|
|
|
|
<ノベル>
うららかな、春の日。
銀幕市内のとある、広い敷地に緑をたっぷりと備えた公園。
一人の男がベンチに腰掛け、煙管を小粋な形で指に挟み、時折煙を吐いていた。
錆色の着流しが、男のシャープな横顔に良く似合っている。
「桜ってのぁ、どっちの世界でもせわしなく散るんでござんすねぇ」
公園の桜を見上げて、呟く。
ほぼ葉桜になってしまった桜の木の、梢あたりにぽつりと、薄紅の花が一輪残っている。
その男ーーー『旋風の清佐』は、しばしその散りそびれた一輪を見守っていた。
時の流れという残酷な風が吹きつけようとも、おのれの力ある限り、誇り高く風に逆らい咲き誇る。
頑固なことよと、己に通ずるものを感じたか、清左はゆっくりと、煙管を唇に当ててその一輪を見守っていた。
……残念ながら、ここまででシリアス終わりである。
「きゃっはーーっ!!」
甲高い声がその静かな情景をぶっ壊した。
続きまして、だだだだだだと公園を突っ走るちっこい何か。
「あーちゃん、待ちなさーーーーい!! おかーさんがもうすぐ買い物から戻ってくるから、そうしたらおうちに帰るんだよーーー!」
その後から、メタボ気味の中年男がぼてぼてと身体を揺すりつつ走ってくる。
「アレグラ、すべりだいでぶらんこする! とーちゃんアレグラ見積もってろ!」
「……えと、滑り台『と』ブランコで遊ぶんだね? それから、『見積もって』じゃなくてそういう時は『見守って』っていうの」
ふうふうと息を吐きつつ言うと、男は清佐の座るベンチの隣が空いているのを見つけ、会釈をしつつよっこらしょと腰掛けた。
清佐が先に、隣人の小宮山家の亭主と気づいて挨拶をする。
「おっと、お見それいたしやした。お隣さんじゃあございやせんか」
「や、どうも。すいませんね、やかましくて」
「いやいや、いつも楽しそうで結構でござんすね」
満更社交辞令でもないらしく、清左は映画の中で子分達を見守っていたと同じ表情で、ブランコにのってる隣人宅の居候ちゃんを見ている。
隣の居候ちゃん=アレグラはブランコと鉄棒を混同しているのか、ブランコの鉄柱にぶらさがりつつブランコを手で押そうと悪戦苦闘しているのだった。ガッデム。
「いや、かーさんがこの公園の出口付近にあるコンビニに宅急便を頼みに来るついでにアレグラちゃんを遊ばせに来たわけでして」
聞きもせぬのに隣人は、アレグラについて語るのが嬉しいらしく清左にそう語る。
あーちゃんもだいぶ地球人生活に馴染んできましてねー(周囲から見れば決してそんなことはない)すっかり家族の一員ですよ。出来ればあーちゃんをうちから嫁に出すのが今じゃ私の生きがいってか夢みたいなもんでして(多分夢で終わると思われ)とかいう隣人のアレグラ談義に清左は耳を傾ける。
「というわけで、今度、どうです。うちの庭でバーベキューでもご一緒に」
「……ばーべきゅう? ああ、薬食い(肉食)でございやすか。結構でござんすね」
いったいとこから「というわけで」が出てきたんだろうと内心ひそかに清左が不思議がりつつ受けていると、
♪ ♪ 着メロが鳴る。
「はい、もしもし?」
隣人が携帯電話を取り出し、応答している。……と、みるみる隣人の顔が青ざめる。
「えっなんだって、フグ怪人に人質に……もしもしっ、もしもしっ!」
◆
うろたえまくる隣人をなだめすかし、なんとか清左が電話の内容を聞き出したところによれば、小宮山夫人はコンビニでフグ怪人のムービーハザードに遭遇したとのこと。
