★ 札付き2人 ★
クリエイターミミンドリ(wyfr8285)
管理番号328-5062 オファー日2008-10-21(火) 21:07
オファーPC シキ・トーダ(csfa5150) ムービースター 男 34歳 ギャリック海賊団
ゲストPC1 エフィッツィオ・メヴィゴワーム(cxsy3258) ムービースター 男 32歳 ギャリック海賊団
<ノベル>

【惚れた女】

 潮風が吹き過ぎる港町は大いに賑わっていた。
 波止場には船が何艘も繋がれ、帆を畳んだマストの上では海鳥が我が物顔で船上を見下ろしている。
 打ち寄せる波が船を不安定に揺らすが、鳥たちは気にする様子もなくマスト上での縄張り争いや恋の鞘当てに精を出している。
 そして不安定な揺れを気にしていないのは、船の上で様々に立ち働く屈強な男たちも同様だった。日に焼けた赤銅色の上半身を晒した男たちは波の音に負けじと声を張り上げ、次々と荷を運び出している。
 彼らの顔は一様に晴れやかだ。
 長くも短くも、そうそう気の抜けない海の上での航海が終わり、これから息抜きと称して町の酒場や歓楽街に繰り出すのだ。
 こういう連中はえてして多少羽目を外す傾向にあり、交易で得た給金を全て賭け事で失い乱闘を起こすことも度々、全財産をスられて泣く泣く新たな職を探す者も多い。
 金持ちから乞食まで、極悪な賞金首から商人から海軍まで、様々な人種が入り乱れて発展するこの町の一角。
 威勢の良い物売りの声が幾つも飛び交い、色とりどりの原色鮮やかな果物や異国の織物、華やかな装飾品が通りすがりの人々の目を楽しませ、時には立ち止まらせる。荒くれ共が入っていったのは武器を扱う店か。
 上等の服を着こなした紳士が通ったかと思えば可憐な花を抱いた少女がその後を追いかけ、花よりも綺麗な笑顔を浮かべて「お花、買ってくれませんか?」と紅や黄の花を差し出す。
 気前良く籠ごと買い上げた紳士の隣を船乗りの一団が通り、その大柄な男たちにも気後れせず声がかけられ、釣られた男たちはばらばらと散っていく。
 エフィッツィオ・メヴィゴワームという舌の噛みそうな名を持つ男は、歩み去っていく紳士と船乗りを一瞥し、人波に乗って速やかにその場から遠ざかる。
 果たして、財布がないことに気付くのは、船乗りが先か、紳士が先か。
 笑ってしまうことには、紳士の財布1つと船乗りの財布3つでは紳士の財布の方が重いということだ。また、船乗りたちは悲嘆に暮れるだろうが、紳士は苦笑するだけで済むだろうということも。
「――ま、俺が気にすることじゃねぇけどな」
 呟いて、口に銜えた煙草と空の財布を排水溝に投げ捨てる。すぐに波が洗い流してくれるだろう、もうすぐ満潮だ。
「よぉ、エフィ!今日も稼いでるか」
 エフィッツィオ・メヴィゴワーム――エフィと呼ばれた若い男、日焼けした浅黒い肌に陽光を鈍く弾くくすんだ金髪、鮮やかな赤眼はそれほど曇ってはいない。両腕に踊る竜をモチーフにしたトライバルタトゥーが引き締まった筋肉を飾っている。
 いかにもならず者といった風情の彼はしかし、今は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
 それもこれも、慣れた風に声をかけてきたこの腐れ縁のせいである。
 ……つい先日博打で身包み引っ剥がれそうになった元凶が馴れ馴れしく声をかけてくればこんな顔にもなるだろう。
「イカサマばっかする奴には教えたくない位には稼いでる」
「ハハッ、心外だな?ンな毎回毎回イカサマやってるワケじゃないぜ?エフィが弱いだけで」
 時折現れては喧嘩や博打をふっかけていくこの男――シキ・トーダ。
 掛け値なしの賞金首である。
 潮風と陽光に晒された銀髪、焼けた肌には古傷が残り、それなりに整った顔を切り裂くように走る大きな古傷は左目を完全に潰していて殊更目立つ。残った右目は深緑色で、からかうような光を宿していた。
 古傷だらけの体を隠すでもなく、袖のないラフな服は肩から手先までを人目に晒している。
「俺は弱くねぇ!イカサマが多すぎるだけだっつの」
「そんだけイカサマが多いんだったら見抜いたことも沢山あるんだよな?」
 エフィは、にやにやしながら肩に手をまわしてくる男に頭突きをしたい衝動に駆られた。
「…………。そりゃ、うん、まぁな?」
 ついっと目を逸らして返された返事にシキは吹き出した。
「お前にイカサマ見抜くとか無理すぎるだろ」
 腹を抱えてまで笑う腐れ縁にむっとして何か言い返すと、軽くあしらわれて逆にからかわれ、騒がしい二人は港の街を適当にブラつく。決まった職に就いているわけでもない彼らは、自分で動こうとしない限りとてつもなく暇人だ。
 無論、最低限の活動はしなければ食っていけないのだが。
「っと、俺ここら辺に用あるんだわ。んじゃなエフィちゃん、また一緒に博打しようぜ〜」
「ちゃん付けすんな!てめぇと博打なんぞ二度とやらねぇぞ!」
 以前一緒に賭博場に行った時、シキがイカサマをやっていたらしい事がバレて一緒にボコられそうになったのだ。
 結局は二人で返り討ちにして逃げてきたのだが。
 シキの持ってくる揉め事に頻繁に巻き込まれているエフィが、世間からは少なからずシキとセットで見られていることを彼は知らない。
 知らない方が幸せだ。その方が幸せなこともある。
 シキがそそくさと雑踏に紛れ込むのを見送って、エフィは軽く溜め息をついて別の方向に歩き出した。
 揉め事の種、いや嵐の目は去った。
 エフィはいつも通りそこらの路地で適当に過ごしていようと思っていたのだが、その思いは突然上がった姦しい声に破られた。
「あんた!そこの金髪刺青の男!」
 周囲を見回して探すまでもなく、そんな特徴を持つ者は自分しかいない。
 声がした方に振り向くと、青みがかった髪を綺麗に切りそろえた女性が睨むようにしてエフィを凝視していた。
 可愛い系美人に凝視されて思わず仰け反ったエフィは、女性がつかつかと勢い良く近づいてきたのを見て面食らった。
 何だ。何なのだ。
「あんた、シキ・トーダの仲間よね?」
 またシキがらみで因縁をつけに来たのだろうか?
「仲間ぁ?そりゃ知り合いではあるけどよ……」
「案内して欲しいの」
「へ?」
「案内、して欲しいの!」
 エフィは、初対面の、名も知らぬほぼ通りすがりも同然の女性からの突然の要求に、警戒心を強めた。
「……何でだよ」
 あからさまに怪訝そうなエフィの視線を受けて、女は少し俯いた。
 目を逸らして顔をほんの少し赤らめ、「……シキに」と呟く。

