★ ナツカシイジカン ★
クリエイター梶原 おと(wupy9516)
管理番号589-7681 オファー日2009-05-26(火) 21:08
オファーPC 有栖川 三國(cbry4675) ムービーファン 男 18歳 学生
ゲストPC1 ジャスパー・ブルームフィールド(csrp6792) ムービースター 男 21歳 魔法使い
<ノベル>

 有栖川三國は閉鎖しているはずの植物園にいつものように入り込み、今日はどこにいるかなと視線を巡らせると楽しそうな鼻歌を聞きつけた。思わずくすりと笑ってそちらに足を向けると、辿り着く前に仄かにバラの香りが鼻を掠めた気がした。
 これは果たしてそこに咲いているバラだろうか、それとも探し人のほうだろうか。
 ジャスパー・ブルームフィールドは、常に花のいい香りがする。例えば花のない季節でも、その香りだけで辿り着けそうなほど。
(花の香を辿り、君を探す)
 ふと思い浮かんだそれは何とも面映くなるような表現で、知らず苦笑する。けれど香りを辿って足を向ければ、その先には本当に探していたジャスパーを見つけることができた。
 やっぱりと小さく笑いながら呟くと、気づいたジャスパーがいつもながらのふわんとした笑顔を向けてきた。
「アリス君。いらっしゃいデスのことよー!」
 何か楽しい事あるデスかと、にこにこして問われたそれに笑いながら頭を振る。
「ジャズは、何かいい事ありました? 鼻歌、聞こえてましたよ」
「いい事あるしマシタよー! 見てください、バラが綺麗に咲き揃ったデスよ!」
 自慢の子たちデスカラと胸さえ張って少し場所を空けられ、そこに白バラが目を瞠るほど咲き誇っているのを見つける。うわあと知らず声を上げて惹かれるように歩を進め、さっき感じた優しい香りを放つ真白の貴婦人たちにただ見惚れる。
「すごく綺麗ですね、今日咲いたんですか?」
「そうデスよー! 虫がついて一度枯れるしかけましたデスけど、持ち直して咲いてくれマシタ!」
 やっぱり咲いてくれると嬉しいデスねーとにこにこしたまま言われるそれに、うんうんとバラに見惚れたまま頷く。
「せっかくですから、今日はここでお茶にしませんか?」
「そう思って、もう用意できてマスのコトよ!」
 言うなりどこから取り出したのか分からないテーブルクロスをぱっと広げたと思うと、ふわりとそれを下ろした先にはテーブルを含めたティータイムセットが一式揃えられていた。魔法使いと知っていても感心する手際に思わず拍手すると、照れマスよーと嬉しそうに笑ったジャスパーが席を勧めてくれる。
「あ、そうだ、今日はお土産が。前にご馳走してもらった、あの白い蜂蜜です」
「丁度切らしてたデスよ! アリス君はエスパーですネー!」
 ナイスタイミングと指を鳴らしたジャスパーは、それなら勿論とにっこりしてどっさりとスコーンを取り出した。
「スコーンは基本デスねー。後はマフィンやパンプティングもあるデス」
 言いながらトッピングも次から次へと並べられ、一瞬で甘い香りがそこに満ちる。
 三國の頭の上で寛いでいたミナは、まるで甘い匂いの元を確かめるみたいに鼻をひくひくさせた。それを見て微笑ましそうに目を細めたジャスパーは、勿論とちょっと自慢げに言いながら銀色のトレーをすっと差し出した。
「ミナさんにも、専用のスコーンがありますデスよー!」
 いつぞや試しに食べさせてから、バッキーなのに何故か甘い物まで食べてしまうミナのサイズに合わせてちんまりとした可愛らしいスコーンを見つけ、落ちそうなほど身を乗り出させている。苦笑した三國がミナを抱き上げてテーブルに下ろすと、楽しそうに給仕しているジャスパーから自分サイズのスコーンを出されてふんふんと鼻を鳴らしながら満足そうに食べ出した。
「ミナに先を越されましたけど、僕たちもお茶にしましょうか」
「そうデスねー! アリス君の持ってきてくれたハチミツで食べるデスよー」
 チョコレートとクリームとー、と他にも色々と手を伸ばしているジャスパーを相変わらずだなーと眺めながら、三國はスコーンにハチミツとクロテッドクリームをつけて食べる。こうしてここでのんびりとお茶をしていると、平和で幸せな時間ばかりが思い出されて知らず口許に笑みが浮かぶ。
 自分用のスコーンをトッピングした後、白いポットから菫色の花が細かく描かれたティーカップへと紅茶を注ぎながらジャスパーが軽く首を傾げた。
「何か楽しい事、ありマシタですか?」
「え?」
「楽しそうデス」
 笑顔はいいデスねーとつられそうにいい笑顔でほんわかと言われたそれで、三國は自分が知らず笑っているのに気づいて照れ臭く頬をかいた。
「ジャズとのお茶会は、それだけで楽しいです。でも何となくこう、……懐かしいなと思ってしまって」
「ナツカシイ? んー……、ヒサシブリの事デスねー!」
