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<ノベル>
――あ、ゲームオーバー。
キーボードから手を離して少年は溜息をついた。画面の中、敵との戦いに敗れて自分のキャラが高層ビルの谷間へ真っ逆さまに落ちてゆく。
『You are DEAD』
点滅する文字を彼は不可解に眺めた。
その後この少年は自宅マンションから飛び降りて自殺したと、姉から通報があった。自室のパソコンの電源は切られておらず、最後の画面が対策課の注意を引いた。
「最近の自殺者の多くがこのネットゲーム画面を開いたまま亡くなっています。近未来SF映画から恐怖部分がそっくり実体化した様ですね」
リョウ・セレスタイトは対策課員の話しに頷く。
依頼はシンプルだった。このゲームの中枢に潜入し、ボスを倒してクリアする。ただそれだけ……己の力が敵に勝れば、全てを解決できるはずだった。
リョウは意識を電子の回廊に忍ばせる。Division Psychicの頭文字でDP。DP警官と呼ばれる彼等は超能力を使って自らの意識をムービーハザードに送り込む。
意識(こころ)と肉体と。
現実と仮想現実と。
リョウの力はいとも容易くその境界を越えてゆく。
●
リョウは近未来の世界で目覚めた。どこか懐かしい気配がする。
無機質な廊下には誰もいない。丸窓からひしめく高層建築が見えたが銀幕市とは様子が違う。いやむしろ、時代が違った。
そして、事前収集した情報によればここがラストステージのはずだった。
早くも、女の叫び声が聞こえる。
――攻略開始。
リョウが降り立ったのは居住区の端で、一本道が赤ランプの点滅するドアに続いている。大きく歩を進めてもドアは開かない。恐らくシステムに閉じられているのだ。
だが俺はシステムの支配は受けない……。
リョウは力を発動した。プログラムへの干渉能力がどのくらいコイツに対して有効か?
果たして、カチリとランプが青に変わった。
リョウは一瞬まばたきした。白い空間が広がる。壁も床も真っ白だった。正面には巨大なコンピューターが点滅を繰り返していて、何の意味があるのか人形の様な物が散らかっていた。
リョウは瞬間的にこれらを見て取ったが、まずは一番の問題に集中した。
若い女が黒ずくめの男に襲撃されている。女の気丈な反撃は黒服をそれた。リョウは流れる様な仕種で手の中の武器を黒服に向けて構えた。銃は得意だ。
時が一瞬凍る。黒服は胸を撃ち抜かれて倒れた……俺の勝ち。
女は腕を押さえながらリョウに会釈した。
「有難う。でも、もう逃げないと直ぐ最後の敵が来るわ」
「生憎と逃げるつもりはない」
「危険よ?」
女はスマートなパンツスーツ姿で皮肉な笑みを送ってくる。凛と伸びた背筋がふと誰かを思わせた。
「助っ人いらないか? 報酬はデート1回でいい」
リョウの青い瞳が瞬いた。
「自信家ね……名前と職業教えて?」
「リョウ、DP警官」
「へえ。ホストじゃないの?」
二人の視線が絡み、女は綺麗に笑った。
「私はルキ。生き残ったらデートしてあげてもいいわ」
「じゃ手付け貰うぜ」
いきなり唇を攫っても女は逃げなかった。淡い香水の匂いが鼻腔をくすぐる。柔らかい感触がリョウを包む。
壁の機械が唸り、輝く。女の腰を抱いたまま、リョウは片腕を伸ばした。熱波が頬を嬲り、揺らめく陽炎と共に黄金の女神像が光臨する。
その右目をリョウの一撃が射抜く。
「おまえは向こうで見てろ。デートの約束忘れるなよ」
「けど……」
ルキは抜いた銃を手にしたまま、躰を押されて数歩下がった。
リョウはしなやかな野獣の様に敵に向かって翔んでいた。黄金神はカッと虚ろな口を開け、足元の床がじゅっと溶ける。彼の身体はバネの如くしなって熱線をかわしてゆく。灰青色の髪が一筋燃えて落ちた。
――制裁の女神とでもいうつもりか?
リョウには計画があった。最後の敵を倒し……。
床を蹴り、放たれる熱線の上を全身で大きく飛び越える。懐に潜り込んで一発入れ、長い脚で蹴り飛ばした。女神像の口から炎が零れ、炎の爪がリョウのシャツを引き裂く。すうっと血の筋が引き締まった胸に描かれた。銃を抜いて連射した。
女神像の動きが止まる。
額の宝石から炎が噴出し大きな火球が出現する。リョウは身構えたが……。
「リョウ!」
「おい!?」
死んじまったらデートできないだろうが!
だが、抱き留めたルキの躰は妙に熱い。
「これ……お弔いして」
床に落ちていたフィギュアを一つ、リョウにくれる。日本人らしい顔には見覚えがあった。資料で見た少年……。人形の首はおかしな方向に曲がっていた。
「おいおい、俺を残して逝くなよ」
「『ディビジョンサイキック』……あの映画、好きだった。リョウ、現実の私を助けて」
キャラクターの消滅はプレイヤーの死を意味する。キャラと同じ運命を辿って現実に命を落とすことになるのだ。ウイルスが真に作用するまでどれほどの時間があるのか……。
黄金の女神像は再び火球を招いた。否、女神どころかあれは、ムービーハザードが創り出したモンスターだ。
再び炎がリョウに迫る。
貴様は俺の神などではない……異分子はゲームの支配は受けない。
プログラム干渉能力を発動する。ゲーム側のプロテクトを破って刹那、時間が止まる。眼前に滞空し止まった火球を易々とかわす。
ムービーハザードの力を押し込めたのはほんの一瞬だが、リョウにはそれで充分だった。ナイフで女神像の額を深く抉る。
同時に破砕音と飛散する黄金で部屋は染まった。彼は動きを止めた壁のコンピューターに駆け寄る。
――最後の敵を倒し……ゲームの管理者権限を掌握。しかるのち、プログラムを『破壊』する……。
能力をフルに発動し、ウィルスの自滅コードを書き込む。
リョウの瞳が水底の様に深い青を湛えた。――この世界は終わる、永遠に。
●
その後、ゲームに溺れる若者達の死は報告されていない。
対策課に報告書を提出するとそう教えてくれた。報酬をもらい、軽く会釈して立ち去る。
「あ、ちょっと待って下さい。お客さんが待ってますよ」
「客?」
「こちらにセレスタイトさんの連絡先を問い合わせてこられたので、今日の時間を教えたんです。女性の方で名前はええと……」
「知らんな」
だがリョウの見解はどうも間違っていた。
入ってきた女は言ったのだ。
「デートの約束を果たしに来たわ」
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クリエイターコメント | オファー有難うございました。 少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。 |
公開日時 | 2009-01-25(日) 19:30 |
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