「惚れたの」

 爆弾が落ちたと思った。


【トラブルメーカー】

 あの野郎まさか女とかたくさん騙くらかしてんじゃないだろうな痴情の縺れがどんだけ面倒で複雑怪奇だと思ってんだ賞金首のくせして女にまで後ろから刺されても知らねぇぞあのトラブルメーカー!
 本人がいないのに飛び火してきた嵐の目は可愛い系美人という非常に厄介な形をしていた。
「ねぇ、本当にこっちで合ってるの?」
「合ってるよ、黙ってついて来い」
「本当にシキに紹介してくれるかも分からないのに黙ってついて行くわけないでしょ」
「お前の方から連れてけって言ったんだろ、ええと……」
「ターニャよ、さっき教えたじゃないの」
「教えたか……?」
 女が名乗った覚えはエフィにはない。先ほど考え込んでいた間だろうか。
「言ったわよ、今」
「今かよ!さっき教えたって言ったばっかじゃねぇか!?」
「よく考えたら名乗ってなかったみたい。まぁでも名乗ったんだから、ちゃんとターニャって呼んでよね」
 この女一言詫びも無しだ。
 何故、自分が、こんな仲人みたいな真似をしなくてはならないのだろうか。自分はキューピッドになった覚えはない。

 シキに合わせてくれと言うターニャを最初はさっさと追い払おうと思っていたエフィだったが、「知るかよ、俺が案内してやらなきゃなんねー理由はねぇだろ」と言った彼に彼女は目尻を吊り上げてまくし立てたのだった。
「女が困ってるのに放っておくわけ!?サイテー!あんた絶対モテないでしょ、シキが何処にいるのかわからないから見ず知らずのチンピラ風のあんたに勇気を出して話しかけたのにその勇気に対する態度がそれなの!?仲間なんだから居場所くらい知ってるでしょ、つべこべ言わないで連れて行ってよ!」
 キ―――ンと耳に響く甲高い声は、一拍の息継ぎを挟んで再びエフィの鼓膜に甚大なダメージを与えようとしていたが、エフィが手を上げてストップをかけると頬を膨らませたまま黙った。
 くわんくわんと回る頭で考える。
 今の超音波でかなり人目を引いた。
 チラチラと視線が二人に突き刺さる。
 ここで断ればまたこの女は超音波を撒き散らしエフィの鼓膜に執拗な猛攻を加えるだろうし、この勢いだと次に何を言い出してくるか分からない。
「……連れてくだけだからな、俺も正確な位置は知んねぇし、見つからなかったら諦め……」
「ありがと!シキに紹介してくれるのね!」
 コロッと態度を変えてエフィの手をぎゅっと握ってくる彼女とエフィは、傍から見たら仲直りした恋人同士のようだったが、エフィはさっさとシキに引き渡して逃げようと思っていた。
 しかもいつの間にか紹介することになってるし。

「ちゃんと橋渡ししてよね。変に言わないでよ」
 この女は一時とて黙るということを知らんのか。
 以前東の国から珍しい小鳥が来たことがあったが、あの鳥もいつ息継ぎしているのかと思うほど一日中鳴きまくっていた。それにそっくりだ。
 しかし時たま見る物売りのおばちゃん同士のお喋りも恐ろしいほどの勢いで繰り広げられているから、女というのは一般に肺活量がモンスター級になる素養を備えているに違いない。
 エフィの微妙な顔に気付いたか、ターニャが「何よ?」と彼を見上げる。
 ……見た目は悪くないのだが。
「あたしに見とれてないで、シキの居る場所はどこ?」
 ……悪くないのは見た目だけだ。
「バッ、別に見とれてた訳じゃねぇよ!それよか少し黙ってろって」
「何でよ。あんたが代わりに喋ってくれるって言うの?あたしお喋りな男は嫌いだわ」
「……」
 シキは、間違っても寡黙とは言えない男だと思うのだが……。
「あ、シキは別だから。そこらの男と一緒にすると痛い目見るわよ」
「そりゃ身を以って思い知ってるけどよ……と、ここにも居ねぇか」
 酒場の中を覗き込んで、シキの姿がないのを確認し頭をかく。
「あんた、シキの相棒なのよね?相棒の居場所、知らないの」
 ターニャが痺れを切らしたようにエフィに問いかける。
「相棒じゃねぇよ、単なる付き合いの長い知人ってか……腐れ縁つーか……」
 勝手に相棒にされていることに何かうそ寒いものを覚えながら、次の場所に移動する。
 しかし、賭博場を覗いてみても、波止場を覗いてみても、酒場を片っ端から回ってみても、シキは見つからない。
 シキはいつもそれらの場所で管を巻いているはずなのだが。
 時間がかかればかかるほどターニャが煩くなってくるので、エフィはほとほと疲れていた。
 早くシキを見つけ出して押し付けたい。
「ねぇちょっと休まない?歩き詰めで足がクタクタよ」
 エフィは一分一秒でも早くシキを見つけてターニャを押し付け邪魔者は逃亡しようと思っていたのだが、初めて彼女の口からマトモな意見が出た気がして仕方なく立ち止まった。
 なんだかんだ言って外道になれないのがエフィだった。
「あ」
 ふとターニャがある方向を見つめ声を上げ、エフィがそちらを見ると、シキが通りをひやかしているのが見えた。
「ったく……」
 ようやく見つけたとばかりにそちらに歩み寄ろうとしたエフィはがっしりと腕を掴まれて物陰に引きずり込まれた。ターニャがじっとシキを見つめながらエフィの腕を掴んでいる。
「何だよ、シキ見つけたんだろ、さっさと行くぞ」
「ちょっと心の準備が出来るまで待ってよ、乙女心は繊細なんだから」
 そう言いながらシキの一挙手一投足をつぶさに観察する彼女の目は獲物を狙う狩人のような光を放っていて、エフィは恋愛の絡んだ女は怖ぇと心中で後悔し始めていた。