しかもフグ怪人は出入り口をふさいでしまい、店員と居合わせた客達を人質にして、篭城するつもりらしい。電話は小宮山夫人が家族に助けを求めようとしてかけたもだったが、途中で悲鳴とともにぶっつり切れたところを見ると、怪人に勘付かれて電話を取り上げられたのだろう。
「どどど、どうしましょう?」
とあわてる隣人を引っ張るようにして、清左はコンビニに駆けつけた。
コンビニ店前には、既に野次馬と警察が詰め掛けていた。
清左はパトカーの傍に、顔見知りの警察官を見つけ、声をかけた。
「ずいぶんと面倒なことになっておりやすね」
「あっ、これは清左さん」
制服姿の巡査が、きちんと敬礼をする。銀幕市内での数々の事件に功績のある清左ゆえ、警官とて顔見知りがいたりする。
まして、ムービーハザードに対処するには、時には警察よりもムービースターの方が効果が高かったりするので、なおさら敬意をもって扱われる。
「篭城してるのは、トラフグを元にデザインされたフグ怪人。
もちろん、トラフグと同じく全身が有毒です」
「『超高速シェフZ』から実体化したムービーハザードらしいです。調理師免許を持つヒーローが、野菜モンスターや魚モンスターを美味しく料理して退治していく、子供向けの特撮番組です。ヤツはその、ラスボス的存在でして。何しろ調理して退治しようとすると、体内から毒ビームを出すんですよ」
横から、刑事らしいスーツ姿の男も口を添える。
清左に引っ張られて駆けつけた小宮山氏は、ぜいぜい息を切らせつつ、人質の一人が、自分の妻である旨警官隊に説明した後、刑事達に労わられつつ保護された。
まさかうちのかあちゃんがこんな目にあうなんてとがっくり肩を落とす隣人のためにも、清左は一刻も早く人質を救出しなければと決意した。
とはいうものの。
「河豚毒はやっかいでござんすからねえ」
料理は決して嫌いではない清左だが、どう対処したものか首をひねってしまう。
下手に強行突破などしようものなら、フグ怪人が体内から毒を噴出し、人質に害が及んでしまいかねない。
警官隊としては人質をとってたてこもっている以上、フグ怪人にはなんらかの要求があるのではないかと考えていた。
「犯人に告ぐ! 今すぐ人質を解放しなさい! キミの目的はいったいなんだ?」
コンビニの玄関からフグ怪人が顔を出す。まさに目と目が離れ、ほっぺたがふくらんだフグ顔だが、背中のうろこもようが微妙に凶悪だったりする。
なるほど原型はトラフグと思われるが、特撮ものの悪役ということでだいぶデフォルメされており、背中の斑がドクロになっているのだ。
おまけに魚だけにまぶたがないため、常に見開かれている目がまるで死んだ魚の目だ。
そんな凶悪な面構えのフグ怪人は、ふくれっつらで(フグだけに)、怒鳴った。
「テメェラ、もっと魚食えー!!」
「はいーー?」
その場にいた全員が耳を疑った。
「ふ……ふつう、魚を食うなっていうのが魚型怪人の常道じゃないのか!?」
「やかましーい! 最近の人間どもは小骨取るのがウザイとかさばくのめんどくさいとかぬかして魚をきちんと食おうとしない! オレたち魚を食うと頭がよくなるし身体にいいのにだ!!」
フグ怪人の叫ぶところによれば、DHAが豊富でカルシウム源たる魚を食わない人間が増えている。実体化して市内をあちこち見てきたが、特にふざけているのがこのコンビニとかいう店だ。
生魚置いてないじゃん! テメェ、オレたち魚族をガン無視しようたあいい度胸じゃねぇか!