 ちょっと忙しいデシタからと納得したように頷くジャスパーに、そうだけどそうではなくてと言葉を探す。
「それもあるんですけど……、何て言うのかな。この空気が。ほわんとしてて嬉しいなぁというか」
 何か違うなと自分でも何が言いたいか分からなくなってきて首を傾げつつ言うと、ジャスパーは今度は自分のカップに紅茶を注ぎながら、んー? と反対側に首を傾げた。それを見てると何だか気恥ずかしくなってきて、気にしないでくださいと手を揺らす。
「何言ってるんだろう、俺。分からないですよね、ごめんなさい」
 気にしないでくださいねと繰り返しながら入れてもらった紅茶に手を伸ばすと、白いポットを置いたジャスパーがぽんと手を打った。
「ナツカシイは、いい記憶を思い出すスルです。アリス君と話すした事思い出す、懐かしいデスねー!」
 いい事デスよーと頻りに頷きながら言われ、何かちょっと違う気はしたけれど納得できなくもないので、いい事ですよねと笑いながら同意した。
「最近は銀幕市も色々と大変みたいですし。たまにはこうしてジャズとお茶して、のんびりするのがいいですよね」
「そうデスよー。綺麗な花を眺めてお茶会したら、悲しいもちょっと軽くなるデスカラ。大変の時はお茶会しないと駄目デスよ」
 紳士のタシナミですと、えへんと胸を張るジャスパーに、三國は少し笑ったけれどすぐに眉を顰めてしまった。
「でもジャズは時々無茶をするから。見てて心配ですよ、僕は」
「無茶? お茶ナイのはだめデスよ!」
「そうじゃなくて、危ない事を平気でするって事です!」
「危ないしマシタか? ……覚えてないデスよ? アリス君の記憶違いデスねー」
 つつつと視線を逸らして惚けるジャスパーに、一応自覚はあるらしいと認識しながら軽く目を据わらせる。
「レヴィアタンやティターンと戦った時、ジャズが無茶をしたせいで僕がどんな思いをしたかまた説明しましょうか?」
 今でも恨み言は連ねられますよと幾らか拗ねたように告げると、それはもーゴカンベンくださいーとジャスパーは半分本気らしく項垂れている。
「でもやるべきをしないは、だめデスから。僕にできる事は、するシマスですよ」
「それは……、俺も、……そう思う。けど。でもジャズが無理をしていいって話にならないですから!」
 睨むように見据えて真面目に声を尖らせると、ごめんなさいデスと殊勝にしょんぼりと謝罪される。そうするとまるで自分が苛めているような気分になっておたおたしそうになるが、またそんな事態が起きれば懲りずにまた無茶を仕出かすだろうと察しがつく。
「……ジャズが傷ついたら、僕も同じくらい痛いですから。それだけは、忘れないでくださいね」
「勿論デス。アリス君やミナさんを泣かせるしないデスよ!」
 皆の笑顔が僕の心のヨリトモですと素晴らしくいい笑顔でボケられ、僕の感動を返せと思いながらとりあえず突っ込む。
「多分それ、拠り所か源だと思うんですけど」
「それデス、ミナモトです!」
 やっぱりかとちょっと遠い目をしながら心中に呟いた三國は、それでもこうしてジャズと話す時間が楽しくてふと口許を緩めると座り直した。
 さっきから一心不乱に自分用のスコーンを食べていたミナは、ちらりとまだ手付かずのスコーンを横目で見ている。まさかまだ食べる気なんだろうかと危惧していたが、どうやら諦めてくれたらしいミナは、ぷあと息を吐いてちょこちょことテーブルの端まで行く。
 そこで下りたげに振り返ってくるので気づいたジャスパーが手を出すと、鼻先で行きたい場所を示して移動を強要している。
「下ろしてもらって歩くくらいしようよ、ミナ……」
 ジャズも付き合わなくていいですよと声をかけたが、構わないデスよーと楽しげに笑ったジャスパーはミナが示すまま白バラの間近まで運んでくれた。
 ふんふんと、先ほどスコーンをそうしていたように鼻を動かしているミナは、白バラの香りさえ楽しんでいるようにも見える。
 お目が高いデスねー! と嬉しそうにしたジャスパーが綺麗に咲き誇っている一輪を手折って近づけると、真白のバラに顔を寄せたミッドナイトのバッキーはまるで口接けでもするように鼻先を押し当ててどこか幸せそうにしている。
(これが……、この、風景が)
 続けばいいのに、と、知らず心中で強く願う。祈る。
 それが有り得ないと分かっているからこそ強く、儚い時間を焼きつけたげに目を細めていると、ミナを見つめていたジャスパーがゆっくりと視線を向けてきたのに気づく。
 彼らは、二人とも三國を置いて消えるのだろう。それがいつと明確には分からなくても、多分そう遠くない未来に、いつか。
 置いていかれるのだと思うと胸がぎゅうと痛く、見つめてくるジャスパーの眼差しから思わず目を逸らして逃げたくなる。