 シキはエフィの声が聞こえたような気がしてふと通りを見回した。
 今、シキは自分を狙う賞金稼ぎが複数街に入り込んだという情報を受けてあちこち動き回っているのだ。街中を動き回るシキに釣られて賞金稼ぎが動き出すのを待って燻り出そうというのだ。
 そのせいで一所には留まらず、エフィたちはシキを探して街じゅうを歩き回る羽目になったのだが。
 とにかくも、辺りを見回したシキは、物陰で女性と密着しているエフィを見つけた。
「おっと……こりゃあお取り込み中かね」
 エフィも中々やるもんだ、とよく分からない感心の仕方をしながら、シキはすっと視線を外した。
 エフィが春を満喫している間に自分のことで邪魔が入ったら流石に悪い、と思ったからだ。
「さっさと片してからかいに行くか」
 見たところ割と可愛い女のようだ。
 これでエフィを冷やかすネタができたと面白がりつつ、シキは警戒を緩めずに歩を進めた。
 いつ、どこから賞金稼ぎの凶刃が襲ってくるか、分からないのだから。


「あ、見えなくなっちゃう!追うわよ、他にも賞金首とか仲間が居るかも」
「仲間?」
「あ、ほ、他の仲間がいたらホラ、告白しにくいじゃない!賞金首が居たら、あたし怖くて近寄れないし」
 いかにもならず者なエフィを勢いで言い負かして無理矢理付き合わせた女の言うこととは思えなかったが、女ってわかんねぇー…、と彼女の思考形態を理解することをほぼ諦めていたエフィはまだターニャにつき合わされるのかとげんなりしただけだった。
「何してるのよ、こっそり追うわよ!」
 ストーカーの如く物陰に張り付いてシキを窺う女に何か理解しがたい生物でも見たような気持ちを抱きながら、エフィは仕方なくターニャの後ろに続いた。


【彼女の嘘】

 暫くシキの後を追っていた二人だったが、どうやらシキは2,3本の通りをぐるぐる回っているだけらしいということが分かってきた。かといってそれほど暇そうにも見えず、エフィは首を傾げる。
 すると、ターニャがある店の前で立ち止まった。
「あ、ちょっとここで待っててよ。どこかに行ったら承知しないからね」
 帰りたそうな顔をしたエフィにきつく言っておいて、ターニャは小さな店の中へ入った。
 気の良い老婆がにこにこと笑いかけてくるのへ愛想笑いを返して、誰からも見つからない棚の間に入り込む。
 服の背から取り出したボウガンに弦を張り、矢を取り出してつがえる。
 棚の隙間から見据える先には、銀髪緑瞳の男。
「シキ・トーダ……他の賞金首の居場所も分かるかと思って、泳がせておいたけど」
 用済みよ、と呟いて、ターニャは――賞金稼ぎの女は引き金を引いた。
ヒョウッ
 風を切る音と共にボウガンから矢が飛び出す。
 冷たい視線で矢がシキの頭部に吸い込まれるのを眺めていたターニャだったが、その目は驚きに見開かれることとなった。
 確かに死角から放ったはずの矢が、首を傾げただけの一動作でかわされたのである。
「なっ……!?」
 はっとして彼女は棚の影にしゃがみこんだ。矢の射られた方向がバレれば、あの凶悪な賞金首は自分を殺しに来るだろう。
 仲間にはシキが隙を見せたら誰でも殺っていいと言ってある。狙っているのは彼女だけじゃなし、すぐにばれることはまさかないとは思うが。
 そうしたら、あのエフィとかいうならず者を盾にして逃げるしかない。
 今のところあの男は彼女がシキに惚れているという事を信じて疑っていないようだ、単純な男で助かる。
 身を低くしたままボウガンを元のとおりに服の中に仕舞い込み、ターニャはそっと小物の隙間からシキを盗み見た。こちらを見てはいない――ばれてはいないようだ。
 とりあえず今はエフィのところに戻らなくてはならない。あまり時間をかけても怪しまれる。
 そもそもエフィに近付いたのも、彼がシキとよくつるんでいる相棒だと聞いたからだ。相方に紹介された女ならば、あの賞金首も気を許すだろう、と。
「待たせたわね、行くわよ」
 帰ろうかなと顔に書いてあるようなエフィをぐいぐい引っ張って、彼女はシキを追った。
 まだ、チャンスはたっぷりある。


 シキは射られた矢の向きから射手の大体の方向を掴んでいたが、それを掴むまでに少々時間をかけてしまった。流石にもう逃げているだろう、と再び歩き始める。
「そういや、エフィの近くからだったな、今の……大丈夫なのかねありゃ」
 折角恋人同士の語らい(エフィが、と思うと笑ってしまうが)を邪魔しないように遠ざかろうとしているのに、進行方向が同じなのか、さっきからちらほら目につく所に居る。
「しっかし、尻に敷かれてんなぁ」
 困惑していたように見えるエフィの顔を思い出して、シキはこんな時だというのにからかいたくてムズムズした。
 複数の賞金稼ぎに狙われているというのに、わりと暢気なところのある男である。
 エフィたちから遠ざかるように歩きながら、しかしシキはもう少ししてもエフィたちが近くに居るようなら巻き込んじまうか、などと考えていたのだった。