……という主張であるらしい。
「大体なー、近年の若年層の筋力低下とか騒いでっけどよ、身体は作るの食いもんなのに最近食の安全に対するモラル自体がゆがんでんじゃねぇかよ! 根本がなってねぇ!」
と怪人、やはりフグだけに『毒を吐く』。
「うわ、怪人の分際で正論吐きやがる」
「なまじ現金でも要求された方が丸め込みやすいんだが」
と、刑事達は頭を抱えている。
「あっしにひとつ、考えがありやす」
頭を抱える警官達に、眼光鋭く清左兄ぃがしぶく呼びかける。
「あっしが説得しながら、捨て身で飛び込んでみやしょう。警察の旦那さん方は、フグ怪人の野郎が動揺した隙に、人質の衆を誘導し、怪人から引き離して下せぇやし。その瞬間、警官隊の旦那方に大量の米ヌカを野郎にぶっかけてもらい、毒消しをしてもらおうって寸法でやす」
ともかくフグ怪人の手から人質を離れさせると同時に米ヌカに含まれる微生物の働きでフグ毒のテトロドトキシンを無効化するという作戦。
毒さえ無効化してしまえば、相手も根っからの悪というわけではなさそうだし、なんとか説得できそうだと清左兄ぃは踏んでいた。
「なるほど、某北陸名産品の要領で米ヌカを使い毒を無効化させるとは……」
さすがに昔かたぎの清左ならではの作戦だと、刑事達がうなった。
「我々も精一杯援護射撃はしますが、くれぐれもお気をつけて……」
警察としてもやはりムービーハザードにはムービースターが対処するのが一番というところらしい。
清左、長い刀を刑事達に預け、小柄一振りのみを懐に、フグ怪人が篭城するコンビニにゆっくりと近づいた。
「トラフグの兄さん。兄さんの心配、あっしにゃあよくわかりやす。つい最近、料理に手間がかかるって理由で、若ぇ衆が魚に手を出したがらねぇと、馴染みの魚屋が愚痴っておりやしたよ。
あっしも心配でねえ、特に若ぇ衆は魚を食わなきゃ、しっかりした体に育つ道理がねぇじゃございやせんか」
「お……おう、おまい、わかってるじゃねえか」
フグ怪人、深くうなずく。
「だけども、フグ兄さんのやり口はちょいと殺生じゃあございやせんかね。魚である兄さんが人間を脅かしてちゃあ、人間どもがまた魚を敬遠しかねやせんぜ?」
「そ、それは……」
意表をつかれたといった顔で、目を白黒させるフグ怪人。
それを目視で確認しつつ、清左は畳み掛けた。
「どうせなら、魚嫌いの人間をもうならせるような、魚料理をあっしと編み出しやせんかい?」
古き良き任侠の世界で生きていた清左、頭に血が上った若い衆を宥めて目的意識に目覚めさせるのは朝飯前。
まして料理の心得もある清左である。
寒い日のてっちり鍋はこたえられないだの、身を鍋や刺身にして食べた後、残った骨でダシを取った雑炊は最高だの、魚(特にフグ)料理のあれこれを並べ立て、フグ怪人の心を開き……つつ、じりじりとコンビニに近づいていく。
「フグ兄さんの言う通り、こういう店でもぜひ、もっと魚料理を扱ってもらいてぇもんだと、あっしも思いやすよ」
距離が詰まれば一気呵成に飛び込んで、捨て身で人質を解放させるつもりだ。
「レシピ開発、か……それ、やってみたいかも……」
清左の提案に、フグ怪人が心を惹かれたのか考え込み、あと一息で作戦成功となりそうな、その瞬間……
「かーちゃん!! かーちゃん、ぶすか!?」
アレグラが警官隊をかきわけていきなり突進しようとしたため、現場は一気に混乱。
ちなみに、「ぶす」→「ぶじ」と言いたかったらしい。
もうひとつちなみに、こんな状況下だが小宮山夫人、ぴくっと青筋が立った。
「わっ、なんだなんだキミは!?」
「かーちゃんあぶない!」
「ア、アーちゃん! 来ちゃだめよ!」
人質主婦は動揺して叫ぶがアレグラ聞いちゃいねぇ。人質の一人が自分の保護者……つまり小宮山家のお母さんであると知り、居ても立ってもいられなくなったものらしい。
「かーちゃん逃げろ! お前、アレグラと試合しろ!」
『試合』=勝負のことと思われ。
一直線にかーちゃんに向かって走るアレグラ! だが、その途中で、何かのコードにつまづき、すってんころりと転んだ。
