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クリエイター梶原 おと(wupy9516)
管理番号589-6357 オファー日2009-01-18(日) 00:19
オファーPC 雪上 境(cbtu9086) ムービースター 男 27歳 死神セールスマン
ゲストPC1 リシャール・スーリエ(cvvy9979) エキストラ 男 27歳 White Dragon隊員
<ノベル>

 朝起きて、行動に取りかかるまでのだらっとした時間をリシャール・スーリエは結構楽しんでいた。職業柄、起き抜けで迅速に動き出すことは可能だ。けれどそれをしないでいい、緊迫感のないだらっとしていられる時間だから楽しいのに。
 それを邪魔していい物なんて、よほど緊急の事件が起きたか、最愛の人の気紛れの来訪以外に有り得ない。
「本当に……、……この殺意……、誰に向けたらいいんだろう……」
「いやいやいやいやいやいや、向けられてる、向けられてるて、わいが。わいに全部向けてるて!!」
 やめてそんな目つきで鬱陶しい呪われたら怖いからと、けらけらと笑いながら失礼な事をほざくのは雪上境。赤い尻尾が頭の後ろでぴこぴこ揺れる、胡散臭いを絵に描いたようなチンピラセールスマン。
「ちゃうちゃう、何さらっとモノローグで嘘こいてんの! わいはれっきとした死神やて言うてるやんっ」
 チンピラセールスマンと繰り返しながら思いきりドアを閉めるのに、挟まれたままで突っ込みまで入れてくる押し売り死神は、ひどいなぁとちらっとも痛くなさそうに頭を振るのが腹立たしい。
「…………、殺すの決定……」
「せんといてっ。そんな怖い事、さらっと言うたらあかんやないの。まぁ、わいて死神やし滅多なことで死なへんけど。でもこの純真無垢な心が言葉の刃でざっくざっく切られて痛いから──て、痛い痛い痛い。何で無言で力一杯ドア引っ張んの、痛いんやけど!」
 戯言しかほざかない迷惑な存在は消えて当然だと思うが、いい加減ドアでサンドイッチは止めといたげてーとちょっと弱々しく懇願されるので少しだけ溜飲を下げる。
「……うん。いやあのな、わいかてちょいちょい人様のモノローグに突っ込みたないんやけどな? 溜飲下げたら離したってぇな!」
 何この仕打ちと相変わらずドアにぎゅうぎゅう挟まれたまま突っ込んでくる境に、ちっと舌打ちをする。消えない。
「消えて堪るかっちゅーねん! ちゃうやん、なぁ、ちょお話くらい聞いたってぇなぁ」
 何の為に朝も早よから訪ねて来たと〜と嘆かれ、優雅なはずの時間を邪魔されたのだと思い出して怒りが増幅される。
「そんなとこで密かに殺意増幅してんとっ! 耳寄りな話持ってきたんやん、マニア垂涎のスペシャルゲームが手に入ってんて! ゲームの出来そのものもやけど、キャラデザがまた凄いねんっ」
 聞いて驚いてやーと勿体をつけながら明かされた名前は、リシャールも知っていた。
「……あの、音ゲーの……?」
「そーそーそー。音楽担当も多分その人やで。あー、今ちょお挟まってて鞄から現物出せへんけどー。リシャはんが興味あるんちゃうかなー思てわざわざ持ってきたげてんやんかー」
 なので本気でそろそろ解放してくださいとじたばたしながら懇願する境を見下ろし、持ってきたというゲームと脳内で秤にかける。
 しばらくして渋々手を離すと、ぐたぁっとその場で蹲った境はけれどリシャールが鬱陶しがってドアを閉めてしまう前に部屋に入り込んでいる。
「あー、さすがに苦しかったー。目の前真っ暗やったわー」