 ターニャは苛ついていた。
 あれからずっと尾行して何度かシキに矢を射かけているのだが、どんな状況でどんな方向から狙ってもことごとく外れるのだ。
「悪運の強い奴……!」
 あと、なんか、エフィの「何だろうこの変な女……」的な視線もイラつく。
「ちょっと、ここで待っててよ!」
 本日9回目の「ここで待ってて」にエフィは疲れ切った心境で壁にもたれかかった。あっちこっち引きずり回されて、気力がごっそり搾り取られた感があった。
 もう本当に早いとこシキに押し付けて逃亡したい。
 

「シキ・トーダを襲ってちょうだい」
 同じテーブルに座る男たちに向けて、女は業を煮やしたように言い放った。
「お前が殺るんじゃなかったのかよ?」
 嫌味な笑いを含んだ声が上がる。
「遠くから狙うと全部かわされるのよ!悪運が強いったらもう……!」
 女が憤然としてテーブルを叩く。
「とにかく、あの男を襲ってちょうだい。隙ができれば殺れるわ」
 鋭く光を弾く短剣をテーブルにおいて、女は仲間の顔を見廻した。
「――賞金は山分けよ」
 しばらく沈黙がその場に広がる。
「……ま、いいだろ。手分けしてゴロツキに声かけて頭数を揃えろ」


「エフィ!何やってんださっきから」
 どうやらからかいたい衝動を我慢できなくなったらしい。
 多分「何やってんだ」と言われる行動をとらねばならない一番の原因である男にそう話しかけられて、エフィは心底ぐったりした。
「てめぇのせいだよ!大体、お前に惚……」
「エフィ!お待たせ!さあ行くわ…よ……」
 ターニャは物凄く動揺した。
 自分が席を外している間にターゲットがエフィに接近して来ているとは夢にも思っていなかったのだ。彼女は結構思い込みの強い性質のようだ。
 幸い、彼女がうろたえた様は、エフィには「憧れの男(笑)に会った女の反応」として受け取られ、シキには見知らぬ男の出現に驚いていると思われたようだった。ターニャは胸を撫で下ろす。
「シキ、こいつがお前に惚れ」
「あぁーっとぉ初めましてターニャです!エフィのお友達の方ですか!?」
 思いっきり足を踏まれて言葉を途切れさせるエフィの声を覆い隠すようにターニャが声を張り上げる。
「おう、いわゆる悪友ってやつかね。シキだ、よろしく」
 足を押さえて悶絶するエフィを痴話喧嘩も大変だねぇというまるっきりからかう視線で見やりながら、シキは笑いをかみ殺した。
「何すんだターニャむぐっ」
「ちょっとこっち来て」
 エフィの口を塞いでシキから聞こえない距離に移動してから、ターニャは口を押さえた手を外した。
「何のつもりだよ、あんたが紹介しろって言ったんだろうが!?」
「あくまで偶然の出会いという運命を演出したいっていう乙女心が分からないの!?いきなり惚れてるって言ったらどう話せばいいか分からないじゃないの!」
「じゃあどう紹介しろって言うんだよ……面倒くせぇなオトメゴコロって」
「あんたの知り合いって言ってさり気なく好印象を植えつけるのよ!男女の出会いなんて最初の印象で大体決まるんだから!」
「さり気なく好印象ぉ?………………たとえば?」
 目前の女性について顔以外の長所がとっさに見つからなかったエフィがそう聞くと、ターニャは「これだからニブチンは!」という顔をした。
「気立てが良いとか、か、可愛いとか、優しいとか、礼儀正しいとか色々あるでしょ!」
「………………………………」
 今上げられた例が全部当てはまらない気がして、エフィは思わず遠い目をした。どう紹介すればいいのか全然分からない。
「だいたい、そうじゃなくちゃあんたに声をかけた意味が……」
 ぶつぶつとターニャが呟いたのが聞き取れなくて、エフィは瞬きして聞き直した。
「何だって?」
「何でもないわよっ!それより、……っ」
 言葉が切れたターニャの視線を追って振り向いたエフィは、街の中でも特に性質の悪い連中に包囲されかかっているシキを見止めた。

 ごにょごにょと何事か話し込んでいる二人を眺めながら、シキはにやにやと冷やかし笑いを浮かべていたが、ふとあまりよろしくない要素を含んだ視線を感じて首を巡らせた。
 カモを見つけたかのような、自分たちが圧倒的優位に立っていることを微塵も疑っていない薄笑いを浮かべ、まっすぐにシキに向かってくる集団があった。
 彼らの顔には一様に薄っぺらく嗜虐的な表情が張り付いていて、シキをいたぶるつもりであるのがありありと見透かせる。こういう連中は少しでも自分の優位が崩されると脆いものだ。
 シキはひい、ふう、みい…と目で人数を数えて不敵な笑みを浮かべた。


【喧嘩上等】

 周囲からは不穏な空気を感じ取った人々が慌てて立ち去り始めていて、みるみる通りすがりが減っていく。
 大小様々な揉め事が毎日のように持ち上がるこの街では、民衆はこういう事態に慣れている。いつものように戸締りをして、事が落ち着くのを待つ。

