★ 【最後の日々】君と見た空。 ★
<オープニング>

 その日は、何事もなかったかのようないい天気だった。ついこの間のマスティマとの戦いが嘘だったみたいに。
 あたしは、梢と美月と並んで、通い慣れた道を歩いていた。
「ねぇ、みんなでダイノランドに行かない?」
 唐突な梢の言葉に、あたしも美月も思わず吹き出した。たぶん、そう来る気がしていたからだと思う。
「ほら、思い出が色々あるし」
「ロクな思い出じゃないけどね」
 そうやってあたしは、つい強がった。確かに大変なこともあったけど、それは、大切な思い出には違いない。
 梢のすがるような視線に、あたしは口元を綻ばせる。
「まあ、いいんじゃない? 行こうか」
「やったぁ! 美月ちゃんはもちろん、二つ返事で行くよね」
「ちょっと。私はそんなに安い女じゃないわよ。……まあ、二人がどうしてもって言うんなら、行ってあげてもいいけど」
 美月が無意味に胸を張りながら言う。相変わらず、こいつも素直じゃないな。
「どうしても! どうしても! どうしても!」
 そうやって、どうしてもの大安売りをする梢。もう、彼女の『心の声』はあたしには聞こえない。
 美月に聞くと、なくなったわけじゃないみたいだから、たぶん、あたしに会うときには、無意識に抑えているのではないかと思う。
 今までだって、全部が全部口に出ていたわけじゃないし、それはきっと、色々なことを彼女自身で処理できるようになったということなんじゃないだろうか。
 何となく、心を閉ざされちゃったみたいで少し寂しい気もするけど、正直、ありがたくもある。
 今、本音を容易に聞けてしまうのは、あまりにも辛いから。
 それに、マスティマとの戦いの時に聞こえたあのたくさんの声。
 それだけで、もう充分だった。
「貴方はどうなのよ? 沙羅」
 顔を向けると、美月が不敵な笑みを浮かべながらこちらを見ていた。あたしもニヤリ、と笑みを返す。
「どうしても」
 一瞬の間が空いた。
「何よ……やけに素直じゃない」
 拍子抜けしたかのように言う美月と、梢に背を向けて、あたしは足を速める。確かに、普段のあたしらしくはなかったかもしれない。
 でも。
「だって、大切な友達と、大切な思い出、もっと作りたいから」
 そう。――もう、あたしたちには時間がない。
 だから、少しくらい素直になったって、いいと思った。

種別名シナリオ 管理番号1052
クリエイター鴇家楽士(wyvc2268)
クリエイターコメント●このシナリオは、ダイノランドで思い出を作ろうというものです。ダイノランドに行ってしたいことをプレイングにお書きください。

NPC3人娘もダイノランドに向かいますが、必ずしも一緒に行かなくてはいけない訳ではないですし、絡まなくても大丈夫です。それぞれご自由に行動されてください。
一緒に行動したいPCさんがいらっしゃったら、その旨もプレイングにお書きください。もちろん、NPCと行動したり、絡んでくださっても嬉しいです。

それから、文字数が余った場合など、何でも良いので思いついたまま書いていただけると、何らかの形で採用されるかもしれませんので(採用されなかったらすみません)、ご自由に書いていただければ幸いです。

それでは、最後のシナリオ、皆さまのご参加をお待ちしております。

※製作日数を少し長めに設定させていただいています。宜しくお願いします。

参加者
取島 カラス(cvyd7512) ムービーファン 男 36歳 イラストレーター
中沢 竜司(ccwp4589) エキストラ 男 35歳 美容師
メラティアーニ・サニーニャレウルスト(cvyc3751) ムービースター 女 21歳 意志を継いだ領主
リディア・オルムランデ(cxrp5282) ムービースター 女 18歳 タルボス
<ノベル>

「今日もいい天気だなぁ」
 中沢竜司は、空を見上げるとそう呟いた。
 ここ数日、気持ちの良い晴天が続いている。朝の空気を吸い込むと、妻が作る朝食の、良い匂いも一緒に体に入ってくる。
 もう銀幕市には、何も恐ろしいことは起こらない。
 そして、リオネの魔法が消えれば、また以前の銀幕市に戻る。
 これから繰り返される日常は、微笑ましく、穏やかで、時には退屈なものになるのだろう。そして、刺激のあった日々もそれなりに良かったと、懐かしく思い出すのかもしれない。
 いや、きっと思い出さずにはいられないだろう。
 今まで出会ったムービースターたちの姿が浮かんでは消える。短い間とはいえ、彼らと共に生きたことは、忘れられるはずがない。
 けれども、ムービースターたちがいなくなってしまうということが頭では分かっていても、実感として湧かなかった。

「えー? パパだけずるーい!」
 竜司がダイノランドに行くということを告げると、娘はそう言ってふくれた。もともと、ダイノランドへ行きたいと言い出したのは彼女だった。
 ただ、あのマスティマ戦の時、ダイノランドは空母として前線で戦っていたわけだし、それなりに被害もあっただろう。もしかしたら閉鎖されているということもあるかもしれない。
 先に竜司だけが行って様子を見て、大丈夫そうだったら後日連れて行く、と約束して、娘を納得させた。
「じゃ、行ってきます!」
 妻から手製の弁当を受け取り、娘の頭を撫でると、二人に見送られ、竜司は家を出た。

