンナイトワールドという名の戦場に特攻する事になったのである。
 果たして、冷蔵庫の中には、アラビアンナイトの冒険にも負けない砂漠が広がっていたのだった。
 回想終わり。
 一部、トトが知らないはずの内容が含まれているような気がするのはあまり深く考えてはならない。

 とにもかくにも。
 ルークレイルとはクロノス戦で一緒に戦った過去がある。頭もいいし彼の言うことならまあ大丈夫だろうと思ってついて来たトトだったが。
 しかし、ルークレイルってこんなキャラだったか? トトは一抹の不安を覚え始めた。
 とはいえ、あれほど新たな冒険に大はしゃぎしていたリャナが今はぐったりしているのだから、この、鉄板があれば火がなくてもバーベキューが出来そうな熱さ―――もとい、暑さの前では多少脳が沸く事もあるのかもしれない。ともすれば、ルークレイルが壊れてしまっていたとしても致し方のない事だろう。
 どうやら、トト自身はこれほど毛に覆われているにも拘らず意外と暑さには強かった。さすがはサバンナの地を駆ける獅子がモチーフになってるだけのことはある。
 最初、初対面のトトにリャナは、
『すげー! かっこいい! らいおんだー! さわりたい! ねーねー、たてがみに入ってねてもいい?』
 などと懐いて、返答をする前にトトの頭の上に乗っかっていたのだが、今は毛が暑いと見えて寄っても来なかった。このまま砂漠が続けば、たてがみの中で寝るというのも実行に移される事はないだろう。
 それはさておき、それくらいリャナは小柄なのだ。
 そしてジャーナルでいろんな武勇伝を見てきたが、Pは思った以上に細身である。
 ルークレイル壊れているらしい。
 となれば。
 ここは、自分が彼らを守らなければならない。トトは不思議な使命感に燃え上がった。
「水ならありますよ」
 Pが背負っていたリュックからいそいそ水筒を取り出しながら言った。これは後で知った事だが、彼は前回徳川埋蔵金で酷い目に遭った教訓から今回、準備万端の装備で来たらしい。
 しかし。
 確か彼は九十九軒のラーメンを出前している途中で、ルークレイルに拉致られたはずである。という事は、いつこんな事態が起こってもいいように、彼は常に登山用リュックを背負って生活していたのだろうか。
 トトはぼんやり考えてみたが、結局答えは見つからなかった。聞いてもいいのだろうか。
 Pがお茶を淹れようとするのを慌ててルークレイルが取り上げた。彼に任せておくと貴重な水が砂に飲み込まれるとも限らないと思ったらしい。
 Pが水筒をルークレイルに託してふとトトを振り返った。キラキラの眼差しが何を物語っているのかトトにはわからない。実はトトの毛がとてもふさふさで綺麗で、触りたいなあと思っているのだが、そんな事は知りようもない。
 一方トトは登山用リュックの謎が気になって仕方なかった。
 しかし、それらを口に出来るほど彼らの親交はまだ深くはなかった。
「…………」
 2人の間に奇妙な沈黙が落ちる。
 それを破るようにルークレイルとリャナの悲鳴が轟いた。
「こ……これ……魔法瓶じゃないか」
 ルークレイルが言った。
「あ、はい」
 Pが当たり前のように答えた。答えてから、あっ、と思い出した。
 リャナが今にも泣きそうな声で言った。
「つめたい方がよかった……」
 じりじりと太陽の光は容赦なく降り注ぎ砂を焦がし肌を焼く。
「…………」
 ルークレイルは再びすっと立ち上がった。どこか明後日の方を向いて眼鏡のブリッジを押し上げる。それから腰に手をあてて今までの事をまるでなかった事にでもするかのように彼はのたまった。
「無限に広がる大砂原」
「はい!」
 景気よくPが合いの手を入れる。それから何事か思いついたように左の手の平を右手の拳でポンと叩いた。
「そういえば、僕、携帯電話を持ってきてたんですよ。GPS機能を使えば……」
 いそいそと携帯電話を取り出すPに、ルークレイルは敢えて背を向けていた。
「圏外でした」
 予想の範囲内のオチである。
「おたからはどっちでありますか、ボス!」
 リャナが尋ねた。
「うむ。こっちだ。こっちに宝の匂いがする」
「おお! さすが、ボス!!」
「…………」
 トトの中で不安が無限増殖を始めていた。半ば頬を引きつらせたトトがふと予感にも似た別の匂いを感じ取り、まさに野生の勘で彼はそれを振り返る。
 遠くに地面と空を繋ぐような謎の柱が見えた。
「おい? あれ何だ?」
「うん?」
 柱はまっすぐではなく、くねくねと曲がりながらそのサイズを大きくさせていた。
「つむじ風が視認出来ますね」
 つむじ風というサイズなのか。
「ふぉー!! たつまき! はじめてみた!!」
「そうか。竜巻か」
「いや、そんな事より、あれ。こっちに向かって来てないか?」
「うん?」
 ルークレイルが竜巻を見やり、何故だかニコニコしながら疑問形で頷いた。腕組なんぞし、どこか鷹揚としている。どんな事態にも慌てることのない沈着冷静さというやつだろうか。
 竜巻は目前に迫っているというのに彼は全く動じた風もない。
「そうですね」
 何とも暢気にPも頷いた。
 こちらも砂塵が顔に痛いほど強く打ち付けていたが、全く気にならない顔で笑っている。
 トトは妙に関心した。そっとリャナを抱き上げ懐に仕舞いこみ、Pとルークレイルのベルトをしっかと掴んで身構えている自分だけが何だかひどく慌てている気分になってきた。
「さすがはリーゼント」
 まるで他人事のようにルークレイルがうんうん首を縦に振っている。竜巻はPのせいだと思っている顔だ。何せ、この手の貧乏くじは大抵Pの得意技と相場が決まっているからだ。更に言えば、“それ”で死ぬ事はない。
 どうせ、どんなに慌てふためいて逃げたところで回避不能なら腹を据えるしかない―――と考えているのだろうと、トトは好意的に彼らを捕らえていた。
 だが実は単純に腰が抜けて動けなくなり、現実逃避を決め込んでいただけだとしても、それは彼が知る由もない事なのである。
 竜巻が4人の頭上に押し寄せた。
「僕は髪型じゃありませぇ〜えぇ〜えぇぇぇぇぇ〜〜ん!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜!!!」
 かくして4人は竜巻に飲み込まれたのだった。