「何か用か、あんた等」

 シキが先手を打って声をかける。不敵な笑みは消さないままだ。
 男たちはシキから声をかけられた時点で立ち止まり、道を塞ぐように広がっていた。数は、10人と少しか。
「シキって凶悪な犯罪者を痛めつけて半殺しにすりゃ、イイ額の金が入るって話だ、今一番の儲け話はな」
 ゴロツキはとても分かりやすい台詞を吐いた。きっと情報漏洩による問題などは頭の片隅にすら入っていないのだろう。
「つまり賞金稼ぎどもが一気にカタを付けようとしてて、お前らはそれに雇われた当て馬、つまり雑魚ってワケだ」
 男たちの顔が一瞬ぽかんとして、だんだんと赤くなってくる。
「頭の上に鍋を置いたら料理が出来そうだな。台所に就職したらどうだい、皆サン」
「やっちまえ!!」
 シキの軽口を聞き終えるやいなや怒声が上がる短気さはある意味賞賛に値する。
「あちゃー……なんてまあ扱いやすい奴らだろ」
 彼ら以外の誰もいない通りで、10対1の戦いを見ていたエフィとターニャだったが、二人に目をつけた男が唸り声を上げて突進してくる。
「こっち来んじゃあ、ねぇよっ!」
 振り上げられた手を軽くかわして胴に拳を打ち込む。
 気絶まではいかなかったのか、腹を押さえて地面を転がる男を蹴り飛ばして、エフィは傍らにいた女が居なくなっていることに気付いた。
 ついでに言うなら、ゴロツキがさっきより増えていて、更に武器を持っているのが多数。
「……マジ?」
 しかも、何人かの視線が、エフィに向いてたりして。


 最初に躍りかかって来た男の腕を捻りあげながら、シキは体の回転を加えて肘鉄を食らわせた。脳を揺らされた男は白目を剥いて倒れふし、シキはその体を突き飛ばして別の男にぶつけたシキは、仲間の体を跳ね除けて顔を上げた男を尻目に近くの店に積んであった果物をひょいと手に取る。ひと口齧って「お、美味い」と呟くシキに、起き上がった男が突進しようとして眉間に果実が命中する。
 べしゃっと崩れた果実に目を潰されて、顔を押さえながら叫びを上げた男を突き飛ばして殺到してきた三人のうち、真ん中の男の顔面に平鍋が激突する。鼻血で顔を真っ赤にして後ろに倒れた仲間を見て慄いた顔をした二人にも次々と大鍋がぶつかった。
 プロの料理人、または生粋の鍋職人が見たら青筋を立てそうな光景だが、残念ながらここにはそんなことなど欠片も気にしない人間しかいない。
「きゃあっ!」
 シキは女の悲鳴が聞こえてそちらを振り返った。
 見ると、エフィの恋人、確かターニャとか言ったか、がこちらに逃げてくる。
「彼女くらい自分で守れよなぁ」
 全く、と溜め息をついて殴りかかってきた男に足払いを食わせて爪先でこめかみを蹴り飛ばしながらターニャの元へ向かう。
「あ、ぁあ、シキさん……!」
 彼女を後ろに庇ってざっと周囲を見ると、武器を持った男たちがぞろぞろと湧いて出てくる。
「俺一人の為によくまぁこんだけ動かす気になるよな。たった一人だぜ?チキン野郎なのかよ、お前らを雇った賞金……」
 稼ぎ、と言う前にうなじの毛が逆立ち、シキは直感のままに身を捻りながら後ろを振り向いた。
 白刃が、一瞬前までシキの心臓があった場所を貫いていた。
 避け切れなかった腕が血を噴く。
「お前……!?」
 短剣を突き出しているのは、可愛い顔に冷たい表情を浮かべたターニャ。
 そのまま斬りつけてくるのを服を切らせただけでかわし、塊になってそれぞれに剣を振り上げてくる集団の先頭の男の足に適当に手に取った木の棒を絡ませて転ばせる。
 転んだ先頭の男に躓いて将棋倒しのように次々倒れる一団を一瞥すらせずに疾走し、路地に入る。
 男たちが口々に雄叫びを上げながら追ってくるのを聞きながら、シキは路地を抜けたすぐそこに積み上げてあった樽を固定する縄を走り抜けざま切断した。
 路地から先を争って飛び出した男たちは高みからなだれ落ちてくる樽を見上げて野太い悲鳴を上げた。
 足を止めぬまま表情で快哉を叫んだシキはそのまま人ごみに紛れようとしていたが、誰も追ってこない、と後ろを確認して前を向いた瞬間にエフィが走ってくるのを見て眉を上げた。
 エフィの後ろから、武器を持った男たちが走ってくる。
 くるりと向きを変えて反対側に走り出したシキに、エフィの怒鳴り声がぶつかった。
「てめぇぇぇぇぇシキぃぃぃ!俺を巻き込むんじゃねぇえ!!」
「今度のはエフィが持ってきたんだろあのターニャとか言うお前の恋人!」
「誰が恋人だあんな喧しい女!だいたいあいつはシキに惚れてるとか言いやがったんだぞこの女タラシ!」
「お前そりゃあ騙されたんだよ、あの嬢ちゃん賞金稼ぎだぜ?庇ってやったら切り付けられちまった、悪女の素質があるな」
「シキの庇い方が悪かったんじゃねーの!お前の痴情の縺れに巻き込まれんのは御免だ俺はぁぁ!」
「俺だって殺されるならもっと美人がいいね」
 ある意味とても失礼な会話をしながら走る二人を、剣を振り上げた男たちが地響きを立てて追いかけていく。
 通りを歩いていた人々が騒ぎに気付いて慌てて道を開け、その間を二人は並んで走り抜け――正面に海が迫る。
「シキ!どっち曲がればいいんだよ!」
「エフィの方がここら辺詳しいんじゃねぇの?」
「あーじゃあ右っ!」
 右に曲がった二人は荷物の積み出しをしている船乗りたちにぶつかりそうになって急ブレーキをかけた。
「危ねぇな兄ちゃんら、気ィつけろや」
 船乗りたちの頭らしい男が、汗を拭いながら声をかけてくる。屈強な胸板に日に焼けた顔。いかにもベテランだ。
「通るならそっち通っていきな」
 指差した先に網の目のようになった桟橋があり、船に乗り込んだり別の場所に渡るために使われている。
「っと、すんませーん、サンキュな」
 シキが気安く礼を言うと、男は片手で答えて作業に戻る。
「何処行きやがったシキ・トーダ!」
「あっちよ!」
「いたぞ!殺せぇえっ!」
 剣を引っ提げた集団が船乗りたちの間を走るシキとエフィを見つける。
「うわ、マジだ、ターニャが連中の中に普通に混じってる」
「まぁな、まさかエフィが恋人作るなんてそんな事があるワケなかったよな。悪い、俺、エフィのモテなさを甘く見てた」
「ケンカ売ってんだよな?それケンカ売ってんだよなぁシキ?」
 桟橋にたどり着いた二人は、後ろから聞こえてきた悲鳴に思わず振り返った。
 後ろでは、船乗りたちが運び出した荷が壊され、中に入っていた細工物が地面に散らばっている。
 悲鳴を上げたのは、あの二人に声をかけてきた船乗りたちの頭、の前にへたりこんでいるごろつきだった。
 船乗りの頭は、首にかけていた布をバンダナのように額に巻いて、
「てめぇら何してやがるゴルァァアアア!!」
 ドでかい怒声でごろつきどもの気迫を粉砕し、彼らを睥睨した。
 それを皮切りに船乗りたちが一斉に乱入者に襲い掛かった。船上での過酷な肉体労働をしている船乗りたちに、ただ毎日街でたむろしているだけの若造が敵うわけもなく。
「おっちゃんら、かっくいー……」
「船乗りって怒らせない方がいいんだな……」
 結構二人とも余裕があるのだった。