 ◇ ◇ ◇

「……完成、と」
 取島カラスはそう呟き、作った弁当を眺めた。
 タコの形やカニの形をしたウィンナー、少し甘めに作った卵焼き、おにぎり数種にコールスローサラダ、プチトマト……色々と入れたし、見た目も色目も悪くない。量も二人分より少し多めに作った。もしかしたら、リディア以外の誰かとも、出会えるかもしれないと思ったからだ。
「久しぶりだな……ダイノランド」
 銀幕市での生活は色々ありすぎて、その奇妙な島は、ちっとも異質なものには感じられなかった。やはり、思い出のある場所だ。もしかしたら、行けるのもこれで最後になるかもしれない。
 それにしても、とカラスは思う。
 リオネへの罰が大人になることだというのが、正直意外で、驚いた。
 以前会ったもうひとりの神の子――トゥナセラには、行いの報いとして百三十年にも渡る刑が科せられた。しかも、再び神としての力と姿を取り戻すことが出来る条件は、その時点で正気であったら、だ。
 それだけを聞いても、人間には想像もつかない罰だということが分かる。
 無邪気で気楽な子ども時代を早々に終えなくてはならないことは、神々にとっては最大の『罰』だと、白銀のイカロスは言った。
 けれども、その罰が重いのか軽いのか、やはり人間であるカラスには想像しづらかった。
「黒刃、行こうか」
 カラスは弁当をデイバッグに詰めると、キッチンをうろうろしていたバッキーの黒刃を捕まえ、黒刃専用の三角型デイバックの中へと入れる。すると、黒刃は「ぷすっ」と鳴いた。出かけるのに気合が入っているらしい。
 そう。黒刃とも、一緒にいられる時間は限られている。
 楽しもう。
 そう思いながら、カラスは家を出た。

 ◇ ◇ ◇

 ポゥ――と汽笛の音が聞こえる。
 メラティアーニ・サニーニャレウルストは、埠頭から海を眺めていた。爽やかな初夏の太陽の日差しを受け、水面はきらきらと光る。
 この街で新たな人生を得た時、それがそう遠くないうちに終わるということは分かっていた。魔法は、いつか解けるものだからだ。
 だから、自分たちにはあと少ししか時間がないと告げられた時にも、それほどの衝撃は受けなかった。ただ、今までよりももう少しだけ、色々なところを見て回り、色々な人と接したいと思った。
 今日は、何となく海を見たいと思って、ここまで来た。カモメがすぅ、と青空に弧を描くように飛ぶ。その姿を目で追っていると、視線は、海に浮かぶ影を捉えた。
 あれは――ダイノランド。
 先日、『ジズ』との戦いの際、縁あって訪れた島。
 そういえば、ダイノランドには色々な怪獣がいるらしいが、その時にはじっくり見ることが出来なかった。そんな悠長な状況ではなかったからだ。
 また行ってみたい、と好奇心が頭をもたげた。そう思ったら、自然に足が動く。
 どうやって行けばいいだろう。前回は漁船に乗せてもらったが、確か、普段は定期便が出ていると聞いた。今は出ているのだろうか。
 その時、子供の手を引いた女性が通りがかったので、聞いてみることにした。
「すみません。ちょっとお聞きしたいのですけれど、ダイノランドへは、どうやって向かえば宜しいでしょうか?」
 すると、女性はにっこりと微笑むと、自分の後方を指差した。
「あっちに、定期便の乗り場がありますよ」
「そうですか。ありがとうございます」
 メラティアーニは丁寧に礼を言うと、そちらへと向かって歩き出す。

 ◇ ◇ ◇

 リディア・オルムランデは、カラスと待ち合わせた場所へと急いでいた。
 早めに起き、準備をしていたのだが、少し手間取り、ぎりぎりになってしまった。肩から提げたバッグの中には、バスケットに入った手作りのサンドウィッチが入っている。
 空は晴れ渡っていて、日差しも強すぎず、風も爽やかだった。ダイノランドの周辺だけは気候が違うので、あまり意味がないといえば意味がないのだが、出かける時に気持ちが良い天気だというのは、やはり気分がいいものだ。まるで、今日が楽しい日であることを約束してもらえたような、そんな気になる。
 早足で歩くリディアの脇を、父親と娘らしき二人が、手をつないで通る。思わず立ち止まり、振り向いて、楽しそうな後ろ姿を眺めた。
 人と接したり、喋ったりするのは、相変わらず苦手だ。
 しかし、父と呼べるひとが出来、それは、リディアの心の大きな支えとなった。
 もう少しで、お別れだけれど。――魔法は解けてしまうけれど。
 でも、一緒に過ごした時間は本物で、楽しかった思い出も、嬉しい気持ちも、少し感じた切なさも、みんな本物だった。
 それは、決してなくなったりはしない。
 ダイノランド行きの定期便の乗り場が、近づいてくる。そこに、カラスの姿があった。彼もこちらに気づくと、笑顔で手を振る。
「お、おはようございます……待たせてしまいましたか?」
「おはよう。そんなに待ってないよ。まだ時間になってないしね」
 リディアが声をかけると、カラスは腕時計を見、笑顔で答える。黒刃もデイバッグから顔だけを出し、「キュ〜」と鳴いた。
「じゃあ、行こうか」
「はい!」
 二人は手をつなぎ、船へと向かう。