 》》》



 目を開けるとうつ伏せで倒れ半ば砂に埋もれていた。もそもそと体を動かし砂を押しのけるようにして四つん這いに上体を起こす。それから、懐のリャナを取り出した。下敷きにしてしまっていたのだ。とりあえず潰れていない事にトトはホッとした。そうして辺りを見渡す。そこに、岡持を握り締めリュックを背負ったPを見つけた。
 だが後1人足りない。
 ここはどこだろうと思いつつ、慌てて立ち上がったトトの背に、葉擦れの音と、密やかな足音が届いた。一瞬身構えたが知った匂いに体の緊張を解く。
「目が覚めたか」
 ルークレイルの声にトトは「ああ」と頷いた。それから。
「ここは?」
「どうやらどこかの宮殿の中庭らしいな。不幸中の幸いってやつだ」
 いつもの彼の落ち着いた口調に、何だかトトはホッとした。辺りは夕闇に覆われている。陽が落ち始め気温が下がり始めているせいかもしれない。或いは、砂漠装備なしで砂漠のど真ん中というのよりは事態が好転しているせいだろうか。財宝に近づいたというなら、竜巻さまさま、だ。
「これで、水や食料が確保出来そうだな」
 ルークレイルが宮殿の方を見上げて言った。モスクを思わせるような建物だ。
「ああ」
 ルークレイルがPに近づいて頬をぺちぺちと叩く。トトも手の中のリャナを起こした。
「ん……」
「大丈夫か?」
 ルークレイルがPの顔を覗き込む。
「あ、はい。大丈夫です!」
 トトも同様にリャナの顔を覗き込んでいた。
「リャナ?」
「うーん……」
「目が覚めたかい」
「もふもふしてもいい?」
 まだ半分寝ぼけているのかトトの顔を見るなりリャナが言った。
「ああ」
 トトが笑みを返すと、リャナはトトの頭の上にちょこんと乗っかった。
「しっ……誰か来る」
 足音に気付いてルークレイルはみんなを茂みの方へ誘導した。そっと顔を出す。
「……女?」
「女の衛兵?」
 回廊を女たちが大挙して通り過ぎていく。
「女ばかりだな」
「捕らえられてるのは男だぞ?」
 彼らはそれをぼんやり見送った。
「…………」
 捕らえられた男がどこかの部屋に連行される。
 程なくして胃の内容物がこみ上げてきそうな男の絶叫が、その部屋のドアから聞こえてきた。
 4人は背筋に薄ら寒いものを感じて後退った。何となく彼らの視線がぶつかり合う。彼らは誰一人言葉を発しなかったが、何となく互いに言いたい事は理解していた。
 どうやらここは男子禁制のハーレムらしい。男と見つかれば最後、あの男のように……。
 だが、逃げるという選択肢は少なくともルークレイルの中にはない。ハーレムがなんぼのもんじゃい。男がダメなら、女になればいいだけの話である。
 彼は適当な部屋の扉を無造作に開けた。
「着替えるぞ」
 そう言って、他の3人を促す。
 3人が部屋を覗くと、そこは衣裳部屋のようだった。どうしてここが衣裳部屋だとわかったのか。ルークレイルの直感。と、残りの3人は思ったが実際にはルークレイルの論理的思考によるものだった。つまり、これだけ陽の当たる土地なら、日焼けするものは陽当たりの悪い場所に保管する、というのである。
 感心する事しきりの3人に、彼らが気を失ってる間に宮殿内を散策していた事は、ルークレイルは黙っている事にした。
 そんなこんなで。
「情報を聞き出すための女装だ」
「はい」
「うむ」
 3人とも別段女装する事に抵抗を感じないのは経験者だからだろうか。数多ある衣装の中から適当なものを選んでいく。
「……どうして違和感なく着れてしまうんでしょう?」
 鏡に映る唇に紅をさしている自分をマジマジと見ながら、Pがしんみりと呟いた。こんなスキルばっかり上がってもあまり嬉しくない。
「うん? 美人じゃないか、リリアン」
 鏡に映るPを見ながらルークレイルが真顔で言った。こちらはクール美人に仕上がっている。
 いろんな意味で喜べないPはため息を一つ。
「……まぁ、女性設定ですからね。リリアンでもいいですよ。今だけは」
 2人は露出度の高いベリーダンスのような妖艶な衣装に身を包んでいた。胸にはスカーフなどを詰め込んでいるらしい。化粧を終え最後にヘッドドレスを被って完成だ。
 一方。
「オレはこれの方がいいかな」
 と、トトが選んだのは顔まで覆う事の出来る衣装だった。アバーヤと呼ばれる真っ黒いレースの衣装を連想させたが、彼が着ているのはもっとカラフルである。目だけを残して顔を覆い隠すニカーブと呼ばれるスカーフを巻けば、もう彼が獣人族だとはわからない。
 戦闘服としては動きにくいが、今回は如何せん戦う相手が女である上に武器を持っての戦いでもない。男であるとバレなければ勝ちという戦いなのだ。
 そうして彼らが着々と衣装チェンジを済ませていく中、憤然としている者が1人。言わずと知れたリャナである。
「あたしの、ふくがない!」
 リャナは頬を膨らませながら言った。
「まぁ……そのサイズの服は、な」
 ルークレイルが苦笑を滲ませる。
「リャナさんは女の子ですから必要ないですよ」
 Pが言った。そうなのだ。何分、彼女は“じょそう”する必要がないのだった。
「ガーン……」
「お! おい、リャナ。お前にぴったりのを見つけたぞ」
 ルークレイルが部屋の奥から何かを見つけて持ってきた。
「ほんと!?」
 リャナは喜び勇んで飛びついた。
「ああ、ほら」
 ルークレイルは相変わらずの真顔で差し出した。どこまでが本気でどこまでが冗談なのかイマイチわかりにくいポーカーフェイスである。
「ぴったりですねぇ」
 何とも関心したようにPが言った。こちらは勿論悪気はない。
「そ……そうだな」
 トトが視線を彷徨わせつつ相槌を打った。
「ぶすーーーーーっっ」
 リャナは腕を組むと、これ以上ないくらい頬を膨らませてそっぽを向いた。“じょそう”が出来ない上に、この仕打ちなのである。
「まぁまぁ、これを纏ってみたらどうですか?」
 Pがどこかから見つけてきた小さなスカーフをリャナに差し出した。ベルトになりそうな細いブレスレットのような紐も一緒に渡す。
 ブレスレットとシルクで作った即席ヘッドドレスに、指輪をアームレット代わりに付けると、それで満足したのかリャナはアラビアンチックな装いに機嫌を取り戻した。
「どう? にあう?」
 くるりと一転してリャナはポーズを決めてみせる。
「可愛いです!」
 Pがパチパチと手を叩いた。
「ああ。とてもよく似合ってる」
 トトも請け負った。
「うふふ」
 機嫌を取り戻したリャナに、Pは、そうだと思い出してどこからともなくデジタルカメラを取り出した。
「せっかくなので記念に撮りましょう」
「わぁい」
 ピースを決めるリャナにPはカメラを構える。
「トトさんもルークレイルさんも入ってください」
 と、2人を促す。
 全員をファインダーに収めながら何度も確認してPは机の上にデジタルカメラを置いた。タイマーをセットする。
 そして自分もファインダーの中へ。
 床に散らかした衣装がそのままになっていた。それに足を取られるのはお約束で、ならばPが躓いたところでシャッターが切られるのもお約束だろう。しかしPとて何度も前車の轍は踏まない。万一を考慮して、連写設定にしてあるのだ。彼は転んでも負けじと輪に加わった。
 現像したら楽しいコント写真が出来上がってる事だろう。
「行くぞ! 情報ゲットでお財宝ゲットだ!」