そしてそれは、警官隊がフグ怪人にぶっかけるべく用意していた大量のヌカの入ったコンテナに繋がっていたので。
「のゃ〜〜〜!?!」
どさどさどさとアレグラの上に降りつもる米ヌカ。ビタミンを豊富に含み、お肌のためには大変よろしいと聞く米ヌカ。
だがそんなものはこの際なんの関係もない。
「ヌカがっ……!」
清左兄ぃ、がっくり。
メタボ隣人にくっついて駆けつけたアレグラだが、小宮山氏に、、
「大人のお話だからそっちで遊んでなさい」
と叱られ、少年係の警官さんに保護されて蚊帳の外。
アレグラの行動を把握していなかったのは「ヌカった」……やはりものがヌカだけに……と激しく後悔。
そして、覆面パトカーに積み込まれていた大量の米ヌカがこぼれだしてきたのを見たフグ怪人は、顔をひきつらせた。
「こ……米ヌカ!! てめえら、ヌカでオレの毒を無効化するつもりだったんだなーー!!」
そうはいくかと、人質たちをひきずって店の奥にひきずりこみ、徹底篭城の構えとなった。
「待っておくんなせぇ! 話は終わっておりやせんぜ!」
必死に説得を続けつつ、なんとか店内に飛び込めないかと隙をうかがう清左だが。
ヌカの山からぬぼっと顔をつきだしたアレグラとぶつかった。
「かーちゃん放せーーーー!」
アレグラの暴走スイッチが止まらない。
アレグラ、両腕をにょ〜〜んと伸ばし、フグ怪人につかみかかろうとする。
「ダメ、あーちゃん! 毒ビームでやられちゃうわ、やめて〜!!」
小宮山夫人は絶叫する。
「こっこら妙なまねしやがると、オレの毒ビームで周囲半径2.5メートルの人間が巻き添えになるぜ!!」
それだけは食い止めなくてはと清左、すらりと腰の刀を抜いた。
「命ってえものは、他人様のも自分のも、粗末にしちゃあいけやせん。どうしても捨ててぇと言うんなら、この旋風の清左、相手になりやしょう」
一瞬にして周囲は清左のロケーションエリア、江戸末期頃の町に。時は夜、空には満月。どこからともなく虚無僧が現れ、寂しい笛の音が風にまぎれて響く。
が、そこへアレグラ参戦。
「かいじん、アレグラと試合しろー!」
一瞬にして周囲はアレグラのロケーションエリア、宇宙船内に。
綺麗にチェンジしてくれればいいものを、「嬢ちゃん、手出しは無用! ここはあっしが!」
と、清左も退く気はないもので、二人のロケエリがガチ合体してしまい、宇宙遊泳する花魁とか、覆面姿で「ら〜♪」と合唱する渡世人集団とか、カオスでGO状態。
しかもそこへ、「勝手なまねはさせねーぜ!」フグ怪人までが能力発揮、魚ワールドなロケエリまでが合体。
ざぶんと大波が押し寄せる。
その波に乗り、
「魚食え〜、貝食え〜」
と呪詛のごとく合唱しながら巨大ヒラメや巨大ハマグリが人々を追いかける。
その大波の上では、サーフィンしつつ虚無僧が笛を吹く。
かと思えば、宇宙船内を「行くぜ八!」と叫びつつ、裾はしょりした岡引が駆け抜ける。その後ろから下っ引き姿のエビが「へいっ、親分、合点でぃ!」ぴちぴちしながらついてゆきますが何か。
そんなカオスにもめげず(というか周囲見てない)アレグラが 手足をにょ〜んと伸ばして小宮山夫人を奪還しようとするが、味方の清左がその腕に足をすくわれそうになったり、髷に引っかかったりしてどう見ても迷惑なばっかりである。
「こ、ここはあっしに任せて、一歩退いておくんなせぇ!」
叫んでみるが、アレグラもちろん聞いてない。清左、なんでこんなのと居合わせちまったんでございやしょうねとものすごく後悔。
宇宙空間を「えっほ、えっほ」と駆けていく辻かご屋とか、峠の茶屋でまったりお茶してるエイとかヒラメとか見ていると、さすがの清左も空を見上げて現実逃避しかかった。
(「今日の晩飯は鯛の子煮にでも……いや、昆布締めか……」)って意識はもう家に帰ってます。
そんな清左を置いてけぼりに、勝手に盛り上がるアレグラVSフグ怪人。
「おおっと! おまい、面白い力もってるじゃねえか! オレと一緒に怪人同盟組まね?」
右に左にアレグラの手をかわしつつ、フグ怪人は勧誘。
「どうめい?? わっしょいわっしょいか?」