 ◇ ◇ ◇

「あれ? メラじゃねぇか!」
 定期便乗り場でかけられた、聞き覚えのある声に、メラティアーニが振り向くと、そこには竜司の姿があった。
「竜司。……お久しぶりですわね」
「ああ。ジズん時は世話になったな。マスティマ戦では怪我しなかったか?」
 竜司の問いに、メラティアーニは穏やかに頷く。
「ええ、おかげさまで。……竜司は?」
「俺か? ……この通りピンピンしてるぜ」
「そうですね。とても元気そうですわ」
 笑顔で言う竜司に、メラティアーニも笑う。マスティマとの決戦の際、竜司は市内を車で巡回し、負傷者に応急処置を施したり、病院や避難所へ搬送していた。メラティアーニは九神国で支援をしていたから、お互いに顔は合わせていない。
 ジズとの戦いの時に会ってから、それほど経っていないというのに、何故だか昔馴染みに会うように、とても懐かしい感じがした。
「ところで……」
 竜司はそう言って、船を指差す。
「これに乗るってことは、お前さんもまたダイノランドに?」
「はい。この前は、ゆっくり見ることが出来ませんでしたから。恐竜というものも、じっくり見てみたいと思いましたし……ちょっと、怖いですけれど」
 もう、最後のチャンスかもしれないということは、口には出さなかった。言う必要もないと思ったし、そうでなくとも、皆気を遣ってくれている。
「じゃあ、しばらく一緒に回るか? まあ、あそこの怪獣はおとなしくて、人に危害は加えないみたいだけどな」
「ええ。是非お願い致しますわ」
 竜司の提案を、メラティアーニはありがたく受け入れる。
 せっかくまた出会えたのだから、一緒に時を過ごしたいと思った。

 ◇ ◇ ◇

「あ。綺麗な蝶……」
 カラスとリディアがダイノランドに上陸すると、目の前を、二匹の蝶がひらひらと横切った。その羽は海のように深い青色の中に、さまざまな色が滲むように散りばめられていて、それが陽光を反射するさまは、とても美しかった。
 リディアの足は、思わずそれを追って進む。カラスも、その後に続いた。
 まるで蝶たちは、二人の道案内をするかのように、右に、左にと揺れ飛びながら密林の中を進む。時折梢から漏れてくる光が、スポットライトのように暗がりを照らした。
「――!?」
 足取りも軽く進んでいたリディアの足が、唐突に止まる。目の前を、巨大な影が遮ったからだ。上を見上げて、彼女は思わず小さく声を上げる。長い首にくっついた大きな顔が、こちらを見下ろしていた。
「きょ、恐竜――?」
 リディアは首を動かし、カラスに助けを求めるが、彼は柔らかな笑みを浮かべる。
「怖くないよ。ダイノランドの怪獣たちは、おとなしいから」
「ほ、本当に……?」
「うん……ほら」
 カラスが近寄って右手を差し出すと、恐竜は長い首を曲げ、鼻先を近づけた。優しく撫でると、恐竜は気持ち良さそうに目を細める。
 それを見たリディアも恐る恐る手を出してみると、恐竜は同じように鼻先をこすりつけてくる。恐竜の肌はがさがさと硬く、それが指にこそばゆい。
 しばらくそうしていると、恐竜は、突然長い首をゆっくり降ろし、地面に近づけると、尻尾をパタパタと動かした。
「乗せてくれるのかい?」
 カラスが尋ねると、恐竜はそうだと言うように、円らな瞳をくるくると巡らせる。
「ありがとう」
 カラスは頷くと、恐竜の首をよじ登り、背中に乗った。そして、リディアへと手を伸ばす。彼女は少し躊躇したが、やがて表情を綻ばせ、カラスの手を取った。

 ◇ ◇ ◇

「あれ? 竜司さんにメラさん!」
 竜司とメラティアーニが船を下りると、見覚えのある姿が目に飛び込んできた。以前にここ、ダイノランドで知り合った、女子高生三人組――声を上げたのは、冴木梢だった。
「こんにちは! またここで会うなんて奇遇!」
「ふっ。貴方たちも物好きね」
 続いて二ノ宮沙羅と深井美月も口を開く。
「こんにちは。お久しぶりですわね」
「よう、久しぶりだな。沙羅とは、選択ん時にカフェで会ったきりだな。あん時はどうもな。……皆、怪我とか大丈夫だったか? ここでも会えて嬉しいぜ」
「あたしも、嬉しい」
 そうやって笑う沙羅を見て、竜司は一瞬、どう反応したら良いのか戸惑った。それは、先ほどメラティアーニに会った時も感じたことだった。彼女たちムービースターが、あと数日で消えるということが、どうしても頭を掠めてしまう。それを仕方ないこととして割り切ってしまうことは、難しかった。
 でも、考えてもどうしようもないことも事実だ。
 だから、もうそのことには触れず、『当たり前』に接しよう。
 そう決心したら、少し気が楽になった。
「よし、じゃあ皆で恐竜でも見に行くか!」
 竜司の言葉に、皆が笑顔で頷いた。