 》》》



「我が主に珍しい物をお見せしたく」
 声色を変えて、ルークレイルはとびきりの猫かぶりをして言った。恭しく頭をさげながら、珍しい物のスカーフを少しだけ開けて中をチラリと見せる。
「新参にしては心得ていますね。どうぞ」
 女官と思われる少し年季の入った女は、ルークレイルの申し出に満足げに頷いて彼らを促した。
 回廊を抜ける途中、女たちの声が耳に入ってくる。
「まぁ、見て、見て」
「まぁ珍しい」
 ちなみにこの時点で、リャナの入った鳥かごにはスカーフがかけられていた。何がそんなに珍しいのか。
 ほどなくして、一つの部屋へ案内された。
「主はあちらです」
 女がそっと手で指し示す。天蓋付きのソファーベッドに垂れ下がるレースのカーテンから透けて見える先。金糸銀糸の織り込まれた艶やかな衣装を身に着けた女が、優雅に寝そべっていた。
「……女主人?」
 思わず呆気にとられてルークレイルが呟いた。
「何か?」
 女が聞きとがめる。
「あ、……いえ」
 ルークレイルはそうして鳥かごを女主人の前に掲げると、そっとスカーフを取ってみせた。
 中でリャナが背中の羽をパタパタと羽ばたかせながら愛想よく笑ってみせる。
「これは珍しい! 可愛いな。喋るのか?」
 女主人が興味を惹かれたように身を乗り出した。
「はい」
 頷くルークレイルに何事か気付いたように女主人は上体を起こすと、彼の頬に手を伸ばし自分の方へ引き寄せようとした。
「そなたも珍しいな」
「へ?」
「青い目とは初めて見た」
「あ……ああ」
 なるほど。言われて見れば他の女たちも皆、黒髪・黒瞳だった。
「こちらの方は目も髪も茶色いですわね」
 別の女官が声をかけた。ルークレイルの後ろに立っていたPを指している。
 女主人はPを見て、それから凝らすように目を細めて言った。
「あちらの方、もしかして金色ではないのか?」
 スカーフの裾から見えるトトの毛は確かに金色である。
「見たいですわ」
 別の女官らも興味津々で言った。
「い…妹は恥ずかしがりやでして」
 ルークレイルは慌てて割って入った。百歩譲って獣人が受け入れられようとも、たてがみが付いていたらそれだけで男とバレてしまう。
「まぁ。ここは女性ばかりですわよ」
 女官が言った。
「あ…あの……」
「妹は少し毛深い事を気にしておりますの、ホホホ」
 ルークレイルは笑ってごまかした。
「まぁ」
 気の毒そうに女官が言った。
「残念だわ。黄金の髪なんて一度見てみたいと思うのに」
「ホホホ。申し訳ありません」
「まぁ、可愛い贈り物を頂いたのだ。今宵は新しいこの者達を祝って宴を開こうぞ」
 女主人が取り成すように言った。その言葉に女官たちは宴の準備へと動き出す。

