★ ハツノユメ ★
クリエイター梶原 おと(wupy9516)
管理番号589-6176 オファー日2009-01-02(金) 04:48
オファーPC 香玖耶・アリシエート(cndp1220) ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
<ノベル>

 初夢は正夢になるのだったか、いい夢を見ると良い年になるのだったか。教えてくれた相手もいまいち分かっていないようだったが、要はつまり初夢にいい夢を見ればいいのだという認識はできた。
「いい夢っていうと、やっぱり商売繁盛よねっ」
 あるべき物が充実してこその余裕だわっと握り拳で誰にともなく宣言した香玖耶は、やはりこちらも教えてもらった「宝船」を描こうと紙を広げた。
 でっかい船に、宝と記した帆。そこに七福神が乗っているという。
「しちふくじん、って何かしら」
 しち、というのは数字の七だと聞いた気がする。では、船には何か七つ乗っているのだろうか。
「じんっていうんだから、人かしら。七人? 七人の服が乗ってるの?」
 服だけ乗るのかしらと首を傾げつつ、つらつらと元の宝船からはかけ離れた絵を描きながら、香玖耶はふと口許を緩めた。
「別に七人じゃなくてもいいわよね。ここには優しい人たちが多いもの、皆乗ってもらえばいいわ」
 人が多いほど幸せになれるものねと嬉しそうに呟き、書き足していく内に何やら方向性がずれていく。
「でもこれだけ人が乗ったら、食料はどうするのかしら。中に自給自足できるスペースもいるんじゃない? 部屋数も多くないと、……シャワールームの完備は欠かせないわよねっ。やっぱりキッチンは電気かしら、火は危ないもの。ああ、でも精霊にお願いしたら火事には、」
 確か、「宝船」を描いているのだと思ったが。どんどんと理想のマイホーム的な単語が並び出し、夢は膨らみ、船なのに庭付きの立派な城めいたところまで暴走した辺りで手が止まった。
 多分に宝船が将来の家へと暴走し始めた辺りから、睡魔が彼女を押し包んではいたのだろう。抵抗しきれずに目を閉じた香玖耶は、夢に落ちかけながらもまだ「宝船」を思い描いているらしい。
「貯蔵庫はワインも置けなくちゃ……、──空調管理も忘れない、で……」



