★ スイーツセレクション ★
クリエイター紅花オイル(wasw1541)
管理番号422-5527 オファー日2008-11-30(日) 21:00
オファーPC 二階堂 美樹(cuhw6225) ムービーファン 女 24歳 科学捜査官
ゲストPC1 リカ・ヴォリンスカヤ(cxhs4886) ムービースター 女 26歳 元・殺し屋
<ノベル>

 苺の乗ったショートケーキ。チーズケーキの定番どっしりタイプのNYスタイル。マロンクリームたっぷり渋皮栗のモンブラン。甘さ控えめレアチーズケーキ。生クリームをたっぷり添えてアールグレイのシフォンケーキ。シューにチェコレートにと贅沢な組み合わせエクレア。表面サクッ、中はシットリ、粉砂糖をたっぷり振るって召し上がれガトーショコラ。滑らかでコクのある上質の卵の味わい、スイーツの王様プリン。キャラメルバナナのタルトは、さくさくのタルト生地にバナナをどっさり包み込んで焼き上げた甘すぎない大人の味。
 でもやっぱり一番のオススメは、この店に来たのなら絶対食べなきゃ損。
 一番人気の看板メニュー。洋酒漬けのダークチェリーをたっぷり使った『チェリー・ロード』のチェリーケーキ!


 アメリカンカントリー調の可愛らしい店構えを見上げ、二階堂 美樹 (ニカイドウ ミキ)は期待に瞳を輝かせながら小さく喉を鳴らした。
 銀幕市内の数あるケーキ屋の中でも、一際有名店として多くの市民に知られている、このケーキ屋『チェリー・ロード』。美樹の頭上では、その看板が来店客を歓迎するかのように、北風に吹かれ小さく揺れている。
 美樹自身、ずっと来たい来たいと思っていた。
 その念願が今ようやく叶う。
 高鳴る胸を押さえながら、美樹は勢いよくその扉を押した。
「こんにちは!」
 カランカランと扉の上で鳴るベルと共に、美樹を出迎えてくれたのは店内に充満している甘いバニラビーンズと洋酒漬けのダークチェリーの香りだ。
 そして。
「いらっしゃい美樹! 来てくれて嬉しいわ。今日はゆっくりしていってね」
 メープル色の床がピンヒールに蹴られ、カッと小気味良い音を立てた。
 店の奥からトレードマークの燃えるような見事な赤毛を揺らし颯爽と現れたのは、スパイ映画『ロシアより弾丸を込めて』より実体化したムービースター、リカ・ヴォリンスカヤだった。
「お誘いありがとうございます。今日はすっごい楽しみにしていたんですよ! 私ケーキとか甘い物本当に大好きで。いーっぱい食べようと思って、今朝から何も食べてないんです。その位気合は十分ですから。今日はよろしくお願いします!」
 拳を軽く握り掲げる美樹に、リカはにっこり微笑んだ。
「こちらこそ、今日はよろしくね。わたしも本当に嬉しいわ! 皆遠慮してか、わたしの新作ケーキの試食、誰も頼まれてくれないんですもの。今日はジョージの分とわたしのと、いっぱい用意しているから。たくさん食べていってね」
 リカが微笑むだけで、古き良き時代を思わせるアメリカンカントリー調の店内は、一気にスーパーモデルのファッションショーのような華やかさに変わる。
 その迫力に中てられて、外の寒さからだけではなく僅かに頬を染めながら、美樹は店内の奥に設えられた可愛らしい小さなイートインスペースに案内された。