 ◇ ◇ ◇

 恐竜の背中はとても広く、安定感があり、そこからの眺めも良かった。背の高い木の天辺が間近に迫り、流れていく。まるで、自分が巨人にでもなったかのような気分だった。
「これからどこに行くんですか?」
 リディアが尋ねると、カラスは振り向いて答える。
「島の修復作業を手伝おうと思ってるんだ。マスティマ戦の時の被害があるだろうから」
「そっか……じ、じゃあ、わたしも手伝います!」
「うん。ありがとう」
 カラスは頷くと、自分たちを乗せてくれている恐竜に語りかけた。
「修復作業してるところ、分かるかな?」
 恐竜は長い首を巡らせ、頭をこちらへと向けると、瞳をくるくると動かし、方向を少し変えると、再び歩き出した。

 ◇ ◇ ◇

「あ! あっちにもいた! 見たことないやつ!」
 梢が声を上げる。
 彼女の視線の先には、二本の前脚を上げ、二本の後脚で駆けていく恐竜の姿があった。他の皆も、そちらを見て口々に感想を漏らす。
「考えてみたら、あたしたちってダイノランドに来るたびに事件に巻き込まれてたから、ちゃんと観光したことってないのよね……」
「ふっ。貴方の日ごろの行いが悪いんでしょ」
「あんたも一緒にいたでしょうが」
 沙羅と美月のやり取りを見て、メラティアーニは微笑ましく思う。自分も、この銀幕市で、様々な出会いがあった。懐かしい顔を見、懐かしい声を聞いた。
 まさか、幼い頃の自分を見るとは思わなかったが、それも含め、大切な記憶だ。
 その時、近くの茂みが、がさっと音を立てた。皆が一斉にそちらを見る。
 すると、そこから子犬くらいの大きさの恐竜が、鼻を鳴らしながら歩み出てきた。
「わぁ、かわいい!」
 梢が恐竜に近づき、体を撫でると、恐竜はくんくんと甘えたような声を出す。
「人懐っこいですわね」
 メラティアーニもそっと近づき、指先で恐竜に触ってみた。見た目よりも、触り心地は滑らかだった。
「子供かな? 親とはぐれたんだろうか?」
 竜司がそう言うと、メラティアーニも頷く。
「確かに、子供のような感じがしますわね」
「きっと、親は超凶暴な……」
 美月がニヤリと笑みを浮かべながら言いかけた時、周囲が急に暗くなった。
 一同が振り返ると、そこには、家一軒ほどの大きさもある恐竜が、こちらを見下ろしている姿があった。全身から、猛々しい雰囲気を放っている。
 気がつけば皆、その場から走って逃げていた。

「ビックリしたぁ……」
「しかし、大人になると、あんなにデカくなるんだなぁ」
 荒い息をつく沙羅の横で、竜司は暢気に言う。
「でも、ダイノランドの恐竜は、おとなしくて人には危害を加えないと聞きましたけれど……?」
「あ、そういえばそうですね……でも、つい逃げてきちゃった。怖かったですもん」
 メラティアーニの言葉に、梢は首を振る。
「……ね、美月ちゃん」
「な、何でそこで私に振るのよ」
 意地悪な笑みを浮かべる梢から、美月は視線を逸らす。彼女は座ったまま動かない。どうやら、腰を抜かしたようだ。

 それから五人は、歩きながら恐竜を探し、見つけては観察したり触ったりして楽しんだ。もっとも、腰の抜けた美月は、歩けるようになるまで、しばらくは竜司に背負ってもらっていた。沙羅は、持っていたデジタルカメラで、恐竜たちや、風景や、皆の写真を沢山撮った。

「じゃあ、またな!」
「ごきげんよう」
 日が中天に差し掛かった頃、竜司とメラティアーニは、沙羅たちと別行動を取ることにした。
「うん、またね!」
「うちのお店にもぜひ来てくださいね!」
「じゃあね」
 手を振る沙羅たちの姿が、少しずつ遠ざかっていく。
 誰も、「さようなら」とは言わなかった。

 ◇ ◇ ◇

 恐竜が、静かに足を止める。体を緩やかに突いていた揺れもおさまった。カラスは先に恐竜の体を伝って下におりると、後からおりてくるリディアに手を貸した。
 恐竜が連れて行ってくれた修復作業現場では、思ったよりも多くの者が働いていた。聞いた話では、作業現場で働いている者は、ボランティアも多いそうだ。
 たとえ修復をしたとしても、あと数日で、ダイノランドも消える。
 それでも、銀幕市のために働いてくれたダイノランドにお返しをしようと、皆集まっているのだ。
 それが、カラスにはとても嬉しかった。