 かくて宴が催された。

 女ばかりの宴な上に、視線が自分たちに集中している事でPは何だか落ち着かなげにルークレイルに囁いた。
「主まで女性なんですね……」
「大旦那様のお気に入りでハーレムのボスとかって事じゃないか?」
 ルークレイルが小声で答える。表向きには声色を変えて笑顔を振りまいたりしながら。
「なるほど! 僕、なんだかワクワクしてきました」
 Pが納得したように拳を握った時。
「まぁ、僕ですって」
 綺麗なお姉さんたちが寄ってきた。
「あ、えっと……」
 慌てるPの両隣のトトとルークレイルを押しやって女たちがPを取り囲む。
「そんなに恥ずかしがらないで」
「あ、はい」
「どうぞ、召し上がって。あなた何て仰るの?」
 言いながら、女たちはPに杯を持たせ酒瓶を傾けた。
「リ……リリアンですわ」
「まぁ、リリアン様。さぁ、どうぞ」
「あ、はい。あ、私がお注ぎします」
「ありがとう」
 Pはそそそと、丁寧な手つきで彼女らの杯にぶどう酒を注いでみせた。どこをどうとっても女性らしい仕草で酒瓶を置いて、ほほほと笑う。女装は『楽園』での薫陶がDNAに焼きついてしまっているらしい。若干の衝撃と悲壮感を禁じえないが。不幸中の幸いと自分を慰める。
 一方、Pを囲む女たちに押し出されたトトが呆気に取られていると、別の可愛い女の子たちが好奇心を携えてトトに声をかけてきた。
「あなたは何て仰るの?」
「あ……私は……トト」
「トト? 変わったお名前ですわね。どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
 促されるままにトトが座ると女の子たちがトトの周囲を取り囲んだ。
「もしかして、目は緑色?」
「え…ええ」
「まぁ、珍しい」
「本当に珍しいわ」
「それに金色の髪だなんて!」
 スカーフの合間から出ている毛に目を輝かせる。
「あ……そ……そうなんです。私、本当に毛深くて」
 さめざめと泣いた振りをしてみせると、女の子たちは同情的にトトを慰め始め、誰も彼のニカーブを取り上げようなどとする者は現れなかった。
 そして。
「あなた、お名前は?」
 完全に1人取り残されて何となくふてくされ気味だったルークレイルは、待ってましたとばかりに振り返った。
「私は……ルルー……」
 振り返りざま答えたそれが自らのテンションと共に尻すぼんでゆく。
「ルルさん?」
「……何故だ」
 トトの周りにはティーンエイジャーな女の子。Pの周りには二十歳代の女の子。となれば残るのは確かにこの辺しかないのかもしれない。が。
「どうなさったの?」
「何故、俺だけこんな……あー、いえいえ」
 ルークレイルは何となく腑に落ちないものを感じながらも、気を取り直した。別にハーレムが主目的ではないのだ。彼は愛想を振りまくようにして女たちとの話を盛り上げた。
 やがて。
「ルルさん。何か楽しい話をしてくださらない?」
 1人の女が言った。
「た……楽しい話ですか?」
 ルークレイルは考えた。楽しい話。語り部が話すような冒険譚。ならば。
「そういえば、この宮殿に財宝が隠されてるって物語をご存知ですか?」
「まぁ、それは聞いた事がありますわ」
「!?」
 さすが伊達に長生きしてないな、と内心で失礼な事を思いながらルークレイルはわずかに身を乗り出した。
「確か、本殿の奥の……何だったかしら?」
「思い出してください!!」
「え? え? えぇっと……」
 ルークレイルの勢いに半ば気圧されながら女は困惑げに首を傾げた。ルークレイルは根気強く待つ。
「ルルさんもご存知ではないの?」
「あ…いや……ちょっとど忘れしてしまったのですわ」
 ルークレイルはホホホと頭を掻いた。
「私もですわ」
 ちっ……内心で舌打ちしつつもルークレイルは頑張った。
「何とか思い出せませんかしら?」
 だが、それを阻むように女主人の声が宴の席に凛と響き渡った。
「新参の姉妹。ここへきて踊りを披露してはくれませんか? ラクス・シャルキーが見たいわ」
 どうでもいい話だが、ラクス・シャルキーとは西洋風の呼称になおすとベリーダンスの事になる。更に付言するならラクス・シャルキーは通常ひとりで演じる踊りである。閑話休題。
「その衣装、踊り子のものでしょう」
 ルークレイルを案内してくれた女官が付け加えた。
 すると宴の席のあちこちから女たちの声があがった。
「まぁ、私も是非見たいですわ」
「是非、是非」
「ダンスを見たら思い出すかも」
 最後のはルークレイルと話していた女の言である。
 しかし、
「えぇぇぇぇぇ〜!!」
 と慌てたのはPであった。縋るような目でルークレイルを振り返る。ルークレイルはそれに静かに頷いた。やるしかない。
「妹さんはどんな楽器を弾かれるの?」
 女官が、さも当たり前のように尋ねた。2人が踊り子なのだから、きっとそうだと思ったらしい。トトも縋るような目をルークレイルに馳せてみたが、ルークレイルが本気と書いてマジと読む眼差しで頷いたのに腹を据えるしかないと悟って答えた。
「えぇっと……私はその……弓を」
 戦闘中、弓を弾いて音を出し、いろいろな合図に使っていたのだ。それをいろいろ組み合わせれば、それらしくなるかもしれない。
 トトは知らなかったがアーチドハープと呼ばれる弓のような形をした楽器も存在するのだ。問題ないだろう。ルークレイルはまだ安心するには早いと思いつつもホッと息を吐いた。何とかなりそうな気がしたからだ。
「弓? まぁ、あれは楽器にもなりますの? すぐに用意を」
 女主人が命じて、女官たちが弓を持ってきた。
「…………」
 ルークレイルとPが台上に立つ。両手を妖艶に挙げベリーダンスの構え。
 トトがブオーンと重低音に弓を弾き始めた。
 何とも低くのんびりと奏でられる弓の音に、どうすればベリーダンスなんて踊れるのか。地面を飛び跳ねるような軽快な音楽からは程遠い、地獄の底を這うようなよく言えば厳かな雰囲気の曲だった。少なくとも激しく腰を回したりして感情豊かに観衆を楽しませるベリーダンスにはちょっぴり合わない。
 それでもルークレイルはリズムもへったくれもなく半ばやけくそ気味に腰を振ってそれらしく踊り始めた。踊れば宝のありかを思い出すかもしれないという、あの女のために。
 一方のPはといえば。地面に足を付けて踊る。飛んだり跳ねたり、やたらと早いテンポの踊りでもないのに、ルークレイルに合わせようとして何もないところで躓いたり、籠から勝手に出てきたリャナがウキウキでバナナの皮を置いたのを踏んづけて転んだりしていた。
 そしてひたすら平謝る。
「すみません、すみません、すみません」
 ルークレイルの踊りもいいけどPの1人コントもはずさないなぁ、などと思いながらリャナは満足げに料理皿の方へ移動していた。彼女を咎める者はいない。彼女が籠から出ている事に気付いている者さえいない。この場は最早ルークレイルの独壇場であったのだ。
 その場にいた女たちも、初めて聞くトトの不思議な音楽と、初めて見るルークレイルの踊りにそれなりに満足していたようだった。
 そうしてベリーダンスなどという無理難題を一つかたづけ、半ば息を切らし気味にルークレイルはステージから退場した。
 ひたすら謝り倒して既に退場していたPがぶどう酒の入ったグラスを差し出してくれている。それを掴むと喉の奥に流し込み、人心地吐いたのも束の間、ルークレイルは先ほどの女を探した。
 そう。この宮殿にある財宝の伝説とやらを知る女。
 ルークレイルはゆっくり息を吐いて呼吸を整えると女の肩を掴んだ。
「それで、先ほどの話ですけど、思い出しまして?」
「何の話でしたかしら?」
 女はとぼけているというよりは本当に忘れたような顔をして言った。
「この宮殿に隠されてるという財宝の伝説ですわ」
「ああ、そういえばそんな話をしていたわね」
 思い出したように女は一つ手を打って、更に記憶の回路を探るようにこめかみの辺りに人差し指を当てた。
「えぇっと……確か、そうだわ! 本殿の奥にある杯に月を湛えるとどこかの扉が開く……ってそんな話でなくて?」
「本殿の奥にある杯?」
「あら違ったかしら? 貴女もこの話、ご存知なのよね?」
「え……えぇ、もちろん! でも、全然思い出せなくて。妹たちに話して聞かせてやりたいと思っていたのに……」
「まぁ、妹さんたちに? それはしっかり思い出さないといけないわね」
 女は妹思いの姉の心情がわかるとでも言いたげな顔つきで記憶を辿り始めた。
「えぇっと確か……その扉は地下道に繋がっていて、その地下道の先にはアラビアンナイトだったかした? あら? あなたまだ思い出せない?」
「えぇ……まだ少し……」
「確か盗賊から奪った財宝を隠してある、ってそんな話だったと思うんだけど?」
「そ…それだわ! うんうん思い出した。アラビアンナイトの財宝」
 いや盗賊の財宝を奪ったのはアリババの方じゃなかったか。いやそこは何でもいい。情報を聞き出せたら後はそこまで突き進むだけ。ルークレイルは礼もそこそこに踵を返しかけた。だがその肩を、くだんの女が掴んでいる。