それは「胴上げ」。「どう」しか合っていないぞ。
「同盟組んで、オレと人間どもを支配しようって言ってんだよ」
「しはい……?」
フグ怪人はアレグラに同じイロモノの匂いを感じたのか、一緒に世界征服しようぜ♪ ととんでもないことを言い出す。
「せかいせいふく……! ちきゅうしんりゃく!!」
アレグラの金色のお目目がキラキラ輝き始めた。地球侵略=世界征服できたなら、もう「まるぎん」のレジで順番待ちしなくてもいつでも顔パス。世界征服できたなら、ゆで卵だって、食べていいのは一日3個まで! なんて叱られなくても食べ放題。政界を征服できたなら……
なにかが激しく間違ってる気もするが、アレグラの地球侵略ドリームが彼女の脳裏に広がってゆく。しかしここで、店の隅っこで固まっていた人質集団の一人がすっくと立ち上がった。
小宮山夫人である。
「アーちゃんをたぶらかさないでっ! わが子同然のあの娘を!」
すごい勢いでフグ怪人の胸倉……いや違った、胸ビレ……につかみかかり、食って掛かる。
「よ、よくも、あ、あの子の気持ちをもてあそんで……あんたも男なら、責任とって頂戴っ! 遊びだったなんて言い訳、許しませんからねっ! うぅっ……可愛そうなあーちゃん……」
主婦、よよよとすすり泣く。
何か、違う話になってるが周囲には突っ込む余裕無し。
アレグラ、きょとんとしつつも、なんだかフグ怪人となかよくするのはわるいことらしい?? と考えている。
しばし考えたのち、アレグラはきゅっと表情を引き締め、きっぱりと言い切った。
「アレグラ、かーちゃんと皆、好きだから悪い事しない。見縊るな!」
「ちくしょうっ、どいつもこいつも魚を嫌いやがってっ!」
フグ怪人がコンビニ店内にあった商品の包丁を自らの腹に付きたてようとする。
身体のどこかが傷ついたら、傷箇所から即座に噴出する毒ビームを使い、周囲の人間を巻き込み自爆するつもりなのだ。
最悪の事態と見てとり、清左がすばやく動いた。
「ごめんなすってっ!」
いいざま、刀をすらりと抜き、二つ名どおりの旋風のごとき速さでタタタと怪人に駆け寄る。
斬りかかるつもりかとフグ怪人は本能的に包丁を清左に向けた。
が、清左は刀を地に投げ落とし、代わりにいつのまにか隠し持っていた米ヌカひとつかみを懐から取り出し、フグ怪人にぶっかけた。
「ぐわっ!!」
フグ怪人、まぶたのない目にヌカが入り、顔面をかきむしるようにして苦しむ。
「アレグラ嬢ちゃん、人質の衆を頼みやしたぜ!」
声を投げて、清左は間合いを詰め、身構えたフグ怪人に、
「お控えなすって。あっし生国は合州高峰、赤月一家に名をおきやす渡世の身。人呼んで『旋風の清左』と申しやす」
「それがどうし……んっ!?」
フグ怪人、気づけば清左兄ぃのロケエリ効果で着流し姿で髷を乗せて膝に手を置いた姿勢(渡世人の挨拶のルール)から、身じろぎすら出来ない。
「フグ兄さんの兄弟分達はあっしが残らず料理してごらんにいれやす。『こんびに』の商品として通用する、日持ちのする美味い魚料理を、あっしなりに考えてみようじゃございやせんか」
フグ怪人のロケエリの残存効果で、その辺の空中を漂っていた魚をつかみ、持っていた小柄を使い見事な手さばきで三枚におろす。
「こうしてお天道様の光にあてりゃあ、干魚として酒の肴によし、飯のおかずによし、魚はまったく捨てるところがございやせんねぇ」
ちょうど今が旬のアジである。
アレグラの宇宙船が鯵を積み込み、太陽の周囲を一周して戻ってきた。
すると、アジは見事な干魚状態に。
野次馬達と警官たちから、感嘆の声があがった。
「味見したいお方はおりやせんか」
「はいはいはい〜〜!」
観衆がわれがちに手を上げる。アレグラがすばやく一匹くわえて猫のごとくにゃんにゃんんまんまと隅っこで平らげた。
「見ておくんなさい。魚は決して、嫌われちゃあおりやせんぜ」
続いて清左はすばやく、エビの調理にかかる。
次々と漂うお魚さんたちを料理してゆく清左に、気を利かせた警官たちがテーブルや鍋、ガスコンロを用意した。