「リディ……はまだか」
 作業の手伝いがひと段落つき、昼食にでもしようと、リディアと待ち合わせた場所にカラスが戻ってくると、まだリディアの姿は見えなかった。カラスが手伝う作業は力仕事ばかりなので、リディアには、女性が多いという作業場へ向かってもらったのだ。
 探しに行こうかとも思ったが、行き違いになると困るので、カラスは待つことにする。人は大勢いるから、もし迷子になってもすぐ分かるだろう。
「あ! カラスさん!」
 カラスが地面にビニールシートを敷き、腰を下ろした時、聞き覚えのある声が名を呼んだ。
「沙羅君!? 梢君に、美月君も」
 まさかこんなところで会うとは思わなかったので、カラスは少し驚く。――いや、彼女たちに初めて会ったのもダイノランドだった。何か因縁めいたものを感じて、少し可笑しくもある。
「今日は知ってる人にたくさん会えて嬉しい! 来て良かった!」
「カラスさん、こんにちは! 黒刃ちゃん、久しぶり!」
 沙羅は嬉しそうに顔を輝かせ、梢も嬉しそうに、主に黒刃に笑顔を向ける。美月は何も言わず髪をかき上げ、不敵な笑みを浮かべた。――恐らく、特に意味はないのだろう。
 三人とも、相変わらずだった。
「とりしまパパぁ……ごめんなさい。遅くなって」
 そこへ、リディアもやって来る。やけに荷物が多かった。
「ま、迷子になっちゃって……昼食を作るお手伝いをしたんですけど、そうしたら、持って行っていいよってもらって……」
 どうやら、荷物は全て食べ物のようだ。そしてリディアは沙羅たちの姿を認めると、明らかに動揺した。初対面だから緊張しているのだろう。カラスは、急いで紹介をする。
「リディ。彼女たちは、沙羅君に、梢君に、美月君。何度か事件で一緒になったことがあるんだ」
「はっ、えっ、そ、それは……ありがとうございます。わ、わたしはリディアです。宜しくお願いします」
 何とか挨拶をすると、リディアはぎこちなくお辞儀をする。沙羅たちも、つられてお辞儀をした。
「せっかくだから、一緒にお昼を食べない? 沢山あるし」
 カラスの提案に、リディアはまだ緊張を残したまま、沙羅たちは喜んで、頷いた。

 ◇ ◇ ◇

「ご家族はお元気?」
 沙羅たちと別れてから、しばらく無言で歩いていた二人だったが、メラティアーニが口を開く。
「ああ、すっげぇ元気。やっぱ俺の家族だからなぁ」
 そう言って竜司が笑うと、メラティアーニもくすくすと笑う。
「写真などは持っていらっしゃらないの? あったら是非拝見したいのですけれど」
「もちろん持ってるぜ!」
 メラティアーニが尋ねると、竜司はポケットから革製のフォトケースを取り出すと、メラティアーニに渡した。彼女は、それを開いて見つめる。
「魅力的な方ですわね。お嬢さんも可愛らしいわ」
「だろ?」
 メラティアーニの言葉に、竜司は得意げな顔をする。
「ホントは、今日も娘はついて来たがったんだけどな。まだ閉鎖されてるかもと思ったし、何とかなだめて置いてきたよ」
「まあ。気がお強いのね」
「ああ、強い強い。でも、弱いよりは安心だよな」
「そうですわね……」
 顔を背け、肩を震わせているメラティアーニを、竜司は不思議そうに見る。
「どうした?」
「いえ……ちょっと昔のことを思い出しましたの。私もよく周囲になだめられたものですから」
 まだ笑いがおさまらず、口に手を当てているメラティアーニを見て、竜司は目を丸くした。
「そうなのか?」
「ええ。ドレスを泥だらけにしたり、悪戯をしたり」
「嘘だろ? ……まあ、昔やんちゃだったヤツがおとなしくなるってこともよくあるけどなぁ……でも、今のメラからは想像がつかないな」
 きっとずっと子供の頃の話だろうし、元ヤンキーだった竜司としては、理解できる部分もあるのだが、それにしても、今のメラティアーニの淑女然とした姿からは想像がしづらい。
「それも、何だか懐かしい響きですわ」
「え?」
 メラティアーニの言葉に、竜司が首を傾げると、彼女は笑顔で頷く。
「あなたがつけてくださった『メラ』という愛称。実は気に入っていますのよ」
「え? ……そうなのか?」
 戸惑う竜司に、メラティアーニは、遠い目をして言う。
「昔の名に、一番近いんですの。昔の名は……いいえ、私の本来の名は、メラト。ただのメラトでしたのよ」
 そう呼べたのは、ただひとりだったけれど。
「だから、嬉しかった。……ありがとう。竜司」
 そう言って今までとは違った、おてんば少女のような笑みを見せたメラティアーニに、竜司も、明るい笑みを返した。
「ああ。こっちこそ」