 けれどジャスパーはそれさえ許してくれそうな優しい目をするので、逸らせなくて、不安を抱えたまま見返していると気抜けするほど柔らかく、ふわんと微笑まれた。
「心配事があるなら話してクダサイ。話すと怖いが少なくなるデスよ」
 何でも聞くデスよーと笑ったまま促され、怖いなんて何もと誤魔化そうとしていたのにするりと言葉が先に出ていた。
「ジャズもミナも……いなくなったら。僕は二人の事を忘れるんでしょうか」
 それが怖い。何より怖い。
 ジャスパーに限らず、スターの友人も多い。沢山のバッキーとも仲良くなってきた。彼らと過ごしたこの時間を、いつか全部忘れるのだろうか。
 叶わないはずの夢が叶っているのが今だとしても、こんなに楽しいと思える時間を過ごす事ができたのに、全部なかった事にされるのだろうか。
 時々、不安で堪らなくなる。消えてしまうスターやバッキーの不安と比べれば、小さな物かもしれない。比べ物にもならないかもしれない。
 それでも気づけば指先が震えそうな不安が消えるはずも和らぐはずもなく、忘れたくないのにと噛み締めるように呟いて俯くしかできない。
 ジャスパーは呆れたのか怒ったのか、何も言ってくれない。それでも彼を見捨てて歩き去ってしまうほどではないらしく、気配はまだそこにある。
(どうしよう。こんな事、言うつもりなかったのに……)
 何て馬鹿なことをと唇を噛み締めていると、アリス君と驚くほど優しい声で呼ばれて咄嗟に顔を上げていた。
 少し離れたバラの側にいたはずのジャスパーは片手にミナを乗せたまま近くまで戻っていて、驚いて目を瞬かせると悪戯が成功した子供みたいに嬉しそうにして、器用にバラを持ったミナを三國の手に戻した。
 それから二歩ほど後ろに下がると優雅に一礼して、勢いよく片腕を広げると様々な色をした花弁が惜しげもなく降ってきた。
「、……わ……」
 すごいという言葉も忘れてただ見惚れていると、だいじょぶデスよーと呑気に優しい声が耳を打った。
「僕も、例え消えてもここで過ごした時間は忘れないデスよ。溶けて消えても、塵になってもデス。だって僕は、ここで楽しいが一杯デシタ! アリス君と過ごした事も、会えないはずのイッパイの人に会えたのも。これだから、魔法は素敵デスねー!」
 魔法使いは一番の職業デショウ? と自慢げに笑うジャスパーは、一杯の花弁を降らしたまま彼が丹精込めて育てた白バラの側に戻って咲き誇る一輪を手折った。そうして戻ってくるとさっきミナにそうしたように、恭しく三國にそれを差し出してくれた。
「今の時間を忘れる魔法を使われても、心の中から楽しいは消えないデスよ。楽しいはどれだけ深く沈んでも消えない、一番強い好きの思いデス。辛い事が重なって奥に閉じ込めても、思い出すスルのは簡単デスよ。白バラと黒いバッキーさんは強いデス、忘れるできないデスよー」
 忘れたくても無理デスねーと楽しそうに笑いながら手渡される白バラを受け取り、泣きたいのを堪えてバラに顔を近づけた。
「いい香りデショウ? 泣いてもいいデスよ、見ない振りしてあげるデスカラねー」
「紳士、だから?」
「ノー。魔法使いだからデス!」
 魔法使いは笑顔をあげるお仕事デスよー! と歌うように告げたジャスパーは、三國が泣いても分からないように踊るような足取りで背を向け、ぐるりを取り囲んでいる白以外のバラにも今日も綺麗デスねーと声をかけている。
 ああ、きっと何もかも失われても、バラを見るたびに嫌でも思い出すに違いない。この少しずれた、優しくもお人好しの魔法使いの事ならきっと、一生でもずっと。夜が来るたびに、側にいないミナを寂しく思うのと同じほど。
「ナツカシイは、ヤサシイです。ちょっとサミシイもありマスけど、でもやっぱりヤサシイですよ」
 だから、だいじょぶデス。
 根拠に欠けても優しく力強い言葉は、すとんと三國の胸に落ちた。

クリエイターコメント行ったり来たりの時間が長かった気はしますが(笑)、その間ずーっと脳内お茶会は楽しそうでした。ただ、参加したいなーと指をくわえて眺めている時間が長かったからか、いざ書き出すと楽しい時間よりはしんみり度が高いような……っ。
脳内ではもっとほんわかのんびりした空気だった気がするのですが、終末が近いのを意識しすぎたようなしんみり具合で申し訳ありません。どうしても書きたいテーマで、お二人様にちょうどいい温度差で語って頂けそうだなと暴走してしまいました。色々と捏造部分も多くてすみません……!
意図されたところとずれたような感もありますが、ものすごく楽しんで突っ走らせて頂きました。少しでもお気に召して頂けたら光栄です。
素敵なお茶会プラノベをお任せくださいまして、誠にありがとうございました。
公開日時2009-05-29(金) 18:00
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