★ 春の嵐 ★
クリエイター紅花オイル(wasw1541)
管理番号422-2306 オファー日2008-03-14(金) 18:02
オファーPC 清本 橋三(cspb8275) ムービースター 男 40歳 用心棒
<ノベル>

――清本様。
 ああ、愛しい清本 橋三様。
 一目お見かけしたその日から、私は貴方の虜となってしまいました。
 凛とした佇まい。射抜くような鋭い眼光。
 貴方の事を想うだけで、この胸は高鳴り鼓動は日々勢いを増すばかり。

 清本様。ああ、清本 橋三様。
 お慕い申し上げております。



 清本 橋三は猫が嫌いだった。
 こそ泥の様に足音も無く忍び寄る様が好かない。一切人を崇めず、唯我独尊然としたあの面構えが気に食わぬ。
 同じ畜生でもまだ犬ならば、愛嬌ある表情と溢れんばかりの忠義心で主人を立てるというのに、彼奴等にはそれもない。
 何を考えているのか窺い知れぬ眼は、ジッと此方を見据え、まるで心根まで見透かされているかのようなそんな薄ら寒い気にさせられる。
 その薄気味悪さ故、清本は餓鬼の頃、猫を見つけては追い回したりつぶてを投げつけたりしたものだった。
「む、猫か」
 そんな宿敵の気配を足元に感じ取り、清本は下を覗き込んだ。
 草履の端に額を擦りつけようと忍び寄ってきた茶虎の縞模様と丁度出くわし、口の端を僅かに引き上げる。
「これは懐かしい……。何だ、こやつ蚤でもうつしに来たか?」
 姿勢を低くし、脂っぽい床の上でのびをする闖入者の髭や尾を引っ張れば、思い出すのはまだ鼻を垂らし走り回っていた時分の光景だ。
 折りしも季節は春。麗らかな陽気に誘われ野太い声で鳴きまわる、そんな猫達は幼い清本の恰好の的であった。
 思いがけず甦った記憶に、清本は気分を良くした。これだけ引っ張られても動じずガンと居座る猫にも感心する。
 どうれまだやられぬと分からぬか、と再び手を伸ばした時、
「コラ! お店に行っちゃ駄目だって言ってるでしょ!」
 突如頭上より発せられた声と己に注がれるその視線に、清本は顔を上げた。
「すみません、お客サン」
 申し訳なさそうに瞳を伏せるのは、年の頃でいえば二十歳になるかならないかの娘子だった。
 桜色の前掛けに、後ろで一本に縛られた三つ編みが下げる頭に肩から滑り落ちる。
 その足元には、こちらの茶虎とは比較にならぬ程、でっぷりと肥え眼つきも悪い三毛猫が清本を見詰めていた。
 昼飯時、匂いに誘われ暖簾を潜ったその店は麺来軒といった。
 この街に来てから清本は色んなものを食す機会に恵まれた。その中でも『すいーつ』と呼ばれる甘味と、『らーめん』という中華蕎麦の類は清本も日頃好んで喰らう。
 薄暗く小汚い店内と、そこかしこを我が物顔でうろつく猫達さえ気にしなければ、「っらっしゃい」以外未だ口を開いていない無口な胡麻塩頭の店主が作るらーめんは、非常に清本の好みの味だった。
 立ち上がりどんぶりの横に代金を置くと、目の前の茶虎を足で除け、清本は店主と娘子に声を掛けた。
「馳走になった。また来る」
 後ろから注がれる強烈な視線を背に感じながら、清本は店を後にした。
 恐らくはこの街では異端の着物姿が珍しいのだろう。実体化してからはよくある事だったから、この時清本は特に気にしなかったし、気付きもしなかった。
 その眼差しに熱い想いが込められていた事に。