 かつては、チェリーケーキが人気の、知る人ぞ知る隠れた名店であったこの『チェリー・ロード』。
 それを銀幕市内でも名物店とまで言われる程、メジャー級に押し上げたのは、ひとえに彼女の存在があるからに他ならない。
 リカ・ヴォリンスカヤ。彼女は「赤い髪の魔女」「真紅のナイフ」の異名を持つ、凄腕の殺し屋、だ。本人曰く、「元」である。
 今は街の可愛いケーキ屋さんの、可愛いパティシエである。こちらも、本人の主張であるが。
「……ううん、やっぱり破壊力抜群よねー」
 スーパーモデル級のプロポーションと美貌を振りまきながら、しかし胸元の大きく開いたタイトなミニスカートの上から彼女が着ているのは、肩紐に、裾にとふんだんにフリルの用いられたメイド仕様のエプロンだ。
 ご機嫌でお茶の準備を行うその後ろ姿を眺めながら、美樹は感慨深げに呟いた。
 正直、このギャップは凄まじい。
 美樹にとって『ロシアより弾丸を込めて』は大好きな映画である。
 映画館でもDVDでも、リカの華麗なアクションと切な過ぎる悲恋には何度も涙しつつ繰り返し観たし、銀幕市で実体化した彼女を見掛けた時は誇張ではなく嬉しさのあまり本当に悲鳴を上げた。
 しかし映画の中の彼女を知っているからこそ、今の姿には驚いてしまう。
『――可愛い物が大好きなの……』
 休日、趣味の雑貨屋巡りをしている時、店で偶然出会ったリカは、女子高生のようにキラキラ瞳を輝かせながらクマのヌイグルミを抱きしめていた。
 それが縁で、美樹はリカとこうして試食を頼まれるまでに仲良くなった。
 それまでは、街やジャーナルで見掛ける話題のムービースターだった。それが今では、同じ雑貨好き可愛い物好きな、同じ銀幕市民である。
「ギャップ萌え、かな。これも」
 未だその落差には慣れないけれど、美樹はこのカッコよくて綺麗で、それでいて可愛らしい乙女、な魅力的な二面性を持つリカが、スクリーンの中にいる以上に大好きだった。
 そう。親しくなったのは、つい最近である。
 だから、美樹は知らなかった。
 何故、この『チェリー・ロード』が、個性的な店立ち並ぶ銀幕市で、それ程までに名物とも言われるほど有名になっているか。その理由を。
「お待たせ。さあ、どんどん食べてね」
「きゃ〜っ、どれも可愛いっ! 美味しそうっ!!」
 赤いタータンチェックのテーブルクロスの上に並べられたのは、色とりどりにまるで花の様に咲き誇る可愛らしいケーキの数々だった。
「右から、ショートケーキ、チーズケーキ、モンブラン、レアチーズ、シフォンケーキ、エクレア、ガトーショコラ、プリン、キャラメルバナナのタルト。それからウチの店一番人気のチェリーケーキね。定番メニューから、季節限定アレンジ物まで、とりあえず一通り持ってきてみたわ。どれも店長のジョージの自信作よ。それから、ご所望の紅茶。レモンとミルクはお好みでね」
 堂に入った馴れた手付きで、カチャカチャとテーブルの上にお皿を並べていくリカ。
 美樹の目の前は、あっという間に宝の山と化した。
「い、いいんですか? こんなに、たくさん!?」
 目を丸くしながらも、美樹の手は既にテーブル脇に備え付けられているカトラリーボックスからフォークを取り出し、しっかり握り締めている。
 美樹のその様に、リカは小さく笑いながら、もちろんと頷いた。
「試作品だもの。定番ケーキに太刀打ち出来る位美味しくなくちゃ、意味ないのよ。どれが好きか、どれが美味しかったか。遠慮なく聞かせて頂戴ね」
 微笑むリカに、そーゆー事なら喜んで、と美樹は勢いよく並べられたケーキを食べ始めた。
 甘い物大好き、と言うだけの事はある。テーブルの上は、あっという間に空の皿が積み重なっていく。
「どうかしら?」
「うん、美味しい! どれも最高です。とくにこのチェリーソースの掛かったレアチーズと、ダークチェリーがサンドされたショートケーキは絶品です! でもこっちのチョコクリームも捨てがたい……。ああ、こんな幸せな事あっていいのかなぁ〜」
 口だけではない、美樹のその至福の表情と食べっぷりに、チェリー・ロードの店長、譲二もレジの奥からご機嫌な笑顔を覗かせる。
「っはぁ〜。ご馳走様でした。このまま死んでも悔いないかも……」
 ツヤツヤの恍惚の表情で、満足そうに息を吐き出した美樹は、テーブルの上静かに握り締めていたフォークを置いた。
「天国の扉を叩くのはまだ早いわよ。次は……わたしのをお願い」
 コトリと目の前に置かれたお皿に、美樹は小さく感嘆の声を漏らした。
「わぁ、凄い……! これリカさんが全部1人で作ったの?」
「そうよ。今回は、自信作なの」
 乙女の表情ではにかみながら頬を染めるリカに、美樹は凄いを連発した。
 モンブランのホールケーキだった。
 形の良いドーム型の上、綺麗な波線が小山全体を覆っている。
 アクセントとして頂上を囲むように円を描いているのは、白いクリームの上可愛らしく乗せられたツヤツヤのマロングラッセ。
 黄色より、本来の栗そのものに近い褐色のライン上、降りかけられたのは白い粉砂糖と、所々覗かせる緑は薄く削られたピスタチオだろうか。まるでリカの故郷ロシアの平原のような雪化粧だった。
「店長さんと同じ位上手! まだ見習いだって言っていたけど、もうほとんど完璧じゃないですか、リカさん!」
 実体化してから、まだそれほど長い年月は経っていないだろう。
 それなのに、ナイフから獲物を泡だて器に持ち替え、こんな短期間でここまで素晴らしい物を作り上げる技術を習得するとは。
 やはり本人の資質だろうか。それとも好きの気持ちが時間に勝った結果だろうか。
「え、もしかして、これ全部いいのっ?」
「もちろん。美樹に食べて欲しくて、わたし頑張ったんだから」
「リカさん〜〜〜っ」
 嬉しさと感動の余り、フルフルと肩を震わせながら、美樹は再び右手に今度はスプーンをしっかと握った。
 隠し味はウォッカなの、というリカの説明。
 あまりにも芸術的な程美しい形成のモンブランに、食べるのが勿体無くなり、まずはその香りから、と美樹は表面にそっと顔を寄せる。
 鼻腔をくすぐる、
「ん?」
 香ばしさ?
 洋酒や栗特有の香りとは違う、どちらかと言えば食欲をそそる酸味ある匂い。
 それは、スイーツと程遠い無関係のアレに似ていた。
 そう食卓の上必ずのぼる、しょう油とか、ソースとか。そんな日本人には馴染み深い、庶民の調味料の香り。
 一度そう感じてしまうと、マロンクリームの波は焼きそばに、散りばめられたアクセントの緑は青ノリに見えてくるから不思議だ。
 ちょっと食べ過ぎて感覚が可笑しくなってきちゃったかな、とモンブランから顔を上げた美樹は、ふと店内のその様子に気が付いた。
 つい先ほどまで、引っ切り無しに来ていたテイクアウトのお客も、小さなイートインスペースで競う様にケーキを食べていたお客も、今は1人もいない。
 給仕をしてくれるリカを除けば、店内はいつの間にか美樹1人である。
 ずっとニコニコ顔だった店長も、厨房に引っ込んだのかガラスケースのレジ前にはいなかった。
「あれ?」
 心なしか、室温が1、2度下がったような気がする室内。
 不思議に思いながらも一旦スプーンを置き、美樹は紅茶を口に運ぶ。
 当然、美樹は気付いていない。
『リカさんが全部1人で作ったの?』
 自分が発した科白が原因で、蜘蛛の子散らす様に『チェリー・ロード』から人々が退散していったその事実を。
「……それじゃ、改めまして」
 パン、と両手を合わせ美樹は再びスプーンを握る。
 リカは期待の眼差しで傍らに立っている。
「いっただきまーす!」
 勢いよくスプーンを突っ込んで、サジの上大盛りで乗せられたモンブランに、どこからともなく店長っぽい男の声で小さく悲鳴が上がったのは、恐らく気の所為だろう。
 いざ、至福の一時!
 美樹が大口でリカの新作スイーツをぱくりと頬張った瞬間。
「――え?」
「んんんっ!!!」
 それは、唐突に起こった。
 一瞬大きく揺れる店内。軋む金属音はどこかガラスにヒビが入ったのだろうか。
 突然『何か』に包まれた感覚は、2人がよく知るムービーハザード発生時のソレだったのだが。
「きゃああぁぁぁ!!」
「きゃああぁぁぁ!!」
 2人同時に上げた悲鳴は、驚愕や恐慌ではなく、
「か、可愛いッ!!」
「美っ味しい〜〜〜〜!!」
 歓喜からだった。
「可愛い! 何て可愛い洋服なの!? そうよ、わたしこういうドレスがずっと着たかったのよ。素敵! ねえ、見て美樹! まるで不思議の国に迷い込んだ少女のようじゃない、わたし!?」
「美味しい……っ! 凄っっく美味しい、何コレ、こんな美味しいモンブラン…いやスイーツ食べたの初めてかも!! リカさん、凄いホント天才、ああんスプーンが止まらないっ!!」
 袖とスカートの裾が大きく膨らんだピンクのワンピースに、頭には同色のリボン。仕事中店内でいつもリカが身に着けているエプロンとはまた異なった白のソレは、脇の紐はワンピースの白い襟元を強調するかのようにシンプルに、裾はスカート同様たっぷりのフリルがあしらわれふわふわと揺れている。そしていつもは剥き出しの鋭いナイフのように危険な魅力に満ちたリカの脚線美は、白いタイツと黒エナメルのつま先が丸みを帯びた曲線を描く愛らしいシューズに包まれていた。
 そんなクール&ファンシーという破壊力抜群のリカの格好と同じく、同デザイン色違いな水色のワンピースに身を包む美樹は、器用に叫びながら今までの比ではない位の勢いで、ホールケーキにがっついている。
 可愛い、美味しい、素敵、凄い、と大騒ぎの女性陣を、これまた懐中時計に燕尾服、という衣装に変化した店長が、厨房から驚愕の表情で窺っていた。