「ねぇ、他にも何か面白い話をご存知なら話してくださいませ」
 ずっと宮殿にこもりっきりの日々に退屈な目をして女が言った。
「い…いや、私の話なんてきっとお耳汚しですわ」
「そんな事ありませんわ。是非、今宵の寝物語に」
「……へ? 寝物語?」
 寝物語とはいわゆる、あれで、それではないのか。
「その透き通るような青い目、もっと見せていただけません?」
 女がルークレイルの顔を覗き込むように、殆ど息のかかるところまで顔を近づけた。
「い…いや……そ…そういえば、こちらに殿方が来る事は……」
 ルークレイルはたじろぎつつ話題をそらせようとした。
「男? 男ですって!? 男なんて……男なんて……この宮殿に男がいたら、爪を一枚づつはがして、指の関節を一本づつ折って【以下、小説倫理規定により割愛】八つ裂きにしてあげるわ」
 女が何とも呪詛のこもった声で言った。その面は怖いくらい妖艶に微笑んでいる。よほど男に恨みがあるらしい。一体男は彼女に何をしたというのだ。
「ひっ……」
 ルークレイルは口の中で低く呻いていた。男だとバレてはいけない、と心の底から思った。このハーレムに突入する途中、連行されていった男のことを思い出した。世にもおぞましい男の絶叫は臓腑を抉るような凄まじさだった。戦士であるトトでさえ、思わず口元を手で覆ってしまうような阿鼻叫喚だったのだ。もしかして、ここはただのハーレムではなかったのか。いや、今はそんな事はどうだっていい。
 死んでも男だとバレてはいけない。
 そう思えば思うほど、何故だろう、冷たいものが背筋をかけ抜けていった。
 嫌な予感がして、振り返りたくない、振り返りたくないと半ば念じながらルークレイルは振り返った。
 丁度その時、酒ツボを手にPが服の裾を踏んづけて転んだ。ヘッドドレスが落ち、酒は彼の着ていた衣装を濡らす。
「げっ……」
 ルークレイルはざーっと全身の血の気が引いていくの感じた。
「すみません。すみません。すみません」
「まさか、リリアン様、男!?」
「え? ……え?」
 慌てるP。
「ちっ……違……僕は……」
「い……妹は火事で髪と胸を……」
 適当な口実を嘯きながらルークレイルはPに駆け寄ると慌てて抱え起こした。
 しかし事は水面に石を投じて出来る波紋の如く、瞬く間に宴席の隅々にまで広がっていたのである。
「それは確かめれば済むことよ!」
 女主人の一喝。それと共に女の衛兵がやってくる。トトを捕まえようとして伸ばす女どもよりわずかに早くトトはルークレイルとPの傍まで走り寄っていた。
 万事休すか。
 ルークレイルは力の限り大声で叫んだ。
「リャナ!! 歌え!!」
 どこにいるのか。
 騒動に今一つ入り損ねて、宴の豪華料理に舌鼓を打っていたリャナが果物の山から姿を現した。
「ほえ?」
「リスザル、トト、耳を塞いでろよ」
「歌っていいの?」
「ああ。いいから、早く歌え!!」
「捕らえよ!!」
 ルークレイルの声に女主人の声が重なり衛兵らがどっと押し寄せた。
 リャナはわけがわからないながらも大きく息を吸い込む。
 衛兵がルークレイルたちに飛び掛った。
 リャナは精一杯、大声で歌い始めた。
 それは歯医者のドリル音にも負けない音だった。
 それは黒板を爪で引っかいてもこうはならないような音だった。
 歌? 果たしてそれは歌なのか。リズムを付けて語る。それが歌だと言うのであれば、それは確かに歌に相違ない。
 だが。
 衛兵たちの動きがそこでピタリと止まっていた。
 大音量は時に三半規管を狂わせる事があるとも言うが、果たして彼らの中で一体何が起こっているのか。
 とにもかくにもリャナの歌が彼らを脱力させたことだけは間違いない。
 耳に栓をしたルークレイルが誰よりも早く動いた。リャナを掴むと、Pとトトを促して、すたこらさっさと宴の部屋を出たのである。
 リャナの歌が鳴り止んで、漸く女たちが我に返った時には、4人はその場にいなかった。
「探せ!! 見つけ出せ!! 何としても見つけ出して八つ裂きにするのだ!!」
 その頃、ルークレイルはPとトトとリャナを連れて、最初の衣裳部屋に飛び込んでいた。ここにはPのリュックサックがあるのだ。
 リャナが扉の鍵をかける。
 ルークレイルは手ごろな紙を広げるとそこに地図を描き始めた。この宮殿の見取り図らしい。ここへ来た時見た外観や他の女たちから聞いた話などを総合したものらしいが、それにしても精巧なものだった。
「宮殿の奥にある杯とやらに月を湛えると、扉が開くらしい」
「その扉って?」
「わからない。どこか、と言っていた」
「何だか冒険らしくなってきましたね」
「おたから、ヤッホー!」
「月を湛えるとはどういう意味だろう?」
「…………」
「行って見てから考えてもいいんじゃないか?」
「それもそうですね」
「よし、じゃぁ行くか」
「おー!!!」
 かくて4人はさっそく奥の部屋に向かった。たとえば、衛兵が諦めるまで、この部屋で待機、とか、服を着替えてから、とか、そういう事までは頭が回らなかった。そんな時間さえ惜しいのだ。
 それよりも、目の前にお宝が眠っている。その事実が何よりも重要だったのである。
 ただ、ぶどう酒で濡れてしまったPだけがルークレイルが地図を描いてる間に着替えを済ませていた。元々着ていた服ではなく、相変わらずベリーダンスな装いなのは、その方が目立ちにくいと考えたからだろう。
 衛兵らに追い掛け回されるたびリャナが歌ったのは、さすがに相手が女性だと思うと腕が鈍るからであった。
 そんなこんなでハーレムだと思っていた女ばかりの宮殿を抜けて、4人は本殿にたどり着いた。見張りの兵らの目を盗んで奥の部屋とやらを目指す。
 礼拝の間のような広い部屋の奥に説教壇のようなものがあった。更にその奥の壁に巨大なタペストリーがかかっている。両脇には燭台。それから祭壇の中央に台座のようなものがあって、そこに杯が乗っていた。
「あれだ!!」
 ルークレイルとリャナが一直線に駆けて行く。
 その後ろでPが悲鳴をあげた。
「リミター。そんな声をあげたら見つかるだろ」
 相変わらず名前を全く覚えてない態でルークレイルが釘を刺す。どうやら彼の悲鳴を財宝探索の嬉しい悲鳴と勘違いしたらしい。
「…………」
 ルークレイルが飛び出した瞬間何かを踏み、ルークレイルを追いかけたPが、ルークレイルが踏んで作動したと思しき罠に嵌るという、一部始終を見ていたトトが何か言いたげに口を開いたが、結局彼は何も言わなかった。
 とりあえずルークレイルが踏み込んで出来た段差のおかげで躓き転んだPは、飛んでくる矢を結果的にかわせたのである。結果オーライ。
「どうやって、このさかずきに、つきをたたえるの?」
 リャナが杯の上にちょこんと座りながら言った。
 ルークレイルはううむと考え込んでいる。持ち上げようとしたが台座にしっかり固定されていてビクともしない。そもそも、月を湛えるという意味もわからない。
 トトとPが遅れて杯の元にやってくる。
「ここに月を湛えるのですか?」
「ああ」
「なら、僕、持って来ましたよ」
「何を?」
 尋ねるルークレイルにPは登山用リュックから意気揚々と手鏡を取り出した。冒険ファンタジーの必須アイテムである。
「そうか!!」
 ルークレイルが開眼したように目を見開いた。
「リャナとトトはどこかで水を組んで来てくれ」
 指示を出しながらルークレイルは窓辺に立った。夜空は雲一つなく満天に星。そしてあつらえたような丸い月。
 ルークレイルは窓辺でPに鏡を持たせると、もう一枚の鏡を杯の上に翳した。鏡に月が映るように角度を調整していく。
 熱いお茶はさくっと捨てて水筒に水を溜めたトトとリャナが戻ってきた。杯に水を注ぎいれる。
 暫く波を作っていた水面が次第に落ち着き、その表面にやがて月が映った。
 刹那、足元が揺れ、どこかから地響きが聞こえてくる。
「なに、なに!?」
「扉が開いたんだ!」
「どこの扉ですか?」
「…………」
 静まり返ったその部屋を4人はゆっくりと見渡した。部屋のどこにもそれらしい扉は見当たらない。
 代わりに、ドアの向こうから衛兵らしいもの達の荒々しい声と足音が響いてきた。
「やばい!」
「どうしよう」
「とにかく逃げるぞ」
「どこに!?」
「この部屋は行き止まりだぞ」
「ここは1階だ。みんな窓の外へ!」
 ルークレイルはそう言うと窓の桟をひらりと飛び越えた。
 確かに彼の言った通りこの部屋は1階だった。窓から外の地面までは1mほどしかない―――…はずだった。
 だが、一向に足が地面に着地する感覚がない。
「!?」
 ルークレイルに続いてリャナとP、トトが続いた。間一髪で宮殿の衛兵らが部屋に駆け込んで来た時には、既に4人の姿はなく、衛兵らは開けっ放しの窓の外を見たが外に人影はなかった。
 そして窓の下の花壇はいつもと変わりなかったのだった。