 怖い怖いと笑いながら、境はサングラスを押し上げる。暗いのはそのせいだと心中で突っ込みつつ手を出すと、可愛らしげに小首を傾げられた。
「何?」
「……。…………本気で言ってるなら、……とりあえず蹴るよ……」
「って、じょ、冗談やんかぁ。えーとえーと何やったやろえーと、……ああ!」
 ショバ代いう奴なと何故かやたら納得して頷きながら、世知辛い世の中やなぁと頭を振りつつ境が取り出したのは財布。問答無用で本当に蹴りつけ、閉めたばかりのドアに凄まじい勢いで激突した音が聞こえた気がするが気にしないで部屋に戻る。
「……帰れ……」
「っ、帰るも何も今の生身の人間やったら大怪我やで! あかんで、そんな性根の捻じ曲がった生き方してたら〜っ」
 ぶつぶつと愚痴りながら後ろをついてくる境は、嫌そうに振り返ると床に置いたスーツケースをがさごそと探っている。それから何やら嬉しそうな顔して、じゃじゃーんと効果音をつけながら取り出した。
 確かにそれは、先ほど境が教えたままリシャールも知るデザイナーの絵だった。どうぞーとやたらと笑顔で渡されるので余計に胡散臭く思いながらパッケージを眺め、製作者に豪華メンバーを発見する。本当にこの面子で作ったゲームだとすれば、マニア垂涎の謳い文句も頷ける。ただタイトルも聞いた事がないというのはおかしいと警戒していると、まるでその疑問を読んだように境がへらりとした笑顔で言う。
「せやし、超レアなんやって。まだその面子がここまで売れてへん時分に作られたゲームなんやけどな、そこの製作会社が途中で倒産してもーたらしいんやわ。それで何か借金返済がどうの負債がどーので、ばたばたしとう間に著作権がどこ行ったか分からんようなってもて? 市場に出回ってた初回の数百本しかないねんて。しかも半分はバグ出てもて倒産前に回収されたみたいやし、ほんまの激レア。バグなしなんは確認済みやで、やってみたいと思わへん?」
 ゲーマー魂が揺さぶられるやろーと語尾を上げられ、確かにかなり気になると手の中にあるゲームを見下ろす。寝る前までやっていたから丁度本体は繋ぎっ放しだし、この製作者の名前だけでやってみる価値がありそうだと判じる。
「……まぁ、……暇だしね……」
 仕方ないと諦めたように溜め息をつきながらゲームを取り出すと、そうこななーと境が後ろで拍手をする。どうにも何か裏がありそうな気はするが、気に入らなければやめればいいだけなのだからとゲームをセットする。
 きゅるきゅると起動音がし始め、コントローラーを手にした瞬間、いきなり部屋の光景が変わった。
「っ、」
 さすがに何事かと辺りを見回すのに、一番に目に入った境は成る程こんな仕組みかーとやたらと呑気に感心しているだけで驚いた風はない。まさかと軽く頬を引き攣らせ、境と声を低めた。
「……仕組んだろう……っ」
「えー、そんな人聞き悪いー。たまたまムービーハザードにゲームが絡んでるーて話聞いたからー、リシャはんやったらクリアできんのちゃうかー思て持ってきただけやーん?」
 善良な一般小市民やんと可愛ぶって言われたところで、殺意しか湧かない。こんなゲームしないとコントローラーを投げかけたが、あかんあかんと手を押さえてきた境のサングラスの奥の目は、案外真面目だった。
「これな、途中放棄とか負けたりしたらゲームに取り残されてまうねんて。怖いなー?」
「……全部……、分かってて……っ」
「ほらほら、真面目にクリアせぇへんかったらリシャはんの大事なお人にももう会えへんいうことやでー」
 頑張ってなーとあくまでも他人事に嗾けてくる境の言葉で、不覚にもはっと我に返る。
 こんなところに一人で取り残されたりしたら、彼のポジションを取られてしまうではないか……!