 ふわりと、風が頬を撫でた感触がして目を開けた。最初に飛び込んできたのは、どこまでも鮮やかな蒼。彼女の記憶の中に残る、清冽な空。
(ああ……、まるで──の瞳みたい……)
 懐かしく、まだ胸に痛い。永く生きてきた彼女にとって世界はどこも懐かしいけれど、中でも特別、な。
 胸に暖かく灯る火と、胃に落ちる冷たい塊。それが同時に存在する、懐かしくも厭わしい、呪わしく愛しいあの時、あの場所と同じ蒼穹。
 その空の下に、なかなか視線を下ろせない。
 ここが、あの場所であるという保証はない。彼女の記憶に焼けついたように残る、あの小さな村が今はないと彼女自身が一番知っているのだから。
 記憶の中にある空だけを見つめ、そのまま目を伏せてしまえば終わる気がした。
 この空ろな空間も、夢か現かも分からない時間も、……彼女の中にある蟠りをそのままに、強制的に全てが閉じられるような。
(私には、確かめる義務がある)
 知らず早くなりそうな呼吸を整えるべく、大きく息を吸い込む。意図して深く吐き出し、深呼吸と呼ぶには些かぎこちない呼吸を繰り返し、震えそうになるのを堪えるように拳を作る。
「ここが、あの場所でも。違っても」
 確かめなくてはいけない。彼女はそれを、果たさねばならない。
 もう一度最後と決めて大きく息を吸い込み、そのまま意を決して視線を落とす。
 遠くに霞むように見える山の稜線は、見覚えがある気がする。けれど丘の形は重ならず、村の外れに底が見えそうな池などなかった。でも建物の造りとしてはあの頃いた村と変わらず、見覚えのない木が枝葉を茂らせて詳細を隠している。
(建物は、全部壊した。教会も、民家も等しく。そこに小さく咲いていた花も、誰かが休める木陰を作る木も、何もかも燃やした。生ある全てを許さず、私が滅した……)
 彼が、その生命を途切れさせたのに。彼の生命を、皆して奪ったのに。どうしてそこに生きている者があるのか、彼はもう二度と笑いかけてくれないのにどうしてそれを奪った者は、そこで泣き叫び喚いているのか。
 全てが許せず、何より自分の存在が耐え難く、けれど彼の助けた生命を奪うわけにはいかず、彼を喪わせたあらゆる全てが憎かった。
 詳しい事は、覚えていない。ただ彼を喪った絶望と悲哀と憤りと怒りとで、目の前が真っ赤に染まっていた。一番彼女が厭っていた精霊の哄笑がそこを拠点に広がっていくのは分かっていたけれど、それを止める気になれず。
 泣き疲れて気を失い、目を覚ました時にはもう「村」はそこになかった。
(彼らは何も間違ってなかった。滅びを齎す魔女は、確かに私だった……)
 見るに堪えない死体が無惨に転がり、山と重ねられ、そこが血の海になっていないのは焼かれて蒸発したからだろう。元が何であったかを窺わせない瓦礫の合間から、何を焼いたせいともしれない黒煙だけがゆらゆらと立ち昇り。墓碑の代わりにたった一つ立ち尽くしていたのは、村を守るとされていた大木のなれの果て。
 教会から落ちた十字は、それだけは守ろうとした人たちの下から焦げた姿を覗かせていた……。
 思い出すだけで胸が引き千切られそうな、慙愧の念が押し寄せてくる。自分の犯した罪を忘れられるはずがないけれど、忘れてはならないとも知っているけれど、それでも目を伏せ頭を抱えて逃げたくなる。
 あれから一度も訪れた事がないから、あの場所が今どうなっているかを知らない。ここが、確かにあの村かどうかも分からない……。
「待ってよ、お姉ちゃん」
「もー、早く来ないと置いてくから!」
 ばたばたと音を立てて駆け抜けていく子供たちに、はっと我に返る。待ってよおと泣きそうな声で姉を追いかけていく少年の、金色の髪が遠ざかっていくのを思わず振り返って目で追いかける。
 人が住む、優しい町並み。家庭の音が満ち、風が柔らかく通り抜け、幸せそうな平穏な風景がそこにはある。
(ここがどこでも……、幸せそう。よかった、ここには悪い魔女はいないのね)
 揶揄するように心中に呟き、自嘲ではなく自然と唇の端が緩む。まだ幾らか胸は痛いけれど穏やかな心持ちになっていると、いきなりくんと服を引っ張られた気がして振り返った。
「お姉ちゃん、よその人?」
 無邪気な緑の瞳が、見慣れない旅人に対する好奇心できらきらして見上げてくる。そうよと答えた声が、震えてなければいいけれど。
「じゃあ、お姉ちゃんも教会に来た人? じゅう、じゅん、じゅ……」
「巡礼?」
「それ。それに来た人? 道に迷ったの? 教会がどこか、僕知ってるよ」
 教えてあげてもいいよと胸を張るようにして提案され、教会、と小さく呟く。
 彼女にとって、神は未だに助けの手を差し伸べてくれるものではない。最期の時に彼女が縋るのは、きっと神ではない。
 それでもあまりに永く時を過ごしたおかげで、少しは落ち着いた態度も取れるようにはなった。何より純然たる好意で道案内を買って出てくれた少年の瞳を曇らせるのは忍びなく、ふわりと笑顔になった。
「すごい、頼りになるのね。案内をお願いしてもいい?」
「いーよ! こっちこっち」
 早くと彼女の手を取って駆け出す少年に連れられて走り、何故かその町を抜けた。どこにと町を振り返ると、教会はこっちなのーと弾んだ声で少年が教えてくれた。
「あのね、ここの教会の司祭様は、すっごいすっごい人なんだ! うんとね、あの町、一回ぺしゃんこになったんだって、祖父ちゃんが言ってた。祖父ちゃんの祖父ちゃんの、祖父ちゃんくらい? うんとうんと前の司祭様がいた頃」
 何にもなくなったんだってと、誰かに教えられる事があるのが嬉しいのだろう、弾んだ声のまま続けられる言葉に香玖耶の胸がしくんと痛くなった。
「なくなった、……村が?」
「そうだよ。悪ーい魔女がいて、向こうの森の奥にいて、皆をずっと困らせてたんだって。それでさ、それで、ある日その魔女が来て、皆を殺しちゃったんだ。でも司祭様は、その魔女をここに封じなくっちゃいけないって、よその町まで壊されたりしないように生命を懸けて戦われたんだって!」
 少年が話すたびに、目の前にちらちらと過去の光景が現れるようだった。