 さて、この時。
『チェリー・ロード』を含むここら一帯に発生していたのは、『王様のスプーン』という子供向けファンタジー映画のムービーハザードだった。
 ストーリーは、味覚音痴で何を食べても美味しくない王様が、美味しい食べ物を求めて世界中の味覚を全て奪いつくそうとする。それを止める主人公、という冒険と教訓と皮肉たっぷりの童話物語である。
 どうやらこのハザード内では、その場に居た人間の服装は全員、強制的に乙女チックなファンタジー物になるらしい。
 そして、このムービーハザードの中では。
 味覚が逆転し、美味しいものが不味く、不味いものが激ウマになるのだ。
 大事な事なので2回言う。
 味覚が逆転し、美味しいものが不味く、不味いものが激ウマになるのだ。
「ああ、ホント美っ味しい〜! こんな事言っちゃ悪いけど、店長さんのより全然、比べ物にならない位美味しいっ、もう幸せっ!」
「ホント? きゃあ、嬉しいわ。パティシエの喜びは自分の作った物で人を笑顔に幸せにする事。もうコレに尽きるわね。うん、やっぱりあの隠し味が効いたのね! 大正解!」
 もちろん2人が、その事実を知る筈もない。
 突然発生したハザードに巻き込まれたにも関わらず、大して実害の無い、むしろ楽しい衣装チェンジのこの状況。
 むしろ初めて食べるリカの絶品ケーキを味わう事に忙しくそれ所ではない美樹と、美樹の感想と憧れのファンシードレスに上機嫌のリカ。
 この幸せな時がもっとずっと続けばいいと、2人は図らずも同じ事を考えていた。
 しかし、もちろんこのハザードがこのままで終わる筈もない。
「……あら」
 突如リカの声が冷える。
 その変化に、美樹も瞬時に口の端についたクリームを拭い顔を上げる。
「お客さんみたいね」
 低く呟くなり、リカはカトラリーボックスからフォークを取り出すとそれを店の入り口に向け目にも止まらぬ速さでいきなり投げつけた。
 それと同時に、叩き付けるように乱暴に開かれた扉。
「ぎゃあ!」
 突如乱入してきた男は、マントごと突き刺さったフォークで扉に縫い付けられた。
「兵隊!?」
 立ち上がった美樹は続けて雪崩れ込んできた男達の格好に声を上げた。
 赤いマントに剣に盾。鎧を着込んだ男達は、童話やファンタジー物に出てくる兵士そのものだった。
「狙いは一体何? まさかケーキ……あ、店長さん!?」
 2人には目もくれず、真っ先にガラスケースのケーキに群がる兵隊達。
 裏口からも侵入したのか、厨房から店長の悲鳴が上がった。
「ファッキンッ! 折角の美樹との楽しい時間を」
 殺気も十分、リカは既に臨戦態勢である。
 どこからとも無く大量の銀のフォーク取り出すと、それを拳の間に挟んで握り締め、華麗なステップと回転で次々とケーキに群がる兵士達を壁に縫い付けていく。
 売り場はリカに任せ、厨房に飛び込んだ美樹は袋に押し込められ連れ攫われようとしている店長の姿に声を上げた。
「無理矢理なんてそんなの駄目よ、愛がなくっちゃ! 王道は一対一の純愛よ、一対複数なんて認めなーいっ、天誅!!」
 突如叫ばれた言葉の意味が分からず、兵士も店長も一瞬ポカンと時を止める。
 その隙を見逃さず、スカートの裾をはためかせながら飛んだ美樹の右手が閃いた。
――スパパパーンッ!
「美樹、大丈夫!?」
 売り場を瞬殺で片付けたリカは、その破裂音に慌てて厨房に駆けつけた。
 リカの心配を他所に、中ではだらしなく伸びている兵士達と、袋に詰め込まれ首だけ出して震える店長。そして、
「ふっ。あと一本だけしかないわ……」
 人のお約束の科白を本人の前で堂々と言い放ち、一体どこから持ち出したのかハリセンをナイフのように大げさなポーズで構え、渋い表情で決める美樹の姿があった。
「何言ってるの、美樹……」
「え〜、だってぇ。リカさん今回言わなさそうだったし、折角の機会だから私が言っちゃおうかな〜って」
 笑いながら肩を竦めるリカに、あははと明るく美樹が言う。
 店長の拘束を解いてから、売り場に戻った美樹はその惨状に悲鳴を上げた。
「ああ、折角のケーキが〜っ」
 リカ特製の自信作、絶品モンブランのホールケーキは、半分も残したまま先ほどの騒動に巻き込まれ床一面にぶちまけられていた。
 静かに殺気と怒気を纏いながら、リカが壁に縫い付けられた兵士の内の1人を引っぺがし、その喉元にバターナイフを突きつける。
「さあ、ボーイ。懺悔の時間よ? どうしてこんなオイタを仕出かしたのか、さっさと白状なさい。でないと、喉元から掻っ捌いてその舌切り落としてしまうわよ?」
 ヒイイイと兵士は白目を剥くと、そのままカクンと首を落とした。恐怖のあまり気絶してしまったようだ。
「……使えない玉ナシ野郎。いらないんだったら、舌じゃなくて下の方を切り落としてやろうかしら。次ッ!」
「ヒイイイィィィッ!」
 余程ケーキを駄目にされ怒り心頭だったのか、延々と続けられるリカの凶行。
 見かねた同性の店長が決死の覚悟で割って止めに入るまで、男性にとっては堪らないリカの恐怖の尋問ショーは続いた。