 ◇ ◇ ◇

「タコさんウィンナーもらいっ!」
「ちょっと梢、どうして貴方はそう躊躇がないの!? それ、最後のやつじゃない!」
「え!? ごめん。美月ちゃんがタコさんウィンナー狙ってるなんて思わなかったから……」
「は? 誰が、いつ、どこでタコ形ウィンナーを狙ったって言うのよ!? 私はマナーの話をしてるの!」
「美月ちゃんって素直じゃない……」
「ごめんね。何かうるさくて……」
 騒いでいる梢と美月を横目で見、苦笑いをしながら沙羅が謝る。
「いや。喜んでもらえて嬉しいよ。……いい友達だね」
 カラスが笑顔で言うと、沙羅も笑顔で頷いた。
「うん」
 友人が数日後にいなくなると分かっていながら、一緒に時を過ごして、なかなか『普通に』振舞うのは難しい。彼女たちは、それだけの覚悟を決めているのだろう。
「え、えと……良かったら、これもどうぞ……わたしが、作りました」
 リディアがおずおずとバスケットを差し出す。そこには、色とりどりのサンドウィッチが並んでいた。
「ありがとう」
 沙羅は礼を言うと、少し迷ってからサンドウィッチのひとつを手に取り、口に運ぶ。
「すごく美味しい。これ、もしかしたらジャムも手作り?」
 そう言う沙羅に、リディアはこくこくと頷く。
「よ、良かったです……はい。ジャムも、パンも作りました」
「パンもリディアさんが? すごい!」
「あ、あたしもそれ食べたい!」
「私も食べてあげようかしら」
「ど、どうぞ……」
 沙羅の背後から乗り出してきた二人に、リディアが緊張しながらも頷く。
 その様子を見ながら、カラスは今までのことを思い出していた。
 最初は、梢がダイノランドの怪獣に連れ去られたのがきっかけだった。その怪獣には、『ハチ』という名前がつけられていた。スネイキー・マーメイドと名乗る存在に、美月が取り込まれたこともあった。そういえば、両方の事件とも暗号が出てきて、一生懸命考えた記憶がある。
 その他にも、色々なことが、ありすぎるほど起こった。
 楽しいことも、そうでないことも。
 ムービーキラーが現れるようになり、トゥナセラが銀幕市を訪れ、タナトス兵団の襲撃があった。ネガティヴソーンが出現し、それに伴って、二人のムービースターが命を落とした。
 ティターン神族の侵略、巨大なディスペアー――そして、マスティマと選択の時。
 全部、まるで昨日起こったことかのように鮮明に覚えている。
 それにしても、美原のぞみはいつ目覚めるのだろう。
 カラスは、マスティマを斃せば、彼女は目覚めるのではないかと思っていた。けれども、相変わらず眠ったままだ。それが心配だった。
 彼女は、銀幕市で起こった恐ろしい事件しか見ていなかったのだろうか。だとしたら、魔法が続いているうちに目覚めて欲しいと願うのは、虫が良すぎるだろうか。
 銀幕市では怖いことばかりが起こっていたんじゃないということを、彼女に伝えたかった。

 ◇ ◇ ◇

「おーい、兄ちゃん! そろそろ休憩にしようぜ!」
「はーい!」
 下方から声をかけられ、竜司は大声で返事をする。彼は作業の手を止めると、作業場を離れた。
 竜司は、メラティアーニと別れた後、島の修復作業を手伝いに来ていた。
 木が倒れていたり、崖崩れが起きたりしている場所は、ここ以外にも幾つかあるようだが、あれだけ派手に戦ったにしては、被害は少ないと言えるだろう。
 作業現場には、竜司が想像していたよりも多くの者たちがいた。その多くは、ボランティアとのことだった。
 皆、ダイノランドを修復する意義があると考えているのだ。
 それは、マスティマと戦ってくれたことへの恩返しなのかもしれないし、ただ、ダイノランドが好きだからなのかもしれない。でも、そうやって前向きに取り組む銀幕市の住民は、すごいと思った。
「お。兄ちゃん、愛妻弁当か?」
「ああ。旨いんだぜ」
 先ほど声をかけてきた初老の男性が、竜司の隣に座り、笑顔で言う。確か、藤沢という名前だった。竜司が頷くと、「羨ましいねぇ」と呟く。
「おっちゃんだって弁当じゃんか」
「バカ、こりゃ自分で作ったんだ。節約節約。かあちゃんはもういねぇしな」
「それは……ごめん」
「気にすんなって」
 余計なことを話させたと思い、竜司が謝ると、藤沢は陽気に笑った。
「それよりよ……消えるじゃねぇか、魔法が」
「ああ、うん」
 竜司が頷くと、藤沢は水筒の茶を一口飲み、続ける。
「飲み友達がさぁ、出来たんだよ。ムービースターの。何かやるせねぇよなぁ」
「そうだな……」
 メラティアーニと沙羅の顔が脳裏をよぎる。
「この歳になるとさ、ダチが何人か死んだりもしたけどさ、やっぱいなくなられるのに、慣れたりするもんじゃねぇしなぁ。……それに、俺バカだからさ、何て言っていいかわかんねぇんだよ。本人が一番辛ぇだろうしな」
「たぶん」
 竜司は顔を上げ、藤沢を見る。
「いつも通りでいいんだよ。俺も、何て言っていいか分かんなかったけど……もしかしたら、きちんと別れとか、言った方がいいのかもしれねぇけど……でも、俺は、いつも通りにしようって決めたから」
「そうか」
 藤沢は、そう言って頷く。
 しばらく、二人は無言で弁当を食べた。
「……そうだな。ウジウジ考えても仕方ねぇしな。早速今夜、飲みにでも誘ってみるよ。ありがとな!」
 彼は礼を言うと立ち上がり、竜司の肩を叩いて、作業場へと戻っていった。その背中を、竜司は見送る。
 皆、悩み、迷っているのだ。どれが正解なんてことはない。
 そして、出会いがあったからこその別れなのだ。別れるのが辛いからといって、出会わなければ良かったなどということにはならない。
 自分に出来るのは、一瞬一瞬を大切にすることだけ。
 竜司は弁当箱を仕舞い、同じく作業場へと向かった。