 船乗りたちに一網打尽にされたごろつきに因縁をつけられても面倒なので、二人は湾を大きく横切ろうと桟橋の上を渡っていた。
「で結局、賞金稼ぎの芝居だったわけか?」
「だろうな。そしてエフィ君はまんまとそれに引っかかってくれちゃったワケだ。いやぁお前、女にアタマ上がらないタイプだな」
「う、うるさい!恋した女はよくわからんと相場が決まってるんだ!演技かどうかなんて分かるかよそんなの」
 シキはすでに斬られた腕の傷には布を巻いて止血していて、服が少し切れているほかはおおむね無傷だ。
 対してエフィは攻撃こそくらっていないものの、頬にはコケてこしらえた擦り傷、服は何故か土埃にまみれて髪はぐしゃぐしゃだ。
「……どこをどうやって逃げてきたのよソレ?」
 シキが尋ねると、
「……樽が突然落ちてきて、追ってきた奴らと一緒にもみくちゃになった」
 不可解なこともあるもんだ、と不機嫌そうにしかめっ面をしたエフィからそっと目を逸らし、シキはハハハーそーだなーと乾いた笑いを漏らした。
 ばっちり心当たりがある。
 そして目を逸らした先で、例のターニャを見つけた。
「あ」
「え?」
「うっわしつこいねあいつら。エフィ見ろあれ」
「げ」
 二人の視線の先ではまだ諦めていないらしい7,8人の男女が殺気を叩きつけながら桟橋の上を走ってくるところだった。
「こんな狭い所、逃げ場所ねぇぞ。このまま迎え撃つにも不利だし……」
「エフィ、あの船!」
 シキが指す先には、大きな帆船。エフィが答えるより先にシキが船から下がる縄を掴んで中に飛び込む。
「……よく考えたら俺、なんも関係ないよな……?」
 エフィは何かこの世の理不尽を感じながら船と賞金稼ぎを見比べる。
 と、船べりからエフィを見下ろしていたシキがにやっと笑って大声を張り上げた。
「おっともだっちのエフィくーん!!早く来いって!」
 シキの大声が聞こえたのか、少し戸惑い気味にエフィに向けられていた視線が敵意一色に染まる。
「やりやがったなシキ!?」
「ハッハ、ここまで来たら一蓮托生だ!」
 物凄く楽しそうに笑って手を差し伸べてくる札付きに、エフィはぶつくさ言いながらその手を握ったのだった。