「世界中の美味しいもの、ねぇ……」
 兵士から、事情を聞きだしリカは形の良い眉を顰めた。
「そ、そうです。我等は王の命令で、仕方なく美味しいものと、その美味しいものを作る料理人を集めて回っていたのです。ええ、ええ! 仕方なく、仕方なくです!!」
 ブルブルと震えながらそう涙ながらに訴える兵士。リカの鋭い一瞥に、ヒイ、と声を上げ再び床に平伏する。
「今までにもたくさん料理人を集め、たくさん名品、美味と言われる料理を作らせたのですが……」
「王様は満足しなかった、と言う訳ね」
「ハイ」
 腕を組み、捕えられた兵士達の前で仁王立ちになっていた美樹は、うんと大きく頷くとリカの方に快活な笑顔を向けた。
「リカさん、行きましょう! その王様のトコに行って、スペシャルでゴージャスな最高のケーキ、作って突きつけてやりましょう? 王様が満足すれば、きっとこのハザードも解ける筈だわ。ね? リカさんの腕なら絶対大丈夫! あのモンブラン食べた私が保証する!」
「……そうね。美味しいものを独り占めして。その上その味が分からなくて、悪事を続けるなんて、絶対許せないわ。そんなクソッたれな国王は、わたしのケーキで目を覚まさせてやる。美樹、協力してくれる?」
「もちろん!」
 フサァ、とマントがどこからか吹き込んだ風に吹かれたなびく。
 可愛らしいエプロンワンピース姿だった2人は、これもハザードの影響なのだろう、いつの間にか勇敢な男装の騎士の姿へと変わっていた。
 それまで怯えるばかりだった兵士達が、瞳を輝かせ、歓喜の声を上げる。
「いざ、目指すは味覚音痴王の城!」
「真のケーキの味で、思い知らせてくれる!!」
「うおおおぉぉっ!!」
 2人の女騎士が高く掲げクロスしたのは、一方は銀のナイフ。もう一方はハリセン。
 既に絶対の忠誠を尽くさせるまでに支配下に置いた兵士達を従え、美樹とリカの二騎士は、店長に見送られながら王の待つ城へと旅立った。