 ゴーン、ゴーン、ゴーン。
 店の外は麺来軒を囲むようそびえる壁の向こう、鉄骨を打ち付ける低い音が響き渡っていた。
 この辺りは再開発地域として、現在工事が進められているという。
 新たに立ち並ぶビル群に遮られる陽はこちらまで届かず、清本の行く先はまだ日暮れには間もあるというのにどこか薄暗い。
 無造作に後ろに流された黒髪を撫で付ける風に幾分かの寒さを感じ、清本は袂から手を抜くと腕を組むような姿勢で弛んだ襟の前の中に納めた。
 刹那、前方からバタバタと駆けて来る屈強な男達の一団に、清本は納めかけた腕を一瞬浮かせた。
 明らかに堅気ではない様相に、普段世話になっている一家と同じ空気を感じるが、清本には目もくれず走り抜けていく連中にはそれ以上の性質の悪い雰囲気がある。
 男達はそのまま麺来軒へと向かい、暖簾の向こうに消えていった。
「……何やらキナ臭いな」
 肩越しに振り返り、清本は切れ長のその眼をより一層細めた。
 不意にどこからか舞い飛んできた薄紅色の花びらに、顔を戻し迫り来る雲の暗さに空を仰ぎ見る。
「む、今宵は嵐か」
 鼻先を掠めた水気を含む風の気配に、清本は呟くと足早にその場を後にした。


「そいつぁきっと坂口組の奴らですね、先生」
 夕餉と共に語った昼の出来事に、世話になっている雪村一家の、中でも何かと清本の世話を焼いてくれるその男はそう言った。
「あの辺は連中のシマだしなぁ。なあ、ロク?」
「そうっすね、強引な地上げであの辺一体をせしめたって評判みたいすよ〜」
 あの辺でまだ残ってるの、あそこのラーメン屋くらいじゃないかな、と男の舎弟の言葉に、清本は僅かに眉を寄せた。
 
 その夜。
 轟々と雨戸を叩き付ける雨風の中、忍び寄る気配に清本は覚醒した。
 音も無く近付くそれに、外の臭気と獣の息遣いを感じる。
 脇の刀を引っつかみ、すわ物の怪か、と上掛けを蹴飛ばせば、目の前に鎮座していたのはずぶ濡れの三毛猫だった。
「お前は……」
 未だ闇に慣れぬ眼を凝らす中、思い出されたのは昼間のラーメン店の飼い猫だ。
 一際大きく、一際ふてぶてしかった様からあの店の猫どもを束ねる長かと思われる。
 そんなボス猫は口に何やら袋を咥えていた。
「む?」
 それが、ぽんと清本の前に放られる。
 恐らくは盗品。ビニールの包装の上にはジャムパンの文字。
「これは……」
 猫同様濡れたそれを拾い上げ、侵入者と獲物を交互に見遣れば、三毛猫は清本がそれを手に取った事に安堵したかのように首を引いた。
 畜生にしては鋭い力のある眼光が、じっと真っ直ぐ清本を見据える。
 その眼は何かを訴えているようでもある。
「店主と娘子に何かあった、のか……?」
 清本の問い掛けに、三毛猫は走り出した。
「まさか猫に請われるとはな」
 苦い笑みを浮かべながら雇い賃を懐に、清本もまたその後に続く。
 外は、風と雨が渦巻く、春の嵐。
 1人と1匹は、闇の中ひた走った。