もちろん清左にはエプロンが差し入れられたが、そのエプロンがなぜかピンクフリルの新妻エプロンだった件はこの緊迫した状況ゆえに不問にふされた。
エビを細かく刻んで包丁で叩き、食パンに乗せてこんがりと焼く。
これも観衆が我勝ちにと美味しく頂き、先ほどまで魚食え〜と呪いのごとく歌っていた巨大魚介類は拍手する。
そこへアレグラのロケーション効果で出現してたサメとかヒラメとか鯛達が燕尾服姿で「ら〜」とコーラス、盛り上げる。
「おおっ……! 輝いている、お前ら輝いてるよ!」
フグ怪人、感涙に咽ぶ。
いつしかその手から出刃包丁は抜け落ち、人質達に向けるまなざしも凶暴なそれから、謝罪のこもった優しいまなざしになっていた。
「おまいら、すまなかったな。俺の勝手な理屈で閉じ込めたりして。これに懲りず、魚を嫌いになったりせず、毎日食べてくんな」
そんなセリフとともに人質たちを解放し、フグ怪人はおとなしく縛についた。
その後はヌカ風呂に毎日つかって毒もほぼ抜け、すっかり改心となった。
「……どうにか、事を荒立てずに済んだようでござんすね」
やれやれと、清左は一仕事終えた後の煙管を吸いつつつぶやき、ため息まじりに煙管から煙を吐き出したとか。
清左を囲み、口々に解放された人質たちが礼を述べる。その隣で、アレグラもおてつだいした! とアレグラは胸を張るが、まあ後半は確かに協力体制だったものの序盤はむしろ邪m(ry。
残ったお魚さんたちはこの後、警官たちや解放された人質の皆さんが美味しく頂きました。
◆
なおこれは後日談であるが、フグ怪人はかのコンビニで警備の仕事を始めた。
毒成分は弱められたとはいえ完全に消滅とはいかないので、微弱な麻痺ぐらいには出来る。
そのくらいの毒なら、スタンガン代わりにちょうど良いというので。
強盗を撃退したり、万引き犯を取り押さえたりと、数々の武勇伝でその後半生を飾ることとなった。
そしてもちろん、清左がフグ怪人説得の際に披露した魚料理の数々は、コンビニで実際惣菜メニューとして採用されることになった。
さてこちらは、フグ怪人を見事落とした清左兄ぃの後日談。
「どんどん召し上がってくださいね!」
「……ありがとうございやす」
清左兄ぃは、冒頭でお誘いを受けた隣人とのバーベキューに招かれ、隣家の庭でお箸と皿を手にしている。
清左兄ぃの目の前には、バーベキューグリルと、その上でじゅうじゅう焼けている、干魚。と、ホタテ。と、エビ。と、カニかま。と、ちくわ。
バーベーキューといえば普通肉だが、なぜか魚介尽くし。
ちょっと肉を食べたい気もする清左だが、口には出せない。
なぜなら。
「清左兄さんは、魚の味方ですよねっ! 俺、信じてますからっ!」
なぜここにいる、フグ怪人。あれからすっかり清左に心服し、彼の子分を名乗り、コンビニの仕事の傍ら、くっついて回るのだ。おかげで肉を食べられない。
いや、食べられないわけではないが、肉を食べる姿を目撃するたび「清左兄さん〜、魚見捨てるのか〜」とフグ怪人が泣くので食べニクい(肉だけに)。
「あーちゃん、卵ばっかり食べないのっ! お魚食べなさいお魚! あ、アンディさん(フグ怪人のファーストネーム)、タレはゴマ味? ポン酢にします?」
小宮山夫人も、すっかりフグ怪人と打ち解けた(いいのか)。
「はいっ、ゴマダレ頂きます!」
ともあれ、清左はちょっぴり憮然としながらも、干魚をアレグラのためにほぐしてやっている。
なんであれ、誰かの役に立てるというのは悪くない、とこの席で、彼は洩らしていたそうである。
|
クリエイターコメント | このたびはオファーいただきありがとうございました。ちょっぴりアレグラちゃんを託児したくなりました。危険な誘惑☆ それにしても料理も出来て度胸もある男っていいですよね! 思わず私も料理してっ! なんて迫りたk(自主規制)
なお、クリスマスノベルについての感想メールありがとうございました。たいしたものではないですが、お礼のかわりに別便でおまけをお送りいたしますのでご笑納ください。お気に召さなかったらすみません。 |
公開日時 | 2009-05-18(月) 11:40 |
|
|
|
|
|