 店の外に出ると普通の住宅街の筈のそこは、ハザードの影響で、中世の田舎町の風景に姿を変えていた。
「うわ、凄い凄い。本物のファンタジーの世界〜。素敵〜!」
 物珍しそうに辺りを見回しながら進み美樹に比べ、リカの表情は硬い。
 兵士の先導に続きながら、美樹はそっとリカに話しかけた。
「どうしたの、リカさん」
「……ああ、美樹。わたし心配なのよ。さっきは勢いであんな事言っちゃったけど。本当にわたしのケーキで王を納得させる事が出来るのかしら」
 いつに無く弱気な一面を覗かせるリカ。憂いげに伏せられた表情は、先ほどの凶悪なまでの顔とは一変、年頃の女性の儚さに満ちている。
「もちろん、頑張るわ。自信だってあるけど……。でもこれで失敗したら、わたしどころか美樹まで捕らわれてしまうでしょ? わたしが協力して、なんて言ったばっかりに。こんな事に美樹を巻き込んでしまって、わたし……」
「大丈夫ですよ、リカさん!」
 美樹の心強い言葉には、リカを信じる気持ち以上の何かが込められていた。
「大丈夫。リカさんのケーキ食べた私が保証します。アレは世界一のケーキと言ってもいい位、本当に美味しかった。だから、大丈夫ですよ!」
「でも……」
 それに、とどこか少年のようなヤンチャな笑みで美樹は続ける。
「捕まっちゃった時は、捕まっちゃった時。また派手に大暴れして、逃げ出せばいいんですから!」
「そうね!」
 いつも前向きで快活な美樹の強さには救われる。密かに心の中で礼を言いながら、リカもまた笑顔で頷いた。
 ボオォー、ボオォー。
 遠くからラッパの音が聞こえる。正面に見えて来たのは、石造りの城壁だ。
 重々しい地響きを上げながら、その巨大な門が少しずつ少しずつ、2人を招き入れる為ゆっくりと開いていく。
 決戦の時はいよいよだ。
「行くわよ」
「はい!」
 リカの顔にもう迷いはない。
 2人は頷き合うと、戦いの舞台へと突進していった。