 駆けつけた店は、まさに修羅場の真っ最中だった。
 床に叩き付けられる丸椅子。割れ飛び散ったラーメンどんぶりやビール瓶。
 娘は男に口を塞がれ拘束され、店主はテーブルに押さえつけられている。
 その手に無理矢理握らされているのは印鑑だ。突きつけられた紙片には契約書の文字が刻まれていた。
 どうやら地上げ屋達が強硬手段に出たようだ。
「フギャアァァァッ」
「な! コイツ、どこから……ぎゃあっ!!」
 その中心に真っ先に飛び込み爪を閃かせたのは、清本をこの場に担ぎ上げた三毛猫だった。
 店主を押さえつける角刈りの男の顔面に一撃を食らわせると、くるりと宙で回転し契約書の上に音も無く降り立つ。
 そして猫は清本の名を呼んだ。 
「にゃにゃーん! にゃにゃーん!!」
 先生! 先生!! と。
 用心棒として雇われていた元の世界では、よくある光景だった。
 それが銀幕市に実体化し、まさか猫の用心棒になる日が来ようとは。世の中、何が起きるかまったく分からない。
「よく分からんが……昔を思い出すな」
 己の状況に小さく笑みを浮かべ、清本は腰の物に手を伸ばす。
 猫は、嫌いだった。
 しかし、鳥獣の類であっても店主への恩義を忘れぬ、その心根に清本はこの時深く感銘していた。
 この剣が役に立つというのなら、この清本 橋三、猫の為とて喜んで引き請けよう。
 ガラリと引き放たれたガラス戸。その暖簾の闇の向こうから、雨露を全身に纏いゆらりと歩み出た清本に、地上げ屋の男達は息を飲んだ。
「な、何だこの野郎! さっさと失せやがれ!!」
「何者ンだテメェ! んな、侍みてぇなイカれた恰好しやがって!!」
「用心棒気取りかよ、ふざけんなッ!」
 突然の清本の出現に、気圧されていた男達は我に返り一斉に声を荒げる。
 その様はまるで怯えた犬が虚勢を張り鳴き散らすかのように。
 しかし、
「だとしたら、どうする?」
 すらりと刀を抜き放ち構える用心棒の姿に、場は再び清本に飲まれた。
「斬られる覚悟のある奴だけ、掛かって来い!」
 カチャ、と音を立て刃を返し、清本は叫んだ。
 それを合図とするかのように、窓から裏口から後ろの引き戸から、どこに隠れていたのかという数の猫の大群が一斉に店の中に飛び込んできた。
「ニギャ!!」
「ぎゃあぁぁぁっ」
「フギャーーッ!!」
「テメ、この野郎ッ!!」
「フギャアアァァッーーッ!!!」
「だっ、いだだだだっ、やめろ、ぎゃあぁっ!」
 後はもう、阿鼻叫喚の騒ぎであった。
 峰打ちで次々と男達を床にのしていく清本。倒れた男達に飛び掛り爪を立てる猫の群れ。
 コショウを顔面に叩き付けるもの、男に向け熱湯をぶちまけるもの、器用に尻尾でどんぶりを飛ばすもの。猫の攻撃も様々だ。 
「アンタ……!!」
「アヤメ!!」
 やっと解放された店主と娘が喧騒の隅でひしと抱き合った。
 その姿は、親子の抱擁というよりは、どちらかといえば恋仲のソレで。
「……お恥かしい。老いらくの恋でして」
「なんと。いやいや」
 清本の視線に、店主が娘を胸に抱きしめたまま頭を下げた。
 親子ほど年の離れた2人の意外な関係に、驚きはしたものの互いの無事を喜び合う姿に清本もまた喜びを覚える。
 粗方地上げ屋共を叩きのめし、カウンターを台に背中合わせた清本と三毛猫は、遠くから聞こえてくるサイレンの音に動きを止め顔を見合わせた。
 恐らくはこんな夜半の騒ぎに、近所の住民が通報したのだろう。
 世話になっている一家の男からは、この音が聞こえたら逃げるようにと清本は教わっていた。
 三毛のボスとの無言の会話の後、清本は店主に目礼のみ残しそのまま店を後にした。


 先程までの嵐とは打って変わり、外は星空が広がっていた。
 未だ強い風に濡れた袂をなびかせて、赤いランプの回る大通りを避けながら裏道から清本は帰路につく。
 ふと気が付けば、先程まで足元に擦り寄るようまとわりついていたあの三毛猫は、何処かに姿を消していた。
 普通の猫にしては忠義心の篤い、また人の心情をよく承知している風であった。
 アレもまたムービースターだったのやもしれぬな、と清本は懐から雇い賃を取り出した。
 包装を破り、齧り付けば口いっぱいに広がるのは苺の甘み。
「む…甘い……」
 そう口にして、しかし清本は満更でもない顔で頷いた。
 はらり、はらりと頭上より舞い散るのは、夜嵐にも負けず残った春の華。
 今宵も珍妙なる騒動であった。よくもこの街は、清本をこうも面白き目に合わせてくれる。
 あの猫を思い浮かべながら菓子パンに齧り付きしな、突如背筋を二の腕を襲った痒みに清本は渋面する。 
「やはり猫は好かん」
 猫共に蚤をうつされてボリボリ体を掻き毟りながら、しかし清本は桜の下一人楽しそうに笑ったのだった。



――ああ、清本様。
 貴方はやはり私の見込んだとおり、頼りになるお方。
 この想い、届かぬとは知りながら止める事など出来ますまい。
 どうか密かに貴方に焦がれることだけ許してください。

 清本様、ああ、清本 橋三様。
 お慕い申し上げております。
 にゃにゃーん。

クリエイターコメントこの度はオファーありがとうございました。
コメディのご依頼、とても楽しく書かせていただきました。
少しでも気に入っていただければ幸いです。
公開日時2008-03-23(日) 21:00
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