 》》》



「どぉぉぉわぁぁぁ〜〜〜〜〜!!!」
 底抜けレジェンドの名に相応しく底が抜けていた―――もとい、地面がなかった。
 窓の外にあったのは衛兵らが見た花壇ではなく、暗くて深い穴だったのだ。杯に月を湛えると開く扉とは花壇のことだったのか。
「どっしぇぇえぇぇえぇぇ〜〜〜〜〜!!!」
 殆ど直滑降みたいなそれを滑り降りる。リャナだけがウキウキはしゃいでいた。
「わーい!! すべりだーい!!」
 かくて3人は長い長い穴を滑り台のように滑り降りて、やがて一番最初に飛び込んだルークレイルを下敷きにP、トトがそれぞれにそれぞれを押しつぶして止まった。
「痛い、痛い、痛い」
「すみません、すみません、すみません」
「悪い、悪い」
「大丈夫か?」
「ああ……」
 そこへひらひらと羽を広げたリャナが降り立つ。彼女だけはちゃっかりブレーキをかけていた。
「しかしここは?」
 辺りを見渡すが一寸先は闇で、殆ど何も見えない。お互いの位置も声でかろうじてわかる程度のものだった。
 しかしそんな暗闇には一切動じない。
「アラビアンナイトだかアリババだか知らないが40人の盗賊から奪い取ったっていう財宝の隠し場所だ」
 ルークレイルが確信に満ちた声で言った。
「おお!!」
「しかし、真っ暗で何も見えないな」
「あ、待ってください」
 Pが手探りでリュックから携帯電話を取り出した。今度は懐中電灯も入れておこうなどと思いながら携帯電話の灯りをたよりにライターを取り出す。
 懐中電灯の薄明かりを頼りに、今度はトトが辺りを見渡して手ごろな木の枝を見つけてきた。自分が被っていたスカーフを裂いて木の端にくくりつけるとライターで火を点ける。簡易松明の完成だ。
 更に周囲が明るくなった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 何かに気付いてPが悲鳴をあげる。リャナもごくりと生唾を飲み込んでいた。
「これは……」
 ルークレイルが眉を顰めつつそれから視線をそらせた。そこにあったのは髑髏だった。
「この先に財宝があるという証明だ!」
 ルークレイルが高らかに宣言した。この先はとっても危険であるという証明ではないのか。だが、誰も突っ込まない。
 臭い物には蓋。不安は速攻ゴミ箱へ。
「おう! いくのです、ボス!!」
 今にも勇んで歌いだしそうなはしゃぎっぷりでリャナが拳を振り上げた。
「はい。行きましょう!」
 Pも勇んだ。まだ小さいリャナが危険に物怖じせず進もうとしているのだ。ダンスの時には彼女の悪戯で痛い目に遭っているのに懲りずにPは思っていた―――守ってあげないと。
「そうだな。こんなところにいても餓死してこいつみたいになるのがオチだ」
 トトも頷く。そうして松明で辺りをぐるりと照らしてみた。
「あっちに道がある」
 石造りの地下道を照らしながらトトが言った。
「行ってみよう!」
「アラビアンナイトのぼうけんみたい!」
「みたいじゃなくて冒険なんだよ」
 先頭を歩き出すルークレイルに、ドキドキしながら続くP。トトの頭の上でたてがみに絡まりウキウキ気分のリャナがしんがりを務めた。
「それにしても寒いですね」
 Pが身震いしながら言った。
「そうか?」
 財宝を目前にそういった瑣末は一切気にならなくなったルークレイルが怪訝そうに首を傾げる。しかし確かにこの地下道は鍾乳洞並みに寒かった。如何せん、40度を越えるような砂漠にいた時の事を考えればここは冷蔵庫の中のようだ。
 リャナがトトのたてがみに絡まっているのも頷ける。
「なら、走ったらどうだ?」
 ルークレイルが言った。いつものポーカーフェイスはどこへやら、既に走り出しそうな顔である。一応、自制して歩く速度を調整していたらしい。正確には、松明を持つトトのスピードに合わせていたのだが、本当は、速く財宝まで辿り付きたい一心のルークレイルなのだった。
「お約束のトラップはほぼクリア済みだからな。なんでも来い」
 ルークの言にトトが首を傾げる。
「お約束のトラップ?」
「えぇっとー、ボタンをおすとー、あながあいたり? いしのうえにのっかるとー、あながあいたり?」
「後は、ごろごろ巨大石が転がってきたり」
「なるほど……」
 想像してトトは何とも納得げに頷いた。
「さぁ、野郎ども! 財宝まで一直線だ!」
「わっ……ちょっと待ってくれ。走ると火が……火が消える……」
 走り出すルークレイルにトトが慌てたように追いかけた。
 石造りの通路を軽快に走るルークレイル。何故かその度に、Pが悲鳴をあげた。後を追うトトが呆気に取られる。
 最初は槍が降ってきた。次に岩が落ちてきた。矢が飛んでくる事もある。その都度、いろんなところに足をひっかけもんどり打ったり、宙返ったりしながら紙一重でPが罠をかわしていく。
 ある意味見事な連携である。
 さすがに穴が開いたときは転んでも回避できず慌ててトトがPの腰布を掴んでいた。
 穴の底では槍が剣山にも負けない態で突き立っている。
「……あ…ありがとうございます」
 今にも泣きそうな顔でPが言った。
「ああ、いや。引き上げるから、手を貸してくれ」
「はい」
 何とかPを落とし穴から引き上げたはいいが、松明は落とし穴の中に落としてしまった。どういう仕掛けか落とし穴が閉じると途端に辺りは真っ暗闇へ。
 さすがのルークレイルも足を止めたのか足音が途切れる。
「おぉーい」
 ルークレイルの声が聞こえてきた。
「こっちは大丈夫だ」
 再びPは携帯電話→ライターの轍を踏み、トトは2本目の松明を作った。
 前を行きかけるPを押しとどめ、トトが前に立つ。
「オレの踏んだ石を順に踏んで行くといい」
 獣の持つ生存本能と野生の勘と類稀な動体視力を駆使して、何となく様子の違う石を避けるようにしてトトが進んだ。見事なまでに罠が作動しなくなる。Pはそのトトの石を追うようにして進んだ。落とし穴も作動しない。
「わぁ……」
 ルークレイルに追いついて、何だか感じ入ったようにPは今来た道を振り返った。この自分が罠に嵌る事なく通れるなんて。
「これ以上律儀に罠を作動させていたら、返って時間を食う。オレが先頭を行こう」
 トトの申し出にルークレイルはどことなく腑に落ちない顔だったが、財宝のためには已む無しと思ったのか、トトに先頭を譲った。
 見事なトトの先導で4人はその後、一切の罠に嵌ることもなく最後の難関へ辿り付いた。
 地下道の最終端とも言える場所。
 だが、財宝を目前に彼らは足を止めていた。
「地下にこんなものが……」
 それは野球ドームのような広い空間だった。ギャラリーのようなものに囲まれるその中央で、気持ちよさそうに眠っている“もの”たち。3人とも上半身は女。右の1人は純金で出来てるかの如き金髪、左の1人はカラスの濡れ羽色もかくやと思しき艶やかな黒髪、中央の1人は紅蓮の炎のように紅く燃え盛る赤髪。そして下半身は黒い獣。ケルベロスの頭部を女に挿げ替えたような感じのそれが門番よろしく、彼らの前に立ちはだかっていたのである。
 それだけでもどうかと思うのに、サイズが尋常ではない。野球場いっぱいにその巨体を横たえるくらいの大きさなのだ。
 その向こうに財宝への入口と思しき扉が見えていた。
「……ど…どうしましょう?」
「起こさないように行くしかないだろ」
「そ、そうだ。僕、ゴールドクローブ持ってますけど」
「……それ、なんか役に立つのか?」
「オレたちの力も制限されるから、不用意には使わない方がいいんじゃないか?」
「それ以前にハザードに何か影響が出たら大事な財宝を取り逃し兼ねない。却下」
「は……い。あ、じゃぁお清めの塩は?」
「塩でどうにか出来るのか?」
「やってみる価値は……あるか?」
「とりあえず、下にどうやって降りるかだな」
 ギャラリーは財宝への扉まで繋がっていない。橋のようものもないのだか、一旦ケルベロスの眠っているところに降りて向こう側に行くしかない。
「ロープがあります」
 Pがリュックから取り出した。
「よし。あの柱に固定しよう」
 小声で打ち合わせて4人はさっそく作業に取り掛かろうとした。
 だが。
 そうして広いドーム上の空間に足を踏み入れた直後、金髪の女が顔をあげた。閉じていた瞼を開く。
「ひっ!?」
 目が合った瞬間Pは射すくめられたように飛び上がった。リャナも喉の奥で悲鳴をあげていた。
 他の女たちも目を覚ます。
 刹那、2人は踵を返して猛スピードで来た道を駆け抜けていった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜!!!」
 せっかくかわし続けてきた罠という罠のほぼ全てを作動させながら……。但し、彼らのスピードの前ではどの罠も彼らを捕らえる事は出来なかったが。
「…………」
 トトが殺気を感じてルークレイルを地面に押し倒すようにして、自らも地面に伏せた。
「っっ!!」
 勢い頭をしたたか地面にぶつけたが、つい先ほどまで彼のいた場所に矢が突き刺さったのを見てルークレイルは言いかけた言葉を飲み込んだ。
「罠じゃない。これは、もっと人為的な……」
 言葉を捜すようにしてトトが耳打ちした。先ほどのあのケルベロス女とも違う。とにかく急いでここから逃げた方がいいという予感。
 だが、それは少し遅かった。
 2人は既に取り囲まれていたのだ。