 兵士達に案内された先には、だだっ広い厨房と、左右の柱に設置された牢の中、ひしめく料理人達の姿あった。
 王に美味しいものを提供するべく捕まり、そして不合格を言い渡されそのまま縛り付けられている料理人達。中には見知った銀幕市民の姿も見え、これは何としても必ず美味しいケーキを作って彼らを解放せねばならない、と否応なしに気合が入る。
「さてと」
 いつの間にかリカと美樹の2人は、勇ましい女騎士から今度は、パステルチェックのスカーフが可愛らしい、パティシエの姿へと変化していた。
「始めるわよ」
 ナイフを仕舞い、泡だて器を手にしたリカは戦闘時と同じように鬼気としたオーラを身に纏っている。
 これが料理人の本気か、と美樹も初めて見るその姿に息を飲む。
「卵」
「ハイ」
「小麦粉」
「ハイ」
「バニラエッセンス」
「ハイ」
「ウィンナー」
「ハ……ハイ!?」
「ウィンナーよ。無いの?」
「あ、ある、けど…ケーキ作りになんで……?」
「何言ってるの。刻んで生クリームに入れれれば最高の弾力と食感になるのよ?」
「ああ、そうなんだ! ゴメンナサイ、私ケーキ作りに関しては素人だから……。ハイ。あらびきと魚肉ソーセージ、二種類ありましたけど。どっちですか?」
「両方」
「了解!」
 牢の向こうの料理人達もまた息を飲む。
 これは、この女達は一体何をしているのか……!?
 王を毒殺する為の企みか、それとも監禁による精神的苦痛から遂に魔女達のサバトの幻覚でも見始めてしまったのだろうか。
 目の前で繰り広げられる恐ろしき儀式……否、ケーキ作りに、料理人達は息を潜めその光景にただただ見入った。
「赤…紅…黄…白ポ、緑ポ、青ポ……」
「コンロ付き悪いなぁ……もう持参のバーナーでいっか!」
「ハチミツ…薬草…アオキノコ……」
「pH値2.0…1.5…1.0……! きゃあ! 凄い、ドンドン数値が上がってる!!」
「ぺやんぐだばあ……って、ちょっとどうしていっつもこうなるの!? いい加減容器改良しなさいよ、流しに全部出ちゃったじゃないの! ああもう、もう一回作り直しよ、お湯ーッ!!」
「駄目です! 沸騰の逆流、止まりません!」
 2人のケーキ作りは、まさにカオスを極めた。
 しかしその場でそれを指摘するほどの勇者はいなかったし、彼女達にしてみればそれは全力で挑んだ、本気の調理だった。
 いつしか出来上がっていくリカ特製、三段重ねのスペシャル・ゴージャス・ケーキに見守る料理人達は感動すら覚えていった。