 ◇ ◇ ◇

「綺麗な蝶」
 特に行く当てもなく、島をぶらぶらとしていたメラティアーニの目の前を、二匹の蝶がひらひらと横切る。深い青色の中に、さまざまな色が滲むように散りばめられている羽が、とても美しい。
 今日は結構歩いたので、少し足が痛かったが、そんなことは気にならなかった。逆に、活発だった少女の頃を、懐かしく思い出す。
 空を見上げると、日は大分傾いてきている。
 その時、後ろでぎゅう、と妙な音がした。
 メラティアーニが振り返ると、子犬くらいの大きさの恐竜が、大きな円い瞳で、こちらをじっと見ている。
「あら? あなた先ほどの……?」
 そう言うと、またぎゅう、という音がする。どうやら、鳴き声のようだ。この恐竜は、先ほど竜司たちといた時に出会った恐竜の子供らしい。
「もしかして、またはぐれてしまったのかしら?」
 メラティアーニが聞くと、恐竜の子供はまたぎゅう、と鳴く。
「どうしましょうか……」
 放っておいてもいずれ見つかるような気はするが、助けを求められているのに、流石に置き去りには出来ない。
 メラティアーニはしばらく思案してから、彼女の影の中にいる忍びたちに頼むことにした。彼らの方が早く見つけられるだろう。
 用件を聞くと、忍びの兄弟――厳密には弟の方が、護衛がいなくなる危険性を訴えたが、危険なことは起こらないだろうというメラティアーニの意見と、兄の好奇心に圧され、渋々承諾する形になった。
 彼らが恐竜の親を捜しに行っている間、メラティアーニは近くにあった岩に腰掛けて待つことにする。恐竜の子供も、ちょこちょこと後をついてくる。そっと撫でると、恐竜の子供は、手に顔をすり寄せてきた。その姿が、とても微笑ましく、メラティアーニは思わず笑顔になる。
 どのくらいそうしていただろうか。
 地響きと共に、大きな影が近づいてきた。
「来たわ。あなたの……お母さまかしら?」
 恐竜の性別は分からないのだが、何となく母親だと思った。恐竜の子供は、ぎゅう、と鳴く。
 影はさらに大きくなり、メラティアーニの眼前に迫る。改めて見ても大きい。
 恐竜は、首を下げてメラティアーニをじろり、と見ると、いきなり長い尻尾を、彼女の体に巻きつけ、そのまま持ち上げた。
 一瞬、ひやりとしたものが体を走ったが、それはすぐに和らいだ。恐竜が、彼女を背中に乗せたからだ。
「どこかに連れて行ってくださるの?」
 メラティアーニが尋ねると、恐竜はぎゃう、と鳴く。恐らく、そうだと言っているのだろう。
「そうですわね……それでしたら、海と銀幕市が一望出来る場所はないかしら?」
 そうメラティアーニが言うと、恐竜は再びぎゃう、と鳴くと、走り出した。メラティアーニは、慌てて背中にあった突起に掴まる。それで何とか落ちずにすんだが、バランスを保つのがなかなか難しく、掴まっているので精一杯で、周囲の景色を見ている余裕もない。
 しばらくそうしているうちに、恐竜のスピードが、段々落ちてきた。メラティアーニは安堵の息を漏らし、辺りを見渡す。
 そこは、小高い丘のような場所だった。近くを川が流れているのか、微かな水音がする。
 恐竜は、再び尻尾を使って、メラティアーニを地面へとおろす。メラティアーニは、恐竜に礼を言うと、数歩、歩みを進めた。
 そこからは、茜色に染め上げられた海と、銀幕市が見えた。
 赤い陽は、揺らぐ海面に光を映し、沢山の輝きを目に残す。
 そして、銀幕市から発せられる人の息吹――それは、眩いほどの生命の光。
 メラティアーニは、思わずため息を漏らした。