 》》》



「オレたち、どうなるんだろう?」
 両手両足を縛られ、豚の丸焼き宜しく棒に吊られ、更には女装姿のまま、トトが言った。
「さぁ? こういうのはセオリー通りにいくと……」
 同じような状態で横に並んでいたルークレイルはチラリとそちらを見る。
「ひぃぃぃぃぃぃ〜!!」
 そちらの方を見てPは悲鳴を上げた。そちらの方では、いつも間に出来たのかさっきまでなかったはずの穴が開き、マグマが火を噴いていた。こちらまで熱気が伝わり来る。
「あついの、やー! のどかわいたー!!」
 リャナがじたばたともがきながら怒鳴った。
 ルークレイルとトトが捕まった後、彼らもしっかり捕まったらしく、程なくして合流出来たのだ。
「お前たちは火の神に捧ぐ生贄だ」
 彼らの会話を聞いていたのか、4人を運ぶ女の1人が親切にも教えてくれた。別にわざわざ可能性を確定事項に変えてくれなくてもいいのに。
 ちなみに彼らを運ぶ女は、女と言っても普通の女ではない。魔物の女だ。その証拠に彼女の下半身は獣のそれである。但し、あのケルベロス女と違って頭は一つしかないし、何よりサイズが普通人並みなところが、幸いといえば幸いだった。どの辺りが幸いしているのかは、ちょっと不明だが。
 やがて4人は物干し竿にぶら下げられる洗濯物のように祭壇に置かれた。
 ふと傍らを見ると、さっきの魔物の女のような者だけでなく、トカゲのような鱗に覆われた者や、蝙蝠の羽のようなものを生やした魔物たちがずらりと集まっていた。
 その先導者と思しき魔物―――かのケルベロス女の赤髪の奴が意味不明の言葉を発すると、あちこちで歓呼の声(たぶん)があがる。
 謎の呪文を唱え始めた彼らに、いよいよ万事休すか。トトは力任せに縄を解こうともがいた。Pは何やら念仏を唱え始めた。ルークレイルはあちこち見渡しながら起死回生の手段を模索している。そして、さしものリャナも楽観的ではいられなくなった。
「うわーん!! かみさまー、たすけてー!!」
 刹那。
『呼んだか? ご主人様』
 リャナと同じくらいのミニマムな男の子が突然姿を現した。褐色の肌にターバンを巻いている。
「ほえ? だれ?」
『俺様は指輪の精だ。本当は神(アラー)を讃える言葉で出てくるんだが、お子ちゃまだからな。出血大サービスってやつよ。っつーわけで、ご主人さまの願い3つまでなら叶えてやるぜ』
 ご主人様と呼ぶ割には随分上から目線の指輪の精である。どうやらリャナがアームレット代わりにしていた指輪がそうだったらしい。
 ルークレイルはチラリと魔物らに視線を馳せた。どうやら彼らはこの指輪の精が見えていないらしい。つまり、自分たちがこの指輪の精のご主人様という事か。
「なら、俺たちの縄を解いてくれ」
 ルークレイルが言った。
「男に興味はない」
 指輪の精がばっさり切って捨てた。
「何ぃ〜!?」
 眉尻をあげたルークレイルにトトは視線を彷徨わせた。この姿のルークレイルを見て一瞬で男と看破したのだ。見た目はこんなだが、意外と侮れないかもしれない。
「んーとね、じゃーね、わたしたちのーなわを、ほどいて!」
『お安い御用で』
 指輪の精はパチンと指を鳴らした。4人を拘束していた縄が解けて、トトとルークレイルは器用に足から着地。Pだけが背中から落ちていた。
 後で、よくよく考えてみれば、どんな願いでも叶えてくれるというのだから、もっと何か他にもあったんじゃかろうかと思わなくもないのだが、如何せんリャナには目先のこと以外考える脳内的容量がなく、またルークレイルも財宝を目前に無駄に視野が狭くなっており、Pは念仏を唱えるのが精一杯だったし、トト共々、リーダーであるルークレイルの選択に異を唱える気もなかったのだ。
 と、それはさておき、彼らの拘束が解けたことで、その場にいた魔物たちが慌てたように押し寄せてきた。
「どうする!?」
 トトが身構える。しかし得物がないのが何だか心許無い。Pのリュックも捕まった時に取り上げられてしまっている。
「逃げたら財宝もふいだ」
 ルークレイルは考えるように視線を馳せた。そもそも素手で戦うには分の悪い相手である。
「どうしましょう……」
 Pがおろおろじたばた言った。
「きっと、なんとかなるよ!」
 リャナが自信満々に言った。いつもは根拠のない彼女だが、今の彼女には根拠があった。物干しに洗濯物よろしく吊り下げられていても、なんとかなったのだ。
「よし、指輪の精!! 武器を出してくれ」
 ルークレイルの言葉に指輪の精はツーンとそっぽを向いた。
「おねがい。ぶきをーだしてー」
『はい、はーい』
 リャナのお願いに指輪の精が二つ返事でパチンと指を鳴らす。
 すると、リャナの手にはパッと見アニメの魔法少女が持っていそうな魔法のステッキの形をした剣が。
「わぁーい!」
 Pの手にはアラビアンナイトに何故西遊記が混ざったのか、別に西に向かって旅していたわけでもないが如意棒が。
「うっきー?」
 トトの手にはそれこそどこから混ざったのかスコットランド人がイングランドとの戦争で使用したという1mもの刀身を持つクレイモアが。
「ほぉー」
 そしてルークレイルの手には、正にアラビアンナイトの時代からはかけ離れた、それでも一応この世界を意識したらしい装飾過多な拳銃2挺が。
「…………」
 現れた。
 この状況でそれぞれの特性に合った武器を用意してみせる指輪の精はやはり只者ではない違いない。トトは指輪の精をマジマジと見たが、彼は飄々と宙に浮いているだけだった。
 それぞれが武器を手に敵と対峙する。
 だが、敵の数は半端なく多い。そしてラスボスはあの巨大なケルベロス女。
 ルークレイルは考えた。多勢に無勢。武器を手にしたところで体力にも限界がある。
「よし、空飛ぶ絨毯だ!」
 空飛ぶ絨毯でひとっ飛び、一気に財宝へ特攻だ。
「出してくれ!」
 指輪の精に頼む。
「そらとぶじゅーたーん!」
「いやぁ、空飛ぶ絨毯はランプの精の登録商標だからなぁ」
 それまで2つ返事だった指輪の精が困ったように答えた。
「なにぃ〜!?」
「登録商標なんてあるんですね?」
「専売特許の間違いじゃないか?」
「うーん……じゃぁ、空飛ぶピクニックシートって事で」
 指輪の精が代案を提示した。
 ピクニックシート。
 目前には迫り来る魔物たち。
 考えている暇などない。
「…………」
「何でもいい!!」
 ルークの言に指輪の精がパチンと指を鳴らした。そこにカラフルなピクニックシートが現れる。絨毯やカーペットのような厚さは勿論ない。重厚さのかけらもないペラペラのシートであった。
「乗り込むぞ!」
 ルークレイルが促した。リャナとトトが乗り込む。Pも乗り込みながら、ふと気付いたように指輪の精に声をかけた。
「そういえば、3つの願いを叶えた後、指輪の精さんはどうされるんですか?」
「1000人の願いを叶えたから、俺様はこれで晴れて自由の身だ」
 指輪の精が親指を一本立ててニッと笑ってみせた。それでPは納得してシートに乗り込んだ。
 ピクニックシートがふわりと浮かび上がる。間一髪で、駆け込んできた魔人たちの先陣をかわして飛び立った。
 羽を持った魔人が追ってくる。
 トトがピクニックシートの上に立ちクレイモアを構えた。
 ルークレイルも銃を構えたが、ふわふわのピクニックシートでは足場が確保出来ないというようなレベルの話ではなかった。
 風を切るたびにぶぁっさぶぁっさと大揺れなのだ。トトもバランスを保とうと片膝をついて大剣を奮った。狙うのは彼らの翼。しかし膝立ちでは力が乗らないのにイライラと立ち上がる。とはいえ長時間は立っていられない事にトトはピクニックシートを力いっぱい蹴った。剣を振り上げ空中で魔物を切り裂き、ピクニックシートの上に着地する。
 それと同時に大揺れするピクニックシートに膝を着いて呼吸を整え第二撃。
 ルークレイルは追ってくる敵をトトに任せ片膝を付きながら前を向いた。ケルベロス女がその巨体を広げて立ちふさがる。ドームいっぱいにその巨体を伸ばされてはさすがに飛び越えて、とは行けそうもない。
「倒すぞ」
 大将が倒されれば雑兵は逃げ惑うのみ。これを倒せば、他の魔物は逃げて行くに違いない。
「おー!!」
 リャナが魔法のステッキ型剣を振り上げた。
「は、はい……」
 振り落とされないようにピクニックシートにしがみついていたPが青ざめた顔で応えた。
「おおりゃー!!」
 先陣を切ったのはリャナだ。彼女はステッキ型剣を上段に金髪の頭に向かって飛び降りた。小さくすばしっこいリャナに翻弄されながら女が咆哮をあげた瞬間、リャナはその口の中へ飛び込む。
「リャナさん!?」
 食べられたと勘違いしたPが驚いて身を乗り出したが、リャナは一寸法師よろしく口の中で剣を振り回し大いに暴れていた。金髪の上半身が苦しそうにもがきはじめる。
 一方、身を乗り出していたPはといえば、トトが飛んでは着地するたびに大揺れするピクニックシートに完全に乗り物酔いを起こしていた。
「うっぷっ……」
 こみ上げてくる内容物を堪えるように左手で押さえ、右手の如意棒を杖代わりにしている。
 ピクニックシートの高速旋回。
 ルークレイルもトトもしっかりシートを掴んでいたが、両手に空きのなかったPだけが、振り落とされた。
「うわぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ〜〜〜!!!」
 Pの絶叫。
 それをルークレイルは勝利への歓喜と解釈。その証拠にPは黒髪の女の頭部に深々と如意棒を突き立てていたのだ。たとえばそれが単なる偶然の産物であったとしても大した問題ではない。
 ルークレイルはピクニックシートに仁王立ちすると小さく息を吐いた。背中はトトに預けている。
 残る一体、赤髪の女が巨大な槍をピクニックシートに向けて突き出そうとしていた。
「これだけでかい的だ」
 はずすわけがない。
 景気よく全弾を叩き込んでルークレイルは銃を捨てた。相手は魔物だ。急所だって人と同じとは限らない。
 だが次の瞬間、赤髪の女は槍を取り落として2歩ほどよろめいた後どうと倒れた。
 Pが地面に投げ出される。しかし他の魔物たちは襲うどころか我先に逃げ始めた。
 トトが人心地吐く。
 リャナが口の中から転げ出て万歳してみせた。
「わーい!! やったー!! やったよー!!」
 ビニールシートの低空飛行にトトが手を伸ばしてPをシートの上に引き上げたのと、リャナがシートの上に戻ってきたのはどちらが先だったか。冒険が始まった当初は頼りなげに見えた2人だったが、トトは自分の思い込みを改めた。2人とも立派な戦士である。
 そして。
 もう彼らの行く手を阻むものはない。
 アリババと40人の盗賊の財宝。その扉を開ける魔法の呪文は勿論―――。