【決闘風味】

「あの船よ!」
 奇しくもシキと同じことを叫びながら船に取り付いた賞金稼ぎたちは、ふと顔に影がかかったのに気付いて顔を上げた。
 賞金稼ぎたちの顔に一様に殺気が漲る。
 そこには、悪戯を企む子供のような満面の笑顔のシキ。
 その手には水揚げされたばかりのウニ。
 嫌な予感に彼らが行動を起こすより早く、シキは笑顔のままウニを投下した。
「うぇわぁぁあああ!?」
「だっ痛っ痛えええ!」
「くそっあの野郎ォォオ!」
 顔や頭を庇った手にウニのとげが刺さり、賞金稼ぎたちは驚き半分痛み半分の声を上げる。
 しかし量が少なかったのか、すぐに振り払い怒りの形相すさまじく再び船に取り付く賞金稼ぎたちを見て、シキは肩越しに振り返って手で合図をした。
 すると大きな木箱を抱えたエフィが現れ、シキと二人がかりでその箱の中身を彼らにぶちまける。
 降り注ぐ怒涛のウニ、跳ねる魚、クラゲやタコにまみれて賞金稼ぎたちは悲鳴を上げて桟橋を転がる。
 エフィとシキは拳どうしをぶつけて作戦成功!といった笑みを浮かべ、ただ一人睨み上げてくる女にふざけた敬礼を返して船上に引っ込んだ。
「何してるの、追うわよ!」
 ターニャの一喝にウニに刺されてヒイヒイ泣き喚いていた男たちがようやく落ち着き始める。
 ちなみにタコに顔面に張り付かれた男は全然落ち着くどころではなかったのだが。
 ほんの少し冷静さを取り戻した彼らの痛みはすぐに怒りに変わった。
 獰猛な唸り声を上げて船に取り付く男たちが船べりに顔を出した瞬間、ぶぅんと振られた櫂が顔面に気持ち良いくらい見事に入り、並んで顔を出していた二人が仲良く落ちていく。
 櫂を握ったエフィはそれを見送るヒマもなくもう一度長いそれを振るうが、船べりに足をかけた男ががっしりとそれを受け止め、櫂の奪い合いになる。
 その間に他の男たちが船に乗り込み、エフィに迫ってくる。
 エフィは櫂を掴んだ男を櫂ごと船外へ放り投げると、両側から怒号を上げて殴りかかってくる男たちの腕を身を沈めてかわし、足を払いつつその場から飛びずさる。
 バランスを崩して前に倒れそうになった男たちは咄嗟に手を伸ばして体を支えようとするが、体勢・距離的に掴めるのは互いの体しかなく、男たちは抱き合うようにして止まった。
「うお、キモ」
 思わずエフィが漏らした感想は二人にとっても同様だったことだろう。揉み合うようにして離れた男たちがエフィに意識を戻すより先に、彼は右側の男に強烈なフックをお見舞いしていた。
「らぁああああ!!」
 残った左側がエフィに向かって声を上げて突っ込んでくるが、ぶんと振るわれる拳を少し仰け反るだけで避けたエフィは足を跳ね上げて男の顎を一撃した。口を切ったのか、呻き声を上げて口を押さえ、よろける男の首に腕を巻きつけるようにして投げ落とす。
 背から叩きつけられて意識を刈り取られた男をもはや一顧だにせず、エフィはそれなりに広い船上に視線をめぐらせた。
 はっとして身を捩ると自分の頭があった場所を鉄の剣が通過して船べりに深く食い込んだ。
 抜けなくなってしまったのか、剣を掴んで力む男のみぞおちに左の拳を叩き込む。
 ふと上から声が聞こえてきて、エフィは空を仰いだ。
 雲ひとつない快晴、海鳥の鳴き声――天を衝くように伸びるマスト、その上にシキがいる!
「はあ?何やってんだシキ!」
 思わず叫ぶと、マストの上からひらひらと手を振って笑顔を落としてくる。どうやらこの状況をかなり楽しんでいるらしい。
 マストの上のシキに気付いたか、男が一人マストを支えるための縄を網目状にしたシュラウドを登ってシキに近付く。慣れた様子からして、元・船乗りか何かだろう。
 それにシキも気付き、マストの上に立ち上がる。
 まるで曲芸だ、かの海賊の決闘のように、マストの上で迎え撃つつもりなのだ。
「阿呆か、あいつは……」
 落ちた時点で退場だというのに。
 と、立ち上がったシキを下から放たれた矢が掠めて飛ぶ。シキの上体が僅かにゆらいだ。
 ヒヤッとしたエフィが甲板上に視線を走らせると、ターニャがボウガンを構えてシキを狙っている。
 素早く近くに倒れている男の剣を拾って走る。
「待てお前っ!」
 ターニャがはっとしたようにエフィを見、ボウガンの照準をエフィに向けて引き金を引く。
 反射的な動作のわりに狙いは正確で、矢はエフィの肩に突き刺さる。歯を食い縛ってそれに耐え、エフィは右手に引っさげた剣を振るった。
 ボウガンがターニャの手から弾き飛ばされて海に落ちる。
 ターニャが敵意に満ちた目で剣を抜いて切りつけてくるのを借り物の剣で受けて弾きながら、エフィは微妙なやりにくさを感じていた。女だから顔面を殴りつけるのも気が引けるし、しかし肩が痛いので手早く終わらせたい。
「エフィ!剣!」
 シキはシキでてこずっていた。
 シキが持っているのは短剣一本、相手が持っているのは長剣。リーチが違いすぎる。
「こっちも面倒なんだよ、ちょっと待ってろ!」
 エフィが怒鳴り返してくるのを聞きながら、シキはマストの上で長剣の一撃を紙一重でかわした。
 後ろに下がりすぎても落ちる。バランスをとりながらの戦闘に相手が不慣れでなければとうに追い詰められている。
 ひゅっ、と繰り出される突きをしゃがんで回避し、相手の伸ばされた腕に短剣の刃を滑らせる。しかし素早く引き戻された剣が振り下ろされて、脳天をかち割られる前にシキは身を引いた。
 剣を振るう勢いでバランスを崩すのが怖いのか、剣を振るう速度が遅い。
 横薙ぎに振られる刃を体を反らして避け、それがまたこちらに振るわれる前に短剣を前にして切り込んだ。
 慌てて後ろに下がる男の力任せの一撃を、短剣では受けきれずシキは舌打ちして腕を引く。
「シキ!」
 エフィの声がして意識を一瞬そちらに向けたとき、投げられた剣がシキをかすめ髪を何本か攫っていった。


 とりあえず気絶させるか、と考えてエフィはターニャの剣を鍔迫り合いを仕掛けた。
「まさか賞金稼ぎたぁ思わなかったぜ、しかも女の」
「ふん、あんたは単純で騙しやすかったわよ……っ!女の賞金稼ぎが珍しいからって油断したわね」
「単純で悪かったなオイ。ま、どっちにしろお前は失敗したみてぇだが」
 男と女の力量差か、ターニャはじりじりと押されていく。それでも彼女は強気で噛み付いた。
「まだ失敗してないわ、最終的にシキ・トーダを殺せばそれでいいんだから!」
 素早く身を引いて、突然拮抗する力を失ってつんのめるエフィにナイフを振り下ろす。エフィは無理矢理体を起こしてそれを空振りさせ、力一杯振り下ろしたらしく体勢を整えようとふんばった彼女の腹に多少手加減した突きを打ち込んだ。
 がくりと倒れる体を尻目に、エフィは船べりに食い込んだままだった剣を力をこめて引き抜き、頭上で剣戟を響かせるシキに向かって投げ上げた。
「シキ!」
 一瞬視線をこちらに向けたシキの頭をかすめて、剣は見当違いの方向に飛んでいき、帆に絡まって止まった。
「俺を殺す気か!?いつの間にこいつらの仲間になったんだ、俺まで騙すなんて、そんな腹芸が出来るようになったなんて、おにーさんは悲しいんだか嬉しいんだか」
「怒るんだかからかうんだかどっちかにしろ!」
 自分のノーコン具合に少し冷や汗をかいたエフィだったが、ピンチなくせにエフィをからかうのは忘れないシキに呆れて怒鳴った。
「ふざけてないでどうにかしてこいっての!」
「はいはい、っと」
 シキは腰に括りつけた鞭をとってひょうんと振った。
 相対する男が警戒して身構えるのへ、シキの腕の動きに従い風を切って唸る鞭は、まるで生き物のようにエフィの投げた剣に巻きついた。
 あっ、と男が目を瞠る間にもう一度シキの腕が動き、シキの手に剣が握られている。