「……出る。こんな……、ハザードか何か知らないけど……、こんなとこ一秒でも早く出る……!」
「その意気やー。ふぁいとー」
 どこまでも気の抜ける声援を送ってくる境を蹴りつけようとした時、ちゃらっちゃららっちゃーと音楽が鳴り始めた。
【「生贄のゲーム」の世界にようこそ! 今日も今日とてどこかの間抜けが引っかかってくれたみたいで、ちょー嬉しいでーす】
 どこからともなく声が聞こえ始め、リシャールの陰鬱な目つきに拍車がかかる。
「何あれ……、デフォ……?」
「どうやろ、このゲームしたことないし知らんけど、あれデフォルトやったら困るんちゃう?」
 ハザードやろーと呑気に答える境ほど人の話を聞いていないらしい女性の声は、それじゃあルールの説明を始めまーっす! と何が楽しいのか分からないテンションで始める。
【さて、皆様にはとっくにご存知の事と思いますが、ここではトーナメント方式の勝ち抜き対戦ゲーム! が行われます。決勝まで行ったら我が国の王と直でバトる権利をぷれぜんつ! 王様を叩きのめした方がこのゲームの勝者、ここから出る権利も持ってけドロボー! になっておりまっす】
 それでは早速れっつぷれーいんぐ! と響き渡る声を探すように空を見上げながら、そこはかとなく湧き上る殺意を込めてぐっと拳を作る。
「……親戚……?」
「い、嫌やなぁ、あれと一緒にされたらいくら何でも落ち込むわ……」
 かなり真面目に凹むとしゃがみ込んだらしい境を視界の端に止めながら、それより気になる物体の落下に気づいて場所を空ける。上から遠慮会釈なく落ちてくるのはどうやら煉瓦のようで、それがどんどんと積み上がって生物ともロボットともつかない「物」になった。
「……これ、何ゲー……?」
 格闘? と首を傾げると、何となく煉瓦の塊が笑った気がした。何この腹立つ無生物とじろりと視線をやると、いきなりぽーんと星が落ちてきてそれを煉瓦の塊が捕まえた。途端にぴろりろりんと音がして、どうやら相手に点が入ったらしかった。
「えー! 待とうや、説明なしでいきなり始めて相手の得点とか意味分かれへん!」
【説明しましたよーう? 何聞いてたんすか、おっさん】
「なっ!? 誰がおっさんやねん、わいまだぴっちぴちの死神やー言うねん!!」
 姿も見せんとおっさん呼ばわりすんなぼけー! と明後日の方向に向かって境が叫んでいる間も、ぴろっぴろと星が落ちてくる。どうやら黄色が基本点で、黒がマイナス。時折見られる赤が倍付けくらいらしい。
 例えどんなクソゲーでも、一定の法則はある。法則があるならそれをさっさと見つけて、こなしていくに限る。
 煉瓦の塊は、どんどこ積み上がった分だけリシャールよりずっと優位だ。何しろ手を伸ばすだけで落ちてくる星を掴めるのだから。
「でも……、対戦型、だよね……」
 ぼそりと呟くと、リシャールは煉瓦の塊の足らしき場所に足を乗せた。星を取るのに必死になっているそれが気づかない間に器用に足場として使い、降ってくる星の内で黄色と赤だけを選んで蹴り落としたり捕まえたりと得点を重ねていく。
「リシャはん、かっこいー」
「……境も……仕事しろ……」
 勝っても置いてくぞと星を取りながら脅すと、怖い怖いと笑いながら境がスーツケースを探り始める。その間にも着々と点数を重ねるリシャールに、姿のない声が焦ったように煉瓦の塊を嗾ける。
【ちょっとおー、何やってんの、そこのー! こちとら高い金払ってんだから、負けたらただじゃおかないですよー?】
 いっそ対戦者なんか捻り潰していーのにーと、聞こえよがしに愚痴る声で煉瓦の塊が星ではなくリシャールに目を向けた時。
「そんな時にはこれがお勧め、達磨落としのハンマーちょっとでっかいバージョン! いーですかー、見といてくださいよー、お客さーん。見た目でっかいけど案外お軽いこのハンマー、せやけど効果は抜群! これで討ち抜いた時の衝撃は、」
 言いながらゆっくりと振り被ったそれを、煉瓦の塊の踵だと思われる辺りに打ちつける。途端にすこーんといい音がして、煉瓦の一番下の段が前方に吹っ飛んだ。
「ほうら、ご覧の通り! 凄い威力でっしゃろー」