 村に災厄が重なり、彼女は魔女として弾劾された。振り上げられた凶器は、全てが彼女に降り注いで。彼女が、死ぬはずだった。
 村人の狂気の間に割り込んできたのは、司祭服。彼女を助けて死んだのは、幼い頃から知っていた彼、で。

 魔女と通じたのだと謗りを受けて、それでも彼女を庇った事を誇って息絶えた──。


「司祭様は、……どうなったの?」
「勝ったよ、当たり前じゃん! 悪い魔女を滅ぼして、司祭様も死んじゃったんだけど。でも死んでから後もずーっと、司祭様は僕らを守ってくれてるんだよ。今の司祭様が言ってた!」
 嬉しそうに語られた少年の言葉に戸惑っていると、着いたよー! と前方を指差されるまま視線を上げた。
 穏やかで。彼女の遣わした滅びを免れた、森の側の。村の守りを託されたそれよりもまだ大きな大木に、彼の眠りの守を託したのだと思い出す。
 二度と訪ねられないと思っていた、その資格さえないのだと避け続けてきた場所に、それはとても酷似していて。その役をまだ果たしているのだと教えてるように、ひっそりとした小さな教会を守るように伸ばされた枝が風を受け、彼女の髪と共に葉を揺らす。
 ざ、ざ、ざ。ざ、ざ、ざ。
 お帰りと告げてくれない代わり、彼女の帰還を責めもせず。ただ計ったようなタイミングで、木漏れ日を散らすようにして歌うだけ。
 嗚呼。彼は今もここで、静かに眠ってるのだろうか。彼が愛した人たちを、連綿と続いていく人の営みを。語り継がれて名を囁かれるたびに少しだけ起きて平穏を確かめ、また眠りに就くのだろうか。
 崩れ落ちるようにして膝を突き、彼女は思わず顔を覆って項垂れた。泣き出しそうなほど、心からほっとして泣かない為だけに唇を噛む。
「お姉ちゃん? どーかした? あ、あのさ、あのさ大丈夫だよ、うんとうんと昔の話だって、だからもう悪い魔女はいないからさ! ほんとだよ、ここでずっと司祭様が守ってくれてるんだ!」
 だから大丈夫だよと必死で慰めてくれる声が優しくて嬉しくて、ここが本当に彼女が知っている場所かどうかさえどうでもよくなる。縋りたいほど、信じたいだけ。


 ──俺はさ……、お前を、守れたか……?