 ◇ ◇ ◇

「あのサンドウィッチに入っていた木の実も、木苺も、みんなこの街で実ったものです」
 沙羅たちと別れた後、カラスとリディアは、海岸へと向かった。日はもうずいぶんと傾き、空は赤みを帯びてきている。
 手をつないで白い砂浜を歩くと、足が心地よく沈み、きゅっときしむような音がする。
「ぎんまくしは、とても大きくて、広い世界でした。わたしの故郷より、ずっと」
 リディアは立ち止まり、広い海に視線を向ける。その先に、銀幕市の姿が見える。
「……わたしの映画の結末を知っていますか?」
 目を海に向けたまま、リディアは尋ねた。
 けれども、きっと答えが欲しかった訳ではない。そして、カラスも何も答えなかった。
「消える事は、怖くないです。幸せな思い出は、決して失われたりしないから……」
「俺も、忘れたりしないよ」
 カラスはそう言って、リディアを抱き寄せた。突然のことに最初は動きを止めたリディアも、やがてカラスの背中にぎゅっと腕を回す。
「わたしは、もしかしたら、とりしまパパの夢だったんじゃないかって……そんなことを思ったりします」
「それでも、リディは確かにここにいる」
「……はい」
 リディアは閉じていた目蓋を開くと、そっとカラスから離れ、海に向かって少し歩いた。打ち寄せる波が、靴の底を柔らかく撫でる。
 そして、彼女は銀幕市を遠くに見つめ、美しい声で歌いだした。


 わたし 夢を見たの 目が覚めても消えない夢
 あなたと ふたり 歩いた
 こころ 弾むままで 抑えられず ひとりはしゃぎ
 悔やんだ 気持ち 隠した

 通りすぎる日々も 消せない声も
 ありのままで いられなくて
 ただ 泣いた

 遠く 響く声が 私の手をそっとたどる
 あなたの 笑顔 見つけた


「……お願いがあります」
 歌い終わると、リディアは振り向き、言った。
 今度は、真っ直ぐにカラスの目を見つめて。
「どうか、俯かないで。暗闇に囚われないで。あなたが出口を求めれば、何処にだって、光は現れるから」
 カラスも、その目を見つめ返し、頷いた。
「ああ。約束するよ」
 リディアがはにかむように笑う。大きな緑の瞳は、夕日を受けて不思議な色に煌いた。
「幸せな夢を、ありがとうございました」
「こちらこそ」
 そう言って、カラスはリディアの手をそっと握る。リディアは、優しく微笑み、その手を握り返した。
 この手の温もりは、紛れもない現実。
 リオネにも、ありがとうと伝えたかった。銀幕市に魔法がかかって、色々な人たちと出会い、触れ合うことが出来た。それは、かけがえのない経験だった。
 きっと、多くの人がそう思っていることだろう。
「本当に、ありがとう」


 沈んでいく夕日を山の上から眺めながら、竜司は思った。
 魔法が消えてしまう前に、妻と娘をここへ連れてこよう、そして、沢山のことを語り合おうと。
 自分たちが出会ったムービースターたちの話を、出来事を、日常を――何度も何度も話して、忘れないように、心に刻みつけようと。
 そう、思った。


 宵闇に、明かりの点った銀幕市が、きらきらと輝き、浮かび上がる。
 新しい出会いがあった場所、懐かしい出会いがあった場所。
 夢のひととき、魔法のひととき。
 鬼の領主、メラティアーニ・サニーニャレウルストは、この街が大好きだった。

 ◆ ◆ ◆

 魔法が消えた日。
 沙羅のプレミアフィルムのそばに、一通の手紙が落ちているのを、梢と美月が見つけた。
 宛名は、『銀幕市のみなさんへ』となっていた。


 今まで、色々ありがとう。
 最初にこの街に来た時は、戸惑いもあったけど、街のみんなが温かく迎えてくれて、学校にも通えるようになって、友達が出来て……やっぱり、元の世界のことを思い出すこともあったけど、それでも、この街で暮らしていくうちに、だんだん大丈夫だって思えるようになった。
 あたしは、銀幕市のみんなが、銀幕市が大好きです。
 楽しい学校生活や、巻き込まれた事件や、一緒に遊んだこと、通学路の途中で嗅いだエキザカムの香り、空の青い色を、あたしは絶対に忘れません。
 本当に、ありがとう。
 またね。


                  二ノ宮 沙羅

クリエイターコメントこんにちは。鴇家楽士です。
大変お待たせしました。ノベルをお届けします。

今回は、納期を上乗せさせていただき、また、ぎりぎりの納品になってしまったため、エピローグよりも後に公開になってしまったので、もし気分を白けさせてしまっていたらすみません……。

また、いつものように捏造が多いと思うのですが、少しでも気に入っていただければ嬉しいです。

改めて、銀幕市という世界、住人の皆さんとかかわることが出来たことを嬉しく思い、そして感謝します。
ありがとうございました!
公開日時2009-07-01(水) 18:10
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