【あー! ちょっ、何してんのそこの赤毛! 対戦者ぶち抜くって失格失格失格ー!】
「えー。わいは単に実演販売してるだけやん、実際ゲームしてはんのリシャはんやし。対戦者ちゃうやん?」
 しれっと答える境に、姿のない声はぎりぎりと歯噛みをしているのが分かる。屁理屈を指摘するのは今はやめにしておいたほうがよさそうだと考えながら、リシャールはまだ落ちてくる星を捕まえ続ける。
 どれだけ最初に出遅れたところで、相手がいるなら話は簡単だ。大体の対戦型ゲームは、相手より上回ること、が勝利の条件なのだから。
 空中で加算されていく数字と削られていく残り時間眺めて、リシャールは赤い星が落ちてくるのを待つ。
 煉瓦の塊は足を失くしてじたばたするついでに黒い星に触りまくって得点を落としていて、最後の赤い星をリシャールが捕まえた時点でこちらが上回った。そこでちょうどタイムアップが知らされ、ものすごく不承不承といった様子で勝ちが宣告される。
【何かすっごい理不尽だけどー、挑戦者の勝ち? でもでも次はそう簡単に行かないでーすっ。つーか今度も役立たずだったら、ぶっ殺す……】
 分かってるんでしょうねと低い声で多分に次の対戦相手を脅した姿のない進行係のそれで、勝負が終わるなり崩れて瓦礫になっていた煉瓦が再び組み上がっていった。
「今度はまた、えらいひょろ長やなぁ」
 わざとらしく目の上に手を翳して仰ぐ境の身長の、悠に三倍はありそうなひょろ煉瓦はリシャールたちを見下ろして、ふっと鼻で笑った気がする。
「……今、負けたくせに……」
 偉そうなとぼそりと突っ込むと、ひょろ煉瓦はぷしゅーと息を吐いて憤慨を示したようだった。とりあえず息はしてるんだと納得している間に、それでは始めーと気軽にスタートを告げられる。
「って、せやからゲームの説明もせんと、とっとと始めんなや!」
 せめて正々堂々やったらんかいと、対戦者の足を「正々堂々」打ち抜いた境が主張すると、姿のない声はえーっと不満そうにする。それでもひょろ煉瓦がぐんと手を伸ばして何かにタッチしたらしく、ぴこーんと音がしたのを聞いて仕方なさそうにルールを説明し始める。
【要はつまり、チェックポイントを通ってゴールを目指すという単純なゲームですがー、各チェックポイントには加点ボタンが二つしかありませーん。つまり最初に通ったほうが、】
 説明をして入る間に、またしてもぴこーんと同じ音がするので、どうやらひょろ煉瓦がリシャールの分の加点ボタンまで押したということなのだろう。
【こんな風に両方押しちゃうこともあるのでー、早く行ったほうがいいと思いますけどー?】
 のほんとした声で続けられる声に、軽く殺意が湧く。それでも呑気にしている時間もなさそうなので追いかけようとした時、リシャはんリシャはんといきなり服を引っ張られた。
「……何。……邪魔する気……?」
 ぎっと睨みつけると、嫌やなぁと手を揺らした境は軽くサングラスを下げてにやりと笑った。
「こんなんあんねんけど、どない?」
 ラッキーアイテムキャンペーン中〜とやたらと呑気に取り出されたそれは、使いようによっては確かに十分ラッキーアイテムだろう。
「たまに……、お役立ち……」
「たまにとちゃうやん、わいはいつでもお役立ち〜」
 歌いながら手渡されたそれを受け取って重みを確かめ、何度か頷きながら移動しているひょろ煉瓦を視認する。鍵フックのついた縄をくるくると回して勢いをつけ、躊躇いなくひょろ煉瓦の頭を目掛けて投げる。
【あーっ、ちょっと、今度こそ反則、】
「道具使たらあかんーて、先に聞いてへんやん? ろくすっぽ説明もせぇへんそっちが悪い。それが運悪ぅ対戦相手の頭にぶち当たっただけやん?」
 きっぱりと断言してのけている屁理屈大王に後を任せて、リシャールは倒れ込んだひょろ煉瓦に引っ掛けたフックを外すと側の木を使って器用にショートカットして進んでいく。勿論チェックポイントにあるボタンを二つとも押していくのは忘れず、リシャールの得点だけが増えていく。
【ちょっ、何やってんのそこの役立たず煉瓦ー! てめ、ちゃっきり起きて働かねぇとぶっ殺す!】