 そして――

 大広間で、多くの来賓客を前に、ワゴンの上乗せられた特大ケーキを恭しく運ぶのは2人の可憐な華。
 綺麗に高い位置で髪を纏め上げ、鮮やかな真紅のドレスに身を包むリカと、同じく髪を後ろで束ね頭にティアラを乗せた、グリーンのドレスの美樹である。
 2人とも、白い手袋は肘までの舞踏会用のふんわりとしたボリューム満点のドレスである。
 彼女達の後ろには、ケーキ屋を襲った兵士達と、捕らえられていた料理人達が従うように控えていた。
「今宵のケーキは誰の作じゃ?」
「私達にございます、陛下」
 美樹の発言に、大広間内が軽いざわめきに包まれる。そのほとんどは、こんな小娘達が、と2人を非難しているかのようだ。
「何、そなた達が? 初めて見る顔じゃの。大臣、このような小娘、本当に信用出来るのか? 腕は確かなんじゃろうな?」
「食べてみてから仰って、ファッキン・キング?」
「何じゃと?」
 リカの鋭い声に、大広間のざわめきは更に大きくなった。
「コラ、その方達、誰にそのような口をきいている!!」
 王様の横の大臣から飛んだ叱責に冷たい視線を送りながら、リカは隠し持っていたスプーンを取り出すと、特製ケーキをひとすくい、そのまま王様の口目掛け、ナイフに様に投げつけた。
「んぐっ!!??」
「陛下!!」
 ざわめきと、悲鳴と、王様の呻き声。
 しかしそれも、次の瞬間、歓喜の叫びに変わる。
「んんううう、美味いぞっ!! わ、わしはこのような美味い菓子は初めてじゃ!!!」
 大広間が、遂に王様の味覚が治ったと、爆発的な歓声に包まれた。
 王座を立ち上がり、ワゴンケーキの元に駆けつける王様。
 それを見て、同じく我も我もと駆け寄る来賓客達。中には兵士もこっそり混じっている。
 皆、涙を流し感動しながら、美味しい美味しいを連呼してリカと美樹の2人の共同作業により生まれたスペシャル・ゴージャス・ケーキに食らいついた。
「やったぁ!」
 2人が喜び、手を合わせた瞬間、
「ああっ!」
 ハザードは解消され、ファンタジー調に変化していた服も元通り。
 後には、ハザードに巻き込まれていた料理人達と、リカと美樹だけが銀幕市の通りに残されたのだった。