 肩から矢を抜いてそこらから失敬した布を巻いていたエフィは、それを見て感心したように目を瞬かせた。
「器用なもんだなぁ」
 ぼそっと呟いて煙草を銜える。完全に見物モードだ。

 剣を握ったシキは一気に前に踏み込んで、体重を乗せた斬撃を放つ。男は上下左右から閃く剣閃を何とか防いでいたが、次第に捌ききれなくなっていく。
「ホラ、危ねぇぞ足元」
 男の苦し紛れの一閃を剣の腹で上手く逸らして流したシキが、笑みと共に視線で下を指し示す。
 思わず自分の足元とそのはるか下の甲板を見てしまって固まる男の足を、シキはひょいっと掬い上げた。
「ぎゃ―――!?」
 あっけなく落ちていく男に手を振ってから、シキは男がもう一人シュラウドを登っているのを見つけた。
「はい、残念でした〜」
 ぎくりと彼を見上げる男に笑顔を向けて、シキはシュラウドを支える縄に剣を振り下ろした。
「たすけてぇぇぇ」とか叫びながら甲板に沈む男に気の毒そうな視線を一瞬だけ向けて、エフィはぷかりと口から煙を吐いた。
 やれやれ。
 しかし、マストに登るための梯子のような役割をしていたシュラウドを落としてしまっては下りられなくなるのではないだろうか。
「シキー!お前それどうやって下りるんだよ?マストにへばりついて下りるのか」
「こっちのロープを上手く使えばもっと簡単だぜ」
 シキがマストから垂れ下がる縄を、布を巻いた手で掴む。マストに繋がった縄の片方の端を切って、手にしっかり巻きつけた。
 まさか――
「あっ!てめぇええ!」
「さっきはよくもやりゃあがったな!」
 エフィが半眼でシキを見ていた背後で、荒っぽい声が上がる。
 エフィが振り向くと、そこには先ほど櫂でブッ叩いて落とした男が二人船に上がってきていた。
 どうやら復活したらしい。
 先に上がってきたスキンヘッドの男が勢いのまま掴みかかってくる。その顔に口に銜えた煙草をぺっと飛ばしてやると一瞬怯んで立ち止まった。その首の根に剣の腹を叩きつける。剣の腹を使うのは、一応死人は出したくないからだ。
 ばたりと倒れたスキンヘッドに、後から上がってきた男は覚悟を決めた顔をして、天から滑空してきた足に蹴り飛ばされ桟橋の向かいの船の外壁に叩きつけられた。
 ずるずるどぽん、と海に落ちる男を見届けて、エフィは天から降って来た足を見上げた。
「どこかの野ザルかよ、お前……」
 ターザンのように縄に掴まってマストから飛び降り、振り子運動のエネルギーを利用して飛び蹴りをかましたお尋ね者は、船べりに立ってからからと笑った。
「上手くいっただろ?」


【のちの事】

 結局、この一連の騒ぎでそれなりの被害を被った店や船には、ターニャをはじめとする数人の賞金稼ぎと、騒ぎに加担した街のごろつきたちが出向いて働いて弁償することになった。
 最初は物凄く渋っていた彼らだったが、エフィ曰くの、
「お前らあんだけハデにやっといてトンズラしたら、今度はお前らが賞金首になるぞ」
 という言が決定的だったようだった。
 ちなみに、彼らが自由になったらまた狙われることは分かりきっているので、シキはとっくの昔にこの港を離れていた。またいつ戻ってくるのやら、シキ関連の揉め事なのに何故かエフィが後始末をさせている。
 あの船乗りたちの所へ行ったゴロツキ達は少々ビビっていたようだが、今頃はビシバシ扱かれているだろう。
 
 エフィはこの区画ではそれなりに顔が利くので、弁償は免れた。
 夕日が紺色の海に反射してきらきらと輝くのを眺めながら、エフィは自分のねぐらへと足を向けた。
 シキがこの街に立ち寄るたび揉め事に巻き込まれているエフィは、次はいつ、どんな揉め事を持ち込むのかと脳裏の腐れ縁へと問いかけた。
 『そんなに楽しみにされてるとはね。んじゃ今すぐにでも?』
 いかにもシキの言いそうなからかいを含んだ返答が浮かんで、ああそうだあいつはそういう奴だ、とエフィは苦笑した。


 ――彼らが、豪放磊落な船長の率いる愉快な海賊団に入る、ほんの少し前のお話――




 了

クリエイターコメントこんばんは、ご依頼ありがとうございました、ミミンドリです。
今回のコンセプトは「楽しいアクション」です。
コミカルな雰囲気を目指したせいか、ほぼつっかえることもなく、テンポ良くサクサクと書き進めることが出来ました。とても楽しかったです。
楽しすぎて色々付け足した挙句、ゴロツキたちにうっかりニートという愛称をつけてしまいそうになりましたが、流石に自重しました。
願わくば、ご依頼くださったお二方にも楽しんでいただければと思います。
……少々ノリ過ぎた点があるので、キャラ崩壊していないか心配です。
何か間違いや誤字脱字などございましたら、ご一報くださいませ。
楽しいご依頼をありがとうございました!機会がありましたら、また。
公開日時2008-11-23(日) 12:50
感想メールはこちらから