 分かってんのかごらぁっ! と進行役が品性をなかなぐり捨てて怒鳴ったそれで、ぴくりともしていなかったひょろ煉瓦が慌てて起き上がった。
 それでも木の上から眺めるに既にチェックポイントは後二つしかなく、その全部を推したところでひょろ煉瓦に勝ち目はなさそうなのだが。
【審判権限で先にゴール入ったほうが勝ちだ、しっかり走れや!】
「……ふーん……、……まぁ……、そんな事だと思ったけど……」
 自らを奮い立たせたひょろ煉瓦は、障害物を破壊しながらまっすぐゴールを目指し始める。リシャールは器用に片手で木の上を移動しながら固そうな実を幾つかもぎ取り、ゴールを目指したままチェックポイントの加算ボタンに投げつけてしっかり点数も稼ぎながら先にゴールに入った。
「後で……、最後のポイント倍付けとか……、言いそうだしね……」
 勝てる勝負は落とす気ないしと肩を竦めると、姿のない声がそれでも屈辱に肩を震わせている姿が目に浮かぶようだった。
「いやぁ、リシャはん男前、かっこいー!! 惚れ惚れするわぁ!」
 呑気で適当な誉め言葉を聞き流し、次と促すと負けて崩れていた煉瓦が再び組み上がっていくのが視界の端に映る。
「……懲りないね……」
 いくらやっても負ける気がしないと笑うように告げたリシャールの言葉は、悲しいほどに事実だった。



 あれから五度ほど煉瓦が組み直され、そのたびに難易度を上げたゲームが繰り広げられたがリシャールは全て悠々と突破した。対戦者以外の手出し禁止と言われても境は次から次へと口を出したし、口出し禁止にされると黙々と道具を取り出してはリシャールに投げ渡した。
 最後にはスーツケース禁止存在禁止とまで言われていたが、そんな無茶聞いたれませーんとけらけら笑い飛ばす境を実力で排除する事も叶わないまま、どうやら「王と直でバトる権利」は得られたらしい。
 姿のない声がきいーっと半狂乱になっているのを他所に、ちょっぴし豪華になった音楽がぴろぴろと流れている。
「これで勝ったら、ようやっと終わりっぽいなぁ」
「……早く……、してくれない……?」
 そろそろ面倒臭いからと本気でだるそうに言うリシャールに、王に勝てると思うなよと姿のない声が屈辱に震えたまま吐き捨てた。途端に目の前がゆらっと揺れたと思うと、そこに姿を現したのは真っ赤なポニーテールの年若く見える青年。スーツにサングラス、どこまで物が入っているのか分からないスーツケース。へらっとした笑顔まで小憎たらしいほどそっくりの、「雪上境」もどき。
「その出来損ないのわいには物申すー!! わいはそない垂れ目やない、口許締まりなさすぎやろ、そもそも背ぇもうちょっとあるっちゅーねんっ。──総じてわいはもっとかっこいー!」
 やり直しを要求すると指を突きつける境をさておいたリシャールは、姿のない声を探すようにぐるりと空を見回した。
「……で。……あれ、……叩きのめしていいの……?」
 喜んでやるけどと淡々としたまま語尾を上げると、どうして喜んでるんだそこ、と「境もどき」が指摘してくる。それをさらりと無視していると、何や複雑やけどとぶちぶち言いながらスーツケースを開けた境が、無造作にアサルトライフルを取り出した。
 とりあえず黙って受け取ったリシャールは、さっきから延々と色んな形状・重量の物を吐き出し続けているスーツケースをちらっと一瞥して口を開いた。
「……前から……、気になってたんだけど……。……どうなってるんだ、……そのスーツケース……」
「企業秘密」
 それは聞いたらあかんお約束ーと口の前に人差し指を立てて楽しそうに答える境に、聞くんじゃなかったと溜め息をついたリシャールは迷わず「境もどき」に銃口を向けた。
「ま、待て待て待て待て待て、お前っ、仲間の姿に何の躊躇もなく銃を向けるんじゃない!」
「──仲間……? ……殺すの、決定……」
「相変わらず失礼さんやなー、リシャはんは。あ、照れ屋さんなん?」
 ほんまは仲間や思てくれてるけど照れて言い出せへんねやと手を打つ境に、即座に銃口を向け直す。銃身をぶち当てるくらいに勢いだったのにさらりと避けた境は、敵さんあちらやでーとけらけら笑いながら遠い自分の姿を指差した。