「というわけで、もうホント大変だったんですよ!」
 意気揚々と『チェリー・ロード』に引き上げて、美樹は店長に事の顛末を語った。
「慣れないケーキ作りは大変。でも色々楽しかったです。ああ、もう何だかたくさん動いてお腹空いちゃったな……」
 くるくると、可愛らしい音を立てる腹部を押さえながら美樹は俯いた。
 ハザード内での活躍ぶりから、すっかり天才パティシエと他の料理人達に慕われるようになったリカは、彼らを従えハザードの兵士達が荒らしていった売り場を片付けている。
「ハザードを解決してくれたお礼に何か出してあげたいんだけど……。さっきの騒ぎで商品のケーキはほとんど駄目になっちゃったんだよね」
「そうなんですか……」
 店長の言葉に、肩を落とす美樹。
 ほんの少し、いやかなり、期待していただけに、食べられないと分かると尚更空腹が辛くなってくる。
「それなら、わたしのケーキがまだあるわ」
 片づけを終えたリカの言葉に、美樹は瞳を輝かせた。
「美樹に食べてもらおうと思って、モンブランの他にも色々作ってたの。待ってて、今持ってくるわ。ハザード解消を祝して、ティーパーティといきましょう? もちろん、あなた達もね!」
 ウィンクを飛ばされ、それまで片づけを手伝っていた料理人達は揃って歓声を上げた。
「これでゆっくりお茶ができるわね」
 リカが疲れを見せぬ軽い動きで大量に運んできたのは、チーズケーキ、ミィルフィーユ、ロールケーキ、ベリーのタルトなど、どれも美味しそうなホールケーキの数々だった。
 皆で手際よく、綺麗に切り分けそれぞれ好みの皿を手に持つ。
 その中に、先程までは確かにいた筈の店長の姿は何故か見当たらない。しかしそれに気付く者もまたいない。
「これこれ〜! 待ってましたぁ」
 満面の笑みで1人欲張って数種類のケーキを取った美樹は、先ほど同じタータンチェックのテーブルクロス席に座ると、パン、と手の平を合わせフォークを握った。
「それでは……っ」
 周りの料理人達と顔を見合わせ、最後にリカに笑みを向けてから、
「いっただきまーす!!」
「召し上がれ」
 彼女の声を合図に、美樹はぱくりと大口で、リカのケーキを頬張った。

 さて、思い出して欲しい。
 今回、『チェリー・ロード』を含むこの一帯で起こったムービーハザードについて。
 映画『王様のスプーン』より発生したハザードには、2つの効果があった。
 ひとつ、このハザード内では、その場に居た人間の服装は全員、強制的に乙女チックなファンタジー物になる。
 そして、もうひとつ。
 このムービーハザードの中では。

 味覚が逆転し、美味しいものが不味く、不味いものが激ウマになる。
 大事な事なので2回言う。
 味覚が逆転し、美味しいものが不味く、不味いものが激ウマになる!
 大事な事なのであえて3回言う。
 味覚が逆転し、美味しいものが不味く、不味いものが激ウマになる!!

「ん!」
「んんっ!?」
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛んん゛っっ!!??」
 ハザード解消後のリカのケーキの味がどうなるかは、言わずもがな、である。
「まあ、そんなにわたしのケーキで喜んで貰えるなんて、本当に嬉しいわ! わたしこれからもケーキ作り、頑張らなくっちゃ!」
 あまりの味にのた打ち回る、美樹と料理人達の様子を見て、「美味しさのあまり悶えている」と喜んだリカは、これからも自分のケーキで人々を笑顔に、幸せにしようと強く心に誓ったのだった。


 濃厚なチーズが堪らないベイクドチーズケーキ。苺とカスタードの相性抜群ミルフィーユ。ベリーにフルーツに抹茶にチョコに、どれも迷ってしまうロールケーキ。欲張りに2種類楽しみたいダブルベリータルト。サクサクパイにリンゴとシナモンの香り堪らないアップルパイ。カスタードに生クリームに、大人から子供まで皆が大好きシュークリーム。イタリアンドルチェの定番ティラミス。表面のカリパリ感と中の濃厚なクリーミィさが堪らないクリームブリュレ。程よい酸味とフルーティな甘みのコラボに虜、木苺のムース。
 でもでもやっぱり一番のオススメは、一番人気の看板メニュー。
 洋酒漬けのダークチェリーをたっぷり使った『チェリー・ロード』のチェリーケーキ!

 さあ、本日のご注文は?

クリエイターコメントお待たせいたしました!
パィシエ様と科学捜査官様のティーパーティ、お届けいたします。
自分で書いていてなんですが、やっぱり今回もケーキが食べたくて仕方ありませんでした。その誘惑に勝てず、夜中に1人こっそりと…。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。オファーありがとうございました!
公開日時2008-12-31(水) 20:30
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