「「「「 開けーーー!!!! ごまーーー!!!!」」」」

 ごごご、と大きな音を立てて財宝への扉がゆっくりと開かれた。
 まばゆいばかりに財宝が放つ光に、4人は目が眩んであまりに強烈な光に目を閉じながら、ピクニックシートごと扉の中へ飛び込んだ。

 ―――そして目を開ける。

 そこはベイサイドホテル厨房内の冷蔵庫の前だった。
「…………」
 背後で冷蔵庫の閉じるパタンという音がした。
 もとより、このハザードは『財宝よりも大切なものがある』がテーマのハートフルストーリーなのだ。財宝は手に入らないというオチなのである。
 だが。
 ピクニックシートの上で気持ちいい疲労感を抱えながら、4人はしばらく冒険の余韻に浸っていた。
 結局、彼らがこの冒険で手に入れた物とは―――。

【指輪の精は既に開放されたキングソロモンの指輪】
【伸び縮み出来なくなった如意棒】
【魔法の使えない魔法のステッキ型剣(小)】
【空を飛べなくなった空飛ぶビニールシート】

 それはガラクタばかりに違いない。
 だけど。
 スリルとアドベンチャーの思い出詰まったそれらを4人は一つづつ持ち帰ることにした。
 財宝を逃した割りに4人とも満足げな顔をしている。
 それからPがふと何事か思い出したようにポケットの中を探り始めた。
 リュックはとうの昔に奪われてしまっていたが、それだけはいつでも取り出せようにとポケットに入れて死守したのだ。
「どうした?」
「よ、良かったです」
「わぁ!!」
「いつの間にこんなに……」
 それはPがこの冒険の始まりから終わりまでを撮り続けたこの冒険の記録の詰まったデジタルカメラだった。みんなで女装した時に撮ったあれだけではない―――本当に、いつの間に撮っていたのやら。

「楽しい思い出です!!」

 何はなくともきっとそれが、どんな財宝よりも最高の宝物になる。





 ■大団円■

クリエイターコメントオファーありがとうございました。
楽しんで書かせていただきました。
イメージを壊していない事を祈りつつ。

冗長万歳(ぎゃふん)
公開日時2009-06-27(土) 20:50
感想メールはこちらから