【待ちなさいよ、あんたたち、銃なんて誰が使っていいって言ったのよ! 男なら男らしく、ガチンコで殴り合いの勝負しなさいよねっ】
「……別に……、男らしくなくていい……」
 面倒臭いからと大分本気で返すリシャールに、「境もどき」はかなり遠くまで後退ってぶるぶると頭を振っている。あれを撃ったら、少しはストレス発散になると思うのだが。
「何や失礼なこと考えてる顔してはるけど、まぁ今はええわ。せやけど進行役があかん言うてんねんから、銃はやめとく?」
 ゲームから出られんでも面倒やしと珍しく正論を吐く境に、成る程と思ってとりあえず銃を返すと「境もどき」が大仰に胸を撫で下ろしている。それから何故か勝ったとばかりに指を突き付けてきて、拳で勝負だ! と暑苦しく宣言される。
「相手、一応ラスボスやったら裏技使てHPも腐るほどあるかしれんから、気ぃつけてー」
「……相手に、言ってやれば……?」
 馬鹿馬鹿しそうに返した時には開始の合図が鳴り響いていて、嬉々として突っ込んでくる「境もどき」の懐に一瞬で入り込む。相手がリシャールを目視した時には顔、喉、胸と続け様に肘打ちや蹴りを入れ、止めとばかりに腹を蹴り飛ばして後ろに吹っ飛ばした。
 リシャールは外見だけを見ていれば、ひょろっとした印象の凡庸とした青年にしか思えない。確かにゲームの実力は今まで発揮してきたから警戒はされただろうが、それでも実線でならば勝てると踏むほど気弱げにさえ見えるのだが。
 相手にとっては非常に不幸なことに、リシャールは彼の「ホワイトドラゴン」の一員、つまりは傭兵だ。重火器の扱いを得意としているが、格闘技ができないわけではない。どれだけHPを増やしたところでただの素人に負けるほど、落ちぶれてはいない。
【だからって仲間の姿をしてる相手に、もうちょっと怯んだりするものでしょう、普通は!!】
「仲間……? ……境が?」
 心底嫌そうに聞き返したリシャールは、血でも吐きそうに咳き込みながら身体を起こしている「境もどき」と後ろで複雑な顔をしている境とを見比べて、はんと鼻で笑った。
「……俺の恋路を邪魔する馬鹿は……、俺に蹴られて死んでしまえ……」
 恋路なのかよとか、俺にかよとか、突っ込んでほしい色々はあったのに誰も触れてもくれない鬱憤は、わいやないけどわいの顔がとぶつぶつ愚痴っている境によく似た相手を叩きのめすことで晴らすしかなかった。



 お願いだからもう帰ってくださいと、瀕死の重傷を負った「境もどき」を助けにようやく現れた進行役に泣いて追い出され、リシャールと境は全面クリアを宿す音楽に包まれてゲームの中から現実に戻ってきたらしい。
 境はリシャールの部屋を確認すると窓を開けてきょろきょろと辺りを見回し、晴れ晴れとした顔で振り返ってきた。
「さすがリシャはん、無事に戻ってこれたみたいやん。これで取り込まれてたお人らも助かるやろ、おおきに」
 やたらといい笑顔で感謝する境をじっとりと睨めつけたリシャールは、堪える様子もない境から疲れたように目を逸らして溜め息をついた。
「……そう……、良かったね……。……出てけ」

クリエイターコメント受諾にも大層お時間を頂いて、自分目標ぎりぎりの納入というていたらく。しかも意図されたところと別の部分にやたらと力を注いだ気がして、色んな意味でペース配分も頑張ろうと反省しております。

と謝罪ポイントは多々ありながら、思い切り楽しんで書かせて頂きました! あまりにはしゃいで無駄に長くなりすぎたあたり、反省は尽きないのですが。
素敵関西弁様と、無気力脱力系様の掛け合いは、ノリノリで書かせて頂きました。はい、概ね全般、テンション高かったです。
ともあれこの「楽しんだ感」が、少しでも読んでくださる方にも伝わっていると幸いです。

勢いで突っ走れるほど素敵なオファーを、ありがとうございました。
公開日時2009-01-28(水) 19:30
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