 いつか遠く、彼女の耳を打った言葉に改めて静かに頷く。
「ええ。あなたは守ってくれた……、────」
 小さく小さく呟いた声は、最近になってようやく紡げるようになった唯一の神聖。誰よりも大切で、何よりも愛しいたった一つに、彼女を慰め続けていた少年がきょとんとした風に首を傾げた。
「お姉ちゃん、どうして僕の名前を知ってるの?」
「っ、え、」
 あまりに思いがけない言葉に顔を上げると、少年はきょときょとと目を瞬かせた後に、軽く右目を眇めた。そうしてちょっとぶっきらぼうに、投げるように言う。
「あ、お姉ちゃんの知り合いにもいるんだろー? いくら魔女を封じた司祭様の名前だからってさー、あんまり大量につけないでほしいよなぁ。学校に行ったら、半分が僕と同じ名前だよ!」
 迷惑ーと可愛らしく苦情を呈した少年の声は、表情や言葉に反してどこか自慢げだ。町で讃えられる司祭の名前を貰った事が誇らしいのだろう、どこか照れ臭そうに、誇らしそうに笑った姿は胸を締め付けるほどの錯覚を覚えさせる。
「し、」
 呼びかけた声が、途中で途切れる。くらり、と視界が揺れる。
 お姉ちゃんと驚いたような声がどんどんと遠ざかり、やがて彼女の目の前は一面が闇に占められて。何かに引き摺り戻されるみたいに、その場を離れるような感覚だけがあった。



「────!」
 叫びかけた名前は、声にならないで喉の奥に詰まった。まるでその代わりのように涙が滑り落ち、ぼやけた視界に映るのは見慣れた天井。べったりと平べったいライトが張り付いたそれは、今彼女が暮らす銀幕市の部屋の天井だと嫌でも教えた。
「……夢?」
 呟いた時から、今確かに見て感じていたはずの全てがさらさらと零れ落ちて行くような気がした。
 起きる瞬間までは鮮明だったのに、目を開けた途端に失われていくそれは夢なのだろう。この息苦しいほどの痛く切ない想いも、溶けるみたいにして彼女の元には留まらないだろうと分かる。
(それでもいい。だってあれはただの夢で、私の願望が見せただけかもしれない……)
 夢だとしても、信じたくなるほどに幸せだった。心の底から安堵して、ようやく彼らを許せる気持ちにもなれた。
 喪って、正気を失えるほどに大事だった。守るべきだったのに、彼女がいたせいで殺してしまった存在。
 村人たちから今も悪し様に言われていたらと思うと、それだけが恐ろしかった。彼女のせいで、何度彼を殺すことになるのかと思うだけで叫びたいほど辛かった。
 けれどその彼が、今尚あんなにも大事に語り継がれているのなら。
 自らの罪を罪とは認めるけれど、それでも深層で蟠り燻っていた想い。いつまでもどす黒く痛み続けた、彼を喪わせた全員を許せない気持ちが、今見た風景にゆっくりと解けていく。
 きっと、まだ自分自身は許せない。それでも彼を直接手にかけた村人たちを、ようやく今になってからでも許せるのは彼女にとっても救いになった。
 本当に、彼が愛したあの村に町が興ったかは分からない。その町で、あんなにも大事に語り継がれている保証もない。それでもこの、夢みたいな奇跡を起こしてくれる街で見た夢ならば。
「っ、今年も良い年になる。……ううん、良い年にしてみせるわ」
 夢の余韻が覚めるまで。ほんのちょっとだけ浸ったら、やるべき事が様々と待つ日常が戻ってくる。
 騒がしくも愛しい日々で彼女を迎えてくれる、この儚い街にも訪れた新しい年に祝杯を。

クリエイターコメント大変お待たせ致しましたっ。自分的松の内には間に合いましたが、年始の忙しさを読み違えたせいで既に年が明けて十日も……っ。目指せ三が日中だったのは心の奥底に封印したまま、遅くなりましたことをお詫び致します。
ですがいつもながら素敵なオファーでしたので、書き始めるまでにつらつらと話の流れが出来上がり。お陰様で、書き出すと一日で仕上がってくださる素敵っぷりです。ありがとうございました!

今回は冒頭でちょっぴり暴走されたりされてますが、できるだけしっとりとした空気を目指しました。ほんの少しだけでも、心がふわっとしてもらえたらなと祈りつつ。
色々と捏造したり引っ張り出したり、こちらも暴走してしまいましたが、新年のおめでたい感じよりは夢の持つあやふやな感じを心がけましたので、それが伝わっていれば幸いです。

大変遅くなりました事を重ねてお詫びしつつ、今回も素敵なオファーをありがとうございました。
公開日時2009-01-10(土) 22:30
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